第2話 悪役豚貴族はベテラン執事と対峙する
(コンコン)
「はい」
扉がノックされ、思わず返事をしてしまった。
まだ状況を完全には理解できていないのに、知らない人が増えるのはまずいかもしれない。
「何か騒がしいようですがどうかされましたか、ポール様?」
扉が開かれ、50代ぐらいの執事服を着た男性が入ってきた。
鋭い視線は厳しい雰囲気を醸し出していた。
言葉もどこか鋭い刃物のように感じられ、あまり友好的ではないのかもしれない。
「いや、なんでもないよ、セバス」
俺は自然と相手の名前を口に出した。
どうやらポールの記憶も共有されているようだ。
彼の名前はセバス──ヴァイス侯爵家に仕える執事である。
ヴァイス侯爵家に代々仕える執事の一族であり、先代ヴァイス侯爵の頃から働いているベテランの執事である。
使用人達のトップである執事長として信頼されているようだ。
侯爵家に対して並ならない忠義心を持っており、たとえ侯爵家の者でもはっきりと意見をもの申す。
当然、ポールのことを嫌っているはずだ。
ポールの方も苦手意識を持っているようだが・・・・・・
「おや?」
セバスの視線がある一点に集中する。
そこには床に落ちて割れたカップがあった。
すぐに状況を理解したのか、その視線がメイドの女性に向かう。
「フィエラ」
「は、はい」
「そのカップはお前の給料1年分より高いのですよ。それを割るなんて、クビでは済まないでしょう」
「そ、そんな・・・・・・」
セバスの言葉に女性──フィエラの表情が青ざめる。
侯爵家の執事長の言葉だからこそ、嘘偽りがないのだろう。
このままでは彼女が職を失ってしまう。
「少し良いか」
「なんでしょうか?」
いきなり会話に入ってきた俺に不躾な視線をセバスは向ける。
とても仕えている家の人間に向けるものではない。
いや、彼にとっては俺の存在が認められないのかもしれない。
ヴァイス侯爵家にとって悪評にしかならないのだから・・・・・・
「そのカップを割ったのは俺だ」
「はい?」
予想外の言葉だったのだろう、セバスは鳩が豆鉄砲を食ったような表情を浮かべていた。
先程までの表情からの変化に思わず笑ってしまいそうになった。
だが、この状況では悪手だろう。
「このメイドの淹れた紅茶がまずくて、思わずカップを地面に落としちまったんだよ」
「ご主人様っ⁉」
まさかの告げ口に驚きを隠せないフィエラ。
てっきり味方をしてもらえると思っていたのだろう。
その考えは間違いではない。
「こんな紅茶しか淹れられない奴を俺の専属にしたのか? お前の失態だろう」
「・・・・・・申し訳ありません」
セバスが頭を下げる。
だが、表情が怒りに満ちているのは見なくてもわかる。
下に見ている奴から馬鹿にされるなど、プライドが高い人間ほど嫌だろう。
「このメイドが他に働けるところはあるか?」
「つまり、クビにすると?」
「っ⁉」
セバスの言葉にフィエラは身体を震わせる。
クビという言葉は彼女にとって死の宣告に近いからだ。
だが、俺は首を横に振る。
「いや、異動だな」
「異動、ですか?」
予想外の言葉だったのだろう、セバスは呆けた表情になる。
おそらく以前のポールだったら、怒りのあまりクビにしていると思ったのだろう。
だが、転生した俺はそんなことをするつもりはない。
「こいつがまともな紅茶を淹れられるように訓練しろ。もちろん、他の仕事もこなせるようにな」
「・・・・・・よろしいのですか?」
信じられないとばかりに聞き返してくる。
俺以上にポールのことを知っているだろう彼にとって予想外の命令のはずだ。
「執事が命令に逆らうのか?」
「・・・・・・かしこまりました」
強い言葉にセバスは深々と頭を下げた。
これでフィエラの職は守れたはずだ。
俺のせいで彼女が大変な目に遭うのは可哀想だからな。
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