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5 ゴブリン討伐作戦

 ベルヌの西門に、金獅子、蒼烏、月光蝶の総勢十三人が揃う。指揮系統は別だが、一応総指揮官は蒼烏のガルムさんになるらしい。ゴブリンの集落が出来つつある山脈の麓までは徒歩で一日。身体強化を使って飛ばせば七、八時間で到着する。移動の合間に軽く自己紹介。蒼烏は小盾とエストックを使う軽戦士であるガルムさんを筆頭に、斥候で短剣二刀流のマチアスさん、バスターソード一本の魔術剣士ロブさん。両手剣使いで犬人族のニールさん。月光蝶の方はリーダーで純魔術師の火力担当リーシャさん。同じく純魔術師で補助魔術メインのエイミさん。魔術剣士で双子のキキさんとミミさん。こちらも挨拶を返し、俺がガンナーだというと月光蝶の四人は珍しいものを見たという顔をする。なお蒼烏のメンバーはガルムさんを除き面識はないが、話だけは聞いていたようで、一様に「お前が噂の奴か」という顔をした。

 先行隊との合流地点には、昼前に着いた。見張り役の冒険者から伝令役の人が帰ってきており、軽く腹に食事を入れながら報告を聞く。

「現在は監視を続け、集落の外に出た奴らを間引く程度に留めています。連絡は通っているのでいつでも始められますよ」

 その言葉に、各パーティーのリーダー三人は頷き合った。すぐ動くようだ。

 蒼烏は少し回り込んで北側から。俺たちと月光蝶は東側から突入することに決まっている。十分もすると少し開けた場所が見え始め、ギャアギャアと耳障りな声が聞こえてくる。茂みの陰からその様子を確認し、サーチでもその数を数え、俺はごくりと唾を飲んだ。そこには大量のゴブリンがいた。総勢七十八匹。聞いていた話より多い。ゴブリン討伐の経験が今までないわけではないが、この数には少々気圧される。

 北側の茂みにも人影が見えた。蒼烏が位置に着いたらしい。初手は月光蝶のリーシャさんの一撃が撃ち込まれるので、それを待つ形だ。

 リーシャさんは水雷混成魔術のショックウェーブを初手で放つと聞いている。これは対象と地面を水で濡らし、感電させる魔術だ。またこのとき使われた水分は即座に霧散するので地面がぬかるんだりすることは無い。

 リーシャさんの魔力の波が広がっていく。広がっていく。……広がっていく。

 え、集落全域ですか? 範囲広すぎない? 俺の知ってるショックウェーブと違う。

 俺が想像していたのは半径五メートルくらいのもの。だがリーシャさんの展開する魔術の範囲は優に半径三十メートルを超えている。力量の差なのか、俺の想像が及ばない何かがあるのか。今まで想像と違うことはあっても想像を超えられることは無かった。なので不謹慎ながらわくわくしている自分がいることを自覚し、自制する。

「ショックウェーブ!」

 地上付近の魔力が弾け、ゴブリンたちがずぶぬれになっていく。上空の魔力が収束し、連続して雷槌が降る。雷槌の数は、合計三十本。思った以上に力技だった。急降下爆撃じゃ範囲が足りない? だったら絨毯爆撃すればいいよね? と言っているようなものだ。それでも単純だが数を増やして範囲を広げる応用力と魔術の制御力は感嘆に値するが、ちょっとがっかりしている自分がいるのは否定できない。

 バシィッと鋭い音を立てて広がった稲妻は、余すことなくゴブリンたちを襲っていく。運悪く着弾点にいたゴブリンたちは体中にやけどの跡を作って即死し、周りにいたゴブリンも弱い個体は即死、生き残った者も火傷を負い、それを逃れた者も体を痺れさせた。

 これにてゴブリンは三割が命の灯を消した。辺りの魔力が霧散し、周りを濡らしていた水分も乾いていく。それを見計らって俺たちは飛び出した。ここからは役割分担。蒼烏は北側を、金獅子と月光蝶は東と南を抑えつつ範囲を狭め、包囲殲滅していくことになる。

 俺はライフルを構えた。マガジンには麻酔弾を示す水色のラインが入っている。我流だが、もう何度も実戦を積んできた俺は既に魔術の精神的補助なしで銃を扱えるようになった。

