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22.休暇命令


「……は?休暇、ですか?」


 ベルンハルトの指から、書類が滑り落ちた。


「ああ、休暇だ。

 もちろん上層部からの正式な命令だ。」


「なぜ、その判断を?」


 アーノルドが、無言でベルンハルトの腕の傷を指差す。


「俺もお前も、万全な状態じゃあないからな。

 報告書の内容を鑑みて決まったらしい。

 ざっと一週間は休め、だと。」


「ただし、緊急任務があればすぐに受けられるようにしておけとのことだ。」


「……わかりました。」


 落とした資料を、拾い集める。


 (……こんな時に、休んでも大丈夫なのか。)


 散り散りになった報告書たちを手に取り、先ほど行われた報告会の内容が頭によぎる。

 炎龍種があそこにいた理由、エーテルが遅延する環境という不安。

 確かに、全貌がわからない以上、容易に踏み込めないのは理解できる。

だが、それでも上層部の判断には引っかかるものがあった。

依頼の振り分けの件もあり、不信感は拭えない。


「ははは、実質休暇ではなさそうだな。

 ……どうやら上層部も、今回の任務の件を軽くみていないようだ。」


 ベルンハルトが立ち上がる。


「そんなに、ですか。」


「ベルンハルトの傷もそうだが、どうやら俺の傷について憶測が飛び交っているようでな。」


 アーノルドが、大きくため息をついた。


「……休暇期間は何をするんだ。」


「もちろん、有効活用するつもりです。

 指揮の見直しに、四人での連携の練習……。

 もうこの間みたいに、誰かに危険な目に遭って欲しくないので。

 ……隊長として、同じことは繰り返せません。」


 その回答を聞き、アーノルドが満足げに笑った。


「そういうと思っていた。

 なあ、よかったらなんだが合同で特訓をしないか。

 俺が前衛の練習に付き合ってやる。」


「いいんですか。」


「もちろんだ。

 エレーシャも後輩ができて喜んでいたからな。

 提案したら喜んでくれるはずだ。」

 

「ありがとうございます、アーノルドさん。」


「ああ。」


 無意識にアーノルドの傷に視線をやる。

 腕の傷には、先ほどとは違って包帯がしっかりと巻かれている。


「……治療はどうでしたか。」


「どうやら駄目だったみたいでな。

 エレーシャだけじゃなくて、騎士団の医療部やクルトの手も借りたんだがな。

 なかなかしぶといと呆れられてしまったよ。」


 アーノルドの乾いた笑いが響く。

 いつもの快活な笑い声とは打って変わって、少し元気がないように見えた。

 アーノルドとは、特撰部隊への配属が決まってからの二ヶ月間、頻繁に行動を共にしてきた。

 だからこそ、彼の力強い笑い声には慣れていたのだが。

 

「もう皆は寮に帰っているだろう。

 待たせてすまなかったな。

 戻って特訓の件について話そう。」


「はい。」


 会議室の窓からは、星がちらついているのが見えた。

 昼間の暖かさとは打って変わって、冷え込んだ空気が容赦なく差し込んでくる。

 廊下の方からは、パンが焼ける香ばしい匂いが充満している。

 食堂に向かう兵士たちの足音が聞こえる。

 ――今日のエーテル城の営みが終わりに近づいている合図のようだ。


 ――――――


 キィ、と寮の古びた扉が開く。

 ドタドタと、慌ただしい足音が上階から聞こえてくる。


「ああもう!!!ちょっとお!」


 エレーシャの高い声が、寮内に響き渡っていた。


「なんだ?何かあったのかぁ?」


「ボクが取り乱してるんだから、何かあるに決まってるでしょ!」


 声と共に、ふわりと香ばしい匂いが鼻を掠める。

 先ほど、城内で香っていたパンの匂いだ。

 エレーシャの声を頼りに、中央の広間に急ぐ。


「おお、アーノルド、ベルンハルト、お帰り。

 疲れているところ申し訳ないんだが、こいつらの喧嘩をどうにかしてくれないか……?」


 心底疲れた顔をしたミザンが、大きなため息をついている。


「いや、これオレの分なんですけど!?エレーシャさん、先輩だからってそれはないっすよぉ!?」


 珍しくフォンスが、悲しげな声をあげていた。


「なんでよ!ボクはさっき医療部の雑魚どもに呼ばれて疲れてるの!!

 ちょっとくらい分けてくれてもいいじゃん!

