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7 デート?

 金獅子一行がロアの街を出立して二十と九日。一行は夕暮れの中、長蛇の列の最中にいた。場所はライクロイック王国、王都ハロルド。その南門。王都の名前は、この国建国の王とされる、ハロルド・フォン・ライクロイックの名前が由来らしい。そんな会話をしながら列に並ぶ一行を、正確にはその中の一人を、同じく列に並んでいる冒険者や商人たちは見ていた。見ている対象は、何を隠そう俺である。

「やっぱり目立つんですかねぇ、これ」

 そう言って俺は鈍色の鎧に似たそれ、パワードスーツ試作七号機の胸部装甲をとんとんと叩く。

「そりゃお前、目立ってるからこうなってるんだろ」

 ラッシュさんは俺の頭部パーツを見上げ、あっけらかんと言い放つ。

 今の俺の目線は二メートル近いラッシュさんよりも高い。身長として計測するならば二三〇センチといったところだ。初期型からの改良点はいくつかあるが、まず肩パーツ。以前は鎧を参考にしていたが、そもそも転移で着るのでロボットのプラモデルのように腕の関節を通すように設計しなおした。また腕を通す部分である胴体との接合部が回転するようにし、可動域の確保もばっちりである。続いて各関節部。ここは一部露出するところがありウィークポイントでもあったが、大量に狩った魔物や動物の皮を利用し、物理障壁と魔術障壁を施すことで柔軟性と耐久性を両立させている。次に胴体。肩当てが独立した肩部装甲に変更されたことにより、背中から張り出すように設置していたスラスターユニットを独立化させ、ランドセルタイプに変更。追加パーツとしてこの背部スラスターユニットに接続する魔石を内蔵したプロペラントタンク付き長距離航行ユニットも制作済みである。最後に脚部だが、膝下を伸長させた以外は大きな変更はない。しかしその変更によって全高が大きくなり、また中型の魔石を内蔵することにより全力稼働した時の魔力枯渇までの時間を計算上五〇パーセントほど増加させた。なおライフルの方も手を加えており、見た目は全長が二割ほど伸びた太めのモシン・ナガンに鍔の極端に短い四〇センチほどの銃剣をくっつけたような見た目をしている。もちろんマガジンは脱着式だしボルトアクションではない。なお銃剣の柄の部分には魔石が搭載されており、任意で銃剣になったり左手の格闘ユニットに装着されるようになっている。また銃剣の格闘ユニット搭載時はカタールのように扱うことができ、また雷系魔術を利用した電磁加速により超音速の刺突ができるようにされている。微妙にある鍔はこの電磁加速時に飛んでいかないようにするためのストッパーである。

 過剰火力とか言ってはいけない。電磁加速は男の子のロマンだ。ちゃんと物理をやってて良かった。

 銃の発射機構は今まで通りだ。弾丸にまで電磁加速を施すと本当に洒落で済まない火力になるし、そもそも弾の原料は土塊かゴムなので電磁加速できないという問題があったりする。また頭部パーツも据え置きであるが、魔術システムには手を加えた。誤射防止に弾道予測線を追加したのである。あとレーダーっぽい見た目が欲しいなと思ってしまったことにより左側頭部にブレードアンテナっぽい装飾品を取り付けたところ、なんとサーチとロックオンの効果範囲が伸びた。かくもこの世界でイメージとは大事であると認識させられた一件であった。

 ちなみに背部スラスターユニットの横に懸架パーツを取り付けたため、今のような非戦闘時には格納したライフルは肩に背負っているようにも見える。いつぞやにキール支部長が少々変わった鎧と言っていたように確かに知らない人間から見れば変な槍を背負った変な鎧を着た変な奴としか認識のしようがないのだが、その絶妙なアンバランスさ加減はまさしく異形でもあった。

 長蛇の列が進んでは止まる。もちろんこの鎧は超圧縮した土塊の表面をこれも圧縮した鋼で覆っているため重量は軽く一トンを超えるのだが、例に漏れず重力魔法のおかげで質量は高くとも重さ自体は一〇〇キロ程度に抑えられている。なので歩いても硬い地面にわかりやすい足跡が出来たり重い地響きをさせたりなんてことは無い。

 やれどこぞの貴族様だのやれ家紋が見当たらないだの推測と憶測が強化された聴覚に伝わってくるが気にしない。俺の鎧姿を認知させ、この姿で活躍するのが次の段階だからだ。実際にこの姿を見ていないキール支部長が雷を落とすのは目に見えるが、ラッシュさんは報告しないだろう。何故なら改良は基本的にラッシュさんの前で行い、ゆっくりと慣れさせたからだ。だから今の俺の姿に対するラッシュさんの反応は若干薄い。人はこれを洗脳ともいうが、スペック自体はキール支部長も知っているので問題は無いはずだ。要はこの世界の常識を超えた力を見せなければいいだけなのである。

 そんなキール支部長が聞いたら雷では済まさなそうな事を考えながら列を待っていると、ついに俺たちの順番がやってくる。

「ハイ次の方……うぉっ⁉」

 列を捌こうとした係りの人が俺を見て素っ頓狂な声を上げる。

 皆がアイテムポーチからギルドカードを出し、俺もアイテムボックスからギルドカードを出して提出する。数秒待って係りの人が再起動すると「仕事仕事」と俺たちのギルドカードを確認し始める。

「あー、そこのフルプレートメイル……フルプレートメイル? の方、兜を脱いで顔を確認させてください。懸賞首や犯罪者だと困るんで」

 言われたので鎧を脱ぐ。兜だけでないのは脱ぎ着が全体で連動しているからだ。

 パワードスーツが軽く光を放ち、地面から六〇センチほど上に放り出された俺はレヴィテイションを使ってふわりと着地する。

「すぐ着れる鎧とはずいぶん高価なものをお持ちで。……はい。確認できましたよ。ようこそ王都ハロルドへ」

 ギルドカードを返却してもらい、俺は再びパワードスーツを呼び出す。呼び出すたびに脳裏で「殖装!」と規格外品が浮かんでしまうのはご愛敬だ。今のところ見た目はどちらかというとジェネリック扱いされていたロボゲーなのだが。

「ねぇシグルド」

 ミアが頭の後ろで手を組み、後ろ歩きしながら俺の方を見る。

「はい?」

「いや。もう王都に入ったんだから、また鎧着る必要なかったんじゃない?」

 そう言われて俺を含めたミア以外の全員が「あ」と口を揃えた。

「確かに街の中で着る必要はないわな」

「ずっと着っぱなしなので違和感を忘れていました……」

「……快適なのがいけない」

 体格が近いこともあって一度興味本位で着せてみたことのあるリューグが最後に忌々しげに言う。

 今の季節は秋頃。動いていればそうでもないが、立ち止まれば若干寒いかといった具合の気候である。そんな中俺のパワードスーツは局地戦も考え体温調節機能も搭載してあった。つまるところ、着ていれば極寒の吹雪の中だろうが灼熱の太陽の下だろうが適温なのである。ちなみに機構を取り入れるにあたって店で売っていたペンダント型の体温調節の魔道具を買って参考にした。物自体は俺はもう作れるし、女物だし、イリスさんには可愛すぎるしということでミアに送った。今もそのペンダントはミアの胸元に仕舞われている。

「でも快適なだけじゃないよね~」とミアはいつものようにチェシャ猫のような笑みを浮かべる。

「単純にその恰好が気に入っているとあたしは見た!」

 ビシッと指を俺に突きつけるミア。なんの反論の余地もなく図星である。

 もともと初期段階でも全力稼働しなければ魔力枯渇に陥らないことは分かっていた。低速飛行状態で徐々に魔力が減っていくかなといった感覚である。今の強化を重ねた試作七号機でも非戦闘状態で歩いているだけなら魔力枯渇寸前の状態から一時間はかかったが回復する兆候さえ見られた。つまりは適切に休憩を挟めば戦闘を経てもずっと着ていられるのである。もちろん快適さもあるが、この試作七号機は性能重視で見た目はある程度やっつけ仕事だった試作一号機から五号機までとは違い、六号機を経て見た目にもこだわった渾身の出来なのであった。気分は恥ずかしながらヒーローやヒロインの変身セットを着たままお出かけしようとする幼稚園児のそれである。

