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逃亡者たち  作者: モーフィー
エピローグ
84/84

塔の独り言


 塔は風の優しい子守歌から覚めた。あの雨の日から数えたらもう十年にもなるだろうが、塔にしてはそれも一瞬に過ぎなかった。しかし、その一瞬で世界は驚くように様変わりしていた。遠くに見えていた森はものの数年で無くなった。ついこの頃まで人々は溢れ、黒い煙を出す塊が森の木々や黒い石を運ぶためせわしなく横行していたようだが、それも随分減った。平和な農地だったこの地はすっかり寂れてしまった。昔も静かだったが、塔の中にはよく森の生き物たちが遊びに来てくれたものだ。それも今はなくなってしまった。塔はそれが残念でならなかった。


――外では何が起こったのだろう


 唯一の情報源は十年前小さかったあの少年だった。彼はこの寂れた地に住んでいるようだ。彼の口からもう詩や歌が流れてこないのは残念であったが、今の彼は面白い話を聞かせてくれる。彼は独り言のように世の真理を問い、答えのでない問題を延々と考え続ける。主観しか持たない塔自身と違って、それを客観で世界をとらえようとする姿勢が面白かった。


――もっと、考えてみてごらん


 一つの意見に固執した彼に時々意見を言うように、またくじけそうになる彼を励ますように塔は見守り続ける。そうは言っても塔の言っていることが彼に伝わるとは思わなかったが。


――それでも私は君が言ったことを子どもたちに伝えていこう


 彼の記憶をすべて私の記憶として、螺旋に刻みつけよう。記憶こそが私の存在の意味。塔は螺旋の階段に塔の記憶を残す。恐ろしく雑多な塔の記憶の中で、苦心して積み上げた理路整然とされた元少年の考えはきわめて淀みない。塔の役割はそれを保存して後生に残すことだ。


 彼の子孫達はそれらを見つけてどう思うだろうか。彼の身に起こった不思議なことを信じるのだろうか。喜ぶ? 驚く?


 ただ知りたい。全くの塔の興味である。それを知ることが出来るのも後数百年の辛抱だ。普遍の存在である塔にとっては長い時間ではない。塔は今年も豊かに実った小麦畑に目を移した。


――そろそろ君の家族がやってきたようだ


 小麦畑の中を彼の妻が乳飲み子を抱えてやってきた。彼は塔から身を乗り出し、妻の姿を認め、底なしの考えから浮き上がってきたようだ。普遍の空気が支配する塔を駆け下り、常に代わり続ける彼の世界へと戻っていく。


 誰もいなくなった塔に静かな風が吹く。塔は再びまどろみに目を閉じる。



 エウロス、南東風の神よ

 そして世界は回り続ける

 周知の事実と共に

 人は言う

 あの遙か彼方に広がる空の色は

 カリビアン・ブルーだと…




最後までお読みくださりありがとうございます!


"Carribian blue" by Enya

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