27 旅は道連れ世は情け
ボーウェンの街で、俺とオミナさんは握手を交わしていた。
「旦那、ミア嬢。世話になった」
「無茶して倒れないで下さいよ」
「がんばってね」
オミナさんはボーウェンに来る途中の村で研究への協力を取り付けていた。どこも年々井戸の水量が減っているらしい。相手方の村の村長も「水が確保できるなら」と二つ返事でOKを貰えた。今は必要なものを買いに一旦ボーウェンの街に来たというわけだ。
「これ、餞別です」
そう言って俺はアイテムボックスから霧水収集装置のプロトタイプを取り出す。
「いいのか? 私としては助かるが」
「俺の自己満足だからいいんですよ」
俺は多くを殺した。だからこの行動が人助けの一助となるならば、少しは俺の気も晴れるというものなのだ。
「じゃあ遠慮はしないよ。有難く貰っとく」
オミナさんは霧水収集装置をアイテムボックスに仕舞い込む。
「私、本を書くよ。旦那から教わったこと、いろんな人に伝わるように。……まぁ、発禁食らうかもしんないけどさ」
「ダッタルもゼーレス教が多いんですか?」
「いや、国教はベルベストと同じ神竜信仰だ。次いで多いのはトメーキアの自然崇拝だな。でもゼーレスの教会はどこにでもあるから」
宗教は国境関係ないからなぁ。世界で最も勢力が大きいと言うことは国教でない国でも無視できない発言力を持っている可能性もあり得る。
「無事発行されるといいですね」
「まずは書くところからだけどな」
からからと笑うオミナさんに別れを告げ、彼女を見送る。乗合馬車を待たず協力を取り付けた村へ戻るそうだ。
振り返り、手を振るオミナさんに手を振り返す。姿が見えなくなるまで見送って、俺とミアはその手を下ろした。
「強い人でしたね」
「うん。シグルド好きでしょ、ああいう人」
そうミアに言われて思わず肩がビクッとなる。
「何のことですか」
「心根の話ね。ああいう強い意志をもって何かを成そうとする人。ラッシュとか、ジャックさんとか、後レベッカさんとか」
「レベッカさんだけは違うと言いたいです」
「そう? 鬱陶しいし根本で相容れないってのは聞いたけど、認めてるところもあるんじゃないの?」
「……認めたくねぇ…………」
顔を顰める俺にミアは「フフッ」と笑みを零す。
「で? この街ではどうするの? また商売?」
「その辺の体裁は一応整えないと。乗合も行ったところみたいですし」
そう言って俺は商業ギルドから貰ったこの街の露店の許可証を取り出す。
そう言えば今更の話だけど、宝飾商に身をやつしているもののあんまり価値を分かってないんだよなぁ、俺。一旦そこらの勉強をしたいのだが……。どうにかならないものか。
その辺をミアに相談してみると「アレシュさんに相談してみれば?」との言葉を頂いた。
アレシュ、キンバリー氏。ライクロイックの王都で宝飾店を営んでいる老人だ。カスパル卿の大伯父にあたる人物でもある。
確かにあの御仁なら相談するのに最適だ。顔見知りでもあることだし。縁戚関係にあるアルベーヌ家とは仲良くさせてもらってるし。
ミアの案を採用し、宿に戻ってロアの自宅に行く。ボーウェンは昼だったのでロアは夜中。俺とミアはしばし仮眠を取る。朝起きてみると、皆がダイニングに集まっていた。ミアを起こして皆の元に向かう。
「お、帰ってたのか」
「おかえりなさい」
「飯、できてる」
配膳に動いているラッシュさんとリューグ、椅子に腰かけたイリスさんが迎えてくれた。
「リューグ、食器二セット追加だ」
「ん」
ラッシュさんがリューグから器を受け取りスープをよそう。この匂いは味噌汁だろう。だが流石に米の炊き方まではマスターしていないらしくテーブルに置いてあるのが黒パンなのがなんとも言えない。俺は苦笑いを浮かべると黒パンを食糧庫に戻しておにぎりが乗った大皿をテーブルに置いた。皿の三分の一は既にミアの腹に収まっているが、皆で食べる分には十分だろう。
皆で食卓を囲むのは久しぶりだ。いただきますをして有難くイリスさんがつくったであろう味噌汁を頂く。
「……イリス、味付け変えた? 美味しくなってる」
「シグルドの真似をして出汁をしっかり取るようにしました。少々薄味でも好評なので。あ、そうだ。シグルド、できればコンソメを追加してもらえませんか? そろそろなくなりそうなので」
「寸胴鍋五つくらいでいいですか?」
「あの大きい鍋ですよね。三つもあれば私たちだけならしばらく持ちます」
「じゃあ食糧庫に入れておきますね」と言いつつ俺はおにぎりを齧りながらアイテムボックスから寸胴鍋を三つ食糧庫に突っ込む。入れたところでいきなり「~~~ッ」と声にならない声が聞こえたと思ったらリューグが渋い顔をしていた。
間違って梅干しのおにぎり食べたな? ちゃんと佃煮がどれか教えといたのに。
こういう時犬人族譲りの鼻は利かないのだろうか。聞いてみると「久しぶりのイスラでテンション上がってた」と涙目で言われた。
「イリスさん、料理本置いていきますね。大変でしょうけどイスラも炊いてあげてください」
俺はアイテムボックスから愛読書を取り出してイリスさんに渡す。
「磨ぐのは重労働なんでラッシュさんにでもやってもらってください。リューグも手伝うんですよ?」
「仕方がない」
「俺が手伝うのは確定事項か。いや、力仕事はやるが」
あまり乗り気でなさそうなラッシュさんにジト目を送りながらイリスさんの方を向いて視線で問う。
「二人とも料理以外はしてくれるんですよ、料理以外は。でもラッシュもリューグも焦がしたり零したりするので……。私もあまり積極的にはキッチンに立たせたくありません」
イリスさんが良しとしてるならいいか。
「そういやお前ら、今回は何で帰って来たんだ?」
「いや、今露店の真似事してるんですけど、売り物の価値が分からなくて。それを教えてもらおうと」
「何売ってるんだ?」と問いかけるラッシュさんに俺は商品と売ろうと思っていた色ガラスを見せる。
「クリュスタと、もしかしてその四角いのは色ガラスか?」
「全部ガラスですよ」
ラッシュさんは俺の商品を手に取って光に透かしたりして見ている。
「いくらだ?」
「そのイヤーカフは左右セットで銅貨六枚で売ってました」
「銀貨はとっていいんじゃないか? この粒の大きさと、濁りやひび割れ、気泡のなさ。ガラス屋が手慰みに作れるもんじゃない。一発で魔術で作ったもんだと分かるがその製法が一切分らん。ミア、止めなかったのか?」
「あれ、その時点で止めなきゃマズかった?」
「いや。大丈夫だとは思うが、見るものが見ればその価値は一目瞭然だろう。とくにそこに無造作に転がってる色ガラスなんて俺程度の見識じゃ値段も付けられん。少なくともどれも露店で売ってるレベルではないな」
「これをこうして売ろうと思ってたんですけど……」と、黄緑色の色ガラスでウチワサボテンの像を作る。ついでにヒノエ家にプレゼントした一メートル四方のキューブについてもミアから密告が入る。
「シグルド」
「はい」
「やりすぎだ、馬鹿垂れ。相手が錬金術師連中だから大ごとにはならんだろうが、そんなもん貰った方も扱いに困るぞ」
「あー、そういえば美術商らしい人が目の色変えてたらしいです」
「ほらみろ。追及されなかっただろうな?」
「その場では」
「ということはそれ以外でお前の知識を口外したのか?」
俺はオミナさんの事を説明する。
「砂漠の水資源確保のための助力、か。一概に否定はできんか……」
「とりあえずそれは置いといてください。もう終わった話なんで。とりあえず今更ながら商売やるのに自分の扱ってる商品の価値も知ってないのは不味いと思ったんでアレシュさんの所に相談に行こうと思ったんですよ」
「アレシュ……。ああ、ハルマーク卿か。商業ギルドじゃ……駄目だな。目立ちすぎる」
「俺もそう思います」
ダッタルで聞けばそこからたどられる危険があるし、ロアで聞けばダッタル方面で商売していることに身分を隠したままでは説明がつかなくなる。発案はミアだが、個人に頼むのが一番安牌だ。
「とりあえず王都に向かおうと一旦家に寄ったんですよ。向こうは昼だったのでこっちじゃ夜ですし」
