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28 竜

 リーゼのお試しも兼ねて三日ほどロアで様子を見守った。結果を言えば上々と言ったところ。彼女の料理の腕は確かなもので、俺の愛読書も読みつつ様々な料理を作り上げた。イリスさんは負担が減って嬉しそう。運動量はラッシュさんと近所に散歩に出て稼いでいるらしい。そうすると必然的にリューグとリーゼが二人になるタイミングがあるのだが、この二人、どことなく似ているところがあると思っていたのだが、当人同士もシンパシーを感じたらしく何だかんだ仲良くやっている。

「リューグさん水飴舐めすぎ。昨日もご主人様のくれるおやつ食べて晩御飯入らなかった」

「むぅ。俺は甘いものだけあれば満足」

「ご主人様が言ってた。えいよう? のバランスが大事だって」

「見逃してくれ」

「見逃す代わりにうちにも水飴ちょーだい」

「仕方ない」

 何だかんだ仲良くやってる。いや、本当に。リューグが水飴をタダで分けるなんて何事かと思った。なにせリューグの水飴は俺に頼んで自分の金で買っている分だ。あれだけ金にうるさいリューグがリーゼに水飴を渡しているのは違和感しかない。

 ちなみにリーゼが言うご主人様とは俺の事。変えさせようとは思ったが本人的に譲れない部分らしい。続けていけそうかと問うと是非にとの答えを貰ったので最後に街を案内しようと思ったのだが、既にリューグに先約を取られていた。話の流れでそうなったらしい。

 いろいろと予想外で困惑する俺である。

 とりあえず心配はいらなさそうなので、初日に紹介した通り困ったことがあったらラッシュさんに相談するようにリーゼに言ってミアと旅路に戻る。ちなみに宿は食堂併設の所を取り直した。現在逗留している街、オーヴェルの時間帯は朝。丁度飯時なのでミアと並んで食堂の席に着く。

「何食べます?」

「避けてたけど、最後と思うとランナータークの肉食べとかなきゃいけない気になってくるから不思議だよね」

「否定はしませんが、わざわざ食べます? いや、トラカルコでたまにランナーターク肉注文してる俺が言えた義理じゃないですけど」

 悩んだ挙句、ミアは朝からランナータークのステーキを注文した。

「やっぱ固い」

 犬歯を突き立て引き千切るようにランナータークステーキを食べるミア。

「いや、なんで噛みちぎれるんですか、ホント」

「剝がれやすい方向があるから歯で裂け目作って引っ張れば案外なんとかなるよ?」

「そもそも裂け目作るのが難しいんですが……」

 呆れながら俺はタコスを頬張る。これは相変わらずどの店も美味い。露店でも売ってるし。サルサソースの味が店によって違うのがポイントだ。そして前に気づいたことだが俺は結構辛党だったらしい。唐辛子多め、ハラペーニョ多めのソースが好みだ。生前は別にそんなに辛いもの好きというわけではなかったはずだが、味覚が変わったのか結構辛めでも美味しく頂ける。ただし激辛はまだ無理。美味いが、まだ舌が慣れてない。痛みの方が勝る。だがそれが良くもある。難しい所だ。ちなみにミアはあまり辛すぎるものは得意ではない。俺が激辛チャレンジするときは結構無理して食べている。かく言う俺だが、無性に食べたくなる時があっても自制している。お尻が大変なことになるから。というか何回かなった。調子に乗って激辛カレー食べた時とかに。だから家でゆっくりできるとき以外は激辛チャレンジしないと決めている。旅の途中は草むらで野ション野糞が当たり前だから。

 草むらの無い場所ではどうしてたのかって? 四方を囲む幕があるんです。

あと紙問題もあるがこれがまた面白い。多くの国は葉っぱを利用しているがトメーキアとメレシアでは何と紙。色が茶色くなって記録を残すのに適さなくなった再生紙を利用している。もちろんたくさん買ってある。ちなみに揉んでから使わないと尻の穴が切れる。冗談抜きで。

と、こんなことを言いつつも職業柄着たまま垂れ流しの時もあるのが悲しいところ。小ならいいが大の時にやっちゃったときの洗濯は悲惨だ。

 とりあえず食事を終えて街の外へ。強い潮風を感じながらゆっくりと歩くこと数時間。俺とミアはダッタルの検問所を通ろうとしていた。

「良い旅を。ベルベストは情勢もあってピリピリしているのでお気をつけて」と言われて送り出される。入るときに比べて出るときはあっさりしたものだ。

「隣国は……、名前なんだっけ」

「マルメイル公国です。確か目的地のガルネッジ竜王国を宗主とする宗教統治圏の一つですね。立場上は属国ですけど、実態は自治領らしいです。中規模の街二つしかない小さな国ですよ。あと熱心に信仰している神竜信仰の信徒が多いとか」

 とりあえず歩みを進める。人通りは無いと言っていい。国境を越え、マルメイルの検問所へ。

「ギルド証を」

「これを」

「はい」

「商人か。……ん? この名前……」

 メレシアは出るだけだからギルド証を出す必要が無かった。ダッタルは戦争などしている余裕のない国だから、入国の審査自体は無いに等しかった。しかしここはライクロイックにとって明確な敵国。しっかりと俺の事を調査されていてもおかしくはない。

 全体的にどこの国も入国審査自体がザルだから油断していた。基本的に街の入場審査の方が、住人を守るという分かりやすい目的の分厳しいのである。

 衛士の手が胸元の警笛に伸びる。俺は咄嗟にゲートを展開しようとする。だが、そのどちらもが成される前に衛士の全てが地に伏せた。

「寝て、る……? ミア、これは一体……。……ミア? ミア‼」

 地に伏せたミアを抱き起す。寝ているだけだ。

 一体なんなんだ。何がどうしたって言うんだ。

周りを見渡すと、一人の修道女の様な格好をしたフードを目深に被った少女がいつの間にか佇んでいた。サーチにも何も反応はない。ただ陽炎のように、だが確かに実態を持ってそこに居る。俺は咄嗟に銃槍を取り出し片手で構える。片膝を立て、眠るミアをその腕の中に守りながら。

「誰だ! これは、お前がやったのか!」

 少女はゆっくりとした動きで自分の唇に人差し指を当てる。

「お静かに。皆が起きてしまいます」

 少女は緩慢な動きで俺に歩み寄る。俺の銃槍は、あと一センチで少女の胸に突き刺さる。

 少女の手が俺の銃槍、その銃剣部分に触れる。すると途端に銃剣はぼろぼろと元の土塊に戻った。

「なっ⁉」

 俺はその場を飛びのこうとする。だが体が動かない。そこで俺は既に詰んでいることを理解する。空間魔術で周囲を固められていた。空間魔術はその身の保護にも使えるが、周りを囲んだまま範囲を縮小されれば圧死する。己の空間魔術で対抗しようにも、俺の展開できる範囲の内側に割り込まれているため不可能。

 俺の生殺与奪は既に向こうに握られている。様々な要因から来る恐怖がない交ぜになって俺を縛る。

 焦る俺に少女はクスクスと笑いを漏らす。なんの索敵にもかからない目に見えているだけのそれは、俺に目線を合わせると、そっとフードを取る。

 その顔は、ミアと瓜二つだった。

「あら、この顔はお気に召しませんか? あなたの好みに合わせたつもりですけど」

 俺の目はおぞましいものを見る目をしていたことだろう。恐怖を感じる存在が、愛する人の顔でやって来たのだから。

「お前は、何者だ」

 唯一動くことを許された口元で俺は疑問を紡ぐ。

「この姿の私は竜の巫女と呼ばれてますね。あなたが来るのは分かってたので、先に来ちゃいました」

 ミアの顔で、ミアがしない変に媚びた行動をする少女の姿をした何か。

「密入国すればいいのに、馬鹿正直に検問所を通るから。日本人でしたっけ。らしいといえばらしいですけど。ここで詰まるのは必定ですよ? 国も馬鹿じゃありませんし。まぁ、これまで詰まらなかったのは運が良かったですね。ダッタルは戦争に直接参加してないから国もあなたの事を徹底的にはマークしてませんし、というかここ数年の雨不足が深刻で食料の生産量が下がってそれどころじゃないですし。メレシアは出るだけでしたしね。街は犯罪者は徹底的にマークしてますけど、国家戦略上の危険人物まで把握してませんし」

