主人公くんたち、TS娘の素を目撃する
明上さんはすやすやと眠っている。まだ僕の袖を放してくれないので離れられない。
明上さんの寝顔は、いつものハイテンションな雰囲気とは正反対で、ただの小さな女の子のように見える。
実は病弱です、と言われても信じてしまいそうな儚さすら感じる。
「せっかくだから、ご飯でも作ろうかしら。明上ユーリはこのままでは用意できないでしょうし」
「いいねー、私のも作って」
「そんなに材料はないから、自分で用意しなさい」
向こうは向こうで、散らばってるものを片付けしてたみたいだけど、料理を作るんだ。
そういえば、ここに来る前に何か買っていたけどそのためだったのか。
今の明上さんは、外に何か買いに行ったりはできないだろうし。学生寮ならまだましだろうけど。
そういえば、明上さんは一人暮らしなのに学生寮じゃないんだ。何か理由でもあるのかな。
するり、と僕の袖を掴んでいる手が離れた。ふと明上さんの方を見ると、いつの間にかベッドに明上さんがいない。
「……うーっす」
明上さんの低めの声が耳元で聞こえた。えっ、もしかして。
僕の目の前に、細い腕が回されるのが見えた。ゆっくりと僕の背中に体温が伝わる。
病気でもこうなの、この人!?
「あ、あの明上さん……?」
「……ううん、なんかいい匂いするなお前」
あれ、なんか口調も変わってる?少しテンションが低めだ、珍しい。
あなたの方がいい匂いしますよ、とも言えず。病気の人を無理矢理引き剥がすのもちょっと気が引けるし……。
と思ってるうちに、少しずつ背中にもたれ掛かる力が強くなる。なんか倒れてきてる?
「なんか、体がぽかぽかするんだけどこれ何……?」
「……もしかして今日、病欠してるのも忘れてる?」
「ふーん、頭働かないのそういうことか……」
「ところで、その……退いてもらえたりします?」
「体動かんから無理。掴まってないとずり落ちる……」
声に力が籠ってないというか、弱々しい。なんか、新鮮な明上さんだな。
というか、抱きついてるんじゃなくて掴まるものがないから仕方なくこうしてるってこと?
……でも離れてほしいな。なんかこう、やっぱり引っ付かれると恥ずかしいし。
「ベッドに戻らない?」
「……ベッドはやだ」
「なんで?」
「なんか、よくない夢を見るから……?」
「――」
そうか。
久々に寝たと言っていたけど、普段は夢見が悪いから寝れないんだろう。
……もしかして、毎日悪夢を見てるってことなんだろうか。もしそうなら、どんな悪夢なんだろう。
「なんだよ、黙るなよ。つまんないやつ……」
「ごめん、ちょっと考え事してて」
「……ふーん、俺よりも考え事優先?」
そもそも、今の明上さんってどういう状態なんだろう。いつも通りではないけど、ぽやぽやしてる時に比べるとはっきりしてるというか。
っていうか、一人称まで変わってるけど本当に何?
もしかして、これが素だったりするのかな。俺っ娘ってやつ?
