TS娘、主人公くんに会う
鏡を見る。黒い髪、白い肌。小柄で儚げな美少女がそこにいる。
いえーい、なんとなくピースをしてみる。ちょっと様になっている。何回見ても美少女だ。こんな風な容貌に生まれ変わってしまうとは、困っちゃうね。
どうも、おじさんです――なんてふざけてみたくなっちゃう。
いやまあ、前世はちゃんとおじさんなんだけどねー。ちょっと酒の飲みすぎで体を壊して死んでしまった哀れなおじさんな訳だ。
けれども、こうして生まれ変わった。そう、女の子として!
美少女だし、勝ち組人生だねと思っていたんだけど一つだけ問題があるんだよね。
っていうのも、ここはソーシャルゲームの世界ってこと。
"ラスト・インヘリタンス"、通称ランヘリ。
――ある日、世界中に突然出現した化け物たち。それらには通常兵器が通用せず、ただ街は破壊されていく。そんな時、突然力に目覚めた少年少女たちがそれらを撃退した。
人類は力に目覚めた少年少女たちは、化け物たちを倒すために出撃することになる。みたいな感じのやつだね。
まあ要するにシビアな世界観で結構物騒ってことだ。
現代モチーフで、美少女ガチャで引いて操作する系ね。当時は気になってそこそこやったな~懐かしい。
そんなわけで、私――明上ユーリはTSソシャゲヒロイン転生人生をやらせてもらっています。
顔を洗って、寝癖を直す。制服に袖を通す。女の子としての生活にもずいぶんと慣れてしまっちゃったね、てへっ。
……たまに下着をつける時とかに、ちょっと違和感はあるけども。うー、謎の罪悪感。
「やっぱり小さいなあ」
あまり身長は伸びなかった。ロリというほどでもないけど。……ついでに胸もあんまり。
試しに、胸に手を当ててみる。柔らかい感触が確かにそこにあるけど、こじんまりとしている。
別に、それが悔しいとかではないけれど。……大きいのも体験してみたかったなあ。
最近では、おしゃれも楽しい。大変だけどね。
元男としての意識はだいぶ心の奥の方まで沈んでしまった、ずぶずぶ。人はきっかけがあれば意外と変わってしまうものらしい。
心の中ですら"俺"ではなく、"私"を使うようになってしまった。
……この状態はもう、TSと呼ぶことすらおこがましいのかな。だって、普通メス堕ち後だよ?こういうのって。
…………なんて、浸っているけどそんなことはどうでもよくて、女であることに抵抗を持っていない今だからこそやりたいことがあるっ!
――主人公君をいじりたい!
ここはソシャゲ世界、当然主人公くんもいるってこと。そして、私も一応ヒロインの一角を担っているので絡む機会が大いにある。
なら、いじりたい!純情な少年をいじり倒したい!へへへ、ちょっと情緒とか色々破壊させてよ。
何せ、私はゲーム序盤で死ぬ系のヒロインだから序盤に限ればたくさん会う機会がある!
……これ、もしかして今カミングアウトすることじゃなかった?まあいいよね。
改めて鏡を見る。意識して笑ってみる。
「えへへ」
可愛い笑みを浮かべた少女がそこには映っている。これだったらいけるよね。
……まあ、普通は死ぬ運命の回避とかを考えた方がいいかもしれないけど……それよりもやっぱり自分の欲望を優先したい。だって、人生二回目はそういうのもありでしょってこと。
ちなみに、今は高校生。……中学の頃はもうちょっと男として頑張ろうとしてたっけ。ちょっと浸ってるのも気持ち悪いか。
ランヘリは主人公が高校の時になって数カ月経ってから始まる。そう、それがちょうど今日ってこと。主人公くんに会えるぞー!早く会いたいなあ。
学校へ行く準備をして家を出る。この世界では化け物が猛威を振るっている影響で、一人暮らしの学生も少なくない。私もそんなうちの一人だ。
深禍――いつしか世界に現れた怪物。都市部を瓦礫の山にした、正体不明の化け物たち。そんなものが突然出てくるものだから、孤児のような子どもたちがたくさんいる、なんとも酷い世界だ。
私も例に漏れず、その被害にあった生き残り。そのせいで、一人ぼっちで過ごしている。とはいっても、友達はいたけども。
ちなみに、私たちが通っている高校は、深禍と戦うための育成機関だよ。ゲームの舞台だから、ファンとしては感慨深い。
主人公がリーダー、私たちヒロインが戦闘員みたいな感じでチームを組んで出撃するんだけど、深禍は特殊な存在じゃないと戦いにならない。通常兵器が効かないからね。
で、対抗できる人ってあんまいないから学生でも戦場に行く事になる。シビアな世界だよ、本当に。
「~♪」
