19.静かな違和感
その場にいる全員が、息を呑んで見つめていた。
会議室には、奇妙な金属音だけが静かに響いている。
「なんだか物々しい杖だね……。
どうやってできてんの?」
ヘイルの横から、ひょっこりとエレーシャが顔を出した。
二人が神妙な面持ちで杖を眺めている。
「……これ、まさかとは思うけど。」
ヘイルの指が金属部分に触れる。
彼の分厚い手袋が、表面に反射して見えた。
「――イグニス金環じゃないだろうか。」
その一言に、空気がわずかに張り詰めた。
カフカが、首がもげそうな勢いで大きく頷いた。
だが、なんとなく自信なさげに口を開いた。
「そうみたいです……?」
「そう、みたい?」
「ついこないだ、魔術道具の店主さんに言われて……。
なんだかすっごい価値のあるものってことはわかるんですけど。」
「……その工房の店主もなかなか知見が深いみたいだね。
どこの工房?」
「騎士団の武器管理課の主任の方が営んでいる工房です。
ご存知ですか?」
ベルンハルトが答えた。
「ふうん。
悪どい店主じゃなくてよかったね。
こんな価値の高い金属、普通はその場で奪われるだろうし。」
ヘイルがくつくつと笑った。
「どうりで聞き覚えのない杖の音だと思ったよ。
案の定、この金属はエーテルに強く共鳴しているみたいだ。」
「そんなの普通じゃないの?
ボクの杖だってエーテルを込めたら揺れるし。」
エレーシャが首を傾げる。
「これは先史文明のもっともっとエーテルが濃かった時代に錬成されたものだ。
現代の共鳴とは訳が違う。」
ヘイルが勢いよく杖を振る。
――シャラン、シャラン――。
「現代で錬成される金属は、自らエーテルを生み出すことができない。
エレーシャの杖だってそうだし、アーノルドの大剣だってそうだ。
だが、先史文明の金属は違う。
空気中のエーテルと共鳴し、自らエーテルを生み出している。」
「カフカちゃんの杖、そんなに凄いヤツなのか?
オレ、もう頭こんがらがってきたぜ。」
ヘイルの話が始まった途端、頭を抱えてショートしていたフォンスがやっと口を開いた。
「私も知らなかったよ……。
でも、エーテルを出しているなんて全く気づかなかった。」
「それはきっと、君が魔術を使えないからだよ。
……エーテル回路不全だろう。」
カフカが黙る。
先程アーノルドに褒められたのとは打って変わって、攻め立てられている気分になったからだ。
「本当は、魔術を使えない子がこの杖を扱うのは難しいんだろうけど。
まあ、回路不全程度なら道具を媒介すればじきに使えるようになると思うよ。」
優しい口調のはずなのに、その一つ一つが鋭い氷の刃のようだった。
カフカの心臓が、音を立てて脈を打っている。
嫌な汗が背中を伝い、呆然と立ち尽くしている。
「ああ、ごめんね、長く持ちすぎた。
でもこの杖、やけに熱い気がするね。」
「あ、熱い……ですか?」
「金属に熱いとかないんだろうけど。
僕の手が冷たいのかな。」
カフカの手に、杖が戻された。
――杖に温度なんて感じられなかった。
自分がこの杖を持つのは、間違っていたのかもしれない。
そんな考えが、心の奥底に沈んでいく。
呆然と立ち尽くしたまま、ヘイルに言われた言葉が頭を反芻する。
(魔術を使えない子が、この杖を扱うのは難しい、そうだよね……。)
ギュッと杖を握りしめる。
ヘイルはその様子を一瞥すると、また興味がなさそうに静かに本を読み始めた。
「――カフカさんは立派な第二十師団の仲間です。
彼女がいなければ我々は全滅していたと思われます。」
ベルンハルトが、静かにそう言い切った。
「……報告に戻ります。
杖の反応を見た後、カフカさんが炎龍種の異変に気づきました。
恐らく、炎龍種は他者に危害を加えたかったわけではないと。」
「その後、炎龍種と我々が地上に出られるようにフォンス、クルトが天井を壊しました。
入り口の誘導のために、カフカさんが杖を持って走ってくれたんです。」
「ぼ、防御魔術とかは使わなかったの!?」
エレーシャが大きな声を出す。
「はい、使う余裕もなく……。
自分とフォンスが炎龍種の火炎をいなし、クルトが崩落を魔術で固定。
外に出るまでなんとか耐え切りました。
その後は炎龍種の母親らしき龍種とともにやってきて、宙へと帰っていきました。」
「ははは、やっぱり凄いな。
炎龍種の火炎なんて、まともに食らえば一瞬で消し炭だぞ?
度胸がないとできない。」
「ああーもう、防御魔術くらいできるようにならないと。
これから先どうやって害魔獣と戦っていくの!?
カフカだっけ、お前!
せめて防御魔術くらい覚えてよね!!!」
「す、すみません……。」
カフカが項垂れている。
自分の未熟さをたくさん自覚させられている気分だった。
「ありがとう、ベルンハルト。
それにしても、初任務、新人だらけなはずなのによくもまあランク7に勝てたな。」
「ビギナーズラックだと思った方がいいからね!
絶対に次からは守りも固めるべき!!」
「今回は本当にラッキーだったと思っています。」
「そもそも、あのオジサンが依頼を渡す相手を間違えたのが悪いんだけどね!
でもまぁ、命は大事にだから。」
「エレーシャは素直じゃないなあ。
これでもお前らのことを心配して言ってるんだ、わかりにくくてすまない!」
「ち、ちがーう!
