23 苦悩
目が覚める。ここは……秘密基地のベッドか。
隣で椅子に座りながらベッドに突っ伏すように寝息を立てているミアに握られた手が暖かい。その手を持ち上げてみる。するとミアががばりと起き上がり、俺をみて目をぱちくりさせた。
「シグルド?」
「おはようございます」
「シグルド!」
ダイブしてきたミアを受け止める。咄嗟に身体強化と物理擁壁を展開してなかったらもう一度意識を飛ばすところだった。
「何があったんですか?」
「それはこっちが聞きたいよ。シグルドは気絶するし船とグレイハウンドは勝手に動くし」
…………は? なんですと? 船とグレイハウンドが勝手に動いた? どういうこと?
「とりあえずみんな呼ぶね」といったミアが通信機を耳に付けて誰かしらを呼ぶ。ラッシュさんが応答したらしい。起き上がってダイニングの方に行くと、イリスさんに預けてあった自宅へのゲートを開く魔道具が設置してあり、皆が入ってくる所だった。
「シグルド! 無事だったか」
「体の方は大丈夫ですか? 一応、異常が無いのは確認していますけど」
「ん。思ったより元気そう」
皆一様に安堵の表情を見せている。
「俺は大丈夫です。そんなことより、船とグレイハウンドが勝手に動いたって聞いたんですけど、船はあの時リューグが操舵してましたよね?」
とりあえず聞いた話、俺は一週間眠り続けていたらしい。その間の下の世話は全てミアがやってくれたそうだ。その辺は部屋に布おむつらしき洗濯物が吊ってあったから分かる。そして本題だが、俺が気絶した後、船はリューグの操作を受け付けなくなったらしい。勝手に動き、渓谷海を最大船速で抜けて秘密基地がある諸島群にひとりでに向かったそうだ。それで終わればオートモードが誤作動したのかと思うだけで終わるのだが、そこからが不思議なところ。島の間を縫ってこの島の入り江に停泊した船の甲板にあったグレイハウンドがひとりでに動き出し、コックピットに俺を乗せ、比較的小柄なリューグとミアを傍らに、両の手のひらにラッシュさんとイリスさんを乗せてコックピットを開いたままゆっくりと秘密基地の地上入り口まで飛行してきたらしい。グレイハウンドは今もこの秘密基地の上に居ると言うし、時折哨戒しているような素振りも見せると言う。もう何が何やら意味不明だ。
ちなみに王国艦隊は俺の船についてこようとしたらしいが渓谷海を抜ける前に振り切られているらしいので追跡の心配はないそうだ。また、艦橋から甲板のグレイハウンドを見ていたリューグの話では何やら警戒するようにずっと後方を見たままレールガンを手に持っていたという。
政治的な話の方はもう俺にはほぼ関係はないが、あの海上戦自体は王国側の圧勝。それに対してベルベストからの抗議文が早速届いているらしい、というのがカスパル卿経由でラッシュさんにもたらされた情報だ。また俺の行った一切合切の殲滅とその後姿をくらましたことについて説明を聞くべく俺には召喚命令が下っているが、俺が意識不明状態のため保留状態。ラッシュさんの見立てでは「王国は怯えている」とのこと。
城にはそのうち行くとして、まずはグレイハウンドに会いに行かねば。
「…………?」
あれ、俺、今変な表現しなかったか? 会いに行くって何だ? 見に行くなら分かるが。
だがその表現で合っている気がする。なんかこう、しっくりくる。
俺は皆をすり抜け出入口へ。外へ出ると、マシンガンを装備した状態のグレイハウンドがそこに立っていた。ヘッドパーツがひとりでに動き、俺と目が合う。
「グレイハウンド?」
あ、コックピットが開いた。乗れってことか?
レヴィテイションで浮き上がってコックピットの座席に座ると、操作してないのにひとりでに閉じた。魔力を持っていかれる感覚がするが、これは多分魔石に減った分の魔力をチャージしているのだろう。
「シグルドー、大丈夫ー?」
「問題ありません。取り合えず中に戻りますね」
ゲートを開いて格納庫へ。皆にも中に戻ってもらう。
だが、何だろう。さっきから何やら意思の様なものを感じる。試しにグレイハウンドの中から鑑定をかけてみると、俺がかけた魔術の痕跡がすべて吹っ飛んで訳の分からない魔術に置き換わっている。慌てて操作してみるが、何の問題も無く動いたので一安心。機体制御もFCSもレーダーも何の問題も無い。むしろ精度が上がっている気さえする。
やはり何か感じる。俺はその何かに意識を向けてみる。どうにも俺に何かしてほしいらしい。とりあえず意思疎通が出来ればいいのだが。液晶パネルなんかが作れればいいのだが生憎と理屈を知らない。となると会話……スピーカーでも付ければいいかな?
俺はライトでコックピット内を照らし、上部の空いているスペースに振動を放つ魔術を組みこんだスピーカーの様なものを取り付ける。一応鑑定を行うと、その魔術も取り込まれたらしい。
「…………マスター」
キェェェェェェアァァァァァァシャベッタァァァァァァァ‼
しかもがっつりマイクを通したような抑揚のない落ち着いた女性ボイス。はっきり言って癖である。
「ぐ、グレイハウンド?」
「はい、マスター。お元気そうで何よりです」
「夢?」
「いいえ、現実です。マスター」
喋ってる。喋ってるよ、グレイハウンドが。何が何だか分からない。教えてラッシュさん!
俺は所定の位置に停めたグレイハウンドから降りてラッシュさんに助けを求める。
「まさか魔法生物化したのか……?」
「魔法生物……ですか?」
「ああ。ダンジョン産の魔道具、特に魔剣なんかの武器に極稀にあるんだが、どうにも意思を持ってるとしか思えない機能を持つものがあるんだ。敵からの攻撃を意図せず弾いたりとか、太刀筋を勝手に修正したりとか。そういうのはインテリジェンスアイテムって言われてて、かなり高値で取引されている。まぁ、買えたとしても武器が認めてくれるまでは普通の武器と変わらないらしいんだが」
「じゃあ俺のグレイハウンドもそのインテリジェンスアイテムだと?」
「不明です」
「……今誰が喋った?」
「あたしじゃないよ?」
「私でもありません」
「でも女の声だった」
「マスター、発言の許可を」
そこで俺以外の全員がグレイハウンドの方を見て「シャベッタァ⁉」と驚愕する。
「あー、いいですよ。自由に喋って」
「私の知識は私の前身とマスターの意識が統合された時点でのマスターの知識がベースです。その時点でマスターにインテリジェンスアイテムの知識はありません。故に不明です」
つまり俺が知らないことは知らないと。なるほど?
