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20.偶然じゃない


「……アーノルドさん、その傷……。」


「ん、なんだ?」


 ベルンハルトは思わず口に出す。

 あのアーノルドの右腕に、大きな傷が残されていたからだ。

 大きな傷跡――まるで龍種の爪に抉られたかのような痕だった。

 痛々しく鎮座するそれを見て、一気に青ざめる。

 並大抵の魔術師であれば、致命傷を避けられないほどの大きさだと確信していたからだ。


「もしかして、龍種の爪にでも切り裂かれたのでしょうか?

 かなり深いと思われるのですが……。

 大丈夫だったのでしょうか?」


 クルトが傷をじっと睨んだ。


「はははは!

 この傷のことか?いや、今回こそは死ぬかと思ったぞ!

 エレーシャが回復魔術を浴びせ続けてくれなければ出血多量だっただろうなぁ!」


 アーノルドが豪快に笑った。

 その様子を見ていたエレーシャが、思わず声を荒げる。


「アーノルドって、ほんっとに無茶しすぎなんですけど!?

 まず、初日の依頼とはワケが違うんだから、どんなにランクが低くても龍種に向かって飛び込んでいくのはやめなよ?!」


「悪い悪い。

 いやー、まさか余裕で俺の防御魔術が破られるなんてな。」


「まず最初は討伐指定のことを見極めること、って自分が散々言ってることじゃん!!

 次からは絶対にやめてよね!?」


「おう、わかったわかった。

 話が前後しちまったな。

 俺のこの傷は、最終日に遭遇したランク4の相手につけられたんだ。」


「それって……。」


 昨晩、アーノルドが意気揚々と運んでいた龍種の死骸のことが頭に過ぎる。

 あの巨体の一撃を喰らって、生きている。

 ――なんというタフさだ。

 ベルンハルトは肩をすくめる。


「高原に住み着いた氷龍種だったんだ。

 だが、手応えとしてはランク4では無かったと思う。」


「手応え、ですか?」


「ああ。

 そうだな。

 スピード、魔術の精度。

 あれはランク6に匹敵すると思う。」


「そもそも、ランクなんて上層部が勝手に判断してつけた単なる指標に過ぎないんだから。

 流石に今回の奴は上層部に行った方がいいと思うんだよねぇ。

 どうせ、このあとジョンって人に報告書を提出に行くんでしょ?」


「そうだな。

 エレーシャ、ジョンさんは俺たちの上司だ。

 さん付けはしないといけないぞ。」


「ふん、そもそも上層部が舐めたランクをつけたせいでアーノルドが怪我しちゃったのもあるでしょ。

 現場のこと、本当に見てるの?」


「……すみません。」


 ベルンハルトが、頭を下げる。

 その言葉は、この場に向けたものではないような気がして、ベルンハルトの胸にわずかに引っかかった。


「なんでベルンハルトくんが謝るの?関係ないじゃん。

 って、顔を上げてよ!」


「エレーシャ、ジョンさんはベルンハルトのお父上だ。」


「マジ!?ちょ、ごめんベルンハルトくん……。」


 エレーシャがあたふたする。

 空気中のエーテルが、それに反応するかのようにまた揺らいでいた。


「いえ、大丈夫です。」


「え、ベルンハルトのお父さんって……。」


「すごくお偉いさんだったんですね……。」


 カフカとクルトが顔を見合わせた。


「おお、そうだぜ。

 そういえばお前ら知らなかったんだっけ。」


 フォンスが瞬きを繰り返した。


「し、し、知らないよ!?」


「そういう大事なことは、先に教えてくださいよ……。」


「いや、ベルンハルトが言いたがらなさそうだったから。

 オレからいうのもなんか違うしなぁって。」


 フォンスが、ベルンハルトの顔をチラリと覗き込んだ。


「黙っていてすまなかった。」


「いいんだけどさ、ていうか、質問してもいいですかっ!?」


 カフカがここぞとばかりに身を乗り出した。


「ああ、なんでも聞いてくれ。

 質問は大歓迎だぞ!」


「私、あんまり騎士団の仕組みについて理解していなくって。

 えーと、さっき出てきた、かん……なんちゃら部隊って、特撰部隊とどう違うのでしょうか……?」


「ああ、監護部隊のことか?

 確かに、ここら辺は騎士団に入りたてならちょっと難しいかもしれないな。」


 アーノルドが息をつく。


「俺達、特撰部隊というのはエーテル国の国立騎士団に所属している。

 それは大丈夫だな?」


「は、はい!」


「特撰部隊とは別で、守護部隊、監護部隊というものが存在している。

 まず、守護部隊というのは、エチルエーテル市内を取り締まっている部隊だ。

 ……で、監護部隊っていうのは、それぞれの町や市に配属されている派遣部隊のことだ。」


「な、何をしているんですか?監護部隊というのは……。」


「ああ、監護部隊ってのはな。

 基本はその街の自治を取り締まっている。

 で、守護部隊との大きな違いというのが。」


「害魔獣の討伐をするかどうかってところだ。

 守護部隊は、基本的に害魔獣問題には手を出してこない。

 で、監護部隊や俺たち特撰部隊というのは、害魔獣に立ち向かっていかなければならないんだ。」


「そ、そうなんですね。

 やっぱり、害魔獣ってみなさん戦いたくないものなんでしょうか……?」


「当たり前だよ。

 お前だって、あんなデカブツと戦うのは嫌だったんじゃないの?

