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22 開戦

 季節は初夏。照り付ける日差しと乾いた風が心地よいその日、俺は自室のベッドで惰眠を貪っていた。リフリスの城ではない。ロアの自宅の部屋だ。あのあとなんやかんやあったが、結果的にライクロイック王国はリフリス帝国の併合に同意。俺という防波堤を手に入れた上、リフリスの持っていた強大な軍事力も手に入れることになり大陸随一の国家となった。その調印式が終わったのが春の終わりの事。周辺国家も招いてのものになったため大仕事だった。

 ゲートでちゃっちゃと行って済ませるつもりだったのに。

 だが、何はともあれ俺は晴れて皇帝の座から降りることができた。だがただのシグルドに戻ることはできず、叙爵こそされていないもののシグルド・フェイスレスという貴族に準ずる扱いになっている。ちなみにラッシュさんは帝国での手腕を買われてケストール家のお家再興を持ちかけられていたが丁重にお断りしていた。だがあの宝飾店の店主、アレシュ・キンバリー氏のように家名を名乗る自由を与えられたそうだ。本人に名乗るつもりがあるかは別として。

 帝国側で何か騒動があったかというとそんなことが起きないように手は回してもらっている。帝国貴族はそのまま自領を治めてもらい、何か不都合があれば別の貴族に変わるそうだがこれは帝国時代から変わらない。法律もラッシュさんが言っていた通り王国と帝国でそう大きな差異があるわけでもないので併合は安寧の内に完了したのである。

 ちなみにオイタをやらかした帝国貴族だが、帝国の崩壊とともにアラートが鳴ったので行ってとっちめてきた。皇帝の座から降りた俺の襲撃は犯罪だと喚き散らしていたが、あの時書かせた書類にとても小さな字で俺の警察力は永久的に有効であるとの詐欺まがいのものを混ぜてあったのである。それを盾にメイドさんを救出し、オイタが過ぎた貴族は厳罰に処された。また救出した彼女を含め、城のメイドや使用人の数人が俺についてこようと画策していたのが発覚したためそれを留めるのにも労力がかかった。顔を照らし合わせてみると、全員が何かしら料理を振舞ったことがある人物。特におやつ。アリシアさんとメイヴィスさんもしれっと交ざっていたのには頭を抱えた。

 皆が職に困らないように色々手を回してもらったんだから余計なことしないでほしい。

 そんなこんなの色々を片付けて、俺はただのシグルドではなくなったが一介の冒険者シグルドとしての生活をこの手に取り戻したのであった。

 ぼーっとしているとノックの音がする。どうせラッシュさんが出てくれるから俺は動かない。

「皇帝陛下ぁー、客だー」

 ラッシュさんが冗談交じりに俺を皇帝呼びするときの用件は元帝国の人間が絡む。それも俺に若干懸想している、というか餌付けされてしまったタイプの客。お菓子をあげたメイドさんとか、クソ貴族の監視に当たってもらっていたメイドさんとか。あとは……。

「この反応はアリシアさんとメイヴィスさんか」

 俺は体を起こして服の皺を伸ばす。

「はいはい、今行きますよっ……と」

 ちなみに今ミアはいない。コルセットを改造した俺の知ってる現代地球風のブラジャーを最近胸が肥大化してきたミアのためにいい加減発案したので、その発注にイリスさんと行っているのである。俺も誘われたが、流石にイリスさんが同席しているので遠慮させてもらった。ついでにデザインを合わせた下着の発注も行われているはず。

 下階に降りてダイニングに行く。すると冒険者の格好をした二人が手を挙げていた。

「何しに来たんですか」

「いやー、頼みごとがありまして」

「ついでに私たち、ロアに越してきました」

「頼み事ですか? というか何でロアに?」

 ロアには俺たち金獅子に、ガルムさんのところの蒼烏がいる。その上この二人まで来たら過剰戦力でなかろうか。前に戯れに試合ってみたけどそこそこ強いし。

「ロアに来たのはシグルドさんとコンタクトを取りやすくするためです」とメイヴィスさんが出したお茶に早速口をつけながら言う。

「俺と? それがお願いの件にも重なるわけですか?」

「そうなんですよー」たははと笑うのはアリシアさん。メイド時代とは雰囲気が違う。

「メイヴィス、言ってよ」

「えー、なんで私が。アリシアが言い出しっぺでしょう?」

「どうでもいいんで要件を簡潔に」

 促す俺に二人は顔を見合わせる。そして口をそろえて言う。

「お菓子作ってください‼」

 ……………………はぁ?

