31 決戦
俺たちはレヴァーガ翁の居城へと向かった。相変わらず鍵のかかっていない引き戸に手をかけると、扉の向こうから「入れ」と声がする。
「お邪魔します」
「シグルドよ。此度は何用で参った? 化生の者まで連れて」
うっそだろこの爺さん。アリスの正体が人じゃないって気づいてやがる。
「別段用はありませんよ。ただ最後にあなたの顔を見に来ただけです。喝を入れてもらおうと思って」
「ふむ。まあ立ち話もなんじゃ。上がるとええ」
前と同じ客間に通される。レヴァーガ翁は茶と茶菓子を持ってきてくれた。
「これ……」
「おお、お主のレシピを参考に儂好みに変えて見たんじゃ。茶に合うぞ?」
出されたのはクレープ。口に入れて見ると小麦とは違うもっちりした食感。中に入っているのは白玉団子と餡子だ。
「米粉……。イスラの粉ですか?」
「流石じゃの。全然別物になってしもうたが、なかなかいけるじゃろて」
「はい。美味しいです」
ミアを見て下さい。無心で食べてるから。そういや餡子は仕入れてなかったな。無事に帰れたら、リューグの言ってた戦勝祝いはあんドーナツにしよう。
「食うて落ち着いたら、全部話せ。ああ、別に急かしてはおらんでの。嫁御は二膳目がいるか?」
「おじいちゃん。ほしい」
「ほっほっほ。たんと食え食え」とレヴァーガ翁はアイテムボックスから追加の米粉クレープを取り出す。
すいません。うちのが食い意地張ってて。
ミアが三つ目をお願いしようとしたところを諫めて俺は居住まいを正す。レヴァーガ翁は啜っていた湯呑を置いて、「で?」と促して来た。
「まずは紹介を。彼女はアリス。もう人じゃないって言うのはバレてるみたいなんで言いますけど、ドラゴンです。俺の従魔になりました。あと神竜信仰の元ご神体です」
俺の言葉にレヴァーガ翁の眉がぴくりと上がる。
「神竜様じゃと?」
「ええ。元は巨大な灰竜です」
俺がそう言うと、レヴァーガ翁は居住まいを正してアリスに向き直り、頭を下げた。
「神竜様とはいざ知らず。失礼を致しました」
「今の私はシグルドさんの従魔であるただのアリスです。お役目は本来の者に返しました。そのあたりをご理解ください」
レヴァーガ翁の行動に俺は目を丸くする。これではまるでアリスの方が立場が上のようだ。
「レヴァーガ翁は神竜信仰の信徒なんですか?」
「いや、儂らが信仰する神はどこにでも居られる。お山の神。海の神。田畑の作物やこの湯呑にも神はいると言うのがこの辺の考え方じゃ。それに我らは他宗教の神を否定せん。神竜様も、ゼーレス神様も、他の宗教の神々も、居ると信ずるものが居れば居られるのであろうよ。それにそもそも神仏には畏敬の念を抱くもんじゃ。なにより神竜信仰は実在する竜を崇めておる。そのご神体が目の前におわすとあらば、礼の一つもするわい。それが我らの神仏に対する礼儀というものよ。たとえそれが、神の座を降りたと申されていたとしてもな」
「そういうものですか」
「して神竜様」
「アリスと」
「……わかりました。アリス様。何故シグルドの配下に?」
「それを語るには全てを話す必要があります。シグルドさん、どうします?」
「アリスの口から語ってください。元々レヴァーガ翁には知ってもらおうと思っていたので」
「わかりました。では僭越ながら」
アリスはことの経緯をレヴァーガ翁に語って聞かせる。この世界に過去起こったこと。自分の役割。してきたこと。俺の使命。その全てを。
すべてを聞き終えたレヴァーガ翁は冷めた茶を啜り、「うーむ」と唸った。
「此度の戦。その緒端に、そのような意味があったとは……。神の思し召しとはいえ、血が流れ過ぎた。事を知らぬ者たちがその功罪の全てをシグルドに押し付ける他ない今の状況は、酷と言う他ないのう。アリス様。こ奴でなければならない理由が本当にありましたか? ただ運命だと言うにはあまりにも……」
「老侯。言いたいことは分かっています。ですが彼以外の誰に魔装機兵を作れますか? あの破壊兵器を作り出せますか? あなたは自分が代わってやれればと思っている。確かにあなたはシグルドさんよりも強い。でもあなたでは厄災には勝てない。この世界の誰が、彼にとって代われますか?」
アリスは立ち上がる。その手を、レヴァーガ翁の額に当てる。
「これは……記憶移し……⁉」
アリスが俺の知らない魔術を、おそらくは見聞きしたものを直接相手に伝える魔術を発動させる。何を見せられたのか、レヴァーガ翁は後ろに後ずさってしりもちをついた。
「なんという……、なんという…………。シグルド、お主、何というものを作ったんじゃ……。いや、お主自身さえも……お主が居てこそ、完成するこれは……」
「これがシグルドさんの持つ力です。これはこの世界の誰にも真似できない。彼だけの力です」
「諸国が作っている魔装機兵とは桁が違うではないか! こんなものを、こんなものをぶつけなければ勝てぬ相手と仰られるか!」
「訂正します。あなたが言うこんなものをぶつけて五分五分の勝負なのです」
その言葉に、レヴァーガ翁はへたり込む。
「シグルド。お主は……。何者なんじゃ。神竜様の記憶移しではお主の事をこの世界の住人ではないと。別の世界から神によって送られし魂と。以前時の迷い人かと問うたこともあったが、お主は……」
「俺にだってわかりませんよ。神様は何も言ってくれませんでした。ですが事実として、魔装機兵も、レールガンも、この世界では俺以外に作れるはずも無いんです。それが必要とされるならば、一番うまく扱える俺が行くしかないんです」
「その神は、若人になんと惨い仕打ちをされるのか……。たった独りの双肩に、世界の命運を賭けるなどと」
「レヴァーガ翁。送り出してもらえますか?」
「シグルド。まずは謝らせてくれ。儂らの力の無さを。そして願う。必ず儂らの元に、お主が守ろうとしてくれている者たちの元に、再び姿を現すことを。できれば笑顔で。必ず五体満足で。儂は、頼むことしかできん……。その上で言おう。行ってこい。儂が死ぬまで、いや、儂が死のうと、その時は草葉の陰からお主の帰還を待とう」
両の手で、俺の手が握られる。
「儂らの命運を、お主に託す」
「必ず。帰ってきます」
俺たちは去る。レヴァーガ翁に見送られて。秘密基地に戻り、家へのゲートの魔道具を取り出して、ミアに渡す。
「何これ」
「え、家へのゲートですけど。要るでしょう?」
