第29話 嵐の再会
新学期が始まって間もない、少し風の強い放課後だった。
教室の窓から差し込む西日が、いつもよりまぶしく感じる。
俺は何となく、天宮さんと「また週末どこか行こうか」なんてLINEを打ちながら、
気ぜわしくカバンを閉じていた。
そのとき、廊下から小さな足音と、
かわいらしい高めの声が近づいてきた。
「ねえ、祐くんってここだっけ?」
顔を上げると、
そこに立っていたのは――
長い髪にふわりとしたスカート、細身の脚。
ぱっと見はどこにでもいる女の子。
でも、その瞳の奥には、どこか見覚えのある無邪気さが光っていた。
「あれ……るい?」
にこっと微笑んで、「ひさしぶり!」と手を振ってくる。
「え、なんでここに――?」
「転校してきたんだよ、今日から。祐くんのクラスに転入しちゃった」
周囲が一瞬ざわつく。
新入生?しかも、かなり可愛い女の子――
そう思ったクラスの男子たちも、よく見ると微妙に違和感に気付く。
「やだ、祐くん、相変わらずボーッとしてる。私のこと、もう忘れちゃった?」
俺はちょっと慌てて立ち上がる。
「そ、そんなわけないだろ。……でも、変わったな。昔よりもっと、女の子っぽいっていうか……」
「えへへ、ちゃんと努力したんだから。だって祐くん、“可愛いのが好き”って昔言ってたでしょ?」
るいは、冗談みたいに首をかしげて笑う。
でも、その仕草が本当に自然で、教室中が一気に“新しい空気”に包まれた。
「じゃあ改めて……みなさん、三咲るいです。今日からよろしくね!」
教室が一瞬静まり、すぐに女子から「かわいい!」と歓声があがった。
男子たちもソワソワし始めて、
天宮さんは少し離れた席から、
じっとこちらの様子を見ていた。
◇ ◇ ◇
休み時間。
るいは早速、俺の席までやってきて、
ごく自然な距離感で机に腕を乗せる。
「ねえ祐くん、今度のお昼、一緒に食べよ?」
「いいけど……」
「やった!天宮さんも呼ぼうよ~、せっかくだから三人で!」
この明るさと馴染み方は、まるで前からこのクラスにいたみたいだ。
「……それにしても、るい、本当に変わったな」
「見た目だけじゃなくて、
中身もすごく女の子に近づいたつもり。祐くんには、特別に一番近くで見てもらいたいな」
その一言に、俺は思わずドキッとした。
天宮さんが近づいてきて、
「新しいお友達?」と微笑む。
「うん、小学校のころの幼なじみ。いろいろあって、久しぶりなんだ」
るいは天宮さんにも満面の笑みを向けて、
「よろしくね、天宮さん。祐くんのお隣、私も座っていい?」
「もちろん。……こちらこそ、よろしく」
会話は和やかに続くけれど、
どこかピリッとした空気が流れる。
俺の心の奥でも、なにかが静かに揺れ始めていた。
◇ ◇ ◇
放課後、
るいが俺を呼び止めた。
「ねぇ祐くん、昔みたいに二人で帰らない?ちょっと話したいことあるの」
「天宮さんも誘おうか?」
「今日は、二人だけがいいな……ダメ?」
どこか寂しげなその声に、
俺は思わず頷いてしまう。
こうして、
新たな嵐の予感を孕んだ日が、静かに始まった。
◇ ◇ ◇
夕焼けに染まる帰り道、
俺とるいは昔のように並んで歩いた。
けれど、るいの歩き方も話し方も、すっかり“女の子”になっていた。
「祐くん、全然変わってないね」
るいが笑う。その笑顔に、ふっと懐かしさが蘇る。
「るいも……いや、本当に変わったよ。正直、最初は誰だか分からなかった」
「やだな~、祐くんのくせに」
ふわりと袖をつかんで甘えてくる。
“こういう距離感、昔はなかったよな”と、少しだけ戸惑う自分がいる。
「ね、祐くん、私さ……」
るいは急に真面目な顔になる。
「新しい学校って、楽しみだけど、やっぱりちょっとだけ怖かったんだ。
でも祐くんがいるって知って、すごく心強かった」
「そっか……。まあ、困ったことがあったら言ってくれよ」
「うん。でも、もう“妹”みたいには扱わないでね」
るいは、わざとらしく頬を膨らませて見せる。
「昔はよくケンカもしたし、泣き虫だったし……」
「今は違うよ。私、もう女の子だから。
祐くんにも、ちゃんと“女の子”として見てほしいな――なんてね」
一瞬、返事に困った。
昔の“弟分”だったはずのるいが、
こんなにも柔らかく、距離を縮めてくるなんて。
◇ ◇ ◇
家に帰ると、すぐに天宮さんからLINEが届いた。
【天宮さん】
「祐くん、今日の新しい子、すごく可愛いね。
幼なじみって、どんな感じなの?」
俺は正直に、「小学校のころ一緒だった友達だよ」と返す。
【天宮さん】
「なんだか、ちょっとだけドキドキした。
祐くんの昔の知り合いに会うの、初めてだったから……。
それに、“私より女の子らしいかも”って、ちょっと焦った(笑)」
画面の向こうで、天宮さんが少し不安そうに微笑んでいるのが伝わってきた。
【俺】
「天宮さんも十分女の子らしいし、かわいいよ」
【天宮さん】
「ありがと。……でも、負けないから!」
そのやりとりに、胸がほんの少しだけ苦くなる。
“るい”の存在が、
今までの曖昧な二人の距離を、確実に揺らし始めていた。
◇ ◇ ◇
次の日。
るいは朝から俺の隣に座り、
「今日のお昼も一緒にね!」とにこやかに手を振る。
天宮さんも教室に入ってきて、
「おはよう」と微笑みながら席につく。
三人で並んでお弁当を広げると、
るいが「これ作ってきたの、食べてみて!」と可愛らしいおかずを差し出した。
「すごい、るいちゃん、料理上手なんだね」
天宮さんが感心したように言う。
「うん、最近は自分でお菓子も焼けるようになったよ。
祐くん、昔よりもずっと美味しくなったって言ってくれないかな~?」
るいは、俺にだけ向けて意味ありげに笑う。
天宮さんは、その様子を見てふっと真顔になった。
「……祐くんのこと、本当に大事なんだね」
「もちろん!」
るいは何の迷いもなく答える。
天宮さんは黙ってお弁当の箸を止めた。
表情は穏やかでも、
その奥で何かが静かに揺れているのを、俺は見逃さなかった。
◇ ◇ ◇
昼休みが終わる頃、
天宮さんがぽつりと呟いた。
「ねえ、祐くん」
「うん?」
「私、負けたくないなって思った。
るいちゃん、すごくかわいいし、
それに……なんだか、すごく近い距離にいるから」
俺は慌てて否定する。
「天宮さんが一番大事だよ」
でも、天宮さんはほんの少しだけ目を伏せて、
「……ありがと」とつぶやいた。
◇ ◇ ◇
放課後。
るいが「また一緒に帰ろう」と笑顔で手を振る。
天宮さんは一瞬迷ったように、
「今日は、二人で帰ってね」と小さく微笑んだ。
俺の心は、
今までにないほどざわざわしていた。
◇ ◇ ◇
その夜、
ベッドの中でスマホを握りしめる。
天宮さんのこと、
るいのこと。
どちらも大切で、
どちらにも素直になりきれない自分がいる。
三人の距離が、
静かに、大きく揺れ始めていた。