 ていうか、害魔獣のこと知らないってどういうこと?

 誰かに教わったりしなかったの!?」


 エレーシャが間髪入れずに答えた。


「ああ、えっと。

 すみません、私、ずっと一人だったので……。」


「はぁあ、生まれた時から一人なワケ!?

 ……な訳ないでしょ。」


「いや……。

 母がいたのですが、亡くなってからは一人で……。」


 シン、と会議室が静まり返った。

 誰もすぐには言葉を返せなかった。

 気まずそうにエレーシャが、頭を掻く。


「なんだ、そうだったんだ…………。

 ……なんか、言いにくいこと聞いちゃってごめん。」


「い、いえ!私も世間知らずなのが悪くて。

 こちらこそ、色々と聞いてしまってすみません。」


カフカが俯く。


「気にしないでくれ。

 ベルンハルトにカフカちゃん、フォンスにクルト。

 君たちは俺たちの大事な後輩なんだ、特撰部隊をより良いものにするために俺たちができることならなんだって教えるさ。

 知らないことを恥ずかしいと思わないでくれ。」


「……ありがとうございます……!

 とりあえず、騎士団や害魔獣については今から頑張って勉強します。」


「大きく脱線してしまったな。

 今回のメイン依頼の話について戻そう。

 ベルンハルト、気を使わせて悪かったな。」


「いえ、大丈夫です。

 ……俺も、父には思うことがありますから。」


 ベルンハルトが視線を落とした。


「遭遇したのは、任務の三日目だ。

 昼過ぎ、龍種を狩るには最適な時間だな。

 早起きして向かったんだが、妙な雰囲気があったな。」


「ああ、そうそう。

 リーヴァロットの高原に霧が出るなんて聞いたことないのにさ……珍しく一帯が霧に覆われていたんだよ。

 あそこは害魔獣が豊富で有名なんだけどね。」


「霧のこともそうだけど、僕は害魔獣があたりに一切見当たらなかったことが気になった。」


 読んでいる本から目線を逸らさずに、ヘイルがポツリと呟いた。


「確かに、オレ達が学生の頃も高原にはうじゃうじゃ害魔獣が出るから、授業や試験以外ではあまり近づくなって言われていました。」


「正直、周りの殲滅も前提にして用意していたから拍子抜けだったよ。

 相手はただの氷龍種一体。」


 はぁ、とヘイルがため息をついた。

 漏れた呼気は白く、彼の周囲の空気が冷え切っていることがわかる。


「確かに、そこも変だったな。

 氷龍種自体はそこまで苦労しなかったんだが、なんとなく奇妙だった点があるんだ。」


「奇妙だった点?」


「ああ。

 ()()()()()()()()()()()()()()()()――。」


「遅延、ですか。」


クルトが興味津々に聞き返した。


「ああ。

 俺は土魔術の回路を使っている。

 正直、並大抵の魔術じゃ俺の防御魔術は破られないはずなんだが。」


「そういえば!

 最初に特攻した時に、防御魔術の展開が遅いと思っていたんだよ!

 あれ、そういうことだったの?」


「あの時は、遭遇してすぐに目をつけられちまったからな。

 エレーシャに被弾させるわけにはいかないから、即座に突っ込んだんだが。

 不完全な防御壁を、爪ですぐに破られたんだ。」


「そ、それなら早く言ってよ!

 ボクだって支援魔術をかけたっていうのに。」


「いや、俺だけじゃなかったはずだ。

 いつもならエレーシャの遠距離癒術で止血できるはずだが、やけに届くのが遅かった。」


「――まるで、霧の中でエーテルの循環を阻止しているみたいだった。

 僕はそう報告書に書いた。」


「な、なになに!?ヘイルも気づいていたの?