鼻唄を歌いながら登校すると、廊下を通りすぎていく時に見えた。主人公――篠崎渚の姿が。とくん、と胸が高鳴る。本当にいるんだ、主人公が。
まずは会うところからだ。今日の放課後にチームが決まる。私と同じチームになる。これは運命に決定付けられてるから、確実だ。
ふふ、早く放課後が来てくれないかな。
授業中、なかなか集中できなくて遠足にワクワクした小学生みたいになってしまった。
ついに放課後。
さっきも言ったけど、深禍は特殊な存在じゃなければ倒せない。その特殊な存在ってのが私たちになるわけだけど、女子は魔法みたいに不思議な力で攻撃ができるようになる。逆に男子はそれをサポートする力を得る。
これは誰でもなれるわけではなくて、ある日覚醒する。それこそ、深禍の襲撃時とかね。私もいつからそういうことができるようになったのか覚えていない。
男子はコネクター、女子がカースシーカーと呼ばれている。ちょっと、変な名称だよね。コネクターっていうのは名前の通りで繋がって強化してくれるみたいな感じ。
カースシーカーの方は"呪いを狩るもの"なんて大層な名前をつけてくれただけど、結局は力を持ってしまっただけの女の子だ。期待が重いね。
そんなわけで、サポート役の男子一人と戦闘できる女子数人でチームを組むのが基本ってことだ。よくある設定かもね。
これからチームで集まる。一チームごとに部屋を用意してあるらしい。ようやくこのタイミングが来たぞー。
指定された部屋の前に立つ。扉を開いた。
まず目に入ってくるのは赤い髪を後ろで束ねた女の子。綺麗だけどあどけなさの抜けてない少し幼く見える少女。
黒河希沙。ヒロインの一人。明るく元気な快活だけど、たまに陰りが見える。そんな少女。
その次に目に入るのは、切れ長の美人。青い髪を背中に流している気品のある少女。
琴塚怜菜。もちろん彼女もヒロインの一人だ。冷たい雰囲気をまとっているけど、ただ人付き合いが苦手なだけの女の子。
――そして、最後。部屋の中央にいる少年。私と同じ黒髪で、どこかパッとしないような地味な見た目。少し整えたらましになりそうな男の子。
篠崎渚。彼こそが主人公。どくどく、と鼓動が早くなる。
スッと近づくと、驚いたように目をぱちぱちとさせている。
「渚くん」
思わず声が出た。甘ったるいような声が。当の渚は、大きく目を見開いている。……そんなに変な言い方をしたつもりはないけど。
「これからよろしくね」
誤魔化すように挨拶を続けると、同じように返してくれた。
ふふふふ。よろしくね、私のヒーロー。
なんて、興奮していたけども……もっとやることがあるんだよね。
少しだけさっき紹介した私以外の現状のヒロイン、黒河希沙と琴塚怜菜。二人とも、最初は主人公くんとあまり仲良くない。なので、私が取り持たないといけない。
私の遺したものが、いずれこのチームを作っていくって訳ですよ。
大好きな主人公くんと他の女を仲良くさせないといけないなんて……原作の私にそこまでの感情はないだろうけど。
なので、他の子たちとも仲良くしないといけない。勢いあまって、主人公くんにだけ挨拶してしまったので、軌道修正しなければ。
「残りの二人もよろしくね。私は明上ユーリ」
少し主人公くんから離れて、残りの二人に振り返りながらにこやかに微笑んだ。
「……よろしく」
琴塚怜菜は名乗ってすらくれない。隅っこから、絞り出したような挨拶を返すだけだ。
「私は黒河希沙、よろしくねー」
反対に黒河希沙からは、私と同じように明るく返してきた。微笑んでいるようで目は笑ってない。
うーん、私もなんか好かれてないな。前途多難だけど、なんとかしなきゃね。
だから、一度強引に踏み込む。
「はい、琴塚さん!」
「……強引ね?」
琴塚怜菜の手を無理やり引っ張る。驚いて振り払おうとしてくるけど気にしない。
「で、黒河さんもっ!」
「えっ、私も?」
そして、そのまま黒河希沙の手も取る。こっちはあんま抵抗してこない。
「みんなで頑張りましょう!えいえいおー!」
そのまま、掛け声を出しながら気合を入れた。
主人公チーム、結成だ!
あっ、ごめん主人公くんだけハブったみたいになっちゃった。みんなと仲良くなってから後でやろうね。
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篠崎渚。ラストインヘリタンスの主人公のデフォルトネーム。
一部シナリオで女性ifのストーリーがある都合上、男女どちらでもおかしくない名前になっている。




