篠崎渚は救いたい
銀色の髪、その間から見えた青い瞳。
あの夢の明上さんと同じだ。
ゆらり、とふらついた体を支える。やけに柔らかいこの感触があの夢と同じだ。
よく見ると、胸元にべっとりと血がついている。
でも、あの夢と違って血がどぼどぼと流れてるようなものじゃない。
「明上さん」
呼び掛けても返事はない。いつの間にか目を瞑っている。意識を失ってるみたいだ。
意識を失ってる間にやるのは少し罪悪感があるけど、少なくとも血が出るぐらいにはダメージがあるはず。
「"コネクトリンク"」
だから、僕は明上さんへと繋いだ。いつもより深く。
コネクトリンクの深度は正直、回復にはあんまり関係ないけど、少しはましかもしれないから。
……記憶が流れてくるかもしれないけど。
『もう少し、結愛とも仲良くしてたらよかったな』
不意に聞こえる声、これは明上さんの記憶だろうか。
――ガツン、と頭を鈍器で殴られたように強い衝撃が走る。
大量の記憶が僕の中に流れ込んでくる。
ぐらぐら、と酷く視界が揺れた。
酒を飲んでる誰かの記憶。
スマートフォンで、何かのゲームをしている誰かの記憶。
その画面に映っている、明上さんとそっくりな誰か。いや、僕たちとそっくりな誰かを見ている。
これは、明上さんの記憶?
『渚くん』
明上さんの声が、スマートフォンから聞こえている。
『さあ起きて、渚くん。君は私たちのヒーローなんだから』
そうか、あの時夢で見ていたのはこの記憶で。
『ふふっ、はは。これで、君は私のことを覚えていてくれるかな』
あの時感じたものは、この画面に表示されているテキストが再現されたものだったんだ。
『――今日から君が英雄だよ』
操作しているスマートフォン上のゲームの記憶が、あの時見ていた僕の夢だったんだ。
じゃあこれはもしかして、この視点は明上さんのもの……なのだろうか。
そうだとしても、これは一体――そう考えてるときに声が聞こえた。
『後は頼んだぞ、篠崎渚』
「うん、わかった」
最後に聞こえた声は、誰のものかわからない。でも、それに応えないといけない気がした。
頭に響く痛みが引いた。
明上さんが、ゆっくりと目を開いた。
「……おはよう」
明上さんは目を伏せる。後ろめたいことでもあるみたいに。
「明上さん、遅くなってごめん」
「むしろ早いけど。君が来る頃にはもっとボロボロになってる予定だったんだけどなあ」
どこか遠い目で、力なく明上さんは笑う。
「私はさ、本当はここで渚くんに力を託して消えるつもりだったんだけどなあ。あーあ、それもできなくなっちゃった」
「託す……?」
「アバドン状態のカースシーカーは崩壊する瞬間に、コネクトリンクを通じて力を託せるんだよね」
「それをするのが、明上さんの望みだったの?あの、ゲームの通りにするのが」
「あれ、もしかして知っちゃってる?」
あーあ、バレちゃった。そう言いながら明上さんはけらけらと、力なく笑った。
……やっぱり、あのゲームの世界がここで、それの通りにすることを望んでるってこと?
さっきのあの景色は、きっと明上さんがこのゲームをプレイしてた時の記憶ってことかな。
……あまりにも荒唐無稽な話だけど、すんなりと理解できてしまう。不思議な話だ。
「渚くん、私はどうしたらいいと思う?」
僕から少し離れて、明上さんはへたり込んだ。
「家族も友達も死んじゃってさ、原作通りに死んじゃえばいいやってやってたらそれもできなくて、早く楽になりたかったのに。友達に背中を押されて戻ってきちゃった」
「……僕も、明上さんに生きてほしいよ……って思うのはわがままかな」
「ふーん?」
明上さんがこっちを見上げる。その瞳はどこか虚ろだった。
「僕たちをさんざん引っ掻き回しておいて勝手に消えないでよ」
「……引っ掻き回すって、別にそっちが勝手に私のこと気にしただけじゃん」
「思わせぶりなことずっと言ってたのに?」
「……それはそうだけど。勝手に人のことを掘り返そうとしてきたのはそっちだし」
確かに、それはそうだ。あくまで、僕たちが勝手に知りたいと思って動いただけ。
それでも、君はきっと限界だろうから君が拒絶しても、君を無理矢理手を引っ張っていくことにした。
君のことが知りたいから。
僕は一歩踏み出す。びくり、と明上さんが震える。
「そうだね。勝手に踏み込んだけど、君はもう自分が傷ついてることも隠せてなかったから。そんな人を放っておけるわけないでしょ」
「傍迷惑って言葉を知らない?傷ついてなんかない、放っておきなよ」
「意地っ張りだね、明上さんはうそつきだ」
「……もう、"明上ユーリ"はいらないでしょ。チームもまとまってきたし、私の穴は帆花に埋めてもらいなよ」
「バラバラだったチームはまとまってきたけど、やっぱりまだ僕たちだけでやっていける自信がないんだよ。だから、一緒にいてくれない?」
僕はもう一歩踏み込んだ。明上さんの息を飲む音が聞こえる。
勝手に消えようとする自分勝手なチームメイト。君がいなくなったら寂しいし、僕たちはずっと悲しむ。
そのことも、ちょっとは考えてほしかった……なんて傲慢かな。
それでも、一緒にいたかったから。
「それとも、僕たちといるのは嫌?」
「そ、れは……そんなことないけど」
「じゃあ、僕たちと別れたいぐらいに一緒にいるのがつまらない?」
「……いや、結構その、楽しかった、かも」
「じゃあさ、一緒にいてよ。それからさ――」
そして、僕は手を差し出した。
「――僕たちを助けてくれよ、明上蒼空」
僕の手をじろっと見る。
明上さんがふはっ、と軽く笑った。
「…………バーカ、普通こういうときは私のことを助けてくれる流れだろ。言ってることめちゃくちゃだし」
そして、そのまま僕の手を取って立ち上がった。
「しょうがないから助けてやるよ。はーあ、正直もう生きてやってもいいかなって流れだったけど」
明上さんは小さく息を吐く。
「頼られたなら仕方ないよな……悠里にも悪いし」
さっきまでの鬱屈とした雰囲気はなくなって、明上さんの表情が明るくなってきた。
……よかった。まだ、僕たちと一緒に戦ってくれるらしい。
「でも、もうちょっと説得内容はちゃんとしてほしかったなー」
「それは、ごめん……っ!?」
僕の手を通して、力が流れ込んでくる。コネクトリンクで繋がった部分を利用して、逆にこっちに力を流し込んでいる?