「そりゃあ、趣味全開で作ってますからね」と俺はパワードスーツをアイテムボックスに格納しながらミアの言葉に是と答える。その様子を見ていた王都の通行人がギョッとした顔をしていたが、王都ともなるとすぐ着られる鎧を所持している人も見たことがあるのか特に騒ぎになるでもなく普段の喧騒に戻っていく。

「さすが王都。シグルドの変な鎧くらいじゃ騒ぎにもならないや」

「騒ぎになられても困るんですけど」

 俺は通過してきた小規模な農村での出来事を思い出して遠い目をする。

「貴族が来たのかと勘違いされてましたものね」

 ふふっとイリスさんが思い出し笑いをし、リューグは「自業自得」と呟く。

 すべては語らないが、ギルドカードを見せて「ただの冒険者です」と誤解を解くのが非常に面倒だった。すべてはパワードスーツを着ていたせいと言われればそれまでなのだが。

「で、もう日も暮れるし宿ですか?」

「ああ。シグルドは俺と一緒にギルドな」

 三人と別れ、ラッシュさんについていく。携帯電話などの個人間長距離通信手段がないこの世界では土地勘のない場所で分かれることなど普通はしないが、俺たちには俺が作ったビーコンがある。サーチを使えるイリスさんもリューグも個人の判別はつかないものの短距離でのビーコンの位置特定はできるようになっていた。ちなみにラッシュさんとミアはサーチを使えない。使わないのではなく使えない。二人は俺やイリスさんとは逆に全属性に適性がないためである。なので己が手足のように扱える武器に強化や属性を付与したり身体強化をすることができても、二人は体外に魔力の波を飛ばすサーチが使えないのだ。ついでに言うとリューグは無属性の他、風属性に適性がある。身軽に見えるのは風属性系統の移動魔術を駆使しているかららしい。

 時折道を思い出すようにしながら進んで行くラッシュさんの後を俺はついていく。

「王都には以前にも?」

「ん? ああ。イリスやリューグと出会う前だな。ここがホームだったんだ」

 そう言いながら、俺が聞いたタイミングが悪かったのか「道を間違えたかな?」とぼやくラッシュさん。自分の記憶が信用できなくなったのか近くの冒険者らしき人を捕まえて道を聞くようだ。

「いや、すまん。一ブロック勘違いしてた」

 そういうラッシュさんに続いて道を曲がる。しばらく行くと、ロアの冒険者ギルドよりも少し大きな建物が見えてきた。看板には冒険者・商業ギルド南町出張所と書かれている。

「出張所?」

「本部は北町にあるんだ。でも全方向から出入りがあるから不便だっていうんで作られたらしい。王都はデカいからな」

 確かに南門から入ったらいちいち北町まで行くのは大変そうだ。

 一人納得してラッシュさんと一緒にギルドに入る。どうやら中は右手が冒険者ギルド、左手が商業ギルドになっているらしい。ロアやベルヌのギルドと比べると調度品のせいか少し格式高い印象を受ける。そんなこと感じながら俺が受付の列に並ぼうとしていると、ラッシュさんは何を思ったか依頼ボードの前へと立って俺に手招きをした。

「どうしたんです?」

「いや、ちらっと見えたから確認に来たんだが。あの依頼、見て見ろ」

 そういってラッシュさんが指さすのは一枚の依頼書。内容は、ウィンドレオの捕獲。生死は問わず。傷の少ないものを求む?

「剥製にでもするんですかね?」

「多分な」

 そう言って目配せする俺とラッシュさん。

 実のところ、俺のアイテムボックスにはウィンドレオが入っている。パワードスーツの性能試験がてら俺が一人で狩ったのだ。

 ウィンドレオは風魔術を使うだけあって足が速く、また危険度も高い。そんな相手をどう倒したかと、至極簡単なことだった。まず、足が速いと言ってもパワードスーツの制限された速度と同等程度。一秒で五十メートル程だ。そんなに早いわけではない。あとはオートエイムに任せて衰弱弾をしこたま打ち込み、動けなくなって倒れこんだところを銃槍で心臓を一突きにしたのである。ちなみに麻酔弾は効かなかった。

 食えないが好事家に売れるから持っていこうと言われて持ってきたが、タイムリーな依頼があるとは驚いた。

「それにホレ、こっちも」

 もう一枚指を指された依頼を見てみると、ジャイアントボアの肉の確保、と書いてあった。

「両方ありますねぇ……。え、受けて即完了っていいんですか?」

「別に討伐依頼じゃないからな。基本依頼の方が換金率も高くなるし、あれば儲けものって感じなんだが……」

 二つもあるとは珍しいとラッシュさんは苦笑いを浮かべながら二枚の依頼書を取る。

 受付の列に並んでいると、順番はすぐに来た。

「冒険者ギルドへようこそ。本日はどのようなご用件ですか?」

「依頼の受注と完了報告と、解体と買取を頼みたい」

二枚の依頼書を差し出すラッシュさんの言葉に受付嬢は目が点になる。だが

理不尽なことは慣れているのか、すぐに再起動して仕事に取り掛かる。

「承知しました。えっと依頼は……ウィンドレオの捕獲とジャイアントボアの肉の確保ですね」

「じつはその依頼の獲物を持ってるんだ。シグルド」

 言われたのでまずウィンドレオの頭を出して見せ、続いてジャイアントボアの頭も出す。

「ああ、受注と完了報告ってそういう……。ぁっ、失礼しました。ジャイアントボアの方は問題ないと思います。ですが、ウィンドレオの方は要件に満たない場合は受け取りを拒否させていただきます。その場合は再度捕獲していただくか、依頼の放棄となり、放棄の場合は違約金が発生しますが……」

 よろしいですか、と受付嬢は遠慮がちに聞いてくる。

「構わない」

「では受注とさせていただきます。依頼書を持って奥の解体所までお越しください」

 解体所に向かえと言われたので列を離れて天井の釣り看板を目印に解体所へと向かう。解体所の雰囲気はロアのギルドとさほど変わりなく安心感を感じた。だが一つ、どうしても無視できないものがあった。一人のエプロン姿の女性だ。だがその頭の位置が、かがんでいるというのに俺の胸あたりの高さにあるというのはどういうことなのか。

 ラッシュさんは特に気にした様子もなく解体職員を捕まえて事情を説明している。

「ミルドレット姐さーん、ウィンドレオとジャイアントボアの査定だよー」

 ラッシュさんが話していた解体職員が奥に声をかける。屈んでいた巨人女がこっちを向いた。その手には巨大な肉断ち包丁。ずた袋を装備していればどこぞの毒沼に居そうな名前である。

 というか、やっぱりあなたがここの長なんですね。だってロアのおやっさんと同じ雰囲気なんだもの。

「いらっしゃい。で、獲物はどこだい?」

 見上げる。声が上から降ってくる。

「ミルドレットさん、あまりシグルドを怯えさせないでください」

「あん? お前……いやまて。どっかで見たなその顔。えーっと……あぁ、思い出した! ラッシュじゃないか! 元気してたかい⁉」

 歳は食いたくないねぇと言う巨人女、もといミルドレットさんはラッシュさんの肩をバシバシと叩く。見た目は、単にデカいことを除けばすごくグラマラスなオバチャン。有名な怪盗の三世が出てくる漫画の女怪盗が年を重ねればこうなるかな、という姿と言った方が分かりやすいか。こんな時期だというのに上半身はさらしを巻いているだけだというのが何とも言えない。

 ラッシュさんと比較すると身長は四対五ぐらいだ。だから……え、俺のパワードスーツ状態よりもデカいの、この人?

