25.迫る強者
カフカは、想像を絶するアーノルドの強さに声も出せなくなっていた。
自分が今まで見てきた、ベルンハルトやフォンスの背中はたくましく、彼らとならどんな敵だって勝てる。
そんな空想を描いていたのだ。
任務の最中に出会った、ゴーレムとの戦闘や、炎龍種の戦闘の際に圧倒的な強さを誇った二人の連携。
だが、アーノルド相手では、その連携すら意味を為していないように見えた。
(信じられない、アーノルドさん、一歩も動かずに二人の攻撃を避けた……!?)
観客席からは、全体の動きが視界で捉えられた。
戦闘開始時、なぜかアーノルドは自らの足をエーテルで覆い、身動きが取れないようにした。
その後、遮蔽物ひとつないフィールドを砂埃で覆い尽くし、ベルンハルトとフォンスを撹乱した。
(どういう原理で、砂埃を起こしているんだろう……。
あの大剣たった一振りでフォンスの雷魔術を受け止めて、ベルンハルトの剣を弾いた……?)
カフカの真紅の目が爛爛と輝く。
その瞬間、微動だにしなかったアーノルドの足がベルンハルトの方向に向き直った。
「それじゃあ――次は俺の番だな!」
遠くからでも感じる、アーノルドの迫力。
ビリビリと、空気中のエーテルが震える。
狭い室内じゃない、ここは広大なフィールドだ。
「ッッ!フォンス、来るぞ!構えろ!!」
「ああ、言われなくてもッ!!」
ベルンハルトが、咄嗟に右に飛ぶ。
その様子を見てフォンスは即座に逆方向に飛んだ。
正面からアーノルドの大剣を受ければ、粉々になるからだ。
戦闘経験のないカフカでも、容易に想像できる。
――“可能性の怪物”と自分を讃えてくれたその人こそが、何よりも怪物じみていると。
アーノルドが、大地を蹴る。
右足が、地面を踏み締めたその瞬間――訓練場全体が、大きくうねるように揺れた。
「なッ、地震か!?」
ベルンハルトが声を上げた。
ゴォオオオオオオオ!!!!!!
アーノルドが、地面をバネにし一歩。
瞬きするだけで、すぐに間合いを詰められる。
ベルンハルトが身構える。
今この揺れる地面へ着地すれば、確実に体勢を崩す。
そう直感した。
幸い、フォンスは先に地面に足をつけている。
アーノルドの次の一手を見極めているのだろう。
「ベルンハルト、戦闘はいついかなる時でも――。」
アーノルドが、大きく振りかぶる。
左手に握る大剣が、砂埃をまた巻き上げた。
そして、勢いよく地面に叩きつけられる。
「よそ見は禁物だぞ!」
アーノルドの快活な声。
それをかき消すかのような轟音。
恐ろしいほどの風圧に、ベルンハルトは空中で体勢を大きく崩す。
「ベルンハルト!!」
フォンスが、吹き荒れる強風の中、ベルンハルト目掛けて飛んだ。
「フォンス、俺はいいから、アーノルドさんを狙え!!」
「そんなこと、言ってられっかよ!!」
フォンスが勢いよく宙に浮かぶ。
装甲から漏れる余波を利用し、必死にベルンハルトの身体を掴もうとする。
――が、再度大きく大地が揺れる。
ズガガァ!!とフィールドが、大剣の衝撃で抉られている。
「フォンス!戦闘中は、隊長の命令は従うべきだ!!」
アーノルドが、ニヤリと笑った。
宙に浮いているのが不思議なくらいの大剣が、二人へと向けられる。
「フォンス、離せ!」
ベルンハルトが、再度剣の柄を強く握りしめた。
水色の淡い光がチカチカと剣を覆う。
その瞬間、空中に白く濁った霧が突如として現れた。
「ほう、目眩しか?」
みるみるうちに、靄が三人ごと飲み込んでいく。
アーノルドの大剣の鋒が、目標を見失い、地面にゆっくりと落下してくる。
「砂埃を上手く応用したな。
空中戦にも関わらず、素晴らしい判断力だ、ベルンハルト。」
アーノルドが、着地した瞬間。
バチバチバチバチ!!!!!!!!!
