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エピローグ

如月の家から帰宅してすぐにパソコンを起動し、久しぶりにネットゲームの世界にマサと一緒にログインする。

……二人一緒にここに戻るのはかれこれ約1ヶ月ぶりだ。


テスト前だと言うのに、このタイミングで戻ったのには意味がある。

――もうネットゲームは必要ない……パソコンを繋がなくても、傍にはいつもマサがいる。

それを先ほど彼の言葉でしっかりと確認出来たので、今まで孤独を埋めてきてくれた媒体と完全にお別れを言いにきたのだ。


『えぇー!?マサとシノちゃんてガチで出来てたの?羨ましいっ俺もネトゲ彼女欲しいわぁ』

『おめでとう~!んじゃ結婚式イベだなこりゃ』

『……なのに引退ってどうなのよ?嬉しい報告と悲しい報告のダブルパンチじゃん』


――今まで約3年近く一緒に冒険してきた固定メンバーをスカイプで久しぶりに呼びこの報告。

仲間のひやかしに対し、俺はネカマプリーストなので何も言葉を発することは出来ないし、聞くことしかできないが、マサは楽しそうに煙草を吸って笑いながら「ラブラブです」と言った。

志信はパソコン前で顔を赤らめながらチャットでバカ、と入力する。


『……シノちゃんマジで可愛い。あーちくしょうもっと早くこれやってたらシノちゃん振り向いてくれたかな~』

『残念だが、お前らが同じ頃にゲームを始めていたとしても、シノは最初っから俺のことしか見てないよ』

『はぁ……いつからラブラブだったんだよお前ら。あー熱い熱い、火傷しちゃうよ。ね?ミキちゃん』

『……』


いつもはこのメンバーとリーダー格のように楽しく会話をしていたミキが一言も話をすることなかった。如月の言葉に一番青ざめているのは彼女だろう。

少し澱んだ空気を察した仲間達が「よぉ~し、今日は久しぶりに狩るぞー」とその場を盛り上げた。




「あー久しぶりに遊んだ。テスト前なのに遊んじゃった……」


最後ラストゲームを愉しみ、今まで仲良くしてくれた友人達に引っ越しすることになるからスカイプも抜けると告げて長く親しんだグループを抜ける。

落ち着いたらまた戻って来いよ?と嬉しいお誘いはあったが、このメンバーとスカイプをもう続けることはない。


仲間達に嘘偽りなくお別れを告げることができたことで、今まで抱えていたもやもやした気持ちがスッキリ晴れて気持ちが楽になった。

ゲームとパソコンの両方を落とし、ベッドの上に転がりながら携帯を開いて如月の電話番号を入力する。いつものように3コール以内で如月からの応答があった。

……また煙草を吸っているのか、声に風の音が混ざって聞こえる。


『ネットゲーム、やめたこと後悔してないか?』

「してないよ。だって、マサが居ないのにやる必要なんてもう無いし」


煙草の煙を吐き出す息の音が聞こえる。煙草自体は嫌いだったが、マサがこうやって煙草を吸っている姿はなんとなく好きだったから静かにその音を聞く。


『あと、明後日のテスト』

「何?いい成績取ったらマサがご褒美でもくれるの?」


別にご褒美なんていらないが、思わせぶりな言葉にカマをかけて聞いてみる。


『……そういえば、こないだの英語の小テストもクラスで3位取ったのに、そのご褒美もまだだったな』

「じゃあ、今回の期末テストそこそこ良かったら海に行きたい」

『了解――愛してるよ、シノ』

「……バカ野郎」


低くて甘い声で囁かれる言葉がむず痒い。ほぼ毎日のようにスカイプで聞いていた言葉だが、今は携帯電話からその睦言がダイレクトに聞こえて恥ずかしい。

そんな志信の反応を、電話越しでくくっと楽しそうに笑う如月の声が大人の余裕っぽくて腹が立つ。


『ははっ。お休み――月曜日、頑張れよ』

「うん。――おやすみ」


電話を切った志信は久しぶりに自分の机に集中して向かった。

――如月が日本で作る最後のテスト。何とかしていい結果を残して、今まで個別授業をしてくれた如月を絶望させたくない。

自分が彼に対して出来る最大の恩返しは、勉強してきた結果しかないのだから。




******************************************




期末テストも終わり、その結果が出るまで生徒達は勉強という柵から抜けて短い休息期間となった。

如月はロスへ戻る準備をする為、月曜日の朝に生徒を激励してからその後一度も学校へ来ていない。

激しく落胆した様子も見せない志信を見て、担任の長谷川は少しだけ安心したような顔をしていた。



「おい、杉崎。ミキちゃんが呼んでるぜ?」


D組の迫下さこした 美紀みき――志信がネットゲームを辞める前に最後にスカイプにも居た「ミキちゃん」がC組のドアの前に佇んでいた。

別に何か悪いことをしているわけじゃないのだから、中に入ってくればいいのにと思いながら、志信は席を立つと教室の入口に佇む美紀に話しかけた。


「何……?」


志信が近づくと美紀はかなりバツの悪そうな顔をして、志信の眼を一切見ようとしない。

……初対面で勝手に人を呼びつけておきながら、その不躾な態度に苛々した志信は、珍しく怪訝な顔をして美紀を見返した。


「用事が無いんだったらドアの所に立たないでくれる?」

「あの!……あたし貴方に謝らなくちゃ……」

「……俺あんたとは初めて喋るのに何かされたっけ?」

「……あ」


言葉を濁してしまった彼女をそのままにして教室に戻ると、志信が学校の人気者である美紀を青ざめさせたことで教室がざわつく。


――じゃあどうしろって言うんだ。

美紀の懺悔を聞いてやればよかったのか?マサと俺を引き離してくれと篠崎にお願いしました。怪我までさせてゴメンナサイって言うのを黙って聞けと?


