第30話 嫉妬と不安と、ほんの少しの勇気
三咲るいが転校してきてから、
クラスの空気はどこか賑やかになった。
るいの明るさと可愛さはすぐに人気者になり、
休み時間には女子たちが「ヘアアレンジ教えて!」「メイク一緒にやろう!」と集まってくる。
「祐くん、こっちこっち!」
るいは何気なく俺を手招きし、自然な流れで隣に並ぶ。
それがまるで“幼なじみ”の特権かのようで、
俺自身もどこか居心地の悪さを感じていた。
天宮さんは――
休み時間も、少しだけ遠慮がちに、
でも必ず俺の様子をうかがっている。
「るいちゃん、すごく人気だね」
放課後、下駄箱の前で天宮さんがつぶやく。
「うん、びっくりするくらい馴染んでる」
俺も苦笑いで返す。
「祐くんと昔から仲良かったの?」
「うん、小さい頃から……まあ、兄弟みたいな感じだったし」
「兄弟、かあ……。
でも、今のるいちゃん、“ただの幼なじみ”って感じじゃないよね」
天宮さんは、寂しそうに笑う。
俺は、
「天宮さんが一番大事だよ」
と、心から伝えたかった。
だけど、言葉はやっぱり喉で止まった。
「私、負けたくないな」
天宮さんがぽつりと呟く。
「え?」
「るいちゃん、とっても可愛いし、祐くんにすごく懐いてるし。
でも――
私も祐くんが好きだから。
“お試し交際”のままだけど、
最近は“お試し”じゃなくて、本気になっちゃってる自分がいるの」
俺は、天宮さんの顔を見て、
胸の奥が熱くなるのを感じた。
「俺も……」
と、言いかけてやっぱりごまかしてしまう。
天宮さんは、
「ごめんね、変なこと言って」
と小さく笑って、先に帰ってしまった。
◇ ◇ ◇
その夜。
家でスマホを握りしめていると、るいからメッセージが来た。
【るい】
「明日、祐くんと二人で帰りたいな。ダメかな?」
【俺】
「いいよ。天宮さんには伝えておく」
メッセージを打ちながら、どこかで罪悪感がうずく。
そのとき、天宮さんからもLINEが届いた。
【天宮さん】
「今日はごめん。いろいろ考えすぎちゃって。
でも、また明日、ちゃんと話そうね」
【俺】
「うん、また明日」
◇ ◇ ◇
次の日。
るいと二人きりで帰る約束の日。
「祐くん、今日ね、どうしても二人で話したいことがあったの」
放課後、るいは俺の腕を軽くつかむ。
「なに?」
「ううん、あとで話す。その前に、ちょっとだけ寄り道しよ?」
俺たちは並んで歩き出す。
その背中を、天宮さんが静かに見つめていた。
◇ ◇ ◇
途中の公園、ブランコの前でるいが立ち止まった。
「ねえ祐くん、私ね……」
少しだけ真剣な顔で、
「祐くんのこと、今でも一番大好きだよ。
昔から、誰よりも近くにいたいって思ってた」
俺は言葉に詰まる。
「でも、祐くんには天宮さんがいる。
だから私、ずっと我慢してきたし、
今も“幼なじみ”のままでいようと思ってた。
だけど……」
るいは、ブランコの鎖をぎゅっと握る。
「もし、祐くんが本当に天宮さんと付き合うってなったら、私はもう一番になれないのかな?」
俺は、なにも答えられなかった。
るいの目が、ほんの少しだけ潤んで見えた。
◇ ◇ ◇
公園の夕焼けの中、
るいがぎゅっとブランコの鎖を握ったまま、俺の顔を真っ直ぐ見つめる。
「祐くん、私ね……」
声は小さいけれど、震えも混じっていた。
「天宮さんといるときの祐くん、すごく幸せそうに見えるよ。
でも、なんだろう……。
二人の空気って、友だちって感じだけじゃないんだよね」
俺は黙ったまま、靴の先で砂をいじる。
「本当に、彼女なの?」
「……うん。
彼女、って言っていいのか、
ちょっと自信ないけど……
でも天宮さんとは“特別な関係”なんだ」
自分で言っておきながら、曖昧な響きに胸がざわつく。
るいは小さく微笑んだ。
「そっか……やっぱりそうなんだ。
なんかね、私……祐くんの“一番”になれる日が来るのかなって、
ちょっとだけ期待してた」
「るい……」
「ごめんね、こんなこと言ったら祐くん困るって分かってた。
でも、久しぶりに祐くんに会って、やっぱり私、祐くんのことが一番好きなんだよ。
昔みたいに、ずっと隣にいられると思ってたんだ」
俺は、どう返していいか分からず、
ただ、るいの小さな横顔を見つめていた。
「でも、祐くんが幸せなら、それでいいのかなって思う。
私、わがままだよね」
「るいは、わがままなんかじゃないよ。
俺だって、昔みたいにいられるって、どこかで信じてた」
二人の間に、春にはまだ遠い冷たい風が吹き抜ける。
◇ ◇ ◇
しばらく沈黙した後、るいはふいに明るい声を出した。
「でも、ね! 私、簡単には諦めないから!」
「え?」
「祐くんの一番近くで、ずっと見てていい?
天宮さんに負けないくらい、祐くんのこと大切にするから」
その言葉は、冗談めかしているようで、どこまでも本気だった。
俺は少しだけ笑って、「……よろしく」と返すしかなかった。
◇ ◇ ◇
その翌日から、るいはさらに“距離を詰める作戦”に出た。
「祐くん、今日のお弁当、半分こしよ!」
「放課後、一緒に本屋寄ってもいい?」
「日曜日も、空いてる?」
天宮さんもその様子を見て、以前より明らかに“意識”するようになった。
休み時間のたびに、るいが俺にぴったり寄り添う。
天宮さんは、それでも笑顔を崩さず
「るいちゃん、本当に祐くんが大好きなんだね」
と静かに言った。
「うん、ずっと昔から大好きなんだ」
るいは少しも隠そうとしない。
天宮さんは、ほんの少しだけ視線を落とす。
◇ ◇ ◇
放課後。
天宮さんが俺を呼び止めた。
「ねえ、祐くん……」
「なに?」
「私、るいちゃんと一緒だと、ちょっと自信なくなっちゃう時があるんだ。
でも、それでも……祐くんのことは、誰にも負けたくない。
たとえ、るいちゃんがどんなに可愛くても――」
俺は不意に心が熱くなった。
「天宮さんが一番だよ」
今度は、ちゃんと伝えた。
天宮さんは驚いたような顔をしたあと、
少しだけ泣きそうな笑顔を見せてくれた。
「ありがとう。……ほんとに嬉しい」
夕陽に照らされて、
俺たちの影が長く伸びていく。
◇ ◇ ◇
夜、布団の中。
スマホにるいからメッセージが届く。
【るい】
「今日も一緒にいてくれてありがと。
明日も、負けないからね!」
そのメッセージに、少しだけ苦笑いしながら、
どこか心が温かくなっていた。
◇ ◇ ◇
三人の関係は、静かに、でも確実に――
新しい季節へ向かって動き出していた。




