対面
大変長らくお待たせ致しました。
少し青ざめながら硬直しているルッティアを見て早苗はある可能性に気付く。
(そうだ! この人外交官て……もしかしたらカデス国内の事なんかも詳しいんじゃ……)
外交官としてあちこち飛び回っていると言うあちこちには国外も含まれているのではないだろうか。と言うより主に国外に居るのではないだろうか。だからこそアンザット公爵領に居ると分かって慌てて連れに行った可能性も考えられる。
(故郷の思出話とか言われる可能性だってあるんだ。シルヴァ家の事だって知ってるかもしれないし)
早苗にはカデスに関する知識は最低限しかない。聞かれて困らない程度にしか知らないのだ。
(実際に色々と知ってる人に聞かれたら絶対おかしいって思われるよね)
そう思いさりげなくシスに視線を移すと、何故か生暖かい目でルッティアを見ていた。
(あれ?)
「サナエ嬢のお噂はお聞きしておりますよ。本日はこうしてお会いすることができて公爵には感謝しております」
「え」
(噂を聞いているって誰から!? 何処から!?)
思わず素で呟いてしまった。噂を聞いているなんて予想外もいいところだ。
(ただシスさんが慌ててないしもしかして、事情があって誰かから真実を伝えられているのかもしれない、よね?)
確認したくても事情を知らない公爵夫妻が居るこの場で迂闊なことは口に出来ない。
一体彼は何者で何処まで知っているのか、そして夫妻とルッティアとシス、彼らの反応が全く違っているので早苗は一体どう対応しておけばいいのか。判らないことばかりで混乱してしまっているが、それでも兎に角これ以上動揺を晒すわけにはいかない。
「どうかされましたか?」
「い、いいえ。どんな噂なのか少し心配になりまして……」
「勉強熱心な努力家だと伺っておりますよ」
そう言って柔らかな笑みを浮かべる。
(読めない……! 笑顔で上手くはぐらかされてる気がする)
当たり障りのない返答をされ、真意は読めない。シスに確認を取りたいが、彼とルッティアは少し離れて立っているので、小声で訪ねると言う訳にもいかない。
(さっきは夫人があからさまにルッティア見てたもんなぁ)
今ではその夫人の視線も早苗に戻ってきている。ルッティアを気にしてはいる様だが。
アンザット公爵はこの間周囲ににこにこと文字が浮かびそうな程の笑顔を浮かべている。
(本当にどうしよう)
お互いに笑顔で当たり障りのない会話を続けながら、これからどうするべきか考える。皆の反応がバラバラな事もあり、どう行動するのが最良なのかが判断し辛い。
「ところで、そちらのサナエ嬢の侍女はメイファ家のルッティア嬢とお聞きしましたが?」
「え? ええ。そうです」
唐突に話題を変えられて戸惑ったが、ルッティアの知り合いだったのだろうか。しかしそれだとこの訪ねかたは少々おかしいような気もするが。
エルトは早苗に会釈し、ルッティアに向き柔らかく微笑んだ。
「こうしてお逢いするのは初めてですよね。長くご挨拶できずに申し訳ありません。エルト・マルセイです」
「え、あ……」
エルトにそう挨拶され、ルッティアは明らかに困惑したように狼狽えている。
「こんな風にお会いすることになって驚きました」
にこやかにそう続ける男と少し青ざめながら狼狽している女ーー特に粗相をしたと言うわけでもないのに初対面でこの反応の違いは一体どう言うことなのか。周りの様子からどうも自分が咄嗟に思い浮かべたことは杞憂に終わりそうなので、思考を切り替える。
(ルッティがこんなに取り乱すことって何だろう?)
短い付き合いだが、彼女が侍女としてとても優秀なのだと言うことは早苗も知っている。それがこんな風になるとは。
(口ぶりからして初対面だよねぇ? それでこんなに慌てるって……ん? 初対面?)
初対面。何かがひっかかった気がしたのだが、それが何かがはっきりとしない。
「ルッティ?」
完全に狼狽してしまっているルッティアに、このままでは埒があかないと感じて早苗は声をかける。
その声に我に返ったのか、青ざめながらも自己紹介をする。
「お初にお目にかかります、ルッティア・メイファで御座います。こちらこそこれまでご挨拶できずに申し訳ございませんでした」
「とんでもありません。本来なら僕の方がご挨拶に伺うべきなのに仕事にかまけて長く失礼してしまいました。本当に申し訳なく思っています」
「いえ、外交官は国内に居る事も少ないですし……殆ど自由時間が無いとお聞きしておりますわ」
まだ少し固さが残っているが、ルッティアも持ち直したようでえるとと会話している。
彼が話ながら早苗にもう一度会釈して彼女の方に近付いたので、早苗もそっとシスの隣に移動した。
「ねえ、あの二人ってもしかして……」
周りに聞こえない大きさでシスに声をかける。
「ええ。確か家同士が決めた婚約者のはずです」
「やっぱりそうなんだ。でもどうしてルッティはあんなに青ざめてたのかな?」
そう呟くと、シスは少し視線をさ迷わせた。
「勿論突然の事に驚いたと言うのもあるとは思うんだけどね。……これはエルミアから聞いたことなんだけど、ルッティアはどうも俺みたいな顔がすきみたいなんだよ。で、エルトは顔立ちは整ってるけど系統的に俺とは結構かけ離れてるからね」
エルトはルッティアと会話しており、公爵夫妻はその様子を見つめている。公爵子息もまた何か面白いものを見つけたような顔で二人を見ていた。
そんな状況だったので、誰にも聞かれる心配はないと判断したのだろう。普段の口調で先程より声を潜めて囁いた。
(そう言えばディルの顔が好みの顔だって言ったら羨ましがってたっけ)
確かに大人な雰囲気を醸し出すシスと童顔で年上のお姉様方に可愛がられそうなエルトでは随分系統は違う。
「人を見た目で判断する子じゃないと思うけど、きっと色々夢や希望や期待も大きかったのかもしれませんね。会ったこと無い分余計に」
「仕事が出来る人当たりの良い外交官って評判だったからね。色々想像が膨らんじゃってたかもねー」
(ああ、でも)
「随分固さ、取れてきましたね」
「そうだね。これなら大丈夫そうだ」
少しずつ普段のルッティアに戻ってきている姿を見ながら、二人は何となく安堵したのだった。
相変わらず推敲甘いですが、取り急ぎ上げます。