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化かしあい  作者: しげ吉
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18/22

独り寝

寝所に入る。


夜具は一組。


自分が拒絶したのだ。


いるわけがない。


武秀は、一人、冷たい寝床に入った。


元に戻っただけだと、武秀は思った。


自分はいつも、独り寝床で泣いていた。


自分の冷たい人生のうち、ただ一瞬だけ、吉乃が隣にいた。


それだけだ。


それなのに、どうしてこんなにも、布団の中が寒いと思うのだろう。


秋のせいだ、と武秀は思った。


布団を深くかぶり、眠ろうとする。


眠れない。


寝返りをうっても。


枕を直しても。


容易に眠りにつくことができない。


眠れないことが、これほど情けなく、苦しいものだとは。


「……言わなければよかったかな」


なぜ、こんなにも後悔するのか。


なぜ、こんなにも寂しいのか。


自分は世継ぎとして、わが身を守っただけだと言い聞かせる。


正当防衛だ。


そう思うのに、心がざわめいて眠れない。


吉乃を信じかけていた。


いや、好きになりかけていたのだ。


だからこそ、吉乃が性別を偽っていたことが許せなかった。


男だとはじめからわかっていたら、あのように距離を縮めることなどしなかったのに。


それでも。


女であろうと、なかろうと。


吉乃が自分を撫でた手は、あたたかく優しかった。


武秀は、その手を思い出した。


寝るのをあきらめて、布団を出る。


笛を手にとった。


冴え冴えとした月光のもと、静かに笛に息を吹き込む。


笛の音が、秋の夜に高く響いた。


その音は、一人眠れずにいた吉乃の耳にも届いた。


武秀が泣いているようだと、吉乃は思った。


泣きたいのはこちらだとも思った。


自分の嘘を見破ったのだ。


堂々と勝ち誇っていればいいのに。


憎いと思った。


自分が唯一頼りにしていた自信を、いとも簡単に打ち砕いた男が。


そう思うのに、笛の音が心に沁みて、目の奥が痛い。


吉乃は、そっと寝床から起き上がると、琴を持ち出した。


弦をつま弾く。


武秀の笛の音に添うように、琴の音が響いた。


武秀は、耳をすませてその音を聴いた。


以前、合奏したとき、吉乃の琴の音が悲しげだったことを思い出す。


今にして思えば、それは吉乃が姿を偽っていることに関係していたのかもしれない。


それなのに自分は、自分の身を守るために、吉乃の偽りを暴いて傷つけた。


吉乃は、武秀を嫌いになっただろうか。


そもそも、全ては演技で、好かれてもいなかったのだろうか。


吉乃の気持ちはわからない。


それでも、吉乃の奏でる琴の音からは、武秀への恨みは感じられなかった。


むしろ、その音は、武秀を慰めるかのように優しく、その耳を撫でた。


武秀は、吉乃に会いたいと思った。


笛の音が止まり、琴の音だけになる。


吉乃は琴を奏でながら、なぜ自分はいま琴を奏でたくなったのだろうかと思った。


屋敷にいたとき、忌まわしいことがあるたび、自分を癒すためだけに、ただひたすら一人、琴を奏でていた。


今の自分は、正体を見破られた悲しみゆえに琴を奏でているのだろうか。


それとも、自分の行く末を思い、悲嘆に暮れているのであろうか。


そうではない。


正体の知れぬ悲しみを抱えた武秀を思って、自分はいま琴を弾いているのだ。


もし今、狐の一族から密命が下り、武秀を殺せと言われたら、自分は殺すことができるのだろうか。


琴を弾く手が止まる。


唇が震える。


我ながら、なんと女々しいのかと笑いたくなる。


自分にとって唯一の支えであった自信を失った。


男と知られた今、自分がここにいる理由はない。


自分を捨て駒にした父。


父は、自分をどう処理するであろうか。


兄は、いまどうしているだろうか。


会いたい―と吉乃は思った。


そのとき、戸が開いた。


吉乃が顔をあげると、そこには、武秀が立っていた。


「どう……されました……」


武秀は、それに答えない。


駆け寄ってきたかと思うと、吉乃にしがみついた。


外にいた時間が長かったのだろうか。


身体が冷たい。


「眠れないんだ……吉乃がいないと」


武秀が言った。


吉乃に心を許したわけではない。


それでも、眠れないのは困る。


吉乃は、武秀の行動に驚いた。


自分を拒絶したのは、武秀の方ではなかったか。