「グレイハウンド、今のあなたの状況を端的に説明してください。俺に分かりやすいように」
「マスターの組んだ膨大な魔術を基本OSとして組み直し、マスターの意識が同化した際に記憶を読み取り疑似人格を形成してAI化しました。それが私です」
なるほど。すっげー分かりやすい。他の皆は何が何だか分かってなさそうだけど。
「つまりあなたはグレイハウンドのメインシステムな訳ですか」
「肯定します。魔術を統合した結果、以前より魔力消費効率が二十パーセント上昇しています」
燃費が上がったと。それは有難い。
「船が勝手に動いた件については何か知ってますか?」
「私がハッキングしました。マスターを安全な場所に運んだ方が良いと判断しましたので」
「ハッキング可能範囲は?」
「マスターが私の関連物と認識しているものについては可能です。現在は武装と船舶のみになります。既にインストールされているので構想段階の輸送ヘリも可能です」
「情報の更新はどうすればいいですか?」
「私に搭乗してください。こちらで記憶を読み取り、同期を行います」
なるほど。だいたい分かった。
戦闘中に機械の様な意識に飲まれていた状態がコイツの言う同化した時なのだろう。そもそもが魔術を組み過ぎなのとおそらく内蔵している魔石に含まれる膨大な魔力が戦闘中に起きた同化現象で自我を持ったらしい。同化についてラッシュさんに聞くと、絆の強い獣魔術師なんかはたまに獣魔の意識に持っていかれることは極稀にあるそうだ。またそれを利用した獣魔と心身ともに同化し、その力を身に宿す禁呪があるらしい。なお、この禁呪を使った者が獣人の起源であるという説も眉唾だがある。
「最後に一つ聞きたいんですけど、俺と同化して何故女性型になるんですか?」
「マスターの好みに合わせました」
俺の性癖も読み取ったのか。道理で癖に刺さるわけだ。
こうなれば癖を突き抜けさせるしかないと、俺は女性を模ったゴーレムを即席で作る。材料はいつも通り余りのオリハルコンだが色は白くした。
「早速情報更新しますよ」
そう言って俺はグレイハウンドの座席に座る。
「スキャン完了しました」
その声は、さっき作った女性型ゴーレムから聞こえた。
「ここで動き回るならその姿にしてください。突貫なので、また適宜アップグレードします」
「ありがとうございます。マスター」
そう言ってグレイハウンドの子機はぺこりと頭を下げる。
ただなんとなくコレの名前はグレイハウンドではない感じがする。グレイハウンドはあくまで機体名。中身の名前は違ってもいい気がする。というかコレをグレイハウンドとは呼びたくない。なんとなくイメージが。
「あとあなたを今後ベルガモット、略称としてベルと呼称します。いいですか?」
「情報を更新。私は個体名ベルガモット。ベルとお呼びください」
そういうベルの頭を俺は撫でる。
「マスター。触覚のインストールを要求します」
言われた通り触覚を再現してゴーレム素体に組み込んでやる。
頭を突き出して来たということは撫でろと言うことか。
そのつるつるの硬い頭を再度撫でる。表情は無いので分からないが、なんとなく満足しているっぽい。
「後でなんか服でも着せるか」
メイド服とか似合いそう。適当にどこかで貰って来よう。サイズは素体の方を弄れば問題ないし。
「じゃあここはベルに任せて自宅に戻りますか」という俺にラッシュさんが「いやいやいや」とツッコミを入れる。
「何故お前は納得してる?」
「そりゃ、納得したからとしか」
「俺たちにもわかるように説明してくれ」
「グレイハウンドに組み込んでいた魔術が俺が同化したのをきっかけに自我を持ちました。多分インテリジェンスアイテム化してます。そこまで至った原因は不明ですね。推測ですけど、竜鱗とか使ってますから、莫大な魔力があったせいかと。俺も気絶する前に根こそぎ魔力を奪われましたし」
あと戦闘サポートAIみたいなのを考えてたのもあると思うがこれは言っても理解されないので言わない。具体的には五体満足だなという呼びかけに対し二万五千パーツ満足ですと答える奴。
「そんなのに今後乗って大丈夫か?」とラッシュさんはベルを見やる。
「同化は私の前身が私という存在を固定するために行ったものなので今後起きることはありません。私の意思でマスター以外の操作を受け付けませんのでセキュリティも問題ありません。すべてはマスターのご意思のままに」
「俺の言うことだけ何でも聞くみたいですね。むしろ便利になりました」
この感じだとプロトコル3は発動し無さそうだけど。
「とりあえず大丈夫なんだな?」
「多分」
その言葉にラッシュさんだけが渋々納得してくれた。リューグは思考を放棄。イリスさんはグレイハウンドに鑑定をかけるのに忙しい。ミアは俺の事だからと頑張ろうとしているが、頭から煙が上がっている。
「ミアー。無理しなくていいですからねー」と俺はミアを抱きしめて頭を撫でる。
とりあえずベルに秘密基地の管理を言い渡し、俺たちは俺のゲートで自宅へ。
「で、王城から召喚命令が来てるんでしたっけ?」
「来てるけど、まだ国王の一行がロアにすら着いてないからだいぶ先になるぞ」
その言葉に俺は思わず「えー」と漏らした。
「あのなぁ。普通エリエルから王都まで馬車で五十日はかかるんだ。ゲートをほいほい使えるお前とは違うんだよ」
俺はがっくりと肩を落とす。面倒事はさっさと終わらせるに限るのに。
とりあえず王城に行けばいい日になったら王都のギルドに手紙を寄こすように手紙を送り、王都のギルドにはその手紙が来たことをロアのギルドに伝えるようにギルド経由でお願いする。それからしばらく、俺は秘密基地に籠ってベルの改造に勤しんだ。
依然の御前会議と全く同じ状況で俺は国王の前に座っている。
