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30 覚悟を決めて

 ダンジョンアタックから一か月後の秘密基地の格納庫内。俺はアリスとの模擬戦で足を半壊させられ、どうせ改造するからと応急処置だけしたグレイハウンドを見上げて腕を組む。

「竜鱗ヨシ。資材ヨシ。ついでに使い勝手のいい魔石もヨシ。ではグレイハウンド改造計画、開始!」

「おー」と上がる二つの声。俺の後ろではアリスとベルの子機が拳を振り上げていた。二人ともノリがいい。

「何そのテンション」と若干冷めた目で見ているのはミアだ。男のロマンを分かってくれとは言わない。でもそんな現実的な目は向けないでほしい。

 奥さんに趣味を冷めた目で見られるお父さんってこんな気分なんだろうなと思いながら俺は作業を始める。

「まずは腕を改修します。実証実験です。ベル、どこまで潰せばベルの意識が消滅しますか?」

 ベルの答えいかんによっては強化案は無しになる。

「脚部竜鱗に本体を設定し直したので、その竜鱗が一定レベル以上破壊されない限り問題ありません」

「限界値は?」

「竜鱗のサイズから五割と推定」

「右ですか? 左ですか?」

「左です」

 無事な方か。というか自由に本体の位置変えられるのか。後でアリス産の最高級に乗り換えてもらおう。

俺は右前腕部にクリエイトをかけて分解する。そして好きだったメカの設定資料集のラフ画やCG画、実際の機械の構造などを思い出しながらその内部構造を作っていく。油圧式でもないのにシリンダーを作り、電気なぞ通ってもいないのに電気ケーブルを作る。そうすると、実にメカメカしい内部構造剥き出しの腕が出来上がった。

「ベル。性能測定」

「出力の向上を確認。数値にして三八.六パーセントです」

「ビンゴ!」

 俺のテンションは上がる。ついでに「こうしたらどうなりますか?」とオリハルコン製のケーブルに通電させてみるとさらに性能は上がった。ただ導線を輪のように繋いで通電させただけでこれだ。これで以前に内部構造を緻密に作るほど性能が上がるのではないかと言う理論は実証された。

あと回路自体は短絡になっているが、魔術で電子の移動を制御しているので電流の値自体は低く、何ら問題はない。しかし無理を通しているのは確かなので何かしらの抵抗を挟んだ方が効率はいいと思われる。確かコイルに交流電流を流すと発生した磁場自体が抵抗を引き起こすはずなのでその方面で調整することにしよう。

「ベル、徐々に全部バラしますよ。あとアリス謹製の特大竜鱗を組み込むのでそっちに乗り換えて下さい。」

「了解です、マスター」

 意気揚々と右上腕部に手をかけようとしたところで「シグルド~」と声がかかった。

「何です?」

「お昼ご飯は?」

「え、もうそんな時間?」

 時計は置いていないので感覚で測るしかないが、確かに腹時計は昼だと告げている。多分、午後一時過ぎくらいだろう。

「すいません、すぐ飯の支度します」

 構ってもらえずぶーたくれているミアの頬にキスをして俺は台所へ。だが食卓には既に食事が並べられていた。

「これ、ミアが?」

「いや、あたしだって料理できない訳じゃないし。シグルドが料理してる姿は一番見て来たもんね」

 俺は有難く頂きますをして並べられた黒パンとスープ、肉野菜炒めに手を伸ばす。

 スープは俺の作り置きだが、肉野菜炒めは相変わらず濃い味付けだ。だが、どこかほっこりする。

「ごちそうさまでした」と言い食器を流しへ。

「あたしがやっとくからいいよ」

「いいんですか?」

「その代わり早く終わらせてね?」

「あはは、保証はしかねます」

 そう言って格納庫に向かおうとする俺の後ろから「ぐえっ」と襟首でも掴まれたかのような声がした。

「アリスは手伝う! あんたあたしと同じでシグルドの作業見てるだけじゃん!」

「あ~」とアリスは声を上げるがミアの言うことは事実なので無視する。

 とりあえず作業を再開。まず右腕の配線を一部コイルに置き換える。普通に交流で通電させてベルに確認を取るといい感じの回答を貰えた。右腕が一端の完成を見たので左腕に着手。右と同じように構造を作っていく。この時点で夕飯に呼ばれたので小休止。徹夜をするつもりはないのでこの日はここで作業を終えた。

 翌日。前日の続き。左腕の構造から再開。作業を完了させ、続いて重要機関となる胸部に着手する。

 まず俺はコックピット周りを全面改修することに決めた。だが下手に操縦桿をつけても意味がなくなるのでそこは考える。俺は魔石を使った制御球を、コックピット内にケーブルで繋がれたヘッドギア状のパーツに差し替えた。また手首に装着するクリップ上のパーツを作り、接続。頭部は機体制御、手首は装備した装備類の制御と別の役割を与える。外側は腕の様な動く部分がコックピットの開閉部分しか無いので頑丈に作る。またコックピットの開閉は胸部自体が貝のように開く従来式ではなく首の部分が開くように変更した。搭乗口はやや小さく、乗り降りはしにくくなったが、これで構造上の堅牢さは上がった。また座席の下にはアリス産の竜鱗を配置。グレイハウンドのメインバッテリーになるとともにベルの意識を移してもらう。

「マスター。コンバート完了しました」

「分かりました。次の作業に行きますね」

胸部でやる作業はまだ残っている。実のところ腕の先から太いオリハルコン線をより合わせてストランドにしたものが伸ばしてあるのだ。それを胴体に引き入れ、ベルの意識が移った竜鱗をオリハルコンでコーティングした疑似バッテリーに繋ぐ。あとは胸部の背中部分を張り出すように作り、背部兵装の接続部を作る。またその下には単発式のメインスラスターを二機縦配置する。また胸部、肩部の各所にサブスラスターを配置。この辺は今までと同じだが、内部のディティールは無い頭で考えられるだけ無駄に凝っている。見る人が見ればツッコミどころ満載なのだろうが。

続いて脚部に取り掛かる。模擬戦で破損もしているので一から作り直すつもりで。

 ほとんどデザインは前と変えるつもりはないが、腕同様、芯となるオリハルコンストランドを張り巡らせる。スラスターはサブどころかメインスラスターにも引けを取らないサイズのものを置く。シリンダーも各所に配置。姿勢制御用のサブスラスターも設定。