 少女の姿をした何かは滔々と語る。俺の不手際や各国の事情を。

 というか、コイツ、今⁉

「何故、俺が日本人だって……⁉」

「あなたの事は何でも知ってますよ。あなたが来なければ、この世界は壊れていましたから。お待ちしてました。ずっと。私の勇者様。……まぁ、あなたの世界の冒険譚で言えば私はだいたい倒される側ですけど。さぁ、行きましょう」

 俺の身体を拘束していた魔術が無理なく形を変え、俺を立ち上がらせる。俺の腕からミアの身体が零れ落ち、ごちんと痛そうな音を立てた。

「えーっと、この辺でしょうか」

 それは俺の前で立ち位置を調整する。眼前に掲げられた手がフィンガースナップを奏でると、目の前の景色が一瞬で変わった。俺のポーチの中にあるビーコンが手品の種を教えてくれる。

「転送……いや、座標を、変更したのか」

「ご名答。察しがいいですね。でも人の身でやらないほうがいいですよ。ちゃんと干渉しないように位置取らないと、埋まっちゃいますから。私はその場で把握できるのでさして難しいものじゃないですけど」

 俺の身に施されていた拘束が解ける。足元を見ると、ピッタリとソファとテーブルの間に足が入っていた。俺は銃槍を再び構える。だが、目の前のそれはさして気にした様子もなく対面のソファに腰かけた。

「どうぞ、座って下さい。話はそれから」

「その前に答えろ。お前は一体なんだ?」

「ふむ。竜の巫女です、という先ほどの答えが欲しいわけじゃないですよね。そうですね、私のこの状態の話をするならば実体のある幻影とでも思ってもらえれば。でもあなたは既にそれを理解している。そう、あなたの欲しい答えを言うならば……」

 ミアの顔をしたそれの口元が笑みで裂ける。ぱっくりと。三日月のように。

「私はあなたがここに来ることになった元凶。戦争を唆した張本人です」


俺は大きなソファの端に腰かけている。膝の上には、ミアの頭。あの後すぐにミアのビーコンを起点にゲートを開いて呼び寄せた。目の前の何かは「その子は別に要らないのに」と少々ふてくされていたが。

「ミア」

 俺は彼女の頬を撫でる。ウェイクアップが機能しないのだ。鑑定によると強力な精神操作の類で眠りにつかされているらしい。より強力な魔術で上書きは出来るが、俺の技量を越えている上にブレイクスペル的な魔術は存在しない。

「あのー、私の話聞いてもらえます?」

「……」

 おとぎ話のようなキスはもう試した。だが駄目だった。

「あーもう! 分かりました! 起こします! 起こしますよ!」

 それが俺の態度に痺れを切らしてフィンガースナップを奏でる。すると、ミアがうっすらと目を開けた。

「ミア!」

「シグルド……? もう時間?」

「え? 時間って……」

「隣国に向かう途中で、ちょっと休憩がてらあたし仮眠取ったじゃん。……って、え、ここどこ⁉」

 俺はそれにどういうことかと視線で問う。

「記憶の改ざんをしています。もちろん、検問所の衛士たちにも。あの場にいた皆に出会った事実はありません。覚えているのは、貴方だけ」

 ミアの記憶を戻せないか聞いてみたが、一度改ざんしたものは再度改ざんして元の記憶と同じ刺激を植え付けるだけなので元に戻すのとは異なるらしい上に一歩間違えるとパァになるらしいので諦めた。失敗はしないと言い張っていたが、信用はしていない。

「一体何がどうなってるの?」

「ミア、落ち着いて聞いてください。俺たちは目の前のあいつに拉致られました。強力な術者です。勝ち目はありません。ちなみに人でもありません。幸い害意は無いようですが……」

「あたしとシグルドの二人がかりでも無理?」

「無理です。大人しくしててください」

「……わかった」

 ミアは警戒を解かずに居住まいを正す。ピッタリと身を寄せ合った俺たちを見て、それは「ハァ……」とため息をついた。

「で、そろそろ私の話を聞いてくださいます?」

「ああ」

「私への態度が冷たい……くすん」

 ホロホロと涙を流す何か。それを俺は冷めた目で見る。

「そういうのいいから。とっとと話してください。……そう言えば名前を聞いてませんでした」

「名前ですか……。残念ながら無いんですよね。私たち自身はそれぞれの魔力の質で個体を判別できますし。ここでは巫女様としか言われませんから。名前が必要になったこと無いんですよ。付けてくれます? ベルガモットさんみたいに」

「何故俺がお前の名前をつけなきゃならん。あと自分とベルを同列に語るな」

「存在としては似た様なものなのに。じゃあ……」とそれは自分の顔を覆う。手を離した時には別の顔があった。俺と同じ黒髪黒目の、懐かしい、もう二度と会えない人の顔。

「えーっと確かこの子の名前は……」

「分かった分かった付けるから! その顔やめろ! いつも外向きにしてる顔にしろ!」

「はーい」とそれは再び顔を変える。今度は知らない顔だ。恐ろしく整っているが。そんなことよりミアの視線が痛い。

「さっきの顔、誰の顔?」

「向こうで仲良くしてくれた友達の一人です」

「好きだったの?」

「そんな感情抱ける状態じゃありませんでしたし。男は単純なんで前世のことは勘弁してください。それにミアを好きになってからは浮気なんてしてないでしょうが。娼館にすら行ったことないし」

「それもそうか。よし。信じたげる」

 俺の腕を取って肩を寄せるミアに俺はほっと胸を撫でおろす。

「あのー、早く名前つけてくれません?」

「あー、はいはい。じゃあ竜の巫女だからフローサクスで」

「安直過ぎでは?」

「逆に何で知ってんだよ」

「あなたの記憶は読めるので。とりあえず却下です」

「じゃあプリシラ」

「人気出そうですけど尻尾切られるから嫌です」

「ヨルシカ」

「警察って柄じゃないです。聖鈴の件もありますし」

「シャナロッテ」

「あなたの好きな会社のダークファンタジーRPGシリーズから離れて下さい! しかもシャナロッテなんて覚えてない人の方が多いじゃないですか! というかよく覚えてますね⁉ その名前!」

「文句が多いなぁ」

「文句の一つも言いたくなりますっ。もっと! 真面目に! 考えて下さい! 一応大事な儀式に当たるんでっ! 通路で車輪骸骨ぶつけますよ⁉ 絵画世界の方の! もしくは雪原のハリネズミ!」

「やめろ! あいつら盾受けじゃ太刀打ちできないんだよ! って、え? この世界アンデット系いるの?」

「いませんよ? 今作ります」

 スゥッと光の粒が集まってソファの隣に車輪骸骨が。

「ヒイィッ⁉」

「骨が立ってる⁉ シグルド! 棘の付いた車輪に骨が挟まってるんだけど何アレ⁉」

「俺の知ってる中で最も忌むべきものです!」

 俺は銃をバットのように振り被る。

 祝福された武器をくれ! 叩き潰してやる!