「フェイスレス卿。先の戦い、大義であった」
「ありがとうございます」
「卿の攻撃性はこの際置いておくとして、我々を置いて行方をくらませた理由を聞きたい」
俺はやんわりとベルの事を説明する。
「なんと……。インテリジェンスアイテムが人の手により生まれたと?」
「そうみたいです。呼びますか?」
「し、シグルド君。呼ぶって、魔装機兵をこの場にかね?」
「いえ、俺が指定したものを操れるので人型の小さなゴーレムにその意識を宿して生活してもらってます。会話もできますよ」
その言葉に会議場の全員が顔を見合わせ、国王の方を見た。こういうのは偉い人に丸投げするらしい。
「会おう」
国王の判断に、俺は秘密基地にゲートを展開して待機していたベルを呼ぶ。見た面はのっぺりしていた以前と比べてだいぶ変わっており、機械的な見た目は前面に押し出しながらも女性的な印象はより強く、パネルラインなどのディティールも追加してある。頭部は禿頭のままだと可哀そうなのでこれも硬質のパーツで鬘パーツを作った。ツインテール、ボブカット、ポニーテールの三タイプを用意したが、ベルはツインテールを好みでよく使用している。たまにその日の気分で変えているようだが。服はノースリーブのメイド服。ノースリーブにしたのは腕に追加した機構のせいだ。両腕の前腕は有名なロボットアニメの主人公に届かなかった設定の機体の腕部ガトリング砲の如くせり上がるようになっており、そこからは三つの銃口が覗く。そこからは俺基準で高出力のライトショットが乱射できるようにしてある。自衛用の装備と言ったところだ。実現させるために竜鱗を組み込むことになったのは痛手だったが。また顔はマネキンのようなままだが、造形はしっかり作り、目の部分にはガラス球を嵌め込んである。なおどれだけ離れていてもベルは子機や船舶を操作できるらしい。聞いたところゲートと同じ理屈で魔力回路を繋げることが可能だそうだ。あくまで本体はグレイハウンドの中らしい。
「お呼びですか、マスター」
「ベル、皆さんに自己紹介を」
俺に言われたベルは一同を見回し、状況を理解してカーテシーをきめる。
「個体名ベルガモット。マスターの命により参上しました。ベルとお呼びください」
ベルの登場に一同は固まる。
「……ゴーレムが喋ってる」
「フェイスレス卿、鑑定をかけてもいいかね?」と国王が聞いてきたの了承する。かけたところでこの子機はただの核なしゴーレム。それ以上のことは分からない。
おっと、その前に。
「ベル。自己防衛モードは切っておいてください」
「了解しました。子機の自己防衛モードを停止。現在通常モードです」
「フェイスレス卿、今のは、何かね?」
「万が一のためです。攻撃や魔術に対して自動迎撃するように設定していたので」
「……具体的には?」
「ベル、構えは無しで武装展開」
その言葉にベルは手を下げたまま前腕部の武装を展開する。
「ここからライトショットが乱射されます」
そう言った瞬間全員の心音が乱れる。怯えさせたようだ。そんな中別の意味で心音を乱れさせた一人が鑑定をかけるべく寄ってくる。レベッカさんだ。
「じゃ鑑定かけるわねー」
相変わらずだなー、この人。
レベッカさんがベルに鑑定をかける様子を見守る。自己防衛は発動しないので一安心。
「陛下、これはただのゴーレムです。とても今目の前で起こっている現象が起こるような魔術は組まれていません。それでもこれ一機で相当な戦力になりますが。能力としては小型の魔装機兵と言っても過言ではありません」
レベッカさんの言葉に俺は苦笑いを浮かべる。
まぁ、魔術弾は装甲関係なくダメージ蓄積するからなぁ。魔力切れまで撃たせたら魔装機兵一機くらいは堕とせても不思議じゃないのは頷ける。だってそういう性能にしたから。
「レベッカ女伯爵。それは我が国で作れるか?」とガルムーク侯爵がすかさず尋ねる。それにレベッカさんは首を横に振った。
「造れますが、ただの木偶になります。これだけで動くはずがないんです。中に人が入っていると言われた方がまだ信じられます。この腕でその可能性も否定されましたが」
そう言ってレベッカさんはベルの手を取り、硬質ツインテを引っ張ったりしている。
「レディ・ウェレンスク。その辺にしておきたまえ。フェイスレス卿が扱いに困っている」
「あら失礼」
そう言ってレベッカさんは席に戻る。悪びれた様子は全くない。
「して、ベルガモットとやら。貴公は何故戦闘終了直後に西へと向かった?」
「マスターの安全を最優先しました」
「なぜ我が国の艦隊から離れた?」
「マスターの安全を最優先しました」
「……我々はフェイスレス卿にとって安全ではないと?」
「マスターにとって国家組織は全て等しく潜在的な脅威と認識しています」
その言葉にガルムーク侯爵が立ち上がる。ベルはその武装を展開した左腕を跳ね上げていた。
「脅威認定。マスター。戦闘モードへの移行を提案します」
「ベル、止めなさい」
俺の言葉にベルは左腕を下ろす。サーチが組み込んであるから害意感知に引っかかったのだろう。
「フェイスレス卿。説明を求めたい」
国王の言葉に俺はため息をつく。
「あなた方は俺の事を味方だと思っているようですけど、俺にとってはいい様に利用されてるだけなんですよ。正直あまり信用はしていません。手を貸したのは自分の住処であるロア周辺が荒らされるのを防ぐためです。帝国の時はあっちにも知り合いがいるので戦争回避させましたが、本来俺は国の利益も未来もどうでもいいんですよ」
「……そうか。卿の意向は理解した。やはり貴殿を取り込むには大きすぎたか……」
そう言って国王はその身を椅子に深く預けた。
おそらく行動を共にして帰属意識を持たせるつもりだったのだろうが、そうは問屋が卸さない。
