29.回復の手立て
「痛ェ〜……。
エレーシャさんの癒術ってこんなにも痛いんすね……。
いつもこんな感じなんすか??」
フォンスは、再び実戦訓練場の地面に突っ伏していた。
癒術による回復が嫌いな彼は、全身を勢いよくさすっている。
隣にいるベルンハルトは、痛みを享受しながら遠い目をしていた。
フォンスを馬鹿にできるほど余裕はなく、ただ弱みを吐かないように唇を噛み締めることしかできなかった。
「……いや、いつもはもう少し丁寧だ……。」
一方、普段からエレーシャの癒術を受け慣れているはずのアーノルドでさえ、苦言を呈していた。
特に、氷龍種と一線を交えた際の傷によく癒術を叩き込まれたため、右腕を抑えて立ち尽くしている。
「ったく。
いつもよりほんの少し乱暴にしただけだってのに、大袈裟なんだから。」
エレーシャは拗ねたようにそっぽを向いた。
「……あの、エレーシャさん。」
蚊帳の外にいるカフカが、おずおずと声をかける。
いつものハキハキした彼女にしては珍しく、ベルンハルトの影に隠れるようにしてそう言った。
「……何?」
エレーシャがじっとカフカを見る。
その視線の鋭さに、カフカはまた言葉を詰まらせた。
「えっと……私、結界を編むのお手伝いしていいですか?」
「……は?」
エレーシャは拍子抜けしたように目をぱちぱち瞬いた。
「アンタ、魔術使えないじゃん……手伝うって何すんの?」
「魔術のお手伝いはできないんですけど……こっそり夜食を持っていくとかなら、私得意なんです!」
カフカが自慢げに言った。
「はぁ〜〜〜?夜食なんて……。」
言い返そうとしたエレーシャが黙る。
ほんの少しの沈黙に、カフカが少しずつ自信ありげにエレーシャに近づいていく。
「そ、それに!私、支援魔術の方が向いてるかもってさっき思ったんです!」
「確かに、さっきの観察眼は支援魔術に役立てそうだったな。」
「だから、エレーシャさんが結界を編むの、見学したいんです!!
稀代のヒーラーであるエレーシャさんのお仕事姿、ぜひ近くで見させてもらいたくって!」
「おお〜、やる気があるのはいいことだな!!」
アーノルドが豪快に笑う。
「〜〜ッ……。
まぁ、そこまで言うなら手伝わせてやらなくも、ないけどさ……。」
「い、いいんですか!?」
カフカの目がパァ、と輝き出した。
真紅の瞳が、まるで燃え上がったかのように揺れている。
その様子を見たエレーシャは、小さく身をすくめた。
「ただし!!!絶対邪魔しないこと。
アンタはただでさえ魔術が使えなくて不安定な存在なんだから、きちんとその立場は弁えてね!?」
「はーい!!えへへ、勉強ができる〜。」
カフカはよほど上機嫌なのか、その場でスキップし出した。
はぁ、とエレーシャがため息をつく。
その様子を見て、アーノルドが堪えきれない笑みを漏らしている。
「ちょっと、アーノルド。
なんか言いたいことあるならはっきり言ってよね。」
エレーシャが再度、右手に持っていた杖をアーノルドの喉元に当てた。
「ああ、悪い。
……なんだか、後輩ができてからすっかり丸くなっちまったなぁ、お前。」
「ま、丸い!?
別にそんなことないんですけどぉ!!ゼリー食べすぎてないし、むしろ取り分減ったし!」
エレーシャが、服越しの自分のお腹の肉をつまみながら言った。
「エレーシャ、丸くなるってのはそういう意味じゃない……。
まぁ、いいか。
ところで、医療部の会議の方はどうなったんだ。
ちょっとは落ち着いたのか?」
「それが、残念ながらからっきしでさ。
……ていうか、アンタの傷についてずっと朝から会議が続いてるんだよ?感謝しなよ??」
「もちろんだ、医療部の皆さんには頭が上がらないからな。」
「本当にね……、珍しくいい心意気だね、怪我して少しは落ち着いたんじゃない?