「おぉう、すごい効き目。嫌ってる人は蛇蝎の如く嫌うんですね、やっぱり」

 目の前の得体の知れない何かが指を振ると車輪骸骨がまた光の粒となって消える。

「心臓に悪いことすんな!」

「量産されたくなかったら名前ちゃんと付けて下さい。できればかっこいい系の女性名でお願いします」

 注文が増えた。

「じゃあアリスで。名前自体は多分不思議の国のアリスが一番有名ですけど」

「あー、ゾンビ映画の主人公の方ですか。まぁいいです。イメージが明確ならそれでいいので。ともあれこれで契約は為されました」

 そういうと、得体の知れない何か改めアリスはその姿を変える。先ほどよりは現実味のある顔立ち。赤いキャミソールドレス姿。

「銃貸してもらえます? あ、それじゃなくて昔造ったカービンライフルの方を」

 マガジンだけ抜いてアイテムボックスから出したカービンライフルを渡す。アリスはどや顔でポーズを取った。

「どうですか?」

「あー、うん。やりたいことは分かりました。似てる似てる」

「確かにかっこいい系の女優さんですね。……。Cカップってやっぱりプラしないと谷間できないんですね……」

 あれ、ちょっと凹んでる? 胸はデカい方が良かったのか。というかミアは自分がデカいからって隣で勝ち誇った顔しない。

「というか契約って何ですか。そういえば大事な儀式とか言ってたような」

「ああ、私、シグルドさんの従魔扱いになりました。ついでに言うとベルガモットさんもそうですよ」

「は?」

「従魔です。私、一応精霊種のドラゴンなので。末永くよろしくお願いしますね」

「却下だ却下! クーリングオフ!」

「死がふたりを分かつまでっていい言葉ですよね。ちなみに私は分かりやすく言うと精神生命体なので死にません」

「俺許可してないよ⁉ 従魔契約って互いの信頼関係とか必要なんじゃないの⁉」

「いいえ? 主側に才能があって、従魔側が相手を主と認めて名前を貰えば従魔契約は完了します。自由に生きろと命じて捨てるも自由ですけど、契約自体はどちらかが死ぬまで有効です。契約上限もありませんしねー。まぁ、信頼関係ないと契約上書きできるんですけど」

「お前巫女だろ⁉ この辺宗教国家だよな⁉ 俺に付いてきたら不味いだろ!」

「私たちにも退職みたいな概念はあるんですよ。代役が立つだけです。というか私はシグルドさんのために用意された特別な個体ですので、連れてってもらわないと困ります。というか、連れてかないと世界が大変なことになります」

「はぁ? そう言えば俺が来ることになった元凶とか戦争を起こした張本人とか言ってたよな?」

「戦争は起こしたのではなく唆しただけです。あとは転がる石のようになるのは分かっていたので」

 俺は顎をしゃくって先を促す。

 話をまとめると、ベルベストのライクロイック侵攻はアリスが俺に出会うために一計を案じたものだと言う。俺が聞きたかった竜の怒りに触れると言うのは真っ赤な嘘。いや、思い通りにいかない場合は彼女の配下が竜の姿でライクロイックに侵攻し、俺を引きずり出す算段だったようだ。

「俺に会いたいなら会いに来ればよかっただろう! お前の一言で、あの戦争で、何人が、俺が、何人を殺すことになったと思ってる!」

「私はシグルドさんに海上での防衛線をさせる必要があったんです。あなたは国土防衛のために強力な遠距離攻撃手段を開発することになっていましたから」

「……レールガンのことか?」

「ええ。アレがどうしても必要だったのです。すべてを穿つ最強の矛。その強大な力が」

「何故」

「世界を破滅させる、厄災を終わらせるために」

 その言葉に、俺もミアも動くことが出来なかった。アリスの言葉は真に迫っていて、その悲壮な表情は、俺たちを黙らせるのには十分だった。

「これから、悪いことが起こるの?」

「世界、文明の滅亡です。でも起こるのはこれからじゃないんです。事の始まりは、遠い昔に遡ります」

 七千年もの昔、大陸に覇を唱えた国家があった。その国は小さく、だが力に満ちていた。その国は手始めに近隣国を従えた。大きくなった国は大国にまで手を伸ばすようになった。戦争は激化し、魔術や錬金術が発達した。百年もたった頃、その国は大陸全土を支配していた。だが、戦争で成りあがった国は戦争を止めることが出来なかった。争いを止めることが出来なかった。国は分裂し、また内乱という戦が始まる。それを何度も繰り返した世界で、とある組織が禁忌に手を染めた。精霊種。その強大な魔力を宿す魔物を捕らえ、兵器としての改造を施そうとした。

「その実験の過程で生まれた失敗作、いえ、唯一の成功例と言った方が彼らからしたら正しいのかもしれませんね。それが、厄災。今いる精霊種、その全ての母です。すべてを無に帰す狂気。同胞を喰らい、制御を失った力の権化」

「でもそれは倒されたんでしょう? そうじゃないと俺たちがここに居ることにタイムパラドックスが起きる」

「シグルド、たいむぱらどっくす、って何?」

「んー、それが起こらないことによって起こる矛盾、ですかね。例えば、ミアのお母さんが子供の頃に死んでいたらミアは生まれないでしょう? だから、ミアのお母さんが大人になってミアを生むという事実が無い限りここにミアが存在していることに矛盾が生じるんです。これがタイムパラドックスってやつです」

「つまりその厄災が倒されていないと今この世界がある訳がないってこと?」

「そういうことです」

「確かに厄災は倒されました。ですが、これから挑む相手です。そのために私は、あなたの力を必要としました。タイムパラドックスを起こさないために」

 その言葉で俺はやっと理解する。いや、理解を拒んでいた帰結を飲み込む。

「俺に、時を越えろと?」

「はい。そのための力を私は与えられています。先ほど見せた座標移動。高次に行くほど難易度は上がりますが、時間軸を追加する程度なら問題ありません」

 俺は、深く、深くため息をついた。

「生まれる前にその原因を作った人物を殺してしまうのは?」

「あの文明は末期でした。同じ轍を踏みかねませんので、一度崩壊させる必要もあるんです」

 俺が、やらなきゃいけないのか。

 何故、という思いでいっぱいになる。あの申し訳なさそうにしていた神様を疑うほどに。俺の死は、前世の人生は、作為的な物ではなかったのかと。そのために俺の家族に苦労をかけたなら、許せないと思うほどに。

 俺は、何のためにこの世界に来たんだ? 使命も、やることもない気ままな転生。ある種のご褒美だと浮かれていた俺が馬鹿だったのか? 

 分からない。アリスの言うことが嘘だと言う可能性もあるが、彼女が俺の配下になってまであんな嘘をつく理由はない。それに話が本当だとすれば説明がつくのだ。ずっと疑問だった、アラン砦に俺しか発想のしようもない魔装機兵の様なものがあった理由に。

「何故、俺なんですか」

「あなたにしかできないから」

「今じゃないといけませんか?」

「いいえ。でもあなたの身体が動くうちに行ってもらわないと、この世界が消失します」

「何故、俺だったんですか」

「………………。分かりません。この世界に送られてきたのが、あなただったんです。魔術が発達した世界でSFを求めたあなただったんです」

「そんな人材他にもいるだろ!」

「そうですね。あなたでなければいけない明確な理由は無いのかもしれません。それらをひとまとめに片づける言葉がありますが、お嫌いですか?」

「ええ。たった今、今以上に嫌いになりました」

 こうなる運命だった。病院のベットに繋がれた最期の時、何度その言葉を反芻したことか。それは全てを諦めさせる呪詛だ。受け止め切れないものを「仕方がない」の一言で済ませられるようにする呪いの言葉だ。そう思いつつも、その言葉に縋るしかなかった。