「だが卿には今まで通り国防に手を貸してもらうぞ。実は、隣国のダルニシアとアイネが属国の申し出をしてきた。よもや属国となった国を守らず放置するわけにもいくまい? 彼らは我が国の庇護対象なのだから」
「お貴族様っていうのはいい性格してますよ、ほんと」
そう言い残して俺は御前会議の場を後にする。ベルとともに秘密基地へ帰り、俺はベッドに靴を履いたまま体を斜めに横たえた。するとベルが靴を脱がし、俺の体勢を直し、シーツをかけてくれる。
「いや、ベル。寝るつもりじゃないんですよ。ただちょっと疲れただけです」
「了解しました」と言ってベルは俺を寸分たがわず同じ状態に戻す。
戻さなくてもいんだけどなぁ。
ベルはちょっとズレたところがある。人ではないので当たり前だが、その辺が何とも言えない。本人は気を遣ってくれているようなのだが。俺の世話を焼きたがるフシがあるので、とりあえず今のところは格納庫の掃除とグレイハウンドの整備を命じて要らぬことをしないようにしている。あと子機の武装の点検という名目の狩り。収納袋化した背嚢を用意したので週に二度程度獲物が俺に献上される。あと一週間ほど放置すると拗ねる。命令不服従とかは無いのだが、俺がグレイハウンドに乗るまでちょっと機嫌が悪い。具体的には物言いたげにじっと見てくる。
そう言えばの話、入り江を改造して桟橋を作った。管理はもちろんベルに任せている。秘密基地からはちょっと距離があるのでゲートの魔道具で繋いだ。設置型で扉を開けることで作動するので、今までのモノより魔力の持ちが良い。
取り外せば完全にどこでもド……これ以上はいけない。
なお、ベルは魔道具を使用することが出来る。バッテリーに使っている竜鱗から魔力を流しているそうだ。
俺は少し気力の回復した体を起こし、自宅へのゲートを開く。ラッシュさんに捕まり和室で全員集合の上御前会議の事を報告させられたが、とりあえず王国の防衛戦力として扱われるのは契約なので一言「嵌められました」と悪態をついておいた。ラッシュさんはカスパル卿から改めて話を聞くつもりだそうだが、それより気になることが一つ。イリスさんの具合が悪そうなのである。
「イリスさん、大丈夫ですか?」
「え? ええ。大丈夫ですけど……。それよりシグルド。前に作ってくれたラモン果汁入りの炭酸水のオラカラ割くれませんか? ラモン果汁多めで」
「別にいいですけど……」
そう言いながら俺は焼酎の瓶を取り出しかけて、やめた。最近イリスさんが作った晩飯を思い出してある可能性に思い当たったからだ。
「イリスさん。それ飲みたいだけですか? すっぱいものが食べたいとかじゃありませんか?」
「えっと、そう言われればそんな気も?」
俺はおもむろに立ち上がってイリスさんが最近作ったスープを確認しにダイニングの保管庫に走る。意識して飲むと、味がいつもより濃かった。
和室に戻ってイリスさんのおでこに手を当てる。若干熱い。
これは……確定か?
俺はイリスさんの魔力の流れを確認する。それをミアと比べて確信する。お腹の辺りに不自然な魔力の流れがある。
「ラッシュさん。おめでとうございます。あとイリスさんは今日から禁酒です」
「何の話だ?」と首を捻るラッシュさんに「ご無体な!」と俺に縋りつくイリスさん。だが意見を曲げるつもりはない。
「酒はお腹の子に悪いんですよ!」
その言葉にイリスさんは「へっ?」と動きを止める。そして視線を自分のお腹にやり、その腹を手でさする。
「ラッシュ……私……」
「お前、堕胎薬飲まなかったのか」
「ご、ごめんなさ……」
謝ろうとしたイリスさんをラッシュさんが抱きしめる。それはラッシュさんが初めて見せた人前での愛情表現で、俺たち三人は揃って目を瞠った。
「二人、いや、三人のことだろ。ちゃんと言ってくれ」
「怒らないんですか」
「言わなかったことについては怒る。だが子供が出来て喜ばない親がどこにいる」
ラッシュさんに抱きしめられて、イリスさんははらはらと泣き出した。黙ってその身に子を宿すほど渇望していたのだろう。それが認められて、嬉しくて今泣いている。
イリスさんが泣き止むのを待って、ラッシュさんはイリスさんを連れて出かけてくると言う。教会に行くのだそうだ。
「順番が逆だが、結婚の報告はちゃんと神様にしなくちゃな」と言って真っ赤になってあたふたしているイリスさんを連れて出て行った。
なおこの世界には平民に結婚式というものは無く、教会で神父さんやシスターに礼拝堂で簡単な儀式をしてもらうだけらしい。もちろん参列者も無く、俺たちはお留守番である。もちろんお祝いの品を送る習慣も無いが、前世の常識的に何か贈り物をと考える俺の手にそっとミアの手が絡んだ。
「あたしとシグルドのは、いつ?」
「結婚自体はいつでもいいっちゃいいんですけどねぇ。子供の方は親になる覚悟がまだ」
「あんまり待たせるとイリスの真似するからね?」
「勘弁してください」
そう言って俺は畳に身を投げ出す。その上にミアが覆いかぶさり、首筋を噛まれた。
「何してるんですか」
「んー、おまじない? シグルドがはやく覚悟決めてくれるように」
そうミアは言うが彼女が首筋を噛むのは甘えているだけであることを俺はもう知っている。言いたいことがあるけど言えない。そんなときによく噛まれる。今はおそらく、子供が欲しいというのを言っても俺に現状は聞いてもらえないのを知っているからだ。
子供欲しいという発言は前に何度か受けているし。甲斐性がなくてごめんなさい。
ちなみにこの世界では結婚は子作り前にするのが一般的。結婚したら一人産むまでは堕胎薬は飲んではいけないと言う習わしだ。というわけで、やることはやりたいけど子供はしり込みしている俺にとって結婚はまだ先の事である。