全く違う、ただ、ボクの仕事が増えるのが困るから注意してんの!」
はあ、とエレーシャがため息をついた。
「それじゃあ次、第十九師団の直近の害魔獣遠征についての報告書だ。
違和感などがあれば、遠慮なく言ってほしい。」
アーノルドが報告書をスッと、ベルンハルトに差し出した。
「ありがとうございます。」
「なぁ、オレにも見せてくれよ。」
フォンスが身を乗り出して報告書に顔を近づけた。
「君たちはボクの書いた資料を見せてあげるよ。
ふふん、読みやすいでしょ?」
エレーシャが胸を張る。
「えっと、なんだ?ちらほら読めない単語があるぞ。」
「本当ですね……。
これは先史文明でも使われていた文法ですよね?」
クルトが目を細める。
すると、フォンスが何かを察したように、目を見開いた。
「エレーシャさんって……、もしかして年寄りなのか?」
「はぁああ!?年寄り、なんかじゃ、ないっての!!
ボクは高尚な、長命種なの!!
先史文明の言葉だって使うし、博識なんだからっ!
ボクたちの文明では、まだまだ若くて可愛い年齢なんだからね??」
エレーシャが声を荒げる。
周囲のエーテルが、ピリピリと波打っている。
手のひらには、淡い水色のエーテルが泡立つように暴れていた。
「もー!!ボクはめちゃくちゃ可愛くて、プリティで、ファビュラスな、ちょうどいい感じの年なの!
この魅力は、君たちみたいなお子ちゃまにはわかんないんだよっ!」
エーテルが、水滴へと変わる。
次の瞬間、少量の水鉄砲が放たれ、フォンスの顔を直撃した。
「うわっ!!冷たっ!!!」
ついでに机の上も水浸しになり、資料もまとめてふやけてしまった。
「エレーシャ!後輩にそんなことをしちゃダメだぞ。」
アーノルドが、エレーシャの頭を優しく小突いた。
「いたっ!もう、ボクに年寄りって言った子達は全員べしょべしょにしてやるって決めてるんだからっ!!」
「エレーシャ、エーテルの無駄遣いはやめなよって前も言ったんだけど。
僕の本まで濡れたじゃないか。」
ヘイルが呆れたように、視線を向ける。
「アンタは報告会に集中しなよ!!」
「エレーシャさん、すみません。
うちの馬鹿がとんだ無礼を……。
ほらフォンスしっかり謝れ、女性に年齢の話は御法度って学生時代に散々学んだだろ。」
ベルンハルトが、フォンスの頭を思いっきり叩いた。
「す、すみません!!
いやでも、エレーシャさんめちゃくちゃ可愛いんで、歳とか気にしなくていいと思いますよ!」
「そ、そうでしょ?ボクが可愛いってわかればいいんだから。
これに懲りたら、二度と年齢の話をしないこと!
いい?」
「わかりましたっ!」
フォンスがニコニコと、笑いながら答えた。
アーノルドが豪快に笑い、楽しそうに報告書を握りしめている。
先程まで落ち込んでいたカフカも、つられるようにふふっと微笑んだ。
「あぁ、もう!
ていうかアーノルドは笑いすぎ!!!
乙女心とか知らないの!?」
「すまん、エレーシャがここまではっちゃけるのを見るのは初めてなんだ。
素直ないい後輩で良かったな!」
「素直すぎなのも癪に触るんですけどぉ……?」
エレーシャは頬を膨らませながらも、ようやく大人しく椅子に座り直した。
「コホン、じゃあ改めて。
俺たちは5日前に、リーヴァロット市の複数任務のためにエチルエーテル市を発った。
そうだな、ベルンハルトに隊長任命の話を持ってきた次の日だ。」
「リーヴァロット市に行ってたんですね!」
フォンスが目を輝かせる。
「ああ、そういえばベルンハルト達の士官学校もここにあるんだったな。
リーヴァロット市は飯が美味いから何度行ってもいいところだ。」
アーノルドが満足げに頷いた。
「はーいはいはい、脱線してるよー。」
エレーシャが不機嫌そうに口を挟んだ。
「おお、悪い悪い。
フォンス、後からまたリーヴァロットについて話そうじゃないか。」
「はい!楽しみにしています!」
「まず初日は、リーヴァロット市の監護部隊から直接聞いた害魔獣の討伐に向かった。
あそこの監護部隊の数じゃ、手が回らないだろうからな。」
「リーヴァロット市の監護部隊への希望は、今年はほとんど無かったと聞きましたが……。
特撰部隊が派遣されるほどに人が足りていないということでしょうか?」
「その通りだ。
最近はリーヴァロット市の貴族の動きもあって、金銭面でかなり問題を抱えているらしい。
害魔獣被害の増加も重なって、監護部隊の運営状況は厳しい状態だ。
今後も派遣が増えるかもしれない。」
「……そう、なんですね。」
「最初の依頼は推定ランク3だった。
ただ、とにかく広範囲に害魔獣が出没していてな。
あちこち走り回る羽目になった。」
「ランク3くらいなら、三十分くらいで片付くよねぇ。
あれで苦戦してる監護部隊の方が、ボクにはよくわかんないよ。」
エレーシャがため息をついた。
「三十分で片付くとはいえ、あんなに広範囲に巣があったら流石にやりきれないだろう。」
「ランク3でさえ、三十分で……。」
ベルンハルトは目を丸くした。
そもそも害魔獣討伐というのは、ランクに関係なく命懸けの任務だ。
だが彼らは、それを呼吸でもするかのように語っている。
一体どうすれば、広範囲に散った害魔獣の群れを、たった三十分で処理できるのだろうか。
第十九師団――話を聞く限り、畏怖すべき存在なのかもしれない。
——だが、その時。
ふと、視界の端に映ったものに、思わず視線が止まる。
アーノルドの腕に残る傷が、まだ塞がっていなかった。