「すると何ですか。集りにきたと?」

「誤解を恐れずに言えばそうなります」

「でもでもシグルドさんがいけないんですよ⁉ 私たちに毎回餌付けするから! ドーナツとか、パウンドケーキとか!」

 餌付けした覚えはない。お菓子を配った自覚はあるけども。分量が分からないから作りすぎるんだよね。

「で、なに食いたいんですか。……ちょっと待て。越して来たってことは定期的に来るの⁉」

「いっそお店開いてくださいよー。買いに来ますからー」

「一個銅貨一枚くらいになりますよ」

 砂糖が馬鹿に高いから。ちなみに水飴だけでやったら失敗した。

「ぐ……。意外と高い。……ってそんなのポンポンくれてたんですか⁉」

「自分で作った余りですから。カロリー爆弾なんでミアにもあんまり食べさせたくありませんし、はやく捌けるに越したことは無いので」

 あったらミアが際限なく食うから。それで言うとポテチも実はあんまりよくないんだよなぁ。単価が安いから常備してるけど。

 そんなことを考えつつ俺はアイテムボックスからカットした黒パンを取り出す。からりと油で揚げてラスクに。その横で水飴を煮詰め、キャラメル色になったら揚げた黒パンを絡めてから取り出して冷やす。

 うん、思った通りいい感じに固まった。

 振り返ったらリューグがさも当然と言う面持ちで座っていたので皿を三つ出してラスクの飴掛けを二かけづつ乗せ、アイスミルクを盛って出してやる。お茶も改めて出した。

「はーい、これ食べたらもう来ないでくださいねー?」

「そんなこと言わないでくださいよぅ」

「こんなの出されたらまた来るしかありません」

「カリッとした飴に油の甘み。上に乗せられたアイスミルクとの相性も抜群。美味い」

 三人で飴をパリパリ言わせながら食べている。

ラッシュさんは来ないところを見るに後でいいっぽいな。あと十人前くらいあるから何の問題も無い。

「というかお二人とも、前は太るとかなんとか言ってたじゃないですか」

「それとこれとは、んく。話が別ですよー」

「私たち、もぐ。もうシグルドさんのおやつ抜きには生きていけません」

 似たような輩がちらほらいるから困る。家まで突撃してきたのはこの二人が初めてだが、ギルド経由でお手紙をもらうことが多い。王城の食事場に入ったあの料理長からもレシピについて手紙が届いていた。適当に返しておいたが。あと貴族の監視に当たってもらっていたメイドさんからは「陰からお慕いしています」と怖い恋文を貰った。娶る気はさらさらないが、眺めるだけでいいんで許してくださいという意思が確固として感じられるその文面から何故かミアが認めた稀有な例である。しかも実際、この家の近くにいるみたいだし。