「シグルド、あたし怒るよ? また置いてく気?」
「いやだって危険な旅で、帰れる保証も無くて、言っちゃなんですけど魔装機兵に乗れないミアは足手まといですよ? 虎徹も俺用に調整してますし」
「バッサリ言うね。でもこれだけは譲らない。足手まといでもなんでも、意地でも最後までシグルドと一緒に居る。絶対離れないから」
ひしっと俺の腕を抱いて離さないミア。
「アリス、どうしましょう」
「強制的に転移して行くのは出来ますけど、本意じゃないでしょう? 自分でなんとかしてください。明日もう一度こっちに来ますんで結果はその時に聞きます」
アリスは座標移動してその場から掻き消える。残されたのは俺とミア。二人で顔を見合わせ、にらめっこ状態に。
「ミア」
「ヤダ」
「とりあえず晩飯食って風呂にでも入りましょう。今こっちは深夜です」
「……分かった」
俺は晩飯を用意する。久々に俺が作った。願掛けでカツ丼といきたかったが、前日に食べるのは消化不良を起こす可能性があるのであえなく断念。消化に良いリゾットを作る。と言ってもスープに生米でなく炊いた白米をぶち込んでおかゆになるまで煮るだけの本場の人が聞いたら怒りそうな作り方だが。
「おかわり!」というミアはまだ怒ってる。
というかレヴァーガ翁のところで餡子と白玉の米粉クレープ二つも食ってたよな? あれ結構重かったぞ? ……。今更か。
食事を終えて風呂へ。身体を洗って湯船に浸かる。いつも通りイチャイチャしようと思ったが、ミアが対面で抱き着いてきて首筋をガジガジ噛んでいるので話にならない。
「ミア~」
「ヤダ」
意志は固い。
こうなったらとベッドに誘う。たっぷりと愛し合う。ミアが「堕胎薬飲まなきゃ……」と保管庫に向かおうとするのを止め、その口を唇で塞ぐ。
「今日は飲まなくていいです」
「シグルド」
「だから、こっちで俺たちの子を守ってください」
途端に不機嫌になるミア
「出来てないかもしれないじゃん」
「ミアの生理周期的に当たりやすいって言われてる時期だから多分出来てますって」
「忘れ形見なんてヤダ!」
「ミア」
「二人目欲しい!」
「ミア!」
俺はミアを押さえつける。
「分かってください」
「ヤーダー!」
ベッドにひっくり返されて組み伏せられる。
「ちょまっ⁉ 一回出したから連続は無理無理無理!」
泣きべそをかきながらミアは俺を襲う。口内は蹂躙され、精魂尽き果てるまで放出させられる。
今までで一番長いかと思う夜だった。
「何やってるんですか」
呆れた口調のアリスが俺を見下ろす。正確には、ベッドに互いに素っ裸で顔をくしゃくしゃにして泣きながら寝ているミアに羽交い絞めにされている俺を。
「抜けれないんですよ。あとあんま見ないで下さい」
「ふむ。今ならシグルドさんに手を出し放題と」
「貞操の危機!」
俺が無意識に助けを求めた瞬間、ミアが起きて「ガルルルル」とアリスを威嚇した。
お前猫人族だろ。犬か。
「あ、ミアさん起きた」
「ミア」
「ヤダ! 二人目作るか連れてくって言うまで許さない!」
「二人目作ったら三人目って言う流れですよね、それ」
「もちろん三人目作ったら四人目作る!」
「シグルドさん、説得失敗してますよね?」
「見た通りです」
「もう連れてくしかないんじゃないですか?」
「ミアを危険な目に晒したくないぃぃ!」
「シグルド一人危険なところに行かせたくないぃぃ!」
「この似たもの夫婦め。大丈夫です。シグルドさんが勝ちゃあいいんですよ。勝ちゃあ」
「ぬぐぐぐぐ……。ハァ。分かりました。分かりましたよ。連れていきゃいいんでしょう⁉ 厄災だかなんだか知らんがとっととぶっ飛ばして帰ってやる! 子供も十人作る!」
「あ、この人ヤケクソな上に逆ギレした。というか一人にどんなけ産ませる気ですか。ミアさんぶっ壊れますよ?」
「む。じゃあ五人くらいで」
「この世界だとまだ一般的ですけど、シグルドさんの常識からしてそれでもだいぶ多いって自覚あります?」
「いやだって七五三とか言うじゃないですか」
「ああ、その考え方なら十人でもいいかもです。こっちの常識で大人になれる子供の数で勘定してたので。いやちょっと待って下さい。資金力あるから飢えもしないし病気なら現代地球の知識で粗方なんとかする気ですよね? やっぱり多いですって」
「なんで実際産むあたしを差し置いて子供の数の話してんのさ……」
今度はミアに呆れられた。自ずと俺たちの間に笑いが漏れる。
そうだ。これくらい気楽でいいじゃないか。
アリスがこれで最後かもなんて脅すから、少々気負っていたようだ。
俺がミアと離れる? 俺は馬鹿か。冗談じゃない。ミアと再会するまで抱いていた感情を、抱かせていた感情を、一生負わせるつもりだったのか?
だから俺がミアに言う言葉は。言うべき言葉は。
「ミア、一緒に行ってください。そして、俺が死んだら、一緒に死んでくれますか?」
「うん!」
俺とミアとアリスは円を描くように手を繋ぐ。
「行きますよ」
「ええ」
「分かった」
アリスの座標移動の準備が成される。流石に時を超えるとなると計算に時間がかかるらしい。
ちなみにアリスが言うには、家にいる皆は俺とミアが大喧嘩していると聞いて大爆笑したとのこと。皆ミアが俺に付いていくのは決定事項だと思っていたようだ。リューグなど「賭けにもならない」と言っていたらしい。
今思えばそりゃそうだと言う他ない。
ミアを残していく理由もなくなったので有事を考えて食糧庫ごとアイテムボックスにぶち込んだのがさっきの事である。
「座標移動・時間跳躍」
一瞬の浮遊感の後、俺たちは地面に着地する。
「ここは……」
「空間座標は上に少しずらしただけです。ここは間違いなくシグルドさんの秘密基地が作られる場所ですよ」
「何かあんまり実感わかないね」とミア。
「これから厄災とまみえる訳ですか。たしかドラゴンの姿なんでしたっけ?」
「シグルドさん、ミアさん。世界の崩壊は既に始まってます。ほら」とアリスは俺たちの後ろを指さす。
「…………」
「…………見なかったことにしていいですか?」
「これから挑む相手です。しっかり見て下さい」
「いやいやいや! 遠近感がバグってるんですけど!」
俺が指さして叫ぶ先には馬鹿でかい白色に輝くドラゴン。フロストドラゴンの様な青みがかった白ではなく、完全な純白。
アリスの何倍? 数百? 数千?
