第205話 カインの炎
爆心地は、ひどいもんだった。
黒煙がもうもうと立ち込めて、喉の奥がじりっと焦げる感覚。下草はきれいさっぱり消えてて、地面は靴底からじっくり熱が伝わってくる。演習場、って呼ぶのももう無理だな。ただの焦げた穴だ。
「……ゲホッ、ゲホッ」
煙の向こうから、咳が聞こえた。俺は手で煙を払いながら、そっちへ歩いていく。
立ってた。一人の男が。
カインだ。軽鎧はあちこち煤けて真っ黒で、頬には血の滲んだ擦り傷。髪の毛はチリチリに焦げちゃってて、見るからにボロボロ。でも、目だけは違った。ギラギラしてる。焚き火の残り火じゃない。もっと奥の方、溶鉱炉の底をのぞいたみたいな、ドロッとした赤い光が宿ってる。
「……生きてるか、カイン」
「おう……なんとか」
口元の煤を手の甲でぐいっと拭って、ニカッと笑う。歯だけが白くて、なんか妙に眩しい。
俺の胸元から、赤い子狐がひょこっと顔を出した。炎の上位精霊、ヴァルだ。
『へっ、派手にやりやがったな。あやうく山火事だぞ、テメェ』
「うるせえよ。……手加減してたら、届かねえんだよ」
カインは足元に転がっていた剣を拾い上げる。刃こぼれだらけの、ボロボロの剣。あいつが騎士団に入ってからずっと使い続けてきた相棒だ。
俺は知ってる。こいつがずっと悩んでたのを。「型」が汚いって副団長に怒られて、座学の成績は底辺で。それでもずっと憧れてたのは、完璧な騎士だった。教科書通りの美しい構えで、無駄のない動きで敵を制圧する。かつての副団長——オスカーみたいな、騎士に。
「俺さ、ずっと真似してたんだ」
ぽつり、と。
剣を構える。でもその構えはどこかぎこちなかった。オスカーの真似をしようとして、自分の身体のクセと喧嘩してるような、なんか痛々しい不自然さ。
「副団長はすげぇよ。いつだって冷静で、強くて、動きに迷いがない。俺なんかが逆立ちしたって真似できねぇって分かってんのに、それでも……綺麗な剣を、振りたくて」
カインの手が震える。悔しさか、それとも限界を認める怖さか。どっちかよく分からない。
「でも、やめた」
構えを解いた。剣先をだらりと下げる。騎士の教本には絶対に載ってない姿勢だ。隙だらけのはずなのに、不思議と弱そうには見えなかった。むしろ逆で、身体のバネが自然に縮んで、いつでも弾けるような——獣の気配がした。
「俺は、あの人にはなれねぇ。盾にも、城壁にもなれねぇよ。……俺は、もっと不格好で、泥臭くて、熱苦しいナニカだ」
『ほう?』
ヴァルが尻尾を揺らす。カインの周りで、空気が歪み始めた。霊素が集まってくる。あいつの霊核スコアは入団当初「D」とかそこらだった。数値だけ見れば落ちこぼれもいいところだ。
でも俺は知ってる。あいつの霊素循環は感情に直結してる。怒り、悲しみ、守りたいという願い。心に火が付いた瞬間、霊素が爆発的に加速する。安定とは程遠い。燃費も最悪だ。それでも、瞬間的な火力だけなら——もう並の騎士じゃ太刀打ちできない領域に踏み込みつつある。
「俺は、俺のやり方であの人を止める」
顔を上げた。もう、迷いはなかった。
「綺麗じゃなくていい。正しくなくていい。……ただ、ぶっ飛ばす。あの人が『完璧』っていう檻に閉じこもってるなら、その檻ごと焼き尽くして、無理やりにでも引きずり出す!」
ドンッ。地面を踏みしめる。足元から炎が噴き出した。魔法じゃない。あいつの身体から溢れた霊素が大気中の熱と反応して、勝手に発火してるんだ。
『いいぜ、カイン! その熱だ!』
ヴァルが空中に飛び出して、カインの周りをぐるりと回る。迷いを捨てたカインの魂の形が、気に入ったらしい。
『お前の炎は、暖炉の火じゃねぇ。松明でもねぇ。……爆弾だ! 周りのもん全部巻き込んで、派手に爆ぜるのがお前の"性分"だろ!?』
「ああ……そうかもな!」
カインが吠える。剣に炎がまとわりつく。今までみたいに、剣の形に添わせようとはしてない。炎は暴れまわって渦を巻いて、まるで生き物みたいにカインの腕を駆け上がっていく。熱い。離れている俺の頬まで、熱波が来る。
「ルーク! 的を頼む!」
「了解。……オルド、お願いできるか?」
地面を軽く叩くと、土の精霊オルドが『ほいほい』と応じた。ズズズズッ……と地面が盛り上がり、数メートル先に巨大な土壁が出現する。オルドの力で圧縮された、岩盤みたいに硬い壁だ。
「いくぞッ!」
カインが走り出す。姿勢が低い。獲物に飛びかかる狼みたいだ。剣を振りかぶるんじゃない。身体ごとぶつかっていくような、そういう勢いで。
「うおおおおおおおおッ!!」
叫びと共に、剣を突き出した。
瞬間、炎が形を変えた。刃先から膨れ上がって、牙を剥いた獣の顎みたいな形になって、土壁に食らいつく。
ドォォォォォォンッ!!