「ああ、時差ってのがあるんだっけか。ややっこしいよな。大陸の端と端で時間が違うってのは未だに理解できん。……もう行くのか?」
「ええ、ミアが食べ終えたら」
「丁度食い終わったな」
「いや……」
「おかわり」
ほら、言うと思った。
「ちなみに聞いときますけど、おかわりが欲しいですか? 食後のおやつが欲しいですか?」
「あー……………………………………………………………………。食後のおやつで」
その言葉に席を立って自室に戻ろうとしていたリューグが素早く席に戻る。
「ラッシュさんとイリスさんはどうします?」
「食おうか」
「せっかくですもの。頂きます」
小声で「お腹の子のためにも栄養は必要ですからね」と呟く声が聞こえるが気にしない。
アイテムボックスに手を突っ込む。一番昔に作り置いたのは持ってる中だとパウンドケーキか。
「ミア、いくつほしいですか」
「一つ」
ミアにしては遠慮した数だと皆が不思議そうな顔をするがそれは間違いだ。ミアのパウンドケーキにおける一つは型一つ分という意味である。俺は阿吽の呼吸で型から抜いたそのままのパウンドケーキを皿に置いてミアの前に置く。案の定みんなの目が点になった。
「ラッシュさんとイリスさんは一欠けですよね。リューグはどうしますか?」
「……二欠けで」
お茶を入れ、俺はみんなに配る。俺も皿に一欠け盛って席に着いた。
「あれ。ラッシュさん、イリスさん。食べないんですか?」
二人は大口を開けてパウンドケーキに齧りついているミアを見ている。
俺はパウンドケーキを一口。イリスさんの事もあり酒はスプレーしていないが入れたドライフルーツの甘みがちょうどいい。材料が高かっただけはある。まだほんのり暖かいのも美味しい。
「シグルド、ミアは……、平常運転、だよなぁ」
何かあきらめた様子でラッシュさんは言う。
「ええ、いつも通りですね。何か変ですか?」
「いや、変というかなんというか。金回りが良くなってシグルドが台所を支配し始めてからミアの食い方が常人の域を超えてる気がしてな。改めて言うが、ミア。お前はシグルドが甘やかしてくれてることをもっと自覚した方がいい。……あむ。うーん、相変わらず美味い」
「シグルド」とイリスさんが真剣な目で見てくる。
「何ですか」
「お酒が飲みたいです。エリクサーあたりを」
エリクサーと聞くと万能薬を思い浮かべるがこの世界でのエリクサーはリキュールを指す。
「ダメです。甘ラモンジュースかラモンの炭酸割で我慢しといてくださいよ」
そう言って俺は食糧庫を漁る。だが見当たらない。濃縮還元の果汁も、炭酸も。俺がみんなの方を見ると、若干二名が勢いよく顔を逸らした。
「イリスさん? リューグ?」
「お酒の代わりに飲んでたら、つい」
「美味かった」
開き直りやがった⁉
仕方なく俺は手持ちのジュースと炭酸の三分の二を保管庫に移し替える。
炭酸はどうにでもなるがダッタルに入ってからラモンが若干高騰している。
サボテンの実の方が安いからサボテンジュースでも作ってみるか?
「少しは自重してください。いくらジュースでも飲み過ぎは良くないですよ。もー、ラッシュさんの監督責任ですからね?」
「ミアを甘やかしまくってるお前が言うな」
俺たちの中でどっと笑いが起こる。ミアだけはマイペースにパウンドケーキの最後を口に放り込んでハムスターのようになっていたが。
とりあえず食事を終えて俺とミアは王都へ。サーチで人の流れを確認してゲートでばれないように検問を突破する。一応、念のため。
王都の朝市の客引きを聞き流しながら俺たちは目的の場所へと向かう。
店のドアを開けると、いつぞやと同じように背筋を伸ばした老人が出迎えてくれた。
「いらっしゃいませ、お客様。久しくも珍しい方の来訪ですな」
「俺も、あの時はご主人が武勇を誇る先々代辺境伯とは知りませんでしたよ」
「私の武勇など、貴方のものに比べれば一国の侵攻を食い止めた程度の可愛いものです。我が又甥やその末娘から色々とお話は伺っています。シグルド・フェイスレス卿」
「では私も、目の前の先達をハルマーク卿とお呼びした方がよろしいでしょうか?」
俺は少々おどけて見せる。するとアレシュ氏はくつくつと笑い声を零し、礼をとった。
「その名で呼ばれたのはいつ以来でしょうか。今は一介の宝石商。どうかアレシュとお呼び下さい」
「ええ。分かりました。そんなアレシュさんに相談があって今日はお邪魔しました」
そういう俺にアレシュ氏はきょとんとした顔をする。
「それは今日のお召し物で示されている姿も関係しているのですかな?」
「はい」
「では奥の部屋へご案内しましょう。……ヘルマン」
「お呼びでしょうか、旦那様」
アレシュさんに呼ばれてロマンスグレーが奥から顔を出す。
「店番を頼みます。私はお客様の対応をしなければなりませんから」
「承知しました」
ヘルマンと呼ばれた五十代くらいのオジサマに見送られて奥の部屋へ。通された部屋で椅子に座ると、すぐにメイドさんらしき人がお茶を出してくれた。人払いがされ、部屋には三人きり。
「それで。商人としての相談ということで宜しいですかな?」
「はい。旅で露天商の真似事を始めたのですが、いまいち自分の売り物の価値が分からず。そのあたりの見識をご教授頂ければと」
「私の所に来た、ということは宝飾品ですかな? それに商業ギルドを頼らないところを見るに訳ありと見える」
試すように笑みを浮かべたその顔に俺は諸手を挙げることで答える。
「お伺いしましょう」
俺はアイテムボックスから商品やその予定である色ガラスを並べる。
アレシュさんは俺に許可を取って商品に手を伸ばし、白手袋をしたその手で一つづつ恭しく取って眺めると、「ほう……」と感嘆のため息を一つついた。
「これは、全てガラスですな。よくもまぁ、これほどの。石が好きで始めたこの仕事。ガラスは値段が高かろうが所詮紛い物と侮っておりましたが、こうも美しい姿を見せられては考えを改める必要がありますな。なによりこのオブジェ。何を模ったものかは見当がつきませんが、このように好きな形にできるのはガラスの特権でしょう。私が愛してやまない石たちは我らが人の手で加工された瞬間からなるべき姿が決まっています故」
アレシュさんが絶賛したのはサボテンのガラス細工。何か琴線に触れたのか割と長いこと見ている。
「それにしても、価値は分からずとも五掛け、少なくとも輸送や人件費などの諸経費を考えないならば三掛け辺りで考えてお売りになれば商売は成り立つと思いますが。……もしや」
きらりと光るアレシュさんの目に俺は頷く。
「なるほど、なるほど。流石と言うべきかなんとい言うべきか。多才な方ですな。ふーむ。私の目利きも大したことはありませんが、私が価値を決めてしまって宜しいので?」
「よろしくお願いします」
他に頼れる人もいないし。
「では……」
アレシュさんは先ほどより鋭い目つきで俺の作品を吟味する。
「少なくとも露店で売られるような銅貨程度のものはこのイヤーカフ片方のみと石無しの腕輪くらいですか。私の店に置くなら石無しの腕輪が銅貨五枚から。イヤーカフはセットで銀貨一枚。石付きの腕輪とブローチが銀貨一枚と銅貨数枚から。首飾りは銀貨五枚。特に造りの凝ったこの首飾りが金貨一枚と銀貨三枚。この見事な細工のブローチは金貨二枚というところですか。色ガラスに換えられるなら金貨二枚から三枚上乗せされると宜しいでしょう。このオブジェですと……、そうですね。私なら金貨十枚で売ります」
「色ガラスってだけでそんなに跳ね上がるんですか?」
「ええ。色むらに濁り、気泡もなく作るにはそれ相応の技術が必要になりますから。今日お見せいただいたものであれば、然るべき形に加工し細工を施すだけで天然石よりもその価値は高くなるでしょう。いっそのこと金属も真鍮ではなく金に換えられては?」
「それ、露天商の域を超えてませんか?」
「……今更では?」
ごもっともです。
「ギルドに関わりたくないのであれば、直接店に持ち込まれるのが宜しいでしょう。知識が無ければ買い叩かれることになるでしょうが……」
金銭など既に必要となさらないでしょう? とその表情が悠然と述べる。
