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24 宝飾商シグルド

 ロアでの早朝にメレシアへ向かい、そこの宿で一泊した。そして朝、俺とミアは商人のフリをしてメレシアの首都、パルパの冒険者ギルドにいた。

「乗合馬車の案内は……」

 俺は案内板から目的のものを探す。二人旅でもいいのだが、情勢が情勢だけに最も怪しまれない乗合馬車を乗り継いで移動することにしたのだ。

「あれじゃない?」

 ミアの指さす方向を見ると案内があった。メレシアとベルベストの間にある国、ベルベスト寄りではあるが中立なダッタル方面に向かう馬車は一ヶ月に一度程度のペースで出ているらしい。終着点の国境付近の街ロルドの間にある村々に寄りながらロルド、パルパ間を移動しているようだ。一番近い出発日は十日後。ギルドに乗合馬車の予約を入れて出発までは旅の食材の買出しと商人としての商品の制作に着手する。作るのは装飾品だ。ミアと相談しながら、首飾りや耳飾り、ブローチなどを作っていく。材料はベースにする真鍮や亜鉛メッキを施した銅と飾り石にガラス化させた石英。模造品ということで露店でも安いものでは銅貨数枚で売っているようなものだ。あっちの材料は石英ガラスではなく水晶を磨いたものだが。ちなみに金属類はダンジョンから山のように採取しているし、石英はいつも素材にしている土塊の中から抽出したものを使っているため原材料費は実質タダ。魔道具にすることもできるが、そうすると販売に許可が必要になるのでただのアクセサリーとして売る。

「こんなもんか」と出発日直前まで商品を作り続けてその翌日。俺とミアは冒険者ギルド前に停まっている幌馬車に近づいた。

「ロルド行きの乗合馬車ですか?」

「ん? そうだが、あんたら客かい? 予約は何人か聞いてるが、名前は?」

「俺はシグルド。こっちはミアです」

「あー、はいはい。夫婦の旅商人さんね。……荷物はアイテムボックスか?」

「ええ」

 料金として一人銀貨六枚を要求されたので金貨一枚と銀貨二枚を支払って馬車に乗る。大きい馬車だが荷物が乗っているので乗れて四、五人だろう。

馬車には既に先客が一人。村娘風の女性だ。彼女の向かいにミアと並んで座る。

「お、なんか金持ってそうなのが来た」と馬車の外から声が聞こえる。声の方を見れば、冒険者らしき少年がこちらを覗き込んでいた。頭から生えたうさ耳は兎人族の証だ。その頭が、後ろからスパコンと叩かれる。

「いってぇ!」

「ベック! 客を値踏みするんじゃない!」

 その声とともにうさ耳が「ぐえっ」と声を上げて引っ込み、代わりに森人族の男が顔を覗かせた。

「うちのものがすまない。気を悪くしないでくれ」

「いいえ、気にしてませんよ。……えっと、あなたは?」

「ああ、すまない。私はこの乗合馬車の護衛依頼を受けた冒険者、梟の目のリーダーをしているオーグだ。ちなみにさっき失礼した兎人族はベック。うちで一番若い冒険者だが、腕は確かだよ、腕は」

「よろしくなー」と速攻で戻って来たうさ耳がひょこひょこしている。

 紹介を受けたがオーグさんは剣士。ベック君は弓使い。その他に土人族で大槌使いのゴードンさんに人間族で魔術師のロランドさんの四人パーティらしい。ちなみにランクはオーグさん、ゴードンさん、ロランドさんが銀。ベック君が銅らしい。

「なーなー、あんたらその身なりだと商人だろ? 何売ってんだ?」

 若いだけあっていろいろなことに興味津々らしいベック君が俺に聞いてくる。

「宝飾品ですよ。模造品ですけどね」

 ほら、とアイテムボックスから商品の一つであるミアの付けているものと同じタイプのイヤーカフを取り出して見せてやる。

「おー、綺麗だな。それいくらだ?」

「これは左右セットで銅貨六枚ですね」

「それは高いのか? 安いのか?」

「どうなんでしょう? こっちのミアが着けてるような本物の宝石を使ったものは金貨ですよ。これは左右セットで金貨四枚しました」

「おー? ということは……えっと………………。オーグ兄、金貨四枚って銅貨六枚の何倍?」

 その言葉に俺はずっこける。この世界の識字率や算術の知識は学校という組織が無いにしては高い方だが、たまにこういう人がいる。

「三十三倍とちょっとだ」

「えっと、つまり?」

「このお姉さんが着けてる耳飾り一個で、お兄さんが見せてくれた耳飾りを三十三個買えるってことだよ。お前、依頼が終わったら算術の練習な」

「げっ」

 後ずさるベック君に俺は苦笑いを向ける。みせていた商品を仕舞おうとして、正面の女性が視線を注いでいることに気が付いた。

「他の商品もお出ししましょうか?」

「え、いいんですか?」

「これでも旅商人ですから。売れるときは売りますよ」

 遠慮がちな女性が「じゃぁ、お願いします」と言ってきたのでミアに商品棚代わりの布を敷いたお盆を持たせて手ごろなところを出していく。さっきのイヤーカフと首飾り、ブローチ、腕輪、金色と銀色のものを各種。

「おいくらですか?」

「イヤーカフはさっきも言いました通り左右セットで銅貨六枚です。ブローチは銀貨一枚。腕輪は石が無いものが銅貨二枚。石付きのものが銀貨一枚。首飾りは見ての通り鎖が細く細工代がかさむので銀貨二枚と少々値が張りますね」

「それでもお安いですね……」

「所詮は模造品ですので」

 うーんと悩む女性。しばらく悩んだ後、銀色のイヤーカフを所望された。

 銅貨六枚を受け取り商品を渡す。彼女は買ったイヤーカフをハンカチで包むと、大事そうにポシェットに仕舞い込んだ。

 ミアからお盆を受け取って商品ごとアイテムボックスに突っ込む。

「ちなみに一番高い商品ってどんなのですか?」

 そう女性に聞かれたので俺はアイテムボックスを探る。取り出したのは細かな石英ガラスで細やかな雪の結晶をあしらったブローチと、細かな細工がされたリングに魔術で石の中に傷をつけて立体的な幾何学模様を描き込んだ首飾り。その二つを見た女性は息をのむ。ついでに隣のミアも息をのむ。

「いや、ミアは前に見てるでしょうが」

 商品どころか作ってるところを。

「いや、いつ見ても細工がすごいなって」

「ええ、ホントに。奥様の言う通りです。これ、おいくらなんですか?」

「見ての通り細工の質が高いので金貨一枚ですね」

 本当はクリエイトでちゃちゃっと作ったが、これくらい凝ったものなら金貨一枚とってもいいはず。

「そんなに安いんですか⁉」

「安いですか?」

「だって私たちが少し頑張れば買える値段じゃないですか!」

 確かにミアのイヤーカフが金と職人の手でカットされたアカーテを使っているとはいえ簡素な作りで金貨四枚だったからな。やりすぎたかもと思うレベルの細工物で金貨一枚は確かに安いか。

 いろいろと会話をしていると残りの客が乗ってくる。始めに乗って来たのは右腕の肘から先を無くした青年。包帯を巻いているのと時折右手でものを探ろうとする仕草から見るに最近失くしたと思われる。最後は飛び込みの客らしい。脇に抱えた本と後ろでまとめたぼさぼさの髪を見るとなんとなく学者っぽい。性別はおそらく女性。胸が極端に薄いので線が細い男性のようにも見えるが。集金していた御者さんと話している声も女性にしてはハスキー。しかも話し方は男喋りだ。一人称は私だが。