斬撃音じゃない。爆発音だ。土壁の中央が飴細工みたいに溶けて、吹き飛んだ。熱風が俺の髪を煽る。砂煙と黒煙の向こうには、中心がごっそりえぐり取られて赤熱した土壁の残骸があった。
「……はぁ、はぁ、はぁ……」
肩で息をしている。剣は、もう限界だった。刀身が熱で歪んで、使い物にならない。普通の鉄じゃあいつの熱量には耐えられないんだ。でも、威力は本物だ。技術もクソもない、ただひたすら熱と衝撃を一点に叩き込むだけの一撃。だからこそ防げない。オスカーが展開するであろう「黒炎の防御」を理屈抜きでぶち破るための、馬鹿正直な一撃だ。
『へっ。いいツラ構えになりやがって』
ヴァルがカインの肩に着地する。いつもは辛口なこの炎精霊も、今日ばかりは満足げだ。
「……すげぇな」
俺は素直にそう思った。ここまでやるとは、正直思ってなかった。あいつはずっと「自分には何もない」って泣いてたけど、違う。持ってたんだよ、最初から。ただオスカーっていう偉大すぎる背中を追いかけるあまり、自分の手の中にある武器が見えてなかっただけだ。
「どうだ、ルーク! これなら……あの人の横っ面に、一発入れられるか!?」
振り返って、ニカッと笑う。顔中煤だらけで汗でドロドロで、正直見られたもんじゃない。でも今まで見た中で一番、強そうな顔をしてた。
「ああ。間違いなくな」
頷く。嘘じゃない。あの一撃なら、魔将クラスの防御だってこじ開けられるかもしれない。一発撃ったらガス欠で、剣もダメになる。リスクしかない特攻技だ。でも俺たち「野良小隊」には、それぐらいが丁度いい。
「エリシアが後ろを固めて、カインが穴を開ける。……で、俺がねじ込む」
役割分担が決まった。騎士団みたいな整然とした陣形じゃない。個々が勝手に暴れて、結果的に敵が壊滅してるっていう、一番タチの悪い喧嘩のスタイルだ。でも、相手があのオスカーだ。行儀のいい戦い方してたらこっちが食われる。泥を投げつけてでも、足を引っ張ってでも、勝てばいい。
「よし。これで全員、武器は揃ったな」
空を見上げる。西の空はどんよりと曇ったまま。あの雲の下に、オスカーがいる。
待ってろよ。
「……腹減ったな」
カインが急に糸が切れたみたいに、へなへなと座り込んだ。そりゃそうだ。あれだけの霊素を一気に燃やしたんだ。カロリーだって半端なく消費してるはず。
「戻るか。マルタ婆さん、今日は特大の肉料理を用意してるって言ってたぞ」
「マジか! 帰る! 這ってでも帰る!」
目を輝かせて立ち上がる。単純なやつだ。でも今はその単純さが頼もしい。
並んで、グレイウッドへの道を歩き出した。背後には二つの破壊の跡。俺が作った風穴と、カインが作った焦げ跡。それは、俺たちがもう「守られるだけの子供」じゃないっていう、確かな証明だった。
宿に戻れば明日の準備だ。バルドランの親父さんが手配してくれてるっていう「援軍」の確認。ドワーフの国から届く物資、それからフェデの装備がどうなるか。あいつ、ただでさえ規格外なのに、ドワーフ製のガチ装備なんか着けたらどうなっちまうんだか。
決戦の時は近い。怖くないと言えば嘘になる。右腕はまだ痺れてるし、アストラの扱いだって完璧じゃない。それでも不思議と、足取りは軽かった。一人じゃないからだ。隣には馬鹿みたいに熱い相棒がいて、宿には最強の弓使いになった元勇者がいて、頼れる親父さんもいる。それに何より、俺の懐には六人の古い友達(精霊たち)がいてくれる。
「……なんとかなるだろ」
いつもの口癖を、小さく呟いた。でもそれは、諦めじゃなかった。確信、に近い響きだった。




