第31話 揺れる春、すれ違う心
春はまだ遠いはずなのに、
風の冷たさが少し和らいできたような気がする。
それでも、教室の空気はどこか張りつめていた。
朝、教室に入ると――
るいが俺の席に寄りかかって、にこやかに手を振る。
「おはよう、祐くん! 今日も寒いね」
「おはよう、るい」
明るく笑う彼女を見ていると、ほんのりくすぐったいような気持ちになる。
「ねえ、今日の放課後さ、一緒に文房具見に行かない? 新しいペンほしいんだ」
「うん、いいよ」
「やった~!」
その様子を、天宮さんは少しだけ遠くから見ていた。
席が離れてから、会話の間合いもなんとなく遠くなった。
彼女の横顔を眺めながら、何かを言いそびれている自分に気づく。
◇ ◇ ◇
昼休み、凛が俺の机にやってきた。
「ねえ、祐くん。最近、るいちゃんと仲良いね」
「え、そんなことないよ。別に普通だし」
「ふーん……。でも、澪ちょっと寂しそうだったよ?」
その言葉に、心の奥で小さな棘が疼く。
「そうかな……」
凛はちょっとだけ首をかしげて、
「自分の気持ち、ちゃんと見つめてみなよ」とだけ言って、
いつものように笑って席へ戻った。
◇ ◇ ◇
放課後。
るいと駅前の文房具店に立ち寄った。
「この色かわいくない?」
るいはピンクとミントグリーンのペンを手に、無邪気に俺の顔をのぞき込む。
「似合うと思うよ」
「えへへ、祐くんのそういうところ好き」
俺は少し照れくさくなって、
「ありがとう」とだけ返す。
買い物を終えて帰ろうとしたとき、偶然、天宮さんが反対側の歩道を歩いているのが見えた。
俺たちに気づいて、天宮さんがふと会釈をする。
るいも「天宮さんだ!」と手を振る。
「祐くん、また明日ね!」
るいはそのまま駅の方へ駆けていく。
俺はその場にしばらく立ち尽くし、結局、天宮さんの方へ歩き出す。
◇ ◇ ◇
「天宮さん、ちょっといい?」
「うん……」
二人で並んで歩く。
沈黙のまま何歩も歩いてから、天宮さんがぽつりと口を開く。
「……最近、祐くんとちゃんと話せてない気がする」
立ち止まった彼女の瞳は、どこか頼りなげで、それでもまっすぐ俺を見つめてくる。
「うまく言えないけど、大事に思ってる。伝えるのが下手でごめん」
天宮さんは少しだけ微笑む。
「ううん、私――もっとちゃんと、祐くんの“彼女”になりたいなって思うようになった」
その一言が胸に強く残った。
◇ ◇ ◇
家に帰ると、凛からグループLINEにメッセージが入っていた。
【凛】
「みんなで春休みにどこか行こうよ!
たまには思いっきり遊ぼう~!」
【るい】
「賛成っ!祐くん、どこ行きたい?」
【天宮さん】
「私も行きたいな」
みんなが画面の向こうで、それぞれの気持ちを抱えたまま、
“春”への新しい一歩を探している気がした。
◇ ◇ ◇
夜。
眠れぬまま天井を見つめる。
本当は、自分の気持ちにも、誰かの想いにも、正直に向き合わなきゃいけない。
そんな予感だけが、静かに胸に残っていた。
◇ ◇ ◇
春休みの計画がグループLINEで決まり始めてから、クラスの雰囲気も少しずつやわらいでいった。
新しい季節の訪れに、どこかみんなが浮き足立っている。
でも、俺の心の中には、どうしても拭えないモヤモヤが残ったままだった。
◇ ◇ ◇
週末。
俺、天宮さん、るい、凛の四人でファミレスに集まった。
春休みはどこへ遊びに行こうか、みんなでワイワイ意見を出し合う。
「テーマパークがいいな!」とるいが元気よく言う。
「でも混んでるよ、春休みは」と凛。
「じゃあ水族館?」と天宮さんが提案する。
「いいねー! ペンギン見たい!」
るいが嬉しそうに手を挙げる。
メニューを開きながら、るいが俺の隣にピタッと寄ってきて、
「祐くん、何食べる?」と覗き込む。
「なんでもいいよ」
自然に答えたつもりだったけれど、その距離感に、天宮さんの視線が一瞬だけ鋭くなった気がした。
凛が空気を和ませようと、「みんなでプリクラ撮ろうよ!」と話題を変える。
「楽しそう!」と全員が賛成したけれど、その内心では、それぞれが少しずつ別の不安を抱えていた。
◇ ◇ ◇
解散の時間が近づき、外に出ると春風が少し冷たく感じる。
天宮さんがそっと俺の袖をつかんだ。
「祐くん、少しだけ歩かない?」
るいと凛は「じゃあまたLINEで!」と先に帰っていく。
俺と天宮さんは、静かな並木道をゆっくり歩いた。
沈黙のあと、天宮さんが足を止め、
「私……もっと祐くんと、ちゃんと向き合いたい。本当に恋人として、私だけの“特別”になりたい」
その一言に、胸がぎゅっと締めつけられる。
「……ありがとう。俺も、天宮さんのこと、大切に思ってる」
ほんの少しだけ、俺たちの距離が縮まった気がした。
◇ ◇ ◇
帰宅後、ベッドで天井を見つめていると、スマホが震えた。
【るい】
「今日は楽しかった!
春休み、たくさん思い出作ろうね」
【天宮さん】
「今日はありがとう。祐くんともっとたくさん話したいな」
どちらのメッセージにも、
嬉しさと同じくらい切なさが混じっていた。
俺の心も揺れていた。
どちらか一方だけを選ぶのは、まだ怖い。
でも、“このままじゃいけない”という気持ちが、夜が更けるほど強くなっていく。