激しい閃光が霧を晴らした。
「お?」
背後。
ベルンハルトは、やった、と思った。
アーノルドの背中に、フォンスが回り込む。
気取られていないはずだ、霧で視線誘導ができたはず。
――だが、そう上手くはいかないらしい。
アーノルドの右手には、フォンスの拳がしっかりと掴まれていた。
「な、嘘だろ……?」
刹那。
アーノルドが、片手で軽々とフォンスを投げる。
装甲を掴まれたフォンスが、力無く吹き飛ばされる。
ズザァ、と大地に勢いよく尻餅をついた。
「うわぁあッ!」
「この俺の背後を取るなんて、二人とも、かなり強いな。」
アーノルドが、大剣を再度構える。
怪我をしている方の腕が、小刻みに揺れている。
フォンスの強力な雷魔術を、負傷中の拳一つで相殺した。
その瞬間、ベルンハルトは悟った。
――この人には、無鉄砲は通用しない。
「すみません、アーノルドさん。
一度タンマさせてください。」
「ベルンハルト!」
フォンスが、目を丸くした。
「おお、タンマか?わかった。
この戦闘で、何か掴めたのか?」
アーノルドが、構えた大剣をゆっくり地に落とした。
ズシン……、と鈍い音が地面に響く。
「はい。
……わかってはいましたが、この一瞬で自分たちの未熟さに気付かされました。」
「ははは、俺は思った以上にやると思ったけどな。
人間、生きてる間はどこまでだって未熟だ。」
「ありがとうございます。
一度、作戦会議の時間を貰いたいです。」
「作戦会議か。
流石は指揮官だな、いいぞ。」
「おい、オレまだ戦えるぞ。
さっきは受け止められちまったけど……。」
フォンスが、ベルンハルトの方に駆け寄ってきた。
よく見ると、身体も顔も砂まみれになっていた。
さっきまで力任せに奮っていた拳は痛々しい傷が無数にできている。
……だが、彼の目には闘志が宿って見えた。
(あの圧倒的な腕力に投げられてもなお、こいつはまだ戦えると思うのか。)
ベルンハルトは、フォンスの底しれぬ気概に心底驚いた。
「フォンスも直接戦ってわかっただろう。
今の俺たちじゃ、真正面からぶつかっても意味がない。」
「……それは、そうだな。
正直、完全に一撃を叩き込んだはずなのに、全く当てられない。」
「一度、カフカさんに戦況がどうなっていたか聞いてみないか。
観客席で全体を見ていたはず……。
フィールド上ではわからなくても、もしかしたら外から見たら違って見えたかもしれない。」
フォンスは無言で頷いた。
――――――
――実戦訓練場、観客席。
「ベルンハルト、フォンス!!大丈夫!?」
カフカが慌てて二人に駆け寄った。
「ああ、大丈夫だ。」
「全然大丈夫に見えないよ!?この一瞬で、そんなにボロボロになって……。」
「う、情けないな。」
ベルンハルトが息をついた。
カフカから差し出された水筒を受け取り、ベルンハルトは勢いよく蓋を開けた。
疲弊した身体に、水分が染み渡る。
「カフカちゃん、アーノルドさんはやばいぞ……。
オレ、あんなに強い人と戦ったのは初めてだ。」
「う、うん、そうだよね……。
多分だけど、この間戦った炎龍種よりも強いと思う……。」
「単純にパワーだけじゃない、速度がそもそも全く違う。」
「そう、びっくりしたんだよ。
アーノルドさん、たった一歩で数メートル先まで飛んでいくんだもん。」
「オレも、あれは怖かったな。
……ていうか、普通に殺しにきてないか?本気すぎだろ。」
カフカがうーんと唸った。
「アーノルドさんの手加減したパワーがあれってこと?」
「……マジかよ。」
「い、いや、わかんないよ!!でもさ、本気で後輩のこと殺しに行ったらダメじゃん!」
「いや、カフカさんの言った通りかもしれない。
恐らく、まだ本気を出していないはずだ。」
三人に沈黙が訪れる。
ベルンハルトは、アーノルドが味方で良かったと心底思った。
「あ、そういえばさ。」
カフカが、何かを思いついたかのように手を叩く。
「アーノルドさんの足元に展開されてた物体ってなんだったの??」
「ああ、あれか。
……最初は防御壁を展開していると思ったんだが……。」
「違うの??」
「違う、ああやって足元を固定することで、自らに枷をかけた。
……そもそも、俺たちの攻撃を避けるつもりはなかったんだ。」
「え、そうなの!!私、あそこから何かすっごいものが出てくると思っていたよ。」
「すっごいもの、か。
まぁ、砂埃が晴れた瞬間アーノルドさんが飛び込んできたから間違ってはいないけどな……。」
「はははは、ベルンハルトのいう通りだな。」
「あ、あとさ、あとさ。
あの砂埃って、アーノルドさんが作ってるよね??」
「え?そうなのか??」
フォンスが首を傾げる。
「多分?訓練がはじまった途端、急にエーテルの匂いが強くなって……。」
ベルンハルトは耳を疑った。
――エーテルの匂い……。
そんな表現は初めて聞いたからだ。
無論、自分がエーテル回路がないからではないだろう。
ちらりとフォンスの方に視線をやると、同じような反応をしていた。
「エーテルに、匂いなんてあるのか?」
「んー、直感でなんだけど……。
報告会の時に、エレーシャさんやヘイルさんが水を出したり、紙を凍りつけたりしてたでしょ。」
「そうだな。」
「その時にね、なんだか嗅いだことのある香りがふわっとしてきたの。」
「それが、エーテルの匂いってやつなのか??」
「多分だよ、多分。
でね、砂埃が巻き起こった時は、あんまり嗅ぎ覚えのない匂いがして。」
「だから、砂埃はエーテルからできてるんじゃないかなぁって……。」
「あれは地面から巻き起こったものじゃないのか!」
フォンスが何かを閃いたのか、立ち上がった。
足を少し負傷しているのか、ほんの少しよろける。
「砂埃に見せかけたエーテルの塊、か……。」
ふと、顔を上げると、フォンスと目が合う。
「おい、ベルンハルト、もしかして。」
「ああ、これなら通用するかもな。」
――同じ考えだと言わんばかりに、フォンスがニヤリと笑った。
ここまで読んで頂き本当にありがとうございます!!
実戦訓練場での戦いも佳境に入ってきました!
水曜19時/日曜11時更新予定ですので、また読みにきて頂けるととっても嬉しいです!
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