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34.蠢く死骸


「ッッ!?」


 漆黒の液体が、壁の穴からゆらりとこちらに向かってくるのが見えた。


「なぁ、ベルンハルト。

 あれは……害魔獣なのか……?」


 フォンスが、生唾を飲み込む音が鮮明に聞こえた。


「……わからない。

 多分、害魔獣だろう。

 だが、こんな()()な生物は、俺も見たことがない――。」

 

 四肢は――ない。

 いや、あるにはあるのだが、定まっていない。

 うねうねと形を変えながら、四肢とも触手ともつかないものでゆっくり前進してきている。

 それは、確かに害魔獣の輪郭をしていた。

 だが、生きているものの動きではない。

 全身の継ぎ目から、血とも水ともつかない粘ついた液体が糸を引いて垂れていた。

 傷口の奥では、赤黒い肉と漆黒のエーテルが絶えず泡立っていた。

 広間に強烈な腐敗臭が漂う。


「これは、腐乱死体の匂い、か?」


 ベルンハルトは思わず咽せた。

 吐き気を催すほどの死臭が、絶えず鼻腔を刺し続ける。

 ちらりとフォンスの方を一瞥すると、既に拳の魔術道具にエーテルを充填していた。

 フォンスが、グッと拳に力を込める。


「遅いな!!!悪いが、先に叩かせてもらうぜ!」


 先手必勝と言わんばかりに、フォンスが勢いよく拳から雷魔術を放出する。

 バリリ、と閃光が走る。

 だが、いつもより明らかに軽い。

 害魔獣に着弾した瞬間、そこから黒々としたエーテルが派手に吹き出した。


「グルルルルルルルルルル………………………………」


 聞き覚えのある鳴き声、だが、声になりきらない濁った呻き声だった。


 フォンスが、害魔獣を見据える。


「なんだ……?魔術が一瞬揺らいだ……?」


 雷魔術が着弾した部位から、ぼろぼろと崩壊が始まった。

 ぴたりと動きを止め、この世のものとは思えない恐ろしい唸り声が響いている。


 (クソ……ずっとこの場にいたら頭がおかしくなりそうだな。)

 

 液体がベルンハルトたちの足元にも及そうな勢いで漏れ出している。

 二人が同時に、液体に当たらないように背後に飛んだ。


「どうした、フォンス。」


 ベルンハルトは、フォンスの様子がおかしいことに気づいた。


「いや、今の魔術はかなりのデカさで撃ったはずなんだが……。」


「そうなのか?」


「ああ、そうは見えなかっただろ?」


「……ああ、軽かったな。

 お前らしくないと思った。」


「オレがそんなことするわけねぇだろ。

 でも、その通りなんだ。

 あの害魔獣に近づいた瞬間、()()()()()()()。」


「本当か?」


 ベルンハルトが眉を顰めた。

 もはや形を保てていない害魔獣を、目の端で捉えながら。


「こんなことは初めてだ。

 ……でもどうやら、アレが致命傷みたいだな。」


「ああ、おい待てフォンス。

 油断はするなよ。」


 フォンスが、動かなくなった害魔獣の元へと向かう。


「大丈夫だ、こいつが何なのか気になるんだよ……。」


 衣服につかないように、ズボンの裾を捲し上げ、近づく。

 フォンスがベルトのポケットから、ぼろぼろになった厚い手袋を取り出した。


「よし、手袋は……あるな。」


 慣れた手つきで装着し、ためらいもなく得体の知れない肉片を拾い上げる。


「おい!!!動かなくなったからって、不用意に近づくな!フォンス!!」


 ベルンハルトが必死にフォンスを追いかける。

 手を伸ばしても、フォンスには届かない。


 (フォンスはいつもそうだ。

 こうして俺を置いて、先へ行ってしまう。)