「まぁ、金には困ってませんね。有難いことに」
「ですが、それはよろしくありませんな。仮にも商人を名乗られるのであれば。お教えするのも手ですが、目利きは一朝一夕で成るものではありません。どうでしょう、趣向を変えてみるというのは。可愛いエミリーから話は聞いております。新たな揚げ芋の調理法に水飴、マヨネーズにタルタルソース。食品で攻めた方がやりやすいのではないですか?」
「料理人って程料理ができる訳じゃじゃないですよ?」
横に座ってるミアから「えぇ?」という視線が飛んでくるが気にしない。
「それに祭りで食品の屋台を二度ほどやりましたけど、準備が面倒で……」
「面倒でない準備など無いと思いますが……。まさかこれらを作るのがいくら魔術を使うとは言え簡単だとでも? ガラスも金属も入手に手間が必要なはずですが」
「その辺は冒険者の秘密ってことで。ともかく俺にとってこれらの宝飾品は材料さえあれば、あぁ、あとデザインさえ決まっていればものの数秒で作れます。材料も、さして苦労無く入手できる伝手があるので」
ダンジョンにちょっと潜ってその辺ほじくり返せばいいだけだからなぁ。
「左様ですか」とアレシュさんはイヤーカフを片手に取り、ミアの耳にぶら下がっているこの店で購入した黒いアカーテのイヤーカフと見比べる。寸分たがわず同じデザインのそれを見て、アレシュさんは口元に笑みを宿した。
「流石は魔装機兵の設計者。創造はお手物のものですか。しかし困りましたね。露店と言えば食べ物が相場。旅商人で行うにしても宝飾品、日用雑貨などですが、宝飾品はこの様子ですと質が高すぎて難しいでしょう。日用雑貨は……、伝手などございますか?」
「生憎と」
「後は美術品ですか。絵であったり彫刻であったり。ですがこれも目利きが必要なので難しいでしょう。申し訳ありませんが、私もそちらの方面は専門ではありませんのでお教えすることもできません」
ああ、これ、遠回しに商売向いてないって言われてるな、多分。
「やはり俺には商売は難しいでしょうか?」
そう問いかけるとアレシュさんは柔和な笑みをその顔に浮かべる。
「いえいえ、そのような事はございませんよ。この世に商才の無い商人など五万といます。かく言う私も、コネで成り立っているところがありますが故に。さて、あれこれと申し上げましたが、私はこのまま宝飾品で続けて良いかと思われます」
「というと?」
「問題は作られるガラスの質が良過ぎることです。石さえなければ、その価値はぐっと下がります」
「ふむ」と俺はテーブルの上を眺める。そしておもむろに真鍮のインゴットを取り出すと、透かし彫りで幾何学模様を描き、中心に立体的な花の形を模ったブローチを作り上げる。
「こんな感じですか?」
「金貨一枚ですな」とアレシュさんはため息をつく。
「まーたシグルドの悪いクセが出た」
「なんですか、悪いクセって」
「凝りすぎ」
「はい。ミア様のおっしゃる通りです。質の高さが問題なのですよ? 細工の質を上げて如何なさるおつもりですか。全く、真鍮でなければ私どもの店で売りたいくらいです」
揃ってため息をつかれる。
なんだよ。ディティールは大事なんだぞ。こういうちまちましたのを作り続けるのが精度を上げる第一歩なんだから。
「シグルド、今それ必要ない」
「……ミア様? どうかなさいましたか?」
「いや、今絶対シグルドが細かい仕事は必須とか要らないこと考えてた顔したから」
「左様でございますか」
平然と読心してくるミアとその答えに納得するアレシュさんになんだかなぁという感想を抱きつつ俺はブローチを作り変える。花の形を多少立体的に表現しただけの簡素なブローチに。
「これなら大丈夫ですかね」
アレシュさんはブローチを取り上げる。ひっくり返したりなどして隅々まで確かめると、にこやかに頷いた。
「これなら鋳造品に見えますので銅貨三枚程度ですな。露店で売っていたとしても問題ないでしょう」
俺は適当に商品候補を作っていく。アレシュさんに一応見てもらって、その数々をアイテムボックスに片づける。
相談の結果、とりあえず一括銅貨三枚で売ることにした。
「アレシュさん、ありがとうございました」
「いえいえ。大変面白いものを見させてもらいました。して……」
アレシュさんの目が再びきらりと光る。
「地金の加工、暇な時で構いませんので、うちで経営している工房でやられませんか?」
「いや、職人になるつもりは毛頭ないのですが」
「いやいや。その実力、遊ばせておくには勿体ない。あなたの腕なら少々割増の価格で取引いたしますよ?」
「いや、お金には困ってないので」
「……金銭では動かぬと。なるほどなるほど。ふむ。何を差し上げれば頷いてくださるやら。エミリーでも落とせなかったと聞いておりますし。ふーむ……。何か貸し一つでどうですか?」
……。この人、ホントに元貴族か? 商売人の気が強すぎる気がするのだが。気安く貸し一つって。この不退転の感じはラペッド支部長を彷彿とさせる。というかエミリーちゃんお手紙好きね。何をどこまでどれだけ書いたのやら。
「冒険者に気軽に貸し一つとか言わないほうがいいですよ」
「ははは。ですが貴方は本気にはなさらない。でしょう?」
そう言ってアレシュさんはぱちりとウィンクをする。この茶目っ気はカスパル卿に通じるものがある。聞いた話では血は繋がってないはずだが、おそらくあの家族が持つ雰囲気がそうさせるのだろう。
「敵いませんね、アルベーヌ家の方々には」
「いえいえそのようなことは。ただ、最も手ごわいエミリーはまだあなたの事を諦めていないようですが。そういえば知っておられますかな? 国にはあなたにすぐにでも男爵位を与える準備があることを。あの子はずっと待っております。それこそ、誰かに嫁いでもその想いは無くならないでしょうなぁ」
いやな話だなぁ。エミリーちゃんの事も、爵位の事も。というかいい加減諦めろよ、あの幼女。未だにお手紙貰うけど、俺はミア以外嫁にする気はないっちゅーの。
そういえばの話、ミアが俺へのストーキングを認めた元メイドさんの反応は俺とミアがベルベストに向かい出すしばらく前から確認できていない。仕事か何かで旅にでも出ているのだろうか。
「アレシュさんからも諦めるように言ってくれませんか?」
俺はため息交じりに言ってみる。
「はて。どちらの話でしょうか」
「できるならどっちも。ちなみにどっちの方が難しいですか?」
「そうですなぁ。エミリーを諦めさせる方が私どもには難しいかもしれませんなぁ」
国を相手取る方が楽なのかよ。確かに泣く子と地頭には勝てぬとは言うけども。しかもエミリーちゃんは子供でもあり権力者でもある訳だし。というか前に会った感じと手紙の様子だとそのうちビフォワード氏を差し置いてアルベーヌ家の実権握ってそうで怖い。はよ嫁に行って大人しくしてくれ。
「エミリーちゃん止める方が難しいですか……」
「シグルド様が嫁に貰ってくだされば万事解決なのですがね」
「いっそ認めて取り込んでおくのもアリか……?」
「ちょっとミア⁉」
「いや、何かラッシュが言うにはもう女傑としての片鱗を見せ始めてるって国中で噂になってるみたいだし、想いも本気っぽいからシグルドの害にはならないだろうし。正直取り込んだ方がお得感が強い。……正妻とかほざいてる件についてはちょっとオシオキが必要だけど、まぁ冗談だろうし」
「俺の女性関係における最終防衛線が突破されないでくださいよ!」
「でも絶対有益だよ、あの子」
「損得で計算しないで! もっと感情で否定して!」
「いやー、感情的にはシグルドを取られるってとこ以外は妹みたいで嫌いじゃないんだよね」
「俺が取られるってところで否定して! 俺、ミア以外欲しくないですよ⁉」
「ほっほっほ。これでは、エミリーが付け入る隙は無さそうですな」
俺とミアの掛け合いを楽しそうに眺めるアレシュさん。俺はミアの手を引いて立ち上がる。
「ちょっとミアと話があるので今日の所は失礼しますっ」
「左様でございますか。承知しました。では先ほどの件、五十日に一日程度でも構いませんのでその際はこの店にご来訪を」
あんたも諦め悪いな!
