39-タタカイ-
今回から場面がコロコロ変わる様式に切り替えました。
亮はシモーナと話す颯希を目の端でとらえ安心した。森の中といってもそんなに隠れないんだなと思い半分ぐらい、同じ状況に陥っている自分に少し笑みがこぼれる。
「何を笑っているんだ?」
敵が目の前に来た。背が高くてきちっとしたいかにも王宮に住んでいるというような服を着ている。その服装で身のこなしがこの上なく良いのだからただ驚くだけだ。
「……別に」
少し感覚がない皮膚に触れながら言う。そのまま、拳を目の前に突き出した。
「遅い」
軽く避ける相手に、どうやって戦おうか考えていた。
今迄は五感を操る能力に警戒しながら、距離を取って戦っていた。その時は銃を使っていたのだが、弾がきれ今は武器がない。しかも、銃弾は催眠だんだから使えば使うほどこちらにも影響がある。開けた場所であるため、それがすぐに雲散霧消してしまうのも一つの原因だろうか。だからといって、本物の銃弾を使う気はさらさらないのだが。
そして数分前、弾切れで少し焦ってしまった瞬間、いつの間にか目の前に来ていたマノロという男に皮膚を触られ、そして何も感じなくなった。手は動く、足も動く、目も見えたし、息もできていた。ただ、皮膚をつねっても、叩いてみても、痛みを感じなくなっていた。
「ひとつずつ、感覚を遮断して行こう」
その時、亮は思った。敵に触れられた所から感覚がなくなっていくのだと。
「そりゃ、つらいな」
気づいたときにはもう遅いだろう。
亮はたった今、敵に触れることでしか戦う術がないのだから。
***
相手に、蹴りを入れながら滉は舌打ちをする。
滉とダニーロが戦うところだけ、雷雲が立ち込めていた。ピカリと光り、稲妻がたった今滉がいたところをピンポイントに狙ってくる。それを何度か繰り返し、転がったり、ひねったりしながらすべて紙一重で避けていた。
「すばしっこいな」
歯でがりっと飴(かどうかはわからないが)をかじりながらダニーロが言った。
「……こんなこともできるんだぜ?」
避けた拍子にそう言いながら滉は素早くナイフを投げた。それは一直線にダニーロに向かっていき、ダニーロは口笛を吹く。
「でも、届かないだろ?」
「分かってるじゃん」
滉が言ったことにダニーロは笑いながら答えた。ダニーロの後ろから、突風が吹く。滉は思わず顔を歪める。雨のように降って来ていた稲妻はいつの間にか終わり、滉はダニーロと対峙していた。
「武器を投げてもダメ、近づけもしない。天候を操るなんて神のような技よく手に入れたな」
皮肉じみた滉の言い方にダニーロは笑みを浮かべる。ポケットから出したものを口に放り込んだ。
「お褒めに預かり光栄、だな」
「はっ、バカ言え」
手の中に片手に三本ずつ合計六本のナイフを手にしていた。出かける前、一応テントの中から十本ほど持ってきている。滉はそれを隠しもせず、ダニーロの周りを勢いよくまわり始めた。
「何すんの?」
ダニーロの声を聴きながら滉は一本ずつダニーロに向かって投げて行った。
***
ナイフとナイフがぶつかる音が響く。ドゥッチオがリナの攻撃を防いだのだ。
これも効かないか。時を操る相手に警戒してリナは一瞬で距離を取る。その時に周りの状況を同時に理解する。
全員が全員、相手に苦戦を強いられている。地面をこすり、自分の動きを止めてからリナは構えた。
最悪な状況だ。しかし、勝たなければ、亜妃は救われない。否――救えない。
構えながらそう思う。自分の考えに思わず顔をしかめてしまった。目を瞑って深呼吸をする。ドゥッチオを視界に捕らえた。
「おい」
少し遠くにいるリナに聞こえるようにか、声が心なしか大きい。
「取引しないか?」
思いがけない申し出に、リナは眉間に皺を寄せた。
***
彩里は懸命に王の治療を続けていた。体の内部から細菌を全部取り除き、その細菌への抗体をつくる。そして王はもう二度と今かかっている病気にかからないようにする。
治療を始めてから十分以上が過ぎただろうか。身体の三分の二ほどの細菌を取り除けたとき、王が口を開いた。
「ありがとう」
感謝され、少し複雑になる。病気を治せる、怪我を治せる。そして、病気に関してはそれに適した薬や抗体をつくることもできる。またその知識も。思わず、拳を握った。
「あ、ありがとう何て言わないでください」
思わず敬語になる。王だからか。後ろで、皆が戦っている音がした。一番近くで戦っている亜妃を見てから、握った手を開いて、細菌を取り除く作業を続けた。
「あなたのせいで、わたしの仲間は戦っているも同然なんですから」
彩里の言葉に王はゆっくりと目を閉じた。