 最後に頭部。がらんどうだった頭にこれでもかと機構を詰め込む。機械のセンサーはまるで仕組みを知らないので人体の構造を多少参考にして。

 改めて魔術を込め、あとは装甲を取り付けるだけの段階にして、俺は機体に乗り込む。ヘッドギアを嵌め、手首にクリップを装着する。

「ベル、動かせますか?」

「シミュレーション開始。…………。機体構造を細分化したため全力稼働で分解の恐れあり」

「何パーセントならいけますか?」

「八一パーセントが限界値と推定。改修前との比較では三.二パーセントの向上と報告します」

「十分です」

 俺は深く息を吸い込む。意識と感覚をグレイハウンドと同調させる。

「ああ、これは……」

 前と違って乗っている感覚がまるでしない。文字通り手足のように動く。格納庫内で一通りの動きを試す。すごく動きが滑らかで、俺の吐息は勝手に笑みへと変換されて口元から漏れる。

 俺は一度グレイハウンドを降りた。ベルに問題点を洗い出してもらう。いくつかせっかく作ったのに通電していない部分があるようなので配線を見直す。といっても工具でガチャガチャやるわけではない。素材を傍らにクリエイトでイメージを形にするだけだ。あと色々と肉詰めをした結果重量バランスが悪くなっているらしい。俺はそこまで感じなかったが、それは非武装だから。ベルの計算によると前後比率は四対六になるそうだ。ちなみに左右比率は約三対七。やはりキャノン砲が重いらしい。ちなみに唯一武装は右背部のキャノンを新調する。具体的に言うと、大型化したレールガンを取り付ける。それでこの重量比になってしまっている。

 さらに後ろにくっつけるものもあると言うのにと俺がうんうん唸っていると、ふわりと抱きしめられた。

「ちょっと休憩しよ? ね?」

 現時点で、制作開始から既に二週間経っていた。

 ミアに連れられて居住区へ。ミアが作ってくれた食事を取り、寝室へ。知らずに疲弊していたようで、俺はベッドにうつぶせにぱたりと倒れた。

「いますよねー、ぶっ倒れるまで趣味に没頭する人」

 アリスの声が降ってくる。顔を向けて見れば、作ったはいいものの涼しい環境なのであまり人気が無かったアイスキャンディーを舐めているアリス。

「なんかお前見てると腹立つわー。ミアー、癒してー」

「この人いつもの口調保てないくらい疲れてる! ミアさん!」

「はいはい」

 呆れたような口調のミア。俺は仰向けにさせられ、頭をミアの膝へ乗せられる。目を手で覆われると、すぐに眠気が襲ってきた。手の暖かさと重みが心地いい。

 ん? 重み?

「バラスト! スタビライザー!」

 俺は飛び起きる。

 そうだった。俺の設計した魔装機兵は魔術で重さを弄れるから、重量による速度低下と言う概念は存在しないのだ。だったら錘をつけ足せばいいのだ。

ちなみに武装の方を軽くするのはよろしくない。何故か反動が悪化する。

 俺は格納庫にすっ飛んでいこうと思ったが、ミアに首根っこを掴まれる。

「今は休む!」

「はい」

 俺は大人しくミアの膝枕に戻った。

 後日、俺は自分の作品を見上げて満足して一つ頷いた。

 原型はグレイハウンドのものがしっかり残っている。装甲はロックアリゲーターの岩石片をすべて使用しており、内部構造に加えたコイルの冷却機構のつもりでエアインテークも追加。だが左胸部及び左大腿部前部にアダマンタイトを圧縮し、中にミスリル板を仕込んだ馬鹿みたいに重い装甲版を配置してある。またスラスターの近くに長い筒状のパーツ。プロペラントタンクだ。ベルから稼働時間が少し短くなること指摘されていたので追加した。そして最も特徴的なのは折り畳み式グレネードキャノンから取って代わったレールキャノン。弾体とマガジンは以前のレールガンのものを流用したが、機体よりも長大な砲身が背中に懸架されている。

「シグルド」

「何ですか」

「なんか大きくなってない?」

「規格は変えてませんよ? 多分レールキャノンとプロペラントタンクの分かと」

「もう終わり?」

「いえ、支援機を作ります」

「支援機?」

「俺のグレイハウンド、いや、グレイハウンド改と言うべきかⅡと言うべきか……。まぁ、それは置いといて、こいつは近距離射撃戦機体が元ですが、今その神髄は右肩部のレールキャノンによる遠距離狙撃にあります」

「何言ってんのか分かんないんだけど……」

「距離取って一発ぶち込むのが一番強いってことです」

「イリスみたいな立ち位置ってこと?」

「まぁそんなもんです。で、そういう職の人にはラッシュさんみたいな盾役が必要ですよね?」

「あー、だいたい分かった。その盾役を作る訳だ」

「そういうことです」

「でも誰が乗るのさ? あたしじゃ足手まといだよ?」

「あー……。ベル、リソースを割いて自動操縦できますか?」

「可能です」

 じゃあ完全自動操縦に……、いや、万が一に備えて予備機として乗れるようにしとこう。

 と言うことで支援機の制作に取り掛かる。コンセプトは盾役。だが機動力も必要。よって選択するのは武装を抑えた装甲中二。

 俺は横に並べたプロトタイプを眺める。基本設計をそう変える必要はない。グレイハウンド同様ディティールアップを図る必要はあるが。

 ベルの意識は宿っていないので一気に作り変える。一度デザインや構造は決めているのだ。すぐに終わる。ロックアリゲ―ターの岩石片はもう無いのでアダマンタイトとミスリルの二重装甲を施す。そこにさらに同じ材質の追加装甲を配置。頭部モノアイもバイザー型のカバーで覆う。

「ああ、なんだ……」

 アラン砦の鎧は、やっぱり俺が造ったものじゃないか。

 俺は作業をしながら自嘲気味に呟く。どうせベルに操縦させるからとコックピット周りを旧式から変えなかったのも運命なのだろうか。今から取り付けようとしているこれも。

 そんなことを考えつつ俺は左腕に光魔術で作ったブレードを発生させる機構を取り付ける。

 あとは何か軽くてダメージの通る兵器が欲しいところだが、実弾ではレールガンを用意しなければアリスの鱗一枚通らない。なので選択肢としては貫通はしなくともダメージが蓄積する魔術弾が最適解なのだが。