――何でも泣けば済むと思って……女の涙って武器。それで解決しようとする。

だから女なんて嫌いなんだ……都合が悪くなればすぐに泣いて同情を誘う。


ざわついている教室でも志信は動じることなく自分の席に座っていた。こういう時に雑音をかき消せたらいいのにと本気で思う。

テストの結果が出るまでの一週間が、果てしなく長く感じる。




********************************************




「シノ、乗って」


テストの結果が出た後、如月から電話があり、軽い足取りで彼のマンションへ向かった。

待っていた彼のレガシィの助手席にするっと乗り込む。……あれだけマルボロ臭かった車内は、まるで洗ったかのように爽やかな香りになっていた。


「マサ、もしかして煙草止めたの?」

「いやそれはまだ……お前が車に乗る時までに綺麗にしておこうと思って頑張ったんだよ」

「……って言ってる側から煙草吸ってんじゃん……」


シートベルトを締めながら、隣で煙草を口にくわえている如月を見てわざとらしく大きなため息をつく。


「身体によくないから止めたらいいのに……」

「口寂しいからどうしてもな……お前が毎日キスしてくれるならやめれるかも?」

「そういうのは、意思が弱いから止められないんだって」


笑いながら如月は車を海岸の方へと向けていた。海が近づいてくると窓を開けて感じる潮風が心地よい。夕方のせいか、さほど暑苦しい感じはなかった。

じめっとする気温ではなく、家族連れの車があちこちに止まっているが、そろそろ帰る準備を始めているようで海の中を泳いでいる人はいないようだった。


如月はわざと人の少ない岩岸の方に車を止め、流していた有線のラジオも止めて無音にした。

しばらくの間二人で心地よい波の音を聞く。


「シノ、期末頑張ったな。ジャスト30位。前回より100位くらい上がったんじゃないか?」

「一夜漬けって言葉があるでしょ。俺、記憶力は悪くないし」

「……それ、得意気に言う言葉か」


ははっと笑いながらデコピンされる。

如月が個別授業してくれた時間を無駄にしないような結果を出せたことが何よりも満足だった。

残念なのは、あれだけ教えてもらった英語が一番点数低かったけれども、それ以外の教科で挽回したらしい。



「シノ」



如月の長い指が志信の唇をそっと触っていた。長くて暖かい指が唇をむにむに触るのが気持ちよくて、思わずその指を舌で舐めてしまった。


「ッ……」


如月は志信の唇から濡れた指を引き抜くと、余裕のない顔で志信の頬を両手で掴み噛みつくように唇を重ねていた。

まだ煙草の名残がある苦い舌を感じながら、志信も瞳を閉じて如月の背に手を回す。


――無音の狭い車内には、舌先が触れ合う濡れた水音と、遠くで規則正しく打たれる波の音が混ざり合った。

息が苦しくなり、唇を離すと志信は暗闇でもわかるくらい顔を赤くしていた。それを悟られたくなくて如月の胸に顔を埋める。


「マサ……俺、待ってるから……」

「ん……」


これから1年――長い遠距離恋愛が始まる。やっと気持ちが結ばれたというのに、互いの為に今は離れなければならない。

大きくて優しい手が髪を梳く。その心地よい感触に眠くなりそうだったが、シャツを掴む手に力を入れて如月の柔らかい眸をじっと見返す。