「お、お知合いですか?」

「俺がこの街にいた頃にな、世話になった。でも北町の本部で解体職の統括をしてたはずじゃ?」

「んなもんジョシュアに譲ったよ。あいつの方が腕も確かだし、仕事も丁寧だからね」

「そうか。あいつも出世したのか……」

 感慨深げなラッシュさん。そのジョシュアさんが誰かは分からないが、付き合いのあった人だというのは分かった。

「んで、ラッシュ。獲物はどこだい」

「その前に紹介を。うちのパーティーのシグルドです」

「どうも……」と声に出すのが精いっぱいだった。単純にここまで対格差があると怖い。決して肉断ち包丁の鈍い輝きに怯えたわけではないと思いたい。

「あんた、小巨人族を見るのは初めてかい?」

 俺が頷くとミルドレットさんはエプロンを脱いで脇に置き、俺の脇に手を入れてをひょいと抱き上げるといきなり抱きしめた。解体した獲物の血の匂いに混ざっていい匂いがする。

「これがうちらの初めて会うやつらに対する親愛の挨拶だよ。覚えときな」

 絶対嘘だ! と思いつつラッシュさんに視線をやると「俺も初めて会ったときやられた」とこぼしていた。そもそも小巨人族は大陸南方に少数いる種族のため、ラッシュさんもミルドレットさん以外に会ったことは無いらしく真偽は不明である。

「で、獲物は?」

 ミルドレットさんの三度目の要求により俺はアイテムボックスからウィンドレオを取り出す。それをミルドレットさんは片手で首根っこを掴んで持ち上げた。

 体長二メートルはあるウィンドレオが子猫のように持ち上げられ、俺は唖然とする。その胸からはだくだくと血が流れ続けている。

「お、活きがいいね。とりあえず血抜きの準備だ」

 ウィンドレオが血抜き台にセットされる。剥製にするそうなのであまり皮に傷を付けたくないらしく、俺が付けた切創から血を抜くようだ。

「で、ジャイアントボアの方は?」

 言われるがままにアイテムボックスからジャイアントボアを出す。俺のアイテムボックスに時間経過が無いことが分かってから血抜きもしていない。その辺はプロに任せた方がいいからだ。四体ほど積み上げて、ミルドレットさんにお伺いを立てる。

「これも血抜きが必要か。血抜き台足りるかな……」

 よっこらしょ、とジャイアントボア二体の口に指を引っかけて両肩に背負いながら運ぶミルドレットさん。もはや何も言うまい。

「あの、他にも解体していただきたいんですけど……」

「まだあんのかい⁉ ったく、とりあえず全部出しな」

 と言われてもあと一頭しかいないのだが。取り出したのはブッシュサーペント。立派な顎髭が特徴的な茶色い蛇だ。俺が衰弱弾を打ちつつリューグがヘイトを引き、ラッシュさんが止めたところをイリスさんの付与強化を乗せたミアの一撃で仕留めたものだ。

 俺一人で狩った方が楽とかは言っちゃいけない。パーティーで力を出し合うのも楽しいものだ。

 ミアの一撃で首から上が泣き別れになった二〇メートルはあるブッシュサーペントをでんと置く。にわかに解体職員が色めき立った。

「ブッシュサーペントか。大型の蛇系の魔物の解体持ち込みは久々に見たね。……これで全部かい?」

「はい」と俺は答える。旅路の途中でゴブリンなんかはそれなりにに狩ったが、それは魔石ぐらいしか価値がないのでその場で解体して魔石だけアイテムボックスにため込んでいる。オーガあたりが居れば皮が鎧の材料になるらしいので持ってきたのだが、生憎とベルヌから王都までの間にはいなかった。ロアの西、山脈周辺に少数生息しているのは、やはりダンジョンの存在が大きいらしい。

「うん、腹に傷があるくらいだね。これはいい値がつくよ」

 期待しな、と血抜き台にブッシュサーペントを運びながらミルドレットさんは笑顔を見せる。最後に持ってきた依頼書に依頼完了のハンコを押してもらって解体所を後にする。なお、出るときに割符を渡された。依頼報酬と買取清算の証明のためだ。これがないと報酬がもらえない。

「なんというか、すごい人ですね」

「いろんな意味でな」とラッシュさんは割符をアイテムポーチに仕舞いながら笑う。

 俺とラッシュさんはサーチを使いながら宿を探しに行った三人と合流に向かう。

 宿は街の中心に近いほど高級宿が多くなり、外壁に近いほど安宿となる。これはどの町でも基本的には同じだ。ただこれは宿の値段だけの話であり、サービスは一定の基準はあるがピンキリである。それを考えると、ロアの跳び兎亭は中堅寄りの安宿だったが、サービスは良かったと言える。

 今回選んだのも、跳び兎亭と似た価格帯の宿のようだ。なお金獅子の宿を決める基準は、宿に食事処が併設されている場合その食事の質で決める。ミアの獣人らしく良く利く鼻はおいしい食事を外さない。宿は既に六人部屋を取っているようで、一泊お値段銅貨一枚と鉄貨三枚。食事はやはり別料金。

 食事処の席が空いているので先に食事となった。円卓を囲むように座ると、隣に座ったミアが俺の胸元に顔を近づけて鼻をスンスンと鳴らす。

「なんですか急に」

「知らないオンナの臭いがする……」

 目からハイライトを消すミア。その目は問うている。娼館にでも寄ったのかと。

 どう答えたものかと困って視線を向けると、俺と同じように笑顔のイリスさんに詰められるラッシュさんの姿。だが彼は慣れたもので、ちゃんと事情を説明してくれる。するとミルドレットさんの名前が出た時点でイリスさんとリューグは「あぁ~」と同情した顔を俺に向けた。

「何、何。ラッシュの知り合い?」

「知り合いというかなんというか……。ギルドの解体師だよ」

「なにをどうしたらギルドの解体師の臭いがシグルドにこんなにこびりつくわけ?」

 ミア、思いっきりジト目である。改めてことの経緯を説明するが。

「そんなしきたり聞いたことない」

 俺だって聞いたことない。ラッシュさんですら知らない。だが事実だからしょうがない。

「むー」と唸りながらミアは運ばれてきた肉料理をぱくり。次第に眉間のしわが取れてくる。俺も習って大皿に盛られた同じ料理を口に運ぶ。ローストポークそっくりだ。この世界に家畜化された種は無いのでイノシシだが。ハーブ強めでソースの味も濃い。実にミア好みの味付けだろう。イリスさんはソースを少し除けながら食べている。

 俺はワインの方が合ったかなと思いながら強い肉の味をエールで流し込み、今度は温野菜のサラダに手を付け始める。

「で、またすぐに発つのですか?」

 果実水を飲みながらイリスさんが問う。イリスさんが酒ではないのは風呂のせいだ。いつもの泥酔状態で風呂に入るのは危険なので風呂か酒か選択を迫ったら風呂を取った。入浴後に再度食堂に降りて軽いものをつまみながら深酒をしてラッシュさんに回収されていたが、それは俺が知ったことではない。

「いや、今回は調査をする。王都は情報がいろいろ集まっているからな」

 チーズをのせた黒パンを食べながらラッシュさんは言う。王都の冒険者ギルドはこのライクロイック王国にあるギルドの総括もしているらしく、なにかしらの情報が期待できるとのこと。一方で俺たちはお休みかと言うとそういう訳ではない。市井での調査を言い渡された。

「今回シグルドはどうするの?」

「あー、それがあったか」

 普段ならミアが市場での流通、イリスさんが住宅街での奥様ネットワーク、リューグが裏通りという役割分担らしい。裏の情報収集は危険ではないかと思うが、リューグはもともとそちら側の人間らしく問題はないそうだ。

 まず俺の単独行動はNG。ならどこに混ざるかという話だが、裏はいろいろと流儀があるため無理。奥様ネットワークは話に入れる気がしない。となると必然的に決まる。

「じゃあ、明日はあたしと一緒だね」

 ミアはいつものニヤニヤ笑いをしながら俺の頬をつんつんと突く。

「食事中はやめて下さいってば」と言いながら俺はフォークで突き刺したニンジンらしき温野菜を知覚強化を使って正確にミアの口にねじ込んだ。

「むぐっ⁉」

「あと野菜もちゃんと摂ってください。見てますからね、肉ばっか食べてるの」

 旅の中でのパーティーの栄養管理について、現状俺は多少口を出すようになってしまっている。病気をしていた身からすると、食事での栄養摂取には一家言あるのだ。炭水化物、タンパク質、食物繊維、ビタミンなど。この世界では知られていないが人間に必要なものは意外と多い。