……こうして考えるとなかなかのクズ男だな、俺。はやく覚悟決めよう。
しばらくミアに首筋を噛ませつつのんびりしているとラッシュさんとイリスさんが帰ってくる。
「遅かったね?」
「ん? ああ、ギルドに行ってきた」
聞けばイリスさんが冒険者引退の申請をしてきたそうだ。子作り子育てとなると冒険者ギルドのランクを維持するのは難しいのである。それが引退すれば一ランク降格だけで復帰できるらしい。
「とりあえずイリスさんは禁酒を徹底してください」
「うう……。わかりました」
この人、アルコール依存症に思えて実はそうじゃない。ただ単に酒が好きなだけだ。だから我慢しようと思えばできるのである。
実際のところ、旅の時は我慢できているわけだし。
「生まれてからも乳離れするまでは駄目ですからね」
「そうなんですか⁉」
「お乳を通して酒が子供に行くんですよ。だからダメです。物足りなければ代わりにラッシュさんに甘やかされて下さい」
「おいおい。俺に振るか」
「ラッシュさんの嫁さんでしょうが。メンタルケアくらいしてあげてください」
「わかったわかった。甘やかせばいいんだろう、甘やかせば。で、お前らはいつまでそうしてるつもりだ?」とラッシュさんは折り重なっている俺とミアを見て言う。俺はもぞもぞと動いて脱出を試みるが、ミアが離してくれない。
「ミアがどいてくれない限り動けません」
「で、ミアは何してる?」
「いや、どうやってシグルドに子作り許可させようかと思って」
「イリスの様な強硬策は止めとけ。正直困る」
「……善処する」
やっぱり善処なんだ。
拘束が緩んだので俺はミアの下から這い出る。
「とりあえず、今後の活動どうします?」
俺の言葉にラッシュさんは腕を組んで頭を悩ませた。
「それなんだよなぁ。正直、俺たちはそれぞれソロでもやっていけるんだ。だがパーティーとして見ると回復役兼魔法職が削れるからバランスが悪い。代わりになれるのはシグルドだが、お前はもうそういう域じゃないからなぁ」
「そのままでいいんじゃないですか?」と考え込むラッシュさんにイリスさんがそんなことを言う。
「六、七年もすれば冒険者としては復帰できるでしょうし、正直ヒールが必要な状況って皆だけならないんですよね。魔法が利く相手もよっぽど硬いとかじゃなければありませんし。私の存在意義って昔ほど無いんですよ」
そうイリスさんは言うがそんなことは無い。魔術での攻撃だから俺とは違って範囲攻撃の砲台なのだ。特にゴブリンやオークの素材や食肉にならない相手の殲滅戦では重宝する。抜ける穴はそれほど大きいわけでもないが、小さいと言うには貢献度は高い。メンバーへの強化魔術の付与もできなくなるし。
だが決めるのはラッシュさんだ。彼は一つ決めたように頷くと、顔を上げた。
「このままでいく。その分依頼は厳選する。それでいけるだろう。今更パーティーを組み直すのも面倒だしな。最悪、臨時で魔術師を雇おう」
その決定に一同頷きを返した。
自宅のあるロアの季節は秋。だが今俺がいるところの天から降り注ぐ太陽の日差しは真夏のように強い。場所はダルニシア王国南部。南に存在するフェールズ王国とメネルバ公国の両国との国境線がある平野付近に向かっている。
俺はグレイハウンドの中。だがグレイハウンドは大型の双発ヘリに懸架されている。前後ではなく左右にプロペラが配置してあるタイプ。例によって揚力とかよく分からないので魔術で浮かせている。機構はすべて趣味でとりつけたものだ。大陸南西方面にはまだ行ったことが無くグレイハウンドを空輸できる足が必要になったので急遽建造した。武装は魔装機兵にダメージを与えられる規格の速射砲が二門。コックピットにはベルの子機が乗っている。本来ならば乗る必要はないのだが、子機が乗ることで輸送ヘリの外付けバッテリーのような役割を果たす。魔道具にとって子機は本当に都合がいい限りである。その分直接触れて魔力を充填する必要がでてくるのだが、それは些事なので置いておく。ミアが言うには秘密基地で寝ている時に勝手に俺に触れて補充しているらしい。
今回は単純に武力衝突だ。ライクロイック陣営はできればそのまま二国に攻め込むつもりのようだが、一応負けた時の最終防衛ラインとして俺が派遣されている。ちなみに同じような衝突はアイネ側でも起きているそうだが、戦況としてはダルニシア側の方が悪いらしい。この辺はベルベストとの物理的距離による影響力の問題があるそうだ。
俺の装備は基本装備からミサイルを外して長距離レーダーを取り付けたもの。
「前方で戦闘行為を確認。距離およそ六〇〇キロと推定。接触までおよそ二時間です」
ベルが教えてくれるが俺には鷹の目と遠見を併用しても見えない。お前の目はどうなってるんだと聞きたいが、聞いても無駄なので黙っている。
実のところ輸送ヘリを使うよりグレイハウンド単機で飛んだ方が速い。流石にあの揚陸艦よりは速いが。ただ単純に飛行系の魔術だけで組まれているので移動手段として見ると一番燃費がいいのだ。つまり戦闘前に無駄な魔力を消費しなくて済むという利点がある。
「戦況は? どうなってますか?」
「ライクロイック陣営が優勢です」
なら急ぐ必要も無いかと俺はゆったりとシートに腰かけながら望遠で時折見えるゴマ粒のような影を眺める。
この南方戦線にはライクロイックから五十機の魔装機兵が投入されているらしい。そこにダルニシア製の試作型十二機が投入され総勢六十二機の大部隊になっている。
なお、先の海上戦でライクロイックの戦法は遠距離狙撃型による十字砲火と各個撃破に固定され、定義されているわけではないが前衛機二機で後衛機一機を守るスリーマンセルを基本単位とした小隊二つで一機づつ狙い墜としていくスタイルになったそうだ。距離というアドバンテージを提示したのは俺だが、戦術自体を生み出したのはこの世界の人間。その戦法で既にアイネ側の東方戦線では戦果が上がっているようである。