 彼女公認のストーカーって何よ。

 いろいろな意味で俺がため息をつくと、玄関のドアがガチャリと開く。

「ただいま~」

「ただいま戻りました」

 ミアとイリスさんが帰ってきたようである。

「いいの買えましたか?」

「多分? 納期は早くて五十日くらいだからまだ分かんない。それより……」

 ふんふんとミアが鼻をヒクつかせる。

「なんか甘いもの食べた?」

「来客中です。アリシアさんとメイヴィスさんですよ」

「え、あの二人が来てるの? なんでまた?」

「おやつを集りにきました。ミアも食べます? イリスさんも」

「食べるー」とミアはダイニングへ。イリスさんは「新作ですか?」と聞いてきた。

「ええ、一応。揚げた黒パンに飴をかけて固めてアイスと一緒に盛ったものです」

「食べます」

 イリスさんがるんたったーと軽い足取りでダイニングへ。すると今度は和室からラッシュさんが出てきた。

「俺のも頼む」

 イリスさん待ちだったよね。知ってる。かく言う俺もミア待ちだったから。

 のしのしとダイニングへ向かうラッシュさんの後ろからついていき、皆テーブルに着いたところで飴掛けラスクアイス乗せをお茶と一緒に出す。

「ウマー、あまー」

「アツアツの揚げたての黒パンとアイスの冷たさがまた何とも……」

「……シグルド、コレ、売るならいくらで元が取れる?」

「え? えーっと、油が高いって言っても量を作ればそうでもないから……鉄貨三枚ってとこですかね? あ、アイス抜きなら二枚で行けると思います」

 その言葉に皆に衝撃が走る。

「お前、もう屋台だけで食っていけるんじゃないか?」

「そもそも生きてくだけなら三代くらい働く必要ないんですけど」

 そう答える俺にアリシアさんとメイヴィスさんがお茶を噴く。

「シグルドさんって……」

「すごいお金持ち?」

「シグルドはっていうか、シグルドが特にって言った方が正しいな。俺ら、ちょっとした依頼のせいで一財産になっちまったから。あ、いや、イリスは酒代に消えたか」

「もー、あの頃の話はしなくてもいいじゃないですかぁ! それにまだ半分以上残ってますっ!」

 イリスさん渾身のポカポカパンチがラッシュさんの鋼の肉体に炸裂する。当のラッシュさんは涼しい顔でお茶を飲んでいるが。

というか非力なイリスさんのパンチと言えど全く動かないラッシュさんの体幹すごい。

 話を聞いていたアリシアさんとメイヴィスさんは顔を見合わせると俺の方にずいっと身体を乗り出す。

「シグルドさん!」

「今度一緒に買い物に行きませんか?」

 何だ突然にと思ったら横からオーラが立ち上る。オーラというか殺気。

「その場合、あたしも一緒だけどいいよね?」

 固まる二人。

「あたしも、一緒だけど、いいよね?」

「アリシアさんもメイヴィスさんもやめとけ。シグルドはミア一筋だから。ちなみに俺もイリス以外養うつもりはないぞ。フリーなのはリューグだが……」

 そうラッシュさんが言うが早いか二人の視線が隣に座っていたはずのリューグに向く。

「居ない⁉」

「この中を気づかれずにどうやって⁉」

 いや、君たちが金の匂いに引かれ始めた頃に離脱してたよ。ハンドサインで任せると言い残して。

「個人的にはリューグは勧めたくありませんね」

「リューグさんって何か問題ある人なんですか?」

 逆だよ逆。君たちではリューグは幸せにならないだろうなって言ってるの。朴訥で善良でお金の事なんか気にしなくてメイさんのことごとまるっとリューグを包み込んでくれる女性なら傷も癒えるかもしれない。勝手な想像だけど。

「人には色々歴史があるんですよ」

 頭に疑問符を浮かべる二人を余所に、俺はお茶を啜った。

「というか食べ終えたならとっとと帰って下さい」

 空になった皿を差し、俺は二人に言う。

「あああ、待ってください待ってください。郵便配達の仕事はさせてください」

「郵便配達ぅ?」

 俺が首を捻るとアリシアさんがアイテムボックスを開いて手紙をどさどさとテーブルの上に落とした。

「ギルドでシグルドさんの居場所を聞いたらついでに持って行ってくれと頼まれて……」

「ああ、いつものやつですか。お疲れ様です」

 そう言って俺は手紙を改める。商業ギルドの簡易な封をしてあるのは俺に、というか俺の料理に懸想している連中のものだ。俺が皇帝をやっている数か月でそこそこの甘味中毒とマヨ中毒を生み出してしまった。ちなみにお菓子の作り方は料理長に公開したがマヨは公開していない。だってリューグが製品登録しろってうるさいから。皇帝やってる時はそんな暇無かったし。

 一つの手紙を一秒くらいで流し読みしていく。だいたいは「また食べたい」「こっちにきてほしい」という要望だ。

 リフリス地方に行く予定はないっちゅーの。手紙出すのもタダじゃないってのに。あと本気の恋文が混じってるのがシャレにならない。沈黙は同意と取られる場合があるから。というか、皇帝から降りた瞬間目の色変えて妾になりたがる人多くない? それもミアがいるのわかってるから絶対正妻になろうとはしないし。なんか貴族の縁談申し込みもちょいちょい増えてるんだよねー。と思ったらアルベーヌ家からの手紙だ。何だろう。

 俺は封を開けて読み、即閉じした。これカスパル卿からの手紙やない。エミリーちゃんの恋文や。

 まだあきらめてなかったのかあの幼女。いや、俺が貴族扱いになったからこれで身分が釣り合うとか思ってそう。大胆不敵にも正妻にとの文字があったのでミアに渡す。

「ほーぅ? いい度胸だね?」

「ミアー、手紙は破らないでくださいね。一言一句覚えてられるので問題ありませんけど」

 もう一通アルベーヌ家からの手紙があったので読む。ビフォワード氏からの手紙か。だが貴族らしい回りくどい書き方で要点がつかめない。なのでラッシュさんに要約してもらう。