足元は見えないのに、その巨体はしっかりと見えている。
「というか、この世界が、なんでドーナツ型の大陸に……なってると、思って……」
「アリス? アリス!」
「すいません。厄災は、同胞喰らい。同じ思念体は、魔力を、吸われて……っ」
苦しそうに喘ぐアリス。はちきれんばかりに内包していた魔力が、どんどん弱っていく。
「シグルド! とっとと殺らないとアリスがヤバいんじゃない⁉」
「大丈夫、です。シグルドさんとの、つながりが、ある限り、吸収され尽くすことは……無いでしょう。同様に、ベルガモットさん……も、シグルドさんから、生まれた、存在なので、消滅は……はぁ、はぁ、……しません」
俺は苦肉の策でアリスに魔力を流し込む。だがその手はアリスによって止められた。
「空気中の、魔力も、減って、回復力が、落ち、て」
「分かった。もう喋るな。休め」
「は、い」
「ミア、アリスを頼む」
「うん」
俺はアイテムボックスを開く。
「起きろベル! 出撃だ!」
グレイハウンドと虎徹、ベルの子機を大地に下ろす。ミアの横には食糧庫をちゃんと預ける。ベルの子機を虎徹に乗せ、俺はグレイハウンドに乗り込んだ。
「メインシステム、戦闘モード、起動します」
その言葉に、俺の口角がにやりと上がったのを自分でも感じた。
こんな時に不謹慎だとは思うが、俺は今、この世界でやりたかったことをやっているのだ。
飛翔。虎徹に乗ったベルに先行させる。将来ライクロイックになるはずの土地を通り過ぎ、未来では海であるはずの場所にある陸地の上を進んで行く。飛び立つ前に、アリスはなけなしの魔力で強化バフをかけてくれた。
「大地を……侵食しているのか」
厄災。アリスがそう呼んだ白竜の足元はどんどん地面が抉れていっている。大地を吸収した分だけ大きくなっているかのようだ。このまま行けば大陸は無くなり、星ごと喰い尽くされるだろう。
今飛んでいるところの南方。海に繋がっている大きな湖の様なところの土地が崩れて吸収されていった。水が絶え間なく流れ込み、その勢いは収まることは無い。流れ込んだ水も、吸収されるかのように消えてしまう。
くそぅ。もうちょっと小さい内に倒せただろうに! いや、ベルが先史文明を一旦崩壊させる必要があるとか言ってたから今が一番小さいタイミングなのか?
「対象を射程圏内に補足。手動での狙撃を推奨」
「了解!」
最高速で接近しながら右背部のレールガンをチャージ。ガタガタと揺れる機体を安定させつつ、最大の一撃を放つ!
「対象への被弾を確認。損害軽微と推測」
「くそったれ! レールガンなら倒せるんじゃないのかよ!」
俺がそう大声で愚痴った瞬間、白竜が「クルルァァァァァァァァァアアアアアアア‼」と咆えた。その咆哮は綺麗で、哀しげで、絶望に満ちていた。
「警告。対象の頭部に高エネルギー反応を検知」
白竜が咆哮を上げた口をこちらに向けている。俺は恐怖に負けてレールキャノンを放った。幸か不幸か、それは白竜の左目へ。口にエネルギーを収束させたまま白竜は頭を振る。
シュッと、何かが溶けたときの効果音の様な音が鳴った。後ろを振り向けば、湖の跡が抉れて消し飛び、見覚えのある地形が今出来上がったところだった。
「渓谷海……」
「対象の攻撃力を算出。直撃での生存率、グレイハウンド、虎徹共にゼロパーセント。中心部から半径三キロを直撃弾と推定。加害範囲は半径三.二キロと推定」
当たれば死ぬのは見ればわかる。
「情報ありがとよ! ベル! あれを撃たせるな! 接近して注意を引け! 虎徹は潰して構わん! 中の子機が心配か⁉ 壊れたらあれよりいいのを作ってやる! 無事で帰ってきたらグレイハウンドの武装パッケージを新しく考えてやる!」
「絶対に生き残ると宣言します」
ベルがやる気に満ちたので何よりだ。
接近。ロックオン範囲内に入る。
改めて近づいてみると白竜はとんでもなく大きい。伸ばした首の先までを半径とした円の、一.五倍くらいの距離まで土地への影響は及んでいるようだ。具体的にはは未来のドーナツ型の大陸を一つの円として考えた時に、直径の三分の一ほどが白竜の大きさでその周りがどんどん浸食されていっている。ついでに白竜自身もどんどん成長している。
ドウ、と風が吹いた。白竜がその大きな翼をはためかせていた。巨体が飛び上がる。白竜は、俺を見ている。
潰した目の左側から、ベルは取りついた。エネルギーマシンガンを白竜の顔面に乱射しながらブレードで切りつける。通っているようには見えないが、理論上確実にダメージは与えているはず。その証拠に、白竜はベルの攻撃を嫌がった。
前足で顔を掻くようにその爪が虎徹を襲う。だがベルは的確に判断し、つかず離れずの距離を維持する。
俺は考える。白竜が竜の姿をとるなら、きっと同じ弱点があるはず。
潜り込んで、一撃。それにかける。
目くらましに左目に向かってミサイルを斉射。一気に距離を詰め、首の下に潜り込もうと動く。だが白竜の口が開いた。もう一度あの集束砲が来る。
俺は背後に背負っている二人を考え、そこだけには撃たせてはなるまいと両手のライフルを斉射しながら上方へ。白竜は口を開けたまま、集束砲で俺を追う。
来る。最大速力。緊急回避では距離が足りない。ただ範囲外から逃れることを願って、白竜の頭上へ。
耳元であの何かを溶かしたような音が聞こえた。心臓が警鐘のように早く脈打つ。感じたのは、明確な死。
足が竦む。だが、ここで止まれば、待っているのは命の終わりだ。
俺は自分を奮い立たせる。皆で帰るんだと信じて。それを成すのは自分だと言い聞かせて。
三度目の集束砲が来る。俺は白竜の鼻先にライフル弾を撃ち続けながら、白竜の射角を上空四十度ほどに固定する。
よく見れば一瞬光が弱くなるタイミングがある。それが発射のタイミングだ。到達速度は一瞬。その一瞬で三.二キロを逃げ切れる位置取りを続ける。
気分は命綱無しの綱渡りだった。
決定打に欠ける。ヘイトは俺が買っている。ベルが前線での盾としての役割を果たせていなかった。
流石は俺から生まれた存在なだけはある。ヘイトを引き受ける戦い方を心得ちゃいない。だがないものねだりをしても仕方がない。俺だけで、なんとかするしかない。
俺は思い切って死角へと舵を切った。ヘイトが取れないなら、押し付ければいい。白竜は俺を追って旋回し、虎徹の黒い装甲が白竜の目に留まる。
「ベル!」
「了解」
スイッチ。俺は首元へと潜り込む。そこに見つけた。一枚だけ生え方の違う鱗を。
「死ねや!」