 玄米とかあれば率先して確保して皆に食わせるのだが。持ち運びを考えると玄米で米粉パンでも作りたいところだが、日本人としては炊いた米で食いたい。ちなみに俺自身、白米より玄米派だ。あの香ばしさがいい。晩年は消化に悪いからと食べさせてもらえなかったが。

 ミアの口からフォークを抜き取る。むぐむぐと口を動かしていたミアが中身を飲み込んだことを確認して俺はミアの皿の脇に除けられた温野菜を視線で指す。

「あまり好き嫌いすると無理やり食べさせますよ」

 ミアの皿にゆっくりとフォークを差し向ける。が、それよりも早くミアのフォークが野菜を突き刺してその口に運んだ。

「……自分で食べる」

 その言葉を聞いて俺は「それでよろしい」と自分の食事を続ける。

「シグルド。お前、言動が完全に親のそれだぞ」

「む」

 フォークを咥えて俺は唸る。それは良くない兆候であると考える。自立している大人に口うるさくするものではない。行きつくところは自覚のない束縛である。

「気を付けます」

「いや、食事の管理は有難いっちゃ有難いからいいんだけどな。冒険者は適当になりがちだし。そもそも好き嫌いしてるミアが悪いし」

 そういうラッシュさんに今度はミアが口をもごもごさせながら唸る。

 言いたいことはあるが自分に非があるのは分かっている、といったところか。

 酒を飲んでいないイリスさん以外は食後に果実水を二杯ほど飲み、食事を終えて部屋へと向かう。続いてはみんなのお楽しみ、風呂だ。だがすぐには入らない。部屋に入ると俺はアイテムボックスから砂時計を取り出してサイドテーブルに置く。砂時計の時間は一時間。最低でもそれくらいは開けないと飲酒後の入浴は良くないと聞いたことがある。ただ同じ二十四時間制でもこの世界の一時間と元の世界の一時間が同じ保証はない。感覚的にはこちらの方が若干長い気がしないでもない。そんなわけで、この砂時計が落ちきるまでは雑談タイムだ。と言っても話すことがなければ見張りで部屋に待機する係を決めた後は各々好きなことをしていることが多い。ちなみに今日の宿当番はラッシュさんである。

 俺は部屋の奥に行くと、最近新たに作った魔道具を起動させる。魔道具に付与された魔術はもちろんゲート。ロアの自宅の二階、ビーコンを埋め込んだところに同じものを埋め込み、持ち運びができるものとつながるようにしてあるのである。これによって俺以外でも家までゲートを開けるようになった。魔石の魔力切れでゲートが途切れる危険性はあるが、小粒とはいえ大きめの魔石を利用しているため一回満タンまで補充すれば計算上一週間以上繋ぎっぱなしでも問題ない。

 ゲートをくぐってお風呂の準備をし、また王都の宿に戻ってくると皆は各々武器や防具の手入れをしていた。といっても会話がないわけではない。特にミアとイリスさんは女子トークに花が咲いている。

 ふと砂時計を見ると、砂が落ちきっていた。大好きなお酒を控えてまで風呂を楽しみにしているイリスさんが意気揚々とゲートの向こうに消えて行く。俺とリューグはあまり飲まないが、風呂前後の飲酒はあまり良くないという俺の言葉によって金獅子では飲酒は若干節制気味である。元々水代わりに飲んでいるようなものなので、控えたとしても苦ではないらしい。

 そうこうしているうちにイリスさんが帰ってくる。石鹸を使っているので前に比べて肌艶が良くなっている。だが石鹸を使って髪を洗うとやはりパサつくので髪は湯で流して櫛づけるだけだ。

 確か石鹸で髪が痛むのは石鹸水の水素イオン濃度指数がアルカリ性に傾いているせいだったはず。それの何が良くないかは忘れたが、つまりはアルカリ性に傾いた状態を中性に中和してやれば問題ないはず。いや、弱酸性か?

 とりあえず想像の域を超えないので自分で実験するつもりで制作を開始する。作るのは話で聞いたことがある程度のクエン酸リンスだ。俺はアイテムボックスからラモンの実を数個取り出す。

ラモンの実は地球のレモンと似た柑橘系の果実である。この世界では地球と同じように熟す前の酸っぱい状態のものをソースに利用したりもするが、熟したものを果実として食べるのが一般的だ。俺のアイテムボックスの中には、熟す前の緑色のものと熟したオレンジ色のものが入っていた。

ポーションの空き瓶がちょうど良かったの即席で漏斗を作って果汁を入れていく。とりあえずは熟していないほうの実の果汁を。その後に香り付けで熟した果実の皮を絞って入れる。糖分があると髪がべたつくかなと思ったので錬金術に使われる分離の魔術を用いて糖分をより分けて取る。

「イリスさん」

「はい? なんですか?」

「化粧品の保湿液ちょっと貰っていいですか」

 どうぞと許可が出たのでイリスさんから保湿ローションの小瓶を貰う。安い方の石鹸を作る過程でできる液体らしい。石鹸と同じくいいお値段がする。ローションのお礼にさっきできた糖分を粉状にし、熟した方のラモンの実に振りかけて分離の魔術で水分を抜いてドライフルーツにしたものを渡す。イリスさんはラモンのドライフルーツを一口食べると、それを持って意気揚々と部屋を出て行った。

 ドライフルーツをつまみに飲むんですね、分かります。

 保湿ローションを果汁に加える。これを加えたのは生前見た女性向けシャンプーの宣伝などで髪にも保湿が重要とかなんとか言ってたのを思い出し、じゃあこの世界にもある保湿液を入れれば良いんじゃね? という単純な発想である。あとは薄めるために魔術で精製水を作って瓶を充たす。瓶をよく振って攪拌したら完成だ。だが、おそらくこれでもそのまま使うにはだいぶ濃いはず。風呂場で改めて薄めてから使うとしよう。

 作り終えたところでラッシュさんが既に入浴に向かっていた。ちなみにリューグは既に入浴を終えて戻ってきている。ミアはだんだんと入浴時間が伸び、最近は一時間以上入っているのでいつも最後だ。

 そんなミアが、俺の背後にいる。

「で、今度は何作ったの?」

「洗髪用のケア用品ですかね。いい加減頭もしっかり洗いたかったので」

「? でも前に髪に石鹸使っちゃダメって言ってなかったっけ?」

「ええ。これはその石鹸による髪へのダメージを無くせる……予定のものです」

 その言葉にミアの目がキュピンと煌めく。

「具体的には?」

「石鹸を使うと起こるパサつきが無くなるのと、一応予定では髪に潤いが出ます」

「使っていい?」

 いつになく強い口調でミアは言う。その手は俺の肩を掴んで離さない。

「いやさすがに実験しないと使わせられませんよ」

「いつ終わる?」

「分かりません。聞きかじりの知識なんでそもそも成功するかどうか」

 そう言うとミアはがっくりと肩を落とした。だがいつになく強い目で俺を見据えると「完成、待ってる」とラッシュさんと入れ替わりに風呂場に向かう俺の背中に期待を寄せた。

 さて、ひと悶着あったが何はともあれ風呂である。タオル代わりの麻布のようなもので石鹸を泡立て、といっても俺の知っている地球性の石鹸と比べるとだいぶ泡立ちは悪いのだが。石鹸で泡立った布で体を洗う。ここまではいつも通り。いつもならば髪は時間をかけてすすぐだけのだが、今回は試作のクエン酸リンスがある。しっかり流した髪に再び石鹸を頑張って泡立て、洗っていく。洗っているとやはり指どおりが悪く感じ、あのきしむ感じが出てくる。髪をしっかりと洗い流し、ここでクエン酸リンスの登場。風呂桶一杯の水にスプーン一杯くらいと聞いたことがあるのでそれを基準に量を調整。お湯に入れたおかげでラモンのオレンジっぽい香りが微かに漂う。

