30.月脈の湯
すっかり日も暮れ、太陽の代わりに大きな満月が顔を覗かせていた。
城下町は、夜の活気で溢れていた。
街の至る所にある酒場から、芳しい料理の匂いが漂っていた。
――昼間の傷を引きずりながら、ベルンハルトたちは月脈の湯の前でアーノルドとエレーシャが来るのを待っていた。
「あれじゃないか?」
ベルンハルトが、人混みの中にいる二人を指差した。
アーノルドは、高身長かつかなりガタイが良いため、かなり目立つ。
横には小さく、まるで妖精のような風貌のエレーシャを連れているため探すのは容易だ。
エレーシャは普段は伸ばしている髪を一つにまとめており、整った顔立ちがいつもよりもはっきり見えていた。
通りすがりの人々が、思わず振り返るほどの端正な容姿であるのが遠目からも見て取れる。
「お、そうっぽいな。
おーい!!こっちですよー!!!」
フォンスが、勢いよく手を振る。
気づいたエレーシャが、ベルンハルトを指差した。
早足で近づいてくる二人の姿は、兄妹というより親子のようで、ベルンハルトは思わず頬を緩めた。
先程まで激しい一戦を交えた相手とは思えないほど、アーノルドは穏やかに笑っていた。
「おお!先についていたのか。
待たせてすまなかった。」
「いえいえ、俺たちもさっき来たばかりですので。」
「やっぱり満月の日は混んでるなー。」
「……ボク人混み嫌なんだけど。」
エレーシャが顔を顰める。
「まぁまぁ、いいじゃないか。
後輩達とこういうコミュニケーション取るのも、立派な仕事だぞ?」
「それを言うならあの研究馬鹿眼鏡を代わりに連れてこれば良かったのに……。」
石造りの建物に、古びた看板が大きく貼り付けられている。
――月脈の湯。
小さく月の紋章が掲げられており、歴史が感じられた。
立て付けの悪い扉を開けると、受付に多くの人が集まっていた。
任務帰りの民間討伐隊らしきグループや、親子まで。
様々な種族で賑わっていた。
「うわぁ〜、これが温泉!?すごく広いね……。
お風呂はどこにあるの!?」
カフカがキョロキョロとあたりを見回した。
その様子を見たベルンハルトがクスっと笑う。
「お風呂はこの受付の先だ。」
「なるほど!ここでヘルを支払うんだね。」
カフカがチラリと受付を一瞥する。
受付は男女で分かれており、それぞれがここで脱衣所に進むというシステムであった。
「さっき医療部に経費で入浴代が落ちるか聞いたんだが、回復目的ならオッケーとのことだ。
だよな、エレーシャ副主任??」
「まぁそうだけどね??今日中にその傷マシにしてよね。
じゃないと、ボクが主任に経費の使い道詰められるんだから。
……ボク、お手洗い行ってから入るから先に入っておいて。」
エレーシャは返事を待たずに踵を返した。
大広間は、湯上がりの客でごった返しており、すぐに姿を追えなくなってしまった。
「なんだぁ、エレーシャ。
便所なら脱衣所の中にあるんだけどな。
……もしかして、相当我慢してたのか?」
アーノルドがそう言いながら、受付の方に向かった。
「じゃ、ここでバイバイだな!」
フォンスが人数分のタオルを抱えながら言った。
受付では、アーノルドが全員分の支払いをこなしている。
「うん!みんなまた後で!エレーシャさん、早く来たらいいなぁ。」
こうしてそれぞれが、脱衣所に向かった。
――脱衣所、女。
カフカは、初めての体験に心を躍らせていた。
エレーシャが離脱するのは想定外だったが、それでもワクワクする足取りは誤魔化しきれていなかった。
(わぁ、いろんな種族の人が歩いてる!しかも、とびっきりいい匂いがするなぁ……。
なんだかあたり一体がキラキラしてるし、どんなお風呂があるんだろう……。)
ギィイ、と脱衣所の扉を開く。
木でできたそれは、湿気で少しカビが生えており、触ると少しぬめりを帯びていた。
中に入った瞬間、温泉独特の匂いが鼻を掠める。
湯気が淡く発光しており、普段騎士団本部で入っているこじんまりとした風呂とは全く違った。
(えっと……ここで服を脱ぐのかな。)
カフカが脱衣所の端で足を止めた。
彼女の着ているドレスは、周囲から見てもかなり異質なものだった。
薄い布地で仕立てられたそれは、動きやすさを優先した造りで、胸元も大きく開いている。
もっとも、第二十師団には女性がいないため、その違和感に気づく者はいない。
背面のボタンを外すために、右腕をゆっくりと背中に回す。
不器用な手指が金具を捉え、衣服を解いた。
(ん〜、本当にこの服脱ぎにくいな……。)
薄い布地のドレスは、身体に沿うようにぴたりと張りついていて、脱ぐのにも少し手間がかかった。
するりと布を外すと、長い黒髪が肩を流れ落ちる。
フォンスに先程渡されたタオルを使い、衣服をまた纏うように身体を隠す。
(よし!お風呂入っちゃうぞ!!)
初めての一人温泉に、カフカは胸を弾ませていた。
その笑顔は、夜の月明かりにも負けないくらい眩しかった。
――その頃、男風呂。
当の三人はカフカのような感動はなく、あっさりと湯船に浸かっていた。
湯の色は、淡い水色が薄ら発光しており、月明かりに照らされ幻想的に輝いている。
温泉自体はかなりの広さであり、何十人もの客が一斉に温泉に入っていても十分なスペースがあった。
「月脈の湯なんて、入学前に行ったきりだな……。」
「そうだな、俺も久しぶりに来た。」
「おお、お前らは来たことがあるんだな。
ここめちゃくちゃいいよなぁ。」
「そういえば、エレーシャさんは放っておいて良かったんですか。」
「ああ、エレーシャか。
まぁ、アイツは気まぐれなやつだからな。
知らない間に消えることもあるし、気にしなくても大丈夫だぞ。」
「そうなんですね……第十九師団って、皆さんそんな感じなんですか?」
「ああ、そうだ。
第十九師団は、俺がエチルエーテルに来るまでに気に入ったやつをスカウトして作った。
だから俺も、二人のことを全部知っているかと聞かれれば、そうじゃない。」
「ええ、そうなんすか!?ベルンハルトと同じなんすね!」
「そうだな。
俺は二人しか集められなかったからな。
ベルンハルトはしっかり規定人数を集めているんだから、本当にすごいと思う。」
「……いえ、フォンスは直接声をかけましたが、他の二人は偶然来てくれたので。
俺は、運が良かったんです。」
「はははは、ベルンハルトは謙虚だな。」
アーノルドが豪快に笑った。
「そうだ、アーノルドさん。
オレ、第十九師団の皆さんがどうやって集まったか聞きたいっす!」
「おお、いいぞ。
まず最初はエレーシャと出会ったんだ。
……そうだな、本人に話を聞くのもいいかもしれんな。
ほら、そこにちょうど来た。」
「ははは、アーノルドさん。
ここ男湯ですよ。」
「そうっすよ〜、エーテルで透視とかしてるんすか?」
フォンスがゲラゲラ笑った。
珍しくボケるアーノルドに、ベルンハルトも少し困惑する。
「何言ってんだお前ら。
ほら、後ろ。」
アーノルドがおもむろに湯気の向こう側を指差した。
「そんな冗談、オレ騙されませんよ――は?」
二人が一斉に振り返る。
湯気の向こうに立っていたのは――エレーシャだった。
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次話、衝撃の事実が発覚!?
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