 ラッシュさんが飛び出していく。後ろにはイリスさん。ミアとリューグは辻斬りをしつつ南側へと回り込む。あとリューグが何気にえぐい。短剣で割かれた相手の動きを見たが、負傷箇所によらず泡を吹いて全部倒れていく。おそらく、短剣にに即効性の致死毒が塗られているのだろう。ラッシュさんは右手の剣で正確にゴブリンの喉を切り裂きつつ道を切り開き、周りの雑魚をイリスさんが火球の連投で焼き殺していく。全員動きが滑らかだ。対して金獅子の後方に位置する月光蝶の面々は魔術の連射により確実にゴブリンの数を減らしている。特に目を引くのはやはりリーシャさん。雷系と水系がやはり得意らしく、ゴブリンを数体水の鎖でつないでは雷槍を放って感電死させている。上位種でもないゴブリンでは過剰火力なのだろう。エイミさんはストーンショット、いや、あれはその上位魔術であるストーンバレットか。石礫の散弾を乱射して面制圧をしている。キキさんとミミさんは完全に鏡写しのような格好で左右反転しているという特徴はあるのだが俺には見分けはつかない。だが二人とも光属性魔術のライトショットを使いながら盾と剣も使いつつ若干前線を押し上げるのに回っている。そして活躍目覚しいのが蒼烏のメンバー。エストックのガルムさんとロングソードのロブさんは一対一向きなのか、ゴブリンたちを圧倒しつつも少々戦いにくそう。しかしその差を埋めるのが双短剣のマチアスさんと両手剣のニールさんだ。個々で見れば活躍に差があるが、チームとしてみればガルムさんとロブさんが敵をニールさんの前に誘導し、ニールさんがまとめてなぎ倒す。零れたり隙をつかれそうな部分はマチアスさんがカバーするという立ち回りになっている。

 なぜ俺が全パーティの動きを把握しているかというと、一人上空に陣取って俯瞰してみているからである。決してさぼっているわけではない。これもお仕事なのである。俺の職業は一応ガンナー。ガンナーは遠距離からのデバッファーでありクラウドコントロール要員だ。今皆が戦っているような上位種でもないゴブリンとの戦闘では必要ないのである。では俺は要らない子なのかというとそうではない。

 俺は銃を構え、即座に奥にいる一匹に狙いを付けると続けて引き金を引いた。ターンッという若干軽い音をさせながら飛んで行ったゴム弾が上位種の頭に命中し、睡眠の効果を発揮させながら転倒させる。

 俺のお仕事。それは、各種属性に耐性を持つ厄介な上位種を皆が全体の数を減らすまで足止めしておくこと。その一点においては、ガンナーは何よりも有効な職業だ。なお上空を取っているのは射線を通すためである。ちなみにフライやレヴィテイションで浮いているのではなく、空間魔法で足場を作っている。これは足場がないと踏ん張りがきかず、銃の反動で後ろに吹っ飛ぶからだ。

 感電から復帰した上位種を見つけてまた一発。もちろん、通常種にも味方の援護が必要そうなところには打ち込んでいる。

あ、また一匹。

ターンッと音をさせて双子の片割れの後ろから迫っていたゴブリンを硬直させる。

「大丈夫ですか! えっと……キキさん!」

「ありがとう! でも私はキキじゃじゃなくてミミ! 私左利きだから!」

 そう言いながら左手の剣で俺が止めたゴブリンの首をミミさんが切り飛ばす。

 戦況を見ると、北側が一番押しているようだ。蒼烏の連携は伊達ではない。二番目は南側のミアとリューグ、後方のリーシャさんとキキさん。正面東側のラッシュさん、イリスさん、エイミさんミミさんは数が多いこともあってゆっくりとだが、確実に数を減らしている。

「きゃあっ!」と南側で悲鳴が上がった。「ミア!」と叫ぶリューグの声が聞こえた。その瞬間サーチの意識を深くする。ミアの反応とゴブリン、それも上位種の反応が重なっている。数が多いのと上位種の中でも体格が小さいのとで見逃した!