戦場に着く。国境線からはだいぶ押し込んでいるようである。
標準的な中量二脚といった趣のフェールズ製、メネルバ製魔装機兵に対し戦法が固まったライクロイック製の魔装機兵には新型の軽量機らしきものが混じっている。遊撃に特化した機動力を重視した作りだ。その分装甲は薄いだろうという予想は当然として、見たところコックピットもだいぶ狭そうである。その他の魔装機兵は前の海上戦で見た旧式。だが前衛機は大型のシールドを装備したり追加装甲を付けたりして見た目防御力が上がっている。いや、実際に上がっているはずだ。この世界の魔術はイメージが明確なほど効能が上がる。魔道具も同様に。運用を明確にすればそれだけ性能が上がると予測される。
実際、ライクロイック陣営は二国軍を圧倒していた。
二国の軍はそれぞれでファランクスを作っている。だがそれは悪手。魔装機兵は俺の基本コンセプトでは機動戦を主とした陸戦兵器。俺の設計図を基に作っているのであれば運用方法をそもそも間違っている。それで言えば以前の海上戦で俺が提示した固定砲台としての運用も間違っているのだが、あれは兵士の技量を考えるとそうせざるを得なかったと考える。それに対しライクロイック陣営は旧式機のもてる機動力を最大限に生かした機動戦を仕掛けて一機ずつ確実に仕留めている。前衛機が盾を前面に押し出して速射ライフルを乱射し、その隙に後衛機が一斉砲火で仕留めていく。今現状では装甲の素材を鑑みると武装の方が強い。だから防ぐより躱すことが重要になるのだ。
「ベル。フェールズ、メネルバ連合軍が国境線を越えてくる可能性を算出してください」
「◯.一パーセント以下と推定」
なら俺が出る幕はないか。
ヘリに懸架されたまま俺はゆっくりと戦場を眺める。大きく旋回し、戦局を見守る。
一機、また一機と落ちていく。二国連合軍は頑張っているが、ライクロイック軍の戦術が一度実戦を経ていることで固まっていることがやはり大きい。比べれば烏合の衆だ。ライクロイック陣営にいるダルニシア軍は正直ライクロイック軍の動きがある程度洗練されていることもあり、固まってしまってお荷物状態。怯えていると言ってもいい。
二国連合軍が敗走を始める。ライクロイック軍はそこで攻撃の手を止めた。逃走を見逃すらしい。
「逃がしていいんですか」
俺は何も考えずにそう問いかける。
「シグルド、フェイスレス卿……」
俺が声をかけたことで戦場の空気か凍る。
ところで死神だの虐殺者だの不名誉な言われ方をしているのは何故だろうか。それに思いっきり嫌悪感が声に乗っているのも。
「敵軍は敗走を始めました」
「ええ。それが?」
「逃げる相手を殺すのは騎士道に反します。我々は誇りある軍人だ。虐殺者ではない!」
なるほど、と俺は自分の考えを恥じた。
ゲームの感覚でいたが、これは現実。勝利条件は決して敵の殲滅ではないらしい。あくまで前線を押し上げポイントポイントを制圧できればいいのだ。確かに敵を皆殺しにする必要はない。ましてや逃げる相手は既に戦意を失った相手。戦略的撤退の場合もあるだろうが、そうなった時点でその戦の自軍の勝利は確定している。
だとしたら先の海上戦で逃げようとしていた船舶を容赦なくレールガンで貫き撃沈させた俺は、確かに彼らにとって殺戮者なのだろう。
その事実に、俺は自分自身を嗤うしかなかった。
ケタケタと嗤う俺に一同が身構える。手緩い、とでも言われるとでも思ったのだろうか。それとも俺が実力行使に出る可能性を考えたか。
「失礼。俺はまだまだのようですね。戦場を、いや、戦争を知らなさすぎる。学ぶ機会を得られたことを光栄に思います」
ああ、滑稽だ。何が専守防衛だ。最も苛烈に、残虐に、非道な行いをしていたのは俺の方じゃないか。
今までは逃げる敵というものが存在しなかった。いたとしても、盗賊などであれば捕らえるか殺すかすべきだろう。だがそれは後の被害を無くすため。だが今回は違う。異なる主義主張のぶつかり合いであり、絶対悪というのは存在していない。殺さなければならない理由はどこにも存在しない。
「俺は必要なくなったみたいなんで帰ることにします。皆さんは任務続行ですよね。お疲れ様です」
「あ、ああ……」
付き物が落ちた様な俺に一同が怯える。
そんなに怖がらんでも君たちに銃を向けたりせんよ。君たちが誇りある軍人である限りは。俺の見本となってくれる限りは。
「ベル。帰りましょう」
「作戦の終了を受諾。帰還シークェンスを開始します」
ミアが言うには、帰って来た俺は魂が抜けたようだったという。
ベッドに寝転がり、天井を眺めることが増えた。夜はミアの胸に抱かれていないと寝れなかった。そんな俺が戦場を眺めるだけの仕事をしつつ調子が戻ってきたのが年を越した頃。整理がついたわけではないが、いい加減この態度は良くないと自覚して正した。だが俺は今、秘密基地のベッドに寝転がってぼーっと天井を眺めている。頭の後ろで組んだ腕はミアが枕にしていた。
「元気、でないね」
「なかなか整理がつかなくて」
起こったこと、考えたことはミアと共有してある。だがどれだけ慰めてもらっても、どれだけ擁護してもらっても、己の中に自覚した自分が無自覚な殺戮者であるという事実は俺の心を苛んだ。
ミアが起き上がり、おもむろに唇を重ねる。触れ合うだけのキス。ミアの瞳に映る俺は、とても冷めた目をしていた。
「一人の方がいい?」
「……………………いえ、一人だと不安です」
「そう」と言ってミアはまた俺の腕を枕にする。彼女の暖かい手は、俺の冷えた頬に添えられた。