自分で嘘を暴き、追い出しておきながら、勝手なことを言う男だと吉乃は思った。


「あなたが、来るなと言ったのです」


「……言った」


「信用できぬ者を、側におきたくないでしょう」


「はじめから、信用なんてしていない」


人を信じないのは、生き残るために身につけた癖だ。


正体を偽って嫁してきた吉乃の危うさを、武秀は十分に理解している。


男だとわかった吉乃に対する拒否感も、まだ消えてはいない。


それでも、吉乃が性別を偽ったのは、吉乃自身の意思ではないのかもしれない。


偽ることを強いられ、吉乃も苦しかったのかもしれない。


吉乃を苦しめていたのは、誰なのだろう。


「吉乃は、誰に、女に化けるよう命じられた?」


そんなこと、言えるはずないだろうと吉乃は思った。


だが、武秀には、いずれわかることかもしれない。


「父に、命じられました」


吉乃は、自分でも驚くほど素直に答えた。


それには、父への憎しみもあったのかもしれない。


自分を捨て駒にした父に、これ以上、立てる義理もないのではないかと吉乃は思った。


「いつから、女の姿を?」


「十二歳の頃から」


それを聞いて、武秀は吉乃の頭を撫でた。


いつか兄が頭を撫でてくれたことを思い出す。


思わず泣きそうになるのを、吉乃は堪えた。


「正体がばれて、郷に返されたら、吉乃はどうなる?」


吉乃は、少し黙ってから口を開いた。


「……殺されるかと」


「そう」


武秀は、吉乃の手をとって立ち上がらせた。


そのまま手をひいて廊下に出る。


どこへいくのかと思えば、武秀の寝所であった。


「ここに、いればいい」


武秀の言葉に、吉乃は驚いた。


「しかし、私は……」


「男であろう。俺も男と同衾なんかしたくない」


そう言うと、武秀は一人、布団に入った。


吉乃はどうしてよいかわからず、その枕元に座る。


そんな吉乃に、背を向けたままで、武秀は言った。


「俺の、側にいればいい。郷に戻るより、安全であろう」


自分は庇われているのだろうかと、吉乃は思った。


自分は、武秀を騙していたのに。


それに対し、確かに武秀は怒っていたはずなのに。


「なぜ……」


「夫婦であろう。俺が守ってやると言っているのだ」


武秀の言葉を、吉乃はにわかには信じられなかった。


吉乃は、黙った。


「それに……」


武秀は振り返る。


「共犯者として、このままお前の嘘を楽しむのも、一興かもしれぬ」


にやりといたずらっぽく笑ってみせる。


吉乃の存在は、武秀に、自分の本当の性別を否応なく意識させるものだった。


それでも、吉乃に武秀の秘密がばれたわけではない。


偽りの花嫁である吉乃は危険だからこそ、側において監視しておく必要もある。


それならば、吉乃をそばに置くことに、何の不都合があろうか。


初めて見つけた、自分と同じ秘密をもつ者。


側において観察してみたいという好奇心もあった。


吉乃に武秀の意図はわからない。


嘘を暴き、突き放しておきながら、側にいないと眠れないと甘える。


そうかと思えば、共犯者として吉乃の嘘を楽しもうと、不敵に笑う。


本当につかみどころのない男だと、吉乃は思う。


それでも、側にいろと言われれば、悪い気はしない。


「では、失礼いたします」


そう言って、吉乃は一組しかない布団の端をめくった。


吉乃が布団に入ると、武秀は気まずそうに反対の隅に寄った。


「やはり、男の私が侍るのは気持ちが悪いでしょう」


少し遠慮が足りなかったと、吉乃は布団から出ようとした。


その手を掴んで、武秀は吉乃を引き止めた。


「吉乃は……嫌じゃない」


吉乃は、ぽかんとした。


それから、ふっと笑った。


「殿は、男でもよいのですか」


「吉乃は、吉乃だ。俺の妻だろう」


ただし、絶対に手は出すなよと、武秀は小さく言った。


吉乃は、そんな武秀を可愛らしいと思った。


その時点で、自分はもう、武秀に絡めとられているのかもしれない。


二人は、一組の布団のなかで、離れて休んだ。


その隙間に、冷たい風が入る。


それでも、側に人がいる安心感からか。


今まで眠れずにいたのに、急に瞼が溶けるように重くなっていった。


武秀は、もう自分は一人で寝ることができなくなってしまったのだと思った。


吉乃を側におくことは危険だと、今も思っている。


それでも、そのあたたかさを手放すことが、武秀にはできなかった。

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