「ちょっとその件は保留でお願いします! ほら、行きますよっ」
俺はゲートを秘密基地に開く。ミアを放り込み、失礼とは思いながらもアレシュさんに背を向けたままゲートを閉じた。
仄かな怒りに閉じていた目を開けると、ベッドに頭から突っ込んだミアが起き上がるところだった。
「あ、あれ? シグルドなんか怒ってる?」
「ええ。ほんのちょっとだけ。俺が好きなのはミアだけだというのに。ええ。ミアだけだというのに。その相手に独占欲を抱いてほしいというのは傲慢ですかねぇ?」
俺はアイテムボックスからとっておきを取り出してぐいっと煽る。「あーまっず」と言いながらミアに見えるようにサイドテーブルに空き瓶を置けば、ミアの顔が引き攣った。
「ちょッ⁉ 魔物の血とか幸丸とか入ってる最高級の精力剤⁉ どこで買ったのコレ⁉」
「メレシアのアダルトショップで買いました。大丈夫です。あと十二本はあります。在庫全部買い占めたんで」
そう言ったそばから薬の効果でドクンと心臓が高鳴る。俺はもう一本別の瓶を取り出すと、それを口に含んでミアににじり寄った。
「んぐ⁉」
ミアに口づけ、口の中の液体をミアの喉に流し込む。舌を絡め、その最後の一滴まで飲ませ切る。途端に抱きしめたミアの身体が熱くなる。唇を離せば粘性のある薬と混ざった唾液がアーチを作り、プツリと途切れた。ミアの吐息は熱く浅く速い。
「な、何飲ませたの?」
「媚薬です。ミアは薬としての精力剤も飲んだことないでしょう? あれ、女性には効果ありませんからね。そもそも俺たちって俺のスタミナ不足が問題ですし、ミアはそのままでよかったんですよねー。そこで用意したのがコレです。なんでも感度を良くしてくれるとか言う触れ込みだったんですけど、一番高かっただけあって効果抜群なようですね。無駄に高い金を払った甲斐はありました」
湧き上がる興奮に饒舌になりながら、ミアにもう一度口づける。今度は触れ合うだけのキス。それだけで、ミアの身体が初心な生娘のように跳ねた。だがその唇は名残惜しそうに俺の唇を少し追いかけてくる。
「物足りませんか? でも刺激も強いでしょう? このままシたらどうなるんでしょうかね?」
ミアが目の端に涙を浮かべながら俺を睨む。その身体はそろそろ疼きが酷くなってきているはずだ。
「今日は二人で満足するまで愛し合いましょう?」
俺はミアの身体をふわりと抱きしめる。びくびくと震える身体をベッドに横たえる。一瞬すべてを諦めた顔をしたミアが服の裾をたくし上げていくのを、俺は息を呑んで見守った。
再度の出発は三日後になった。ミアに俺の想いを理解してもらうのに時間がかかった。あとついでに怒られた。
「そうやって無茶なことするからあたし一人で受け止め切れるか不安になるんだよ」とはミアの談。どうやら俺たちは薬など使わず、ミアがたまにちょっと物足りないくらいが丁度いいらしい。
何はともあれ旅路に戻る。ダッタルはそれほど広い国ではなく、最も距離の短い内海側を最短距離で突っ切れば二十日ほどで抜けられる。幸いにも入った国境線はメレシアが内海の島国トメーキアの属国であるため、国としては中央の部類に入るが大陸として見れば内海側に近い。今いるボーウェンからベルベストに向かうには三ルート。一つは王都に向かい、国の中央を抜けるルート。もう一つは内海側に抜けていくルート。最後に外海側に向かって山脈を目指すルートがあるが、これは目的地から遠ざかるので無しだ。俺の目的はベルベスト神竜連邦で「竜の怒りに触れる」という言葉の意味を探ること。そのためにはこの世界で竜の住処と言われているベルベスト神竜連邦北部、アベク諸島に行く必要がある。そのためにはアベク諸島が属する神竜信仰の総本山、ガルネッジ竜王国に入らなければいけないのだ。
「もう最短距離を歩いて行った方が早くない?」
「怪しまれないのが第一ですよ」
数日出している店で店番をしながらミアとそんな会話をする。確かに商人の中には身一つで身軽に行動している人もいるにはいるが、そうみられるには服装が合わない。今の服装だととても戦闘向きには見えず、いつもの服装だと冒険者感が強すぎる。特にミアが。
それなりの服を作るにはそれなりの時間がかかるのだ。急ぐ旅ではないが、さりとて時間がある訳でもない。
店の客足はほどほどと言ったところ。商品の質は下げたが価格も同じように下がったので相も変わらず女性を中心に冷かしの多いお客様たちを捌いていく。
日も暮れてきたので閉店。宿屋へ向かい、食事処で晩飯を食べる。この国で出てくる料理にはとりあえずサボテンが入っている。鼻に残る青臭さも独特の酸味ももう慣れたものだ。
ちなみにこの地域で適当に頼むのは止めにした。必ず一品はランナーターク料理が出るからである。対して串焼きは蛇の肉の確率が高く、ランナータークを串焼きにはしないらしいのでミアは「串焼きでおすすめ適当に十本」とかよく言っている。俺は俺でタコスの様な料理にちょっとハマり気味。灌漑農業をしている内海側の広大な農地ではトウモロコシと芋類の栽培が盛んらしく、トウモロコシの粉で焼き上げた生地にフレッシュなサボテンと塩コショウで炒めた蛇肉か細かく切ったランナータークの肉を置き、サルサソースの様なものをかけたものがお気に入り。こんな土地でトマトはどうしているのかと思ったが、外海側にある別の国との国境線でもある山脈北部が産地だそうだ。トマトの原種に近いのか、ソースも甘みよりも酸味が強い。ちなみにこのソース、揚げ芋のトッピングとして頼める。この地方ではこれらを肴にスピリッツを飲むのが一般的らしい。ちなみにトゲトゲ酒やトウモロコシを使った酒以外は輸入品になるので割高。エールが国産の蒸留酒と同じ値段する。逆に言えば国産の蒸留酒が大概安いとも言えるのだが。特にトウモロコシ関連の酒が安い。その安酒であるチーデメイズィと呼ばれる濁り酒を口にしながら俺はミアが串焼きを食べるのを眺める。
「串焼きばっか食ってて飽きません?」
「シグルドだってそのトラカルコってやつばっか食べてるじゃん」
否定はできない。何せこの国は麦系の流通量が少なく黒パンすら高級品。代わりのものといえばこのタコスっぽいものの材料になっているトルティーヤみたいなものしかないのだ。自然にタコスに手が伸びるのも仕方がない。ちなみに黒パンほど保存が利かないらしい。
あと普通に美味いし。相変わらずランナータークの肉は固いけど、元々細切れになっていれば気になるものでもない。
「具は変えてますよ。と言っても肉が変わるか高い金出してトッピングを増やすかくらいしかしてませんけど」
「あたしだって肉串と肉野菜串と両方たべてるもん」
「それ、トゲトゲが挟まってるかどうかの違いしかありませんよね」
俺は呆れながらタコスをパクつく。半分くらい食べたらミアに差し出す。
「ん~。この辛酸っぱいソースが美味しいよね」
そう言いつつ差し出される肉串を俺は齧る。安定の蛇肉だ。普通に美味い。ここらへんで供される蛇は小型種なので小骨が多少気になるが。
「そういや次の乗合いつだっけ?」
「三日後ですね」
「内海側に抜けるんだよね」
「ええ」
商業ギルドでそれとなく聞いたところ、その方がベルベストに入ってからガルネッジに向かうまでに通る関所の数か少なくて済むそうだ。ベルベスト神竜連邦とはいってもその実態は小国の寄せ集めだ。それぞれの小国間には関所があるし、場合によっては通行が制限されていることもある。形態としては欧州連合に近いのだろうか。
とりあえず夕食を終えて宿の二階へ。そしてゲートで秘密基地へ。あとは風呂に入って寝るだけだ。
おっと、風呂を沸かしてる間に。
俺は銅と亜鉛を取り出して胴に亜鉛メッキをしたものと真鍮の二つの素材で適当に売り物を作っていく。新しいものは作らない。すでにあるものを作り足すだけだ。
「シグルドー」
「なんです?」
「ポタタの薄揚げが無くなった」
「え? 保存庫は?」
「こないだ出したのが最後だよ」
「いつの間に食ったんですか……」
最近揚げてはいなかったけど、俺そんなに食ってないよ?