 俺はリンスに髪をしっかりとなじませる。するとだんだんと髪のキシキシ感が取れてくる。やりすぎても良くないと思ったので、指どおりが良くなったかなと感じる程度の所で止めてしっかりと洗い流す。弱いといえど酸性液。肌荒れには気を付けねばならない。

 約半年ぶりにさっぱりした頭に満足しながら俺は湯船に身体を沈める。

「あ゛ぁ~」と俺の口からおっさん臭い声が漏れた。

 やはり風呂は良い。この湯に身体を沈める感覚は他では得難い心地よさだ。入浴剤も作りたいところだが、生憎と作り方を知らない。果物の皮でも入れてみるくらいしかないか。

 ここで湯船でリラックスし始めた頭が大事なことを思い出させる。パッチテストの存在をすっかり忘れていた。しかしすでに使った後だ。もう遅い。

「ミア……とイリスさんにはしてもらおう。リューグとラッシュさんは……使うかどうか聞いてからだな。今でも気にせず洗ってるようだし」

 俺は十五分ほど湯船に浸かった後、風呂場を後にして宿へと戻った。そして今、俺はミアに髪を弄繰り回されながら頭を嗅がれている。

「はやく入らないと明日に影響しますよ。ただでさえミアは長風呂なんですから」

「シグルドだけズルい」

 ドライヤーを模した魔道具で乾かしたての俺の髪の手触りと、微かに香るラモンの香りがお気に召したらしい。かれこれ五分ぐらいこうされている。特に嫌ではないので好きにさせているが、リンスを使わせろ圧がいい加減鬱陶しい。

「明日になってパッチテストに問題なかったら使っていいですから」

「でもシグルドは使ったじゃん!」

「俺もほんとはしなくちゃいけなかったんですっ。忘れてたの!」

 立ち上がってやいのやいのと言いあう俺とミア。それをイリスさんを回収して戻ってきたラッシュさんが「いい加減にしろ」と止める。

「外まで聞こえてるぞ、お前ら。他の宿泊客の迷惑も考えろ」

 後ろに背負われているイリスさんが「うーん」と声を上げる。その閉じた目がうっすらと開かれ、俺を見、一度閉じてからクワっと開かれる。

 ラッシュさんの背中から降り、つかつかと俺の側まで寄ってくるイリスさん。

 あれ、この人基本泥酔しているはずなのに足取りがしっかりしすぎじゃない?

 だがその吐息はしっかりと酒臭い。気のせいだろうか。

 俺の肩を正面から掴み、イリスさんはその目を眇める。肩を持って前後をひっくり返される。そして後から頭を弄られる。

「ミア」

「まだ駄目だって。パッチテスト? ってのに一日かかるみたい」

「シグルド」

「はい」

「そのテストとやらを。早く」

 ラッシュさんはベッドに腰かけやれやれといった顔だ。かくも女の美への執念とは恐ろしいものである。

 というかやっぱり酔い覚めてるよね。驚いて酔いが覚めるとか聞いたことあるけどあの泥酔状態からここまではっきりするもんか?

 とりあえずミアは風呂に送り出して、イリスさんにパッチテストを実施する。

「自然乾燥を待って一日様子を見ます。それでかぶれや発疹が出なければ使って大丈夫です」

「反応が出ないことを祈ります。切に」

「ところでイリスさん、だいぶ酔ってたはずですよね。大丈夫ですか?」

「へっ?」と声を上げるイリスさん。思い出したように顔を赤くすると「また酔いが回ってきたので先に休ませていただきますね」とゲートの向こうに消えて行く。ラッシュさんの方を見やると「放っておけ」と目で言ってきた。

 一応ラッシュさんとリューグにパッチテストをするか聞くと、一応しておくらしい。ただ材料に少量ながらそこそこ高価な保湿剤を使っているのを見ているため、二人とも積極的に使う気はないようだ。ほんとに少量なので原価はあまり気にしなくても良いのだが。

 ラッシュさんに後を任せて俺も家の自室に戻る。マットレスは新調してある。若干かび臭いのを相談するとミアがすぐさまその鼻で確認し、家ほど高い買い物じゃないからと皆が買ってくれた。そのまだ新しいマットレスに身体を沈める。やがて瞼が重くなり、うとうとし始めたところでバンッと勢いよく扉が開かれる。ミアだった。

「シグルド! あたしのパッチテスト!」

「あ」

 やっべ。完全に忘れて寝るところだった。

「ってミア、いつも以上に髪の毛びっしょびしょじゃないですか」

 ミアの髪からはいまだに水滴が滴っており、寝間着が濡れてところどころ透けている。目のやりどころに困るほどではないが、おそらく背中はびっしょびしょだろう。

 さすがに見かねた俺はミアを俺のベッドに座らせてドライヤーを片手に後ろに回る。肩口と腰の間まである髪を持ち上げれば、背中が透けて肌色が見えた。ため息をついた俺はドライヤーを起動させてミアの髪を乾かし始める。

「パッチテストは~?」

「髪乾かすのが先です」

 頭の先から温風を当てていく。服が濡れている部分には当て布をして水分を吸い取っておく。ちなみに家のドライヤーは俺作だ。元々風を送る魔道具はあったのだが、火系、もしくは氷系と風系魔術の複合で温風や冷風も出せるように改造してある。最も温風や冷風を出す魔道具はあるのだが、この世界では空調設備なので大型のものしかない。

「ドライヤー置いておいたでしょうに。イリスさんと俺ぐらいしか使ってないみたいですけど」

「いや~。面倒くさくて」

「薬品に頼る前に、正しい髪の乾かし方を知るだけでも変わるものですよ」

 髪の乾かし方一つでヘアケアになるくらいは知っている。

「そこんとこ詳しく」

 後ろを向いたミアの首を元に戻しつつ説明をする。

「まず髪の水分はタオルでしっかり拭ってください。ごしごしするのは厳禁です」

「ふむふむ」

「次に髪の根元から温風を当てて素早く乾かしていきます。温風はある程度離して、同じところには当てすぎないようにします。」

「それで?」

「髪全体をある程度乾かしたら、冷風で乾かします。確かこんな感じですね。これくらいしか知りませんけど、これだけでも変わるはずですよ、ほら」

 そう言いながらミアの髪を手櫛で梳いてやる。その栗色の髪はいつもより艶やかだ。ミアは自分の髪を触って「おぉ」と感嘆の声を上げている。

 ついでなのでその態勢のままパッチテストを実施する。皆にしたのと同じ説明をし、ミアを部屋から追い出そうとする。だがミアはその場から動かず、俺の胸元にぽすんとその頭を預けた。

「ねー、シグルド」

「何ですか」

「ちょっと頭なでてくんない?」

「……ちょっと何言ってるか分かりかねます」

「まーまー。細かいことは気にせずに」

 そう言ってミアは俺の手を自分の頭に導く。

 仕方がないので言われた通りに撫でる。前に反撃した時のようにではなく、やさしく髪を梳くように。

「これでよろしいですか?」

「うん。……違うのがよくわかった」

「違う?」

 撫でるのをやめようとした手を続けてと催促されてそのままにする。ミアは何を思ったか俺の空いている方の手も取り、自分のおなかの辺りに腕を重ねてその手を置いた。

 俺は、ミアを抱くような格好にさせられる。

「あたしね、双子の兄が居たんだ」

 唐突に始まる話。俺はとりあえず聞く姿勢をとる。

「物知りで、いろんなことを教えてくれて、でも馬鹿で、子供っぽくて、弟みたいで、でもどうしようもなく兄さんだったの」

「その人は、今?」

「……死んじゃった」

「すいません」

 ミアを抱いていた腕に無意識に力がこもった。ミアはそれ以上何も言う気がないのか、ずっと押し黙ったまま俺の手を受け入れている。それからどれくらいの時間が経ったかは分からない。そもそも既に眠気が来ていた俺は徐々に意識を奪われていく。

