27.焦燥の雷
ベルンハルトは、躙り寄る重圧を振り払うように右足を踏み込む。
同時に、フォンスも別方向に走り込む。
アーノルドは、先程と同じく凄まじい速度で足元にエーテルを収束させる。
硬く足を覆い、みるみるうちに砂埃が舞い上がった。
(……また、撹乱か!!)
真正面を捉えたはずが、アーノルドの姿が一瞬にして視界から消える。
――初戦と全く同じ状況。
焦燥感で足がもつれそうになる。
このまま正面に突っ込んだとしても、アーノルドの懐に飛び込むことはできない。
同じように攻撃をいなされてしまうだけだ。
ベルンハルトが目を瞑る。
耳を研ぎ澄ませ、声を待つ。
「――同じ手に何度も引っかかってたまるかよ!!」
聞こえた、頭上。
ベルンハルトが上空に視線を移す。
フォンスは、エーテルで感知できるかできないか、そのギリギリの高さまで跳んでいた。
フォンスが、太陽を背に大きく飛び跳ねている。
炎龍種戦で見た、恐ろしいほど高い跳躍。
日差しとはまた別の眩い光がフィールドの中心へ向かって勢いよく飛んでいく。
――バチバチバチ!!!
鋭い閃光が、大きな音をたて砂埃の中心に着弾する。
衝撃波が暴風となって、ベルンハルトの身体を打った。
倒れ込みそうになりながら、着弾地点に向かって必死に走る。
「よし、命中だぜ!!」
上空に浮かぶフォンスが、満足げに笑った。
砂埃がみるみるうちに閃光にかき消されていく。
アーノルドがゆっくりと姿を現した。
「……ほう、上空からの狙撃か。
なかなかの精度だ、フォンス。」
もちろん、アーノルドの身体に傷は一つもない。
分かっていたこととはいえ、フォンスはギリ、と歯噛みした。
(まさか、着弾直前に身体全体に防御壁を張り巡らせたのか?あのスピードでも、貫けないのか……!?)
「足元のエーテルを砕いたのか?」
ふと、アーノルドの足元に視線を移す。
――足枷の結晶が、綺麗に片方だけ砕け散っていたのだ。
パキ、と土魔術が地面に散らばった。
同時に、全身を覆っていた防御壁がパラパラと消えていく。
先程まで余裕の笑みを浮かべていたアーノルドの視線が急に鋭くなる。
――自分の魔術を、ほんの一部とはいえ砕かれた。
先程までの余裕が、すっと消える。
それは、もう手加減はいらないという合図に等しかった。
「……フォンス、来るぞ!」
――空気がガラリと変わる。
アーノルドの周囲のエーテルが、見たことのないスピードで波打っている。
大技の前だ。回路に大量のエーテルが流れ込んでいるのがわかる。
ベルンハルトが再度身構える。
フォンスの表情もいつもと打って変わって、険しくなる。
「楽しくなってきたなぁ!!」
先に動いたのはアーノルドだった。
その機敏さに、ベルンハルトは目を疑った。
嬉々とした大声、そして大剣が大きく振り上げられる音。
ゴォッ――と、大剣が遅れて追いつくように、重い一閃がベルンハルトの目の前を切り裂く。
間一髪、直撃は免れたが。
遅れて、切り落とされた銀の髪が宙を舞っているのに気づく。
(切られたッ!?)
後ろに距離を取らないければ、身体に当てられる――!
ズザザザザ、とベルンハルトが後方に飛ぶ。
大剣は勢いを増し、そのままフォンスの方へと向かう。
「ッッ速ぇぇ!!」
着地したばかりの足で、フォンスは再び跳んだ。
ブオォン、と刃が残像を引きながらフォンスへ飛ぶ。
片手、しかも利き手ではない。
それでもアーノルドは、自らを守る最大の武器を迷いなく投げつけてきた。
――まるで、フォンスの先ほどの投擲の意趣返しのように。
フィールドの空中、フォンスが体勢を崩しそうになりながら右手を掲げる。
装甲に、一気に周囲のエーテルが流し込まれる。
電流を帯びた周囲の空気がバチバチと音を立てている。
……だが、垂直に飛んだせいで右手は大剣に届かない。
先ほどのように閃光を投げる時間もない。
ベルンハルトが息を呑む。
瞬きをしたら、飲み込まれてしまいそうな異質なエーテルのぶつかり合い。
大剣を追うように、アーノルドが片足で跳ぶ。
視界に迫る強敵に、フォンスが舌打ちをする。
「クソ、こうするしかねぇええええ!!!」
フォンスの足元に、激しい閃光が飛び散る。
白光がフィールド全体に及び、その場にいる全員の視界を奪い去った。
大剣の鋒が、フォンスの右足から放たれた閃光とぶつかり合う。
――キィイイイイイン!!!!!
金属が研磨されるような、細い高音が空気中に鳴り響いた。
「へへ、これでおあいこっすね!!」
フォンスが、不敵な笑みを浮かべた。
大剣の勢いが、みるみるうちに弱まる。
まだ帯電しているのか、空気中のエーテルが弾け続けている。
意表をつかれたアーノルドが、落下する大剣を横目に跳躍の勢いを弱める。
二つの影が、ゆっくりと大地へ落ちてくる。
先に叩き落とされた大剣が、フィールドに突き刺さる。
アーノルドとフォンスが上空から降り立ち、再度向き合った。
「俺の大剣を、魔術で相殺するなんてな。
……ははは!!さっきのお返しだな?」
怪物が、楽しそうに笑った。
そのまま地面に刺さった大剣を引っこ抜こうとする。
――その背後では、ベルンハルトが剣を振りかざしていた。
じわ、と煙が上がる。
剣の鋒からは焔がゆらりと顔を覗かせていた。
(決まれ!!!!!!!!!!)