 ミアを組み伏せていたのはゴブリンシーフ。人間を捕獲するのに一番長けた種類だ。一瞬の不意を突かれたのだろう。狙われた理由は、おそらく突出していたのと女だから。ゴブリンシーフの腰布の下。その股の間から凶悪なモノが膨んで行くのが見えた。それを見て俺はキレた。つまりは「俺の惚れた女に手ぇ出してんじゃねぇ!」と。

俺は足場を蹴り、後ろに向かって銃を構える。組み上げた魔術回路に割り込み、最大出力のブラストで空砲を放つ。反動が体に伝わり、慣性の法則に則って俺の速度は上昇する。防御魔法を張り、その勢いのまま突っ込む。すれ違いざまに銃剣でゴブリンシーフの首を薙ぐ。勢いあまって周りのゴブリンをボウリングのピンみたいに跳ね飛ばしながらごろごろと転がって着地すると、俺はすぐに立ち上がって押し寄せてくるゴブリンどもを切り伏せながらミアの元へ向かった。

「ミア!」

「シグルド?」

 呆けたようなミアの顔。その目尻にはこれで最後と思ったのか涙の粒が浮かんでいる。

 互いにその身体をゴブリンの血で染めながら無事を確かめ合う。ミアに被害は特にない。どんな早業だったのか手足をポーラのようなものでからめとられているだけであり、服は多少破けているもののその素肌に傷はなかった。

「よかった。無事だった」

「シグルドが、助けてくれたの?」

「ああ。ミアが襲われてるのが見えたから。文字通り飛んできた」

 そう言ってミアの手足に絡んでいるポーラを銃剣で断ち切り、ミアをしっかりと立たせる。傍らでは次の矢を咥えつつ弓で一体を屠ったリューグがミアの双剣を無言で差し出してきた。その目が「さっさとしろ」と言っている。

 気が動転しているミアに変わり俺が双剣を受け取ると、リューグは俺たちを守るように弓を使い、短剣を使い、着実にゴブリンたちを減らしていく。

 俺はミアの手に剣を握らせ、その目をしっかりと見た。

「南側の守りの要はミアだろ。しっかりしてくれよ、お師匠さん」

 そう言って俺は背後から粗末な斧を振り被ったゴブリンを銃剣で袈裟切りにしてやる。お前の弟子はもうここまで戦えるようになったぞと見せつけるように。

 振り返って、もう一度ミアの目を見る。その目には確かな戦意が灯っていた。

 離れても問題ないことを確信した俺は再びフライで上空を取る。ゴブリンシーフはヤバい。一匹で戦線が崩壊しかねない。そう結論付けた俺は、サーチで優先的にゴブリンシーフの位置を探る。反応が出たのは二か所。まだ後方だ。俺は二体をロックオンし、打ち抜く。ビクンと痙攣をおこし、倒れるゴブリンシーフ。だがゴブリンとはいえ上位種。いつ睡眠の効果が切れてもおかしくはない。前衛組が到達するまでまだ時間がかかる。

 ミアの時は無我夢中だった、というかブチギレていたからできた。でもゴブリンの集団の中に突貫するなんて正気の沙汰じゃない。でも今対処できるのは俺しかいないのも事実。

 一瞬の逡巡の結果、さっきのミアのことを思い出した俺は自分に活を入れる。

「シグルド! 何をする気だ!」

 上空を取ったままゴブリンの集団の中目掛けて跳んでいく俺を、下から上位種のファイターとガチンコの殴り合いをしているラッシュさんが止める。

「シーフだ! 先につぶさないと不味い! さっき南がそれで瓦解しかけた!」

 俺の言葉にラッシュさんは苦虫を噛み潰したような顔をする。

「シーフか、くそったれ! やれるのか⁉」

「やってやるさ!」

 ラッシュさんから命を大事にとのお小言をもらいつつGOサインが出たので俺はシーフに向かって突貫する。未だ動きを止めているシーフを直下に見下ろし、身体強化と重力魔法を併用して垂直落下。シーフの心臓を一突きしてその命を絶ったことを確認すると、周りのゴブリンたちが反応する間もなく再び高く跳躍して離脱する。その勢いのままもう一体のシーフの心臓を狙って落下する。