「じゃあ、まぁ、揚げますか」
俺は商品の制作もそこそこにキッチンに立つ。一時間ほど永遠と揚げ続け、保温機能がない風呂では湯が冷めたので追い炊き設定をして温めている間に味付けをする。
そういや店で食ったタコスのサルサソース、ポテチのディップソースとして作っても優秀だよな。店主に基本的な作り方は聞いているし、材料もあるから作れる。
俺はトマトとタマネギ、この国で流通している青唐辛子、というか多分ハラペーニョのピクルスをみじん切りに。それを器に入れ、塩、酢、おろしにんにく、粉末唐辛子を入れて混ぜ合わせる。手で切った状態ではまだディップソースとして荒いと思ったので魔術で粉砕してペースト状に。味見してもうちょっと辛さが欲しかったので粉末唐辛子を再投入。
大きめの器から小皿に移し、ポテチうす塩味にディップして一口。酸味と刺激的な辛み、香味野菜の味と香りが素晴らしい。
「これに付けて食べるの?」
ミアは既にポテチを片手にスタンバイ。許可を出したのでぱくり。
「かっら。うっま」
せっかく揚げたポテチが無くなる前に自家製サルサソースと各種ポテチを回収。ミアが「あ~」と追いすがってくるが無視だ。
ミアを伴い風呂へ行く。ガラッと引き戸を開けて湯船を見て俺は気づく。俺を見たミアは何も言わずに湯船に手を突っ込む。
「シグルド」
「言わなくても分ってます」
「でも一応言うね。お湯、冷めてる」
風呂を沸かしてる時にがっつり料理するものではないな。
もう一度服を着るのもなんなのでミアと体を洗ったりしてイチャコラしながら湯船の中が適温になるまで待つ。シャワーにかかりながら待っていると、風呂の外でベルがチリンとなる。それを合図に俺たちは湯船に身を沈めた。
「あ゛~」
「はぁ~」
揃ってため息が漏れる。俺のは大分おっさん臭い感じだったが。
にしても相変わらずミアの腹は凄いなぁ。あんなけ食ってるのにごりっごりの筋肉が浮いている。獣人族って言うのはこうも……いや、これは確かミア本人の体質か。
腕を取って触る。ボディビルダーのような魅せるための筋肉ではないが、しっかりとついた筋肉は女性のしなやかさの中に力強さを感じさせる。だが俺は見逃さなかった。二の腕がほんのりプルンとしていることを。
「何?」
俺は無言でミアの二の腕を揉む。
「ミア、太りました?」
その言葉にミアがビクゥッと体を硬直させる。
「そそそそそんなこここことないとおもおも思うよ⁉」
「動揺が隠しきれてませんよ」
というか太った自覚あったのか。
とはいえ太ったと言っても誤差程度。どっちかと言えば肉感が良くなったという方が正しい。どちらかと言えば好みの範疇ではあるのだが、ミアに肉がつくとは一体どういうことか。いや、あの量を食べ続けていたら普通は太るが、燃費の悪いミアの事だ。そう簡単に肉が付くとは思えない。ちなみに言うと食べる量は出会った頃と比べて三倍から四倍になっているが、その全ては見た目では分からないがほぼ遅筋に変換されている。つまりは出会った頃に比べて持久力がとんでもなく上がっている。
旅の間に少し太ったようだが、食べる量自体は変わってないみたいだし……。というか前にイスラ探しをした時の旅ではこんなことは無かった。今回の旅で違うところと言えば、馬車旅なところぐらいか。……ん? 馬車旅?
「もしかして歩きが減って運動量減りました?」
「……うん。シグルドが怪しまれないの第一って言うから。というか運動も無しに食べてたらそりゃ太るよ!」
その前に食べる量を調整しろよ。……いや、駄目か。動かない限り筋肉から減る。
「何か他に運動は? 筋トレとか」
「シグルド。獣人族は筋肉が付きやすいの。あたしは特に付きやすいの。筋トレなんかしたらラッシュみたいな体になるの」
ざばっと振り返って俺の肩を掴むミアの瞳孔は開いている。脂肪が付きにくく筋肉が付きやすい羨ましい体質でもプロポーションの維持には気を遣うようだ。筋肉が付きすぎないようにという非常に羨ましい方向性で。
にしても筋肉モリモリのミアか。ちょっと想像してみる。……うん、アマゾネス。とって喰われそう。決して嫌というわけではないが。もしそうなったら未開の地の部族風のコスプレしてもらおう。でもミアは日焼けしないんだよな、ちょっと赤くなるだけで。やっぱり部族と言えば褐色が相場だろうと思う次第なので、そのあたりは非常に残念。今でも十分素養があるだけに。
「歩きに変えますか?」
「いいの?」
「いや、良くはないんですけど、今までの感じだと問題ないかなとも思うので」
実際身一つで国境を越えてる旅商人も何人か見ているし。衛士の人もさして注視しているような様子ではなかったから大丈夫だろうという判断。
「それに二人だけの方が気楽なのは確かですしね」
そう言った翌日、俺とミアはいつもの普段着に装いを戻してボーウェンの街の西門にいた。格好はいつも通りだが防具は外しているし俺は銃をアイテムボックスに仕舞い込んだままだ。武装はミアの双剣だけ。街を出るとき衛兵さんに「護衛も無しで大丈夫か?」と聞かれたが、俺が指先に大きめの火球を作ると納得してくれた。
ともかく二人で歩き出す。しばらく行って街が見えなくなったところで、俺たちは顔を見合わせる。
「じゃ、そろそろ走ろっか」
「ホントにやるんですか?」
ミアの提案は街道を逸れて国境線まで一気に走るというもの。道が分からなくなる危険はあるが、まっすぐ走るだけなら幻術でも掛けられていない限り問題ないので、一気に突っ切り街道か国境線の目印にぶち当たったらそれ沿いに行けばいいという話だ。
「いいじゃんあたしの運動不足解消も兼ねてるんだから」
「分かりましたよ。そのために準備はしましたしね……」
「じゃあ行くよー」というミアに合わせて走り出す。その速度は地球での短距離走記録保持者の某氏も真っ青なスピード。しかしこれはスプリントではない。ジョグだ。
あくまで有酸素運動。無酸素運動になったらミアの身体がアマゾネス化する。
半日ほど走って昼食の準備。以前ゴブリン討伐の時に同じような強行軍をやった覚えがあるが、その時の体調不良を考慮してもだいぶスタミナが付いた。
荒野のど真ん中で腰を降ろし、ミアにチキン南蛮と炊き立ての状態で保管しておいたご飯を渡す。かかっているタルタルソースを見てミアの目が輝いた。ちなみにスープはミネストローネ風。主食があるのでパスタは入れていない。
「いただきまーす」と言ってミアがチキン南蛮を頬張る。一切れで米を茶碗半分食べてすぐさま二切れ目にいったので気に入ったようだ。俺もチキン南蛮を一口。甘酸っぱいタレとタルタルソースのコクが合わさって揚げた鶏肉の油と馴染んで美味い。これは米が進む。米は例によって玄米だが白米でもよかったかもしれない。
俺は食べながら、片手間で日課のコンソメスープの仕込みを並行する。魔術コンロは便利だ。この不毛の地で薪を気にしなくて済むから。
「おかわり」
ミアのおかわりをよそうのも忘れない。米は大盛に。チキン南蛮はもう二皿もあれば満足するだろう。
途中で匂いに寄せられて来たらしい魔物や動物がいたが、密かに開発中のエネルギー兵器の実験台にと的にさせてもらった。光系魔術を使えばそれっぽいものは再現できるのだが、そのまま魔装機兵の主武装として組み込むには威力不足。なんとか高威力化を目指してあれやこれやと頭をひねっているのだが上手くいかない。いや、ひとつだけ上手くいった例があるが、それは金属微粒子を超加速して飛ばすというもの。魔術としては雷系になる上に、弾体にアダマンタイトの微粒子を使う都合上前に開発したレールガンで十分。
そう言えばの話、ベルのライトショットは想定より高威力になっていた。それを不思議には思っていたのだが、俺が試しに指鉄砲の構えでライトショットを指先から放つと威力が上がった。同じく他のショット系バレット系の魔術も威力が上がった。これはアロー系の魔術が実際に弓を持った方が威力射程ともに上がるらしいのでさもありなんと言ったところ。ここから考えるに、射出口を模した発射機構を持つベルのライトショットの威力も上がったものと推察する。