 覚えているのはここまでだ。ミアを後ろから抱きしめたまま、俺は深い眠りに落ちて行ったのである。

 翌朝目を覚ますと、目の前に先端に丸みを帯びた栗色の三角形が二つ見えた。紛うことなきミアの耳である。びっくりして覚醒するのと同時に昨日の記憶がよみがえる。どうやら彼女はあの後自室に戻ることをしなかったらしい。しかも昨日は後ろ抱きの状態だったはずなのに今のミアは俺の腕を枕にして正面を向き合っている。その証拠に先に目を覚ましていたらしいミアとばっちり目が合った。

「おはよう、ございます?」

「おはよう、シグルド」

 弩が付くほどの至近距離で女性と朝の挨拶をするという体験にドギマギする。だがそれでも平静をたもてるのは、ミアのギリギリなからかいを受け続けた弊害でもあった。慣れとは怖いものである。

「何でいるんですか」

「シグルドが離してくれないから……」とミアはその細い腰に回された俺の腕をそっと撫でる。だがブラフだ。

「獣人の膂力で抜け出せないはずないでしょうが」

 そもそも俺の腕はのっかっているだけだ。力も何も入っていない。

「真面目な話していい?」

「どうぞ」

「エミィを思い出してたの。昔こうして一緒に寝たなって。うち、貧乏だったから」

「それは、昨日の?」

「そう。あたしの最愛の弟にして最愛の兄、エミール」

 家族を失うというのは、どのような感覚なのだろうか。俺は自分が先に死んでしまったものだから、愛する誰かを失う辛さは理解が及ばない。だから。

「何かしてほしいことでもありますか?」

 きっと不躾であろうそんな言葉が口をついて出た。それに対してミアは少し目を見開き、くすりと笑うと一言「ないよ」と言った。

「シグルドがエミィの代わりじゃないのは、よくわかったから」

 やんわりとした拒絶。俺はそう解釈する。ミアの俺への依存に似た何かが無くなるのを心のどこかで恐れながら。しかしその不安はまだ杞憂なのか、ミアは俺の胸に顔をうずめると二度寝をするかの如く丸まって「もうちょっとこのままで」などとのたまった。

 引きはがそうにも意地でも俺の胸元にしがみつくミアに諦めの境地に陥る俺。若干高いようにも感じるミアの体温と腕の痺れを感じながらの二度寝は、ミアを探しに来たイリスさんが俺の部屋をノックするまで続いたのだった。


「もう、ホントにびっくしたんですから」

 朝食のチキンサンドにかぶりつきながらイリスさんは俺とミアにジト目を送る。

遅めの朝食の席には俺、ミア、イリスさんの三人だけだ。リューグは調査担当の裏通りの人間の活動時間が深夜から早朝であるため既に出ており、またギルドの他いくつかの酒場を巡る予定のラッシュさんも既に宿を発っている。

「ミア、何度も言ってますけど……」

 そう言いながらイリスさんは俺をチラ見してミアにちょいちょいと手招きをする。

「あ、エミィの話はしたからもう隠さなくていいよ」

「そうですか? では改めて言いますけど、シグルドは彼ではないのですよ? もうちょっと節度ある付き合い方と言うものが……」

「あたしも何回か言ってるけど、付き合い方に関してはイリスにだけはいわれたくないなぁ。特に昨日は髪洗いの薬剤の事で興奮してボロ出しかけてたし」

 その言葉に「あ、あれはしょうがないじゃないですか!」と慌てた様子のイリスさん。

 ボロ? 一体何のことだろうか。だがあまりつつかないほうがいいことだけは分かる。

「まぁそれがなくたって気づいてそうだけどね、あのニブチンの皮被ったヘタレは」

 そういうミアの言葉に具体名は出されていないもののなんとなくイリスさんの事情を察する俺。でも絶対口は出さないと心に誓う。ちなみにイリスさんは「そうなんですよね~」としょんぼり顔でテーブルにのの字を書いている。完全に女子トークの雰囲気なので俺は影を薄くしながらチキンサンドをもそもそと頬張る。

 ちなみにこのチキンサンド、間に挟まっている葉野菜こそしなびているものの、ささみに近い部位を使っているのか以外とあっさりとして朝でもイケる。また醤油もどきベースの大葉ドレッシングみたいなタレがベストマッチだった。

 まぁチキンといいつつコカトリスらしいのだが。この世界のコカトリスは尾が蛇なことを除けばただのデカい鶏なので冒険者が普通に狩ってくる。ただその嘴の一突きは鎧ですら簡単に穿つらしいが。ちなみにしっかりと石化能力をもつ上位の魔物バジリスクもいる。遭遇戦では厄介だが、呪い除けのポーションをしっかりと飲んでおけば能力を使われた時に一瞬石化が発動して不意に足が止まること以外問題ない相手だ。なお俺はバジリスクと聞いてデカい目玉のような部位を持つ呪いブレスを吐くカエルを想像して恐怖していたが杞憂に終わった。

最大体力十六分の一とかシャレにならない。もしそんな敵がいてもステータス制でないこの世界でどうなるのかは不明だが。……まず石化の時点でアウトか。

 ちなみにコカトリスもバジリスクも、ラッシュさんが言うには誤解されがちだが蛇の魔物であるらしい。重要な器官は鶏の体の方にあるらしいが卵や生態は蛇のそれに近いそうだ。なおバジリスクの石化能力は蛇頭の方が持っており、切り落としても動くため質が悪いとのこと。

 俺が材料のコカトリスや近縁種のバジリスクの事を思い出しつつチキンサンドを頬張っていると、復活したイリスさんが「私のことはいいんです、私のことは!」と俺とミアに指を突きつける。

「何がどうなれば寝間着姿のミアがシグルドの部屋から出てくる事態になるんですか」

「そりゃあ、昨日一緒に寝たから。あ、やらしい方の意味じゃないよ」

 あっけらかんとミアは答える。俺は吹き出しそうになった果実水を寸でのところで我慢した。

「それぐらいわかってますっ。それにしたって貴方、発言の意味理解してます? 私が言ったこと忘れてませんか?」

「大丈夫、大丈夫」

「何が!」

「誰も代わりにはならないってわかったし、誰も代わりにはしないってもう決めたから」

 ミアの言葉に、イリスさんは浮かせたお尻を落とした。

ミアが口にしたのは今朝俺に言ったことだろう。俺を兄のエミールさんと重ねていたことを自覚し、その甘えを断ち切るという決意だ。

視線が交差したのは十秒に満たない。イリスさんはミアから視線を外してふぅと息を吐きだすと、俺に向き直る。

「シグルド、多分これからいろいろ大変でしょうけど、今日はとりあえずミアをよろしくお願いしますね」

「はい……?」

 あれ、文脈おかしくないか? これ、ミアが俺への依存を断ち切る話だよね? 何故ミアを頼まれることに……? うまく手が離れるように協力してくれってことか?

 隣で「それ以上言ったら協定違反!」と騒ぐミアを尻目に俺は思考を放棄する。考えても分からないことは考えられる人に丸根げするに限る。主にラッシュさんとかに。いない場合は放置。明日の自分を信じよう。人はそれを問題の棚上げと言うらしいが。

「それより」とチキンサンドを食べ終えた口元を拭いながらイリスさんは話題を変える。

「ミア。その髪、何かしたんですか?」

「ん? 髪がどうかしたの?」

「明らかにいつもより艶が増してますっ。これが気にならない女がいますか⁉」

 鼻息荒く迫るイリスさんをどうどうと宥めるミア。確かにミアの髪は俺がドライヤーを使ってしっかり櫛を使いながら乾かしてやったためかいつもより艶やかである。

「わかったから。話すから。シグルドにドライヤーをかけてもらったんだー」

 そう言ってさらりと髪を撫でるミア。それは明らかに挑発である。イリスさんの首がぐりんと俺の方を向いた。そしてゆらゆらと俺の方に寄ってくると、その肩をガシッと掴んだ。

