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36.ボクならできる?


 ――目が霞む。

 剣を握っていたはずの手が、いつの間にか反動で痺れ、まともに握ることすらできなくなっている。

 壁を壊すことだけに、意識を注ぎすぎていた。

 天井が崩れる可能性など、考えてもいなかった。


 (もう一発、上に魔術を放つことができたら押し潰されないで済むはず……。)


 地に足をつけようとしても、膝が立たない。

 上半身を動かせても、意識を保つのでやっとだ。


 (いつものエーテルと、何が違うんだ?)


 ふとフォンスの方に視線をやる。

 壁に亀裂を入れるだけで、広間の中央部分まで吹き飛ばされていた。


 (おかしい、壁を破壊するくらいフォンス一人でも十分なはずだ。)


 このままでは、自分が押し潰されて死ぬ。

 それくらい、理解していた。

 それでも、あの害魔獣を倒すための手がかりを探さなければならない。

 たとえ、自分が死ぬとしても。


 (……俺は、父上のように立派な特撰部隊にはなれなかったのか。)


 思考が沈んでいく。


 (前任の第二十師団の人たちも、こうやって全滅したのだろうか。)


 (フォンス、だけでも助かってほしいが……。)


 (……もう、一歩も足が動かない、か。)


 (情けないな……。

 もう少し鍛錬をしておけば良かった。)


 (カフカさんとクルトには悪いな……。

 結成した瞬間にメンバーが半分も欠けるなんて。)


 『――こんな時まで、あなたは誰かのことばかり。

 もう少し、自分のことを大事にして欲しいわ。』


 消えゆく意識の中。

 鈴の音が鳴るような声が、優しく揺れた。


 ―――


 ミシ、ミシ……と、不快な音が耳を劈いた。

 

 ――アーノルド、どんな時でもボクを助けてくれる人。

 

 ……でも、君は今そんな状態じゃないみたいだから。


 頭上で、バキ、バキと瓦礫が割れる音がした。

 砂が舞う。

 もうだめだ。

 助からないと思った。

 ドゴォオオオオオ!!!

 天井が迫る。

 恐怖で目を瞑る。


 ――その瞬間、ふわりと心地よい草の香りが鼻腔をくすぐる。

 柔らかい感触が、身体全体に広がっていく。

 ……天国からのお迎えと思ったんだよ。

 そんな優しい言葉が頭によぎった。

 

「……アーノルドさんじゃなくて、すみません……ッ!」


 聞き覚えのある声だった。

 いつも冷静なその声が、今は焦燥に滲んでいた。

 瞼を恐る恐る開け、あたりを見回す。

 ――緑色のエーテルが、視界いっぱいに広がっていた。

 見たこともない、魔術だった。

 顔を上げると、クルトの髪が激しく揺れていた。

 いつもはきちんと結われている美しい髪が、今は乱れている。

 

「……ッ!?」


 緊張で上手く声が出ない。


「クルト……ッ!?」


 その声に応じるように、アイスグレーの髪が翻る。


「遅くなってすみません。

 そのまま、水膜を維持できそうですか?」


「ッ、うんッ!!」


 エレーシャは、もう一度強く杖を握り直した。

 

「クルト、来てくれたのか!?」


 広間の中央で倒れていたフォンスが、むくりと起き上がった。


「はい、信号の位置がわかりましたので。

 今の状況を教えてください。」


「ボクが説明する。

 と、とにかくフォンスはベルンハルトを回収してきて!」


「了解っす!!」


 先ほどまで広間の中央で伸びていたフォンスが、勢いよくベルンハルトの方へ駆け出した。


「……嫌なエーテルですね。

 あの害魔獣からでしょうか。」


「詳細はまだわかんない。

 とりあえず、ボクの魔術で城下町の外に押し流す。」


「それは、かなり消耗するのでは?」


「大丈夫、ここにはボクの大好きな温泉があるから。

 悪いけど、利用させてもらうよ。」


「……やはり、エレーシャさんは頼もしいですね。」


 ――その頃、フォンスは瓦礫のそばに膝をついていた。


「ベルンハルト、大丈夫か!?」


「ッ、大丈夫、だ……。

 それより、どうなってるんだ?……この魔術は。」


 ベルンハルトが、あたりを見回す。


「クルトだよ。

 お前の信号を追って、城からきてくれたんだ。」


「そ、そうなのか。」


「歩けるか?とにかく脱出するぞ。」


「おーい、ベルンハルト!フォンス!!早く!」


 エレーシャの呼びかけで、ベルンハルトの意識が現実へ引き戻された。

 今置かれている状況を飲み込もうとして、必死であたりを見回す。


「ほら、肩貸してやる。

 いくぞ。」


「……すまない。」


 足元がおぼつかないまま、二人がエレーシャの元に向かう。

 ふと上を見ると天井が、崩落寸前で留まっていた。

 クルトの魔術精度にベルンハルトは息を呑む。

 淡いエーテルが、不快な空気を和らげるようにゆらゆらと漂っている。


「とりあえず、クルトがここを抑えてくれている間に脱出するよ!!……あと何分くらい持ちそう?」


「エーテルが薄い。

 持って、あと一分ほどです」

 

「……りょーかい。

 ベルンハルト、フォンス、クルト。

 君たちが十分離れてから、あの害魔獣を押し出す。」


「え、エレーシャさんは?」


「お湯の近くじゃないと、十分に力を発揮できないから。

 東門の近くに向かっておいて。」

 

 エレーシャが風穴の空いた壁を指差す。


「ッ、わかりました。」


 ベルンハルトは、おぼつかない足取りで、ふらふらと広間を出る。

 上官の厳しい声に、「自分も残ります」とは到底言えなかった。


「クルト、時間稼ぎありがとう。

 すぐにいくから、ギリギリまで天井を持たせてくれる?」


「……もちろんです。」


「ん、じゃあよろしくね。

 すごい勢いでぶっ放すから、巻き込まれないでね!」

 

 ――――――


 エレーシャが、すう、と深呼吸した。

 クルトが脱出するのを横目で確認する。

 広間には、害魔獣とエレーシャだけが残った。

 この崩落を止めていられるのは、あと四十秒ほど。

 それまでにエーテルをかき集め、害魔獣を一気に押し出さないといけない。

 ……正直、勝算はわからなかった。

 でも、自分がやらないといけないのだ。

 やらなければ、大好きな居場所も、せっかくできた後輩も、全部壊れてしまうから。


「大丈夫。

 アーノルドがいなくても……。」


 エレーシャは杖を勢いよく振り上げ、上部の水晶に手を翳した。

 害魔獣が、再び蠢き出す。

 水膜は今にも破れそうだった。


()()()()()()()()()()


ここまで読んで頂き本当にありがとうございます!!

エレーシャ、頑張れ…と思いながら書いてます。

ところで小さな子が大きな杖を振り回してるのって可愛いですよね。

水曜19時/日曜11時更新予定ですので、また読みにきて頂けるととっても嬉しいです!

よろしければブックマークや評価などいただけると大変励みになります!

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