「じゃあ出発するよ」

 御者さんがそう言って馬車が動き出す。振動と騒音がすごい。あとミアがビクついている。

「大丈夫ですか?」

「うー。やっぱり馬車って苦手」

「我慢してください。俺に何かできますか?」

「手握ってて?」

 そう言って手を差し出されたのでその手を握り、肩を抱き寄せた。ちょっと落ち着いたようである。ミアの頭が俺の肩の上に乗る。そのまましばらく馬車に揺られ、時刻は昼時。この世界では昼に食べない人が多いので当然と言えば当然なのだが馬車が止まることは無い。冒険者の皆さんは干し肉を齧っているようだが、馬車の中の客が食事をする気配はない。俺は別に何とでもなるとして、我慢できない燃費が悪いのが一人。

「うぅ……」とミアが腹を抑えながらこっちを見てくる。盛大に腹もなった。その豪快な音に、斜め向かいに座った片手を失った青年が堪え切れずに笑いを漏らす。

「こら、ご婦人の腹の音を笑うんじゃない」

 そう言ったのはずっと本を読んでいた学者風の女性。持病があるのか時たま丸薬の様なものを口にするが、ずっと手元の本からその視線を上げることは無い。

「いや、全く。失礼しました。とても元気のいい音だったので、思わず」

「いいよ。別に。あたしが燃費悪いのはいつもの事だから。ねーシグルド。なんかぱっと食べられてお中に溜まるやつ無い?」

「また難しい注文しますね」

ぱっと食べられるとなるとバーガー系か。生憎と作り置きはしてないんだよな。焼いたパティはあるから作れるが。

俺はお盆を取り出してその上に黒パンを置く。黒パンを半分に切り、葉野菜を乗せる。その上に焼いたパティを乗せ、薄切りしたチーズをのせてケチャップをかける。切った黒パンの上を乗せてバーガーの完成。

「これでいいですか?」

「おかわりはテリヤキでお願い」

 おかわり食う気かよ。後テリヤキはタレ作るのに調理必須だから無理。

「それで我慢しといてくださいよ」

「んーまぁ、我慢できない訳じゃないけどさぁ……」

 その目に負けて俺はアイテムボックスに手を突っ込む。取り出したるはロコモコクレープ。外でも食べられるようにケチャップとマヨネーズもクレープ生地の内側に入れて包んであるのでそのまま手づかみでも食べられる。行儀は悪いが。

「それは! ロコモコクレープ‼」

 鼻をヒクつかせたミアの目がキュピンと煌めく。

 ミアはマヨネーズ好きだからね。

「他に出せるものが無いんで特別ですからね?」

「わかったわかった。で、何個食べていい?」

「一個に決まってるでしょうが」

 一個がそこそこ大きいんだから。俺なら一個で腹いっぱいになる。

 そう言って大皿からクレープを一個取ってミアに手渡す。クレープ生地はおかず系ということで厚めにしているので手で持っても案外しっかりしていた。

「ウマー」とクレープを頬張るミアに突き刺さる視線。だが当のミアは気にした様子はない。

「奥さん、商人っていうよりかは冒険者みたいな反応するな」

 学者風の女が読んでいた本をパタンと閉じてこちらを向く。

「それに旦那のアイテムボックス。みずみずしい葉野菜や調理済みの食料品が入ってるところを見ると普通のタイプじゃない。アンタら何もんだ?」

「しがない旅商人ですよ。それに妻は冒険者みたいというか、冒険者です。ミア、ギルド証見せてあげてください」

「あ、見せていいんだ」

 別にミアが冒険者と見られるのは問題ない。こういう時は下手に隠さずバラした方が楽だ。

「金ランク⁉」とミアのギルド証を見て驚愕の声を上げたのは向かいに座る腕を失った青年だった。

「そんなに驚く?」と食べ物を腹の中に収めたミアは訝しげな眼を向けるが、実のところ金ランク以上の冒険者というのは思ったほど多くない。身近な人たちのせいで感覚がバグっているが、金ランクは冒険者の中でもエリート。ミスリルやオリハルコンは人外という認識が一般的なのである。

「若くして金ランクまで上り詰めた冒険者の旦那か。なるほど、あんたもそれなりってわけだ」

 学者風の女が勝手に納得してくれる。

「でも奥さんに金ランク程の実力があって旦那さんがアイテムボックス持ちならわざわざ乗合馬車なんかに乗らなくても良かったのでは?」

「今回の旅はちょっとした旅行も兼ねてるので。妻にもたまにはのんびりしてほしいじゃないですか。なので妻が冒険者ってことは内緒でお願いします。変に戦力に数えられても困りますし」

 俺がそう言うと問うてきた青年は「分かりました」と頷いてくれた。話を聞くと腕を失った青年と、なんと学者風の女性も冒険者登録をしていると言う。いや、青年に関しては冒険者だったと言う方が正しい。銀ランクになってしばらくだそうだが、狩りの途中でウルフベアという狼のような生態をもった熊の獣に腕を食いちぎられ、冒険者家業は無理だと判断して田舎に帰るところだそうだ。ミアから言わせれば片手を失ったくらいで戦えなくなるのは修練が足りないそうだが、その辺は青年自身も理解していることらしいのでミアを黙らせて謝った。

「いえいえ、奥さんの言う通りですから。隻腕どころか両手片足を失っても冒険者続けてる人がいるくらいですからね」

 何だそのバケモノはと思ったがその人は魔術師らしい。確かに戦闘では問題ないだろうけど日常生活どうしてるんだろう。

「あ、そうだ。旦那は商人だろ? 何売ってんだ?」

「宝飾品です」

 俺がそう言うと学者風の女性は「なんだ」と読み終えた本をアイテムボックスに片づけて別の本を取り出す。本を複数所有しているところを見ると案外金を持っているようである。

「食品関係だったら晩飯売ってもらおうと思ったのに」

「あはは。旅の食事は日持ち優先で質素になりがちですからね。旦那さんがアイテムボックスから出した料理を見れば売って欲しいと言うのも同意です」

「申し訳ありません。残念ながら食料品は売り物ではないので」とは言いつつスープ類は寸胴に十、作り置きの料理に関しては一ヶ月分くらいはゆうにある。もちろん自宅と秘密基地のストック分は別にだ。どういう訳か二ヶ月分くらいの料理がアイテムボックスに入っていないと不安になるためである。もちろん食材の量で言えばもっとある。

 その後はぽつぽつと思い出したように世間話をしながらゆっくりとした旅路を進んで行くと、だんだんと日が陰って来た。今日はこの辺で野営をするということなので火起こしをしている冒険者をなんとはなしに眺めながら俺は晩飯の準備をする。といってもシチューの鍋をアイテムボックスから取り出して器によそい、ミアに黒パンと一緒に渡すだけだ。俺も同じものを用意して食事にありつく。食事の風景を見ていると、俺たちの方に視線が集まるのは当然として、冒険者の四人は定番の干し肉と何やら硬そうなブロック状のものを齧っていた。

