40-オクソク-
「俺は、お前らを助けてやってもいいと思っている」
いきなり、ドゥッチオが言った。リナは目を瞬いた。
「……信じられないな。貴様は常に、亜妃様と対峙していた者だ。亜妃様に使える私にとって貴様は唯の邪魔者だからな」
「そうか。でも、俺はそう思うぞ」
「だが貴様は、亜妃様の能力によって大量に捉え得ていた子供たちの時間を戻したのだろう?――貴様の能力で。明確な裏切りだ」
「……それもそうだな。だが俺はお前ら、全員悪いとは思っていないぞ? 俺自身本当は子供たちを誘拐するのには心が痛んでいたんだ。それでも、あいつのジェラルドの力に怯えてただ言う事を聞いていた」
リナは目を細めた。本当に、そう言っているのだろうか? 疑いの感情しか湧き上がってこない。詰まるところ、信じられないだけだ。
「だから何だと言うのだ? 取引の内容を言え。そして証拠を見せてもらおう。絶対に裏切らない証拠を」
後ろに回した手で、リナはナイフを構えている。ドゥッチオとは、一歩で届く距離まで近い。時間を戻すという、離れ業を持つ敵に近寄れるチャンス、倒すチャンスは今しかない。分かっていても、動けなかった。相手が提示するものが、亜妃にとって利益となる物ならばそれを聞くべきだと思ったからだ。頷くドゥッチオに少し警戒を解いた。
「俺は、ジェラルドに命令はできない。地球に戻る術に関しては、何も分からないが地球全体の時間を戻すことも、ヴィパルの時間を戻すこともできる」
「……だから、何だ?」
相手が、何を言いたいのか、分かった気がした。しかしあえて聞く。亜妃が望む、ヴィパルの記憶がなくなり、ここに来る前の、まっさらな状態に戻せるのだとしたら。
「ここに来て嘆いたあいつらの記憶と、あいつらの成長、周りの環境、全てを戻せる。ヴィパルの時間も、地球の時間も戻せる。ここにいたという事実が俺の中にあるだけで、あいつらここに来る前のまっさらな状態に戻せるはずだ」
ああ、取引に応じようと思った。
***
戦闘開始から、七分が経過しようとしていた。普段なら短くてあまり気にならないような時間でも、今は体全体に重くのしかかるただの枷にしか感じられなかった。額にうっすらとかいた汗をぬぐって、彩里はふと思う疑問を口に出す。
「王は、アンナ王女とどのようなご関係だったのですか?」
情報収集。建前はそうだが彩里個人としての興味でもあった。
王は少し辛そうに、ぽつりと
「幼いころのなじみだ」
と言った。
幼馴染か、と体中を蝕んでいた病原菌をあらかた取り終ったとき、彩里は思った。
「なぜ、今あなたが王位を継いでいるのですか? ……文献によると、アンナ王女はたったの二年しか王として働いていなかった。王家の印を持つ者は同時に、現れない。現れたとしても、それは確実に年の離れたものでしょう。なぜあなたに――同じぐらいの年のあなたに――王家の印が現れたのですか?」
じわっとかいた汗を拭きとり、彩里は王に残る風邪に似ている症状に聞く薬草を思い浮かべた。エルシリアに出してもらおう。颯希が勝利しているのなら。
「そうだな、私がアンナに一番、近かったからだろうか」
「……アンナ王女はその、消えた、のですか?」
王はしばらく口をつぐんだ。少し生気の戻った瞳が彩里を捕らえた。颯希と同じ瞳だ。王は息を吐きながら言う。
「ああ。ただ、なぜ消えたのか、どこに行ったのか分からないままだ」
王は知らないのか、と彩里は思った。
ここからは、彩里の憶測だが、アンナはきっと地球に行った。ただそれが故意なのか、事故なのか分からないが地球に行ってしまったのだろう。そこで颯希の祖父と出会ったのだ。颯希の母か父を産み、そして、颯希が生まれた。大体の道筋がこうで、多分、その颯希がヴィパルに来たことで颯希に王家の印が出て、次期王が今ヴィパル(ここ)に存在していないのだ。
目の前にいるいつの間にか眠った王を見て、彩里は力なく、その場に座り込んでいた。
***
右から殴り、その反動で左足を軸にして右足で蹴る。その時足を掴まれたため、振り払うために左足を地面から離し、体をひねった。そのまま、後転飛びをする。
「いい動き、さすが」
後転飛びをする一歩前に、鳩尾を殴られ気を失いかけた。人を褒めながら攻撃するなんて、どっちの方がいい動きなんだ。鳩尾に触れるだけで、激痛が走る。歩くのも困難なほどに、強い打撃を貰ってしまった。
「ありがとう、って言いたいところよ」
少し屈んだ状態から、体勢を変えると痛みが走る。時間稼ぎをするか。大したものにはならないだろうが、先ほどから一つ引っかかっている事がある。それを聞き出そうと思った。
「ねえ、ジェラルド。あんたさっき、〝あの颯希と言う女以外を〟と言ったのよね」
ジェラルドは一瞬、きょとんとした顔をしたが、すぐに戻った。何が言いたいのか分かったようで、にやりと笑い、肯定する。
「ああ」
亜妃は目を細めた。颯希以外を、つまり、亜妃・滉・彩里・亮をヴィパルに引き入れたのはジェラルドということだ。なら、颯希は? 颯希はなぜ、ここに来ることができる?