「だめだ。魔術弾の威力が低すぎる。前に考えた束ねる方法は大型化して重くなるし……。プラズマ砲はダメージは出る……出るか?」

 アリスを捕まえて聞いてみる。

「プラズマ? あー、あれはさすがにタダでは済みませんね。火傷くらいします」

「プラズマ喰らって火傷で済むんですか……?」

「ええ。でもベルガモットさんの攻撃喰らってる方がダメージ蓄積しますね。火傷くらいはすぐ治るんで。あ、でも流石にこの身体で喰らったら蒸発しますよ?」

「普通はそうです」

 とりあえずプラズマ兵器より魔術弾の方が効力があるらしい。

 とりあえずブレード機構を右腕にも取り付ける。さすがに格闘戦に寄り過ぎだと思うが、せっかくつけたので取り外しはしない。

「うーん、質じゃなくて数で攻めるしかないか」と俺は製作を開始する。イメージするのは高レートのマシンガン。例えば、ヒトラーの電動のこぎり。ライトショットの出力を最大まで上げ、それを連続詠唱の限界まで高速化して組み込む。右背中に懸架パーツを取り付け、作ったエネルギーマシンガンとレールガンを懸架する。

 俺はグレイハウンドに乗り込み、レヴァーガ翁の秘儀、心殺をベルに組み込む。

「ベル、これで損耗ゼロで模擬戦可能になりますか?」

「魔術のインストール中……。最適化……。……完了。可能です」

「ベル、模擬戦しますよ」

「アリスとの再戦を希望」

「いいえ。今回は俺とです。ベルはあっちの格闘機を操ってください。できますね?」

「……イエス。マスター」

「シグルドー」と外からミアの声がかかる。

「何ですか?」

「そっちの黒い機体には名前は無いのー?」

 名前……。名前か。格闘機であれば……。

「虎徹」

「こてつ?」

「俺の世界の、有名な剣の名前です」

 格闘機は苦手だが、遊びで作るときはだいたい刀の銘を冠している。と言ってもあまり作らないし、俺も刀なんぞ虎徹、村正、正宗、あとは髭切と膝丸くらいしか知らない。

「こっちで言うエゼルガッゾとかムームルドみたいなもん?」

「ミアさん、確かエルゼガッゾです。というかそれ、ロージネン建国記の奴ですよね?」

「逆にそれが分からないんですけど」

「え? ライクロイックに伝わってる伝承の魔剣と聖剣の名前。創作だって言われてるけど」

「ああ、その認識でいいです。こっちのは実際にある奴ですけど」

 ミアの話に合わせるならエクスカリバーやグラムあたりか。

 とりあえずゲートを開く。グレイハウンドと虎徹の両機のみで出撃し、北極の大地へ。

 五十メートルほどの距離で向き合う。急加速一回では密着できず、狙撃には近すぎるという微妙な距離だ。

「ベル、行きますよ」

「はい」

 俺とベルは同時に飛び上がる。俺は右手のライフルを、ベルは背中から取り出したエネルギーマシンガンを構えて。

 俺は一発撃つ。撃った感覚もあるし実際にベルは装甲で受けて見せたが、意識を集中するとそれがまやかしであることが分かる。俺は安心して両手のライフルをぶっ放した。ベルの方も容赦なくライトショットの乱射をしてくる。俺はミサイルを撃ちつつ回避運動を取るが、装甲に光弾が当たって弾ける。

 ベルが多角的な軌道を取りながら上を取る。そしてエネルギーマシンガンを乱射して目くらましにしつつ急速落下。後に緊急回避した俺の追加装甲を掠めるように左腕のブレードが振り抜かれる。俺は交差の瞬間にレールキャノンのチャージを合わせるが、敢え無く回避される。

「ミサイル!」

 六発。六発。六発。計十八発の誘導弾がベルを追う。彼女はマシンガンの銃口をミサイルに向け、迎撃態勢を取った。その隙に俺はライフルを乱射しつつ後退。着地し、しっかりと大地を踏みしめて踏ん張る。ミサイルに集中しているベルに狙いをつける。俺は一呼吸置くと、レールキャノンを放った。

「チッ。避けるのかよ、ベル」

「この程度でやられてはマスターの相手は務まりませんので」

 俺とベルは仕切り直す。俺が逃げ、ベルが追う。ベルは距離も何も関係なくエネルギーマシンガンを垂れ流しているので否応なしに被弾してしまう。

「機体損傷、五十パーセント」

「実弾なら装甲で弾けるってのに! 魔術ってのは厄介だな! ええ⁉」

 ブレードを当てようと寄って来たベルに敢えて接近して、ブレードを振られる前にその身を蹴りつけて嫌がる。

「設計段階でそれが狙いだったはず、と申告します」

 俺はブーストを吹かすとベルに接近しながらミサイルを放つ。下方を潜り抜け、反転。急速後退しながら再度ミサイルを放つ。多少の時間差はあるが前後からの挟撃。抜ける方向は左右しかない。その予測進路上に俺は両の手のライフルを向ける。

 右か、左か。別々に狙いをつける。ベルは彼女から見て後方、左側に動いた。即座に照準を合わせて発砲。前進し、敢えて距離を詰める。

 今度はベルが退き、俺が追う。行うは二丁のライフル、ミサイル、キャノンの斉射。レールキャノンの発射に合わせてブーストを重ねるが、先ほどから感じている通り思った以上に反動が酷い。何度もひっくり返りそうになりながら撃ち続ける。

 言ってしまえばじゃじゃ馬だ。前に比べてトップヘビーでバランスも悪い。そのくせ出力は上がっている。だがそれでいい。使用難度なぞ腕でねじ伏せてやる。

 今の俺の顔を見たら、ミアは何と言うだろうか。昔母さんに言われたことがある。「ゲームに真剣になってるあんたの顔、怖いわよ」と。

笑っているのだろうか。怒っているのだろうか。いや、楽しいと言う感情をむき出しにしているのだろう。きっと俺は笑っている。獰猛な顔で。

ベルのブレードが掠る。俺は右手のライフルを棄て、機体制御に割り込んで虎徹の左腕を掴んだ。

「…………」

「チェック」

 レールキャノンは虎徹の頭部と胸部の隙間にねじ込むように。チャージ。

 ベルのマシンガンが接射される。機体の耐久値がガリガリと削られていく。

「機体損傷、九十パーセント」

 バスンと大きな音を立ててレールキャノンが発射された。

 俺は虎徹の手を離す。二機の魔装機兵が、北極の大地で向かい合う。

「虎徹の耐久値限界突破を確認。マスターの勝利です」

「ふぅ……。お疲れ様でした。いやー、ベルも強いもんですね。流石は俺の動きをサポートするだけのことはある」

「これが私の本分ですので」

 ベルと連れだって秘密基地へ戻る。

「お、帰って来た」

「あー、また派手にやりましたね。満足そうな顔して、まぁ。というか遠距離砲撃型で近接格闘戦するもんじゃないでしょう。やってることが無茶苦茶です。性能試験なら私が相手しますか?」

