表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
6/32

6 だって日本人だもの

 冒険者ギルド、ロア支部。一応遮音結界が張られたそのギルドマスターの執務室に、金獅子のメンバーが勢ぞろいしていた。相対するはロアの冒険者ギルドマスタ―、キール支部長。その手には、四枚のカードが握られている。

「呼び出してすまんな」

「いえ、大丈夫です。今日は何ですか。また厄介ごとじゃないですよね?」

 問いかけるラッシュさんにキール支部長はひらひらと手を振って「違う」と答えた。

「ラッシュを除く四人のランクアップの話だ」

そう言ってキール支部長は俺、ミア、リューグ、イリスさんの前に一枚ずつ金色のカードを差し出す。俺以外の三人は自分の名前が入った金色のカードを感慨深そうに取り上げたりひっくり返したりしているが、俺とラッシュさんだけは怪訝な顔をして顔を見合わせた。

「俺のランク間違ってませんか?」

 昨日まで銅ランクだったのだ。普通なら銀ランクが適当であるはず。なのにキール支部長は「それであってる」と言い切った。

「というかラッシュ。お前、推薦のシステム知っててコイツの実力証明を出したんじゃないのか?」

 その言葉にラッシュさんは首をひねる。確かに俺の実力を示す書状をガルムさん、リーシャさんとの連名で出したそうだが、心当たりは無いそうだ。

「わかった。じゃあ一応、一から説明するぞ」

 キール支部長の説明をまとめるとこうなる。

 そもそもギルドランクの昇格にはいくつかの条件がある。依頼をこなし、達成した依頼の難易度と貢献度によってランクが査定され、決定される。もちろん上がった後に低難易度の依頼しかこなさなかった場合などは降格となる。これが普通のランクの上げ方となる。ミア、リューグ、イリスさん、もちろんラッシュさんもこの方法で順当に上がってきた。そしてもう一つは、推薦状のシステム。ギルド支部長三人の推薦で指定されたランクに上がれるそうだ。なお、ミスリルランクやそれ以上のオリハルコンランクはこの推薦システムに加えて確かな実績を積まないと上がれない。なお通常のランクアップは各ギルド支部で判断され、ギルド長に呼ばれることもないが、推薦は他国にあるギルド本部で査定がされるらしい。で、今回の俺の件はというと、変異体と思われるゴブリンロードの討伐実績と合わせてさっさとギルドランクを上げてほしいという思惑のあるキール支部長に加え、ベルヌのギルド支部長からの推薦があったためだ。多数の金ランク冒険者と十全に共闘でき、止めを刺したその実力は十分であると判断されたらしい。なお推薦に一名足りないが、これはラッシュさんたちが解決してくれたそうだ。金ランク冒険者なら計三名からの実力証明でギルド支部長からの推薦状と同じ扱いをしてくれるらしい。なお冒険者からの実力証明は提出したギルド支部の支部長に委ねられるため、癒着でもない限り公正が期されるそうだ。

これらがギルド本部で精査された結果、俺は一足飛びに金ランクへの昇格と相成った。他の皆がこのタイミングで渡されたのは、更新手続きでタイミングが重なったのでもののついでだそうだ。

金色のギルドカードを掲げてみる。職業欄にはガンナーを示す銃士、及び槍術師の記載があった。異世界に来て約半年。ランクアップのペースは速いが前例がないわけではない。目標に近づいたことを考えると、感慨深いものである。

「お前の活躍を聞くに、槍術師としての活躍も目覚ましかったそうじゃないか」

 聞くところによると、そういうことらしい。

 遠回しにキール支部長が「もうその武器だけで金ランクになったんだからこのまま戦えない?」と聞いてきたが、笑顔でバッサリと断った。そして俺は笑顔のまま聞き返す。

「ギルドマスタ―、銀通り越して金ランクになったから、もうアレ使ってもいいですよね? 槍術師の記載もされましたし」

 キール支部長、渋い顔をする。

「いいですよね?」

 キール支部長、とても渋い顔をする。

「今、いくつまで改良したんだっけ?」

「改七ですね、今は。武装の方はデザインだけの変更も含めると二十は超えてます」

「どれだけ強化した」

「音速はまだ超えてませんよ?」

「……人間のできる範囲の一割増くらいなら許可する」

「なら二割ちょっとくらいの出力ですかね」

「ちょっとまて、お前、何を基準にした」

「こないだの討伐の時のガルムさんの突きですけど」

「ガルムの突きって……瞬間速度だけなら人類最高峰だぞ、あいつ」

「でも人間の範囲内ですよね」

 キール支部長、再び渋い顔。しばらく微動だにしなかったが、やがて「ハァ……」とため息をつくと、俺に一言「あのクイックブーストとか言ってたやつだけは絶対に禁止だ」と言った。

「で、ギルドマスター。呼んだのはそれだけじゃないでしょう」

 俺とキール支部長の会話を見守っていたラッシュさんがひと段落ついたところを見計らって口を挟む。

 キール支部長は「お前に隠し事はできんな」と言って前のめりになっていた体を深くソファーに沈めた。

「お前ら、街を出ないか?」

 突然の宣告。隣でミアが「まさか追放処分⁉」と何やら劇画チックな顔をしているが、きっと本気ではないので皆で放っておく。

「理由を、聞いても?」

 ラッシュさんの質問に、キール支部長は頷くと話をつづけた。

「国境でもある北の山脈の異常については前にも話したよな。そこで調査隊が派遣されたんだが、難航している。そこでライクロイック王国から正式に原因究明とその解決が依頼された。近くの街の冒険者たちが手も足も出なかった相手だ。最低でも金ランク以上の実力が必要になる。できればミスリルを派遣したいところだ。だがこの国のミスリルランクとなると……」

「フェザーのジャック殿ですね」

「そうだ。ラッシュ、雛好きのジャックが動けると思うか?」

 雛好きと聞いてなんだそのロリコンみたいな渾名はと思ったが、聞いてみると不名誉な紳士的称号ではなくルーキー指導をメインに活動しており、銀ランクになるとパーティーから脱退させるためその渾名がついたらしい。育てた後進の活躍も目覚ましいことからミスリルランクが維持されているそうだ。彼の実力は本物らしいが、半分名誉職でもあるようである。

「彼は出てこないでしょうね」

 パーティーではなく個人に要請はしているようだがな、とキール支部長は言う。

「それに金ランクで固まっているパーティーってのも案外多くない。それで、こんな国の反対側にある街までお鉢が回ってきたんだ。今回のゴブリン騒動の件で、この街をメインに活動する金ランク以上オンリーのパーティーは二組になっちまったからな」