レールキャノンを真下から撃ち込む。チャンスと見て態勢が整っていない状態で打ったものだからバランスを崩して機体がひっくり返る。俺は見た。レールキャノンの弾体が真っすぐ逆鱗に向かうのを。そして悟った。逆鱗への一撃程度では、この厄災は倒れてくれないことを。
「クルァァァァァァァアアアアアアアアアアア‼」
白竜が暴れる。無茶苦茶に前足を動かし、俺を排除しようとする。
「あ」
思考加速が施された頭でそれを理解する。振り下ろされた前足が迫っていた。姿勢制御用のスラスターは吹かしたばかり。避けられない。
強かにそれを喰らう。絶大な衝撃のはずだが、空間魔術で守られた俺自身にダメージは無い。一瞬前後不覚に陥るがすぐに立て直す。地面に叩きつけられる前に姿勢を安定させ、上昇推力を最大にする。
「生きてる⁉ 生きてる‼」
ロックアリゲーターの岩石片に感謝だ。恐ろしく硬い。
「ベル! 機体の損傷率は⁉」
「グレイハウンドは九.八パーセント。虎徹はゼロパーセントです」
およそ十発喰らったら終わりってことか。虎徹はグレイハウンドより脆く、更に限界が低い。その分被弾面積と速度で若干勝るが、この場では誤差でしかない。だが虎徹という盾を失えば俺は戦うことが出来ない。
「ベル! 虎徹は喰らわないこと最優先! お前のリソースはそっちに回して良い!」
「マスターの安全を最優先することを提案します」
「やれ! お前という盾を失う方が痛い!」
「……了解」
俺への操作負荷が重くなる。だがこれくらい。なんてことは無い。
ピキリと、頭痛がし始めた。
ベルにヘイトを取らせつつ全力で回避させる。白竜は先ほどの逆鱗への一撃がよほど嫌だったのか、首元に忍び寄る俺の影に警戒をしている。近づこうにも、腕が邪魔で近づけない。
あれが生き物の姿を取っているならば、それが生体の構造をもほうしているのならば。
試してみるか。
俺は大きく旋回する。白竜の背中へ。その大きな背中に、隆起している脊髄を見つける。俺は白竜の首筋、その山の様なこぶの間に位置取ると、鱗の上からレールキャノンを弾体が開く間隔を開けて接射する。
「クルァァァァア⁉」
白竜がおそらく驚愕の声を上げる。羽の動きが止まり、首から下がだらりと弛緩した。
白竜の巨体が、地に落ちる。
「これは効くのか。時間は稼げた……か?」
俺が狙ったのは頸椎損傷による全身不随。首だけをのたうち回らせて白竜は咆える。背中の堅い鱗と肉を貫通し、骨の隙間を縫って神経を傷つけられるのか、そもそも脊椎動物の身体の構造が適応されるのか疑問だったが、上手くいった。
白竜が首を振る。鼻先で抉られた地面が、質量弾としてベルに飛んでいく。ただの苦し紛れだったのか、それはベルにやすやすと回避され、塊のまま遥か遠方、ムーベル山脈のリフリス側に落ちた。
「あの辺りは……。そういうことか」
俺の表情は引き攣っていることだろう。記憶が正しければ、大量の土砂と岩石が降り注いだそこは、アラン砦近くのダンジョンの、リフリス側の埋まっていた入り口に当たる位置だったから。
「クルルルルルルルルルルル」と唸り声を上げながら、白竜が起き上がる。
「なッ⁉ 確実に頸椎損傷しただろ⁉ まさかこの短時間で自己修復したってのか⁉」
自然回復付きとなれば一撃で仕留めるしかない。頸椎損傷で全身不随に陥るなら、狙うは脳か心臓への一撃。だがその方法が無い。俺の持てる牙を届かせる手段が思いつかない。まず鱗で威力が減衰する。次に分厚い筋肉に阻まれ、骨の硬さは未知数だ。だが相当には硬いはず。
「エネルギーマシンガンの残弾数、ゼロ」
「ブレードを使え!」
「了解」とベルは言うが、彼女は俺と同様近接格闘武器の扱いに長けてはいない。あまり期待はできないだろう。ベル自身もその自覚はあるようで、回避偏重の機動であまりブレードを振りにいかない。
そこで俺ははたと気づいた。白竜の前足がだらりと下がったままな事に。どうやらその巨体を動かせるようにすることを最優先にしたようで、完全回復には至っていない様だ。
俺は一縷の望みをかけて首元へ。逆鱗が竜の弱点というなら、ただ弁慶の泣き所的な意味合いだけではないと信じて。
改めて逆鱗を見る。首元からその一枚だけが逆さまに生えている。それは一枚だけ大きく、また重なりがある分、手をねじ込めそうな隙間があった。俺は両手のライフルを投げ出すと同時にアイテムボックスに格納し、逆鱗にとりつく。その鱗の端に手をかけ、一気に押し開いた。
「クルァァァァアアアアアアアアアアアアアア‼」
怒り狂った白竜が激しく頭を振る。だが見えた。逆鱗を引っ張った隙間に、柔らかそうな肉が。
「ベル! 逆鱗にブレードを差し込んで剥がせ!」
「所謂掴み行動は私の制御では不可能であると申告します。操縦者の搭乗を提案」
「なっ、にぃ⁉ 俺の動きをトレースしてるならできるだろうが!」
「私の挙動はマスターのゲーム知識が元となっています。その知識に掴み行動は存在しません」
確かにそういうゲームに無かった行動をするときは無意識にベルの制御に割り込んでいる。だがなまじ蹴りが出来るだけにベルが出来ないとは思いもしなかった。だが納得する他ない。蹴りはゲームの挙動にあったから。
「再申告。操縦者の搭乗を提案」
俺は思案する。この場で操縦者足り得るのは一人しかいない。ミアだ。だが彼女の操作技術は未熟。むやみに危険に晒すことになる。
俺は悩む。果てしなく長い一瞬を悩み抜く。
「逆鱗に取りつくまではベルの制御でいけるか?」
「可能です」
「俺よりミアの命を優先できるか? 最重要命令だ」
「……命令を受諾。ミアを最優先保護対象に設定」
「ベルの申告を受け入れる! ミアをここに連れてこい! あとレーダーとFCSはミアに情報を与えるな! 吐くから!」
「イエス。マスター」
虎徹が飛び去る。その方向に向かって白竜が咢を開く。
「撃たせるか!」
俺は白竜の前に飛び出し、レールキャノンをチャージ。相手にも発射までチャージラグがあるので直撃はしないはず。発射。レールキャノンの弾体は白竜の口内を蹂躙し、俺の耳にはベキリと何かを砕いたような音が届いた。刹那、俺を光が包み込んだ。
「機体損傷六十パーセント。虎徹の被害甚大。損傷率八十パーセントを突破」
「作戦に影響は⁉」
「作戦に影響無し。続行可能と判断」
俺が虎徹との射線上に割り込んだ上に、チャージされない状態で発射されたから助かったか。しかしあの下がった威力でも虎徹は一撃。だがヘイトは一旦こちらに向いた。
白竜が俺を睨む。だがその身体は、先ほどと同じように地に伏せた。
脊椎を損傷した? 何故。いや、さっきのレールキャノンの一発か! じゃあさっきのなにかが砕けた様な音は聞き違いじゃない! 骨が砕けた音だ!