「アリスとの模擬戦は実弾演習になると申告します。実施しますか?」

 ベルの子機がそわそわしている。

「やりたいのは山々ですがアリスが傷つくので駄目です」

「まぁ、そのレールキャノンは私の鱗でも貫通しますからね。……頭蓋骨なら傾斜角計算したら弾けるかな?」

「アリス。弾けるかもしれませんけど無茶は駄目です」

 あとベル、ステイ。

「ともかく準備は整いました。アリス、いつでもいけますよ」

 俺はグレイハウンドと虎徹、グレイハウンドをアイテムボックスに入れた事により繋がりが切れたベルの子機をアイテムボックスに入れる。

 そういやベルはアイテムボックスに入るんだよな。いや、入ってもらわないと困るんだけど。と言うことはやっぱり生き物判定じゃないのか。

 前にアリスが「似た様なもの」と言っていたことを思い出し、アリスをアイテムボックスに入れて見ようとするが弾かれる。

「シグルドさん?」

 アリスの笑顔が怖い。

「ごめんなさい」

「何しようとしたのさ……」

 ミアのジト目も怖い。

「いや、前にアリスが自分の存在をベルと似た様なものって言ってたじゃないですか。ベルがアイテムボックスに入るんだからそれならアリスも入るかなって」

「で、試してみたんですか」

 アリスに盛大にため息をつかれる。ミアからは「何かあったらどうすんの!」と雷が落ちた。

「ミアさん、大丈夫ですから。仮にアイテムボックスに生き物が入ってもなんの害もありません」

「そうなの?」

「ええ。というか、実際私のアイテムボックスは生き物入りますし」

「は?」と俺とミアの声が重なった。

「アイテムボックスって生き物入れられるの?」

「入りますよ? 入ってみます?」

 アリスがそう言った瞬間俺の視界が真っ白に染まる。と思ったら一瞬の間も無く元の景色に戻った。

 ギャアギャアうるさいと思ったらミアがアリスの胸倉を掴んで揺さぶっている。それを俺はやんわりと声をかけて止めた。

「シグルド? シグルド~」とミアが俺にダイブ。一体あの一瞬の間に何があったのだろうか。

「あ、ちなみに一分くらいアイテムボックスに入ってましたよ、シグルドさん」

「は? 一分? 一分⁉」

「私も時間停止系なので」

 説明しろとアリスを促す。

「そもそもの話なんですけど」とアリスが語る。まず、アイテムボックスに生物を入れられないという制限は本来ないらしい。結局のところ術者のイメージ次第で、俺のアイテムボックスにも生き物が入らないのは、その名前から先入観で無意識に生き物は入れられないと俺が思っているからだそうだ。ちなみに菌類が通るのはそもそも意識していないからで、寄生虫が意識しても弾かれないのは最初に使った時の仕様としてこれも意識をしていなかったかららしい。確かにあの時もアイテムボックスのイメージ自体を変えようとは思わなかった。

「で、私とベルさんは確かに同じ精神生命体という存在ですけど、その成り立ちが違うから私は入らない訳です」

「成り立ち?」

「ベルさんはインテリジェンスアイテム、まぁ、付喪神みたいなものですね。つまりは元々ものなんです。それに対して私は元々意識だけの存在として在り、それが形を持ったものという違いがあります。だからどちらかというと生き物寄りなんです」

「でも俺はその違いを認識してませんでしたよ?」

「その辺はアイテムボックス側が勝手に判断します。術者ができるのはその判断基準を変えることですね。私たちは、言ってしまえば意識を持った魔力なので、シグルドさんが知らなくてもアイテムボックス自身が私と言う存在を生き物と判断して弾いたわけですね」

「へーぇ」

 知らなかった。ちなみにアップグレードしても中の物は無事らしい。

「で、シグルドさん」

「はい」

「試したくなるのは術者の本能として百歩譲りますけど、試す前にせめて言ってくださいね?」

「……はい」

 いきなり俺をアイテムボックスに放り込んだのは意趣返しのようだ。主に嫌な目に遭ったのはミアの方だが。

「じゃあ気を取り直して行きますか」と言う俺に、アリスがとことこ寄ってきてコートを引っ張る。

「挨拶回りしとかなくて大丈夫ですか? これが最後かもしれませんよ?」

「嫌な言い方しないで下さいよ。失敗するかもしれないみたいな感じじゃないですか」

「前にも言いましたけど、可能性の問題です。シグルドさんが負ければ、そこで未来は分岐します」

「分岐? 変わるんじゃないんですか?」

「パラレルワールドはご存じですよね?」

「ああ、理解しました。じゃあ失敗しても今いるこの世界は無事なのか……」

「いえ、そういう訳でもありません。シグルドさんが厄災の討伐に失敗したと言う事実が正史になる以上、そうでなかった世界は影響を受けて緩やかに崩壊していきます。幹から分かれた枝の先が細くなるように」

「結局失敗は出来ない、か……」

 俺は天上を見上げる。

「守りたいものを見ておくと覚悟は自ずと決まるものですよ?」

 俺はそう言うアリスの頭をくしゃりと撫でると、ロアの自宅にゲートを開いた。

 出迎えてくれたのはリーゼだった。

「あ、ご主人様、ミアさん、アリスさん。おかえり。順調?」

「ええ。そっちはどうですか?」

「変わらず? あ、リューグさんがおやつ控えるようになった」

「あのリューグが?」

「うん。私が晩御飯食べてもらえないのは悲しいって言ったから」

 ほーん。

「それは何よりです。リーゼはどうです? 休みは取れてますか?」

「大丈夫。イリスさんの事はほとんどラッシュさんがやっちゃうからむしろやることなくて暇」

「お風呂とかは……?」

「ラッシュさんが一緒に入ってる。イチャイチャしてるっぽい?」

「そうですか」

 ラッシュさんもだいぶ慣れた……いや、心配性なだけか?