 金獅子と、もう一組はガルムさんの蒼烏である。以前はロブさんが銀ランクだったらしい。先の一件で金ランクへの昇格を果たしたそうだ。

「そこで俺としてはお前らを押したい。練度も申し分ないし、枷が外れたシグルドは常識外れだが、単純戦闘力ならミスリル、オリハルコンも凌ぐだろう。それにコイツの魔術のおかげで長旅への適応力も高い。シグルドが無茶をしないように目を光らせる必要はあるが、引き続きお前たち全員に実績を積ませるいい機会でもある」

 ラッシュさんは腕を組みしばし熟考する。

 冒険者ギルドを含むギルドと名の付く組合は基本的に国を超えた組織だ。だから拠点となる街が襲撃されるなどの緊急時の場合を除いてそれが国からだろうがギルドのトップからだろうが依頼を受ける受けないは冒険者本人の意思が尊重される。

「そこまで人手不足ですか」

「残念なことにな。峡谷海を超えてダルニシア王国の方に人が流れている」

 峡谷海はロアの街の南、港町エリエルが接している大陸の内海と外海をつなぐ唯一の海路だ。名前の通り断崖絶壁になっているところもあるにはあるが、大陸を谷のように隔てる海ということでこの名がついているそう。エリエル郊外など、普通に海水浴場として整備されているらしい。ちなみにこの国の海水浴は医療行為。地球のレジャーとは異なる。その渓谷海を挟んでライクロイック王国の反対側にある小さな国がダルニシア王国だ。峡谷海の利権を巡って対立は多少あるが、対外的には友好国であり国交もあるらしい。ちなみに北の山脈を挟んで接するリフリス帝国は昔は国交があったものの現在は宣戦布告さえないものの南下政策を国是とする都合上、小競り合いが絶えないらしい。

「依頼の危険度は?」

「調査だけで構わないから銀等級。だが最近のリフリスの動きがキナ臭いことも考えると準特級として考えて構わん」

「皆はどう思う?」

ラッシュさんの問いに「私はリーダーの決定に従います」といつも通りにこやかな笑みを見せるイリスさん。「たまには長旅もいいんじゃない?」とミアは笑う。俺は「多分俺に決定権ないと思うんで任せます」と思考を放棄。結構現実的なリューグが「報酬は?」と最後に問うた。

「支度金として金貨十枚。一人につきだ。あとは持ち帰った情報により歩合制。だが最低でも金貨五〇枚は約束されている」

「俺は構わない」

 リューグも問題ないようだ。

「皆行く気かぁ。じゃああの話は無しか、だいぶ延期だなぁ……」

 ラッシュさんのその言葉に、俺も含めて四人が一様に「あっ」と声を上げる。

「ん? お前らなんか都合悪かったのか?」

「いや。金もだいぶ溜まったんで、皆で出し合って家でも買うかって話が出てたんですよ」

「家だぁ? また冒険者が贅沢な話をしてからに……」

「いや、シグルドがいい加減湯に浸かりたいと言い出しまして」

 ことの発端は、何を隠そう俺である。俺は日本人だ。病院生活で体を拭くだけの生活にもある程度慣れているが、やはり風呂は偉大なのである。そんな俺が発狂したのは、数日前の事であった。

「湯に浸かりたい」

 ゴブリン討伐を終え、岐路についている途中。夕食を終えてあとは見張りと寝るだけとなった俺は思わずそうこぼした。すると「鍋の具にでもなりたいの?」とミアが変な人を見る目で見てきた。

 話を聞くと、どうやらこの国には水浴びはあっても湯に浸かる文化は無いらしい。風呂に準ずるもの自体はあるらしいのだが、基本的に貴族の趣味的なモノであり、またそれも高いところから水を落として血行を促進するような打たせ湯の水版であった。しかも体を癒すものではなく健康法なのであれを風呂とは言いたくない。そもそもこの世界では貴族であっても体を拭うのが一般的なのだそうだ。それを聞いて俺は絶望した。そして発狂した。

 ゴブリンの血やら何やらで汚れたこともあり、風呂に浸かりたい欲が爆発したのである。

 いきなり地面を掘り、石材で固め、湯を溜め、服を脱ぎだした俺を見て、全員が俺を「シグルドが狂った!」と止めたのである。だから俺は力説した。湯に浸かることの素晴らしさを。始めは訝しげな眼をしていた皆だが、俺が即席で作った湯船がもったいなくてちょっと浸かってくると言い出し、上がってさっぱりした顔を見せたことでこの世界の人間が入浴というものに興味を抱いた。なお入浴に際し忘れていた衝立はしっかりと設置しておいた。

 最初に突撃したのはミアである。「どうすればいいの?」と聞かれたので服を脱いでから桶で湯を掬って被り、湯の中に身体を沈めればいいのだと説明する。「とりあえず五分ぐらい浸かってみればいいんじゃないですか?」と俺が言ったのでミアが衝立の向こうに消えて水音がしてからきっかり五分後。ふらふらとちょっとのぼせた様な感じで衝立の向こうから姿を現したミアは軽く髪から水気を滴らせながらイリスさんの元に歩み寄り、その肩を掴んだ。

「ミア?」

「イリス、あれはヤバい。身体が溶ける。蕩けちゃう……」

「えぇ……?」

 ミアはイリスさんの肩をぐいぐいと押しながら衝立の向こうに消える。

 あ。アイツ、もう一回入る気だな。

ゆったりできるように大きな浴槽を作ったから女性二人くらいなら問題ないと思うが。

「浸かりすぎるとフラフラになるから気をつけてー」と声をかけてからまた五分後、再び女性陣が上気した頬を見せながら衝立の向こうから現れる。

「これは、いいものです……」

「で~しょ~」

 ミアはイリスさんに肩を貸されていた。浸かりすぎでのぼせたらしい。リューグとラッシュさんは二人の様子を見て既に順番を決めていたようで、入れ替わるようにリューグが衝立の向こうに消えて行く。

「シグルド、ミアが」

「あぁ、涼しいところに寝かせて首筋に濡らした布でも巻いてやってください」

 俺は即席でハンディー扇風機を作り、寝かされて「ほへ~」とのびたミアに風を送る。

 その後上がってきたリューグも、続いて入ったラッシュさんもいい顔をしていた。この日、金獅子は風呂の虜となったのである。

「と、いうことがありまして……」

 ラッシュさんが説明を締めくくる。

「ほーん。湯に浸かるってのはそんなにいいもんなのか」

「ええ。ですから、家を買ってお風呂に入れる環境を作ろうと。土地さえあればシグルドが造ってくれるみたいですし」

 そう言われて俺は強く頷く。あの時髪や体も洗いたいことをこぼし、髪や肌をきれいにしたい旨を言うと女性陣が一気に家購入派に回ったのは記憶に新しい。なお固形石鹸があることは既に確認済みだ。少々高いのが玉に傷だが。