それはそれとして純粋なレーザー兵器は出力不足で目潰しぐらいにしか使えないことが分かった。その上でエネルギー兵器を考えるのだが、そういい案がポンポンと出てくる訳でもない。イメージさえできればいいのだが、問題としては俺自身。なまじ科学知識があるだけにレーザー兵器や荷電粒子砲は無茶であると思ってしまっている。あと単純にエネルギー兵器に自分の中で納得がいかないのもある。
あー、そういやプラズマガンとかあったな。対人メインの二作品では弾速遅いし過去作ではエネルギー消費重くて使いにくかったけど。ただ初期作ではピーピーピーボボボボボとか言われるぐらい強かったが。
プラズマは気体を構成する原子の振動するエネルギーが大きすぎて原子崩壊を起こした状態のもの。魔術ではエネルギーを与えるタイプの魔術である火、光、雷の三属性と無属性の空間系を組み合わせることで起こすことが出来る。空間魔術が必要なのは発生させたプラズマを拡散しないように留めておくためだ。
俺は即席で長めの筒を作る。筒自体を空間魔術で保護し、半分より先の空気をエネルギーを与えてプラズマ化。発生したプラズマ自体を空間魔術で保護し、空気以外の何かに当たると空間魔術が解けて中のプラズマが触れるように設定する。俺はそれを、吹矢のようにプッと噴いた。
紫色の光がそれなりの速度で進んで行き、地面に当たって着弾点が溶けた。
「うそん」
「また変なことしてるとは思ったけど、それはあたしもヤバいと思う」
ミアとの協議によりプラズマ砲はお蔵入りになった。
「んじゃ、しょうがないんで単純に特大のライトショットを十発くらい並列詠唱しますか……」
常時展開系を幾つか切れば可能なはず。後から知ったことだが、魔術の付与にはその魔術を使ったときと同じより付与の分ちょっと大きめの負荷がかかる。作るときはマージンを見極めて慎重にだ。
とりあえず昼飯の用意を片付けてまたミアとひた走る。獲物になりそうな動物や魔物もいくらかいたが、それらは全て無視した。二日目の昼頃には、街道にぶち当たった。昼食を取り終えて立ち上がる。
「流石に人通りもあるのでここからは歩きますよ」
「わかった。ちなみに今どのへんかわかる?」
俺は意識を集中させる。ポーチに忍ばせたビーコンの反応を脳内に反映させた世界地図と対応させて位置を探る。
「んー、多分国境まで二日から四日ってところですかねー」
世界地図基準なのでだいぶアバウト。この辺の地図は拡大したものをギルドで確認させてもらっているが、それも詳しいものではないのでスマホの地図のように詳しくルート検索できたりはしない。
「このまま進めばニルゼリールと同じような国境線の砦街があるらしいです」
「トゲトゲ尽くしももうそろそろ終わりかぁ。そういえばちょっとづつ地面の感じも変わってきてるね」
ミアに言われて周りを見渡して見ると未だ荒野然としているがところどころ草が生えてきているところが増えている気がする。
「とりあえず行きましょう」
そう言って前を向くと俺の腕に絡まるミアの腕。最近はブラジャーを使っているので昔のようにむにっと柔らかい感触があったりはしない。ちょっと残念に思うのは男の性だろうか。
ミアと並んで歩く。途中で馬車や人とすれ違いながら国境沿いの街を目指す。街道沿いで一夜を明かそうとテントの中で眠りにつくが、珍しく害意感知に反応がかかった。
「ミア」
俺が声をかけると寝ていたミアはぱちりと目を開ける。
「敵襲?」
「ええ。この国に入って見通しが良かったので油断してました」
「油断してたって言っても襲撃はどうしようもないよ」とミアは双剣を片手にうーんとのびをする。
「どうする? 殺す?」
「ちょっと待ってください。…………。数は十。馬にでも乗ってるみたいです」
襲撃者とは別に生き物の反応がさらに十。
「殺すのは極力無し……いや、捕縛すると実力差から怪しまれるか?」
とりあえず対話を試みて戦闘回避できそうだったらなんとかしよう。
そう考えてテントの外で襲撃者を待ち構える。夜霧に紛れてやって来たのはラクダの様な生き物に乗ったアラビアンナイトの中に出てきそうな盗賊。手に持つ剣はご丁寧にシャムシールっぽい。
「ヒャッハー! 殺せぇ!」
うん。対話は無理だわ。と思ったら最前列からがなり声が聞こえた。
「バカヤロウ! アイテムボックス持ちの可能性を考えろ! 捕まえるんだよ!」
ラクダに乗った盗賊が俺とミアを取り囲む。
「何か御用ですか?」
俺はリーダーらしき先ほどがなり声を上げた男に、努めてにこやかに問いかける。
「金目のものを全て出せ。足元に置いたら少し下がれ。……おい」
数人がラクダから降りる。一人は俺を殺せる位置に。一人はミアに剣を突きつけ。一人は俺がアイテムボックスから何かを取り出すのを待っている。
俺はとりあえず金貨百枚が入った麻袋をどんと足元に置く。部下の一人が袋を開け、びっくりして頭目の方を見た。
「お頭! 当たりですぜ! 全部金貨だ!」
「お前、持ってるのはそれだけか?」
「命のかかってる状況で出し惜しみはしませんよ」
頭目はしばらく押し黙ると、仲間の一人に顎をしゃくった。そいつは俺の右腕をとり、曲刀をあてがう。
「アイテムボックスがあるから殺されねぇとタカをくくってるようだが、痛みに耐えられるか?」
曲刀が振り下ろされる。だがそれは、硬質な音を立てて俺の腕に跳ね返された。俺の肉体が鋼の様な強度を持っているわけではない。その正体は無属性魔術、物理障壁。
「術師か! 珍しく物理障壁を使えるようだが、安心するのはまだ早ぇ」
その言葉に周りを見ると術師らしき数人が魔術の構えを取っている。基本的に物理障壁と魔法障壁は高等魔術に当たり、両方使いこなせる術師は少ない。俺は使えるが、頭目はそれを知らないので物理障壁を使うなら魔術は通ると俺に牙を突き立てた気でいる。
「女の方は冒険者……いや、違うな。テントが一つだけということはお前らそういう仲か」
頭目は下卑た笑みをその顔に浮かべる。ラクダを降り、ミアの方に寄ってくると、その胸に左手を伸ばそうとした。
その瞬間、頭目の左腕からベキリと嫌な音が鳴った。
「う、腕ぇ⁉ 俺の腕がぁ! 離せぇ!」
頭目は暴れるが折れた腕は俺の手の中から動かない。俺はさらに手に力を籠め、腕の肉を砕けた骨ごと毟り取る。
頭目はすぐさま仲間にヒールをかけてもらっていた。俺ならおそらく再生も不可能ではないだろうが、医療知識のないこの世界の人間ではまず不可能。皮一枚で繋がっていた左手は暴れる勢いで飛んで行った。
俺は手のひらに残った肉と骨を投げ捨てる。
「俺の女に手ぇ出してんじゃねぇよ」
バシンと大きな音を立てて雷が頭目を除く盗賊たちに落ちた。雷魔術は高威力なため人間相手に使うのはコストパフォーマンスが悪いが、確実に殺すためにそうした。
服を燃え上がらせ、その場に倒れる盗賊たち。その様子を、酷い頭痛を覚えながら俺は冷めた目で見下ろす。
「た、助けてくれぇ! アジトに行けば金も、女もある! い、命だけは!」
俺は頭目の頭を掴む。頭蓋骨が砕けない程度にギリギリと力を籠める。
「いたいいたいいいたい!」
「案内してください」
俺はつとめてにこやかにそう言った。
ミアに二三言伝し、俺は独りで盗賊のアジトへ。パワードスーツを装着して頭目を担ぎ、案内されるままに移動する。案内されたのは、街道からだいぶ外れたところにある廃村だった。
頭目を担いだまま複数人が固まっているところへ向かう。聞こえてくるのは、女のすすり泣く声と男の下卑た笑い。荒い息遣い。俺は無遠慮に扉を開け放つと、目の前の光景に辟易した。
中では男二人が、手枷足枷をされた女性を他の捕らえられた女性の前で嬲っていた。
「だ、誰だ!」
「頭目?」
言葉を発した瞬間、二人の首が落ちた。俺の左腕は横一文字に振り抜かれている。腕の先からは、光と火の混成魔術で形成されたブレード。光属性の魔力で光の刃を実体化させる魔術に、熱量を与えて焼き切るように改良したものだ。
焼き切れて断面が癒着した生首を蹴とばす。成り行きを見守るしかなかった女性たちが悲鳴を上げ、頭目が奥歯を噛み締める音が聞こえた。
この村にいる人間はここに集まっているので全員だ。俺は頭目に直接ライフスティールをかけて動きを封じると、その身を転がして未だ女性を嬲ったままの首なし死体を女性から引きはがしてまくり上げられたみすぼらしい服を下ろす。嬲られていた女性を座らせて、コップに水を注いで口を清めさせてやる。
「大丈夫ですか?」