この運命の中で、精一杯生きてきたのだと信じるしかなかった。

陳腐な言葉だ。運命は行動で変えられると言うが、変えた結果も変わらなかった結果も、それが運命なのだから。

だから俺は逃れられないことを知っている。それが俺の運命というのなら、俺は逆らわない。それに。

俺は隣のミアを抱きしめる。髪に鼻先を埋めてたっぷりと息を吸い込む。

彼女との出会いも運命と言いたいならば、それを否定する気にはなれなかった。

「行くよ」

「シグルド?」

「巨大生物兵器との決戦だ。俺が待ち望んでいた戦いだ。アリだろうがノミだろうがクモだろうがワームだろうが飛んで自爆しようがなんとかしてやる!」

 でも熱暴走が酷い時代の自爆型は嫌だ。次回作で自爆しなくなったけど。

「アリとノミとクモとワーム? あとなんで自爆?」

「気にしないでください」

 歴代の生物兵器列挙しただけだから。

「アリス、準備が要ります。まだ時間はありますよね?」

「大丈夫です。あ、でもその前に私の本体を回収して頂けませんか?」

「本体?」とミアが首を傾げる。

「ああ、そうか。その身体幻影ですもんね」

「そうなんです。今引継ぎは急ピッチで終わらせましたので迎えに来てください。これを」

 そう言ってアリスは手のひらに涙型の宝石の様なものを作り出す。性質としては竜鱗に近い。見た目は綺麗な水晶の中にゆらゆらと赤い炎が灯っている感じだが。

「ふぅ、これ遠隔で作るの結構疲れるんですよ」

「何ですか、コレ?」

「んー、通行手形みたいなもの、かなぁ? 現在位置は把握してますよね?」

「ガルネッジの北側ですよね? アベク諸島手前の」

 お香の匂いがしているせいで分かりにくいが微妙に潮の匂いがしているし、建物内に変に波の音が反響しているので端も端だろう。

「ええ。そうです。ここはその中でも重要な施設。神竜信仰の総本山、モーム大聖堂の中です。ここから直接アベク諸島に向かってください。私は立場上この部屋から動けませんので適当に人を捕まえて下の波止場まで。その際に先ほどの結晶を見せて下さい。無条件で信用してもらえるので」

「分かりました。で、アリスの本体はどこに?」

「現地住民に聞いてください。ああ、現地住民にはその通行手形は意味が無いのでお気をつけて。ではお待ちしております」

 それだけ言い残して、アリスは煙のように掻き消えた。部屋に残された俺とミアはとりあえず扉の方に向かう。扉を開けると、左右に槍を携えた神殿騎士っぽい人がいて目が合った。

「何者だ! ここは神聖なる巫女様の部屋! 貴様どこから入った!」

 うん。まぁ、そうなるよね。

「その巫女とやらに拉致されたんですよ。なんかこれ見せろって言われたんですけど」と俺はさっき貰った涙型の竜鱗を見せる。それを見た神殿騎士さんたちは、いきなり俺に傅いた。

「ご無礼をお許しください、勇者様」

「いや、勇者とかそんな大層なモノじゃないんですけど……。とりあえず立ってください」

 俺は神殿騎士さんを立たせる。神殿騎士さんは、立ち上がったと思ったら息を大きく吸い込んだ。

「伝令ー‼ 勇者様のご来臨である‼」

 その言葉にギョッとしたのは俺だけではない。わらわらと人だかりができ、皆揃って俺を拝み始めた。

「勇者様」と俺を求める声が多いこと多いこと。流石に俺の頬が引き攣る。

「聖戦に赴かれるのですね」

「ライクロイックに鉄槌を!」

 ん? これ、俺がライクロイックを止める戦力として期待されてる?

「静まれ!」と俺は帝国皇帝時代に叩き込まれた上に立つものの仕草を思い出しながらざわめきを止める。

「信徒に問う! 聖戦とは何だ! 説明してみよ!」

「は。勇者様。聖戦とは世界を救うための戦いにございます。非道な行いをするライクロイックの牙を折る戦い、それこそが今における聖戦にございます」

「貴公らは勘違いをしている! 聖戦とは世界を救うための戦いだというのは正しい! しかしライクロイックの行いなど些事に過ぎない! 私はこの世界を襲う未曾有の大事を止めに、竜の巫女に呼ばれたのだ!」

 うーん、演技が過ぎる。だがこれも必要なことと割り切る。だがとても恥ずかしい。

 伏し拝んでいた信徒たちが顔を上げる。俺はそれを見渡す。その表情は、戸惑い。

「私は巫女の導きによりアベク諸島に向かう! 波止場まで案内せよ!」

 俺がそう言うと信徒の顔に衝撃と理解の色が浮かぶ。

「予言の通りだ……」

「やはり勇者様は世界を救われるんだ……!」

 案内役らしき人が進み出て、俺の前に立つと人の波が割れる。それを進み、案内されたのはさっきの部屋の下の区画だった。舟屋のように水が建物内に入っており、小舟が一艘用意されている。

 勇者とか囃し立てる割には随分質素な船だな?

 そう思っていたら船が片づけられる。

「なんで船を片付けるんです?」

「は。巫女様の予言では勇者様は船など必要とされないと……。空飛ぶ鎧をお持ちなのでは?」

 ああ、そういうことか。

俺はパワードスーツを装着する。ミアを抱きかかえ、その身を宙に浮かせた。同行していた数人の信者、おそらく位の高い人たちがその姿を見て改めて俺を伏し拝む。

「ミア、行きますよ」

「うん」

 ミアに負担をかけないようにゆっくりと加速する。

「わっぷ。シグルド、もうちょっと高く飛んで。水かかる」

「ああ、すいません」

 俺は高度を上げる。十分も飛ぶと陸地にたどり着いた。諸島の中央にはデカい山。

多分、目的地はあそこだろうが、アリスが案内人を立てろと言うからには直接行くと厄介なことになるのだろう。

 と、言ってる間に厄介ごとがやって来た。

「立ち去れ」

 引き絞った弓や槍を手にした護衛を横に、腰の曲がった老人が俺を見下ろす。腰が曲がって無ければ身長はおそらく三メートルちょっと。

 小巨人族。別名竜の民。

「この地は竜の住処。荒らされたと分かれば竜の怒りを買う。立ち去れ」

 そう言って老人は両の手を広げる。

 あれ? この行動って……。

 俺は後ろにミアを庇いながら試しにパワードスーツを脱ぐ。そして老人の側まで行くと、彼と同じように手を広げた。

 途端にふわりと抱きしめられる俺。異世界だし文化も違うはずだが、安心するおじいちゃんの匂いがする。

「ようこそ。認められし者よ」

 途端に向けられていた害意が霧散した。

「何、何? どゆこと?」

「一種の試練なんですよ。小巨人族の案内人を得られるかどうかの。この島に入る許可自体はあの聖堂で送り出されてる時点で得てるんです。ミルドレットさん……には直接会ってないか。王都の解体職の小巨人族の女性に匂いをつけられたのを覚えてますか?」

「ああ、あったね、そんなこと」

「彼女がこれが親愛の挨拶だと教えてくれたんです」

「あー、あったねー。そんなこと。というか、アレ、本当だったんだ……」

「ほら、ミアも」

 心情的には勧めたくないが。

「あー、女子はええ。異性との接触を嫌がる者も最近は多いでの。我らが文化とは言え無理強いはせん。そもそも互いに認めた相手とだけするもんだしの」

 老人は笑いながらそういう。

「儂は竜の民の長、デナンという」

「俺はシグルドです。こっちはミア」

改めてその大きな手と握手をすると、さっき横で弓を番えていた壮年の男性が歩み寄ってくる。

「すまない。聞きたいことがあるのだが……」

「はい、何ですか?」

「ミルドレットは、元気か?」

「お元気でしたよ? 俺も数年前に一回会っただけですけど」

「そうか」

「お前、まだ諦めてないのかよ」と隣で槍を持っていた男性が肘で突く。

「バッカ! ただ心配なだけだ! あいつは体も小さかったし」

 比べてそうじゃないかなとは思ってたけど、ミルドレットさん小巨人族基準だとやっぱり小柄なのか。それであのプロポーション……。まさかのロリ巨乳枠。

 一団に案内されて集落へ。そこで俺は認識を改めることになる。

 ミルドレットさんは普通にロリ枠だった。集落にいる女性は皆お胸がとてもとても大きい。ミアなんて目じゃない。多分一般成人男性の身体が埋まる。子供らしい様子を見せる一団もいるが既に身長は俺と同じくらい。だが頭身は子供。遊ぶ女の子たちの胸は、さすがにまだぺったんこだ。