「でも依頼に出るとお預けだぞー」

 その言葉に「そうだった!」と萎れる女性陣。キール支部長は苦笑いだ。

「で、受けてくれるのか?」

 ラッシュさんがこちらを見る。イリスさんとミアは「仕方ないよね」と笑い合った。俺とリューグは黙って頷いた。

「受けます。報告は最寄りのギルドで構いませんね?」

「それで構わん。お前たちが受けてくれて良かった。ただ俺もちょっと心配なんでな。シグルド、お前に頼みがある」

 何でしょう? と俺が間の抜けた顔をしていると、キール支部長は執務机の上から二つの装飾が施された箱を持ってきて俺の前に置いた。

「これはな、ギルドで手紙をやり取りするための魔道具だ。作れないか?」

 そう言われて俺は鑑定の魔術を魔道具にかける。すると脳裏にそれが物質を転送する魔道具であることと付与されている魔法が脳裏に浮かび上がる。どうやら対となる箱同士で中身のやり取りができるらしい。

「材料さえあれば、多分?」

「そうか。じゃあ早速作ってくれ」

 そう言ってキール支部長はまた席を立ち、今度は壁にある戸棚から二つの簡素な箱と小さな魔石を持ってきて俺の前に置いた。

「用意良すぎません?」

「もともと連絡用にラッシュに持たせようと思ってたんだ。秘密裏に」

 主にお前のことを報告させるためにな、と暗に言われる。

 材料は揃っているので作り始める。箱の底に魔石を嵌め込んでさっき確認した空間魔法を付与するだけだから簡単である。

 ちなみにこの転移の魔道具、通称メールボックスは高くも安くもないお値段。一般にも普及し、普通に買うこともできるのだが、魔道具ということで購入すると足がつく。なので俺が作らされているというわけらしい。一冒険者とギルドマスターが専用のホットラインを持っているのは依怙贔屓と見られかねないので対外的によくないのだそうだ。

 特に集中することもないので、俺は疑問に思っていることを話題にしてみる。

「そういえば何で転移系魔法で生き物送っちゃいけないんでしたっけ?」

「うん? そりゃお前、死ぬ可能性があるからだよ」

 転移系の魔術をある程度以上の距離を離して使用した際、一部がどこかに消えてしまうことがあるそうだ。過去、メールボックスができた頃は人の輸送も考えられていたようだが、動物実験で縦や横に半分になったり、そもそも届かなかったりするケースがあったため今現在まで生物の輸送は大陸中で禁止されている。手紙、といっても俺の知っている紙ではなく植物の繊維を格子状に並べて圧着したものらしいが、それを送る際も二、三通同じものを送ることが普通らしい。「常識だぞ」とキール支部長が言っていた。

 ここで思いついたことが一つ。このメールボックスに使われている転移魔術を理解した時、今ここにある物質を特定の場所で再構築するようなイメージが伝わった。実際、それがこの世界の転移のイメージなのだろう。パワードスーツの脱着機能を作った時もそうだ。だが俺は地球人。地球の人間なら多くが知っている人間を転送する装置がある。青狸、もとい、未来の猫型子守りロボットがポケットから出す、扉の形をした未来道具だ。それに加えてSFによく出てくるワープ航法の知識なんかもある。つまり物質を送るのではなく、間の空間をすっ飛ばす扉を開ける方法を俺はイメージできる。

 このイメージがあれば生物用長距離転移魔法、いけるんじゃないか?

「お前、また変なこと考えてないか?」

 俺の考えを鋭く察知したキール支部長がジト目を向けてくる。

「よく分かりますね」

「伊達でギルドマスターをやってる訳じゃねぇってことだ」

 吐け、と言われたので素直に吐く。

「マジか」

「大マジです」

 頼まれたメールボックスも完成したことだし試してみるか、と俺は立ち上がる。

 場所は……あそこでいいか。

 サーチで人や魔物の気配を確認。見られるところに人はいないし、危険もなさそうなのでその名を唱える。

「ゲート」

 目の前の空間が揺らぎ、光の門が形作られる。門の先は、森の中。少し開けた広場のようになっている。門の前に立つと、木と土の匂いが強く感じられた。

 手を前に差し出す。特に抵抗があったり、魔術をかけられたような感覚は無い。ということはこの魔術は空間自体に作用するものであり、移動する物体に対しては何ら魔術的影響を及ぼさない。つまり、既存の転移魔術で起こる事故はこの魔術では起こり得ないのである。

 ゲートをくぐり、辺りを確認する。目印にしようと思ったものを見つけて、俺はちゃんと目標とした場所にいることを確信する。

「成功しましたー」と俺がゲートから体を半分出して来るように誘うと、皆顔を引きつらせてドン引きしていた。

「ちょっとなんですかその顔」

「いや、シグルド。転移魔法に躊躇なく飛び込めるお前の方がおかしい」

 皆の思っていることを、ラッシュさんが代表して答える。

「大丈夫ですって」と言いながら何往復かすると、キール支部長とミアは声にならない悲鳴をあげた。

 ここで最初に勇気を出したのはイリスさん。魔術に対する興味が勝ったらしい。ゲートの向こうにいる俺に向かって手を伸ばす。だが怖いものは怖いようで、目を硬く瞑ったまま足が動かない。

「し、シグルド。手を引いてくれませんか?」

「はいはい」

 俺はイリスさんの手を取ってゆっくりと引く。イリスさんが完全に森の方へ入ってくると、「もう大丈夫ですよ」と声をかけた。

 イリスさんは俺の声掛けにゆっくりとその目を開く。目の前の光景に呆けたような顔をしていたが、しばらくすると我に戻って自分の体をぺたぺたと触り始めた。

「移動するものに魔術がかかるわけではないのですね……。興味深い」

 考察を始めるイリスさんに続いたのはミア。だがイリスさんと同じように固まってしまったのでこれも同じように手を引いてやる。一回通ってしまえば慣れたようで、ミアはゲートで森と執務室を反復横跳びし始めた。これにキール支部長が再び無声の悲鳴を上げる。

「だ、大丈夫……なのか?」

 何度も往復して無事な俺やミアを見て恐怖が薄れて来たのかラッシュさんが近寄ってきて興味深げにゲートを観察する。だが通ろうとはしない。

「リーダー、大丈夫ですから。さぁ」

 そんなラッシュさんの手をイリスさんが取る。そして俺がそうしたようにその手を引いた。ラッシュさんがゲートをくぐると、その後を追うようにリューグが目を瞑ってえいっという感じで飛び込んだ。