 リーゼと別れて二人がいる和室へ。

「おう、おかえり」

「おかえりなさい」

「戻りました。イリスさん、お腹の子の調子はどうですか?」

「皆さんの話ではあと五十日も過ぎれば生まれる頃だそうです」

 三人でお腹を触らせてもらう。この子が生まれる未来のためにも、頑張らないといけない。

「シグルド」とラッシュさんが俺に声をかける。

「はい?」

「行くのか」

「はい」

「がんばれとは言わん。だがこれだけは言わせてもらう」

 ラッシュさんは俺の肩に手を置き、俺の瞳を覗き込む。

「必ず、帰ってこい」

「分かりました」

 俺が答えると、さっき外出から帰って来たらしいリューグが部屋に入ってくる。俺の肩に手を置いたラッシュさんを見て、リューグは無言で俺に拳を突き出してきた。それに俺は拳を合わせる。

「戦勝祝いは…………えっと……とりあえず美味いもので」

「悩んだ末に思いつかなかったんですね」

 そう言うとリューグは頬を掻いてそっぽを向く。思わず皆から笑いが漏れた。

 家を出て、冒険者ギルドへ。ギルドに行くとキール支部長は不在だったが、依頼掲示板を眺めているガルムさんを見つけた。

「おう、お前ら。また何かやらかしに来たのか?」

「そんな人をトラブルメーカーみたいに言わないでくださいよ」

「すまんすまん。だが俺はお前かお前の縁者が何かしらやらかしてるところしか見てないからよ」

「それもそうですね。否定はできません」

「今日は何か依頼探しに来たのか? たまには一緒になんか受けて見るか? 俺んところならラッシュも文句言わねぇだろうし」

 そう言うガルムさんのお誘いを「せっかくですが」と丁重に断る。ガルムさんは「そうか」とさして気にした様子はない。

「なぁ、シグルド」

「何ですか?」

「お前、またどっか行ったりしねぇよな?」

「…………。何のことですか?」

「お前が家出してたことは訊いてる。あの時のラッシュたちは見てられなかった。また同じようなことをするつもりなら今ここで目ぇ覚まさせてやるぞ?」

 ガルムさんの目が剣呑に細められる。俺は笑顔で「遠出はしますけど、帰ってきますよ。ラッシュさんと約束もしたので」と答え、納得したガルムさんと別れた。

 昼食時なので跳び兎亭へ。食事処に入ると、キール支部長とニールさん、ミーナさんがテーブルを囲んでいたので相席させてもらう。

「なんか珍しい組み合わせですね」

「ポタタの薄揚げが食いたくなってな。来てみたらこいつらが飯食ってたからお邪魔した」と言うのはキール支部長。「それデートの邪魔なんじゃ……」とミアが言うが、ニールさんとミーナさんの方もキール支部長に相談があったようで。

「結婚する⁉」

「ミア、叫ばないでください。他のお客さんに迷惑です」

「それでよ、宿暮らしもなんだから、家がどうにかならないかギルマスに相談してたんだよ」とニールさんが黒パンを齧りながら言う。

「アタシは借家でもいいんだけどね。ニールが家買うって聞かなくて」

「ニール、もしかしてシグルドに対抗しようと思ってる?」

「な、なんのこったよ?」

 そのどもりと泳いだ目に、ミアとミーナさんは揃ってため息をついた。

「ま、とりあえずお前らは貯金をするこった。出費を抑えて稼ぐ。これに尽きる。蒼烏なら難しくは無いだろう」

「チクショー! あんなあばら家で金貨五十枚とかおかしいって!」

「ニール、あんたうるさい。周りの迷惑も考えな」

 ミーナさんがニールさんの頭をスパコンと叩く。

「だってよー。というかシグルドん家はいくらしたんだ?」

「え? 金貨百と十二枚です」

「ちなみに全額シグルドが払ってる」

「たっか⁉ お前、よくそんな金あったな。一括だろ?」

「あたしらあの時、依頼の受注数と獲物の持ち込み量が常軌を逸してたから……」

「なんかいつの間にか溜まってたんですよね……」

「チクショー!」

「だからうるさいってば!」

 再び後頭部をしばかれるニールさん。

「ところでシグルド」とポタタの薄揚げを食べ終えたキール支部長が俺を見る。

「最近質のいい肉の入りが無くて困ってるんだ」

「え? でも前……」

「困ってるんだ。お前以上に質のいい肉取ってくる奴はいないからな。今度でいいから頼む。いいな? 必ずおやっさんの所に持ってこい」

「……分りました」

 俺の答えに満足そうに頷いたキール支部長はエールのジョッキを飲み干して席を立つ。どうやら何かを察しているらしいキール支部長を見送り、俺たちは運ばれてきた食事に手を付ける。しばらく他愛もない会話をしながら食事を楽しみ、せわしなく働くリリーさんたちを一目見て跳び兎亭を後にする。

 続いて向かったのは王都ハロルドだ。キンバリー宝飾店にお邪魔する。だが出迎えてくれたのはアレシュさんではなかった。

「いらっしゃいませ、お客様。キンバリー宝飾店へようこそ」

 礼をするのはロマンスグレー。確か名前はヘルマンさん。ということは来客中だろうか。

「アレシュさんはお手隙ですか?」

「生憎と来客中でして。ですがシグルド様が来られた際には最優先でと賜っておりますので既に人を行かせております。その間、商品でもご覧になってお待ちください。新作も入荷しております故」

「分かりました」と言って店内を見せてもらう。確かに前にはなかったデザインのものがあるが、俺に良し悪しは分からない。

「そう言えばミア、最初にここに来た時熱心に黒のアカーテの指輪見てましたよね?」

「ああ、あれ? シグルドの目と髪の色と一緒だなって。反射する光がちょっと茶色を帯びてるのも含めて。その後同じ色のイヤーカフを貰えるとは思わなかったけど」

 そう言ってミアは耳に下げたイヤーカフを撫でる。

「シグルドさん」

「何ですか、アリス」

「好きな人の色の宝飾品を身に着けるのは一種の願掛けなんです。その人と結ばれますようにって。消しゴムに名前書くようなもんです」

「にゃーっ! アリス!」

「あらごめんなさい」

「お客様。店内ではお静かにお願いいたします」

「ごめんなさい」とミアとアリスが静かになる。丁度そのタイミングで、奥から人が出てきて俺たちを呼んだ。

 店の奥に入っていく。話が終わったのか、それか別の部屋に通されるのかと思ったが、どうやらそのどちらでもないらしい。向かう奥の部屋には反応が五つ。一つはアレシュさんのもの。その他は。