「髭、伸びてるよ。ちくちくする」
「剃り残しでもありましたかね」と俺は口にしたが違うのは分かっている。日常生活がおろそかになっているのだ。徐々に、そう、徐々にこの状況は俺を蝕んでいっている。
髭を剃るのを忘れた。歯磨きを忘れた。風呂に入ることを忘れた。スープの仕込みをしなくなった。
すべてが、めんどうだった。
王国からの出撃命令はもう無いに等しい。王国軍の快進撃は続き、戦地となった国が属国となるか同盟国となるかの違いがあるだけで、既に俺という最終防衛ラインは必要とされなくなっていた。むしろ攻勢に出てほしい意図が透けて見えるが、それは契約外のことなので無視している。おかげでベルが若干退屈気味。なんとか魔術師の妖精をものにしてドッペルゲンガーという魔術に昇華させてベルに組み込み、シミュレーター機能として利用して発散させているが、兵器としての本能が戦場を求めていると本人が言っていた。
実を言うとそのベルの言葉にも俺は少し凹んでいる。彼女は俺から生まれた意識。いわば俺の分身とも言えるべき存在。それが戦場を求めるのであれば、俺にそういう意識がある証明に他ならない。
とりあえず夜も更けてきたことだし風呂にでも浸かろうと気合を入れる。当然ミアも付いてくる。服を脱ぐ前に顔を触る。ミアが言うように少々髭が伸びている。アイテムボックスからナイフを取り出して剃る。触って確認。
まぁ、こんなもんだろう。
髭を剃り終えるとミアがブラを外しているところだった。前に使用感を聞いてみたが、胸が揺れなくなって快適らしい。貴族は未だ腰を細くするコルセットが主流なので、ドレスを必要としない商人の奥方や娘さんを中心に広がりつつあると商業ギルドで聞いた。あと胸の大きい女性冒険者にも需要があるらしい。ちなみに今のところすべて服飾店でオーダーメイドになるのでそこそこ高い。ついでに言うとコルセットをただちょん切ったような見た目の色気のないお安いものとデザインを少し凝った色気のあるものの二タイプが存在する。ミアが今付けてるのは色気のない方。制作にあたってはブラのホックの構造なんて知らないし、なんとなく分かるけどその要件を満たす金属部品を作る技術がこの世界に無いのでカップの前部分を紐で縛る構造だ。
「外したかった?」
「いや、それは夜にやってるので別に」
じっと見ていたのでミアに聞かれ、多分冷めた目のまま俺は答える。
服を脱いで浴室へ。バスチェアに腰かけると、ミアが後ろにつく気配。布で石鹸を一生懸命に泡立て、ミアは俺の背中を擦る。
「自分でやるって言ってるのに」
「いや、なんか見てられないから」
背中を洗われ、腕を洗われ、抱き着かれて胸と腹と股と足を洗われる。
「ここは一応元気になるんだよねぇ」
「性欲が無くなったわけではありませんから」
かといってミアを無理やり襲うことは無い。仮に無理やり襲ったところで嬉々として受け入れられるだけだ。それにそんな鬱憤晴らしでミアを抱きたくない。
頭だけは自分で洗って先に湯船に浸かる。平時ならお返しにミアの身体も隅々まで洗ってやるところだが、今の俺にはそれだけの気力が無い。ぼーっとミアが体を洗うのを見ているだけだ。
ミアが体を洗い終えて湯船に入ってくる。俺は正面から抱き着いてきたミアを抱きとめて丁度目の前にあった谷間に顔を埋める。これだけで落ち着くのだから不思議なものだ。
「ミア」
「何?」
「俺が逃げ出したら、また連れ戻してくれますか?」
俺は、こうなってから初めて弱音を吐いた。逃げ出してしまいたいと。そしてそれを叱ってくれるかと。
「連れ戻さないよ」
「そう……ですか」
「あたしも一緒に逃げるから」
その言葉に俺はミアを引きはがしてその目を見る。
「止めないんですか?」
「止めてほしいの?」
その問いに俺は言葉に詰まる。ミアの目に宿る力は強い。それは単なる甘やかしではなく、俺の意思を尊重し、運命を共にするという意思で。
俺は再びミアの胸に顔を埋める。
「分かりません。何も、分からなくなりました。俺は、また何か間違うのではないかと」
「あたしは虐殺者とよばれる男の嫁だから。いっしょに地獄へ落ちるよ。どこまでも、いっしょに」
ああ、そうか。もうミアは俺の事を止めてはくれない。俺が間違えようと、何をしようと、ただずっと側にいてくれるだけだ。
だがそれはいけないことだと思う。
「ミア」
「何?」
「俺が道を踏み外したら、殺してでも……いや、死ぬのは怖いんで殴って止めて下さい」
「……止めなきゃダメ?」
俺の頭を掻き抱く力が強くなる。
「それを俺が望むから」
「……わかった。それをシグルドが望むなら」
俺たちはしばらく、かたく抱き合ったまま風呂に浸かっていた。
風呂から出て、俺は一通の手紙をしたためる。それをラッシュさんに預け、ミアと共にゲートをくぐった。出た場所はメレシアの武家屋敷。レヴァーガ翁の居城だ。
鍵も何もかかっていない玄関の前にミアと手を繋いで立つ。引き戸に手をかけようとしたところで、声がした。
「入れ」
「失礼します」
そこには、いつぞやの刀を手に仁王立ちするレヴァーガ翁がいた。
「シグルド。ここに何の用じゃ。お主がおるライクロイックと我が国の盟主、トメーキアは今現在敵対しておる。市井の民に紛れて食材の買い付けに来る程度なら何も言わんが、儂に会うてただで帰れると思うてか」
「人生の先達に相談を聞いてもらいに来ました」
「……なんじゃと?」
俺の発言に毒気を抜かれたのかレヴァーガ翁の殺気が霧散する。下駄を履いて俺の方に寄って来たレヴァーガ翁は、俺の顎を掴んで顔をまじまじと覗き込んだ後、刀をアイテムボックスに片づけた。
俺とミアは客間に通される。レヴァーガ翁は茶を入れてきてくれた。