「ここは……、いつもシグルドが訓練や装備開発に使っていた所か」

 ラッシュさんの言葉に俺は首肯する。俺の視線の先には、いつぞや付けた抉れたようなパワードスーツの着地後があった。

「あとはギルドマスターだけですよ」

 俺の言葉に皆の注目が集まる。ソファーにしがみつくキール支部長に。

「俺は絶対に行かんぞ!」

「大丈夫ですって」

「い、や、だ!」

 あ、この人身体強化使ってまで抵抗してる。かくなる上は。

「ミア。やっちゃってください」

 金獅子一番の力持ち、ミアの出番である。そもそも身体強化を使おうが、同等以上に使える上に種族特性として獣人に腕力で敵うはずがないのである。

 あえなくずるずると引きずられるキール支部長。何やら喚き散らしているが、流石の遮音結界。これだけ叫んでも誰も助けに来ない。キール支部長の体が半分ほどゲートに入ったところでいたずら心を刺激された俺は喚くキール支部長にそっと耳打ちした。

「今ゲートが閉じたら真っ二つになりますよ」

 途端に「ヒィッ」と情けない叫び声をあげてこちら側へ飛んでくるキール支部長。態勢が崩れるのは予想していたので、ミアは先にその手を取ってキール支部長とぶつからないように救助しておく。

 今の耳打ちが聞こえていたらしいラッシュさんが「なんて酷いことしやがる」と戦慄していた。

 倒れこみ、ゼィゼィと肩で息をしながら滝のように冷汗を流すキール支部長の側にしゃがみ込んで俺は「ね、大丈夫でしょう?」と言ってみる。流石に怒る気力までは復活していないのか、涙目でキッと睨んでくるだけだった。

「せ、説明しろ! 簡潔にだぞ!」

「扉を二つ用意して、その間にある空間を無くして扉同士をくっつけました」

「……なるほど。分からん」

 そう言いつつ立ち上がり、服に着いた土埃を払うキール支部長。だいたい皆、表情は同じだ。そんな中、思案顔が、一人。

「ゲート」

 おもむろに呟いたのは、イリスさん。その前に浮かび上がる光の門。

「あらら、できちゃいました……」

 本当にできるとは思っていなかったのか、困ったような笑みを浮かべるイリスさん。その眼前にある光の門の先には、キール支部長の執務室と開きっぱなしの俺のゲートが見える。

 性質上、無いとは思うが干渉することを恐れて自分のゲートを消し、イリスさんの開けたゲートを確認する。俺のとは違って門の間に隙間があって漆黒が覗いているが、ゲートとしては完成している。この漆黒はSF的な解釈をするならば超空間と呼ばれるものだろう。おそらく、転移魔法の事故で行きつく先でもあると思われる。

 一応漆黒の隙間に落ちていた木の枝を差し込んでみるが、何も起こらない。何回か出し入れしてみて、安全を確認しておく。大丈夫そうなので、今度は動物実験。近くに蜘蛛が巣を作っていたので、枝に移して同じように出し入れする。

「入っても大丈夫なパターンか?」

「何か問題ですか?」

「いえ。ここに隙間があるのが分かりますか? 別に入っても大丈夫だとは思うんですけど、変なところに繋がってます。落ちるような幅じゃありませんけど、使う時は気を付けないと。多分戻ってこれないんで」

「失敗ですか?」

「一応成功です。多分練度不足かイメージ不足ですね。何回かやってるうちに閉じますよ」

 そんな風に言いながら同時にこの超空間らしき場所を利用できないか考える。とりあえずは何も思い浮かばないが。

「とりあえず帰りましょう」

 そう言うとおっかなびっくりといった体だが来た時よりも遥かにスムーズにゲートをくぐる面々。だがそうもいかない人もいるわけで。

「俺は歩いて帰る!」

「門衛の人が不審がりますよ」

「嫌なもんは嫌だ!」

 駄々を捏ねるキール支部長を俺は担ぎ上げる。パーティーの中で身体強化を使っての力比べはミアに次ぐ二番目だ。これくらいのことは容易い。持久力が無いのは欠点だが。

「せめて、せめてシグルドが作った方にしてくれぇ~!」とキール支部長の情けない叫びが森の中にこだまする。それを無視して俺はイリスさんの作ったゲートを潜り抜けると、その時点でぐったりとなったキール支部長をさっきまで彼が座っていたソファに座らせた。

「お前……、俺に何か恨みでもあんのか……⁉」

「いえいえ。ギルドマスターに恨みだなんて、とんでもありません」

 一応、本心である。ただ何かしらやるたびに怒鳴られてきた鬱憤が溜まっているだけだ。

「さぁ、これで旅の途中でもロアにすぐ帰れますよー」

 そういうと風呂に心を奪われた皆が色めき立つ。いつもはこんなことをすると遠い目をするラッシュさんですら目をかがやかせて「でかした!」と言った。

 和気藹々と家の話をしていると、復活してきたキール支部長が口を挟んでくる。

「お前ら、家を買うなら受付でその旨を伝えておけ。金貨十枚までだがギルドが一割負担してくれる書類を発行してくれる。あと買った後に家の権利書を持ってもう一度来い。冒険者は定住すると兵役免除の代わりに税が高いからな。差分をギルドが補填してくれる。ただし年一で補助を出すかどうかの審査があるからな」

「そんな制度あるんですね」

「流れ者の冒険者を街に留めるための仕組みだ。働いてくれるならそれぐらいしても損にはならんのさ」

 ぐったりと体をソファーに沈めたままキール支部長は言う。話は全て終わっているようで、遮音結界の魔道具を停止させると「今日は早上がりしよう」とぼやいていた。さっきの転移魔法が相当堪えたらしい。

 キール支部長のアドバイス通り、受付で書類を貰ってギルドを出る。その足で隣の商人ギルドに向かい、家を購入する旨を伝えた。すると担当者が出てきて二階の応接室に通される。

実は既に内見は終わらせてある。ロアの街に帰ってきた次の日に商人ギルドに寄ったのだ。選んだのは二階建ての宿屋の居抜き物件。よくある食事処があり相部屋前提のタイプではなく、一人部屋が複数存在するものだ。見た感じではビジネスホテルのようなイメージを受けた。前の持ち主の事を聞くと、若干目立たない場所にありながらも繫盛はしていたらしいが、持ち主が「老いには勝てんかった」と言い残して親戚のいる田舎に引っ越したらしい。一階の奥に居住スペースがあり、その手前には倉庫と客室が二部屋づつ。二階は五部屋ある。ベッドなどの備品は残っているが、客室を改造して風呂を作ることも考えると都合の良い物件だった。