「グギャッ!」

 その瞬間、シーフがいきなり跳ね上がって俺の一撃を避けた。睡眠が既に解けていたのだ。

 体が動いたのは咄嗟の判断だった。地面に突き立てた銃槍を支点にして俺はシーフに対して足払いをかけた。

 この動きができたのは、ミアのおかげ。死んだふりをして油断を誘ってくる相手に対しての動きの一つ。

 尻もちをつくシーフに対して俺は銃槍を振り被る。シーフは粗末な短剣で受け止めようとしたが、俺の銃槍の切れ味の前に上半身を真っ二つにして絶命した。

 周りを見れば、通常種に交じって上位種のゴブリンも俺を取り囲んでいた。それらがじりじりと俺との距離を詰める。また跳躍して逃げようと思ったその時、壁のようになっていたゴブリンの一部が横なぎに消し飛んだ。驚いてその方向を見れば、両手剣を振りぬいた状態で残心するニールさんがいた。

「あ? シグルド? お前、なんでこんな前線にいるんだ?」

 ゴブリンシーフが居たこととそれを仕留めた経緯を簡単に説明する。

「シーフか。そりゃお手柄だったな……っとォ!」

 両手剣を軽々と振り回しながらニールさんは褒めてくれる。俺も説明しながら、何体かを屠る。

「お前、槍捌きも悪くないな。こっちはもういい。元の役割に戻ってくれ。ここからが正念場だぞ」

 両手剣を肩に担いだニールさんに後押しされてその場を離れる。上空から俯瞰してみると、戦況は確かに大詰めと言ったところだった。

 残っているのはほぼ上位種。それが十数体と通常種が数体。中央に位置する最も大きな個体は、おそらくゴブリンロード。キング種だともう数段気配が上のはずだ。

 俺は唯一巨大といえる棍棒を持つゴブリンロードに狙いを定めると、麻酔弾を放った。一発、二発、三発目でやっと効果が表れる。睡眠は低級の魔術のため耐性を持つ敵も多いのだ。これではいつ睡眠が切れるかもわからず、また連続でかけるとかかりも薄くなってしまう。敵の数を見て、もう足止めの必要がなくなったと判断した俺はマガジンをチェンジした。マガジンのラインの色は水色から黒へ。付与された魔術はやライフスティール。着弾した敵から直接生命力を奪う衰弱弾だ。俺はそれを、残っている敵に向けて各一発づつ発射する。一発で膝をつかせるようなものではないが、ラッシュさんと力押しの勝負をしているファイターなどは目に見えて押されるようになった。俺は地面に降り、駆けだす。そしてラッシュさんが抑えている後ろまで来ると、縦の隙間から銃槍を突き出してファイターの足の健を切った。態勢が崩れたファイターにすかさずとどめを刺すラッシュさん。また次の敵を押し込むと、俺に視線を向けずに問う。

「シグルド! 援護は、どうした⁉」

「衰弱弾に切り替えた! 睡眠はもう効かない! 俺も前線に出る!」

「まだお前には無理だ! 下がれ!」

「援護くらいはできるさ!」

 そう言って先ほどと同じようにラッシュさんの後ろから敵の健を切り裂き、転倒させたところをラッシュさんが仕留める。

「お前……」

「ロードに睡眠が利いているうちに、早く!」

 ラッシュさんは俺の目を見、前方に控えるロードを見、思うように攻撃できない魔術組を見、もう一度俺を見た。

「絶対に俺の後ろから出るなよ!」

 俺は答えない。頷くだけだ。信頼には行動をもって返す。

 魔術組は既に乱戦となりかけている戦場に向かって攻撃魔魔術を打つことはしない。既に全員が補助魔術や付与魔術に切り替えており、疲弊し始めている近接組の底上げを図っている。同じ理由でニールさんは両手剣の鍔を巧みに使い突き主体の戦い方に変えていた。また魔術剣士であるロブさん、キキさん、ミミさんは自分の武器に魔術を付与しながら近接で敵を屠るやり方にシフトしている。俺はラッシュさんの後ろから衰弱弾を撃ちつつ、ラッシュさんが受け止めている敵の弱点をを正確に突いていった。