「ほえー」と呆気に取られてるミアの手を引いて集落の奥へ。長老の家らしき、こちらからしてみればサイズ感のバグっている家に招待される。

「大したもてなしは出来んが、竜の寝床に行ける時間になるまでゆっくりしていってくれ」

「時間?」

「ああ、言うておらんかったの。竜たちとの取り決めがあるんじゃ。この島々で船を使ったり魔術を使ったりするのは外様の証。そういう相手を竜は襲うんじゃよ。この島は玄関口で出入りがあるから例外じゃがの」

「するとどうやって奥に行くんです?」

「一日に二回、潮が引いて島と島が繋がるんじゃ。毎日少しずつズレるが、今日は昼間に月が出ておったし、行けるのは朝と夕方じゃろうて。時間はあるからゆっくり準備をしてくれ。行程は片道二日ほどかの。魔道具の類も持って行けん。背負子は……どこにやたったかの」

 長老は部屋の奥に行く。納戸だろうか、色々なものが置いてあるようだ。

「ああ、これじゃこれじゃ」

 そう言って長老が取り出したのはデカい背負子。

「子供用なんじゃが、いけそうじゃの」

 俺は背負子を一つ借りる。ミアの方は俺のアイテムボックスに入れっぱなしになっていた昔の背負子だ。揃って荷造りを始める。聞くところによると収納袋も駄目だそうなので借りた麻袋に必要なものを詰め込んで行く。

 黒パン、干し肉、干し魚、干し野菜。往復分となるとそこそこな量になるのでミアに持ってもらう。代わりに寝具は毛布一つと雨よけの簡易の天幕だけ。アイテムボックスに入れていくだけなら問題ないので不必要なもの、邪魔になるものはアイテムボックスへ。身に着けている魔道具類を外すと、本来の気温というものが直に肌を刺激した。

「魔術類も切っておけ? 本来の身体に慣れておかんとな」

 アドバイスを受けてその身に発動させている魔術をすべて切る。身体に膜が張ったように感覚は鈍く、その身はずっしりと重い。一応背負子を持って見るが、なんとか大丈夫そうだ。

「シグルド」

「はい?」

「荷物、もうちょっとあたしの方に分けよっか」

「すいません」

 ミアの提案を素直に受け入れ、荷物を再分配。もってみるとだいぶ軽くなったので、山道でも大丈夫だろう。ミアの方は獣人らしく、身体強化を切っても軽々と荷物を持ち上げている。

「俺、魔術が無かったらこんなに非力なんですね……」

「種族特性もあるからしょうがないよ」

 ミアに頭を撫でられて慰められる。ミアを抱きしめるが、匂いがしない。いや、かすかにはいい匂いがするのだが、いつものようにはっきりとわかるほどしない。鼻も弱ってるせいだ。

「ミア~」

「わ、わ、どうしたどうした」

「ミアを感じられません」

「あー、シグルドは色んなところ強化してたもんねぇ……。かく言うあたしもなんか頭が鈍いし。というか周りが速く感じる。なんでだろう?」

「前に知覚強化教えたでしょ。教えてませんけど、その発展形に思考加速があるんですよ。多分ミアは我流でそれに至ってます」

 というかやっぱり思考加速まで及んでいやがったか。

早朝出発ということで長老の勧めで食事を取り、仮眠もとる。変な感じにうつらうつらしていると、お声がかかった。

「シグルド殿、起きて下され」

「んあ……?」

「時間じゃ」

「ああ、ハイ。起きます起きます」

 ミアと共に体を起こす。ミアは寝ぼけて若干警戒態勢に入っているのはご愛敬。

「時間らしいです」

「? ……。あっ、うん」

 忘れてたな。無意識でいつもは枕元に置いているショートソード探してたし。

 外に出ると、まだ暗い。真っ暗な世界を松明の明かりだけが照らしている。案内人は二人。メテルさんとハイムさん。最初の邂逅で俺にミルドレットさんの事を聞いてきた人とそのメテルさんを肘で突いていた人だ。

 二人とも随分軽装であまり荷物を持っていないので食料はどうするのかと聞いてみたところ揃って「現地調達」との答えを頂いた。

 さて、中央の山、竜の民の彼らはそのまま竜山と呼んでいるらしいが、そこに向かうには島を一つ通り抜けなければならない。といってもここの島々は平和らしい。食料となる野生動物や植物は豊富。仮に魔物化しても小巨人族である彼らの膂力は獣人の比ではないし、そもそも危険になる前に竜がパクッといってくれるらしい。普段食事することのない竜が魔物を食べるのは体内に巡る魔力の量が関係しているそうだ。というか、竜本人から直接教えられたことらしい。

 何はともあれ、今はギリギリなんとか島を渡り切り、竜山の麓で野営中。水だけは持っていくには重すぎるので海水からなんとかしてやろうと準備だけはしていたが普通に途中に泉があった。黒パンを分け合いつつ、メテルさんとハイムさんが狩って来た野ウサギを分けてもらいつつ、竜山の麓にて食事の席で会話に花が咲く。

「そういえばミルドレットさんはなんで島の外に出たんでしょう?」

「ああ、それはお告げ……というか俺らからしたらお願いだな。竜からお願いがあったんだよ。二十年かそこら前に」

「そうなんですか?」

「ああ。喋れる竜は何体かいるんだが、その中でこの辺の竜を統べている個体が居てな。そいつが村に来て、一人でもいいから北の方に旅をさせてくれって頼みこんできたんだ。ちんまい女の姿だったのは笑ったけど」

「そうだな。あれ、外の人間族の女の姿だろ? シグルドさんより頭一つ分くらい小さかったか。俺らじゃ判別つかないが、それくらいの身長だと何歳くらいになるんだ?」

 俺より頭一つ分ということは一四〇センチちょいくらいか。

「多分十とちょっとですね」

 おそらく巫女としてのアリスだろう。

「竜の長って数千年生きてんだろ? 随分サバ読んだな!」

「確かに」

 笑い合う二人。竜の民とは竜を信仰しているわけではないらしい。

「ところでなんでそんなことを竜が?」

「いや、俺たちに伝わってる伝承に関係するからとしか。その伝承自体竜からの教えらしいけど」

「俺たちは案内人として生かされてるんだよ。あんたみたいな来訪者のためのな。そもそもこの島に来るのが困難らしいが、部族のしきたりを知るものを竜の元へ導けだとさ。まぁ、それを守ってる限り俺たちは竜に守られてるから安心して暮らせるんだけどよ」

「へーぇ。じゃあミルドレットさんは選ばれた訳ですか」

「いや、それがな?」

「…………」

 メテルさんがばつの悪そうな顔をする。何かあったのだろうか。

「メテルとミルドレットは家が隣で仲が良かったんだ。こいつら自身もくっついたり離れたりしててな。で、竜が来た時、タイミングが悪いことにこいつら大喧嘩してて。キレたミルドレットが自分が外に出るって志願してそれっきり。笑えねぇけど笑えるだろ?」