「金貨百と十二枚になります。ただお客様は冒険者でいらっしゃいますので、貸し付けはできず、一括払いのみとなりますが……」

 お金、ある? と担当の人は視線で問うてくる。

 ここで一つ、この世界の金銭感覚について思い出しておく。俺の記憶と照らし合わせると、だいたい貨幣として最低額の鉄貨が百円くらい。そこから十刻みで銅貨、銀貨、金貨と上がるため、金貨一枚はだいたい十万円となる。この街に初めて来たときに獲ったジャイアントボアが末端価格一キロ銅貨六枚から八枚というところなので、だいたいそれくらいのはずだ。ちなみにこの世界での平均的な四人家族が一ヶ月暮らすのにかかる費用は税金も含めて金貨一枚程度。一ヶ月三十日程度で十二か月あり、農家の平均年収は金貨十五枚程度だ。ちなみに一年とか一ヶ月とかは俺が勝手に当てはめているだけだ。この世界ではとある地域に一年のある時期に一日だけ繁殖のために鳴く鳥がいるらしく、その鳥が鳴いた次の日を翌年の一日としている。鳴いた日が元日にならないのは連絡と告知に時間がかかるからだ。

 提示された金額は俺の感覚的には一一二〇万円。そんな大金あるのかと言われると、何故か俺のアイテムボックスに入っている。依頼のついででジャイアントボアクラスを狩ってくるのだ。ちなみにジャイアントボアと似たような値段の付く魔物は西の山脈方向に行けばダンジョンから湧き出して来るので危険を顧みなければ獲物はゴロゴロいる。単純に考えて金貨二、三枚ぐらいが日当になるので、そんな生活を半年も続けていれば勝手に金は溜まるのだ。もっとも、本来はこんなハイペースで依頼をこなしたり狩りを行ったりすることは無い。すべては俺の訓練をしなければならなかったせいである。そういう訳で、一部は宿代と飲み代に消え、パーティーの維持費としていくらか入れていたと言っても、他のメンバーと違って俺の装備はほぼ全て自前。維持費も必要ないので今現在、俺のアイテムボックスには個人資産として金貨二〇〇枚程度が入っているのである。

 俺はアイテムボックスを開くと金貨百枚を入れた袋を取り出してテーブルの上に置く。そして一枚の書類を取り出すと、それを担当者に見せた。

「これは……、冒険者ギルドの建物取引の保証書ですね。確認を取りますので少々お待ちください。この街のものですのですぐに済みます」

 そう言って担当者は書類を持って席を立つ。

「おお、ほんとに利くんだ、アレ」

「そんなことよりいいのか。俺たち払わなくて」

「いいんですよ。代わりに好き勝手改築しますんで」

 もともと俺が風呂に入りたいと言い出したことに原因があるわけだし、文字通り風呂の魅力に沈めたのも俺だ。それに金はあって損はないが、どうせ使わないことがこの半年で判明している。娯楽に使おうにも、その娯楽が酒と娼館くらいしかないのだ。酒はそもそもあんまり量を飲む方ではないし、娼館に至っては興味はあっても行く勇気がない。

ラッシュさんやリューグに誘われることもないし。あと娼館通りで客引きをする女の子たちを見ていた時の女性陣の目が怖かった。

 そうこうしていると担当者が帰ってくる。

「お待たせしました。確認が取れましたので限度額の金貨十枚分を引かせて頂きます。お値段変わりまして金貨百と二枚になります」

 俺は金貨百枚を入れた袋をずいっと押し出し、腰のアイテムポーチから財布の皮袋を取り出し、端数の金貨二枚を取り出して渡す。ちなみに財布もアイテムポーチ化してあるため、小銭を取り出すのも楽々である。

 担当者は袋の中身を改めると、にっこりと微笑んだ。

「金貨百と二枚。確かにお預かり致しました。こちらが建物の権利書になります。この権利書が所有者を示す唯一のものになりますので、絶対に、失くさないようにしてくださいね」

 強く念を押された。紛失や盗難などでトラブルになることが多いのだろう。

 まぁ、俺にはアイテムボックスがあるので入れた事を忘れはしても失くし物とは無縁だが。

 事前に取り決めていた通り、権利書は俺が受け取ってアイテムボックスに放り込む。ラッシュさん持ちで商業ギルドの貸金庫に入れるのでもいいと思うが、絶対ではないので俺が管理することとなった。

 俺が死んだらアイテムボックスの中身もパァなのだが。その辺は言いっこなしか。リスク管理として最低限のサバイバル用具と食料は皆自前で持っているし、理解はしているはず。

 最後に鍵束を受け取り、俺たちは商業ギルドを後にした。ついでに冒険者ギルドにとんぼ返りして減税の手続きをする。

「ついに俺たちも家持ちかぁ」

「まぁ、実質のところシグルドの家ですけど」

「すべてはお風呂の魅力をあたし達に広めたシグルドが悪い」

「……風呂は、いいもの」

 跳び兎亭に荷物の回収と女将さんに挨拶に行く道すがら、そんな会話がなされる。

「そういえば家持ちの冒険者って普通はいないんでしたっけ」

 俺が聞くと、ラッシュさんが答えてくれる。

 まず金ランク程度の冒険者では資金的に厳しいらしい。俺の訓練のもとハイペースで依頼をこなしつつ狩りも並行して行うのはリスクが大きいから普通はやらない。俺たちの場合は基本俺が銃で動きを止めるし、槍の練習をするときはラッシュさんがしっかり盾役をこなしてくれるので何の問題もなかったが。加えて俺のアイテムボックスの存在も大きい。それに冒険者は本来流れ者。様々な街に依頼を求めて旅するものだ。ホームにする街があっても空けることが多いのでやはり家を持つのは現実的ではない。という訳で、家を持つのはミスリル以上の資金力があり、ホームタウンを定めた冒険者ということになる。

「そういえばミスリルの上にオリハルコンもあるんですよね。前に実質ミスリルが最上位と聞いた覚えがあるんですが」

「あぁ、オリハルコンランクは特殊でな。ミスリルの中でも冒険者ギルド本部が最上位に位置すると認めた冒険者に送られるランクだ。人数制限があるみたいだから、なろうと思って頑張ってもなれるもんじゃない。入れ替わりも激しいしな。ちなみにさらに上にアダマンタイトもあるぞ。これは実質名誉職だけどな」