「ミア、あのすんごく硬そうなやつって何ですか?」

「どれ?」

「あの冒険者の皆さんが齧ってる奴」

「あぁ、保存食……。あんまりお金ないんだね、あのパーティー」

「というと?」

「あれ、初心者冒険者用の保存食なんだよ。ウィートルの粉を練って押し固めて焼いただけの。初心者用だから値段も安いの。黒パンなんかよりもね。でも携行性と保存性だけを重視したから正直お金に困ってないなら食べないほうがいいよ。あのちっちゃな塊でもお腹は膨れるんだけど正直味がねー。値段を安くするために塩すら入ってないし。ああ、でも森人族はたまに好きな人がいるね。自然の味がするって」

「ふーん」と興味を失った俺が食事に戻ると、こちらに寄ってくる気配がした。

 この反応は御者さんか。

「あんたら、旅の飯にしてはいいもん食ってるな」

「ええ。ちょっと特殊なアイテムボックス持ちなんで」

「なぁ、運び賃ちょっとまけるから俺にも食わせてくれないか?」

「それは今日だけですか? ロルドまでですか?」

「ロルドまでで」

 となるとロルドまではだいたい十五日。店で出てくるスープが鉄貨二枚といったところだから晩飯だけ出すと考えて銅貨三枚。

「十五日分の夕飯と考えて銅貨六枚でどうですか? 延びたり短くなったりしてもそれは言いっこなしで」

「交渉成立だな」と言って御者さんが銅貨六枚を俺に寄こす。予想の倍額を吹っ掛けてみたのだがそのまま通ってしまった。とりあえず予備の器と匙を取り出してスープを御者さんに提供する。

「ありがてぇ。秋も近くて涼しくなってきたから暖かいものが食えるか食えないかって言うのはやっぱり違うからな」

 そう言って御者さんは俺とミアの近くに腰を落ち着けてシチューを飲み始める。だがそれで黙っていないのが学者風の女性だった。つかつかと寄ってくると座っている俺の正面にしゃがみ込む。

「食いモンは商品じゃなかったんじゃないのかよ」

「御者さんの交渉の結果です。馬車代まけてくれるって言うんで」

「じゃぁ同額払うから食わせろ」

 御者さんと金銭のやり取りをした手前嫌とは言えないので銅貨六枚を貰ってシチューを渡す。それを見た冒険者たちが群がって来た。それを見たミアが「こうなると思った」と呟いたのは言うまでも無い。

 ちなみに銅貨六枚払ったのは御者さん、学者風の女性、冒険者四人。村娘風の女性と隻腕の青年は途中の村で降りるそうなので一回ごとに鉄貨四枚支払ってもらうことにした。

 食事の席ということもあって話が弾んだが、その中で冒険者が齧っていた保存食の話になった。あれはミアが言うようなものではなく、水飴を固めて粉状にしたものが多量に含まれているため甘いらしい。その分値段も普通の保存食より高い。水飴が普及しているこの辺りでは冒険者の旅のお供と言えばこれが一般的だそうだ。ただ味を良くした結果黒パンの方が安いため一般向けに売られているものの冒険者以外で買う人はあまりいないらしい。

 温かい晩御飯にありつけたお礼にと乾パンに似た一粒を貰ったが、これはこれで美味しい。いうなれば恐ろしく硬い黄色い箱のバランス栄養食。食べ方は噛むのではなく唾液でふやかしながら削るのだそうだ。

 これ、もうちょっとさっくりした食感になるように調整して大豆とか入れたらおいしそう。というかそういう商品あったな。それよりも水飴の粉か。今度飴屋にでも聞いてみよう。

 夜も更け、寝る時間。見張りの事を無意識に考えていたが、それは冒険者の仕事なので俺とミアは二人で並んで幌馬車の荷台に座り、毛布では熱いので薄手のマントに包まる。サーチで確認したところ魔物や盗賊の気配も無い。今日はとりあえず安心して眠れそうであった。

 そんな感じで旅を続けて三日目の朝。一行は小さな村に到着した。馬車に乗った時にイヤーカフを買った女性はこの村で降りるらしい。御者さんは村長さんらしき人に木箱を渡しているし、冒険者の皆さんは村付き冒険者と思わしき人と話をしている。村には数時間留まるらしく、その間商売をしていいと御者さんから聞いているので怪しまれないためにも俺も即席の露店の準備をする。地面に布を敷き、その上に宝飾品を並べていく。店の準備をしていると、すぐに客が寄って来た。主に女性と、誰かに贈り物をしたそうな様子の若い男性。

「いかかですか」と用意していた値札代わりの木板を並べ終えて俺はにこやかな笑みを浮かべる。

「随分安いわねぇ。あたしらでも買える値段だけど、何の石だい?」

「ガラスですよ」

「それにしたって安すぎやしないかい?」

「知り合いが趣味で細工をやってまして。多少貸しがありましてね。安値で買わせてくれるんですよ」と適当な言い訳を述べておく。

 窓ガラスのような板ガラスは高級品だが、オランダの涙のような溶かして固めただけのものは宝飾品としてある程度普通に売られているので安くても問題ないと思ったのだが。イヤーカフを買った女性も安いと言っていたことを考えるとやはり値段設定を間違えただろうか。

 見物客は多いが買い手はなかなかいない。買える値段ではあるのだが、見せる相手がいないみたいだ。それでは馬車でイヤーカフを買った女性はどうなのかというと、馬車を降りる際にいそいそとイヤーカフをつけて今は朴訥そうな男性の側にいる。告白待ちといった様子だった。

 そんな中安い首飾りが一つ売れる。買ったのは俺と同年代か少し若い男性。周りで囃し立てる仲間の男どもの会話を聞くに村長の娘にプロポーズするらしい。

 模造品だとちゃんと説明したが、プロポーズの贈り物がそれでいいのか?

 時間が来たので店は撤収。馬車に乗り込んで旅路に戻る。

「売れたのか?」

「ええ。首飾りが一つ売れました」

「村で宝飾品を買うやつがいるとは珍しい」

「買ったのは男性でした。なんかプロポーズするみたいですよ」

 俺がそう言うと学者風の女性は本から視線を上げずに「ほう?」と口元に笑みを浮かべた。

「旦那の商品。見させてもらったけど、あの作り込みならガラスだろうが関係ないだろうね。贈られた方は多少なりともときめくだろうよ」

「見た目に興味なさそうなあなたでもときめきますか?」と隻腕の青年が学者風の女性に冗談めかして問う。

「ん? んー。少なくとも悪い気はしないね。でも私は大量の金貨の方がときめくな。私の仕事には金がかかるから」

「あれ、あなた冒険者登録してるって言ってませんでしたっけ? そんなに言うほどかかります?」

 青年の言葉に俺も同じ疑問を持つ。どんな仕事にも初期投資や維持費用というものが掛かるが、冒険者は身一つの仕事。特にこの女性は武器を持っているようにも見えず、体格からも魔術師系だと推測できる。例外的にリューグの様な毒などの薬品を使う場合は費用が掛かるが、それでも大量の金が必要というものではない。

 青年の問いに、女性はちらりと本から視線を上げると少し言いにくそうに頭をがりがりと掻いた。それに伴いぱらぱらとふけがおちる。こちらの方はライクロイックとは異なり温泉が湧いているので入浴の文化があるが、頭を洗うと言うのはこの世界ではそもそも一般的ではないのである。ちなみにライクロイックにも山はあるので調べたところすべて冷泉だった。なので入浴分化が発展しなかったと思われる。

 そういや設備がアレだから結局温泉入ってないな。

彼女は体質かもしれないが、それにしたって手入れをさぼっているようだ。顔が美形なだけに勿体ない。どちらかというと女にモテそうだが。

「確かに冒険者はやってるが資金集めの副業だ。本職は別。あんまり詮索はしないでくれ」

「すいません。初対面でずけずけと聞く話じゃなかったですね。申し訳ない」

「いや、気にしてないからいいよ。口滑らせたのは私だし」

 馬車の中の空気が悪くなる。生憎と対人関係を円滑にするスキルは持ち合わせていないのでどうしたものかと俺は思案する。

 何か、何か話を逸らせる話題は……!

