26.再戦、開始
ベルンハルトたちが実戦訓練場で激しい戦いを繰り広げていた頃。
国立騎士団の医療部でも、慌ただしい議論が続いていた。
議題は「アーノルド・ハイドレンジアの傷の治癒」について、だ。
報告会で提出された書類。
そして、国立騎士団に記録されている過去百五十年ほどの大量の資料。
このエーテル国立騎士団が発足して以来初めての事態に、医療部が混乱に陥っていた。
「ったく〜。
一週間の休暇なんて大嘘じゃん!!!」
「エレーシャ副主任、今の話聞いてましたか?」
「へ、うーん、聞いてなかったかも。」
「副主任〜!!今は主任がいらっしゃらないのですから、しっかりしてくださいよ〜。」
「も〜、わかったよ。
でもさ、ボクの癒術を何度浴びせてもびくともしないんだよ?意味なくない??」
「もちろん副主任の癒術が素晴らしいことも、エーテル国で最も優れているということも承知の上です。
だからと言って、アーノルドさんの傷のことを考えないわけにはいかないんですよ……。」
「ボクは、クルトの紹介だけして帰りたかったなぁ……。
てか、これ以外に資料はないの??過去の記録、目通したの?」
「もちろんです。
今日朝一番から、我々は医務室に篭りっきりですので。」
「ていうことは、特に目ぼしい情報はなかったってことだよね……。
はぁ、アーノルド……もしこのまま死んじゃったらどうしたらいいの〜!?」
「大丈夫ですよ、副主任。
アーノルドさんはそんな柔な人じゃないってさっき豪語してたじゃないですか!!」
「それはそうなんだけどさぁ!!はぁ、アイツさっさと報告会から離脱したくせになんの情報も寄越してないわけ!?」
エレーシャが、報告書を強く握りしめる。
苛立ちからか、空気中のエーテルが少しずつ水分に変わってきている。
「アイツ……って、ヘイルさんですか?」
クルトがポツリと呟いた。
手には過去の治療記録が大量に握られている。
他職員がエレーシャと軽口を言い合っていても、彼だけは真剣に資料を睨み続けていた。
「ああ、そうだよ!あんなにさっさと出て行ったのに、今朝は一度も顔を見せやしないんだから。
本当に魔術バカの研究バカ!!次会った時に文句言ってやるんだから。」
はは、とクルトが遠慮気味に笑った。
その瞬間。
――――――ドガァアアアアアア!!!!!!
窓の外で、地面が揺れるような轟音が聞こえた。
「ぎゃあ!!何!?」
エレーシャが、驚いて椅子から転げ落ちる。
「実戦訓練場の方からですよ!!」
窓際に座っていた職員が即座に窓の外を指差した。
「えええっ!?待って、実戦訓練場ってことは、絶対アーノルドたちじゃん!?」
「あ、アーノルドさん、あの傷で訓練してるんですか!?」
「いや、第二十師団の子達と訓練するとは知ってたんだけどさぁ……。
こんな派手にやるとは、ボク聞いていないよ!?」
「……今のは、雷魔術の発動音。
フォンスさんですかね。」
「はぁ……。
訓練するのは自由なんだけどさぁ。
結界が破けたらどうしてくれるんだよー!?」
エレーシャが頭を抱えた。
「もしかして、防衛結界課の方に行かないといけない感じですか?」
職員が半笑いで尋ねる。
「あぁ〜〜〜もう!!縁起でもないこと言うのやめてよね!?絶対に嫌!だから!!!」
「いや、こっちも無理ですよ!?副主任なしでアーノルドさんの傷のこと考えないといけないなんて……。」
「ボクだって絶対嫌、防衛結界課は激しく人手不足なの!!まるまる一日かけて結界の編み直しとか、やりたくないんだけど……。」
エレーシャが床で項垂れる。
心の奥底で、頼むからさっさとアーノルドを戦闘不能にさせてくれ、と強く願った。
――――――――
――実戦訓練場。
先程とは打って変わって、また遮蔽物のないフィールドが展開されている。
アーノルドは大剣をそばに置き、作戦会議が終わるのを今か今かと待ち望んでいた。
ちらりと観客席の方に視線をやると、三人がコロコロと表情を変えながら話し合いを進めているのがわかった。
その中心にいるのは、自分の直属の部下であるベルンハルトであった。
「……ベルンハルト、良い顔をするようになったな。」
そよそよと風に当てられながら、アーノルドが笑った。
二ヶ月前、厳格で有名な士官学校をストレートで卒業したベルンハルトがアーノルドの元にやってきた。
齢19歳、若くして死と隣り合わせである特撰部隊に配属された彼の表情は、今でもはっきりと思い出せる。
(――覚悟が決まった顔だったな、あの時も。)
父親譲りの銀髪が、やけに若くて眩しかったことを思い出す。
例え、守護部隊でなくとも、どんな形でもいいから国を守るために戦いたい。
そう、彼は初日に言っていた。
(守護部隊に入れると思って卒業して。
実は特撰部隊に配属でしたと言われたら、普通の人なら逃げ出すだろうな。)
だが、ベルンハルトは隊長になってからすぐに強敵と戦い、味方を庇い。
今は格上の相手との模擬戦を、隊長としっかりと先導している。
「はは、立派なやつだ。」
アーノルドがじっとベルンハルトを見つめていると、くるりとベルンハルトがこちらを向いた。
準備を終えたらしく、二人が小走りに観客席から降りてくる。
「アーノルドさん、お待たせしました。」
「作戦会議は終わったのか?」
「はい。」
「それなら、もう一度手合わせ願おうじゃないか。
どうだ、自信の方は??」
フォンスが不敵な笑みを浮かべる。
「もちろん、ありますよ!!」
「そうか、そりゃあぶつかり甲斐がある。
……それじゃあ、始めようじゃないか。」
アーノルドが踵を返し、開始地点へとゆっくりと足を運ぶ。
その背は大きく、大剣を背負っているのもあってかなりの重圧を感じる。
ベルンハルトは、身震いした。
フィールドに再度緊張が走る。
太陽は穏やかに実戦訓練場を照らしているのに、指先だけがやけに悴んでいた。
(観客席からアーノルドさんを見た時には、何も感じなかった。
なのに、あの人が戦闘体勢に入るだけで、エーテルの流れが一気に変わる。
……手元が狂いそうだ。)
揺らぐエーテル越しに、アーノルドを見据える。
眩しい逆光の中、こちらを向いたのがわかった。
「――来い、ベルンハルト、フォンス。」