ベルンハルトが、歯を食いしばる。
たちまち、焔が大きく膨れ上がり、アーノルドを覆おうとする。
「甘い。」
その様子を見越していたかのように、アーノルドが踵を返す。
大剣を掴む前に、アーノルドの長い脚がベルンハルトの剣を正確に蹴り払った。
焔が届く直前、カァアン!!と弾かれる。
ベルンハルトの手から、剣の柄が離れ遠くに吹っ飛ぶ。
一瞬の出来事に、思考が追いつかない。
顔を上げ、弾かれた剣を追って駆け出す。
刃先から漏れる焔だけが、ひどく情けなく見えた。
(こんな力任せの攻めで、この人に勝てないことくらい、わかっていたはずだ。)
(……強い、強すぎる。
あの人にとっては、一瞬の判断が、俺たちの熟考と同じなのか。)
ベルンハルトは走る。
(クソ……。)
フィールドの端に落ちた剣を拾い、アーノルドとフォンスへ視線を向ける。
大剣相手に、フォンスが雷魔術を放っている。
時折大きな音が鳴り、ゆら、と空気が揺れていた。
(アイツ、アーノルドさんが俺を狙わないようにするために、無茶な動きを……。)
フォンスが大技を連発すると、吐き気や眩暈に襲われることをベルンハルトはよく知っていた。
だからこそ、士官学校に通っていた頃も連続で大技を使わせるのは控えていた。
今のフォンスが、かなり無理をしながらアーノルドと渡り合っていることは明らかだった。
ベルンハルトは、剣の柄を握り直し、走る。
今度こそ大剣に弾かれないよう、いつも以上に力を込める。
「……ッ、はぁああああ!!!」
ただ、がむしゃらに剣を振るう。
アーノルドに受け止められるたび、フォンスがその隙を狙って装甲の一撃を叩き込もうとする。
だが、届かない。
「正面からくるには、もう少しパワーが必要だぞ?」
アーノルドがベルンハルトに向き直し、距離を一気に詰める。
(当たらないようにしなければ、砕ける!!)
例え、当たったのが剣だったとしても、指は粉々に砕ける。
ベルンハルトは悟った。
一度、アーノルドの斬撃を避けた後、ゆらりと土色のエーテルが地面から静かに湧き上がってくるのが見えた。
沸々と砂埃が舞い、戦況は、また序盤と同じ形へ引き戻された。
(……またか。)
砂埃の中じゃ、はっきりとアーノルドの姿を捉えることができない。
風圧とともに、大剣がベルンハルトへ迫る。
一瞬遅れて、裂けた空気が低く唸った。
耳元に衝撃音が掠め、顔を顰める。
四方八方に舞う砂埃は、先ほどよりも濃度を増していっていた。
「どうした、ベルンハルト。
避けているだけでは、俺に一撃は届かないぞ。」
アーノルドの低い声が、狭まっていく視界の奥から聞こえる。
当たればやられる、逃げるしかない――。
ベルンハルトは、剣から焔をチラリと漏らしながら猛攻を避け続ける。
――フィールド全体を覆う砂埃が、観客席にもゆっくりと届いていた。
こほこほ、とカフカが思わず咳込む。
「うう、すっごい匂い……。」
もはや、外からは中の状況が全くわからなくなっていた。
「さっきの砂埃と全然違う……。
――これなら……!!」
カフカの表情が、ぱっと明るくなる。
視線を観客席の下の方にゆっくりと向けた。
ベルンハルトが、アーノルドの攻撃をただひたすらに避け続けている頃。
――フィールドの端で、静電気がパチパチと音を立てていた。
(……あと少し、当たるなよ、ベルンハルト!!)
ベルンハルトが、剣に流れるエーテルの流れを止める。
シュウウ、と焔が止む。
アーノルドが、その瞬間を目の端で捉え、大きく大剣を振り翳そうとした――その瞬間だった。
「フォンス!!!!!!!!!!!!!!」
放たれた声が、即座にフォンスへ届く。
ビリビリと空気が震えた。
「待ってたぜ、ベルンハルト!!!!!!!」
ふぅ、とフォンスが息を大きく吸った。
アーノルドがいるであろう方向を、声の方向から探る。
今日一番のエーテルを、フォンスが装甲に流し込み、大きく拳を広げた。
手のひらから、強大な雷が今か今かと暴発しそうになっている。
「ぶち抜いてやらぁああああああああ!!!」
――雷鳴が大気を揺らし、空間が大きく揺さぶられる。
空気そのものが、押しつぶされるように轟音が響き渡る。
連動するように、砂埃に浮かぶ小さな火花が弾ける。
――着火。
次の瞬間。その場にいた全員の視界が、大きく揺らぐ。
遅れて、圧縮されていたエーテルの粒子が一斉に解き放たれ、耳を劈く爆発音がエーテル城全体に鳴り響いた――――――。
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!
本日は、実戦訓練場編を2話分更新しました。
今後も、たまに2話まとめて投稿することがあるかもしれません……!
更新は水曜19時/日曜11時 を予定していますので、
また読みに来ていただけるととても嬉しいです。
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