 俺が顔に笑顔を張り付けていると、隣で盛大に腹の音が鳴った。

「シグルドー。お昼ー」

 その甘えるような声に、自ずと笑いが漏れる。

 ミア。お前は流石だよ。


 パルパの街を出発してから数えて十四日目。途中で四つの村を回ってきたが、俺の作った宝飾品は合計で三つ売れた。そして今、俺とミアは国境の町ロルドに居た。国境の街と言っても街道の検問所まで歩きで半日はかかるし、友好国なので国境線の警備も緩く街道を通らなければ密入国も可能である。かといって密入国できるルートを選べば魔物の繁殖地である森を抜けることになるので並みの腕では食い殺されるのがオチであり、この辺は本当によくできていると勝手に思う次第である。ちなみに街には俺もミアも商業ギルドのギルドカード見せて入った。確認のため売り物を確認させられたが、宝飾品を見た女性衛士が熱心に俺たちの滞在期間を確認し、露店が出せる場所を教えてくれたので、その熱意に負けて一週間程度滞在しなくてはならなくなったのはちょっとした誤算だった。誤算と言えばもう一つ。乗り合わせた学者風の女に若干ストーキングされている。

「まさか宿まで同じところを取るとは……」

「シグルド、何かした?」

「まさか。ミア以外にちょっかいかけたりしませんよ」

「だよねぇ?」

 食事の質だけは良さそうな安宿の二人部屋で俺はぐったりと身体をベッドに横たえる。同じベッドにミアが腰かけ頭を撫でてくれるのが疲弊した精神に有難い。

 妙な視線を感じ始めたのは馬車の旅の一日目の晩飯の後から。その視線が強くなったのは三日目を過ぎた頃からだった。宿までついてきたことに言及すると「……知った顔がいた方が安心だろ」とはぐらかされた。

 何はともあれ馬車旅だったから風呂に入りたい。だが報告も兼ねていったん自宅へ。出発前には既にお腹が膨らみ始めていたイリスさんも気になる。

 自宅に帰ると気配が一階に二つ、二階に一つ。二階の反応はリューグの部屋からだ。一階の反応は和室から。

「いったん戻りましたー」

「帰ったー」

 俺たちが声をかけると、リューグの部屋のドアが音も無く開き部屋の主が顔を覗かせる。

「おかえり」とそれだけ言ってリューグは引っ込んだ。

 下階に行く前にラッシュさんが上がってくる。

「おかえり。今どのへんだ?」

「メレシアとダッタルの国境線前の街です。ラッシュさんとイリスさんは和室でのんびりですか?」

「ああ、そのことなんだが、いや、見てもらった方が早いか」

 そういうラッシュさんについて和室へ。中に入ると、障子と炬燵が撤去されていて靴を脱ぐところにイリスさんが座っており、奥にはマットレスが畳に直置きされていた。

「階段ですっころんだりでもしたら大変だろ? シグルドには悪いが勝手に使わせてもらってる。ショウジとコタツは隣の倉庫に入れてあるから大丈夫だ」

 これは俺の配慮が足りなかったな。

「いいですよ。気にしないでください。イリスさん、何か他に不都合はありませんか?」

「特にないですよ。強いて言うなら舌が変になってるのか料理の味が定まらないことですかね。ほら、うちの男どもはシグルド以外料理できませんから。こんな状態でも私が作らないと」

「あれ、作り置きありませんでしたっけ?」

「緊急用に置いてます。それに多少は動いた方がいいですし」

 そういうもんなのか? いや、本人がそう言ってるからそうなんだろう。

 跳び兎亭のリリーさんを筆頭とする近所のお母さんたちに協力してもらいつつ、順調にお腹の子は育っているらしい。俺も魔力の流れを見させてもらったが、前よりもはっきりと個体として認識できるようになり始めている。そろそろ胎動を感じる頃だと言う人もいるらしいがイリスさんは特に何も感じないそうなので、俺が魔術的に観測できた生命の波動があることを伝えると少しホッとしていた。

 気になっていたことも確認できたので別れを告げて秘密基地へ。旅の汚れを落とすべく風呂場に直行する。流石に十日を越えた体で湯船に即浸かると湯が汚れるのでミアとしっかり体を洗い合って湯船に浸かる。

 そう言えば今更だけど、ミアと風呂に入るのが常習化してるな。一度正すべきか?

 腕の中のミアの顔を肩越しに見る。

「ん? 何?」

「いや、今更ですけど、なんで一緒に入ってるんでしょう?」

「ホントに今更だね。どしたの急に」

「何というか、良くないと思うんですよ」

 風呂っていうのはもっとゆったりしているものだ。いや、今でもゆったりしているが、裸でいちゃつく場所ではない。そんなのはベッドの上でできるのだから。

「まーまー、固いこと言わない固いこと言わない」

 そういうミアに胸を揉まされる。

 ミアの奴、とりあえず胸揉ませるか胸に抱いとけば俺が難しいこと考えなくなると思ってるのではなかろうな? いや、実際いろんなことがどうでもよくなるけど。

 たぷたぷと手に持たされたものをとりあえず弄ぶ。

 ……まぁ、いっか。嫌ではないし。

「落ち着くのは、事実ですね」

「ありゃ、落ち着くんだ。あたしとしてはもっとこう、欲望に身を任せてくれてもいいんだけど」

「風呂ではしませんて」

 ここでしたら風呂場もそういう場所になってしまう。

別にいいっちゃいいんだけど、どこかで線引きはしとかないと歯止めが利かなくなりそうだから自制。

「ベッドの上ならしてくれる?」

 ニヤニヤとした笑みを見せるミア。俺は自己主張している先端を抓ることで答えに代えると、ミアの手を引いてベッドに向かった。

 翌日、ゲートで宿に帰ってきて一階の食事処に向かおうとすると、隣の部屋を取っている学者風の女が目の下にクマを作って扉から現れた。

「おはようございます」

「おう、おはよう。昨日訪ねたんだが不在だったよな? どこに行ってたんだ?」

 訪ねてきた? しかし不在だったことは確信しているものの本当にそうだったかどうか自信がないような言い様。もしかしてずっと聞き耳立ててたのか? タイミングよく出てきたのも俺たちが帰ってきて物音をさせたから?