「ミルドレットさん、痴話喧嘩の末に出てったってことですか……?」

「ま、そういうこった」

 何という事実。人に歴史ありと言うがこんな歴史は知りたくなかった。

「まぁでもミルドレットでよかったと思うぜ? あいつチビだから、デカい人間族って言ってもまだ納得されるだろ?」

「それに関しては俺も否定しない。でもやっぱり心配なものは心配なんだよ」

「わかってるって。だから俺もお前に早く身を固めろって言わなくなっただろ?」

 あー、まだ想い続けてるのか。ミルドレットさんの方はどうなんだろう。仕事一筋って感じはしたけど。

「っと、そろそろ寝た方がいい。起きたら山登りだぞ」

 メテルさんとハイムさんは手早く寝支度を整える。俺とミアも二人で一つの毛布にくるまって、海から流れてくる潮風と潮の音をどこか遠くに感じながら眠りについた。

 翌日、俺たちは竜山の中腹にいた。時折横穴から顔を覗かせる竜にビビり散らかしながら山を登ること数時間。休憩は取っているが、生来肉体労働向きではない俺は既にばてており、ミアに背中を押してもらっている。

「人間族ってのは……その……貧弱なんだな」

 悩んだ末に言葉を選ばずハイムさんは言う。

「いえ、俺が、特別、貧弱な、だけ」

「はいはい喋る前に足動かそうねー。体力の無駄だから」

 竜山のある島は岩肌むき出しの双子山になっている。その谷間に、竜の寝床があると言う話だ。

 酸欠になりそうになりながらやっとの思いでその場所にたどり着く。膝に手をついて荒い息をしていると、メテルさんが「お出迎えだ」と言った。

 その言葉に顔を上げる。十を超える竜が俺たちを見下ろしていた。中でも中央にいる灰色の竜はとんでもなくデカい。前に倒したフロストドラゴンの二倍はありそうだ。縦にも横にも。

「お待ちしておりました。私の勇者様」

 そう言って灰色の巨躯が俺に向かって頭を垂れる。それに続いて他の竜たちも。

「なんだ、その声アリスか。ビビらせないでくださいよ。というか本体こんなにデカいの?」

「私たちのこの身体は内包する魔力量に依存します。ダンジョンで生まれるような若造たちはあなたの魔装機兵よりも小さいですよ? 前にあなたがあったあの子は例外として」

 すると何か。アリスを倒すと竜鱗がたんまりと手に入ると。

「その考えで合ってますがやめて下さい。そうさせないためにこの諸島を立ち入り禁止区域にしているんですから。宗教と物理的な力で抑えないと乱獲されるんですよ、私たち」

「あの姿にはなれないんですか?」

「私に触れて下さい。シグルドさんの魔力と同調することで可能になります」

 俺は灰竜に歩み寄る。寄せられた頭、その頬に手を添える。

「私の名を」

「アリス」

 光が溢れた。灰竜の放つ光が小さく凝縮していき、人の姿を取る。光が収まったその場には、俺に手を頬に添えられたアリスの姿があった。あと微妙に顔立ちや姿が変わっている。ベースはあの女優さんだが、顔立ちは日本人っぽく、体つきはよりグラマラスに。というか首から下は筋肉量の少ないミア。身長は俺より十センチほど低い。

 うーん。俺の好みに合わせてきた感がしないでもない。

「というかなんで裸?」

「鱗を服に変化させるとかできる訳ないでしょう。そんなファンタジーなこと。いや、あなたからしたらこの世界自体がファンタジーそのものなのは重々承知ですけど。とりあえずシグルドさんのコート貸してください。前を締めれば何とかなるでしょうし」

 とりあえず自分ではトレードマークだと思っているコートを貸すが、前を閉じれるとは言っても腹の辺りを結ぶだけの作りなので胸は隠れても下はチラチラ見えてしまっている。

「ミア、下着の替え持ってましたよね?」

「もー、しょうがないなぁ。というか男どもは後ろ向く!」

 ミアが背負子に積まれた麻袋の一つから下着を引っ張り出す。

「キツくない?」

「大丈夫です。これが衣服を直に着る感覚……。新鮮です」

 ミアにもういいよと言われてアリスの方に向き直る。正直あまり変わっていないが、直に見えているよりマシというもの。

「竜の民よ」

 アリスの言葉に「はいっ」とメテルさんとハイムさんが直立不動になる。気安い感じで言ってたものの力関係は竜の方が上のようだ。

「私は下界に降ります。後任はこちらの赤竜が」

 アリスが指さす先には、灰竜姿のアリスよりも一回り小さいかなくらいの赤い竜。

「私たちは、私たちを守るためにもこれまで通りの関係を望みます。ですがあなた方が今の生活を変えたいと言うのならば止めはしません。三日後、この赤竜が私のように人の姿で集落にお邪魔します。できれば早めに答えを出してください」

「お、お待ちください。集落に戻るのに二日かかります。もう少し時間を……」

「問題ありません。帰りは私が送ります」

 座標移動を使うのね。というか俺らは使用禁止でそっちは使っていいってズルくない?

「すいませんでした。長らくあなたの役目を奪ってしまって」

 アリスは赤竜に語り掛ける。

「私たちこそ、あなた一人に親殺しの重責を負わせてしまうことを恥じるばかりです」

「いいのですよ。それが我が役目。我が使命。これだけは誰にも譲れません。譲りたくありません」

 確固たる意志を持ってアリスは赤竜に言い放つ。赤竜は目をまじろぎもせずにじっとアリスを見ると、かつて持っていた竜のイメージとはかけ離れた綺麗な声音で天に向かって咆哮を奏でた。

 他の竜も続くそれは、唄だったのだろう。きっとアリスに向けて送られる、餞の唄。

 彼らにどんな物語があったのかは分からない。だが、そこに居るのは単なる魔獣ではなく、人類と同等の知性ある生き物だ。咆哮を聞き、目尻に涙を溜めたアリスを見てそう思う。

 そして同時に思う。竜鱗の確保が心情的にしづらくなったと。

 くそー。秘密基地近くのダンジョンの攻略、とっととしとくんだった。竜鱗欲しいからダンジョンで竜狩ってくるって言ったらアリス悲しむかな? 悲しむだろうなぁ。

 なし崩し的にだが身内になった相手を積極的に悲しませたくはない。

「皆さん、行きましょう」

 そういうアリスに立ち位置を指定される。「ちょっと落ちますよ」と言うアリスにその言葉の意味を問う暇もなく座標移動がなされ、俺たちは地面から三十センチほど上に転送される。

「あだっ⁉」

 着地に失敗して足首を捻る。何とも情けない。痛みに足首をさするとアリスがヒールをかけながら謝って来た。

「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」

「大丈夫です。着地に失敗したのは俺がドジなだけなんで。というかミアは睨まない。それにしてもここは……ああ、村からすぐの森の中ですか」

「はいぃ」

「というか何で落としたんですか?」

「前も言ったじゃないですか、ミスると埋まるって。下草に足を縫い付けられたくはないでしょう?」

 納得。そういえば案内の二人が静かだと思っていたら、初めての転移魔術に腰を抜かしていた。

「お二人とも大丈夫ですか?」

「……。はっ⁉ 生きてる? 俺たち生きてる⁉」

「転移魔術と知ってたら意地でも歩いて帰ったのに……!」

「はて? 転移魔術くらいでそこまでビビりますか?」

「アリス、これが普通の反応です。一般的な転移の魔術は一定距離以上になると一部がどっか行くらしいんで」

「えーっと……。あー、再構築パターンですか。それは次元の狭間に落ちますよ。だって物体自体を亜空間を経由して移動させてる訳ですから。シグルドさんのゲートは空間の省略、私の座標移動は情報の書き換えですからね。失敗しない限り転送物に影響がある訳がありません」