……あ、そうだ。
気休めにしかならないとは思うんだけどさ、会議の案に月脈の湯が出たんだよね。」
「月脈の、湯……?」
カフカが不思議そうに首を傾げる。
「アンタ、月脈の湯知らないの??エチルエーテル市に住んでたら誰でも知ってると思うんだけど。」
エレーシャが目を丸くした。
まるで、信じられないものを見たように瞬きを繰り返した。
「知らないです、何するところですか??」
「はぁ!?冗談抜きで知らないの?あそこは原初の存在とも言われるエーテル種精が湧かせた温泉なんだけど。」
「おんせん……?」
「カフカちゃん、温泉に行ったことないのか。」
痛みに耐えていたフォンスが、よろよろと立ち上がりながら言った。
先程まで果敢にアーノルドに立ち向かっていた者とは思えないほどに、憔悴しきった顔をしている。
「うん、初めて聞いた!温泉ってなんですか!?」
「なるほどぉ。
……まぁ、簡単に言うとみんなで入る大きいお風呂ってとこかなぁ。
こんなことも知らないなんてアンタ、相当の田舎っぺなんじゃない?」
エレーシャが意地悪そうに笑った。
「こら、エレーシャ。
後輩にそんなことを言うんじゃない。」
「えー、事実でしょ?
そうそう、今夜は満月予報だからちょうどいいでしょ。
癒術湯に浸かれば今日の傷までまとめて良くなるって!!」
「……エレーシャは来ないのか??」
「えッ!?ボ、ボクはいいよ。
結界編む準備があるし、残業確定の日に外に出るのは。」
「結界直すなら、尚更お前も身体を休めた方がいいと思うけどなぁ。
……お前らもそう思うだろ??」
「え、いや、女性に温泉誘うなんて、オレ達セクハラになりません!?」
フォンスがたじろぐ。
その様子を見て、ベルンハルトも目を逸らした。
「俺も同感です。」
「……ね?ベルンハルトくんも、フォンスくんもこう言ってるんだし。
ボクは今日はパス。
大体、別に外傷があるわけでもないんだし、行く必要もなし!」
エレーシャが満足そうに早口で捲し立てる。
……その瞬間、空気を読まずにカフカが勢いよく手を挙げた。
「えー!!!温泉、私エレーシャさんと行きたい!!!」
「ゲ、アンタ本当に言ってる??」
「行きたいです!!女の子同士一緒にお風呂に浸かりたいです!」
カフカが身を乗り出す。
ずい、とエレーシャに近づきながら目をまたキラキラと輝かせた。
エレーシャは少し考えてから、バツが悪そうに口を開く。
「……そ、そこまで言うなら……。
入ってやらなくも、ない……けど……。
……う、うーん。」
「おお!!それじゃあ決まりだな!!」
「あぁ〜、もう!ボクまだ行くなんて言ってないんだけど!」
「可愛い後輩からの頼みくらい聞いてやれよエレーシャ。
……しかも、経費で落ちるんだろ?」
「そ、それはまだ聞かないとわかんないよ!?……はぁ、ボク、経費から落ちないなら行かないからね!!」
「ははは、しっかり俺が聞いてきてやるよ。
それじゃあお前ら、日没に現地集合ってことで。
今日は一旦解散!!!」
アーノルドが嬉しそうに締めた。
その声は、穴の空いた結界の向こうへまで響き渡るほど大きかった。
実戦訓練場から見える太陽は、先ほどよりも柔らかい日差しに変わっている。
「えへへ、エレーシャさんと温泉楽しみだなぁ。」
無邪気に笑うカフカの隣で、エレーシャは引きつった笑みを浮かべていた――。