「妹はやらん、だとさ」

 さいですか。貰うつもりも無いから別にいいけど。これには返信いらな…………。一応しといたほうがいいかぁ……。

 返信の必要不必要で手紙を分けていく。結果的に返信が必要なのはアルベーヌ家からの手紙二通を含めて六通だった。ちなみにラッシュさん宛にも二通ほど。どれも見合い話なので俺とラッシュさんは揃ってため息をついた。

「シグルドさんもラッシュさんもモテますね」

「これはモテてるのとは違うと思います。ただ権力……というか能力? に目を付けられてるだけですよ。あなたたちがさっきお金に寄って来たように」

 そう言ってやると二人はぐるんとそっぽを向く。

 いや、一人だけ本気がいるな。厄介なことに。

「というかとっとと帰って下さいよ。居座る気ですか?」

「居座っていいんですか?」

「叩き出しますねー」

 俺は二人の首根っこをむんずと掴んで引きずる。

「あわわわっ。自分で歩く! 自分で歩きますから!」

「でもちょっとらくちん」

「メイヴィス!」

 二人を玄関に立たせる。

「また来ますね」

「もう来ないでください。特に集りに来たら摘まみ出す」

「そんなー」という二人を外に押しやって俺は玄関のドアを閉める。

 はぁ。やっと帰った。

「ミアー。もう今日はゆっくりしましょう」

「え、おかわりは?」

「え?」

「おかわり」

「まだ食うんですか?」

 そう言いながら俺はアイテムボックスに手を突っ込んだ。

 ちょっと変化したいつも通りの日常。俺が取り戻したかったものが、ここにはあった。

 その日の夜、夜中にぱちりと目が覚める。深く眠りについているミアの胸元から抜け出し、アイテムボックスからオレンジジュースを取り出してグラスに注ぐ。

 一気飲み。ふぅと息を一つつく。

 最近どうも胸騒ぎがする。いつになく平穏な日々。だが、どうにもこう、胸の内がもやもやとする。この感覚は直感だ。だが原因が分からないのは初めてで困惑している。

「ん……、シグルド……?」

「起こしましたか? すいません」

「眠れないの?」

「ええ。どうも寝つきが悪くて」

 寝ぼけ眼で腕を伸ばすミアの胸元に再び収まる。俺はそっと目を閉じた。そして再び眠りにつく。消えない不安を、胸に抱きながら。


 その日の朝、強く扉を叩く音で目が覚めた。どうにも声の主は俺を呼んでいるらしい。

 ラッシュさんが対応する音が下階から聞こえる。

物音は下の階からしか聞こえなかったが、また和室で寝てたのではなかろうな?

「シグルド」

 下階に降りた俺にラッシュさんが緊張した面持ちで一枚の手紙を差し出してくる。双頭の竜とクラウンをあしらった封蝋印はこの国の王家のもの。この書状が来たということは、俺への出撃命令が下ったのと同義だ。

「ちょっと待ってください! 今はどことも緊張状態じゃないでしょう⁉」

「まぁ、待て。話は中身を読んでからだ。別件かもしれん。リフリスの料理長からマヨネーズの作り方の公開を嘆願されていただろう。彼は今ライクロイックの王家に仕えているわけだし」

 そう言いながらもラッシュさんの視線は鋭い。自分の言ったことを自分で信じていない顔だ。

 俺は手紙の封を開く。中身を改め、俺は拳を階段の欄干に振り下ろした。

「どうしてこう、人っていうのは!」

 俺のせいだ。やはり俺のせいでこの世界はぐちゃぐちゃになる。

 ライクロイックとリフリスの戦争は俺がリフリス皇帝になり、ライクロイックに併合されることで平穏の内に終結した。そうなるように動いたし、禍根も残さないようにした。だがその結果はどうだ。ライクロイックは大陸一の軍事国家になった。なってしまった。これはその状況を見た諸外国がどう判断するかまで読んでいなかった俺の落ち度だ。