 聞くところによるとアダマンタイトランクはミスリル、オリハルコンの中で引退を決めた者に対し、ギルドがそのつながりを保ちたい人物に送るのだとか。どこぞの国の前国王がアダマンタイトらしい。

 だからミスリルが実質最上位なんだよ、とラッシュさんは話を締めくくる。

 跳び兎亭に戻り、荷物を回収する。と言っても、ほとんど俺のアイテムボックスに放り込むだけだが。

 一階に降り、女将のリリーさんに挨拶。家を買った話をすると「近いんだからたまには顔見せに来な」とリリーさんは快活に笑った。ちなみに物件を紹介してくれたのはリリーさんだったりする。前の持ち主である爺さんとは知り合いだったようだ。あと珍しく旦那さんが出てきた。俺たちを見て、「長い間御贔屓にして頂いてありがとうございました」と頭を下げたのには驚いたが。確かラッシュさんたちは二年以上この街にいる。きっと上客だったのだろう。

 今生の別れでもないのに感慨深げな別れを告げる。もちろん俺も例外ではない。半年とは言え住まいだった場所だ。それに、そう思えるだけの付き合いはあった。

 だがリリーさん。いくらこの世界基準で童顔だとはいえ、子供にするように頭を撫でるのはやめて頂きたい。

 どうにもやはり、十四、五歳程度に見られている気がする。まぁ、別にいいのだが。

 跳び兎亭を後にして我が家となる場所に向かう。若干みんな早足で、期待が隠しきれていない。位置は表通り沿いにある跳び兎亭から路地を通った裏通り。裏通りともなると。建物は木造のものが増えてくる。俺たちが買った物件も、そんな木造住宅の一つだ。

「到着~。シグルド。鍵、鍵っ」

 張り付くように背中を押してくるミアに言われて俺はアイテムボックスから鍵束を取り出す。今日は全員普段着なので、背中の感触が柔らかい。正面入り口と裏の勝手口の鍵は一番大きい鍵だと聞いている。おそらくこれだろうとあたりを付けてドアに備え付けられた鍵穴に差し込むと、ガチャリと音を立てて扉が開く。内見の時にも見たが、思わず「おお~」と感嘆の声を上げる俺たち。内見の時も思ったが、全然埃っぽかったりボロさを感じさせたりはしない。きっと管理が良かったのだろう。流石商業ギルドといったところである。

「部屋割りどうします?」と聞く俺に「適当でいいんじゃない?」とミアが言ったことによりくじで二階の部屋割りが決定されることになった。部屋の鍵にはどの部屋のものかわかるようにタグが付いているが、そのタグを隠すように鍵の先を上に向けて俺が五つの鍵を持つ。

ラッシュさんから順番に引いていく。結果は、階段を上がった空間の正面に当たる一番手前の部屋にラッシュさん。その隣にリューグ。さらにその隣で一番奥右手の部屋が俺。中央の廊下を挟んで俺の向かいがミア、ミアの手前、階段の隣がイリスさんとなった。

 各部屋に各々の荷物を入れる。と言っても鎧やプロテクター程度しかないが。部屋の大きさは八畳くらい。地球のビジネスホテルみたいにトイレが各部屋についているなんてことは無いので、ベッドと収納棚、机と椅子があってもラッシュさんが床で腕立て伏せをするくらいの余裕はある。

 皆の荷物を運びこみ、俺も自室でベッドの具合を確かめる。簡素な木のベッドに布でくるまれたコットンシープの毛のマットレス。掛布団代わりのシーツは無かったが、毛布があるので当面は問題ない。ちなみにコットンシープはその辺の平原に普通に生息する魔物でもない普通の動物だ。食肉にも利用されるが、特徴的なのはその毛。長さ一メートル以上の毛の塊が握りこぶし大に固まっているのである。毛質は綿に似ているが、解きほぐすのが大変なためもっぱらその丁度良い硬さからマットレスや工芸品の詰め綿として使われる。

 叩いて埃が出るような状態ではなかったので俺はベッドに身体を横たえた。

「若干かび臭い……か?」

 気にならない程度だが、みんなの意見を聞いて買い替えるか相談しようと思う。

「シグルドー、一階の様子見よー」

 俺の部屋の扉を遠慮なく開け放ったミアが言う。

「ノックぐらいして下さいよ。…………その発想は無かったみたいな顔しないで下さい」

 呼ばれたので体を起こす。また背中を押されるようにして一階に降りると、既に皆が揃っていた。

「確か一階を改築するんだよな?」

 ラッシュさんの言葉に俺は頷く。

 一階は奥にキッチンと前の持ち主の居住スペース、その手前には二階と同じように廊下が伸び、居住スペースの方を向いて右手に二部屋の客室、左手に宿の備品や家主の食料などを入れておく倉庫が二部屋存在している。このうち居住スペースはダイニングキッチンとしてそのまま利用し、客室二部屋を浴室と脱衣所に改装する予定だ。倉庫は階段下に当たる小さい方の一部屋をそのまま残し、もう一部屋客室と同じサイズになっている部屋は出来てからのお楽しみだ。材料は見つけているし、できるとは思うのだが、確定はしていないので考えがあることだけ示唆して置いておいてもらう。

 一階の客室、その手前の部屋に入る。間取りや家具一式は同じだ。ここは脱衣所にする。奥側の部屋は浴室だ。なぜかというと、浴室の排水管をキッチンとつなげるためである。上水と下水どちらを優先するか迷ったが、家の構造を魔法で探った時に上水の方が手を加えやすそうだったのでこうした。

「で、いつできるの? 今日入れる?」

 そのミアの期待に満ちた言葉に俺は目が点になる。

「何のことですか?」

「お、風、呂。あとどれくらいでできる?」

 何を言っているのだろうか。いくら魔法をフルに使ってもそんなすぐに工事ができる訳がない。風呂だけでも最低三日はかかるだろう。

 時間がかかることを伝えると、ミアが分かりやすく絶望した顔をする。

「すいません。あの時はシグルドがすぐにお風呂を作っていたので、簡単にできるものかと思っていました……」

「あぁ、あれはほんとに穴掘って湯を溜めただけですからね。今回は上水から水を取り入れて湯に変える魔道具や下水に繋げる排水管、換気扇や追い炊き用の魔道ボイラーの設置、浴室と脱衣所の防水処理、材質によっては防腐処理などいろいろありますから」

「何のことかは全然分からんが、大変なのはよくわかった。すまん」

 ラッシュさんは俺の言葉を聞いて謝ってくれる。他の三人も申し訳なさそうだ。

「お風呂つくるのって大変なんだね……」とミアにいたってはしょんぼり顔だ。

 するとどうするか、とラッシュさんは何やら思案顔をする。

「どうかしましたか?」

「いやな、依頼を受けた以上明日には出発しようかと思っていたからな。俺も風呂はすぐできるもんだと思ってたし」

「あー、そういう」

 いや、想像しているあれを作れれば別行動が可能になるか……?