「いいぞ、シグルド! なかなか様になっているじゃないか!」

「ミアに、鍛えられた、からなッ!」

 それにこのラッシュさんの後ろからリーチを生かして突く方式は今までの討伐依頼の中でも行ってきた戦法。精神的負担は少ない。

 ニールさんが最後のゴブリンメイジを両手剣で突き刺し、ブンと振るとズシャッと音を立ててゴブリンロードの前にその骸が転がる。

 丁度ロードの睡眠が切れ、最後の足掻きを見せる王のごとくその巨躯が立ち上がる。その姿はより上位の魔物、オーガの姿を幻想させた。

 先手を打ったのは、俺。弾丸に乗せて、ロードの体にライフスティールを叩き込む。続いて前に躍り出たガルムさんがエストックで腕の筋を突きながら挑発の魔術を発動。そのままラッシュさんとスイッチし、シールドバッシュを叩き込んだラッシュさんがこれまた挑発を発動してヘイトを引き継ぐ。盾によって動きが止まったロードに対して、ミアが双剣の斬撃を、ニールさんが突きを、リューグが毒弓を放つ。だが、

「えっ」

「チッ」

「……」

 ロードはその攻撃の尽くを弾いた。その正体は防御魔術、物理障壁。

「ッ⁉ 散開! 魔術組は攻撃魔術! クソ、ゴブリンが防御魔術を使うなんて聞いてないぞ!」

 ガルムさんが指示を出しながら悪態を突く。俺はロードの腿を切りつけ、重装備で動きの鈍いラッシュさんを抱えて跳ぶ。その足元を、雷槍が飛んで行った。他にも砲弾のようなストーンショット、マシンガンの如く放たれるライトショット、火球や氷槍などが飛んでいく。それを受けたロードは、無傷。一瞬見えた防御魔術の輝きは、おそらく魔術障壁。

「魔術障壁まで……!」

 イリスさんの悲痛な声が聞こえる。だが空中に逃れた俺とラッシュさんは、二人で顔を見合わせていた。その理由は、ロードの腿。丁度、俺がラッシュさんを引きはがした時に切りつけたあたり。そこはさっくりと一文字の傷が出来ており、血がだくだくと流れていた。

「効いて……いるようだな。お前の攻撃は」

 ラッシュさんを地面に下ろしながら、俺は覚悟決めて頷いた。

「ミア、リューグ! ゴブリンロードの注意を引きつけろ! 引き付けるだけでいい! ガルム!」

 ラッシュさんの声にミアとリューグが動く。ガルムさんはラッシュさんと同じようにロブさんとマチアスさん、ついでに月光蝶の双子に順番にヘイトを回すように指示すると、欠けたエストックの先を気にしながらラッシュさんの隣に並ぶ。

 見てみろ、とラッシュさんはガルムさんにロードの腿を指し示し、経緯を説明して「信じてくれるか」とガルムさんに問う。その問いに、ガルムさんはガシガシと頭を掻くと、折れたエストックを握る右手を思いっきり引き絞った。

「ラッシュ、さっきのをもう一度だ。パターンは四。覚えてるな?」

 ガルムさんの言葉にラッシュさんは口角を上げると走り出す。

「各員、散れ!」

 その言葉に、ヘイトを回していたミア、リューグ、ロブさん、マチアスさん、キキさん、ミミさんがその場を離れる。その瞬間、俺の横を一陣の風が駆け抜けた。姿勢を低くしたガルムさんが水平に跳び、ラッシュさんを追い越す。十メートルはある距離を一歩で詰めたガルムさんはロードにエストックを突き立てると、再び挑発を発動させる。そのまま流れるようにラッシュさんにスイッチ。盾と腕が交差し、動きが止まる。続いてラッシュさんが攻撃魔術を発動。それは武器を介し、絶大な衝撃を与えるもの。