鱗を避けて当てられれば肉は引き裂ける。だが集束砲の発射タイミングで口内を狙うのは不可能だ。次を喰らえば俺が死ぬ。これはいよいよ、ミアにやってもらうしかないようだ。
気づいたことだが、首の神経をやると魔力を伴った攻撃が出来なくなるらしい。もがいて地面を抉った礫を飛ばしてくるだけでそれ以上の行動はしてこない。
ミアを乗せた虎徹が戻ってくるのを待っていると、白竜も立ち上がるほどには回復していた。
「シグルド!」
「ミア! 酔ったりしてないな⁉」
「大丈夫! ベルから一応聞いたけど、あたしはどうすればいい?」
「逆鱗を剥がす! 鱗を掴んで、腕のブレードを差し込んで焼き切ってくれ。これだけはミアしかできない。取りつくまではベルにさせる。行けると思ったら、制御に割り込んで機体を動かしてくれ!」
「あたしに、できる?」
「その機体で柔道技かけてたろうが! それより簡単だ」
「じ、ジュウドー?」
「逃げ出した俺をベッドに連れ込むときの動きだよ! 行くぞ!」
俺はレールキャノンを一発。白竜の鼻先へ。その一撃で、白竜は俺を見る。すべてはミアとベルが動きやすいように。
「ベル。お前のリソースをすべて虎徹に回せ。命令だ。異論は認めん」
「……了解」
また負荷が上がる。頭痛が激しくなる。だが知ったことか。
首を上げさせるように、俺は上方へ。首元に虎徹が取りつく。その左手が、逆鱗を掴んだ。
白竜が嫌がって首を振る。だがミアはベルの力も借りたのか、逆鱗に捕まったまま右腕を振り被る。ブレードが形成され、鱗の隙間に突き立てられた。途端に虎徹が落下していく。
「シグルド! 取れた!」
ミアが叫ぶ。虎徹の左手には、大きな鱗一枚。
「よくやった! あとはベルに任せろ! ベル! 全力で退避!」
虎徹のスラスターに火が入り、飛び上がって距離を取る。後は俺の仕事だ。
俺は首元へ。だが痛みに暴れ狂う白竜はその動きを止めることは無く、あくまで逆鱗を毟り取ったミアを狙ってその咢を開く。
「クソッ、狙いが……!」
「警告。ミアが虎徹の操作系統をジャック。優先権は操縦者にあるため最重要命令の履行が不可能と申告」
「な……っ⁉ 何をする気だ、ミア!」
「シグルド、合わせて!」
ミアは拙い動きで白竜の鼻先へ。その動きは直線的で、しかしそれは白竜の動きを固定するもので。
俺は首元に潜り込む。白竜と相対速度を合わせて剥がれた鱗の露出した部分から脳髄目掛けてレールキャノンをチャージ。
「あ」と聞こえたのは、ミアの気の抜けた様な声だった。
ガチンと、硬質な音が鳴り響いた。
「虎徹の耐久限界突破を確認」
「ミアーーーーーー!」
それはレールキャノンを撃ち込む。何度も。何度も。何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も。確実に、殺すと誓って。
白竜が、その首を落下させる。巨体は地に伏せ、目からは光が失われていた。俺は白竜の口元へ。光の粒と変わっていく巨体の、その力の入っていない大顎をむりやりこじ開け、食まれた虎徹を引きずり出す。
俺はグレイハウンドを降りて虎徹の元へ。倒れた虎徹のコックピットに魔力波を当てると、その外殻は中身をさらけ出した。
「ミア!」と目を閉じたミアを抱き起す。目立った外傷は額に傷一つ。診断の魔術をかけて見るが、気絶しているだけだ。
俺はヒールをかける。するとミアはうっすらと目を開けた。
「シグルド……?」
「ミア⁉ 良かった……。ほんとに良かった。なんであんな無茶したんだよ‼」
「たはは。シグルドが困ってたから。いつもの感じで、行けると思って。でも駄目だね。あたしに魔装機兵は、使えないや……」
俺はミアを抱きしめる。恥も外聞もなく泣く。生きていてくれたことに感謝して。失うことに恐怖して。
「厄災より強力なエネルギー反応を検知。速やかな非難避難行動を推奨」
グレイハウンドから聞こえたベルの言葉に、俺は体に力が入らないミアを抱き上げて虎徹をアイテムボックスに格納する。ゲートを開こうとするが、白竜から漏れ出ている魔力に干渉を受けているのか上手く繋がらない。俺は急いでグレイハウンドに二人で乗りこみ、ミアを支えてベルに命令する。
「ベル! 全速力で退避! 一番遠くへ行ける経路を計算して最速! 制御は任せる!」
「了解」
グレイハウンドが飛び上がる。一直線に大陸の外周へ向かって。
俺はミアを硬く抱きしめ、加害範囲が俺たちまで届かないように、せめて倒れているアリスまで届かないことを祈った。
直後、白竜が魔力の奔流となって爆ぜた。余波を受け、グレイハウンドのコックピットハッチが誤作動を起こす。外界と繋がったことにより空間魔術が効力を失い、俺はミアを抱きしめたまま中空へ放り出された。
俺はレヴィテイションで眼下の陸地に降りる。雲行きは怪しく、ぽつぽつと雨粒が降ってくる。それは次第にスコールのようになり、大地を洗い流すかのようだった。俺は軌道を変えて近くに降り立ったグレイハウンドをアイテムボックスに一旦格納し、近くに見つけた廃城に入った。
サーチには鼠の反応すらない。俺はミアを雨の当たらない手ごろな所に寝かせると、グレイハウンドでベルの子機とアリスを回収しに向かった。
床に寝かせたミアとアリスを眺めながら、俺は持って来た黒パンを齧る。外は酷い雨が降り続いており、未だ衰える気配はない。
俺は自分の両側に寝かせた二人の頭を順番に撫でる。疲れて寝てしまっただけのミアに対して苦しげだったアリスの容体は落ち着いており、内包する魔力量も幾分か回復しているようだった。
ベルの子機にはこの廃城内を探索させている。仮に人に遭った場合はまず対話を試み、不可能ならまず捕縛。射殺は最終手段にしろと伝えてある。またパワードスーツを着た俺の脅威になりうるレベルの魔物や動物がいた場合は問答無用で射殺するようにとも伝えてある。
黒パンを食べ終え、俺はミアの頭を撫でつつアリスの頬に手を添えて魔力を流し込み続ける。しばらくそうしていると、アリスが目を覚ました。
「シグルドさん、もう大丈夫です。ありがとうございます」
そう言ってその場に体を起こすアリス。おれはちょいちょいと手招きをして、アリスの頭を抱き寄せた。
「いいんですか? こんなことして」
「相変わらず恋愛感情は持ってませんよ。あるのは家族としての親愛だけです。なんとなく、多分妹みたいに思ってます」
「妹にこんなにべたべたします?」
「結構不安だったんですよ、アリスが倒れた時。……俺、勝ちました」