「旦那様、シグルド様をお連れしました」

「通してください」

 扉が開かれる。対面になったソファには、アレシュさんと、アルベーヌ家の方々が座っていた。だが俺はちょっとほっとする。この中にビフォワード氏はいなかったから。

 あの人いつも喧嘩腰なんだもの。正直疲れる。

「シグルド様、ミア様、お久しゅうございます」とアレシュさんが。「久しく」とカスパル卿が。「お久しぶりです」とエリザ夫人が俺たちを見て言う。エミリエさんは会釈をし、エミリーちゃんはアリスを見て不機嫌そうな顔を顕にした。

「シグルドお兄様、ミア様、お久しぶりです。それで、そちらの女性はアリス様ですね? 紹介して頂けますでしょうか?」

 怒気を孕んだいい笑顔を向けられる。俺たちは別の部屋から持ってこられた椅子に腰かけると、鼻息荒いエミリーちゃんをカスパル卿に抑えてもらってアリスを紹介する。

「アリスです。シグルドさんとミアさんとは彼らの旅の途中で知り合いました」

 拉致った癖によく言うよ。

「よろしくお願いいたします。それで? シグルドお兄様とのご関係は?」

「な、仲間……です」

 たじたじになりながら答えるアリス。

「シグルドさん! このお嬢様すごく怖いんですけど!」とアリスが小声で俺に助けを求めるが、俺は助けになれない。

「仲間、ですか。その割には親密に見えるのですけど」

 エミリーちゃんの圧にアリスが思わず俺の服を掴む。ぶわっとエミリーちゃんから怒気が上がった。

「シグルドお兄様」

「はい」

「ミア様はともかく、私というものがありながら他の女性に手を出したんですか?」

 エミリーちゃん、正直めっちゃ怖い。

「いや、誤解です。手は出してません。決して」

「では、何故。その手を受け入れているんですか?」

 エミリーちゃんは固く俺の服を握るアリスの手を指す。

「エミリー。いい加減にしなさい」

「はい。お父様」

 エミリーちゃんの発していた怒気がすっと引っ込む。俺とアリスは胸を撫でおろした。

「ははは。エミリーは随分聞き分けが良くなったな、カスパル」

「ええ、大伯父上。いい子に育ってくれています。シグルド君の件で嫁の貰い手が無くなっているのが玉に傷ですが……」

「え、俺? どういうことです?」

「シグルド君、ホントに貰ってくれんかね? この子、自分で手を回して見合い話を潰してくるんだよ……。君が娶ってくれないなら家に居座ってビフォワードの手伝いをしつつ生涯独身を貫くそうだ」

 カスパル卿の言葉にアルベーヌ家の皆さんが表情を暗くする。アレシュさんは笑っているし、エミリーちゃんは「当然です」と頬を膨らませていたが。

「エミリーちゃん、流石にそれは考えを改めた方がいいんじゃないかなーとお兄ちゃんは思う訳ですが……」

「シグルドお兄様に娶ってもらうのは九割本気の方便です。私は下手に政略の手駒として使われるより家に居座った方が我が家の繁栄のためになると自覚しています」

「カスパル卿?」

「残念なことに事実だ。この子の才は卓越している。正直家に置いておいた方が力になる。だがそれがこの子の幸せかと考えると賛同もしがたくてね。実際、君に嫁いでくれるのが一番我が家の利益になるのだよ。この子は幸せを掴めるし、どの家に婚姻関係を結ぶより我が家に近い立ち位置でその才覚を振るってもらえる」

「ミア! 助けて下さい!」

「いや、前も言ったけど今のあたしのスタンスは受け入れるのもやぶさかじゃないから」

「そうだった!」

「ミア様!」

 はいそこー。お目目きらきらさせない。

「このアリスにも言えることですけど、俺の愛情は両手いっぱいでミアにあげる分しか持ち合わせてないんですよ。キャパオーバーです」

「むー、ミア様の許しは出ているのに。お側に置いておいて頂くだけでもいけないんですか?」

「そういう不義理なことはしたくないんですよ。敢えて言いますけど、大切に思ってるからこそこう言ってるんですからね?」

「アリス様はお側に侍らせていらっしゃるのに?」

「ぐ……。痛いところを。アリスは、いま彼女しかできない仕事を請け負ってもらってるんです。仕事が終わったらさよならってわけにはいきませんけど、俺自身は仲間として以上の対応をするつもりはありません」

「シグルドさんの言葉に嘘偽りはありませんよ。実際シグルドさんはミアさんしか見てませんし。側に居れるだけではてしなく遠いです」

「だとしても、私は!」

「ミアさんだけを見続けるシグルドさんを側で眺めるだけの生活に、どうあがいても想いを受け入れてもらえない毎日に、お嬢様は耐えられますか?」

「…………。っ……」

 アリスの言葉に、まっすぐなその瞳にエミリーちゃんはたじろぐ。そこで、ずっと黙っていたエリザ夫人が口を開いた。

「エミリー。あなたが見合いを断り続けるのはもう構いません。ですがシグルドさんの、愛した殿方の重荷になるような生き方はもうおよしなさい」

「お母様……」

「女として、これ以上惨めにはなりたくないでしょう。いい加減強くおなりなさい」

「ですが、この想いはどうやったって棄てられません」

 俯き、唇をかみしめるエミリーちゃんにエリザ夫人はしっかりと向き直り、その手を取る。

「私は想いを棄てろと言ってるのではありませんよ。そこまで言うなら貫いて見せなさいと言っているのです。見てもらえないことなど意に介さず。あなたにしかできないことを為しなさい。今彼の側に行っても、きっとあなたは後悔する。それは賢いエミリーなら理解しているでしょう? あなたが最期に後悔しない生き方を、長い目で見た時の最善を選ぶのです」

