第28話 すれ違う気持ち
冬休みが終わり、
新学期が始まる直前の夜。
俺は自分の部屋で、
ふと天宮さんからのLINEを眺めていた。
【天宮さん】
「今日もありがとう。すごく楽しかった!
祐くんのおかげで元気出たよ」
既読がついたまま、
俺はなかなか返信できずにいた。
“お試し”のままの関係――
楽しいはずなのに、
最近どこか胸の奥がざわつく。
「このままでいいのか?」
そんな気持ちが、
夜になると特に強くなる。
返信の文面を何度も打ち直す。
「俺も楽しかったよ」
「またどこか行こうね」
それ以上のことは、どうしても書けなかった。
“本気になったら、何かが壊れそうで怖い”
“でも、この曖昧さにもどかしさを感じる自分がいる”
ふたつの気持ちの間で揺れている。
◇ ◇ ◇
次の日。
登校初日、
新しいノートと鉛筆の香り。
クラスの友だちが「久しぶり!」と声をかけてくる中、
天宮さんは少し遅れて教室に入ってきた。
「おはよう、祐くん」
「おはよう」
二人の挨拶は、
周りから見れば“付き合ってる”ようにも見えるし、
本人たちだけは“何か足りない”と分かってしまう、
微妙な距離感だった。
「冬休み、どうだった?」
近くにいた凛が話しかけてくる。
「楽しかったよ。
天宮さんと初詣とかショッピングとか、いろいろ行ったし」
「いいな~。
二人とも仲良しだね」
凛はそう言って笑うけど、
どこか探るような視線を感じた。
◇ ◇ ◇
放課後。
天宮さんが俺を屋上に誘った。
冬の空は淡く色づいて、
まだ冷たい風が頬をかすめる。
「祐くん、ちょっとだけ話せる?」
「うん、どうした?」
天宮さんはしばらく言葉を探していた。
そして、ゆっくりと切り出す。
「……最近、ちょっとだけ不安になることがあるの。
祐くんは、今のままの関係で満足してるのかなって」
俺は一瞬言葉に詰まった。
「……満足っていうか、
すごく楽しいし、天宮さんと一緒にいるのは好きだよ。
だけど――」
“だけど”の先が言えない。
天宮さんは小さく頷く。
「私ね、
たまに自分が“本物の彼女”じゃないみたいに思えて、
寂しくなるんだ。
“お試し”のままの自分って、
どこまで本気で祐くんに好きって言っていいのか分からなくなる」
俺は「それは俺も……」と返そうとしたけど、
やっぱり最後まで言葉にならなかった。
◇ ◇ ◇
二人で並んで夕焼けを見ているだけで、
心は近いのに、
なぜか距離ができてしまった気がする。
“お試し”は優しい言い訳。
でも、
そろそろ――
本音を言わなきゃいけない時期が近づいている気がした。
◇ ◇ ◇
屋上での会話のあと、
俺たちはしばらく黙ったまま、冬の空を眺めていた。
沈黙は、
決して居心地が悪いわけじゃなかった。
ただ、お互いの胸の中で「伝えたいけど、伝えられない」想いが、
静かに渦巻いている。
天宮さんがふいに口を開いた。
「……祐くん、
私ね、
祐くんのことがどんどん大切になっていくのが、
ちょっと怖いんだ。
“お試し交際”って言葉に守られている間は、
何かあっても元に戻れるって思えたけど、
最近は、
この気持ちが崩れちゃいそうで……」
俺は、
天宮さんの手がわずかに震えているのに気づいた。
「俺も同じだよ」
そう言いたかった。
でも、言葉は喉の奥で詰まったままだった。
「ごめん、変なこと言っちゃって」
天宮さんが、少しだけ笑ってみせる。
「ううん、
俺だって、
最近ずっと考えてた。
“お試し”のままでも、
天宮さんがそばにいてくれるなら、
それだけで十分幸せだって思ってたけど――
やっぱり、
本当は……」
本当は、
もっと天宮さんのことを知りたい。
もっと“彼女”として、近づきたい。
でも、それを口に出す勇気がまだなかった。
◇ ◇ ◇
そのまま夕焼けが濃くなって、
屋上の空気も冷たくなってきた。
「そろそろ降りよっか」
天宮さんが小さくつぶやく。
「うん」
階段を下りながら、
ふたりの影が長く伸びていく。
「……また一緒に帰ってもいい?」
「もちろん」
俺はすぐに答えた。
帰り道、
商店街の灯りがともり始めていた。
「祐くん、明日は何か予定ある?」
「ううん、特にないけど……」
「じゃあ、
もしよかったら、また一緒にどこか行こうよ」
天宮さんの声は、
どこか寂しさと期待が混ざっていた。
「うん、ぜひ」
二人の距離は、
心のどこかで「もう一歩」踏み出したいと願いながらも、
まだ曖昧なままだった。
◇ ◇ ◇
家に帰った夜、
俺は天宮さんからのLINEを見つめていた。
【天宮さん】
「今日はありがとう。
なんかうまく言えなかったけど、
一緒にいられてよかった」
「俺も。
また明日、一緒にいようね」
そのあと、
何度もメッセージを打ち直して、
“好きだよ”や“もっと近くにいたい”
そんな言葉は、
やっぱり最後まで送信できなかった。
だけど、
画面越しの「また明日」が、
今の自分には何よりの希望だった。
◇ ◇ ◇
ベッドに入って目を閉じる。
胸の奥が、もどかしくて苦しくて、
でも、
次に会うのが楽しみで――
曖昧なまま、
それでも“本気”が生まれかけている予感を
きっと、お互いに感じていた。