 さっきあんなに失礼なこと散々言ったんだから、これくらい寄越しな!」


「おいおい、エレーシャ、フォンス、何があったんだ。」


 広間の大きな机の上には、今日の献立がずらりと並んでいる。

 香ばしい匂いを放っている、焼きたての黒パン。

 薬草がふんだんに使われているスープに、大皿にはエーテル種鶏の丸焼きが盛られていた。

 ――そして、ベルンハルトの視界に珍しいものが映った。


「……ゼリー、ですか?」


「ああ、第十九師団(こいつら)が帰還した時にはこっそり食堂で作ってきてやるんだよ。

 エレーシャの大好物でな。」


「そう!!これはボクの大好物なの!しかも今の季節しか食べれないベリーのヤツ。

 お前らが増えたせいで、ボクの分が減っちゃったんだから、責任とって食わせろってこと!」


「ああ、なるほど。

 ゼリーの原料はかなり希少ですもんね。

 何種類もの薬草を混ぜた粉末から作っていると、聞いた覚えがあります。

 ミザンさんはどこから仕入れているのですか?」


 クルトが、ミザンに視線を向ける。


「……ああー。

 そうだなあ、どこだっけなぁ〜?」


 ミザンが、天井を仰ぐ。

 目が明らかに泳いでいた。


「……本当はどこから?」


「すみません、食堂の薬草の中からちょっとずつ拝借しています。」


「ミザンさん、それは良くないです。」


 流石のアーノルドも、この言いようだった。


「いつもアーノルドもヘイルも、分けてくれるんだもん。」


「あ、あの!エレーシャさん。

 そんなにお腹が減っているのであれば、いります?

 ……薬草スープ、苦手なんですよね。」


 カフカは、悪気なく飲みかけの野菜スープを差し出した。


「はぁああ!?誰が、女の飲みかけなんか欲しがるの!?」


「え、お腹が減ってるんじゃないんですか!?」


「違うよバカ!!!ボクが欲しいのは、()()()だけなの!!!人の話聞いてる?」


「まぁまぁ、エレーシャ落ち着け。

 俺の分のゼリーもやるから、な?」


「ええ〜、二個だけじゃん。

 ……今日ヘイルの分ないの。」


「ああ、図書館に籠るからパンだけでいいって言われて。」


「ああーもう!!自分勝手な!!」


 ベルンハルトは、口には出さなかった。

 だが、恐らくみんな思っているだろう。


 (自分勝手なのは、エレーシャさんなのでは……?)


「何?その視線、ベルンハルトくんの分も貰っちゃうよ?」


「流石に、俺もゼリー食べたいです……。」


「チッ!みんな女々しいんだから。」


 声を荒げていたエレーシャが、勢いよく椅子に腰掛けた。


「あー、もう。

 オジサン、次は二倍で作ってきてね。」


「二倍!?いや、それは流石にバレる。

 あそこのリーダー結構厳しいんだよ。」


「……ふぅん。

 ていうか、よくまだ見つかってないね。」


「まあ一応、オジサン顔知れてるし……。

 もしかしたら、見逃してくれてるだけかもしれん。」


 ミザンが、頭を掻く。


「じゃあ、俺たちも頂くとするか。

 ベルンハルト、先に食べててくれ。

 書類を直してくる。」


「あ、ありがとうございます。」


 アーノルドが、書類を手に自室へと向かった。


「ベルンハルト、遅かったな。

 何してたんだよ。」


「報告書を書いたり、怪我の健診……。

 上層部からの通達を待っていたら、こんな時間になってしまっていた。」


「お疲れ様です。

 ベルンハルトさんの火傷もそうですが、アーノルドさんの傷もかなり酷いですね。」


「本当にね。

 とりあえず、クルトに調合してもらった薬を塗布してみたんだけどあんまり意味がなくてね。

 その上からボクの癒術をかけても変わらず。

 ……にしても、クルトの薬草の配合はすごい技術だね。」


「ふふ、ありがとうございます。

 エーテルで最も優秀なヒーラーに褒めていただけるなんて、恐縮です。」


「どこかで習ったりしたの?」


 クルトが、ピタリと手を止めた。

 気のせいか、握っているスプーンがわずかに震えていた。


「……いえ、最初は自宅で見つけた本を参考にして。

 それからは、ほとんど独学で学びました。」 


「すっごおい!天才だよ。

 また任務がない時にでも、ゆっくり薬草の買い出しとか行こうよ!