「ええ」
「今ある未来を勝ち取りました」
「はい」
「これで、良かったんですか?」
「はなまるです。ただ私としてはミアさんがキーパーソンだったことに驚いてます。彼女が来るのはもう諦めてましたけど、まさかシグルドさんに勝ち筋を与える勝利の女神だったとは思いもしませんでした」
「そうですね。ミアが居なければ勝てませんでした」
しばらく俺とアリスは黙る。ただ土砂降りの雨音だけが響いていた。
「ミアさんが起きて、私の魔力が回復し次第皆さんが居るべき時間軸へお送りします」
「アリスもちゃんと来るんですよね?」
「もちろん」
「だったら」と俺はあるお願いをアリスに耳打ちする。万が一にも、ミアには聞かれないように小さく遮音結界を張って。
俺の言葉に、アリスは目を見開く。
「それは大罪ですよ?」
「分かってます」
「それなら」
「それでも、俺はその未来を見て見たい」
「ミアさんは望まないかもしれません」
「俺の自己満足です。やってくれますか?」
「………………。分かりました。はてさて、どうなることやら」
アリスの額に浮いた汗を拭い、張り付いた前髪を取ってやる。
そうこうしているうちにミアが目を覚ます。俺とアリスを見て、自分も反対側に寄り添ってきた。
「アリスを受け入れるの?」
「いいえ。あくまでもミアだけだと言い張ります」
「でもそういうことはしてあげるんだ?」
「まぁ、この程度なら。家族ならこれくらいしてもいいでしょう?」
「だからってイリスとかにそうしてるイメージはわかないんだけど……」
「うーん、妹っぽいんですよね、なんとなく」
「ああ、それはあたしも思う」
「あの、私一応実年齢で言えば一番年上なんですけど……。数千歳のおばあちゃんですよ?」
「そんな感じしないんだよなぁ……」
くすりと笑いが漏れる。その笑い声に交じって硬質な足音が響き、ベルが姿を現した。
「マスター。帰還しました」
「お疲れ様です。俺が言った場所はありましたか?」
「…………」
「ベル?」
ベルはじっと俺たちを見ている。そしておもむろに背を向けると、胡坐をかいた俺の足の間にその腰を落とした。
ベルはオリハルコン製ボディ。重量軽減しているとはいえ脚の上に乗っかられていたら相当重かっただろう。
「何してるんですか……」
「なぜかこうしなければ何かに負けるという焦燥感に駆られました」
「なんのこっちゃ」
「乙女心ですよ、シグルドさん」
ほんとになんのこっちゃ。いやまぁ、気づいてはいるけど。でも流石にベルは対象外。よき相棒ではあるのだが。無理やりカテゴライズしても娘枠だ。
ベルも頑張ってくれたので、両手はふさがってるので肩越しに頬を触れさせて魔力供給をしてやる。
「あ、ベルガモットさんずるい」
「まぁまぁ。で、ベル。どうでしたか? ありました?」
「肯定します。また進路上、及びこの廃城内に危険因子は存在しないことを報告します」
「分かりました。じゃあ行きましょうか」と言ったところで腹の音が隣から鳴った。
「シグルド、ご飯」
ほんと相変わらずだよ、ミアは。
とりあえずアイテムボックスから回収してきた食糧庫を取り出す。ミアが腹減ったとうるさいのでから揚げやとんかつなどの揚げ物とサラダ、スープと、山盛りに盛った米を渡す。俺とアリスは出発前に作った手抜きリゾットの残りだ。ベルは食事ができないのでちょっと多めに俺の魔力をあげた。
「シグルドのがっつり系ご飯だぁ~」とミアは口いっぱいに米とからあげを詰め込んで言う。
「というか二人はお腹減ってないの?」
「俺は普通ですね。これで十分です」
「私はお腹が減るという概念が無いので……」
「可哀そうに……」とミアは今度はとんかつと米で口を一杯にする。
食事を終え、俺たちはベルに連れられてその場所へ向かう。実のところ、この場所が何なのかはベルの子機とアリスを迎えに行ったときに確認できていた。造りは違うが、この位置はぴたりとアラン砦と一致するのだ。だからきっと、この城の地下には必ずあると思った。俺の魔装機兵を入れられる、宝物庫のような場所が。
小部屋を抜け、地下にある大きな空間へ。
「あー、やっぱり。一緒だ。となると砦は立て直されたのか」
そう独り言ちながら俺は虎徹をアイテムボックスから取り出す。中に乗り込んで動かして見るが、コックピットの開閉と歩行くらいしかできない。武装はどこかに落としてしまっているし、右腕に至っては酷く破損していてエネルギーブレード発生装置の原型もない。
「直すの?」
「いえ、ここにこのまま置いていきます。未来で有効活用されるでしょうから。心情的には置いていきたくないですけど、置いていかないと俺がさっきまでやってきたことが無意味になる気がして」
俺はコックピットを閉じて皆の前に降りる。一歩引いた位置にいたアリスの表情は暗い。それはきっと、さっき俺が言ったお願いと今の俺の発言の矛盾に気づいているからだ。
小部屋に戻り、俺はクリエイトで地下への入り口を隠し扉にして魔術的な仕掛けにする。台座を作り、特定の鍵を置いた時に開錠するように設定。そして俺は赤い色ガラスと金で鍵となるブローチを作る。
「これも俺の作だった訳か」
鍵穴の横に鍵を置く。
「置いといていいの?」
「多分、俺がこれでいいと思った結果、このブローチはアルベーヌ家の祖先に渡りますよ」
「そうなの?」とミアはアリスに問う。
「おそらくそうなります」
「さて、これでお仕事完了ですね? アリス」
「はい」
「あ、そうだ。グレイハウンドは回収しないと」
皆と連れだって一階部分へ。俺は雨よけの魔術を使いながら外に出ると、グレイハウンドをアイテムボックスに片づけた。
「おっと」とミアが崩れ落ちたベルの子機を支えてくれる。それもアイテムボックスに片づけ、俺たちは来た時と同じように手を繋いだ。
「アリス、戻るのはロアの自宅にしてください。二回の俺の部屋に」
「……分かりました」
アリスが準備をする。来る時よりは短い時間で準備を終えると、アリスは唱える。
「座標移動・時間跳躍」
その途端。ミアの姿が掻き消えた。
「端から見るとこうなるのか」
「シグルドさん、本当に、本当に良かったんですか?」
「ええ。肚は決まっています」そう言って俺とアリスは両手を繋ぐ。
「やってください」
「…………………………。座標移動・時間跳躍」
またあの浮遊感を感じて、俺たちは未来へ、現在よりもちょっと過去へと飛んだ。
俺とアリスは、森の中にいた。場所はロアの近く。ダンジョンにほど近い場所。