「ラッシュさん、とりあえず出発する方向で。保存食は収納袋に詰めてアイテムボックスに入れてありますし、買い物もベルヌを経由するでしょう? 個人で持っているものを併用すれば持つと思います。あと考えていることがあるので買い物に付き合ってもらえませんか?」

 その言葉にラッシュさんは了承の意を示す。今日の付き添いは基本街にいるときは暇をしているミアに決まった。

 ミアと連れだって冒険者ギルドに向かう。他の三人は一応の備えとして食料をもう少し買い込んでくるそうだ。

「ギルドで何買うの?」

「魔石と地図です」

「ん? 魔石はともかく地図はラッシュが持ってるよね?」

「自分用のですよ」

 そんな会話をしながら、俺は小粒と中粒の魔石をいくつかと、ライクロイック王国周辺と世界地図を購入して家路につく。

 家に着き、改築予定の方の倉庫に入ると俺はミアの背負子を取り出した。続いて食料やテントの入った収納袋や、その他旅の用意を次々とその場に取り出す。

「わぁ、懐かしい。まだあったんだ、これ」

「俺に何かあった時必要でしょう?」

そんなことを言うと「そういうこと言わないで」と割と本気で怒られた。

「とりあえずミアはこれに荷造りしといてください」

「おっけー。シグルドは?」

「さっき買った魔石を使って魔道具作りですね」

 そう言って俺はミアを残し、自室に引っ込む。

 椅子に座り、机の上に魔石と材料となる鉱物を取り出す。鉱物は前にインゴットを買っている。黄金色に輝くその延べ棒は銅と亜鉛の合金、黄銅だ。真鍮とも言われる。

 俺はクリエイトの魔術を発動し、真ん中に小粒の魔石を封入しながらその形を造っていく。モデルはシーサーや狛犬のような所謂おすわりの状態のライオン。この世界にも見た目ライオンそのままの風魔術を扱うウィンドレオという魔物がいるからそれに見えなくもない。素材を真鍮にしたのは俺たちのパーティー名に掛けたからだ。ほんとは金を使いたいところだが、安く済ませた。

 続いて魔石を核にして魔術を刻み込む。といっても、魔力波を放つだけのものだ。もちろん放つ魔力波には隠蔽を施しているのでそれを見て魔道具であることや放たれる魔力が察知されることは無い。そんなキーホルダー、もといストラップのようなものを五つ用意する。今度は地図を用意。金獅子を形どった魔道具と対になるように地図にサーチの魔術を付与する。イメージ的には無線のチャネルを合わせるような感じだ。

 できた金獅子のストラップを部屋の中心に置き、ライクロイック王国の地図の上に手をかざす。続いて世界地図でも同じことを行う。実験が成功したので、俺は地図上に認識できるストラップ目掛けてゲートを開いた。すると俺の横と背後にゲートが展開される。

「ビーコンの完成だ……!」

 ビーコン、それは対応する地図と合わせることでその位置を特定できる魔道具である。また地図上からは認識できればビーコンを起点として魔術を発動することも可能であり、また地図を用いなくともある程度の距離ならば魔力波のチャネルを自分自身と同調させることにより位置把握もできる。最も、放たれる魔力波の波長は使用する間に所有者の魔力に置き換わるため俺のサーチを使えば位置把握の機能は無駄なのだが、これは副産物なので無駄機能とか言わない。

 そうこうしているうちに下の階が騒がしくなる。買出しに行っていた三人が返ってきたらしい。俺は一階に降りると、できたばかりのビーコンを四人に渡した。

「というと、何だ。これを俺たちが持っていたら、どこにいても俺たちの側まですぐにゲートが開けると?」

 ラッシュさんの質問に俺は首肯する。しげしげとビーコンを見つめるラッシュさん。ミアとリューグも同じようなものだが、イリスさんは鑑定をかけたりいろいろと忙しそうだ。

「なので一緒に街を出て、俺はすぐにとんぼ返り。皆で旅は続けてもらって俺は工事を終え次第合流という形でどうでしょう」

 それまで荷物はあれで、と俺は背負子を背負ったままのミアを指す。

 ふーむと腕を組むラッシュさん。俺がいないことでのパーティーへの負担、俺へのリスク、様々なものを天秤にかけているのだろう。いつもより長い間考えていたラッシュさんは考えをまとめると、俺に向き直って言う。

「イリスを残す。ミアとリューグは俺と旅路だ」

 ラッシュさんが異論は、と問う。若干二名が表情を曇らせたが、特に反対意見は出なかった。

 翌日、予定通り俺たちはロアの街を発った。それぞれのポーチや背嚢には俺の送ったビーコン付きのストラップが付いている。

 しばらく進んで、俺たちは人目につかないように森の中へと入った。サーチで人が周りにいないことを確認し、ゲートを開く。

「ではまた数日後に」

「怪我の無いようにしてくださいね?」

 ラッシュさん、リューグ、ミアの首からは俺とイリスさん合作の回復魔術ヒールが三回分使えるタリスマンが首から下げられている。俺もヒールは使えるが、俺だけの手でないのは、直接ヒールを使うならともかく負傷箇所が分からない場合この世界の人間が漠然と傷を治すというイメージで使うヒールの方が効果が高くなるため、魔道具化するにあたっては逆にイメージのし過ぎで俺のヒールは使い物にならなかったからである。なおこの世界に治癒ポーションは無い。この世界において、ポーションとはすべて病や毒に対する備えなのである。

「お前らから貰ったお守りもあるから大丈夫だ」

「そのお守りを使うような状況にならないで下さいといってるんですっ」

 腰に手を当ててぷんすこ怒るイリスさん。あまり見せることのないその剣幕には、さすがのラッシュさんも苦笑いを浮かべた。

 三人と別れてゲートをくぐる。展開した場所は、家の二階の廊下の奥。俺とミアの部屋の間だ。ここには事前にビーコンとなる魔石を壁の木の板にクリエイトを使って埋め込んでいた。しかし、木材をクリエイトで加工するとそこだけパーティクルボードみたいになるのが欠点だ。