えっ、そんなことできるの。
「普通に力を使うと私がぶっ壊れるから、お前にも協力してもらうよ」
「わかったけど、どうすればいいの?」
「私は蛇口が壊れちゃってるから、ドバドバ勝手に力が出てきて制御できないから、なんかそういうの手伝ってもらう」
ぐんっ、と強く力が流れ込んでくる。
「それを一気に敵にぶつける」
「わかった」
敵に送り出すイメージで、それを構築する。
体の中で暴れだしそうな力が、するすると少しずつ放出されていく。
空の上に、大量の光の槍が生成されて一気にそれが降り注いだ。
希沙さんが迎撃に向かおうとしていた深禍たちが一気に掃討された。
「ちょ、ちょっと!やるならやるって言ってよ!」
「ごめんって希沙。さっきまで粘ってくれてありがと」
「もう、いいけど!」
希沙さんは汗をだらだらと流して、肩で息をしている。相当無理させてしまったみたいだ。
「ユーリ、もう勝手に消えないってことだよね」
「不本意ながらね」
「そっか、よかった。……でも、もう私限界」
はは、と笑った後希沙さんはその場に座り込んだ。そのまま大きく息をする。
――ぞわり、と背筋に嫌な感覚がした。
「えっ、何これ」
「あー、特大のが来るな」
……そういえば、ゲームの世界なんだっけ。いまいち実感が湧かないな。
どろり、と空から黒いものが落ちてきた。肩にアリの頭をつけて、カマキリの前肢と下半身に蜘蛛、羽と腹に蜂の針がついている異形の化物がそこにいた。
混合型深禍……普通なら、二種類ぐらいが混ざってるものらしいけど、これはもう混ぜすぎじゃない?
混ざりすぎて気持ち悪いことになってる。
……それにしても、かなり強そうなんだけど。
「じゃあサクっと倒すか」
「えっ、いけるの?」
「いけるよ。こちとら死にかけの暴走状態なんだから」
「……すごく反応しづらいことを言うなあ」
「私たちにはさ、必殺技みたいなものがあるんだよ。それを、この状態でやったらどうなると思う?」
いたずらをみつけた子供みたいに、にやりと明上さんは笑う。
そして、僕の手をぎゅっ、と握りしめた。
「私が死なないように踏ん張ってね?」
「それってどういう……うぐっ」
流れ込んでくる力が急に膨大になる。僕と明上さんの中をぐるぐると暴れまわっている。
ぐつぐつ、と血管が熱湯になるようなそんな感覚が僕を襲う。
踏ん張れって、そういうこと!?
……明上さんを無理矢理引っ張ったのは僕だし、それぐらいは引き受けるか。
「《セイントアーツ》――"ラースオブゴッド"」
空が光った。
光が柱のように深禍に降り注いだ。
ただ、それだけ。
その光が消えると共に、深禍はそのまま消え去っている。
……本当にあっさり倒せてしまった。元からそこに何もいなかったみたいに。
「……ふー、疲れた」
「これで、終わり?」
「うん、終わり終わり。ハッピーエンドおめでとー」
そう言い終わると同時に明上さんの体がよろめいて、僕にもたれかかってきた。
……なんか、僕も疲れてきたな。
「これから私が何やっても、助けたお前が悪いからな」
「怖いこと言うなあ」
「いやでも、よくよく考えたら体治ったの悠里のせいだし、お前になにもしてもらってないんじゃね?」
「僕がいなかったら、あそこで一人でうずくまってそうだけど」
「その時は一人でなんとかしてるよ。自惚れんなバーカ」
段々と口調が崩れてきた明上さんの声を聞きながら、遠くから琴塚さんと椎柴さんの姿をやってくるのを見た。
戦いは一旦終わったみたいだ。
僕と明上さんはその場で肩を寄せあって、座り込んだ。
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アバドン状態のカースシーカーが崩壊直前にコネクトリンクをしているとそのカースシーカーのスキルをコネクターが継承する場合があります。
ただし、このような状態になっている場合親しい人間を失うことになるのでだいたいのコネクターは精神崩壊に近い状態になります。
逆に、コネクトリンクしたままコネクターが死んだ場合、カースシーカーにコネクトリンクの能力が継承される場合もあります。
篠崎渚女性ifストーリーでは、コネクトリンクの力を継承したカースシーカーとして女性版篠崎渚が登場することになります。