「魔衝波ァッ!」

 大質量をぶつけ合うような重い音を響かせ、ゴブリンロードがノックバックした。ラッシュさんがバックステップをし、その身を逸らす。

「シグルド!」

 すでに数メートル近づいていた俺が足に力を籠める。さっきのガルムさんの見様見真似だ。

銃槍は真っすぐに。ただひたすら真っすぐに。その心臓目掛けて渾身の突きを放つ。

「らぁッ‼」

まるで硬い金属を突いたような感触。しかしその切っ先は抵抗を残しながらもずぶりとゴブリンロードの胸に吸い込まれ。

一瞬の沈黙。すっと銃槍を引く。抵抗は、無かった。

バックステップで距離を取った俺の前に、ゴブリンロードは前のめりにドウと音を立てて倒れる。

俺は倒れたロードの首筋に銃槍の刃を当て、すっと薙ぐ。刃は抵抗なく頸動脈を切り裂き、血を脈動の名残とともに流し始めた。皆の方を向き、俺は確かに頷く。

サーチに反応はない。取りこぼしもいくつかいたはずだが、後詰の部隊がしっかりと処理してくれたようである。

「……討伐完了だ! 処理班は仕事にかかれ! 皆、よくやった!」

 ガルムさんが勝鬨の声を上げる。近くからも、周りからも「ワァーッ」と声が上がり、ここに俺の初の大仕事、ゴブリン討伐は完了と相成った。


 ゴブリン討伐の事後処理は、集められたベルヌの冒険者たちによって行われた。戦闘による負傷者はゼロ。それは幸いだった。だが俺にとって問題だったのは、捕虜の事だった。ゴブリンに捕らえられた人間の捕虜、総勢三十名。うち女性二十七名、男性三名。全員生存していたと聞いた時には喜んだが、それは早計だった。捕虜となった人間は男女の関係なく、例外なくゴブリンの高い性欲の捌け口となる。女は問答無用でゴブリンを孕ませられ、孕んだ者や男は直腸に直接精液を注ぎ込まれ、それが栄養となって生き永らえる。これはゴブリンの日常的に生殖行為をする習性と、常に飢餓状態であることが多いことから起こる現象だ。雄が放つ精を雌が受け止めることで、雌だけが体の栄養素を枯渇させないようにという。また奴らに年齢は関係ない。被害にあった者の中には、いまだ初潮を迎えていない幼子の姿もあったという。そうやって弄ばれた者たちが正常な精神でいられるわけがない。故に、ゴブリンの捕虜の救出は混沌を極める。捕虜はゴブリンによって皆一様に縄で手を縛られ、木の杭で地面に繋がれている。自分たちの上位種を産み落とす胎なのだ。檻は作れなくてもそれぐらいの知恵はあるらしい。精神崩壊しているならまだいい方だ。運悪く意識のあるものは、ほぼ例外なく自死を選ぶ。専用の堕胎薬を飲ませて胎の中のゴブリンをおろしたとしても、たとえそれを胎から産み落とす前に助けられたとしても、ゴブリンたちに弄ばれた心の傷が癒える者はそういないのだ。歴戦の冒険者ですら、心折られるというのだから。

 彼らはこれから保護院に送られることになるだろう。そういった報告を、俺は沈鬱な表情で聞いていた。

 知ってはいた。知ってはいたのだが、実際に裸に剥かれ、胎を膨らませ、先ほどまで行為があったことを証明するように足の間から臭い液体を垂れ流し、うつろな目してへたり込む人々を見て平静ではいられなかった。

 ラッシュさんやガルムさんからは慣れておけと言われた。ただこの現実は、想像よりもことのほかキツい。ミアは複雑な顔をしながら、俺の手に指を絡めてぎゅっと握った。

 日は既に暮れ始めている。今日はここで一泊し、明日の夜にはベルヌの街に帰投する予定だ。ふんわりと異世界生活をしてきた俺だが、今日突き付けられた残酷な一面には考えさせられることも多かった。忘れてはいけないこともある。だが変えなければいけない考え方もある。ここは、地球のように気の抜ける世界ではないのだ。気を抜けば自分が、大切なものが容易く奪われる世界なのだと俺はようやく気が付いた。

 俺はゆったりとした動きでテントの中に潜る。今日の見張り番は必要ない。ギルドからの調査隊が夜通しゴブリン集団の調査を行うからだ。俺は知らずに張り詰めさせていた緊張の糸を切れさせると、疲れもあって泥のような眠りについた。