「は、はい」
「顔も体もいい女が揃ってるだろ? 金目のものは隣の倉庫だ。もういいだろ! 逃がしてくれ!」
俺は頭目を見下ろして首を傾げる。
「何故助かると思ってるんですか?」
「え? いや、ちょっと待ってくれ! 俺たちの財産を全部やるから助けてくれるって話だったろうが‼」
「俺は一言も了承してませんよ。アジトに案内するように命令しただけです」
頭目は絶望した顔をする。
「いやだ! 死にたくない! 死にたくない!」
俺は効果が切れ始めたライフスティールをもう一度かけ直す。
「さて、皆さんは多分攫われてきたんですよね?」
俺が問いかけると女性たちはコクコクと首を縦に振る。
「この連中にはもういい様にはさせませんので安心してください」
女性たちは終始怯えっぱなしだ。無理もない。目の前で異形の大鎧が二人の首を飛ばしたのだから。
俺は最後の仕事をするべく頭目の身体を引きずって外に出る。
「たす……けて、くれぇ」
朦朧とした意識の中で助命を乞う頭目を俺は再度見下ろす。そして頭目の腰に擂り下げられていた曲刀を抜く。それを眺める素振りをして、俺は頭目に言い放つ。
「命だけは取らないようにしますよ、俺は」
頭目はほっとした顔を見せる。
「でもミアに触ろうとしたこの腕は要りませんよね」
左腕を肩から切り落とした。すぐさま傷口を塞ぐイメージだけでヒールをかける。決して切り離した腕をくっつけないように。
「うでぇ⁉」
「あのあと両手で行くつもりでしたよね。じゃあこっちの腕も要りませんね」
頭目の悲鳴が夜闇に吸い込まれていく。
「この足があるから俺たちの所まで来たんですよね。この足も要りませんね」
両の足も切り落とす。切り落とした瞬間、出血する前に傷を塞ぐという無駄に高度なことをやりながら頭目をダルマにする。
あ、馬車の荷台だけあるな。捕まった女性を運ぶのに使おう。
頭目が騒いでいるが無視する。女性たちがいる小屋へ。中に入り、手枷と足枷を魔術で外す。
「さ、逃げますよ」
終始怯えっぱなしの女性たちを促して外へ。頭目がまた俺を見て騒ぐものだから女性たちの視界に否応なしにそれが入る。
「あの、あの人は……?」
「ん? 命だけは助けてくれって言うから両手両足切り落として命だけは奪わないでおいたんです。復讐したいならご自由に。今なら貴方方でも殺せますよ。石でも投げたければ用意しますが?」
俺はアイテムボックスから土塊を取り出して握りこぶし大の石に形成する。それを見た女性たちは顔を引きつらせて首を横に強く振る。
「用が無いなら行きますよ。あそこに馬車があるんで乗ってください。俺が運びます」
「おい! 俺を置いていくな! 頼む! 助けて! 助けてくれ!」
その叫びが呼び寄せたのか、近くで「アウォーン」と狼らしき遠吠えが聞こえる。この辺りで狼系だとデザートウルフか、狼系の動物が魔物化したシャドウウルフあたりか。それを聞いて俺は、設置されていた獣除けの魔道具を無言で全て回収した。
女性たちを馬車に乗せ、俺はその荷台を曳く。
「置いてくな! 助けてくれ! 頼む! 頼む‼」
頭目の叫びを背中に、俺は「ちょっと揺れますよ」と言ってミアの元に戻った。
朝靄の中、ミアは俺がお願いした通りに野営をしているフリをしてくれていた。ちなみにラクダも死体もミアに頼んで遠くに運んでもらっている。
「失礼、冒険者ですか?」
「いんや、残念ながら元冒険者だよ。今は商人の嫁。旦那はまだテントで寝てる。何か用?」
「いや、近隣の街まで行くならこの女性たちを送り届けてほしいんです。たまたま盗賊のアジトを襲撃することになってしまって。この女性たちを保護したんですけど、俺は依頼もあってまだ荒野を駆けずり回らなきゃならないんです」
「そういうことなら、分かった。街に行くついでだしね。あたしならその荷馬車も曳けるだろうし」
「いや、普通に歩いてもらえばいいと思うんですけど……」と会話を阿吽の呼吸ででっち上げつつミアに女性たちを預ける。
「では」と俺は荒野を駆ける。平坦な土地にところどころある起伏に身を隠すと、パワードスーツを脱いでゲートでテントの中へ。幕を開けてわざとらしく欠伸をしながら外に出る。
「ぁ~あ、おはようございま……。ちょ、何ですかこの人たち?」
「あ~、なんか盗賊の被害者だって。冒険者っぽい鎧の人から送って行ってくれって頼まれたんだけど、あたしらなら連れて行けるだろうから引き受けた」
「またそうやって安請け合いしてー」
「それを言ったらシグルドの方が安請け合いしてると思うんだけど」
「ま、まぁ、その辺の話は置いておきましょうか。とりあえず朝飯にしましょう」
俺はトマトスープの鍋と買いだめしておいたトルティーヤ生地を人数分取り出す。ちなみに作り方も聞いてある。材料も買った。
困惑しているのは助け出した女性たち。供された食事を食べていいのかどうか迷っている。
「別にお金を取りはしませんから。……ああ、体で払えとも言いませんから、どうぞ」
そう言うと口々にお礼を言って遠慮がちに食事に手を付け始める女性たち。その中で一番若い、成人して無さそうな背の低い唯一人間族ではなかった犬人族の少女が俺の横にとことこ寄ってくる。
「どうかしましたか?」
俺は目線を合わせて問いかける。
「鎧の人?」
ギクッ。
「何の話ですか?」
「声が一緒」
しょうがないじゃん! 変声機とか無いんだから!
「似てるだけでは?」
「話し方も、一緒?」
「そう言われても、別人ですとしか……」
「……そう。鎧の人にお礼言えなかった。怖い人だった。とても怖い人だった」
その言葉に、助け出した女性たちは揃って視線を逸らす。ミアが「何したのさ」的な視線を送ってくるが、俺にはどうすることもできない。
ついカッとなってやったのは認める。でもミアに手を出そうとしたのと盗賊だから二重で慈悲は無い。
とりあえず朝飯をかたづけて歩き出す。ミアは物足りなさそうだが、あまり羽振りの良いところを見せると後が面倒なので我慢してもらう。ちなみに馬車の荷台はアイテムボックスに突っ込んだ。いつか何かに使えるかもしれない。勿体ない精神だ。貧乏性とも言うが。俺に断捨離は出来そうにない。
被害者が体力的に無理そうなら馬車に積んでミアと曳くつもりだったのだが足取りはしっかりしているので一安心。それよりも精神的な面が心配だ。盗賊の元で性的に搾取されていた事実もそうだが、俺が目の前で二人の首を刎ね、頭目をダルマにして野犬が来る状況に放置した場面を見たことが若干トラウマになっているらしい。ただ先ほどの犬人族の少女はずっと俺の顔を表情の乏しい顔で覗き込んでいる。それはもう穴が開くほど見ている。
「前見ないと転びますよ」
「うん」と彼女は言うが視線は俺の顔にロックオン。非常に居心地が悪い。
「シグルド、未成年は駄目だよ、未成年は」
ミアが冗談めかして言う。すると少女がすかさず答えた。
「大丈夫。この人別に好みじゃないから。それに人の男を取ろうとは思わない」
別に好かれたい訳ではないが、好みじゃないと言われると地味にグサッと来る事実を今初めて知った。
「あとうち、こんななりだけど十九。ちゃんと成人してる。……ごめん二十だったかも。正確な歳は忘れた」
その言葉に俺とミアは揃ってつんのめりそうになる。
合法ロリだと⁉ そんな馬鹿な。
「ウソでしょ⁉」
「噓じゃない。事実」
一緒に囚われていた女性たちを見るが、彼女らも「嘘だろ?」という顔をしている。
「証明できる手段はないけど、事実は事実」
いや、そこで頬を膨らませるのは悪手だろう。子供っぽさが加速する。まぁこの世界では年齢詐称なんて横行しまくってるから別に嘘でも本当でもどっちでもいいんだけどさ。
「んで? 俺の顔を見てたのは、というか今も見てるのは何ですか?」
問いかけると彼女は後ろのお仲間を見、ミアを見、俺を見てちょいちょいと手招きをした。俺はその意図をくみ取って耳を寄せる。
「あなたが鎧の人だっていうのは隠してたほうがいいよね?」
その確信した物言いに、俺の体中の毛穴から冷汗がダダ漏れになる。
「な、なんの事ですか」
「その女の人の濃い匂いがしたから。あなたからも、鎧の人からも。全く同じ匂い。その女の人が何人とも関係を持ってるなら別だけど、あなたの匂いしかしないし」
獣人族の鼻ァ!