***
いきなり現れた拳に、用意していたナイフを突き刺す。亜妃はその拍子に体を曲げ、距離を取った。
「痛いな、おい」
「おいって、あんたの戦いを一番そばで見ていたのは、あたしなのよ?」
だからどう戦うのかも熟知しているつもりだ。そして、それを対処する方法をいつも考えてきた。
「あたしは、あんたに勝つ」
ゆっくりとナイフを構える。体中に仕込んでいたナイフは、もう、最後になっている。地面にバラバラに落ちているのを拾っていくしか武器は調達できない。
「どうやって?」
ジェラルドは目を細めた。ジェラルドの戦いを一番そばで見ていたのは、亜妃。裏を返せば亜妃がいつもどのようにして戦いを見て来たのか分かっているのはジェラルド。そのときの表情を行動を、少し考えればわかることだ。
「亜妃、お前は自分が唯一俺に対抗できると思っているのだろう?」
構えたナイフを、ジェラルドに向ける。亜妃は何も答えない。
ジェラルドもそれを見て笑う。
「ま、俺に勝てるのはいないだろうな。現状の七人才に。お前の戦い方だって俺が一番見てきている。所詮、あの女に習った技術だろ? そのナイフを使うのは」
手に刺さったナイフを抜いて、ジェラルドは言う。痛々しげな光景だが、ジェラルドはどうも〝痛い゛という感情を忘れているようで、どこか人と違った。
そんな人を、亜妃はずっと守りたいと思っていた。救いたい、そしてそばにいたい、と。決して誰にも言えないが亜妃が七人才に入って良かったと思える唯一のことだ。――ジェラルドという存在は。今のこの状況に矛盾しているが。
「そして、それにオリジナルのアレンジを加えた。それは亜妃、お前が考えたものだ。だが、その身のこなしは? その構えは? 体術をたたえこんだのが誰か、お前が忘れたわけじゃないだろう?」
首を肩に乗せて、ジェラルドは笑う。にやりと口角だけ上がった本当の笑いではない、笑いだ。亜妃は恐怖に体を震わせた。ナイフを使いながら戦うのは彩里から教わった。ただ彩里からは、ナイフの扱い方を、学んだだけだ。
つまり、亜妃の体術の根本はすべてジェラルドから教えてもらったものなのだ。
「だから、なによ?」
亜妃の反抗的な声に、ジェラルドが笑うのをやめる。
ジェラルド。あたしはあんたが好きなんだ。――いつからか心の中で思っていたことだ。そばにいて、少し行き過ぎたところがあるのを理解している。きっと颯希が現れなかったら亜妃は一生ヴィパルで過ごしただろう。それもきっと悪くないはずだ。だが今は、偽りのものより本物の自由を手に入れたいと必死にもがいている。絶対的な力の差をたやすくひっくり返すことなどで気はしないとわかっている。それでも。
「……それを倒すしか、あたし達が、自由に生きる意味がない。自由になれないんだ」
急に周りの音が鮮明になる。リナとドゥッチオが何か話している。彩里も、王と何か話していた。滉は相手の攻撃に耐えている。亮は、戦い方を探しているような。
「あたし達は、あんたに、連れてこられた、と。颯希は、言った」
単語が切れる。ここに来れて、少し救われた。暖かな人に出会え、自分のやりたいことができる。容姿があまりにも日本人離れしているからといじめられたあのころとは違う。自由と、快感を味わえられた。ただ、そこからが地獄だった。ただ一人の権力者に支配されるのは恐怖だと感じていたのはいつからだろうか。そしてそんな人物に好意を抱いてしまったことはいつだろう。
息が乱れた。深呼吸をする。ジェラルドは無表情だ。
「そうだ。俺があの颯希と言う女以外を、地球から引き入れた。文句はあるのか?」
「…………ある」
言葉に詰まる。あると言った。しかし、本当は心のどこかで救われた。そう感謝している自分がいた。今、地球に戻ったところでどうにかなるなんて考えていない。得た事実は変わらない。ただ、それを消すことを望んだ。
「あたしたちは、来たくもない土地に放り投げられて、恐怖だった」
「自由を得れた。それは、快感だった。……ちがうのか?」
ジェラルドの言葉が刺さる。どこに、とは言えなかった、ただ体のすべてに刺さった。正しかった。
「でも、それで苦しんだ人もいる」
ここに来て、自由を得て。それで起こしてしまった罪を被る人がいる。
「だからなんだよ。苦しんだ、でも自由を得た。それは嬉しい。でも苦しい。人間はそれだから面倒くさいんだよっ」
下唇を噛んだ。勢いよく吐き出されたその言葉は、ジェラルドの本心に近いだろうか。
「だから、時間を戻して、あたし達をここに来る前の状態にする。そして戻る。あんたの、空間をゆがめる能力で、地球とヴィパルをつなぐ道を作って」
ジェラルドは少し、考える表情を見せた。