 えへんと胸を張るアリス。

でも胸が膨らんだ分、コートが持ち上がっておへそとパンツが見えるからやめなさい。

「あ、そうそう。シグルドさん、ミアさん。最初の島に戻ったのでもう魔術使っても問題ないですよ」

「あ、そうですか?」

 俺は体の機能をフルスペックに戻す。そしてミアの匂いを吸う。ミアは俺の頭を撫でてくれた。

「身体機能戻して最初にやるのがそれですか?」とアリスのジト目が飛んでくるが気にしない。

 村に戻って報告がてら長老の家へ。メテルさんとハイムさんは足腰ガックガクだったがこれもお役目と気合を入れてくれた。

「村長。戻りました」

 中で物音がして扉が開く。

「随分早かったのぅ。おや、そちらのお嬢さんは……。ん? 姿は変わっておられるが竜の長殿では?」

「村長、お久しぶりです。というほど久しぶりでもないですけど」

「そうですなぁ、十日に一度ほどはいらっしゃいますからなぁ」

 ふぇっふぇっふぇと笑う長老。その言葉にメテルさんもハイムさんも口を開ける。

「アリス、そんな頻度で来てたんですか?」

「交流は大事ですから。他の村にも行ってますよ」

 聞くと別の島にも村があると言う。

そりゃこの小さなコミュニティだけで長く生存は出来ないか。

「私は竜の長の任を辞しました。三日後、後任の者が伺います。これからの私たちの関係について協議を。我々は現状維持を望みますが、あなた達の独立を拒むものではありません」

「答えは後任の、いえ、新たな竜の長殿に伝えれば宜しいですかな?」

「そのようにお願いします」

「わかりました。で、今日はどうされますか? またマグ茶でも?」

「いただきます。これが最後になるやもしれませんので」

 アリスは勝手知ったると言う感じで長老の家の中へ。

「ささ、シグルド殿とミア殿も。ハイムとメテルはお勤めご苦労じゃった。もう帰ってええぞい。儂の家で休みたいなら茶ぐらい出してやるが……」

「村長、転移魔術食らったんですよ? 家帰って休みたいです」

「俺も……」

「じゃろうな。後で果物でも届けさせてやるわい。それとも肉がええか?」

「果物の方がありがたいです」というハイムさんにメテルさんは賛同の頷きを返す。

 二人と別れて家の中へ。アリスは既にテーブルについていた。

 長老はキッチンに立って茶を入れてくれる。礼を言って出されたクソデカい焼き締めの湯のみを傾けると、草餅の様な香りのすっきりとした味が口に広がる。

「ゆっくりしててくだされ。儂は言伝をしてきます故」

 そう言って長老はしばらく家を空けた。

「アリス、これが最後かもしれないって……」

「失敗する可能性もありますからね」

「え、でもシグルドが失敗したらタイムパラドックスって奴が起きるんでしょ?」

「可能性の問題です。私たちは成功した世界戦の上に生きていますが、これからの私たちが成功する保証はどこにもないのですから」

 俺のと同じく径が顔と同じサイズの湯呑を静かに傾けるアリス。

 彼女の言う通り、これからの結果次第で今が変わるのだ。失敗すれば文字通りすべてを失う。飄々としたアリスに対して、俺の表情は強張っていたのだろう。湯呑に添えた手に、ミアの手が重ねられる。家具のサイズがサイズなので身を乗り出すようにしているその姿に、ありがたいことに少し気持ちが晴れた。


 アベク諸島の集落から変わりロアの自宅。俺とミアは、皆にアリスを紹介していた。

「アリスです。よろしくお願いしたします」とカーテシーを決めるアリスはミアの予備の服を着ている。軽戦士らしい露出の高い方ではなく町娘風の方。

「シグルド、あの、アリスさんから膨大な魔力を感じるんですけど……」

 椅子に座ったイリスさんがおずおずと問いかける。

「あー、なんかドラゴンらしいです。というか実際の姿は灰色のデカいドラゴンでした。というか神竜信仰のご神体です。多分」

「元、ですよ。役割譲ったので。今はシグルドさんの忠実な従魔です」

「お前従魔術も……いや、シグルドならさもありなんか」とラッシュさんは一人納得している。

「神竜は人の姿に身を窶して時たま下界を覗いている、なんて噂も耳にしたことはありますが、本当だったんですね……」

「竜……。竜鱗……。……。金?」

「リューグ。同じ発想した俺が言える立場じゃないですけど倒さないでくださいね。というか多分勝てませんから」

「というかうちと同じようにご主人様がまた女引っかけてきたってだけの話」

「リーゼ? 俺はあなたを引っかけた覚えは微塵もありませんからね? 勝手についてきたのはあなたですからね? あとお茶の用意ありがとうございます。もうちょっと蒸らす時間減らすといい感じだと思いますよ」

 そう言って俺は口をつけていた自分で淹れるよりは若干渋い紅茶の様な飲み物を置く。

「おっけー」とリーゼは軽い感じで自分も茶を啜り、「渋っ」と言って砂糖とミルクを足していた。そしてちゃっかりリューグもミルクティーにしてもらっている。

 あと君たち砂糖入れすぎ。ティーカップに小さじ大盛三杯って。高級品だって忘れてないかい? え、さらに水飴足すの? 噓でしょ?

「と言うかシグルド、アリスさんのことはもうこの際気にしないことにするが、ベルベストの最重要人物を引き連れて戻って来たってことはこの戦争の行く末をどうするか、お前の中で決着はついたのか?」

「残念ながらそれどころじゃなくなりました。そういえば手紙の効力はありましたか?」

「おう。バッチリだ。と言いたいところだが、別の要因も大きい」

 手紙とは旅に出る前にラッシュさんに託したものだ。軽く諜報活動に行くから安易に攻め込まないでほしい旨をライクロイックに送っていたのである。

「そもそも補給線が伸びきってるんだよ。どのみちライクロイックにこれ以上の侵略行為は無理だ」

「まあ、どこかで限界は来ると思ってましたけど。今どのへんですか?」

「東はアイネまで引き下がった。南はトポルコで激しい抵抗に遭って停滞中」

 トポルコだとダルニシアの三つ隣。ベルベストから見れば二つ隣。南の戦線に集中したのか。それにしては意外と押し込めなかったな。

「戦闘自体に何か変化はありましたか?」

「ああ。大量の弾丸をばら撒いてきたそうだ。弾切れのタイミングで後ろの機体と替わるようにして。相手さん、百発撃って一発当たればいいって感覚だったそうで、榴弾の砲撃も喰らって面制圧されて第一陣は瓦解。互いにどっちが先に当たるかって消耗戦になったから睨みあいになったんだと」

 足軽鉄砲隊の三段撃ちを重機関銃でやったのか。運動エネルギーが距離減衰したとしても、放物線で飛んでくる砲弾は質量弾としての側面は失っていない。それに無いとは思うがコストをかけてエクスプロージョンでも仕込まれていたら当たるだけでダメージが確実に蓄積する。待っているのは小手先の戦術を殴殺する蹂躙劇だ。

「それは苦渋を舐めたでしょうね……」

「ああ。伯爵がはっきりと一回目の戦闘は敗北だと言っていた。ちなみに言ってなかったがお前が居た時からあの海上戦で使ったあのバカげた威力の砲の情報開示要求が来てたぞ。お前の事だから敵にも渡るがそれでもいいのかって突っぱねたけど。お前もそんな状態じゃなかったしな」

「ありがとうございます。流石は俺の保護者」

「お前の保護者になった覚えはない。ったく。それで? それどころじゃなくなったってのはどういうことだ?」

 かくかくしかじか。事情を説明。

「理解が追い付かん」とラッシュさんが珍しく匙を投げた。

「お前が上手くやらないと俺たちの存在自体が無くなるってか? 信じられるか。そもそも過去に行くなんて……」と言ったラッシュさんの後ろにラッシュさんが降ってくる。二人のラッシュさんが認識しあったところで、元居たラッシュさんがその場から掻き消えた。

「アリス……。ラッシュさんを数秒前に飛ばしましたね?」

「信じてもらえなかったようなので」

 アリスはつーんとした表情。何かが気に障ったようだ。

 イリスさんがラッシュさんを引き起こすが引き上げられていない。仕方なくリューグが手を貸す。

「ラッシュさん、時間移動が可能なのは信じてもらえましたか?」

「……はっ。わ、分かった! 分かったからもう二度とさせるなよ⁉ と言うかミアは何で……いや、シグルドの信じたことを無条件に受け入れただけだろう、お前!」

 そういえば理解が速いなと思っていたが。ミアの方を見て見ると、明後日の方向を向いている。

 なるほど、話を合わせてただけか。半分くらいは事の重要性を理解してないな?