「俺が卒業したら、ちゃんと迎えに来いよ……マサだけが俺を守ってくれるんだから……」

「御意のままに……」


愛してる、と囁かれた瞬間どちらからともなく顔を近づけ、軽く啄むようなキスを交わす。


「ん、んぅっ……」


頬を引き寄せられ、貪るように唇を重ね、空いた口に侵入してきた熱い舌を絡められる。

鼻でうまく呼吸が出来ず息苦しさに軽い眩暈を覚えた。

漸く長いキスから解放されて肩で喘いでいると、目の前の如月が大きなため息をつき、眸を閉じながらシートに身体を埋めていた。


「……あと1年間我慢していれば、こんな拷問に会わずに済んだのに……」

「マサ……俺をおかずにするなよ?」

「ほんっと……お前鬼だわ……」


如月はふてくされながらダッシュボードから再び煙草を取り出して口にくわえていた。

もしかして、煙草を異常な程吸っているのは、下半身に集中しそうになる気を紛らわそうとしているのか。


自分に欲情してくれる如月を側で見られるのは嬉しい限りだが、当の本人もあと1年我慢すると言っているので捕まらない為にも、今はお互い我慢の年だと思う。


「さて…と。そろそろお姫様をお家まで送るか」


エンジンをかけた如月の耳朶にちゅっと触れるだけのキスをする。驚いた如月は危ないなっと言いながら少しだけ顔を赤くしていた。


「マサ……愛してるよ」

「おい、煽るな……俺はこれから我慢の年なんだから」

「それは、お互い様でしょ?」


クスクス笑いながらもう一度唇に触れるだけのキスをする。

この小悪魔めと舌打ちをされたが、これから離れて寂しくなるのはお互い様なんだからこれくらいの意地悪は赦して欲しいと思う。


初めて人を好きになり、その人と心から結ばれるという最大限の幸せを噛みしめながら、志信はふてくされながらハンドルを切る如月の子供っぽい表情を見て、腹の底から久しぶりに笑った。


ロスに行くな…なんてもう言わない。スカイプが無くても、ネットゲームももう必要ない。

この、二人の心を結ぶ糸が繋がっている限り、如月が例え傍に居なくても寂しくない。



ネトゲで出会ったただの男――それがここまで大切な人になるなんて思ってもいなかった。

兄のような頼もしさ、父のような包容力、ゲームの中では親友で相棒。そして今は誰よりも大切な恋人。


如月はネトゲを始めて志信に出会い、彼を救いたいと思ったあの時から、心の底に沈んでいた花にずっと愛の水を与え続けてきた。

3年経ってようやく花を開いたそれが枯れてしまわないように、これからも毎日水を与え続けよう。


愛してる。

たった一言、その言葉の重みを胸の裡で噛みしめながら。

なろう!では復帰作品ですm(__)m文章がかなりつたなかった部分を大体修正しましたが、もうちょっと心の揺れ動きが書けたらなぁとか書きたいシーンが上手く表現しきれていない部分もありましたが、おひとり様でも楽しんで頂けたら光栄です。

最後までお付き合い頂きありがとうございました。

※番外編に関してはムーンライトの方に掲載しております。こちらはこれで完結になります。


2016.10.23 蒼龍 葵

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