 俺のなけなしの頭が回転する。

「ずっと部屋にいましたよ。遮音結界張ってましたけど」

「なんでまた」

「こちとら夫婦なんですよ。夜にもなれば人に聞かれたくないし邪魔されたくない事情くらいあります」

「……ああ」

 納得してくれたようである。実際にしていたのだからあながち嘘でもない。

「そうか。それは……仕方ないわな。なあ、どっかで時間取れないか?」

「話くらいなら飯でも食いながら聞きますけど」

「いや、あまり人の耳には入れない方がいい話だ」

俺は頭に疑問符を浮かべるが、とりあえず夕食後にと約束を取り付けさせられる。すると学者風の女は大きな欠伸をして部屋に引っ込んだ。どうやら今から寝るらしい。

「なんなんだろうね?」

「さぁ……?」

 何はともあれ朝飯を食わない事には始まらない。食堂に降り、朝食を頼む。頼んだのはしぐれ煮と味噌汁、玄米。ミアはどこに売ってるのか聞きたくなるような特大の丼ぶりに盛られたカツ丼を掻き込んでいる。どれも味のバランスが絶妙だ。出汁の配合を教えてほしいものである。

 やっぱり狙うはシイタケかなぁ。でも高いんだよなぁ。あとマツタケは安いんだよなぁ。

 ちなみにこの世界のキノコは安心して食べられる。魔術で毒の検知は可能であるからだ。だが毎年一定数のトメーキア人が食べ物の毒で命を落とすと言う。というかトメーキア人は毒があろうが何だろうが食への探求心が少々オカシイ。美味いけど毒があって食えない? じゃあ毒抜きの方法を考えましょうという発想になるのだ。流石は日本と似たような文化を持つ国である。今俺がいるメレシアも同様。他国では忌避されている魚や肉の生食が普通にされている。だからミアのカツ丼も卵は半熟。サルモネラ菌などが気になるが、店の人曰く「冷蔵保存してるし、生で食うなら産んでから十日以内に消費するように法で決まってるから問題ない」とのこと。ちなみにそういう食文化なので畜産業が発達し、またもったいない精神もあるのか卵を産まなくなった鶏やミルクを出さなくなった牛などもしっかり食べる。なお仏教は無いので殺生を禁じる背景は無く商品を生み出さないオスはある程度成長させたのち殺され、食肉として並ぶ。ただしある程度高級品。高級店では牛のユッケや若鶏の刺身が食えるらしい。

 ユッケや鳥刺しは食いたいが、現代地球でもあたるからなぁ。流石に手が出ない。

 朝食を食べ終えて商業ギルドへ。この街での露店販売許可証を貰う。別になくても売っていいのだが、あった方が信頼を得られやすい。

 商業ギルドを後にして旅商人や露天商に解放されているいくつかの広場の一つに向かう。

「おー、既にけっこう店が立ってる」

 空いているのはあんまり目立たなさそうなところしかない。別にそれで不都合はないので隣で店を出している絵描きのおじいさんに断って隣で店を構える。店は例によってクリエイトで土塊から作り出す。日よけになる天幕をかぶせて完成。テーブルに厚手の布を敷いて商品を並べていく。

「あたしは? なにしてたらいい?」

「特に何も……。他の露店でも見て回りますか? 俺は店があるので動けませんけど」

「じゃあ一緒に居る。シグルド居ないと回っても意味ないし」

 ミアの自主性がどんどん失われている気がする。

「俺が居なくなったらどうするんですか」

「地の果てまででも行って探し出す。前みたいに」

 怖いわ。俺に前科があるだけに現実味があるし。あと目からハイライト消すな。

とりあえず椅子を二脚用意してミアと並んで客を待つ。今回は利益が見込める街なので村とは異なり金貨一枚の無駄に凝った商品も出している。それに引かれてかはどうかは分からないが、開店早々冷やかしではあるが客が来る。

三人の冷やかし客を見送ったところで隣の爺さんがこちらを向いてキャンバス、というかこの辺で流通している再生紙を張った木板に炭でガリガリと描き込んでいるのに気づく。俺の隣にはミアが居るのでミアを見ているようだ。

 じーっと見ていると、おじいさんが「ホレ」とミアにその絵を渡してきた。受け取った絵をミアの肩越しに見ると、そこには冷やかしに来た客の対応をしている俺とその横で俺の顔をじっと眺めているミアの横顔が緻密に描かれていた。いや、緻密とか言うレベルじゃない。白黒写真かと思うレベルの超絶技巧。

「おじいちゃん凄⁉」

「いや、ホントに凄いですね、コレ」

「やるよ。初めて隣に店出した奴には好で一枚描くことにしてるんでな」

 おじいさんはそういうので俺は即席で額縁を作って絵を中に入れる。それをアイテムボックスに仕舞い込み、お礼を言った。

「魔術ですか」

「ああ。流石に分かるか」

 見た物を忠実に絵に描き込む魔術。俺も使えるから分かるが、俺がやってもここまで精巧にはならない。その辺は魔術への習熟度と元々の絵描きとしての適性があるのだろう。

 俺は咄嗟の思い付きで足元に土塊を出して石英だけを抽出し、四角い五センチ四方の立方体を作ると、中に気泡でここに着た時に見た片膝をついて絵を描いているおじいさんの姿を思い出しながら彫り込む。それをおじいさんに渡した。おじいさんは受け取ったそれを光に透かしながらまじまじと見つめる。

 おじいさんをモデルにしたが、俺の技術ではそこまで精巧に作れないので絵を描く老人を掘ったものだと言えば言い訳は立つだろう。

「絵のお礼にあげます」

 その言葉におじいさんはギョッとする。

「お前、それは流石に……。これ金貨は取れるぞ?」

 あ、やっぱりそういう評価になるんだ。

「ただのガラスですよ?」

「ガラスったってお前、こんな濁りのない大きな塊なんてどうやって作ってるか見当もつかんぞ。それにこの掘り込み。いや、中の像? は魔術を使ってるんだろうが、それもどうやってるのか……」

「俺も仕入れたものなのでその辺は何とも……」

 そう言って俺は言葉を濁す。だがおじいさんは貰った物は有難く頂く主義なようで「逆に気を遣わせたようでわるかったな」と言って俺の渡したガラスキューブを布で包んで後ろに置いてあったバッグに仕舞い込んだ。

 にしてもあれで金貨か。今日の売れ行き次第で中の彫り物を変えて金貨一枚で売ろうか。

 そんなことを考えながら店番をする。昼食後は仕事を終えた人が増えてきたのか客も賑わってきた。相変わらず冷やかしは多いが、買っていく人もちらほらいる。売れるたびに商品を補充していくので俺の陳列から商品が無くなることは無い。

 客の目を引くのはやはり金貨一枚設定の幾何学模様入りペンダントと雪の結晶をモチーフにしたブローチ。いま接客している少々身なりの良い二十代いってないくらいの大正ロマンな服装をした女性もその輝きに目を奪われている。

「手に取っても?」

「いいですよ」

 女性は幾何学模様入りのペンダントを光に透かして見ている。

「ガラス……よね? まるでクリュスタみたいだけど」

 クリュスタ……。ああ、水晶か。

確かに質のいい水晶と言われればそう見えるのは確かだ。だが俺の石英ガラスはあくまでもガラス。水晶もガラスも主成分は二酸化ケイ素と同じものであるが、その構造には結晶質と非晶質という違いがあり、その違いは熱伝導率に現れる。俺の作ったものは天然物に比べて触った時の温度が高いので、ガラスだと判別できるのだ。多分イメージを変えて作れば結晶質の人工水晶も作れるのだろうが。

 目の前の女性も温度で偽物と判別したようだが、その目は疑いを持っている。手で持った感触は偽物なのだが、その目から入ってくる情報は本物以上と言っている。そんな感じだろうか。

