本性
下手に隠しても、ぼろが出るだけだと吉乃は思った。
「米の流通や、金の動きなどを調べたと、申しておりました」
「それだけ?」
武秀の顔が近い。
「あとは、そうですね……過去の日誌など」
「あとは?」
「それ以外は、何も」
確かに、かつて敵であった狐方に、そのような情報が洩れることは危険だ。
しかし、それ以上に危険な情報があったのではないだろうか。
吉乃は、まだ何かを隠している。
武秀はそう思った。
「吉乃、俺はね、昔から嘘つきに囲まれて暮らしてきた。嘘をついているか、いないか、なんとなくわかるんだ」
「私が……殿に、嘘をついていると……」
吉乃は、ここで「ひどいお疑いです」とでも泣き崩れれば、武秀を納得させられるだろうかと考えた。
しかし、武秀には、そのような見え透いた芝居など通用しないであろう。
いたずらに誤魔化し続けたところで、かえって不審を強めるだけだ。
それならば―と、吉乃は切り返した。
「そのようにおっしゃる殿こそ、私に何か隠し事があるのではありませんか」
武秀は表情を変えない。
それでも、吉乃は続けた。
「正直に申し上げましょう。綾女は、義母上のご実家で、殿のご出生後、数年のうちに侍女や家人の事故死が相次ぎ、すっかり人が入れ替わっていると申しておりました。そのようなことが偶然にありえましょうか。殿のご出生には、何か秘密があるのではないですか」
一息に言って、吉乃は武秀の表情をうかがった。
武秀は、不愉快そうに顔を歪めている。
「それで?」
「それで、とは……」
「嘘をついている人間に限って、相手も自分を騙しているんじゃないかと疑心暗鬼になりがちだ。ただの事故ごときで、痛くもない腹を探られる」
武秀は吉乃との距離を詰めた。
吉乃はわずかに後ずさる。
それを逃さぬように、武秀は吉乃の腕をつかんだ。
「ねえ、吉乃。この前、和永に、貸しができたと言ったね」
「……あの時は、初めて表に出て、常にはない気持ちになり、殿のご友人に、恩着せがましいことを申しました……」
「貸しって何?」
「何ということもございません」
「吉乃はさ、貸しをつくって、和永に何を言わないでほしかったの」
武秀の力は強く、容易に腕を振りほどくことができない。
二の句を告げられぬ吉乃の顎をつかみ、上を向かせると、武秀は言った。
「ずっと、気になっていた。宴の席で、和永が何を言おうとしていたのか。和永が何事かを言いかけたとき、なぜ吉乃が鋭い視線を和永に向けたのか」
「……」
「俺はね、狐がただ素直に花嫁を差し出すとは思っていなかったんだ。でも、和議を保つために、仲良くなりたいと思ったよ。そうなるように振る舞ってきた。……吉乃のこと、俺は好きになりかけていた……」
その言葉に、吉乃の胸が、わずかに痛んだ。
悲しく交わった笛と琴の音。
近づいたかに思えた距離。
無邪気に甘えてきた武秀を思い出す。
だが、今、目の前にいるのは、まるで別の人間だった。
「和永は、化けた者の本性を見破る目を持っている。目で見てわかる情報とは何か。俺はずっと考えていた。替え玉か?だとしても、元の姫の顔を知らない以上、見ただけでわかるまい」
これ以上は暴きたくない。
知らなければ、今までどおりでいられるかもしれない。
それでも、知られれば決して取り返しのつかない秘密が、武秀にはある。
それを知られたら、今まで築いてきたものが、すべて崩れてしまう。
自分を守るために、相手の弱みを先に握るしかない。
武秀は追及を緩めなかった。
「例えばの話……和永の母親の件で失敗した狐が、女は情に流され、一族を裏切ると学習したとする。それならばと、情に流されずに男を誑かすために、あえて男を女に化けさせて、花嫁として送り込んできたとしたら?」
つかんだ吉乃の腕が、ほんの一瞬だけ震えた。
「花嫁が男なら、一目でわかる。和永なら」
かつて、和永が自分の秘密を一目で見破ったときのように―。
吉乃の表情の変化に、武秀は、自分の推論が正しかったことを確信した。
よりにもよって、男と偽る自分のもとへ、女と偽る男が嫁してこようとは。
どうして、よりにもよって。
吉乃の存在が、武秀に、自分が女であるという事実を突き付ける。
武秀は乱暴に吉乃の唇を奪うと、柔らかいその唇をぐっと噛んだ。
口のなかに、わずかに血の味が広がる。
「男だとばれて、男に口づけされるのって、どんな気分?」
最悪だ、と吉乃は思った。
吉乃の唇から滲む血を見て、武秀の胸がわずかに痛んだ。
自分の苛立ちを、吉乃にぶつけてしまった。
「お前が痛くもない腹を探らなければよかったのだ」
武秀は、まるで自己弁護をするかのように言った。
「うまく騙してって、俺、言ったよね」
「……私を、これからどうするおつもりですか」
吉乃は唇の血を袖で拭い、武秀を睨みつけた。
「今は、どうもできない」
「……」
「そちらの秘密がわかったところで、こちらも秘密を一つ教えてやろう」
武秀の表情は、今まで吉乃が見たこともないほど冷たかった。
「父は病気だ。長くはない。その後、狸の一族ではまた揉め事が起こるだろう。狐と争っている場合ではない」
それが、優勢でありながら和議を受け入れた理由だと、武秀は言った。
「私が……そのことを狐の一族に話したらどうします」
「今更、密告されようとされまいと、いずれ公になることだ」
狐の一族は、今は戦えぬほど弱っている。
武秀はそのことを知っていた。
吉乃も、そのことは承知している。
戦えぬほど弱っているからこそ、吉乃が送り込まれた。
「吉乃、今宵は寝所に来なくてよい」
自分が男と寝るなど、おぞましい。
女である自分が、男と寝るなど―。
武秀は、両腕で自分をかき抱いた。
「俺に、男を抱く趣味はない」
武秀は吉乃に背を向けた。
その背中が、どこか寂しげだったのは、吉乃の都合のよい思い込みだろう。
ぱたん、と戸が閉まる。
吉乃は、その場に座り込んだ。
ぎゅっと、自らの身体を抱きしめる。
自分は、果たすべき役割を果たせなかったのだ。
涙は出ない。
吉乃は、女に化けた自分の姿が、ひどく滑稽に思えた。
このような屈辱を味わうために、自分は生きてきたわけではない。
自分は、地獄から這い上がってここまできたのだ。
吉乃は、今まで意識の裏に葬ってきた、忌まわしい過去を思った。