 翌日の晩、ベルヌの街は祭りのような喧騒の中にあった。帰還した金獅子、蒼烏、月光蝶の三パーティー、及び調査隊の代表者により討伐完了の報告がなされ、ゴブリン騒動の終息宣言がギルドよりなされた為である。また討伐対象のゴブリンは通常種であっても魔石が期待できるため、経済的な理由も少しはある。

 ラッシュさんたちパーティーリーダーの報告会を待って俺たちは酒場に繰り出す。どうにもそんな気分ではなかったのだが、慣例のようなものだし嫌なことは飲んで忘れるに限るというニールさんの豪気な言葉により敢え無く参加となった。なんでも「一番の功労者が居ねぇと始まらねぇだろ」とのこと。

 やってきたのは街で一番大きな酒場だ。既に満員に近かったが、なんとか十三人が入ることができた。

「依頼の完了を祝して、乾杯!」

 なんとも簡潔なガルムさんの挨拶とともに酒杯を掲げる。なお俺はニールさんが言った通り今回の件の一番の功労者として認識されているらしく、乾杯の挨拶をしろと言われたが丁重にお断りした。

 俺はエールを一気に煽った。苦みとともに鼻に抜ける芳醇な香りと舌の奥に感じる仄かな甘みが心地よい。眼前ではリキュールらしき度数の高い酒を煽ったイリスさんが一瞬で出来上がって既にラッシュさんに絡んでいる上に同じようなことをしたのか既に何人か潰れかけている。イリスさんを纏わりつかせたままのラッシュさんは器用に食事を楽しみ、酒を飲んでいた。

「にしてもあれだよな、シグルド」

「何ですか?」

 ゴブリンロードを倒した時の話だろうか、と俺は口に運びかけていた肉を刺したフォークを置く。しかしラッシュさんは俺をみて「それだよそれ」と言ってきた。

「お前、戦闘時……っていうか、普段はそんなことないから、切羽詰まると口調が変わるのな」

「性格がかわるんれふね~」とイリスさんがラッシュさんの首に手を回しながら、もとい、首をゆるく極めながら呂律の回っていない口調で言う。

 首を極められながらも食事を続けるラッシュさん。慣れたものである。

「え、なんか変でしたか?」

「いや、変っていうか荒々しいっていうか。冒険者らしいっちゃらしかったんだが、普段の丁寧な感じとのギャップがな……」

「そんなんなってました?」と俺が問いかけると蒼烏、月光蝶も含めた皆が頷いた。

 全く自覚がなかった。俺、ゲームとかやっててもボイスチャットはやってなかったし、やりながら独り言を喋る癖もないしで気づかなかった。話しながらFPSとかやってたら暴言厨にでもなっていたかもしれない。

「今後気を付けます」

「いや、むしろ気やすくて良かったんだが。リューグは……気にしないな。ミアはどう思った?」

 ここでラッシュさんが俺の隣に座るミアに話を振る。

 ミアは少し思い出すような素振りをし、何かを忘れようとするように酒を煽ると顔を赤くしてそっぽを向いた。顔が赤くなったのは何かを意識したのためか、酒のせいか。それは俺には分からない。

「別に気にしない」

 そっぽを向きながらミアは答える。

 よかった。否定的な感じじゃなかった。

ただ丁寧語は癖みたいなものになっているため、今更変えるのは気恥ずかしさが勝つのでこのままのつもりだが。

「じゃあ、どっちも素なのか。二重人格みたいなもんか」

「そんな感じですね。人格自体は変わってませんけど」

 玉ねぎっぽい野菜のサラダをもしゃもしゃと頬張りながら俺は答える。そんな俺に「で?」と尋ねる声が聞こえた。ガルムさんだ。

「ロードを倒した武器、ありゃなんだ? ああいや、銃と槍を合わせたもんだってことは聞いてる。ただ物理障壁を突破できる武器となると、ぜひ伺いたくてな」

 酒を片手に肩に手を回されるが、ガルムさんが向いているのはラッシュさんの方だ。

「物理障壁を突破できる剣となるとミスリル製相当。俺らクラスじゃまぁ手が出ないわな。シグルド、お前、どっかの貴族の三男辺りだったりするのか? 違うよな。お前は貴族独特の臭いがしねぇ。となると魔法付与が該当するが、ロブやそっちの双子ちゃんの攻撃も通らなった障壁を魔術師じゃないというシグルドが突破できるわけないよな?」