「ここですか?」
「いえ、もうちょっと南です。ミアさんの記憶では、ダンジョンに稼ぎに行こうとしたところを襲われたと」
俺はサーチの意識を深くする。会ったことは無いが、知識だけはあるスプリントベアを探して。
「こいつか……」
しばらく行くと、体格としては小柄な部類に入るクマの魔物がいた。この場所でミアとエミールさんはコイツと鉢合わせするらしい。
俺は銃槍を構える。だがそれよりも早く、アリスが動いた。
一瞬で眼前に移動し、強烈なかかと落としを一撃。それでスプリントベアの頭部は弾けて消えた。
「えー……」
「いやだって銃使ったら発砲音でバレるでしょう」
それもそうか。
血だらけになったアリスに水でも掛けてやろうかと思ったが、自分でなんとかできると止められる。だがアリスと俺がその血や死体を何とかする前に二人がやって来た。
俺とアリスは姿を隠す。
「エミィ、こっち」
「ああ。って、なんじゃこりゃ?」
俺の知っているより若いミアの隣で顔を顰めるのは、ミアによく似た顔立ちの若い男。
ああ、エミールさん。やっとあなたに会えました。
そう。俺は、彼を生かすためにここに来た。ミアから、あの寂しそうな笑みを消すために。
「クマ?」
「この発達した筋肉は多分スプリントベアだ。肉は癖があるけど美味いって言うんで高値で取引されてるはずだけど……。死体が残ってるってことは魔物同士の争いかなぁ? というかそもそもこの辺に居るはずないんだけど……。はぐれか?」
「売れるなら持ってく?」
「いやいや、ミア。俺らの目的はダンジョンだから。そっちの方が稼ぎがいい。いくら俺らが獣人だからって持てる数には限りがあるんだから」
「おっけー。勿体ないけどしょうがないね」
そう言って二人はその場を去る。俺とアリスは潜めていた息を吐きだした。
「これで、後は時間を戻してもらえれば結果が分かる訳ですね」
「そうなります」と言いながらアリスはその身についた血を落とす。分離の魔術のようだが、俺がやったら身の保証が出来ないというのに器用なものだ。
またアリスと手を繋ぐ。
「…………。座標移動・時間跳躍」
また浮遊感がして、今度はロアの街の人気のない裏通りに出た。魔術で隠蔽を施し、反応があるギルドへ。
そこで俺は見た。エミールさんと一緒に依頼掲示板を見るミアを。そしてミアのいない金獅子と一緒に居る俺を。だが二人に接点はない。ただラッシュさんを通した知り合いでしかない。
そうか。エミールさんのいる世界線は、俺とミアが恋に落ちないんだ。だって俺たちが互いを意識したのは、彼が、死んだからで。
「あのミアさんは幸せなんですか?」
「そりゃ幸せでしょうよ。愛する家族と、分かれずに済んだんですから」
「私は……そうは思えません。横にシグルドさんが居ないミアさんなんて、私は見たくない。実際に見て、強くそう思います」
「…………」
俺は押し黙ったまま、アリスを連れてギルドの外に出た。街の外壁を飛び越え、郊外の森へ。
「シグルドさん。本当にあれが見たかった光景なんですか? もっと違う未来を想像してたんじゃないですか?」
「…………。俺が、浅はかでした。でも、そのうち幸せは訪れます。その相手が俺じゃない可能性は大いにありますけど。いや、その可能性の方が高いか。あの俺とミアに、強い感情なんて生まれようも無いんだから」
「これから、どうするつもりですか?」
「偽名を使って、トメーキアにでも居を構えますかね。アリスが居れば寂しくないでしょうし」
「意地を張らないでください!」
アリスの叫びが、森に木霊した。
「それじゃシグルドさんは幸せになれない! 元の世界線に送ったミアさんも、独りで……」
「どういうことですか⁉」
「この世界線にシグルドさんが二人いるんですよ? 元の世界からはいなくなってるに決まってるじゃないですか」
「じゃあ、俺は、ミアを独り残して……?」
アリスが目に涙を溜めてこくりと頷く。
「アリス、いつも俺の記憶読んでましたよね? 知ってたはずです。俺の考えが至っていないことに。何故、言ってくれなかったんですか?」
「現実を見れば目を覚ますと思ったんです。ミアさんの幸せは、エミールさんの犠牲の上に成り立っている。その過去を変えることが、どれだけ馬鹿げたことか。余計な過去改変が、どれだけの大罪か」
「それだけのために……?」
俺はよろよろと後ろに合った木に背中を預ける。ずるずると腰を落とし、地面に座り込んだ。
「だから、帰りましょう?」
「どこに」
「元の世界戦へ」
その言葉に、俺は顔を上げる。アリスが涙を拭って手を差し伸べていた。
俺はその手を取る。立ち上がる。両手を繋いで、アリスに願う。
「連れてってくれ、俺が愛したミアの所に」
アリスはたっぷり時間をかけて、その術を解き放つ。
「座標移動・時空跳躍!」
たどり着いたのは、真っ白な世界だった。見たこともない、いや、一度だけ見たことのある景色。
「竜よ、大変なことをしてくれたの」
背後から声がかかる。振り向けば、そこには。
「神様」
「やってしまったことは取り返しがつかん。まぁ、せっかく呼んだんじゃ。茶でも出そうかの」
神様の視線の先をたどると、さっきまでは無かった東屋があってポットにお茶の用意がされていた。
神様に促され、俺とアリスは椅子に腰かける。また神様手ずから淹れてくれたお茶を目の前に差し出され、その神様自身は対面に座った。
「さて、まず君たちがここに来れたわけじゃが、簡単に言うとワシのネズミ捕りに引っかかった訳じゃな」
「そんな警察の取り締まりみたいな言い方……」
「あながち間違っておらんよ? 本来こういう事態にさせないために網を張ってる訳じゃし。この辺は世界の命運に関わるからの。魂の管理よりも昔からきっちりしておる」
「やはり過去改変がいけなかった訳ですか」
「いんや? 過去を変えるのは罪ではない。そうでなければアルカフィルの命運を賭けた君の戦いも、無かったことにしなければならんからの」
「では何が?」
「世界の跳躍。これが君らの罪じゃ。その辺をそこの竜ははき違えておったようじゃがの。この結果は、一応予想していたようじゃが」
神様はそう言って茶を啜る。
「アリス、そうなんですか?」
「ええ。どこかで本物の網にかかるとは思ってました。私に力を与えたのは彼らなんです。その知識も与えられていました。抜けられるかとも思ったんですが、そう甘くはありませんでしたね」