「さて、作りますか」

 装備を脱ぎ、一階に降りながら俺は服の袖を捲る。とりあえずは風呂が急務だ。

「シグルド、今更ですけど、大工に頼まなくて大丈夫なのですか?」

「柱は全てそのままなので大丈夫ですよ。それにウィークディスカバリーで壊しちゃ不味い箇所は分かるんで」

「それ、弱点看破の魔術ですよね。建物に使うという発想が普通はありません」

 困り顔のイリスさんを放っておいて俺は建物にウィークディスカバリーをかける。するとほとんどの柱が二階まで繋がっており、切っては不味いことを教えてくれる。これは内見の時と同じだ。切っても問題ないのは前の家主の居住スペース、そのキッチンと寝室を隔てる壁の柱くらい。

 とりあえず風呂場と脱衣所にする部屋の備品をすべてアイテムボックスに入れて、通路側の壁を撤去する。中から土壁が出てきたのでこれも撤去。真ん中の柱と外側の壁を残して二部屋をぶち抜く。浴室にする部屋の扉を撤去し、土壁で塞いで壁をぶち抜いたときに出た木板の廃材で内装を整える。だがこれは後で塞ぐつもりだ。続いて床の木板を撤去。床に露出した地面を十五センチほど掘り下げ、一端作業を終える。別に建築や排水に詳しいわけではないが、排水管にS字をした部品があることぐらいは知っているのでせっせと排水管をいつもの要領で作っていく。俺は部屋の半分をもう一度掘り下げ、浴槽の型を作る。単純計算八畳くらいの部屋の半分を使ったので四畳サイズの浴槽。かなりデカいが、風呂が広くて悪いことは無い。この世界に水道代はないし。あとは浴槽内部と外部の土を斜めに掘り下げていき、キッチンの排水管を見つける。なお見つけるにあたって振動を与える魔術とサーチを組み合わせたソナーという魔術を開発している。地中や壁の中のものを探すことにしか今のところ使えないが、この今は役に立つ。なお排水管に穴を空けて繋げた時に嫌な臭いはしなかった。これはこの世界の下水が生活排水を流すだけであり、屎尿は別に畑の肥料として回収されるからである。ちなみにトイレは階段のすぐそばにあり、この辺り一帯の汲み取り槽に流されるためここは絶対に弄れない。ついでに言うとこの世界のトイレは意外にも水洗である。

 とりあえず排水管の設定を終えた俺は、イリスさんに頼んでキッチンの水を使いながら風呂場で水魔術を使い、排水管がオーバーフローしないことを確認する。続いて下水を作ったのと同じ要領で上水の配管を探し、これを延長して浴槽とカランを取り付ける部分まで伸ばす。ちなみに上水は魔石を利用したポンプで水を井戸からくみ上げている。配管を作った際にポンプを作動させてみたが、キッチン、カラン三か所、浴槽の計五か所から水を出してもかなりの勢いがあった。

続いて俺はイリスさんを伴って木材店に向かい、船にも使われる水に強い板材を大量に購入。組み合わせながら風呂場の床、壁、天井をすべて板材で張り合わせ、クリエイトで隙間を埋めつつ大量に保有している土塊からガラス質を抽出してコーティング。これで風呂場の外観が完成する。なお上水の配管は一端取り外し、二股にしてから片方は隣の部屋に行くように繋ぎなおしている。

次に隣の部屋に移る。脱衣所だが、半分は湯を生み出すボイラー室だ。部屋の半分に満たない程度のスペース。そこに上水の配管をつなぎ、また浴槽から入ってまた浴槽に戻る追い炊き用の配管も用意する。これに水を温めるための魔道具を設置し、お湯が出るようにする。温度は上水用は九十度程度、追い炊き用は四十五度程度だ。また追い炊き用の配管に強い紫外線を照射できるようにする。殺菌のためだ。これを上下左右土壁で覆い、管理用に脱衣所との間に扉を付ける。これは浴室側の部屋の扉を再利用した。

ボイラー室が完成したら次は更衣室。扉はうまい具合に手前側にあるので、扉が開く分と靴を脱ぐスペースだけ空けてすのこを設置。もちろん元のままの床の木板が痛んでは困るのでガラスコーティングはしっかりしてある。

脱衣かごを入れる棚を置くスペースを考えつつ、内装を整え、浴室との間に引き戸を設置。最後に浴室のカランと浴槽の出水口から水と湯の両方が出ることを確認し、それぞれ蛇口を付ける。ちなみに浴槽の出水口は一つになるようにしてある。イメージは源泉かけ流しの温泉だ。またカランにはゴム弾を作った時の応用でゴムホースを作り、木製のシャワーヘッドを取り付ける。さらに浴槽の排水溝用にゴム栓を作る。

「終わった……」

 最後に照明用と換気扇となる魔道具を取り付けて、以上の作業を俺はきっちり三日かけて完了させたのであった。

「お疲れ様です、シグルド」

 で、とイリスさんがいい笑顔で迫ってくる。

「もう入れるんですか?」

「お、お湯張りさえすれば……いつでも」

「どれくらいかかりますか?」

「二十分もあれば?」

 イリスさんがそわそわしている。出来立ての風呂を前にして、何を言いたいのかは自明だった。

「先に合流しましょう。急いでても大丈夫なように二、三人一緒に入れるように設計してますんで、ミアと一緒にでも」いいんじゃないですか、と言い切る前にその手を取られて「ゲートを。早く」と急かされる。

 どんだけ風呂入りたいんだ、この人。かくいう俺も待ちきれないが。

 渾身の木製風呂だ。ガラス質で完全にコーティングしているせいで木の匂いがしないのが少し残念だが。

 俺はボイラーのスイッチを入れ、浴槽の蛇口をひねってからイリスさんに請われるがままゲートを開く。地図を開き、ビーコンを介して三人の周りに人がいないことは確認済みだ。ちなみにビーコンも各自の魔力にいい感じに染まっている。

「ゲート」

 さぁ、三日ぶりの再会だ。

 ゲートの向こう、焚火の上に設置された鍋を挟んでお玉を片手にしたミアと視線が絡む。ミアはお玉を鍋に突き刺し、ゲートに飛び込んできた。ゲートの裏から回り込むようにしてラッシュさんとリューグもその顔を覗かせる。

「もうお風呂入れる⁉」

 開口一番それかい。

 それだけ楽しみにしていてくれたのが分かるというものだが。なおイリスさんはミアと入れ替わりでゲートに飛び込んでいる。向こうで「ぐえっ」という声とともに旅の無事を確かめる声が聞こえるが、うめき声を上げた相手が誰かはもはや語るまい。

「ミア、お風呂を張るのにも時間がかかるので話は向こうで。ゲートを張りっぱなしというのも良くないですし」

 尻尾を揺らめかせ瞳孔が開いたミアを宥めてゲートをくぐる。そのあと食事を共にし、風呂づくりの苦労を語り、皆で順番に入った風呂は、大変好評だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