「あっ、篠崎くんがまたユーリといちゃいちゃしてる!」
「してないって!どちらかというと助けてほしいんだけど」
「……うー、なんか新しいメンヘラ来た」
「なんかこのユーリ、トゲがない?」
向こうでの片付けが終わったのか、希沙さんからの助けが来た。剥がされるのが嫌そうにしてる明上さんも、逆に希沙さんに抱きついて大人しくしてる。
「うへへ、やっぱり女の子の方がいいな。柔らかいし……」
「ねえ、なんかこのユーリオッサン臭いんだけど」
「おっさんだし……」
「そんな、かわいかったローリを返して」
「……かわいくないし」
「ダウナーおじさんユーリだ……」
確かに、おっさんみたいになっているというか。明上さんのことがなんだかわからなくなってしまった。
それにしても、はっきりしてるように見えてまだたぶんちゃんとは起きてないんだろうな。
「とりあえず、作り置きはしておいたから、元気になったら食べてもらおうかしら」
「……うわ、おっぱいでか」
「ふざけたこと言ってないで、熱あるんだから寝てなさい」
「つめてー……」
料理を終えた琴塚さんが、また明上さんの額に手を当てて冷やしてる。
にしても、なんでこんなにテンションがころころ変わってるんだろう。やっぱり不思議な人だ。
「……なんか、今のユーリならいつもと違うから本音聞けたりするんじゃない?」
「いや、さすがにそれは……」
「とか言いつつ、篠崎くんも気になることはあるでしょ?」
「……」
正直、たくさんあるけど。
「あんまり明上ユーリで遊ぶのはやめておきなさい。病人よ?」
「そうだけどさ、やっぱり気になるじゃん?例えばー、本気で篠崎くんのこと好きとか。どう、ユーリ?」
「えっ、最初に聞くのそれなの!?」
……確かに、本気で僕のことを好きになってるわけじゃなくてたぶん反応が見たいからああいう振る舞いをしてるだけだと思う。なんか、言ってて空しくなってきたな。
「で、どうなの?ユーリ」
「……わかんない」
「思ったよりもつまんない答え!じゃあなんで篠崎くんのこといじってるの?」
「反応がいいから……?」
思った通りの答えだった。……僕があんまり反応しなかったら、もう少し明上さんからの引っ付きとかもなくなるんだろうか。
でも、何も反応しなくなるのは厳しいというか。……だって、明上さんってかなりかわいい女の子だし。
そういえば、それを明上さんに伝えたときはすごい嬉しそうにしてたなあ。
にしても、また明上さんが眠そうにあくびをしている。このままだと希沙さんに抱きついたまま寝てしまいそうだ。
「……そういや、ユーリって今やりたいこととかあるの?」
ふと、思い付いたように希沙さんが尋ねると明上さんは、ふわぁと大きく欠伸をした後に口を開いた。
「――早く楽になりたい」
ぽつり、と溢した言葉に僕たちは凍りついた。
……だって、それはまるでさっさと死にたいみたいで。
雪みたいに、すぐに消えていきそうに見えて――衝動的に明上さんの手を掴んだ。
「えぅ……?な、渚、くん……?」
明上さんの目が少しずつ大きく見開かれていく。
「あっ、ユーリ。ちゃんと起きた?」
「えっ、あぅ……えっと……待って待って待って」
もごもごとしながら、希沙さんに抱きつくのをやめて、ふらりと立ち上がった。赤い顔がもっと赤くなっていく。
「……明上ユーリ、顔がすごいことになってるけれど」
「いや、その……俺、じゃなくて私ってなんか変なこと言ってた?」
「ずっと言ってたでしょう」
「うううううう……!」
すごい勢いで布団に潜っていってしまった。
一応、ちゃんと意識が戻ったみたいだ。よかった、のかな……?
「明上ユーリ」
「……今話しかけないで」
「作り置きしたから、よかったら食べて」
「それは食べる……」
もぞもぞ、と布団から出てきた。出たり入ったり忙しい人だ。
明上さんはこちらを見て、びくりと体を震わせた。
「その、今日のこと……忘れてね?」
目を泳がせながら、体の前で手を合わせて指を捏ねている。
「俺って言ってたこととか?」
「うがっ……そ、そう!」
「幼児みたいになってたこととか?」
「ぴぃっ!忘れてってば!」
「ごめんごめん。わかったよ」
……ちょっとだけ、明上さんの気持ちがわかってしまったかもしれない。ここまで反応してくれるなら、いじるのも楽しくなってしまうかもしれない。
「ははは、かわいいユーリもお別れだね。また学校来てね」
「うう、このかわいいは嬉しくない……」
「ちゃんと休むのよ」
「……うん」
「またね、明上さん」
「うん、渚くん。掘り返したら酷い仕返しするから」
「それは怖いな……」
一先ず、これ以上明上さんの家にいるわけにもいかないので帰ることにした。
意外な一面を見れたな、と様々な明上さんの様子を思い出したけど、一つだけ思ってしまう。
『――早く楽になりたい』
あの言葉は、そういう意味だったのかなって。
たぶん、希沙さんと琴塚さんも気になっているだろうけど、僕たちは誰もそれを言い出せなかった。
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琴塚怜奈:遠距離タイプのアタッカーです。
好きなもの:可愛いもの、静かな場所
嫌いなもの:下心のある男
スキル:マジックワード イメージしたものを魔法のように飛ばすことができる。氷が得意。ややこしい現象のようなものを発生させることができず、属性の魔法を放つような攻撃しかできない。炎、水、風、氷、雷を現在使用できる。