「少し……、考えさせていただきます」

 エミリーちゃんが力なく体をソファに預ける。どの世界でも母は強い。

「そういえばアルベーヌ家の皆さんはどうしてこちらに?」

「ああ、エミリエの輿入れが決まってね。相手はリフリス地方で最大勢力のバルトフェルト伯爵家の嫡男だ」

「それは。おめでとうございます」

 エミリエさんの方をちらりと見て見ると相手方を思い出しているのか赤くした頬に手を当てている。彼女にとってもいい縁談らしい。

「そこで式のドレスや披露宴の衣装に合わせる宝飾品の相談を大伯父上と。上の三人もお願いしたんだ」

「ああ、それでですか」

「ふむ。カスパル、私にいい案があるのだが……。うちの工房の作でなくてもいいかね?」

「は? はぁ。エミリエの好みもありますが、大伯父上が勧めて下さるなら私としては何でも構いません」

 アレシュさんの視線が俺に向く。嫌な予感。

「シグルド様」

「嫌ですよ」

「大伯父上? シグルド君が何か関係するのですか? 何か魔物の素材を使うとか?」

「いやいや、彼は職人としても優れていてね。彼のガラス細工は素晴らしい」

「大伯父上がガラスを褒めるとは……。シグルド君、一体何を見せたんだ?」

 期待に満ちたカスパル卿の視線に負けてサボテンのガラス細工を取り出す。

「これは色ガラス⁉ 濁りも気泡も、歪みすらない! これをシグルド君が?」

「ははははは。どうだ? 見事なものだろう」

「し、シグルド君。どのようなものが作れるのかね?」

「彼はイメージさえできればすぐ作れるよ」

 アレシュさん! なんでバラすんですか!

「すぐ? 十日ほどですか?」

「いや? 彼は私の目の前で金属加工を一瞬でやってのけた実績がある。おそらくガラスも可能だろう」

 だからなんでバラすんですか!

「シグルドさん……」と若干すがるような目で見てきたエミリエさんの視線に負け、俺は素材となるガラスキューブを取り出す。色は青、黄緑、赤、そして無色透明。

「で、どんなものがお望みですか?」

「で、ではこの青色の色ガラスで首飾りを。デザインはお任せします」

 ふむ。この人ズカ系の顔立ちだから、個人的にはバラとか似合いそうなんだよな。だとすると蒼バラ。この世界基準で考えるとあまりいい花言葉にはならないが、まあいいか。

「金属は金と銀のどちらがいいですか?」

「では銀で」

 俺はまず青い色ガラスでバラの花を、黄緑色の色ガラスで茎と葉を作る。その二つをごく細い銀で縁取りし、ドーム状の透明なガラスに封入。銀製のシンプルな土台と鎖をつけて完成。製作時間、およそ三秒。

「こんなもんでどうです?」

「…………」

 あらら、アルベーヌ家の女性陣が固まってら。

「し、シグルド君? こ、これを譲ってくれるのかね?」

 カスパル卿の声が震えている。

「大伯父上?」

「私の店に置くなら金貨三十、いや、四十……。四十三。四十三枚だ。いやはや、これほどとは」

「エミリエ、どうだ? エミリエ?」

「はっ……。こっ、これがいいです! この花、少し違う気もしますけどロゼアリアの品種ですよね⁉」

 ロゼアリアはこの世界でのバラに似た植物の名前なので合っている。ちなみにバラと同じく香りがよく、食用、鑑賞用と園芸品種の品種改良がイスラ並みに盛ん。

「ペイルリース様と見たロゼアリア園の花々を思い出します。それに彼の瞳と同じ色の花弁なんて……ふふ」

 中性的な女性がふとした時に見せる乙女の顔。いいもんだ。

「で、いくらで譲ってくれる?」

「ああ、タダでいいですよ」

「なんだって⁉」とカスパル卿が素っ頓狂な声を上げる。

「代わりに俺の家出に際して借りっぱなしになっていた借りを返したことにしてください。あと俺が制作者だということはくれぐれもご内密に。それが譲る条件です」

「シグルド君、君は……」

 カスパル卿の目が見開かれる。逆にアレシュさんの視線は細く鋭く。

「分かった。ああ、いや、駄目だ。うん。駄目だ。これでは到底足りんよ」

「では何をお求めで?」

「式や披露宴に招くわけにはいかんが、後日また身内だけでパーティーを開こうと思ってね」

「父上、初耳なのですが」

「エミリエ。今は黙っててくれ。ともかくシグルド君はそれに参加すること。招待状はラッシュ君に金獅子宛で送っておく。いいね? それで貸し借り無しだ」

 ああ、なるほど。この人にもバレてら。どいつもこいつも、全く。そんなに分かりやすい顔してますかね。

「はい」と了承の意を唱えて、俺はその場を後にした。

「これで終わり?」とミアがたずねてくる。

「んー、後は心配させてそうな人の所にでも行ってみますか」

 ゲートでリフリス地方の玄関口、砦街のエディルに向かう。

「ここにはホントに来る機会が無かったなぁ」

「会いに来たのって、女?」

 ミアのジト目が刺さる。

「いやまぁギルドに行くのは否定しませんけど。ミアがいるから大丈夫でしょう?」

「ん。頑張る」

 そう言うミアを腕に纏わりつかせてエディルのギルドへ。受付に並び、時を待つ。

「次の方ど……?」

 受付嬢のメルシーさんが固まる。俺を見、目に涙を溜めて。

「シグルドさん!」

 あーあ、叫ぶから視線がこっちに一気にに向いたよ。主に女性の。ミア、威嚇は頼んだ。

「戻ってこられたんですね! シグルドさんの名前でいろんな噂が立つからもう心配で心配で……!」

「ちなみにどんな噂ですか?」

「え? 大きいところでリフリスの帝位を簒奪したとか、併合後のベルベストとの戦争で一騎当千の活躍をしたとか。その時の暴れ方がとんでもなくて虐殺者なんて呼ばれてたりとか。他にも色々」