「颯希はあんたが引き入れた。そうではないってこと? あんたが颯希を王がいるところまで連れて行ったとき言ったことは嘘、ってこと?」
「ああ」
「じゃあ、なぜ颯希はここにいる?」
ジェラルドは地面に座ると亜妃を凝視した。亜妃もジェラルドを見返す。
「……そうだな、これは俺の憶測だがあいつの祖母が、先代の王・アンナ・フェシュネールが――あっているか分からんが――消えたというのはもちろん、地球に行ってしまったということだ。この話は、五十年ぐらい前のモノで俺は当時、当然存在していないわけだから誰かがアンナ王女を地球に飛ばした、なんてこともないはずだ。俺の能力は、俺が生まれる前に存在していたという事実はないからな。まあ七人才に入っていないでその能力を持つ者がいたかも限らんが。
つまり、俺が思うに先代王女にあの女はそれぞれの土地に欲されている、もしくは欲されていたと考えている」
それぞれの土地がそれぞれを欲している? ――突拍子もない考えだ。仮にそうだとしても、王女が地球に欲される理由はないだろう。
亜妃は息を吐きながら、軽く鳩尾に触れた。考えるのも、身体を動かすのも今は苦だ。
思いのほか長く話してくれるジェラルドに驚いている。こういうのは、はぐらかしてさっさと戦闘に戻るものかと思っていたのだが。
視線をずらし、彩里を見た。どうやら、王の治療は終わったようで、疲れたように座り込んでいる。鳩尾を治してもらいたいが、それをするための時間がなかった。ジェラルドにはもう少し話してもらうか。そう思い、前々から疑問に思っていたことをすべて聞いてしまおうと行動した。
「颯希は、唯一、地球とヴィパルを行き来できる。なぜ?」
「お前、答えをすべて俺に求めるのか?」
「あら、悪い?」
「いいさ、別に。…………この土地は、|颯希(あの女)を欲している。だが、地球に住む者の血が流れるあいつは、地球からも欲される存在だと、俺は考えている」
その考えしかないのか。先ほどと同じことを繰り返したジェラルドは亜妃をじっと見ていた。ちらりと見えた彩里は自分の仕事が終わったようだ。もう戦う理由がない。ただ一つだけ、聞きたいことがあった。ここにいる、自分について。ここに来ている自分について。
上を向くと、空がきれいだった。きれいな青空で、雲が映えていた。
「じゃあ、なぜあんたは、あたし達をヴィパルに引き入れたの?」
最後にその理由だけでも、知りたいと思った。
***
口の中にたまっている血を吐き出した。
亮は先ほどから、目を守って戦っていた。
戦いのさなか、敵が手を突き出し何事かと思った瞬間、目つぶしだと理解する。感覚がない亮だったが、感覚がないのは逆に好都合だと思っていた。しかし、目をつぶされたらおしまいだ。直感的にそう思った亮はいつもぎりぎりで交わし、目を守り続けた。
「反応が鈍いな。どうやら、私は楽な相手に当たったようだ」
言われた瞬間、カチンときた。目つぶしのために伸ばした相手の腕を両手で握り、叫びながらそのまま地面にたたきつける。マノロの口から鮮血が飛ぶ。
「どうした? 俺は楽な相手に当たってラッキーだ」
もともとでかい亮より、十センチ程度でかいマノロはゆうに百九十センチはあるだろう。倒れこんだ相手の背中を思いっきり踏みつけながら亮はいつになったらこれが終わるのかを考えた。
***
小さい体を駆使して、滉は横に広いからだを持つダニーロの後ろに回った。相手を殺さないように、しかし動きを封じるようにあまりためらいもなくナイフで両足を刺した。足からまだ暖かい血が出る。
ダニーロは叫びながら体をねじり、手を振り下ろした。その瞬間、滉は避けるが、滉がいたところだけが黒く焦げている。
「おっさん、趣味悪い。人を焦がすのがそんなに好きなのか?」
ダニーロの足を刺した時にかかったのか滉は、自分の顔についた返り血を袖でふき取りながら言った。ダニーロは悔しそうに、痛々しく顔を歪めた。
戦闘開始から7分。前話での治療開始から10分。矛盾ではなく治療は城にいた頃から始まっているためである。




