主人公くん、二人で砂浜を歩く
びっくりした。久しぶりに蒼空さんが抱きついてくるものだから。内心跳び跳ねそうなのをなんとか堪えた。
しかも、そのまま寝てしまうし。なんとか起こさないように運んで、琴塚さんに任せた。
……さすがに、水着のまま抱きつかれると心臓が持たない。
僕も、パラソルの下に座った。
「すやすやしてる蒼空ちゃんかわいいねえ」
「ちょっと、あまり触ると起きるでしょう」
寝てる蒼空さんが希沙さんにつつかれてる。……にしてもぐっすりだけど疲れてたのかな。
待機命令はまだ継続してる。このまま、この付近に泊まって、深禍が出現したら倒す方針らしい。
混合型深禍はちょっと移動してて、でもまだ封鎖してる地域だから攻めには行かない、みたいな感じだったかな。
「あんたも大変ね」
ニヤリ、と笑いながら椎柴さんに小突かれる。そのまま、僕の隣に腰を下ろした。
「……なんか、前の明上さんに戻ったみたいだったね」
「それは知らないけど。明上ってあんたのこと好きなの?」
「……僕に聞かれても。前はわからないって言ってたけど」
「ふーん、甘えた状態の今ならわからないってことね」
明上さんが僕を好き、か。
もし、そうだったとしてもそれはきっと、依存だ。恋愛的な話じゃない。
……僕は、明上さんのことを好きなのかと言われると、それもよくわからないけど。
ふと、考え込むように目を伏せてから、椎柴さんはこちらを向く。
「ねえ、今ってやることないのよね?」
「いや、深禍を警戒しないといけないけどね?」
「じゃあさ、付き合ってよ。暇でしょ」
軽快に言うけど、椎柴さんの瞳は真剣だった。
「わかった」
たぶん、暇潰しなんじゃなくて何かあるんだと思う。だから、それに応えることにした。
「とりあえず、着替えましょうか。もうみんな、海で遊んでなさそうだもの」
いつの間にか、琴塚さんたちがいない。蒼空さんを連れて着替えにいったみたいだ。……蒼空さん寝てたけど、そのまま連れて大丈夫かな。
「そうだね」
「私も、いつまでもあんたの半裸見てらんないし」
「いや、半裸って……僕も結構目のやり場に困ってるんだけど」
「へえ?」
顔を何かがペタッと触る。
手だ。椎柴さんの両手が、僕の顔を掴んで無理やり椎柴さんの方に向かせた。
「し、椎柴さん……?」
「じゃあ、存分に見たらいいじゃない」
僕を向かせた後、手をパッと離した。
水着と白い肢体が目に入る。思わず、目を逸らした。
……急になんてことをするんだ。びっくりした。
「あんたってからかいがいあるわね。明上がそういうことしてたのもわかるわ。……でも、じろじろ見られるのはやっぱなんか嫌ね」
「理不尽すぎない?」
「うるさいわ」
「いだっ」
額にデコピンを受けた。
視界の端に見えた椎柴の頬は少し赤らんでいた。
……なんで、恥ずかしいのにやったの??
「とりあえず、着替えるわよ。あんたも、早く行ってきたら?」
「えっ、うん」
「間抜けな返事。……一応、言っとくけど別にあんたに気があるとかじゃないわよ」
「……なんの補足?」
「明上のものに手を出すつもりはないし」
「僕は別に蒼空さんのものではないけど……」
「はいはい、言ってなさい」
僕ってもしかして、そういう風に思われてるの?
椎柴さんは立ち上がって、そのまま着替えていった。
にしても、椎柴さんと一緒になるのも珍しいな。結局、あんまり話したことないし。
……今、思ったんだけど僕って蒼空さんとはよく話すけど、他の人と最近はあんまり話してない気がする。
前は、琴塚さんによく相談してたけど、琴塚さんもわりと蒼空さんに世話を焼いてるし。
コネクターとしてあんまりよくない気がする。もう少し、椎柴さんと親睦を深めたいな。
……とりあえず着替えるか。
元の服に着替えた。……第四深禍災害が動き出してるのに、こんなワイワイ遊んでるのも、なんか変な気分だ。
「何、ボーッとしてんの?」
「あっ、椎柴さん」
「ってか思ったけど、こうやって私服で会うこともないわね」
「確かに」
「明上のやつは眠ったまま着替えさせられたらしいわ」
「器用だな……」
話しながら、なんとなく歩き出した椎柴さんに続く。
ちらりと横目で見る。茶髪を横で結んでいる。
椎柴さんは奈落帰りだから、本気で戦うと髪が伸びて金髪になる。ヘアゴムが勝手に外れたりして不便らしい。
「何?」
「……いや、本気で戦う度にヘアゴム新調してるのかなと」
「そうよ。別に結ばなくてもいいんだけど」
「じゃあ、なんで結んでるの?」
「威嚇」
「……そっか」
本気で言ってるのかもよくわからないな……。
そのまま、なんとなく砂浜を隣り合って二人で歩いた。日差しが眩しい。
「私は、家族とか友達たちがもう死んでるんだけど」
……口を開いたと思ったら、すごい反応しづらい内容だ。
「だからもう、目の前で誰かを失うのも嫌なのよ」
横からじーっと、真剣な視線が僕を貫く。
「だから、やれることはやっておきたいと思ったのよ」
「やれること?」
「あんたと、あんまり話してなかったなと思って」
「……どういうこと?」
「コネクターとある程度心を通わせてた方が、みんなを死なせずに済むかもしれないでしょ?」
椎柴さんの顔を正面から見つめた。目が合う。
「そうだね。僕も、誰も失いたくない。……椎柴さんのこともね」
そう言うと、椎柴さんは驚いたように目を丸くして口元を緩める。
そして、くすくすと軽く笑う。
「まるで口説いてるみたいな言い方ね」
「そういうつもりじゃないんだけど……」
「口説かれてあげてもいいけど。仲間としてね」
「仲間って口説いてなるものかなあ」
「いいじゃない、なんでも。でも、私はあんたに守ってもらうほどひ弱じゃないわ」
はん、と鼻を鳴らして僕の先を早歩きで進んでいく。……難しい人だな。
「明上に嫉妬されても嫌だから、さっさと帰るわ」
「……すぐそういう話に持っていくよね」
「悠里以外で、あいつがなびきそうなのがあんたしかいないもの」
雲山悠里、明上さんの友達。
もし、その人が生きていたらそういうこともあったのだろうか。
きっと、あの第五深禍災害の日に聞こえてきた声は、その雲山さんのものだと思う。
少しだけでも話してみたかったな。中学時代の蒼空さんも少しは気になるし。
そんなことをぼんやりと考えながら椎柴さんの後を追った。
「気が向いたら、帆花って呼んでよ」
最後に聞いたその言葉には、まだ頷く勇気はなかった。