 先に言ってくれたっていいじゃん!……あ。」


 エレーシャがハッと顔をあげ、アーノルドの傷跡へとチラリと視線を移す。


「もしかして、その傷。

 ――あの場所の影響を受けたまんまってこと?」


「そうかもしれないな。

 昨夜の治療で再生し切ってないんだ。

 これはどう考えても、あの任務の影響だろうな。」


「なるほどね。

 昨日の晩はいくら癒術を使っても、すぐに元通りになっちゃうから。

 自分の回路が弱くなっちゃったのかと思って焦ったよ。」


「氷龍種自体の手応えはいつもと変わらなかった。

 でも、確かに僕の魔術が届くのがほんの少し遅かったと思う。

 ……もし第二十師団(きみたち)が相対していたら、全滅だったかもね。」


 ヘイルの冷たい目が、ベルンハルトへ向けられる。

 ぞくりと、背筋が粟立った。


「――全滅、ですか。」


「うん、全員死んでいたかも。」


 不気味に笑う。

 その目からは、何の意図も読み取れなかった。

 まるでこちらの焦りごと見透かしているようだった。


「……ヘイルの言い方はあまり良くはないが、そうかもしれない。

 エーテルがどんな仕組みで遅延していたのかはわからないが、即時発動できるような簡単な魔術がほんの少し遅れる――それだけで命取りになるからな。

 リーヴァロットでの討伐指定任務にはくれぐれも気をつけてほしい。」


「ご忠告、ありがとうございます。」


「ヘイルも、こういう場で後輩を無闇に怯えさせるのは感心しないぞ。

 少しは言い方を考えような。」

 

「うん。

 僕は事実を言ったまでだけど。

 ……何か良くなかったかな。」


 淡々と答えるヘイルに、アーノルドは頭を掻いた。


「そうだな……。

 ヘイル、これからは魔術の研究だけじゃなくて、人間関係も俺たちと勉強しようか。」


「僕に必要なのは魔術の研究だけだと思うんだけど……。

 そんなことないかな?」


「そんなことあるわけないでしょーっ!!あんたの言い方は棘がありすぎなの!冷たいの!

 ちょっとは優しさとかも覚えなさいよね、このヒエヒエ魔術研究馬鹿!」


「僕は馬鹿ってことないと思うけどな。

 エレーシャこそ、水魔術使いなのにいつも頭が沸騰しているように見えるよ。」


「はぁあああ!?失礼なんですけどぉ!誰があんたの傷治してやってると思ってんのぉ!?

 次変なこと言ったら、逆に傷をこじ開けてやるんだから!」


「君に他害魔術を使う力はないでしょ。」


 エレーシャの周囲のエーテルが水滴となりぽたぽた、と机に降り注いでいる。

 まるで少量の雨のように。

 ヘイルの方に視線をやると、エーテルの流れがぴたりと止んでいた。

 まるで凍りついたかのように静止している。

 空気の温度がスッと落ち、音も熱も削ぎ落とされているようだ。


「お前ら、いい歳なんだからそろそろ喧嘩はやめろ。

 真ん中に挟まれているこっちの身にもなれ。

 片方は寒いし、片方は濡れてるんだぞ。」


 ベルンハルトが、ハッとしてアーノルドに視線を移す。

 アーノルドの手に握られている報告書の端がうっすらと白く曇っている。

 次の瞬間に、パリ、と乾いた音を立てて、パラパラと細かな氷の粒が落ちていった。

 その反対側では、髪や肩から水滴が滴っていた。

 アーノルドの表情には堪えられない笑みが浮かんでいた。


「わぁぁ!ご、ごめんアーノルド……。

 風邪ひいちゃうよ!?」


「ああ、ごめんねアーノルド。

 ……でも、なんだか面白そうだね。」


 ヘイルが表情を変えずに言う。


「ははは、嬉しくはないぞ。

 ただ、面白いと思っているだけ……ッッハックション!!!!!!」


「ああーもう、言わんこっちゃない。」


 第十九師団は、仲が良いのか、悪いのか。

 ベルンハルトは、見たこともない超常現象の真ん中でくしゃみをするアーノルドを見て、言葉を失った。


「うん。

 とりあえず、炎龍種と氷龍種の違和感は掴めた。」


 ヘイルがスッと席を立つ。

 コツコツと革靴の音を鳴らしながら出口に向かった。


「ちょっと!ヘイル、どこにいくの?」


「もうこの場にいても、面白い情報は得られないからね。

 僕は図書館に戻るよ。」


「はぁっ!?まだ報告会は終わってないんだけど??」


「そうだね、でももうこれ以上目新しい話は出てこないだろう?

 僕は一分一秒と無駄にしたくないんだ。

 上層部に渡す書類の整理は頼んだよ。」


 ドアに手をかけたまま、ヘイルがわずかに振り返る。


「――ああ、そうだ。」


「僕はこの違和感、()()じゃないと思っているよ。」 


 そう言い残すと、重いドアが勢いよく閉められた。

 バタン、と大きな音が響いたあと、さっきまでの喧騒が嘘のように静まり返った。

ここまで読んでいただき、本当にありがとうございます!

おかげさまで20話まで書き進めることができました。

少しずつですが、物語の違和感や繋がりも見えてきたかなと思います。


来週からは、水曜・日曜の週2回更新に変更し、1話1話をより丁寧に書いていく予定です。

これからもゆっくり物語を追っていただけたら嬉しいです。


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