「あー、事実です。あ、そうそう、この横にへばりついてるのが……」

「知ってます。ミアさんお久しぶりです」

「久しぶり、メルシー」

 二人の間でパチッと火花が散る。だがメルシーさんはすぐにそれをひっこめた。

「無事お会いできたようで何よりです。ところでそちらの女性は?」

「ああ、彼女はアリス。新しい仲間です」

「ミアさんだけって言ってた癖に」とメルシーさんのジト目が刺さる。

 女性にはアリスはそう見えるのだろうか。俺としては一線引いてるつもりだが……。謎である。

「彼女はそういうんじゃないです」

「ホントですかぁ? どうもアリスさん? の方がシグルドさんを信頼しきってるように見えるんですけど。シグルドさんもそれを受け入れてる様子ですし」

 確かに信頼はされてるし俺も信じてはいる。だがそれをイコール男女の関係と断じないでほしい。

「事実として俺の相手はミア一人ですよ。それよりエリエット支部長はいます? 話がしたくて」

 その言葉に、メルシーさんは口元を抑えて目元を暗くした。

「シグルドさん。エリエットさんは……」

 俺たちは教えてもらった場所に行く。向かう先は、共同墓地。行ってみると、ギルドで解体総括をしていたボボさんと鉢合わせした。

「お、シグルド」

「ボボさん。お悔やみ申し上げます」

「ああ、聞いたのか。今から墓参りだ。せっかくだ、お前もちょっと付き合え」

 ボボさんに連れられて墓地中央の石碑へ。そこにボボさんは持ってきていた花を添えた。

「エリエットが好きだった花だ。……肺を、やっちまってな。病で。もう一年になるかなぁ。俺より先に逝くとは思っても無かった」

 そう言ってボボさんは天を見上げる。俺は片手でミアを抱き寄せ、墓石に手をついた。

「エリエットさん。あなたの言葉のおかげでミアから逃げずに済みました。ありがとうございました」

「あたしとシグルドを導いてくれてありがとう」

 俺たちは静かに瞑目する。しばらく祈りを捧げて、目を開けるとボボさんが固まっていた。

「エリエット……?」

「え?」

 視線の先を見る。そこには、柔和な笑みを浮かべたエリエットさんの姿。また俺の魔術が暴発したらしい。

 意識を集中してその姿をかき消す。

「なあ、シグルド、今……。いや、何でもない。ちょっと疲れたわ。飲みに誘うつもりだったが、今日は帰る。すまんな」

 とぼとぼと歩くボボさんを見送る。辛いものを見せたかもしれないと少々自分を諫める。

「次は?」とミアが問うた。

「オミナさんの所です」

 時間を調整してオミナさんの逗留している村へ行ってみたが、不在だった。村長に聞くとメレシアのロルドに向かったという。

 ということは行先はヒノエ家か。ちょっと行くのに抵抗があるなぁ。まぁ、サキ嬢に会っておくかどうか悩んだところではあるし丁度いいか。

 そう思ってゲートでロルドへ。城へ向かい、商業ギルドのギルドカードを見せてオミナさんを探していることを伝える。前みたいに外で待たされることは無く、待つ間は詰め所の休憩所で休ませてもらえた。聞いてみるとヒノエ家から俺は客人対応するように言われているらしい。

 しばらくして洋館に案内される。扉の前に居たのは、前にも出迎えてくれたマイメルさんだ。

「お久しぶりでございます」

「お久しぶりです。オミナさんに用……というか会いに行ったらロルドに行ったと聞いたので」

「お話は伺っております。お嬢様もぜひお会いになりたいと部屋でお待ちです」

 扉が開けられ洋館の中へ。エントランスには俺が作ったガラスキューブがデカデカと鎮座していた。

「あれ置いてるんですか……?」

「ええ。多少貴族の方々の間で話題になっておりますな」

「せっつかれたりしません?」

「その辺はご心配なく」

「そうですか」

 マイメルさんに連れられて客室へ。中ではサキ嬢がお茶を飲み、オミナさんがだらけていた。

「シグルド様、ミア様、お久しぶりです。そちらの女性は……?」

「彼女はアリス。仲間です」

「まあ、それはそれは。教授、来られましたわよ」

「んあ? おー。旦那、ミア嬢。お久」

「オミナさん、お疲れですか?」

「ああ。論文がなー。旦那たちが来てくれたからいったん休憩だ。あとお嬢への授業も並行してやってる。というかお嬢、成果みせてやれよ」

 オミナさんがそう言うとサキ嬢は首から下げていたネックレスを取り外す。先には小さな先端の尖った白く濁った六角柱がぶら下がっている。

「これは?」

「お嬢が自分で作ったんだ。石の部分だけな?」

「質は悪いですが、土塊から水晶を取り出すことに成功しましたの。でもどうやってもシグルド様のようにガラスにはならないんですの」

「溶かしてまた冷やすイメージを持ってみて下さい。実際、ガラス屋さんにお邪魔してみるといいかもしれませんよ」

「参考にさせて頂きますわ。それで、今日は教授に用があって来られたのでしょう?」

「あー、そう言えばそんな話だったな。なんだ、旦那」

「いや、研究の進捗はどうかと思って」

「あはは、そんなすぐ結果が出るわけないだろ。今は村の住民に対照実験をしてもらってるところだ。夜露を集めた水を飲むグループと井戸水を飲むグループに分けてな。ああ、あと霧水収集装置の効果については速攻で国に報告を上げたよ。旦那の、シグルド・フェイスレスの登録製品だから渋ってたが、背に腹は代えられんと導入を決めたそうだ。というかそんなことを聞きに来たのか?」

「ええ」

 オミナさんがだらけていた体を起こして俺を見る。

「お嬢、どう思う?」

「戦に出る前の兄と同じ顔をしてらっしゃいますわね」

「ハァ……。旦那、何をするつもりか知らないけど、私の書いた本を献上するまでは生きててくれよ?」

「俺そんなに分かりやすいですか? ここに来る前も尽く看破されてるんですけど」

「表情から迷いがなくなっています。それは死地に赴く覚悟を決めた者の顔ですの。とても分かりやすいですわ」

「なるほど。ミア、違い分かります?」

「正直言うとね」

「はい」

「ずっと思ってた。最後に見たエミィの顔と同じだって。瞼の裏に焼き付いて離れないあの顔と」

 ああ、これは心配させてたな。

「すいません」

「ん」

「旦那」とオミナさんが俺に声をかける。

「帰ってくるんだよな?」

「死ぬつもりはありませんよ」

「ならいい。暇があったら今度お嬢の講師役、手伝ってくれ」

「まぁ! それはいい考えですわ! 是非にお願いいたします」

「待ってるからな、旦那」

「お待ちしております」

 二人に見送られてヒノエ家を後に。

「もう終わり? まだ一か所残ってる気がするけど」

「その通りですよ。最後はあの人に締めてもらわないと」

 そう言って俺は、再びゲートを開いた。


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