 ガルムさんの質問がどんどん尋問に変わってくる。幸いなのはその言葉が俺に向けられたものではなく、涼しい顔でエールを飲んでいるラッシュさんだというところか。

「そういやシグルドは付与術師でもあったよな? なぁ、なんか俺らの知らない魔術の使い方とか知ってんじゃないのか?」

 その言葉に反応したのは月光蝶の皆さん。楽しく飲んでたはずが、一気に目を光らせて首がぐりんと俺の方を向く。動いたのは付与術師を名乗っても十分な実力を持つエイミさん。ぬるりと俺に寄ってくると、肩を組んでいたガルムさんを跳ね除けて俺の首に手を回す。あと後頭部に大きく柔らかい感触。

めちゃくちゃ酒臭い。これはだいぶ酔いが回っているな。

「シグルドさ~ん。いろいろお話しませんかぁ~? お話してくれたらじっくりねっとりイイコトしてあげますよぉ~? シグルドさん顔だちもカワイイしぃ~、何もなくても食べちゃいたいですぅ~」

 トロンとした目で言うエイミさん。迫る唇を避けていると、月光蝶の三人からこんな会話が聞こえてくる。

「エイミは、確か元彼と別れて半年だったか?」とリーシャさん

「うん。寂しいってボヤいてた」とキキさん

「ああはなりたくない」とミミさん。

 なるほど。魔術への興味と男日照りと酒の力が相まって暴走してるのか。

 そんなことを考えながら呆れた俺は、防戦空しくついにエイミさんの唇を頬に許した。その瞬間、ぞわりと背筋を襲う悪寒。

 あたりを見回すが何もない。もちろん、サーチの害意感知にも反応はない。

 ミアと目が合った。が、ぷいと顔を逸らされた。だが助けてはくれるようで、俺に引っ付くエイミさんを引きはがしにかかる。

 この惨状に助けを求めてラッシュさんを見る。するとラッシュさんは口を付けていたエールを飲み干し、木製のジョッキをとんと置いた。

「シグルドはうちの秘密兵器ってことで、勘弁してくれ。お前らだって秘匿情報の一つや二つあるだろ」

 その言葉に全員があっさり引き下がる。若干一名、別の方面で引き下がらない人もいたが、ミアを筆頭に月光蝶の三人がしっかりとっちめてくれた。

 ガルムさんが「荷物運びが今や秘密兵器かよ」と呆れたようにこぼし、様相は普通の宴会に戻る。潰れかけている何名かを除き、まだ呑むらしい。ちなみに俺は既に果実水に移行している。

 酔い覚ましに果実水をちびちびやっていると、ミアが肩を触れ合わせるように体を預けてきた。いつもよりハイペースで呑んでいたうえにさっきエイミさんを引きはがすのに動いたからか酔いが回っているようだ。そんなミアが、頭を俺の肩に預けてぽつりと呟いた。

「ありがとね」

「? 何がです?」

「……助けてくれたこと」

 ああ、その時の事か。と俺は一人納得する。だがその時の俺はあまりよく覚えていない。頭に血が上ってついカッとなってやった結果だからだ。だからただ突っ込んだことは覚えていても、何を言ったかまでは覚えていない。

 というか、今更ながらに危ないことやったな、俺。

「どうして来てくれたの?」

 ミアの言葉には、危険な橋を渡ってまでという言葉が続く。援護射撃で、リューグに任せる手もあったでしょ、と。

「何でですかねぇ。気づいたらやってたとしか」

 分かりきった答えを俺は適当にはぐらかす。この想いは伝えない。そう決めている。少なくとも、ミアの中で俺が誰かさんの代わりでなくなるまでは。そしてこの関係を続けるのだ。ミアが誰かさんの代わりに俺を必要とする限り。

 肩にかかる重みが強くなる。横を見れば、ミアは目を閉じてすぅすぅと寝息を立てていた。俺はその頭をひと撫ですると、また果実水をちびちびやり始める。

 ミアを傍らに果実水を飲む俺と、イリスさんを首からぶら下げながら蒸留酒に手を出し始めたラッシュさん。四者二様のその様をみていたリューグは、呆れたようなため息をついた。


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