「まあいい。理解は出来んが過去に行けることも、シグルドがそれを成さなきゃいけないのも信じる。お前の言うことだ。俺たちに嘘はつかんだろう」

 ラッシュさんが椅子に座り直す。そして腕を組んだ。

「すぐ発つのか?」

「いえ、時間移動と言うものの性質の都合上、余裕はあるのでしっかり準備をしてから行きます」

「そうか。手伝えることがあったら言えよ?」

「俺のことは気にせずちゃんとイリスさんの面倒見てあげて下さい。そういえばランク担保のための依頼は受けれてますか?」

「俺とリューグは終わってるぞ。後進に依頼は譲らなきゃいけないから食肉の確保と薬草の採取クエスト十件は骨が折れた。でかめのブッシュサーペントと魔石入りのジャイアントボアが手に入って助かったが、お前のありがたみを再認識したよ」

「じゃあ、俺とミアはその辺から片づけますか。あと非常にアリスに言いにくいことなんですけど、いいですか?」

「何です?」

 俺はグレイハウンドの強化、並びにエネルギー兵器の試作に竜鱗が欲しい旨と、それをダンジョンで確保したい旨を伝える。

「是非やってください」

「え、そういう反応?」

「私たちの様な外で暮らしてる精霊種を屠ると言うならば断固抗議しますが、ダンジョンとなれば話は別です。根絶やしにしてください」

「仲悪いんですか?」

「逆です。彼らはダンジョンに囚われているようなもの。トラップとして、孤独に歪な成長をさせられるんです。そんな同胞の怨嗟を感じる身にもなってください。言葉も話せず、ただ飢えに泣き叫ぶ赤子のような怨嗟を。その上私たちには何もしてあげることが出来ないんですよ? もう冒険者に頼んで殺してもらうしかないんです。彼らの断末魔が、なんと歓喜に満ちていることか……」

 改めて、ダンジョンってエグイ。

「あと、竜鱗なら一日二枚程度なら供出できますけど」

「マジで?」

 じゃあ今頂戴といったらホントにその場でくれた。しかも竜鱗の中でも特大サイズ。竜の従魔、非常に有益なのでは?

「シグルド。多分それ、ギルドに持ち込んだら後は適当に一つ依頼を受けるだけでミスリル担保できるぞ? 前にジャックがそうするって言ってたし」

「金づる?」

「リューグ……。言葉を選んでください」

「じゃあ、金の生る木」

 選んでそれか。

「アリス、すいません」

「いいですよ、別に。後でたっぷり癒して頂ければ」

「……何を要求するつもりだ」

「肉体的接触を要求します」

 俺はアリスの頭に手を伸ばし、撫でる。

「それでもいいですけど、もっと直接的な方がいいです。具体的には夜にミアさんとしてるあれやこれやを。この体は人類そのものですし、子供は出来ませんけどその分避妊のコストがかからなくてお得ですよ?」

 俺の腕を掻き抱き牙を剥くミア。どうしてこうなった。

「まてまてまて! どこでフラグが立った⁉」

「数千年あなたのためだけに生きてきましたからね。想いの年季が違います」

 アリスは空いてる方の腕を掻き抱く。

「やっぱり女引っかけてきただけ?」

「リーゼ! 余計なこと言わないでください! というかお前! 体をミアに似せたのはやっぱり恣意的なものじゃなくて計画的なものか!」

「私もシグルドさんの寵愛が欲しいです。ミアさん、分けて下さい」

「ダメ!」

「いいじゃないですか。シグルドさんの世界にも行為中に気をやり取りする房中術ってあるでしょう? 従魔になった私にとってはシグルドさんの魔力に触れるのが最大のご褒美なんですよ。まぁ、想いも本物ですけど」

「何言ってるかわかんないけど理論的に説明してもダメ!」

「まぁ、冗談はこのくらいにして」とアリスは俺の腕をぱっと離す。

「何言ったってシグルドさんがミアさん一筋なのは決定事項ですしね。でも魔力は下さい。粘膜接触が効率がいいので一番はセックス。二番はキス。どっちにします? あ、望むならお尻でも構いません。食事してもすべて魔力に変換されるので排泄もしませんし、完全な未使用品ですよ?」

「ぬぐぐ……。キスなら……まだ……」とミアが歯ぎしりするが、完全にアリスの術中にはまっている。

「ドア・イン・ザ・フェイスとダブルバインドを併用してまでミアをからかわないでください。ほら、ミアの頭の中ではキスなら許す流れになってるじゃないですか。俺は騙されませんからね。というか最初みたいに頬に触れるでいいでしょう」

「キスくらいいいじゃないですか。ほんとにこの堅物は。もうそれでいいんで献上した分くらいはご褒美下さい」

 んっとアリスは顎を突き出す。俺は両の手のひらでアリスの頬を包み込むと、自分の魔力を彼女に流し込むようにイメージした。

「んっ。あー……。いい、ですぅ……」

「エロい声出さないでください」

 そう言いつつ魔力を流し込み続ける。一分くらいそうしていた後、アリスが「もういいですよ」と言ったので手を離した。

「ごちそうさまでした」

「むー、なんか羨ましい……」

「ミアさんに羨ましいと言われると無性に腹立ちますね。シグルドさんの魔力はほとんどミアさんのと混ざってると言うのに」

「え、そうなの?」

「普通、混ざっても一日くらいで戻るんですけど、三割くらいミアさんの魔力が混じってるので日常的にしてますよね? 少なくとも毎日キスはしてますよね? 割と濃厚なの。あー羨ましい。私は頬に触れてもらうのが精々だと言うのに」

 女としてはミアが優勢なはずだが会話はアリスにイニシアチブを取られている。

「いいですよねー、ミアさんは。愛されてて。私は魔力供給のために触れてもらうだけ。それすら羨ましがられるなんて」

「ううぅ……。シグルド~」

 あ、負けた。

 ミアをよしよししつつ「アリス」と声をかける。小声で「すいません」と言いつつちろりと舌を出したところを見るに冗談らしいが反省もしてない様子。言ってること自体は本心なのだろう。

「あ、そうそう。ベルガモットさんはちゃんと構ってあげてます? してないでしょう?」

「ベル? 何か必要なものでもあるんですか?」

「本体の方は乗ってもらうことが最大のご褒美でしょうけど、人格を持って自由に動ける身体がある以上、触れ合いは欲しいものです」

「俺が寝てる間に勝手に魔力供給してるらしいですけど……」

「シグルドさんの方からしてあげたことあります?」

「無いですね」と言うとアリスは額に手をやって「ハァ……」とため息をついた。

「してあげて下さい。きっと彼女も喜びます」

 そういうもんかと納得しつつ、アリスにベルを構うことを確約させられる。

 ちょっとした変化を巻き起こしつつ、決戦に向けた準備が始まるのであった。


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