 ベルンハルトが、唇を噛み締める。


「これ、エーテルウルフの肉か……?」


「エーテルウルフ……?そんな種類のは見たことも聞いたこともない。」


「だよなぁ。

 突然変異……毛の色が変わったとかなら聞いたことあるけど、こんな死体のまま這いずり回るなんて。

 ……こんなものは初めてだ。」


 フォンスが訝しげな顔で、肉片をじっくりと見つめている。

 激しい腐乱臭に顔を顰めながら、違う部位を触る。


「ん、こっちの肉は哺乳類の肉じゃないぞ。」


 フォンスが、頭と思しき部位を撫でると、その異質な感触に息を呑んだ。

 手触りは、ざらざらと硬い。

 皮の手袋が毛羽立つほどに、小さな突起のようなものが頭部についている。


「……鱗か?この硬さ、龍種か何かだな。」


 頭部と首の境目には、肉が縫い合わされたように盛り上がっており、明らかに別の生物がくっついていた。

 継ぎ目から溢れていた液体は、いつの間にか完全に固まっていた。

 床を這っていた粘液も同じだ。

 先ほどまでの蠢きが、停止している。


「こいつ、多分死んでるぞ。

 一切、エーテルの動きが感じられない。

 ……さっき感じたエーテルの勢いは何だったんだ?」


 フォンスが首を傾げる。

 ゆっくりと立ち上がり、害魔獣だった何かに背を向ける。


「そうか、なら良かった。

 お前、気分は悪くないのか?俺はずっと吐きそうだ。」


「はは、死臭ってやつだな。

 オレは仕事でよく嗅ぎ慣れていたからな。」


「……相変わらずタフだな……。」


 ベルンハルトが苦笑いする。

 広間の床では、黒い粘液がすっかり固まりきっている。

 歴史ある石壁には無惨な大穴が穿たれ、営業再開は当分無理だろう。

 ――だが。

 どうやって、あの石壁を破った?

 フォンスの軽い雷魔術で沈黙する程度の個体が、あんな頑丈な壁を。

 そもそも、どうやって城下町まで入り込んだ?

 ここ数年、エーテル城近辺で害魔獣の目撃情報は一件もないはずだ。

 ふと、足元に目を向ける。

 ピチャ、と嫌な音がした。

 ――先ほどまで固まっていたはずの粘液が、固形物から液状へとゆっくりと変化している。

 先ほどよりも激しい勢いで、床を覆い尽くそうとしていた。


「ッ、フォンス、後ろだ!」


 ベルンハルトが、収めていた剣を鞘から勢いよく引き抜く。

 急いでエーテルを魔術道具に込めようとする……が。


「…………!?」


 (()()()()()()()()()()()()


 魔術道具には、エーテル回路が無い人にも、回路がある人とも何ら変わらずに魔術が使えるように調整が施されている。

 ……だが、この空間のエーテルが、魔術道具にほとんど反応しないことに気がついた。

 ベルンハルトは咄嗟に、フォンスの方に向かう。

 ――どんな時も、指揮官は現場を見ることを優先しろ。

 そう、幼い頃に父親に言われた言葉が頭を反芻した。

 だが父親の言葉なんて、記憶の片隅に置いてきた言葉にすぎなかった。

 魔術道具でさえ使えない自分に、何ができる?

 答えは簡単だ、何もできない。


 (――いや、違う。

 俺がフォンスの盾になれば、まだ――!)

 

 フォンスが、異変に気づき踵を返す。

 背後には、動きを止めていた害魔獣が大きく膨れ上がっていた。


「嘘だろ――ッ、死んでねぇのかよ!?」


 黒い液体が、床に散っていた肉を一斉に引き寄せる。

 糸を引くように、赤黒い肉がずるりと繋がった。

 腐臭が、より一層濃くなる。


(間に合わない、フォンスが喰われる――!)


 頭部と思わしき塊から、ギョロリと目玉が突出している。

 フォンスの身体に焦点を合わせ、不気味な声が頭にやけに響く。


「フォンス――――――ッ!!!」


 二人の頭上に粘液が降り注ぐ。

 フォンスも、勢いよく拳を突き出す、が。

 魔術は発動しない。

 ずるり、と液体の波に飲まれバランスを崩す。


「水鏡、張れ!!!!!!!!」


 突如として、背後から高く澄んだ声が響き渡った。

 淀んだ空気が、一瞬にして水が流れるように濁ったエーテルを跳ね返していく。

 淡い水色の輝きが二人を包む。

 揺らめく水膜は鏡のように黒を映し、次の瞬間、反射するように害魔獣を弾き返した。

 害魔獣の悲痛な叫び声が空間に響き渡る。

 勢いで壁が軋み、不快な音が耳を掠める。


「2人とも、油断しちゃダメだから!!」


 聞き慣れた、鋭い声だった――。

ここまで読んで頂き本当にありがとうございます!!

2人に未知なる脅威が襲いかかる!?次回、ついにあの人物と共闘です。

次回の本編更新は5月3日水曜日の11時です!

5月1日、2日は特別企画『エチルエーテル市街地観光ガイド』をお届けいたします⊂( ᴖ ̫ᴖ )⊃

見て頂けるととっても嬉しいです!

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