↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
化かしあい  作者: しげ吉
PR
14/22

疑惑

「武秀様……武秀様っ」


夜中、部屋の外から武秀を呼ぶ声がした。


寝所には近寄るべからずと伝えてある。


それにもかかわらず呼び起こされたことに、武秀は胸騒ぎを覚えた。


真っ先に頭をよぎったのは、父の容態が急変したのではないかということだった。


「何事か」


武秀は夜着に上着を羽織り、外へ出た。


「綾女殿が、太助殿に傷つけられた由」


その言葉に、吉乃も起き上がった。


「綾女が、なにゆえ……」


大人しくしているように言ったはずなのに、いったい何があったのか。


「傷は深いのか」


「それがしも、詳しくは……」


「何故、そのようなことになった」


「はぁ……」


要領を得ない返答に業を煮やし、武秀は現場へと駆けつけた。


そこには、宿直番たちに囲まれ、茫然と立ち尽くす太助と、倒れている綾女がいた。


その傍らでは、和永が太助の肩を支えていた。


「何をしている。綾女を早く医師に見せよ」


武秀の声に、何人かが慌てて医師を呼びに走った。


「何があった」


問われた太助は、まだ何が起きたのかわからぬという様子で答えた。


「俺は、ただ……走ってきた猫を止めようと……」


「猫?」


「綾女が猫に化けて、書庫に忍び込んでいたんです」


太助に代わり、和永が答えた。


真偽を問いただそうにも、綾女はぐったりとして動かない。


「これはこれは……」


奥から聞こえた声に振り向くと、千代が立っていた。


「花嫁の侍女頭を傷つけるとは、どのようなおつもりか」


「違います。太助はただ……」


「和永も一枚かんでおるのか」


千代は和永の言葉を遮った。


「聞けば、綾女は藤白綾女というそうな……」


その言葉に、和永の表情が硬くなる。


「藤白家は、そなたの母御の生家であったのう」


武秀は、千代の発言の意図に気づき、人払いをしようとした。


だが、千代はそれを制した。


まるで周囲に聞かせるかのように、はっきりと言葉を継ぐ。


「綾女と組み、影で動いておったか」


「……違います」


「もしくは、此度の婚儀に反対であった正信からの指示か」


「違います! 綾女が書庫に忍び込み、こちらの内情を探っていたようなので、捕らえようとしました。私と太助で挟み撃ちにしようとしたところ、当たり所が悪く、このようなことになったのです」


和永は事の次第を述べたが、周囲は疑いの目を向けた。


もとより、狐との混血児である和永に向けられる目は冷たかった。


近頃は、そうした目を向けられることもなくなっていた。


だが、ひとたび疑わしいことが起これば、和永の言葉よりも千代の言い分のほうが、周囲にはもっともらしく聞こえる。


「古狸どもは覚えておろう。和永の母が、狐の一族も狸の一族も裏切り、両族を混乱させたことを」


「母上、和永の母親のことは、和永の預かり知らぬところ。和永は幼少の頃より父母と離れ、久慈家に養子に入っております」


武秀は和永をかばうように、早口で言った。


「武秀、そなたは甘い。夜明けとともに、早々に詮議にかけようぞ」


数人が太助と和永を後ろ手に縛り上げ、連れ去った。


綾女は医師のもとへと運ばれていった。


武秀は、これは単なる事故にすぎぬと思った。


日頃から正信や和永をよく思っていない母に、利用されたにすぎないのだと。


綾女さえ目を覚ませば、事の次第も明らかになろう。


武秀ははやる気持ちを抑え、いったん部屋へと戻った。


事の次第を聞いた吉乃は、眉を寄せた。


「綾女は、正直に話さないでしょう」


武秀も、それは思わないでもなかった。


和永の言葉が真実だとして、綾女は自分が書庫に忍び込んでいたことを告白するだろうか。


綾女に和永を助ける動機はない。


自らに不利になることを、わざわざ話すとも思えなかった。


果たして、夜明けとともに目を覚ました綾女は、こともあろうに、こう言ってのけた。


和永から誘いがあり、夜陰に紛れて会っていたのだと。


まるで、武秀と吉乃、それぞれの従者が逢瀬を重ねていたかのような口ぶりであった。


「和永に限って、そのようなことはするまい!」


武秀は綾女の言葉に憤った。


しかし、昨晩の千代の発言に加え、何よりも、和永の母の生家と綾女の生家が同じ藤白家であったことが、周囲の疑惑を深めていた。


千代は綾女の発言を聞くと、詮議に加わっていた正信に、勝ち誇ったように言った。


「残念であったの、正信」


「千代の方……」


「そなた、殿亡きあと、和信を還俗させる企みがあったのであろう。そして、和永を世継ぎに据えようと……」


正信は強い目で千代を睨みつけた。


「そのように強気でいられるのも、武信あってのことでしょう」


武信に先がないことは知っているのだと、正信は言外に告げていた。


だが、だからこそ千代は、この機に乗じて正信の力を削ぎたかった。


「和永の処分、いかがいたそうか。太助も、狐の侍女頭を傷つけておきながら、何の処分もせずでは、狐方に示しがつきますまい」


「お待ちください!」


唐突にかかった声に、その場にいた者たちの視線が集まった。


視線の先には、吉乃がいた。


「吉乃……」


武秀は驚いたように、その名を口にした。


吉乃は嫁して以来、表向きの政務に口を出したことはおろか、このような場に姿を現したことすらなかった。


「その処分、必要ございませぬ」


吉乃は毅然と言い放った。


「此度のことは、従者と侍女の恋の鞘当てにすぎませぬ。私の侍女が夜陰に紛れて怪しげな動きをしたことは、私の管理不行き届きにございます」


武秀は、いつになく声を張る吉乃を、呆気に取られて見つめた。


「狐方への報告にも及びませぬ」


千代もまた、堂々とした吉乃の言葉に、すぐには反論できないようだった。


「私が嫁しましたのは、両族が手を取り合い、平和な御世を築くため。それならば、和永殿と綾女が惹かれ合うのは、むしろ喜ばしいこと。それが義母上様をはじめ、周囲の方々にあらぬ疑いを抱かせてしまったことは、私の不徳のいたすところです」


一息に言い終えると、吉乃は千代に深々と頭を下げた。


「処分と申しますならば、私に罰をいただきとう存じます」


千代は何も言えず、しばらく黙り込んでいた。


やがて、次の言葉を待つ周囲の視線に気づいたのか、口を開いた。


「今後はこのようなことがなきよう、よく侍女を躾けられよ」


そう言い残し、千代は奥へと下がっていった。


ほう、と正信は息をついた。


太助も、へなへなと力が抜けたようにその場に座り込んだ。


「吉乃!」


武秀は吉乃に駆け寄った。


「出過ぎた真似をいたしました」


吉乃は静かに頭を下げた。


「いや、礼を言う。ありがとう」


そう言うと、武秀は人目もはばからず、吉乃を抱きしめた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。