主人公くん、頭のおかしなTS娘に会う
「渚くん」
甘く柔らかい声が聞こえる。耳から浸食して、頭の中まで侵してしまうようなそんな声。
目の前にあるのは、血まみれになった女の子だった。銀色の髪を揺らして、その隙間から青の瞳が覗いている。口角は少し上がっていて、致命傷としか思えない傷を受けているのに楽しそうに笑っている。
「さあ起きて、渚くん。君は私たちのヒーローなんだから」
くすくす、と笑いながら少女は話しかけてくる。その間にも、裂かれている胸元から血がどぼどぼと落ちていく。
治さないと。……どうやって?
頭が回らない。目の前の女の子を助けないといけないのに。
女の子は胸元を苦しそうに押さえる。表情が苦悶に歪んでいるのに、まだ笑みは崩れない。
「ふふっ、はは。これで、君は私のことを覚えてくれるかな」
言葉の意味はよくわからない。けれど、きっとこれは僕に告げられた言葉だ。
「――今日から君が英雄だよ」
そして、女の子はぐったりと倒れた。肩をさする。ピクリとも動かない。おかしい、こんなにも暖かいのに。
触れた肩が、ひどく柔らかいように思えた。
――がばっ、と体を起こす。汗が流れていく。バクバクと、鼓動が早いままだ。
「夢、か……」
枯れた声が出る。血の匂い、あの子に触れた感触はやけにリアルで気持ちが悪い。
「……変な夢だったな」
起き上がって、朝の準備を済ませて登校する。
ふと、夢の中の女の子を思い出す。どこかで見たような……でも、知らない人のはずだ。それでも、彼女の声だけは酷く記憶に焼き付いた。
『さあ起きて、渚くん。君は私たちのヒーローなんだから』
血まみれの女の子が自分を呼ぶ夢なんて、どれだけストレスたまっていたら見るんだろうか。大きく息を吐いてから深呼吸する。夢のことは置いておかないと。現実の方が大変なんだから。
学校まで来て教室の扉を開ける。いつもと変わらない僕たちの日常。クラスのみんなが談笑している中、僕は席についた。
教室の窓から見える廊下に、ふと視線が止まった。小柄な少女がいる。綺麗な子だ。黒くさらさらとした髪、細い首筋に白い肌。触ると消えてしまいそうな、儚げさすら感じる。
別に、綺麗だから見惚れたわけじゃない。似ていたんだ、今日見た夢の少女に。
『渚くん』
あの柔らかく頭を侵してくるような声を思い出す。髪や目の色も違うのに。
「よう、何見てるんだ?渚」
「いや、なんでもないよ」
隣の席の神崎に声をかけられて、彼女を見ていたことを誤魔化すように返した。
「……それにしても、そろそろ俺たちもだよな」
「何が?」
「コネクターだよ。俺たちだけ役割重すぎねえ?」
深刻そうに神崎は言う。暗い顔になるのも仕方がない。そういうものだから。
コネクターというのはカースシーカーを補助する能力を持っている。能力の底上げや、回復も行うことができる。
そういう都合上、基本的にリーダーがコネクターになってしまう。戦いに直接参加していない分、全体を把握して指示を出せってことらしい。
……責任重大だ。
「にしても、現実感はわかないよな。もう深禍と戦うとはなあ」
「そうだね。あんまり実感してないよ」
深禍、ある時突然現れたこの世界の敵。僕たちはそれと戦うためにここにいる。かつての都市部を壊滅させ瓦礫の山にしたような怪物たちに勝てるのだろうか。誰もそんな不安を口にはしない。言っても仕方ないしね。
今日、僕たちは学校側の連絡でチームを組まされる。これから深禍と戦うためのチームだ。僕は戦うよりもチームがうまくやれるかが心配で仕方なかった。
チームで集まるのは放課後なのに、気にしすぎてずっと集中できなかった。……僕ってそんな繊細だったかなあ。
……本当はわかっている。夢のせいだ。今日からチームを組むせいで少し神経質になっていたのかもしれない。
チームごとに部屋が用意されているらしくて、指示された部屋の方へ行く。
まだ室内には誰もいなかった。一番乗りだったらしい。
「あれ、もう誰かいる?」
座って待っていると、すぐに誰かが入ってきた。赤い髪を後ろでまとめている女の子。
「あっ、どうもー。コネクターの人でいいよね?」
「うん。僕は篠崎――」
「名前はいいよ。あっ、でも私は言っとかないとわかりにくいかな?黒河希沙って言うんだ、よろしくね」
自己紹介をしようとすると、制されてしまった。……明るい感じの子だと思っていたけど、ちょっと距離感がある気がする。
こうして見ると普通の子なのに、この子もカースシーカー――深禍と戦う戦士の一人なんだ。
「……お邪魔するわ」
次にやってきたのは、切れ長の美人。青い髪を背中に流している。……綺麗な子だけど、少し冷たい印象を受ける。なんかこう、近寄るなみたいなオーラを出しているような。
「琴塚怜菜よ、よろしく」
とだけ言って、端の方に行ってしまった。
「……えーっと、こっちの人がコネクターで」
「知ってるわ」
「私が、黒河希沙だよ」
「……そう」
頑張って黒河さんが話しかけにいくけど、とりつく島もない。僕も話そうかなと思って近づこうとすると、ギロッと強い視線を向けられる。……うっ、嫌われてるかな。
「どんまい!」
「ははは……」
元気付けるように言う黒河さんも、遠目から言ってくるだけで、僕を避けてる気がする。