「本物の宝石類は扱ってませんの?」

「私はしがない旅商人ですよ? 生憎と本物を扱うだけの資金力がありませんので」

「そう……。仕方ありませんわね。じゃあ、これと、これを頂けるかしら」

 女性が選んだのは一番高いペンダントとブローチ。

「各金貨一枚になります」

 金貨を二枚受け取って商品を渡す。

「お名前を伺っても?」

「シグルドと申します」

「……。そう。ありがとう」

そう言って女性が去ったところで、隣でニコニコしていたミアが表情を崩して「はぁ~」とため息をついた。

「どうしたんですか、そんな疲れたーみたいな顔して」

「いや、さっきの女の人、多分貴族だよ。商家の娘っぽくしてたけど、隠れて護衛がたくさんいたし」

 確かに護衛っぽい人は横に控えていた人とは別に三十人くらい潜んでいた。そうか。あれ、貴族の娘さんか。となると、ここの領主の娘さんだろうか。

 俺はふと道の向こうに見えている街の中央、ロルドの領主邸を見上げる。この街は丘の上に作られた街なので、領主邸が存在する和風の城を見るとおのずと見上げる形になる。聞いた話では昔からある砦となる城の敷地内に洋館が建っているという。

 それにしても、街にいる人もそうだけど、大正ロマンあふれるああいう服いいよなぁ。浴衣は買ったけどミアには似合わなかったし。洋テイストの入っているメレシアの服装の方が似合いそう。俺は俺で浴衣は着付けが面倒なのでメレシア、トメーキアの男性が仕事着として来ていた作務衣や、面倒さでは変わらないがレヴァーガ翁が着ていたような書生のような服がちょっと欲しい。古着屋は見つけてるし後で寄ってみるか。

「すいません、見てもいいですか」

「あぁ、どうぞどうぞ」

 今はぼうっとしている場合ではない。仕事しなければ。

 しばらくして日が陰り始めたので今日の営業は終了。今日売れたのは七つほど。上々と言っていいのだろうか。

 帰り道にミアを誘って古着屋へ。探したら俺用の作務衣と和服、ミアに着せたい柄物の着物と臙脂色の袴が見つかった。あとワインレッドの馬鹿でかいリボン。宿に帰って晩御飯を食べ、部屋に戻って早速着てみる。ミアには買った服を着せ、俺は書生風の格好に。一緒に売っていた学生帽も被ってみる。こっちでは学生という概念が無いので兵隊帽と呼ばれていたが。メレシアの軍隊が礼装として取り入れたのが流行ったそうだ。

「おー、似合う似合う」

「シグルドの方はあいかわらずこっちの服がしっくりくるよね……」

 そう言いながらミアが袖を握ってくるりとターンする。頭の後ろではポニーテールにした髪を結ったリボンがふよふよしている。

「というか頭のコレ重いんだけど」

「その恰好にリボンはマストなんで外さないでください」

「あー、うん。わかった。シグルドの目がいつもと違う。前も勝手に浴衣買ってきてたからもしかしたらと思ったけど、浴衣は似合わなかっただけでこっちの服装の方が好きなんだね……。珍しく野獣の目してるし」

 おっと、本能が。でもあの格好のミアを襲いたいのは事実。こう、袴をめくりあげて……。おや? 実際にその光景が目の前に広がっているぞ?

「何してるんですか?」

 袴と下の着物をちょっとずつたくし上げていくミアに声をかける。

「いや、どの辺がラインかなぁ、と」

 ミアの生足は股下十センチくらいまで来ている。

「スカートの半分辺りを口で咥えてみて下さい。下の着物は手で持って前を広げて」

 ミアは言うとおりにしてくれる。持ち上がった袴の裾、着物の間からは黒色の下着が覗く。お高い方のセットの奴だ。

「ひぐるろ、ひょっと恥ずかひくなっへひたんらけろ……」

 じっと眺めていると、普段スカート系を履くことが無いミアがそれをたくし上げるという行為に羞恥を覚え始めた。俺は期待に胸と股間を膨らませながらミアへとにじり寄っていく。だが、俺がミアの股座に手を伸ばし、遮音結界を張ろうとしたところでノックの音が響いた。

「……チッ」

「うっわ、初めて聞いたよそんな忌々しげなシグルドの舌打ち」

 ミアは顔を赤くしてちょっともじもじしている。俺は落ちてきた袴から手を引き抜くと、ちょっとイライラしながらドアを開けに行く。

「はいはいどちら様ですか」

「私だよ……って旦那、どうしたんだ? そんな仇を目の前にしたような顔して。それにその恰好……」

 扉の向こうにいたのは学者風の女だった。彼女は俺の顔を見、部屋の奥のミアを見、俺の姿を上から下まで見て一か所でその視線を止めて「あー」と目から光を失わせた。

「二時間後ぐらいでいいか?」

「いえ、いいです。一旦興は覚めました」

 あと二時間で終わらせる気はない。精力剤のストックはばっちりだ。

「で、何しに来たんですか」

「話があるって言ったろ? あれ? 言ったよな?」

 そう言えばそんな話あったな。すっかり忘れてた。

 とりあえず学者風の女を招き入れる。備え付けの椅子では足りないので客人を椅子に座らせて俺とミアは並んでベッドに腰かける。

「旦那……。その恰好恐ろしく違和感ないな。ミア嬢が着慣れていないのは仕方ないとしても」

「そんなこと言いに来たんじゃないでしょう。本題に行ってください本題に」

「わかったよ。邪魔したのは悪かったって」

 女はひとつ咳ばらいをすると遮音結界を張り、居住まいを正して俺を見る。

「魔術で金を作ることはできると思うか?」

 その問いかけらしきものに俺は首を捻る。いかに魔術があったとしても物理法則がねじ曲がっているわけではない。いや、魔力というエネルギー源を基とするエネルギー保存則は破綻しているような気がしないでもないが、基本的には魔術で起こる反応も、魔術で起こせる反応も物理法則の上に成り立っている。例えば摩擦を無くす魔術、後で調べたらスライドというらしいが、それは実際には摩擦係数を無くす魔術ではなく摩擦によるエネルギーの流出を防ぐ魔術なのである。だからいくら魔術と言えど金以外のものから金を作り出すことはできない。故に答えは。

「出来ないですね」

「…………。そうか、分かった。質問を変えよう。旅で食器洗いの時に使ってた魔術、あれ、隠してたようだけど分離の魔術だよな?」

 確かに俺は洗い物や掃除のときに分離の魔術を多用している。汚れを認識して分離の魔術をかけると汚れが綺麗に落ちるのだ。ベッドの事後処理にも便利なのである。だが人に使うのはおすすめしない。使ってみた感じ、制御を間違うと死にかねないのである。具体的に言うと汚れを落とそうと思ったら皮膚がはがれるとか、濡れた体から水分を飛ばそうと思うとミイラになるといった具合だ。