「黙っててください。お願いします」
「約束する。約束は守る。死んだ父さんとの約束」
そう言って彼女は俺の手のひらに自分の親指を押し当てる。この世界の指切りみたいなものだ。血判で拇印を捺す行為が起源らしく、押し指と言われている行為である。
そうこうしていると街が見えてくる。昼前には着けそうだ。
街の門で当たり前のように止められる。かくかくしかじかと事情を説明して、連れてきた盗賊の被害者一同と同じ証言を得られたのでいつものように商業ギルドのギルドカードで街に入る。女性たちは保護という名目になるので街に入るための税金はかからない。身寄りがない者がほとんどなので一時この街で預かられ、商業ギルドから仕事が斡旋されるそうだ。
それを聞いて「よかったよかった」と一安心する俺の元にとことこ寄ってくる影。
「私はこの人と一緒に行く。街の世話にはならない」
「と、彼女は言ってるが、どうする? 保護、というか引き取るか? 本人がいいなら街としては一人でも面倒を見てくれるなら助かるが」と担当してくれた門衛さんが言う。
「いや、俺は旅商人ですよ⁉ 見ず知らずの人の面倒を見るなんて無理ですって!」
他の女性たちも街まで連れてきてもらった恩はあるがそこまでして俺に付いていきたいか? という疑問の声を小さく上げている。
「シグルド。あたしだけでは飽き足らず、その幼い体にあんなことやこんなことを?」
「ミア、分かってて質悪い冗談言うのは止めて下さい」
ペロッと舌を出すミアの後頭部を軽く叩く。そんな俺の袖をくいくいと引っ張る合法ロリ。手招きされたので耳を寄せる。
「引き取ってくれないとあなたが鎧の人だってばらす」
んー、ピンチ。
「わかりました。面倒を見ましょう」
「え、どしたのシグルド。まさか本気⁉ 本気なの⁉ あたしじゃ不満⁉」
追い縋ってくるミアを「ちゃんと事情は説明しますから」と引きはがして適当な安宿を探して入る。ミアが興奮して使い物にならないので食事処が併設されてないタイプの宿だ。一人部屋と二人部屋をそれぞれ一つづつ取ってから二人部屋に三人で入る。扉の鍵をしっかりと閉めて遮音結界を張ると、俺は合法ロリさんを椅子は無いのでベッドに座らせてミアと並んでもう一つのベッドに座った。
「で、説明してもらえますか?」
「そうだよ! 説明してよ! なんでこの人引き取るの!」
ミアの糾弾の矛先は俺である。まずこっちを何とかしなければか。
「この人に俺が彼女たちを助けた鎧の人物だってバレてるんですよ。俺からも鎧の人物からもミアの匂いがする上にミアからは俺の匂いしかしないって。それを盾に脅されました」
「あー……。犬人族だもんねぇ……。鼻は利くよねぇ……」
「で、なんで俺に付いてこようと?」
「うち、商人の奉公してたんだけど、商いの移動中に襲撃に合った。父さんが死んで元々身売りする代わりに村の大人に奉公に出されたから戻るところもない。一からこの街でやり直すよりあなたに付いていった方が得になると思った」
「じゃあ、脅す様な言い方をした訳は?」
「父さんの教え。弱みを握ったらつけ込めって」
碌な親父じゃないな。
「でも約束したから話すつもりはなかった。ちゃんと秘密は墓場まで持っていく」
「俺が意地でも断ってたらどうするつもりだったんですか……」
「仕方がないから他の皆と一から再出発」
「じゃあ俺は賭けに負けたわけですか」
そういうと彼女は乏しい表情の顔の横に両手でピースサインを作った。多分、彼女なりの勝ち誇った表情なのだろう。
「俺に付いてきても何もありませんよ?」
「別にこの街で別れてもいい。ただちゃんとお礼が言いたかった。街まで連れてきてくれたあなたにお礼は言ったけど、助けてくれたあなたにお礼は言えなかったから」
そう言うと彼女は立ち上がり、ぺこりと頭を下げる。
「私たちを助けてくれてありがとう。あのクズどもを殺してくれてありがとう」
ぽたりと、伏せた彼女の顔から雫が落ちた。緊張の糸が切れたのか泣き出した彼女をミアが慰めに入る。泣き終えた彼女は、またさっきと変わらない表情に乏しい顔で俺を見る。
「仕事があるなら雇ってほしい。なんでもする。この幼く見える身体を好きにしたいならそれでもいい。そういうこともあいつらの所でずっとさせられてたし、我慢できる。こんな身体でも好きな人は好きみたいだし」
「仕事と言われても……。あと肉体的奉仕は要りません」
「その前にあたしがユルサナイ」
「知ってる。言ってみただけ。でもあなたの所で雇われたいのは本当。真っ当に働くよりいい暮らしができるってうちの勘が囁いてる」
「そういうことは思っても言わないでください。積極的になれないから。一言多いって言われません?」
「奉公先でも、盗賊の所でも言われた。黙っていれば、って。やられてる最中なんかは特に。乱暴なだけで下手な奴ばっかりだったから。そのくせ中で出したがるし」
「そういうところですよ、そういうところ! 要らない情報はわざわざ開示しなくていいんですっ」
「シグルド、ちょっといい?」といきなりミアが会話をぶった切る。そして合法ロリさんの方へ座り直すと、俺に聞こえないように小声で何かを囁いた。
「あ、確かに生理来てない」
「だから言うなと言うに」
俺はもう呆れるしかなかった。盗賊も扱いに困ったのではなかろうか。
でも下種な欲望のためだけに置いてたんだろうなぁ。なんとなく想像できる。
俺は一応断って魔力の流れを確認。まだわずかだが、お腹の中に別の流れが出来上がりつつある。
「とりあえず事情はわかりました。妊娠しちゃってますね。どうします? 一応あなたの子ですし、産みますか?」
「産むしか選択肢はない。堕胎薬を買うお金も無いし。生まれたら孤児院にでも捨ててくる。望まない子供なんて愛せる自信がない」
うーん、ドライ。
俺は無言でアイテムボックスから堕胎薬を取り出して彼女に渡す。
「いいの?」
「中絶ってあんまり気持ちのいいものじゃないですけど、望まない子供が生まれて罪のない子供自身が困るのはあまりにもあんまりなので」
「じゃあ遠慮なく」と彼女は渡した堕胎薬の瓶を煽る。
「ミア」
「何?」
「ミアは出来る前に飲んでるからそもそもじゃないですか」
「そうだね」
「出来ちゃった後に飲むとどうなるんですか?」
「今の段階だと多分生理の多い日みたいになるだけかな。中にできたものが混ざってるだろうけど。分かるようになってから飲むと流産になるらしいよ」
「改めて聞くとヤバい薬なんじゃ……」
「飲んでて問題は無いし、飲んでたイリスもちゃんと授かったでしょ。心配ないって」
堕胎薬は意外と量が多いので彼女がくぴくぴと飲むのを見守りながらそんな会話をミアとする。
だが強力な薬に変わりはない。それに副作用のない薬など存在しないのだ。その辺の事を聞いてみると、ミアは「逆だよ逆」と言った。
「堕胎作用がシグルドの言う……副作用? なの。元は体を温める薬だったらしいよ」
「へーぇ」
俺が納得した気になったところで合法ロリさんは堕胎薬を飲み切ったようだ。瓶が返却されたのでとりあえずアイテムボックスに突っ込む。
にしても、どうしてくれようかこの合法ロリ。正直言って旅の邪魔。かといってこのまま放りだすのも気が引ける。甘いと言うなら言うがいい。これが俺だ。
「あなた、何でもするって言いましたけど、何ができるんですか?」
「んー。獣人らしく荷運び?」
「アイテムボックスあるんで……」
「夜の相手?」
「間に合ってます」
「子供のフリ」
「どこで活用しろと?」
「じゃあ料理。ただし家の場合は踏み台必須」
「いや、料理は俺がするんで……」
使いどころねぇなと思っていたらミアからお声がかかる。
「家に連れてったら?」
「ロアにですか? なんでまた」
「いや、料理ができるならイリスの助けになるかと思って。メイドとして雇えばいいんじゃない? 部屋はあたしの部屋がもうほぼ使ってないし、住み込みで」
「一般人がうちの生活に適応できますか?」
「うちの生活水準を一般から逸脱させた本人が何言ってんのさ。ほっぽり出すのもなんだかなぁって感じなんでしょ? いい手だと思うけど」
俺はしばし考える。彼女は掴みどころの無い人物だが、交わした約束は守ろうとする義理堅さがあるのは見て取れた。俺が彼女らを助けたことも、言おうと思えばいつでも言えたはずなのだから。だからこそ慎重に考える。彼女を俺の生活に巻き込むことを。
なので俺は、夜を待ってイリスさんに直接聞きに行った。
優柔不断と笑いたくば笑え。俺は慎重なんだ。
「料理の出来るお手伝いさんが確保できそうなんですけど要り」ますか? と聞く前にかぶせ気味にイリスさんに「下さい」と言われてしまったので合法ロリさんを大陸の反対側、ロアの自宅へご案内することに。
と、その前に儀式はしとかないと。
俺は部屋に呼び直した彼女に向き直る。
「先ほど言った通り、俺の下じゃありませんけど仕事と食事を与えます。お給金も出します。向こうでイリスさん、妊婦さんの手伝いをする他は自由にしてもらって構いません。街に出ても構いません。ただ俺たちの生活やしていることについて決して口外しないでください。それが守られるなら、俺はあなたを家族として迎え入れます。家族として、力の限り守ります」
俺は彼女の手を取り、押し指をする。
「約束は違えない。あなたの家族として、うちはその約束を守る」
俺の手に、小さな手で押し指がされる。
「そういえば名乗ってなかった。うちはリーゼ。リーゼロッテ」
そう言って合法ロリさん、もといリーゼは不器用な笑みを見せる。
「俺はシグルドです。不本意ながら、フェイスレスという家名を持っています」
「……お貴族様?」
「そんな大層なもんじゃありませんよ。じゃあ行きましょうか」
俺はゲートを開く。ちなみにリーゼは転移魔術と伝えた上で何の抵抗も無くゲートを通ったので、俺の中で密かに馬鹿のグループにカテゴライズされた。