……この空気で待つのちょっと気まずすぎる。
――がらがらがら
扉が開けられる。最後の一人が来た。
小柄で、黒髪の白い肌の女の子……そう、今日廊下で見かけたあの子だった。
――ふと、目が合った。女の子の口角が上がる。頬が緩んで、にへらと笑う。天使のような笑顔というのはこういう風なものを言うのだろうか。
少女は何も言わない。ただこちらにそのまま歩いてくるだけだ。それがただ、不気味に感じた。そして、僕の目の前に立つと、一言ポツリと呟いた。
「渚くん」
それはまさに、あの夢で聞いた声と同じ。頭の中に浸食してきそうな柔らかい声。
ばくばくと鼓動が早くなる。あの、血濡れの感触を思い出しそうになる。
「これからよろしくね」
そういう彼女の顔を、まともに見ることができなかった。
◇◇◇
「では、チームメンバー渚くん大好き計画を始めます!いえーい!」
チーム用の部屋に、明上ユーリの声が響いた。部屋のホワイトボードにも、「チームメンバー渚くん大好き計画」と書かれている。
「……あの、これは?」
「いや、だからチームメンバー渚くん大好き計画だけど?」
明上さんは小首をこてん、と傾げた。そんな、わかるでしょみたいな風にいわれても。
……さっきまで、不思議な雰囲気の子だったけど、思ったよりもおかしな子なのかな。
明上さんのことを、夢で見たあの女の子同じだったのかな……とそんなことで悩んでいるうちに、急に他二人の手を引っ張って、えいえいおー!と気合いを入れ始めるし、もうよくわからない。
今日はあくまで顔合わせ程度で、それ以外のことをするはずはなかった。だから、挨拶を終えたから解散の雰囲気になったときに、明上さんに呼び止められて、何が始まるかと思ったらこれだし。
明上さんが椅子に座って足を組む。
「渚くんもわかってると思うけど、あまり仲良くないでしょ?」
「……それはそうだけど」
「私は渚くんのことは好きだけどね?」
くすり、と小さく微笑んだ。少しどきっ、と鼓動が跳ねる。……冗談だよね?
今日あったばかりだし。そもそも、自己紹介する前から名前を知られてるんだけど。……もしかして、どこで会ったりしたかな。
「好ましいって言っただけなのに、そんな固まるんだ。渚くんってもしかして、いじめられてた……?」
黙りこくっていると、心配そうに眉を下げる。……違う、わかってて言ってる。瞳が少し笑っている、そんな気がする。どうやら、からかうことが大好きな人らしい。
あまり、真剣に聞かなくてもいいか。一旦、無視して話を続けることにする。
「……それで、その計画っていうのはなんなの?」
「そりゃあ、名前の通りみんなと渚くんが仲良くなったらいいよねってことだよ。例えば、こうやって」
――ずいっ、と明上さんが近寄ってくる。伸ばした手が、僕の手の方に伸びてきて、手が重なる。思わず離そうとする手を掴まれて、指が絡まってくる。柔らかい感触が手のひらを支配してくる。
「こうやって、手を握ったりとか」
ひどく熱っぽい声だった。
立ち上がって、振り払えばすぐに逃れられるはずなのに、頭がぼーっとして動けない。顔が熱くなる。バクバク、と鼓動が早くなっていく。
手から熱がじんわりと伝わってくる。夢の中の女の子とは違う、生きている人間の感覚。
「くす……」
明上さんは小さく微笑んで、手を離した。蠱惑的な笑みに、心臓を掴まれたみたいに動けなかった。
あの一瞬、まるで心をもぎ取られてしまったように支配された感覚だった。
「っていうのはやりすぎだけど、みんなで仲良くしないとってこと、わかった?」
「……えっと、その、わかった……けど」
顔の熱は引いたけど、早くなった鼓動がなかなか戻らなくて、辿々しく返してしまう。明上さんは愉快そうに目を細めて僕の様子を眺めている。
「ふふ、ごめんね。でも、みんなと仲良くしてほしいのは本当だから」
「やけにそこを気にするんだね」
……僕も自分が嫌われてるかもしれないから気になるけど。
「――だって、みんな死にたくないでしょ」
「……それは」
「せめて、コネクトリンクはしてもらえるようにしてねー」
『コネクトリンク』、コネクターの持っている力。カースシーカーを回復させたり、力を増幅させることができる力。
それの有無で、生存率が大きく変わることも容易に想像できる。
「だから、ね。チームメンバー皆に渚くんのことを大好きになってもらわないと」
「……そこまでいかなくてもよくない?」
少し真剣そうだったのに、すぐにふざけた物言いになる。やっぱり明上さんのことはよくわからない。
「んー、たしかにほどほどだと私が独占できていいかな」
「……そう」
「あはは、無視されちゃった」
その笑顔だけは今までの悪戯っぽい笑いじゃなくて、屈託のない笑みで、やっぱり同い年の女の子なんだと思った。
「じゃあ、明日からチームメンバー渚くん大好き計画頑張ろう!おー!」
少し、テンションはおかしいけど。
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[アーカイブ]
カースシーカーに比べてコネクターの生存率は低いため、育成機関でもコネクターは1/4程度しか存在しない。