「分かる、ということはあなたも使えるんですね。とすると、錬金術師ですか。本物には初めて会いました」

「……旦那は差別しないんだな?」

「俺も片足突っ込んでるらしいですからね。便利なものは使う主義なので」

「そうか。世界中の人間がみんな旦那みたいだったら楽なんだけどな」

 そう言って自称気味に女は嗤う。噂に聞く通り、錬金術師への迫害は強いらしい。

「で、錬金術師さんが俺に一体何の御用で?」

「いや、分離の魔術を使いこなしてるから同業かと思って声をかけたんだが、当てが外れた」

「なるほど? あ、一つ聞いていいですか?」

「何?」

「錬金術師ってなんで迫害されてるんですか?」

 俺の質問に女は目をぱちくりさせる。

「あー、まぁ、シグルドは知らないよねぇ」

「どういうことです?」

「宗教絡みなんだよ。シグルドは異世……、無宗教でしょ?」

「あー、旦那は無宗教か。珍しい。というかそれなら知らないわな」

「だからどういうことですか」

「えっとな、この世界にはいくつか宗教があるのは知ってると思うんだけど、その中で幅を利かせてるのがゼーレス教っていう唯一神ゼーレスを崇める一神教なんだわ」

「ちなみにあたしもゼーレス教だよ。敬虔な信徒ってわけじゃないけど。ラッシュとイリスもそうだよ」

「で、そのゼーレス教なんだが、神から与えられたって言われてる魔術の力を絶対視しているせいで魔術を介さない学問である錬金術を迫害してるんだよ。分離の魔術みたいに錬金術から発展した魔術もあるってのに。おかげで理術師なんて集団もできたが、そっちも迫害されてるし。全く、鍛冶屋やガラス屋と何が違うんだか」

「でもでもゼーレス教の全員が迫害してるわけじゃないからね? 源流派は未だに迫害を続けてるみたいだけど、比較的新興の真理派はむしろ取り込もうとしてるし」

「でもこれまでに培われた差別意識までは覆らなかった。真理派も差別を止めただけで別にイメージアップはしてくれて無いし」

 なるほど。魔女狩りみたいなもんか。んで、理術師は錬金術師が魔術師として仕事をしながらも錬金術の道を究めようとした者たちの隠れ蓑だったと。

「だいたいわかりました。あなたが人の耳には入れないほうがいいって言った意味も」

「そうか。んじゃ、こっちからも一つ。錬金術、大きく分けて分離と混合、変化の三つに分かれるんだが、旦那はどこまで使える? というかどこまで理解してる?」

「錬金術自体に明るくないので何とも。あー、じゃあちょっと見せますけど、内緒にしといてくださいよ?」

 そう言って俺は土塊を取り出す。その中から二酸化ケイ素を取り出し、加熱してガラス化させるイメージで一センチのガラス球を形成。その中にこの世界に存在する星座を掘り込み、銅と亜鉛のインゴットから真鍮を作りだしてガラス玉を嵌め込めるように加工する。最後にガラス球の表面を少し削って嵌め込んだ時に動かないようにしたら二つを合わせて完成。

「とまぁ、俺の売り物はこうやって作ってる訳です。さっき言ってた分離、混合、変化の三つはこれで使ったと思いますけど……」

 そう言って顔を上げた俺の目に目を瞠った女の顔が映る。

「……旦那、それで錬金術師じゃないって冗談だろ?」

「便利なものは使う主義のただの商人ですよ」

 隣のミアはたははと苦笑いを浮かべている。ここでミスリル冒険者ですってばらしたら大変なことになりそうだ。

「それは我らが夢である。しかし悲願は成就されることなかれ」

「なんですかそれ?」

「私がさっき聞いただろ。魔術で金を作ることはできるか、って。その質問の対となる言葉、一種の警句だよ。この二の句が継げるかどうかで同業者か判断するんだ。私、暁の錬金術師、四十八代目総代のオミナが認める。旦那は立派な錬金術師だ。というか旦那が錬金術師じゃなかったら私らは何だって話だよ」

「暁? その言い方だと他の派閥もあるわけですか」

「ああ。私が所属してる暁、その他に白昼、黄昏の三つだ。ちなみに理術師と名を変えてまで活動的にやってるのは白昼の奴らな。逆に黄昏は秘密主義だから関わり合うことはほぼ無いと思う。私たち暁は……あるのは歴史だけだな。たまに集会やったりするくらいで個人個人で適当にやってる」

「錬金術師って何してるんですか、普段」

「基本は研究だな。ちなみに私の専門は分離。隣のダッタル出身なんだけど、あそこ砂漠が広がってるだろ? 水が少ないから海水や最終的には汚水から飲み水を作れないかと思ってずっと研究してるんだ。水魔術の使い手が居れば問題ないんだけどな。そうもいかない村とかもあるし。それで巡り巡って錬金術師になって、暁の総代にまでなっちまった。今回は里帰りがてら実地で研究しようと思ってね。その前にこの街で集会があるけど。来るかい? 旦那なら歓迎するよ? というか個人的には出てほしい。いい刺激になるから」

「俺たち、長くても十日後くらいには街を出る予定なんですが」

 情勢もあり、国境をまたぐ乗合馬車は現在運航を停止しているのは冒険者ギルドで既に確認済み。街の冒険者に護衛依頼を出して現在受けてくれる人を待っている状態だ。冒険者ギルドで言われたのが、長くても八日後には人が見つかるだろうとのこと。打ち合わせの時間も含めての十日というリミットだ。

「ああ、その辺は大丈夫。集会は四日後だから」

「……考えておきます」

「よろしく頼むよ」と言ってオミナさんが腰を上げ、部屋を出ていく。

 部屋に残された俺たちはとりあえず扉の鍵を閉める。

「なんかちょっと乗り気?」

「まぁ、多少」

 錬金術師も聞いてる限りでは真っ当なことしてるし、話を聞くのも面白そうではある。

 そんなことよりも、だ。

 俺は秘密基地へのゲートを開いてミアの手を引く。寝室に行き、ミアの身体をベッドに転がす。

「え、え。え? ちょっと急すぎない⁉」

「さっきからお預け喰らってずーっと我慢してたんです。今日はいつもと違って俺が逃がしませんよ?」

 精力剤の瓶を取り出してぐいっと飲み、ミアの着物の襟をつかんではだけさせる。着物自体で押さえつけられるからブラはしていないので、解放された双丘が重力で横に流れる。

 なんかちょっと足りないな。

 そう思った俺はアイテムボックスからロープを取り出してミアの手を上に上げさせて軽く縛る。脚もカエルのように広げさせ、足首から手を這わせて袴と着物をずり上げてその膝を縛った。

「よし」

 亀甲縛りとかはできないが、軽く動けないようにするくらいなら捕縛術の応用で行ける。

「よし、じゃなーいっ! なんで縛るの! ちょ、そんなに締まってないのに動けない⁉」

「いや、前に縛る? って聞いてきたのはミアじゃないですか。普通には大分しましたし、そろそろいいかなと」

「そんなこと言った⁉ いや言ったような気がするけど! なんか脚のこれはすごく恥ずかしい!」

 じたばたともがくミアの下着をひん剥いて一旦放置。俺は部屋に備え付けてあるテーブルに土塊とゴムの原料を出して。要らんものを作っていく。

「ちょっと何してるの何作ってるの何で放置するのー‼」

 できたのは卵型のブルブルする奴と、マッサージ器と、ゴム製のちゃんとウィンウィン動く張形。なおイボ付き。なお、張形はこの世界にも存在する。牛の角や亀の甲羅から作られるようだが。またそれを売っていた店でローションも見つけてある。紙に含ませた植物の根の粉末らしく、口に含んで唾液と混ぜるとヌルヌルになるらしい。ライクロイックの方では一般的に潤滑剤としてははオリーブオイルを使うのが一般的だが、こちらではこういうものがある、というか性事情に対しては隠すのが一般的なライクロイックに対してオープンなこちらの地方はアダルトショップが存在するのでこういう特化したものが一般に流通している。性風俗に関しても文化の違いというのは面白い。