「シグルド」

「はい」

「私、ドライヤー使ってるんですけど」

「そうですね」

「ミアほど髪質改善しないんですけど」

「正しい使い方がありまして……」

「ど、う、し、て、お、し、え、て、く、れ、な、か、っ、た、ん、で、す、か、っ⁉」

 血涙を流しそうな勢いであった。

 ドライヤーでのヘアケアのやり方をレクチャーすることを確約し、なんとかその場を取りなす。かくも女性の美への追及心は恐ろしいものだと実感した一件であった。

 朝食も終えて俺たちは宿を出る。目指すは北町の朝市である。俺の格好はいつもの装備から軽鎧を外した状態。普通のズボンとシャツに旅用ブーツ、ロングコートという出で立ち。それに対してミアはいつものホットパンツと極端に丈の短いベストを合わせた軽鎧姿からだいぶ変わっており、普段は見ないロングのワンピースにケープ、つば広の帽子を合わせている。またその胸元には俺の贈ったペンダントが輝いており、アクセントを与えていた。並んでみればデートですか、と聞かれそうなファッションである。

 だが今日の目的は調査である。断じてデートではない。そう思っていたのだが。

「そこの奥さん! 隣の旦那にいいもん食わせたきゃウチの店見てってくれよ!」

「え~、じゃあちょっと見てこうかな。……ちょっと高くない? 何かあった?」

 ミアは平均的な価格帯と照らし合わせて店の主人から情報を収集しつつではあったが、行く店行く店でずっとこの調子である。確かに俺もミアもこの世界基準では結婚しててもおかしくはないし、店のご主人の反応ももっともなのだが、原因は今の俺とミアの状態にある。ミアが俺の左腕からくっついて離れないのだ。腕に伝わるぬくもりと柔らかな感触が心地よくて引きはがせない俺も俺だが、ミア曰くこれも調査の一環とのこと。

 デート中のカップルを装う予定だったそうだが、最初の店で夫婦に間違えらえてからずっとその設定で通してきたのはちょっと誤算だった。

「鉄貨六枚、確かに。そうさなぁ、最近は北からの物流が滞ってるらしいぜ。人は流れてくるんだけどな。おかげで物価も上がってさんざんだよ。このグローンも高いし。ほい、串焼き二つ。タレとハーブ塩ね」

 この世界では一般的な、一串で満足感を得られるサイズの串焼きの屋台で情報を聞きつつ俺とミアはねぎまのような串焼きを受け取る。俺が塩でミアがタレだ。昼近くになり小腹も空き始めたので食べ物の屋台へと調査対象を変えたのである。

「やっぱり、どこも北からの物資が少ないって言ってますね。この北部が生産地のグローンが高いって屋台のご主人も言ってましたし」

 グローンとは串焼きの間に挟まっているネギのような野菜のことだ。この野菜が高騰したせいで以前は鉄貨二枚だった串焼きが鉄貨三枚に値上がりしているようである。

 俺は買った塩ねぎま串をぱくり。ハーブがいい塩梅できいてて美味い。

「こっちも美味しいよ。はい、あなた。あーん」

 俺は流石にジト目である。

食べることは食べるが。甘辛のタレがまた合っていて美味い

「ここまでする必要、んぐ、あるんですか?」

「たまにはこういうのも楽しくない?」

 そう言いながら小さな口を「あー」と開けるミア。猫人族にしては小さめな八重歯が可愛らしい。

 と言うかこっちも食べさせろってことね。はいはい。

 俺はジト目を向けたままミアの可愛らしい口に塩ねぎま串を突っ込む。

「むぐ。塩も美味しいね。流石王都、屋台の質も高い」

 ミアは俺の塩ねぎま串を頬張り満足そうだ。

「で、どうしますか。朝市は粗方話を聞き終えましたし、戻りますか?」

「えー、もうちょっと街を見て行こうよ。あ、な、た」

「そのあなたっていうのやっぱりやめてください。なんかこう、違和感が……」

「ちょ、ひどくない⁉」

「いえ。単純に結婚したとして、ミアからは普通に名前で呼ばれる未来しか想像できません」

 イリスさんは簡単に「あなた」呼びを想像できるのだが。多分、普段の口調の問題だろう。しかしイリスさんの場合、その隣に幻視されるのは俺ではなくラッシュさんである。

 ミアは俺の肩口に顔をうずめてうりうりとする。帽子のつばが頬に当たってくすぐったい。

「何してるんですか」

「いまちょっと顔見ないで」

「? 分かりました」

 俺は要望通り前を向く。ミアは俺の肩に顔を押し付けたままなので人にぶつからないように注意を払いつつだ。

 朝市は街の中央付近から外壁前まで伸びている。南町からメインストリ―トを通ってきたから、とりあえずは戻るように動くとしよう。

 戻る最中、立ち寄ったいくつかの屋台から声がかけられることもしばしば。どうやら俺とミアの格好、特にミアは、少しばかり目立っていたようだ。

「あれ、旦那。奥方はどうしたんで?」

「いえ、久しぶりに二人で出かけたものですから、妻が少々はしゃいで疲れてしまったようで。お気遣いありがとうございます」

 状況に慣れ始めたせいでさらりと嘘が出る。しかしそう言った途端、ミアが俺の腕を抱く力が強くなった。むにゅりと潰れるお胸の感触はたいへん素晴らしいものだが、俺の骨が悲鳴を上げている。とりあえず身体強化と物理障壁を展開して左腕を保護。まぁ、折れたとてヒールで完治可能だが、痛いのは嫌なのである。

「そいつぁ、いけねぇな。よし、さっき買ってもらった礼だ。売れ残りだが持ってってくれ」

 そういって店の主人はラフスの実を二つ投げて寄こしてくれた。よく熟れていておいしそうだが、もう朝市は店じまいの時間。明日までは持たないのだろう。俺は値札を一瞬見て、アイテムポーチから緊急用にバラで入れてある鉄貨のうち三枚を店主に正確に投げて寄こす。オートエイムがあるのだ。これくらいは簡単にできる。

「まいどー!」と手を振られたので後ろ手に手を振り返し、俺たちは道に戻った。

「つ、妻でございまするか」

「ミア、口調が変になってますよ。あと勘違いされた挙句にその設定で通したのはミアでしょうが。俺だって若干恥ずかしいんですから」

 周囲にばれないように帽子に隠れた耳に向かって囁くように言うと、ミアの体がビクッと跳ねた。

 何かさっきからミアの調子がおもしろ……じゃなかった。おかしい。俺、なんかしただろうか?

 そんなことを考えながら気持ちゆっくりとメインストリートを進む。もうほとんどの店が店じまいをしており、声をかけられることもなく。朝市の端にくる頃にはミアもだいぶ復活してきた。

「先ほどはお見苦しいところをお見せしまして……」

「ミアはそんなキャラじゃないでしょうが。いつものニヤニヤ笑いはどうしたんですか。ニヤニヤは」

「……あたし、そんな顔してるの?」

「俺をイジるときは常に」

 すごく楽しそうですよ、と口元を指で押し上げて真似してやると、ミアが再び顔を俺の肩に埋めて「う~」と唸った。が、そのまま顔をぐしぐしこすり付けると前を向く。ただし腕は離してくれないようだが。

 しばらくメインストリートを歩いていると、ミアが一軒の店の前で足を止める。店は中央に近い位置にあり、看板にはキンバリー宝飾店と書かれていた。

 ミアとて女性。やはりこういうものに興味があるのだろうか。

「寄っていきますか?」

 答えを聞く前に足を向ける。ミアももうちょっとゆっくりしていこう的なことを言っていたし、文句はないだろう。

 店に入るとチリンとドアに備え付けのベルが鳴り、奥から白手袋をしたフォーマルな格好の老人が出てきた。オールバックに撫でつけられた真っ白な頭と顔の深い皺から老人と判断したが、その背筋はしゃんとしている。