 対ライクロイック連合軍の発足。過ぎた力を相手が持っていたら怖いのだ。だから数で叩き潰そうという愚行に走る。

 俺はアイテムボックスから軽鎧を出して装備し、同じく出したコートを羽織った。

「ちょっと行ってきます!」

 王都にゲートを開いた俺の手をラッシュさんが取る。

「気を付けていくんだぞ。困ったらアルベーヌ伯爵を頼れ。いいな」

「分かってます」

 皆が来ないのは前回の二の轍を踏まないようにするためだ。俺の家族を人質に取ることの危険性は国も理解しているだろうが、絶対ではない。その万が一が起こったら、俺は晴れて危険人物の仲間入りだ。そうなったらなったで夜逃げしてライクロイックを亡ぼすが。

 俺はゲートをくぐり王都へ。王城前へ直接乗り込み、書状を見せて城内へ入る。兵士さんに連れられてとある部屋の前まで連れてこられる。

「会議中失礼いたします!」

「御前会議中であるぞ。誰だ!」

 扉を挟んで会話がされる。

「ミスリルランク冒険者、シグルド・フェイスレス様をお連れしました!」

「‼ すぐに通せ!」

 扉が開かれ、俺は御前会議の行われている部屋へと立ち入る。正面にはこの国の国王、ラロルド・フォン・ライクロイック。彼をコの字に囲むように貴族が並んでいる。その中にはカスパル卿やガルムーク侯爵、元リフリスのバルトフェルト侯爵、レベッカさんなど見知った顔がいる。

 ちなみに元リフリス帝国貴族の爵位は併合の条件の一つとして侯爵以上は一律に伯爵位まで落とされているのでバルトフェルト侯爵はバルトフェルト伯爵、レベッカさんは女公爵から女伯爵となっている。

「フェイスレス卿。調印式以来だな。息災であったか?」

「は。陛下に置かれましてはご健勝そうで何よりでございます」

「よい。そなたは一時とはいえ私と同じ立場まで昇りつめた者。そして国防においては今私よりもその存在は重い。貴族に準ずる身分は与えたが、そなたは冒険者でありたいのだろう? あのケストールの孫のように。無理をしてこちらに合わせる必要はない。それに、あまり得意ではないと聞いている。どうか楽にしてほしい」

「ではお言葉に甘えて。書状で状況はある程度確認しました。御前会議をしているということはまだ猶予があるんですね?」

 そう言いつつ俺は国王の対面に用意された椅子に座る。俺の前だけテーブルが無いので尋問みたいでちょっと嫌だとは思いながら。

「その質問には私が答えよう」とガタイの良い、どちらかというと海の男感が溢れる男性が声を上げる。この人は確かアーデルハイド侯爵。エリエルとロアを治める領主様だ。前に王城へカスパル卿とともに行った時に部屋にいたが、その時は忙しそうだったので話すのは初めてになる。ダルニシア側の防衛線を引き受けている人だ。

「お願いします」

「うむ。フェイスレス卿のおかげで大きな混乱もなくリフリスの併合はなされた。だがそのおかげでというべきか、せいでというべきか、我が国は大陸一の軍事力を持つ国へとなってしまった。しかも対抗できる国ももうない。それに、我々には卿がいる」

 その言葉に俺は頷いた。

「専守防衛と卿は言うが、諸外国すべてがそれを理解してくれている訳ではない。隣国ということで卿が親書を送ってくれていたダルニシアとアイネはどういうつもりかだんまりを決め込んでいるが、そのおかげですぐさま衝突するという事態には至っていない。だが、それで黙っていないのが発起人であるベルベストだ」

 ベルベスト神竜連邦。神竜信仰を主とする小国が集まった国家連合だ。その集合体は大陸の最南端にあり、その支配圏内の最北端には竜の住処がある。一国家ごとで見れば小さいが、集合体で見れば国土は今のライクロイックに匹敵する規模を持つ。

「不勉強で申し訳ないのですが、何故ベルベストが発起人に?」

「彼らは竜を世界の守護者として信奉している。彼らが言うには……、我々の持つ力は竜の怒りを買うと」

 そっちか! 力の大小が問題なんじゃない! 宗教戦争かこれ!