 薬草の調合は結構苦手でさ〜。」


「ええ、僕でよければ是非。」


クルトが微笑んだ。


 (……そういえば、クルトは何故マルティヌス出身なのに、ヒーラーを志したのだろうか。)


 ふと疑問がよぎる。

 だが、本人聞くべきではないか、と直感的に思っていた。

 ベルンハルトは、少し温くなった薬草のスープをゆっくり飲み干した。


 ガチャ、と扉の空く音が聞こえてきた。

 アーノルドが書類を片し終わったのだろう。

 堂々とした足音が迫ってくる。


「アーノルド、先にゼリーもらっちゃうよ?」


「お前、そんな確認しなくてもいつも食うだろ。」


 エレーシャが目を輝かせていた。

 話し終える前に、黄金色に輝くゼリーを口に放り込んでいた。

 艶がかった断面には、小さな白いベリーが入っており、見た目も大変可愛らしかった。

 蜂蜜をベースにした甘ったるい味付けに、バランスの良いベリーの酸味。

 一口食べると、止まらない中毒性がある。


「そうだ、上層部からの通達だ。

 今日から一週間、特撰部隊は休暇に入れだということだ。

 ただし、緊急任務の際は即座に受けられるように用意をしろだと。」


「休暇ねえ〜。

 所詮、任務に出なくていいってだけでしょ?

 ボクは、外の空気吸ってる方がいいんだけど。

 どうせ明日から、傷の件で医務室に軟禁状態だよ!」


「いや、エレーシャとクルトは明日、医務室に顔を見せるだけでいいらしい。

 まだクルトが医療部の方に挨拶できていないだろう。」


「ええ〜、本当?

 それなら別にいいんだけどさ。」


「ま、待ってください!」


 フォンスが、勢いよく椅子から立ち上がった。


「休暇って……、こんな時にオレ達が休んでいても大丈夫なんですか?」


「アーノルドさんの傷だって、まだ万全じゃないのはわかっています。

 でも、この間に害魔獣をサクッと倒してその傷を治す方法を探った方が良いんじゃないっすか?

 オレ、リーヴァロットなら詳しいんで、力になれると思うんですよ。」


「フォンス、ありがとう。

 そう言ってくれるのは嬉しいんだが……。」


 アーノルドは、少し言いづらそうに考え込む。


「今までになかった害魔獣の出現のせいで、かなり上層部が警戒態勢に入っている。

 恐らくこのような事例は今の騎士団の体制が敷かれてから、初めてだ。

 だからこそ、特撰部隊に入りたての第二十師団が無闇に依頼を受けたとしても危ないと判断したのだろう。」


「もちろん、ベルンハルトの怪我だってここからどうなるかわからない。

 ……だから、フォンス。

 この休暇期間にそれぞれ特訓がしたいんだ。」


「と、特訓っすか?」



「ああ、特訓だ。

 騎士団の者は、普段から依頼や仕事がない場合は城内での訓練が推奨されているんだ。

 だが、今回はいつ招集になるかわからないからな。

 特別訓練として、俺とエレーシャが特訓に付き合う。」


「待って!?ボクそんなの聞いてない!?」


 エレーシャが、ゼリーの一口を口に運ぼうとした瞬間だった。

 拍子抜けしたスプーンが、机にゆっくりと落ちていく。


「エレーシャは、クルトやカフカちゃんの支援魔術の練習をメインにして欲しい。」


「ええ〜、仕方ないなあ……。

 小娘と一緒なのは、癪だけど……防御魔術くらいは覚えてくれないとだしなあ。」


「わーい!エレーシャさん、よろしくお願いしまーす!!」


「うわ!何!?露骨に拒否してるんだから、喜ばないでよ!」


「アーノルドさんと手合わせできるってことっすか!?」


 フォンスの口元が緩んだ。


「ああ、明日からよろしく頼む。

 俺も楽しみにしている。」


「アーノルドさん、本当にありがとうございます。」


 ベルンハルトが、控えめに頭を下げる。

 エーテル城を覆う夜空に、控えめな月が浮かぶ。

 寮の窓からは、賑やかな食卓の気配を帯びた灯りが漏れていた。

 

 

 ――その頃、エーテル城、地下図書館。

 陽の光も、月の静けさからも無縁なこの空間に、紙と紙の擦れる音だけが小さく響いている。


「……どうして、気づかなかったんだろうか。」


 男の呟きに、わずかに間が生まれる。

 その直後、空間のエーテルが――音もなく凍りついた。

体調不良で少し間が空いてしまいました、すみません!

無事回復したので、また更新頑張っていきます。


ここまで読んで頂きありがとうございます!

今回は少し落ち着いた回ですが、ここから特訓編に入っていきますので、引き続き読んでいただけると嬉しいです!

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