「いらっしゃいませ、お客様。キンバリー宝飾店へようこそ。私、店主のアレシュ・キンバリーと申します。お気に召された商品があれば、遠慮なくお申し付けください」

 店主は腕を広げて陳列棚の商品を示し、優雅に一礼した。

「……ご主人は貴族の出なのですか?」

 ラッシュさんから苗字があるのは基本的に貴族階級であると聞いている。そんな人物が王都とはいえ一店舗の店主をしていることに疑問を感じた俺はそう問いかけた。

「ほっほっほ。しがない田舎貴族ですよ。それも元ですがね。貴族位を親戚に譲り、夢であった商人を始めたのです。貴族時代の付き合いもありまして、こうやって宝石商を細々とやらせていただいております。未だこの家名を名乗らせていただいているのはひとえに陛下のご温情ですね」

 柔和な笑みを浮かべる店主。だがその皺に隠れそうな細い目が、一瞬鋭くなった。

「逆にお客様は冒険者でいらっしゃいますな。隣のご婦人も、奥方に見えてその実そうではない。身のこなしが違います。対してあなたは読めない。冒険者になりたてのひよっこにも見えるが、私の勘はそうではないと言っている。おそらく、武勇に優れた兵士でも勝てないでしょうな」

 どうですかな、と店主は目で問うてきた。おそらく、この人には何を言っても見透かされる。

「ご慧眼、恐れ入りました」

「ほっほ。申し訳ない。どうも強そうな御仁を見ると腹の探り合いをしたくなる。この年寄の悪い癖にございます。ご容赦ください」

 さ、商品をどうぞ。と促されたので商品棚に目を向ける。そこには金貨数十枚クラスの首飾りや耳飾り、指輪が並んでいる。

「冒険者ならば指輪はやめた方がよろしいでしょうな。戦闘の邪魔になりますれば」

 何とはなしに指輪を眺めていた俺にアレシュ氏が耳打ちをする。ちらりとミアの手を見たことを考えれば、その言葉には贈るのならばと言う意味も言外に含まれている。

 ミアはミアで指輪を眺めている。見ているのは茶色がかった黒い石のついたシンプルな指輪。その宝石がついた耳飾りか首飾りを探すと、あった。そのオニキスのような宝石が涙型に削り出されたものがついたイヤーカフが。

 アレシュさんに取ってもらい、状態を確認する。付いている値札は金貨四枚とほかのものに比べれば結構安い。

「他のと比べると安いですね」

「アカーテは良く産出しますからね。他と比べると大衆的な宝石になります」

 俺はミアを見る。その目はまた同じ黒いアカーテをあしらったものに向いている。

「これをいただけますか?」

「承知しました。包まれますか?」

 その質問に俺は首を横に振る。それを見たアレシュ氏はいっとう目元のしわを深くした。

「では金貨四枚になります」

「すいません、ここで付与魔法を使わせて頂いてもいいですか?」

 金貨を支払いながら俺は訊ねる。アレシュ氏は不思議そうな顔をしたが、快く許可をくれたので買ったばかりのブラックアカーテのイヤーカフに魔法をかける。付与するのはミアが苦手とする状態異常への耐性だ。毒と睡眠を片方づつ。

「ほう、魔道具職人でもあるとは。これはまた……。いや、失礼しました」

 空気を読んで一歩下がるアレシュ氏をみて苦笑いをしつつ、俺はミアを呼ぶ。

「どしたの? ……それ買うの? 女物だよ?」

「ええ。もう買いました」

 そう言って俺はミアの両耳にイヤーカフを付ける。金細工の留め具がきらりと光り、漆黒に茶色の艶があるアカーテがミアの少し日焼けした肌とよく馴染んでいる。

「これ……」

 ミアはそれが魔法付与されたものだと気づいたようだ。取り外された値札を見て、それが俺の作だということも理解したようでもある。

「……ありがとっ」

 そういってニシシと笑うミアは、とても魅力的だった。

 しばらく俺がミアに見惚れていると、気配を消していたアレシュ氏が申し訳なさそうにその存在感をあらわにする。

「お客様は、最近北の情勢が変わりつつあるのを御存じですかな?」

「ええ、まあ」

「あたしたち、調査でアーベルヌ領まで行くしね」

「そうでしたか。でしたら、ひとつ依頼をさせていただきたいのですが……」

 そういうアレシュ氏の言葉に、俺とミアは顔を見合わせる。とりあえず、話を聞いてからでも遅くはなさそうだ。

 その日の午後、自宅のリビングに勢ぞろいする金獅子。そのテーブルの上には、一通の封蝋がされた手紙と小さな宝石箱が置かれている。宝石箱の中身は大きなルビーのような宝石があしらわれたブローチ。だが宝石ではなくガラスだそうで、光に透かすと刻印が見えるらしい。

「報酬は全額前金だし、方向も一緒だし、依頼失敗の賠償金もないしで俺たちに何の損もないから受けたんだ。運搬物に変な魔法がかかっていないかはシグルドが確認してくれたしな」

 そう言ってラッシュさんは宝石箱の蓋を閉じて俺に手紙と一緒に渡す。俺はそれを受け取ると、丁重にアイテムボックスに仕舞い込んだ。

 アレシュ氏によるとアーベルヌ家ゆかりの品だから届けてほしいとのこと。依頼はちょっと前から出していたそうだが、北方面と言うことで受けてくれる冒険者が居なかったらしい。そこに北に向かうという俺たちが現れたというわけだ。ちなみに俺とミアの独断ではない。丁度冒険者ギルド北町本部で聞き取りをしていたラッシュさんと相談のもと受けた。ちなみに金獅子が受ける依頼は基本的にラッシュさんに一任されており、個々で受けたいものがある場合はラッシュさんに報告の上、彼が依頼の量や期間を調整し、受けることになっている。

「ただ、あの店主の名前……。どっかで聞いたことがある気がするんだよなぁ。それに手紙の家紋……、今の貴族には無かったと思うが……」

 そう言われて俺も封蝋の家紋を思い出す。だが剣と盾、グリフォンなどどこにでもありそうな家紋だと思うが。見識高いラッシュさんが言うには、今現在ライクロイック王国に属する貴族の紋章ではないようだ。

「まぁとにかく、アーベルヌ辺境伯からは情報が欲しいと思っていた所だから、つなぎを取るのに丁度いいと言えば丁度良かった。シグルド、保管はしっかり頼むぞ」

「了解」

「で、だ」

 ラッシュさんが俺を見る。正確には俺とミアを。リューグはいつも通りだが、イリスさんはミアのそれに似たニマニマとした笑みを浮かべている。

「お前ら、朝市の調査に出て、なんで宝飾店の店長と知り合いになってるんだよ」

「もう。リーダー、野暮なことは言いっこなしですよ」

 呆れた様なラッシュさんの肩をイリスさんが叩く。そして「あれ。ミアの耳、見て下さい」と小声で耳打ち。言われたラッシュさんの視線の先には、漆黒のアカーテをあしらったイヤーカフがきらめいていた。そこにさらにイリスさんから「毒耐性と睡眠耐性の魔術が付与されてます」と早速鑑定を使ったらしく追い打ちがかかる。

 ラッシュさんのあきれ顔が、にやりと歪む。

 あ、これ多分、変な方向に誤解されているな。まぁ、別にいいか。下心もあって贈ったのは事実だし。

 ミアは顔を赤らめてプイッとそっぽを向く。その動きに合わせて耳飾りがしゃらりと揺れた。

「似合ってますよ、ミア」

「……ありがと」

 イリスさんの言葉に、ミアはさらに顔を背けた。

「まぁ、その辺は置いといて、情報のすり合わせをするぞ」

 そう言って雰囲気を変えたラッシュさんに皆応じる。調査で分かったことは、事前に判明していることと大きく乖離はしていなかった。

曰く、人が逃げるように南に移動している。

曰く、北で魔物の活性化や野生動物の魔物化が頻発している。

曰く、北からの流通が滞っている。など。

 それを聞いたラッシュさんが口を開く。

「冒険者ギルドで得た情報も似たようなものだ。ただ一つ、魔物の活性化だが、変異体が確認されている。火と風の混成魔術を使うウィンドレオやオーガが雷槌を使ったという報告だ。この間のゴブリンもそうだったが、あれも北から流れてきた魔物だった。それともう一つ」

 ラッシュさんは一息置くと、テーブルの上で手を組んで言う。

「ミスリルランクのジャックが動いた」


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