「うむ。当たり前じゃ。ちなみにこ奴はワシ直々に力を与えた。本来は禁忌じゃが、あの世界はこうするしかなかったんでの」
「じゃあ、俺が異世界転生したのは必然だったわけですか? そのためにお膳立てしたと?」
「君の怒りは理解する。じゃがそれについては違うと断言させてもらう。君の魂は確かにエラーを吐いておったのじゃ。何度転生させても、良い人生にはならなんだ。それでも君は正しく良い人であり続けた。じゃから、一度世界を越えて別の輪廻に巡らせれば上手くいくかと思ったのじゃ。そうするとアルカフィルの世界自体がエラーを吐いた。過去と未来を見て、それから鍵となるそこの竜に力を与えたのじゃ」
「じゃあ、俺がアルカフィルに行かなければ……?」
「厄災も、過去からの魔装機兵も、何もあらなんだ。本当に、平和な世界だったんじゃ」
「俺は疫病神か何かですか?」
「どうじゃろうかのう……。神に準ずる魂が下界から生まれることもあるが、まだ君はそこまで至っておらん。じゃが強い力を持つのは確かじゃ。何回か人生を歩めば神になれるやもしれんの」
「そうですか」
神になるつもりはないが。だがそうなった時の俺はきっと俺ではない。気にするだけ無駄だろう。
「とりあえず話を戻すか。ともかく君たちは罪を犯した。それをワシは罰さなければならん」
「ちょっと待って下さい。そもそもなんで世界を越えるのが罪なんですか? 俺は一度超えてますよね?」
「だからじゃよ。本来世界を越える力は神のみが行使できる力。それも上位の神のみに限られる。それを下界の者の身で行使したのじゃ。これを認めれば、神としての面子が立たん。それに、これを利用すれば君の元居た世界に戻ることも可能なのじゃ」
それは確かにマズイわ。俺が元の世界に戻ったらまさしく黄泉帰り。混乱が起きる。
「納得してくれたようじゃの」
「罰の内容は?」
「存在の消滅。魂の消滅。輪廻の輪からの除去」
軽く告げられたその重い罰の内容に、俺は背もたれに背を預けて天井を見上げた。
「酷いと思うか? じゃが行いは魂に刻まれる。一度起きたことは、再発しやすい」
「…………。分かりました」
「随分諦めが早いの。もうちと愚図るかと思うておったが。残して来た女が居るんじゃろが。その女のために罪を犯す覚悟をするほど愛した女が」
「そりゃ心残りですよ。でも、俺たちは逃げられない。でしょう?」
あの時は気づかなかったが、改めて見ると神というものはとんでもない。アリスの存在が霞むほどの力を感じる。
「最後に教えてください。ミアに、俺の子は宿っていますか?」
「宿っておるよ。二人」
「二人⁉」
「うむ。双子じゃ。男の子と女の子」
「マジかー。見たかったー。というかほんとに忘れ形見になったわー」
アハハと笑いながら俺は天を仰いで手で目を覆う。その手が濡れる。俺が要らぬことをしたばっかりに、ミアを残してしまった。それも、アリスを道連れにして。いや、アイテムボックスに入りっぱなしのベルもか。
本当に俺は馬鹿だ。
「アリス、何か最期にしてほしいことはありますか? 巻き込んだお詫びに。限界はありますけど」
「キスしてください」
「頬かおでこでもいいですか?」
「じゃあおでこで」
俺はアリスの前髪をかき分け、そのおでこにキスをした。
「さ、神様。やっちゃってください。できれば痛くしないでもらえると嬉しいです」
「痛みなどありゃせんよ。安心せい。……では、神の裁きを伝える」
俺とアリスは目を閉じる。並んで座って、触れ合った手を握り合いながら。
「人の子と竜は世界を越えようとした。よって罰を与える。ただし人の子はこれまでの幾たびの人生において積み上げた徳と相殺し、その罰を免除するものとする」
その言葉に、俺は目を開いた。
「助かった?」
「うむ。ちゃんとワシの力で元の世界に送り届けてやるわい。世界がひっくり返るような分岐ではないからお主の世界もそのまま続いていく。すこしばかり君たちが変えた正史の影響を受けるがの」
「アリス、やりました! 助かりました!」
笑う俺に対して、アリスの表情は暗い。
「アリス?」
「私は、一緒に行けません」
「な、なんで?」
「シグルドさん、神様の言葉聞いてました? 神様は人の子はと仰ったんです。私の罰は、受けねばなりません」
「そんな!」と俺はアリスを掻き抱く。神様に懇願する。
「願ったのは俺だ! 罰なら俺が受ける! とっくに覚悟はしたんだ!」
「それはできんよ」と。無慈悲に、裁きは下される。
神様はあからさまな杖を取り出すと、地面にとんと打ち付けた。その音は静かに響いて、俺の腕の中から、アリスのぬくもりが、消えた。
「アリス! アリス‼」
「君はいつでも良い人であり続ける。自分より、目の前の仲間を取った。その姿勢をワシはとても好ましく思う」
「アリスは……、どうなったんですか?」
「消滅した。無に帰したのじゃ。記憶からも消え、あの竜がいた痕跡は何も残らん。消滅とはそういうことじゃ」
「今なら貴方に牙を剥けそうです」
「ではそうなる前に君を元の世界に送り返すとしよう」
また神様がとんと床を杖で突く。
視界が代わった。目の前にはミア。ここはロアの自宅の、俺の部屋だ。
「あれ? なんかズレてなかった? アリスは?」
ミアはまだアリスの事を覚えている。徐々に忘れていくのだろうか。
「アリスは、彼女は俺のせいで死にました」
「どういうこと?」とドスの聞いた声でミアが俺に問う。
俺は全て話した。俺の罪を。それを聞いたミアは顔を真っ赤にして、振り上げた拳をベッドに叩きつけた。
「じゃあアリスは、エミィの身代わりになったってこと?」
「……どういうことです?」
「エミィは死んでない。前に言った通りスプリントベアに襲われて、首から下は動かなくなったけど、治療院で生きてる。シグルドと一緒にお見舞いも行ってる! これがシグルドとアリスが起こしたエミィを助けたことによる影響なら、アリスはエミィの身代わりになったってことになる! アリスは大事。でもエミィも大事。どっちかなんて選べない!」
泣き出したミアを抱きしめる。俺の胸に、拳が打ち付けられる。騒ぎを聞きつけた誰かが扉を開けた。ラッシュさんだった。
「おお、無事に帰って来たか。……どうしたお前ら? アリスは……いないようだが?」
「アリスは死にました」
「そうか」
そう言ってラッシュさんは俺とミアの頭を撫で、気を遣って二人きりにしてくれた。
俺の馬鹿な考えで、アリスに罪を押し付けて。こうして俺の大戦は幕を閉じた。