 出来上がったものを持ってミアの元へ。

「何、それ。いや、なんとなくわかるんだけどさ?」

 ミアの顔が引き攣る。

 さて、鑑賞タイムといこうか。

 そして二時間後。

「ひっく。えぐ。ひく。うぐ」

 俺がすることなら大抵のことは許容するミアがガチ泣きしていた。原因は言うまでも無く俺。少々興が乗ってやり過ぎた。なお、まだ致してはいない。ミアをイジメただけである。

 縄を解かれたミアがはだけた服をそのままにシーツに包まって俺の方を見る。

「やめてって言ったのにやめてくれなかった」

「はい。すいません」

「あたし、もう無理って言ったよね? 気絶もしたよね?」

「はい」

「お腹も擦った」

「いや、喜ぶかな、と」

 俺の顔面にものすごい勢いで枕が飛んでくる。甘んじて受けたため少々ノックバックした。そうして体制を崩された俺はその瞬間に胸倉をつかまれてぶん投げられる。着地点はベッドの上。俺の上には袴をびしょびしょドロドロにしたミアが馬乗りになっている。

 がしっと手首を押さえつけられて瞳孔が開いたミアの顔が鼻先一センチに。

 あ。これ、逃げれん奴だ。

「シグルドは逃がさないって言ったけどあたしも逃がさないから。服はこのまましたげる」

 長い夜は、長いキスから始まった。覚悟を決めたがミアにしては珍しく激しめではなくあまあまらぶらぶの行為を所望されたのでそれに従った結果、精力剤を口移しで飲まされつつ三、四時間は挿れっぱなしにさせられた。中で射してしぼんでまた勃ってを何度繰り返したか分からない。そうして気絶するように寝て、起きたのは翌日の昼前。ミアと並んで朝昼兼用の飯にありつくが、正直股間の感覚が無くてちょっと居心地が悪い。ちなみに服は着てきた商人のような服装に戻した。汚れを落とした着物と袴を着せようとしたがミアに禁止されたのだ。

「もうあんな無茶苦茶しないんで着てくれませんか」

「信用できないから駄目」

「反省してますって」

「そういう問題じゃなくて、昨日優しくしてって言ったのに結局激しかったから」

 そうだろうか。そんなことは無いと思うのだが。

「そんな不思議そうな顔しない。いつも相手してるあたしが言うんだから間違いないの。五割増しでノリノリだった」

 そう言ってミアは二杯目の特盛どんぶりを掻き込む。今日は親子丼だ。厳密にはコカトリスの肉と鶏卵なので他人丼なのだが。一応メニューでは卵とじ丼となっていた。とじるものを選ぶ方式だ。選べるのはコカトリス、モスブルと呼ばれる体表にコケを生やしたこちらでは一般的な牛、イノシシ、あとはそれぞれのカツの六種類。もちろんカツにすると値段が跳ねあがる。コカトリスはから揚げにしたほうが美味しいのではないかと思いつつ俺は並盛のチキンカツの卵とじ丼を頬張る。

 あー、出汁が効いてて美味い。味噌汁も同様に。しば漬けもいい塩梅。

「で、今日も店出すの?」

「これでも今は商人ですから。まだストックはありますし」

 飯を食う前にキューブの置物もいくつか用意したし。冒険者家業と製品登録したもろもろの商品の使用料のおかげで無駄に金はあるから廃業や借金の心配なく安心して店を開いていられるのは楽しい。商人に向いているかは別として。

 昼食を食べ終わり、ミアと共にまた広場へと向かう。昨日と同じ場所が開いていたのでそこに店の準備をする。隣では絵描きのおじいさんがまたガリガリと絵を描いていた。

「今日は遅かったな。昨日が早かったのか?」

「いろいろありまして。遅くなったが正しいです」

「そうか。あぁ、そうそう。客が探してたぞ。……ふぅ」

「お疲れですか?」

「いや、息切れがしてな。俺ももう歳だから。探してたのは身なりのいいお嬢さんだったぞ。他の所も回っていなかったらまた来るって言ってたからそのうち来るだろう」

 身なりのいいお嬢さん……。昨日来ていた貴族の娘さんだろうか。それとも噂を聞きつけた新規の客だろうか。

 現状は分からないのでスルーするに限る。来た時に対応しよう。

 昨日と同じように陳列して開店。客足は昨日より少ない上にやはり冷やかしが多い。それでも多少売れていくところが商売の面白いところ。本物を買うには高すぎるがちょっとしたおしゃれにと需要は高いらしい。この辺はメレシアの中でも国境に近く洋服の人も多いし、合わせやすいのだろう。今のところイヤーカフと腕輪が売れ筋。ブローチはほどほど。ペンダントは和服に合わない上少々値が張るのであまり人気は無い。

 髪飾りでも作っておくべきだっただろうか。

「あーっ! 居ましたわ‼」

 のんびり商売をしていると向かいの通りから姿を現した身なりの良い女性が俺を指さして叫んだ。そしてそのまま駆け寄ってくる。

「やっと見つけましたわ!」

「ああ、昨日の。商品が欠けでもしましたか?」

 鼻息荒く寄って来たのはやはり貴族らしき娘さんだった。商品が欠けたのかと問うてはみたが、そんな雑な扱いをするような人には見えないのでそんなことではないとは思っている。

「苦情ではありませんわ。……というか商品が増えてますの?」

 女性は猫の姿を中に彫り込んだガラスキューブを手に取って光に透かして見ている。

 その辺でくつろいでいた猫をモチーフにした。あとこちらの地方では尻尾が二股に分かれている奴が極稀にいるらしく、幻影の魔術や認識阻害を使うが害は無いのでこれも普通の猫として扱われている。むしろ福猫として崇められてすらいる。

「昨日は様子見で。そこそこ売れたので出しても需要はあるかなと」

「金貨一枚ポンと出せる庶民はなかなかいませんけど、これで金貨一枚は安いですわ。ちょっと無理してでも欲しい人はいますわね……。というか昨日私が買ったペンダントとブローチと同じものがまた並んでいるのですけれど、あと何個ありますの……?」

「あと……各五つずつですかね?」

 アイテムボックスに手を突っ込んで在庫を確認するフリをしつつそう俺は答える。

「同じ品質のものをいくつも……。ガラス屋さんの作品ではありませんわね。すべて魔術で作られたもの。違って?」

「さぁ。私は知人から仕入れただけなので」

「ではその知人とやらを紹介してくださいな」

「生憎と彼は世捨て人でして。私もたまに様子を見ている別の知人から得られた知己ですので、紹介することを許されていないんです。私としては彼の特性上安く仕入れてなおかつ専売できるので有難い話ですが」

 自分でもよく回る口になったと思う。思考加速とラッシュさんのおかげだな。

「世捨て人……」

 女性は少し考え込むようにしばらく俯くと、「あまり詮索はしないほうがいい事情ですのね?」と問うてきた。

 俺はきょとんとした表情を作って「まぁ、否定はしませんが……」と答えておく。女性はそのままキューブを一つ購入して去っていった。

「うーん、厄介ごとの雰囲気」

「貴族絡みはねー。あたしらからしたら面倒事って感じはするね」

 そんなことを言いながら店を続ける。俺は客をさばきながら、その合間に何とはなしに空を見上げて「何か思ってた感じと違うなぁ」と思わずぼやいていた。


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