「戦争が始まってから儂もそちらへ行くのを控えておったが、お主、少々老け込んだか? よほど心労が溜まっていると見るが」
「そう見えますか」と問う俺にレヴァーガ翁は茶を啜りながら「うむ」と頷く。
「おじいちゃん、あのね」とミアが俺に起こったことを説明してくれる。
「ふーむ。新兵がたまに陥るやつに近いかのぅ。いや、殺戮の衝動とはまた別か。とりあえず、自分の行動を恥じてそうなっておるのじゃな?」
「うん。そうみたい」
「シグルド、お主の口からも聞きたい。何がお主をそうさせておる」
俺は語る。その身の内を。だいたいはミアが説明してくれたことだが、俺が目的と手段を混同しており、戦争に反対しながらも最も凄惨な虐殺行為を行ってきてしまった事実とのギャップに苦しんでいることを告白する。
「なるほどのぅ……。お主は英雄の器ではないの。ごく普通の人間じゃ。だから悩む。英雄は悩んだりせん。その戦果や守ったものを誇るであろうよ」
「俺が英雄なら、もっと気楽だったんですかね」
「そうであろうな。じゃが、お主が英雄でないからこの世界はまだ保たれておる。お主が英雄の器じゃったらと思うとゾッとするわい」
レヴァーガ翁が言うには、俺が英雄的行動に出ていればこの戦争は既に終わっているとのこと。それも国がどうとか関係なく、俺の理想から外れた者を焼き尽くすという結果で。
否定は、できなかった。
「凡人であることを誇りに思え。お主が守りたいと思ったものは、お主がそうであるからこそ守れるのじゃ。英雄は国を守れはしても大切な誰かを守れはしない。その悲劇を力に変えるのが英雄だろうからの。シグルド、お主はどうしたいのじゃ」
「逃げたい、です。すべてを棄てて、どこか遠くに」
「なら逃げればよかろう」
「それが出来れば苦労はしませんよ」
「じゃろうな」とレヴァーガ翁は茶を啜る。飲み切った湯呑を盆の上に置くと、老侯は一つ息をついて天井を見上げた。
「シグルドよ」
「はい」
「やってしまったことはもう取り返しがつかん」
「……はい」
「じゃからの。前を見よ。後悔を次に活かせ」
「後悔を、次に……」
「それにお主は独りで歩いている訳ではなかろう」
その言葉に隣のミアを見る。ミアは俺の手を取って一つ確かに頷いてくれた。
「俺は、どうすべきなんですかね?」
「好きにすれば良かろう。だからと言ってお主が世界を滅ぼす魔王となるならば、ちーとばかしこの老骨に鞭打つことになるがの。そうはさせてくれるなよ?」
にやりと笑うレヴァーガ翁につられて俺も口角が上がる。
ああ、この御仁は。俺の欲しい言葉を的確にくれる。これも年の功なのだろうか。
「お茶、ごちそうさまでした」
「行くのか」
「ええ。ベルベストに行ってみようと思います」
「ほう?」と呟いてレヴァーガ翁は入れ直した茶を飲む。
ベルベストに行ってみようと思ったのはずっと前のことだ。戦争が始まった当時、竜の怒りを買うと言うのがどういうことか分からなかった。それが宗教的な権力を誇示するための方便なら俺はライクロイックに手を貸すつもりだ。だがそうでないのであれば、何か解決策を考えなければならない。その真偽を確かめに行く。
「連邦に入る手立てはあるのかの?」
「商業ギルドにも加盟してるので商人に身を窶そうと思います。最近はミスリルのギルド証で驚かれるのが面倒なのでそうしてましたし」
「ふむ。この国からならば行けるか。免状の一つでも出してやりたいところじゃが、家が絡むでの。すまぬ」
そういうレヴァーガ翁に俺は「気にしないでください」と言ってその場を後にした。
「シグルド、商人のふりをするなら着替えた方がいいと思うんだけど」
そうミアに言われて、俺たちは一旦家に戻った。
俺はアイテムボックスから着替えを出す。帝国皇帝をやった時に作らせてみたはいいものの、使いどころが無かったちょっと上等な普段着を着る。原材料がべらぼうに上等というわけではないので、いつものローブを着れば少々稼いでいる商人として見れないことも無いだろう。しばらくするとミアが部屋に入ってくる。彼女も俺と同じ時期に作らせた深紅のワンピースを着ている。ちょっと商人にしては華美な気もするが、派手好き設定にすればまだ許容範囲だ。いつぞや贈ったアカーテのイヤーカフはずっとつけているし、何か首飾りでもあればいいだろうか。俺は即席で金のフレームに秘密基地近くのダンジョンを漁っている時に見つけた黒い大粒のアカーテをあしらった首飾りを作ってミアにかける。あとはこれも金でできた簡素なペアリングを俺とミアの左手の薬指に嵌めれば準備は完了。
「何これ?」とミアがリングを見ながら俺に聞いてくる。
「あ、そうか。この世界に結婚指輪の概念は無いのか」
「結婚? そこんとこ詳しく」
俺はミアに結婚指輪の概要を説明する。
「ふむふむ。じゃあ、シグルドのいた世界だと左手の薬指に指輪をはめるのは結婚した証と」
話を聞いたミアがニマニマしている。これはきっとしばらく外さないな。
「ミア、商人のフリが終わったら外してくださいね?」
「なんで」
「結婚したら本物をちゃんと作るんで」
その時は死蔵しているロックアリゲ―ターの岩石片で作る。デザインも凝る。
「でもぉ……」
「わかったわかった。分かりました。じゃあそれは婚約指輪ってことでいいです。でも戦闘の邪魔になるんで首から下げて下さい。体温調節の魔道具化しとくんで。ミアが使ってるの、昔俺がプレゼントしたペンダント型の奴でしょう?」
「婚約指輪ってことは婚約の証ってことだね? わかった。それなら言うとおりにする」
俺はミアの左手を取り、指輪を魔道具に作り変える。
向こうは昼前だがこっちは深夜だ。俺とミアは服に皺を作るべくそのまま二人でベッドに潜ると、しばし仮眠を取った。