「ベルベストに同調したもの、我々を恐れるものが既に連合を組んで内海の海上から我が国へ向かっているとの情報が入っている。奴ら、大型船に魔装機兵を乗せているらしい」

 帆船だと帆が邪魔になるだろうからガレー船か何かで空母運用しているのか? いや、帝国があの程度のものしか作れなかったことを鑑みるに揚陸艦か。あんなのでも数十メートルは跳べるはずだし。諸外国がどんなものを作ったか、あまりはっきりとはしないけれども。

「海上での阻止は?」俺の言葉に、アーデルハイド侯爵は口を噤んだ。目線で示された先はレベッカさん。既に王国の研究開発に大きく食い込んでいるらしい。

「シグルドちゃんの魔装機兵、グレイハウンドだっけ。あれ程の性能があれば別だけど、生憎と空中戦はまだ無理なのよー。それに海上での戦闘をできるだけの技量がないわね。下手をすればそのまま沈んで終わり」

 所詮は陸戦兵器か。この世界にも河童はいるらしい。RX計画の機体を目指した訳ではないし。

 そもそも水中戦ができるように作ってないから仕方がない。空間魔術でコックピットは遮断しているので水中に放り込まれようが宇宙空間に放り込まれようが生きてはいれられるのだが、満足に動けない。溺れることになる。水中だと引き上げも難しいだろうし。

「固定砲台としての運用は?」

「シグルドちゃんが提示していたスナイパーキャノンを装備した後方支援型は準備しているけど、如何せん兵の練度が足りないのよー。索敵と火器管制システム? に使われている魔術を利用すると酷く酔うみたいで」

「サーチが使える人じゃないと多分酔いますよ。知っての通り元の魔術はサーチが基本なんで」

「その報告は上がっているわね。あの機体からサーチ関連を抜くのは無理だから兵を選別して訓練させてるらしいんだけど、今んとこ乗れるのは四十人ってところねー。使えるレベルなのはさらに減って二十人くらい。それよりなにより機体が足りないのよー」

「今何機あるんですか?」

「帝国との戦争を想定してたらしくて前衛機が十五機、後衛機が十機。王国は練度が低くても使える前衛型を重視していたみたいねー」

「前衛機も後衛機も違いはないでしょう。付与してある魔術だけ組み直してスナイパーキャノンを持たせて下さい。それでいけるはずです。船に乗せられるのはせいぜいが一隻に二機、載っても三機ぐらいでしょう? スナイパーキャノンは何丁ありますか?」

「後衛機用に十丁。予備で五丁らしいわ」

「榴弾砲は?」

「帝国製と同じように固定兵装として後衛機に装備されてるわねー。各機五十発ぐらい装填されてるらしいわ。あと帝国から接収された初期量産型の手持ち榴弾砲が十丁。一応無理すれば持てるわよー。弾が無いけど」

 あの竜の爪痕で侵攻してきたときに装備していたアレか。規格はかなり違うはずだが持てるのか。

「で、それがどうかしたの?」

「敵は大型船を揚陸艦として運用していると考えられます」

「シグルド君、その、よう、りく……かん? とは何だろうか?」

 あー、まだこの世界には揚陸艦の概念が無いか。

「兵器や物資を港以外に直接揚げるための運用をする船です。帝国製魔装機兵のスペックを基準に考えるなら岩礁地帯くらい飛び越えられるでしょうから。それよりも防衛線を引くなら海上にするしかありません。そうでなければ国土が戦場になります」

 おそらくロアやエリエル近辺が揚陸場になるだろう。もはや故郷と呼ぶべき土地を荒らされたくはない。

「そこで船を岸に近づけないようにします。具体的には岸に魔装機兵を送り込まれる前に船ごと沈めます」

「あ、それで榴弾砲と後衛機なのね。船底にエクスプロージョンで穴を開けるために。……沈めるならセオリーっちゃセオリーだけど、拿捕を端から考えないのは覚悟決めてる感じがするわねー。私としては研究用に何機か欲しいんだけど」

「そんなこと言っている場合じゃないでしょう、今回は」

「陛下」と俺と面識がない貴族が国王の方を見る。

「フェイスレス卿の話は興味深かった。私もその方針でよいと考える。して、フェイスレス卿。今回の件で協力は……」

「契約通り俺が出るのは相手に攻撃された場合のみです。こちらが先制攻撃した場合、俺は出ません。兵器開発については何を言われようと協力いたしかねます」

 俺の言葉に、王国貴族たちから口々に「不敬」だの「非国民」だのの罵詈雑言が飛び交うが、俺は素知らぬ顔で座っている。ちらとカスパル卿を見ながら。

 はぁ、とため息をついたカスパル卿が口を開こうとする。だが、それは国王の行動で遮られた。

 テーブルに打ち付けられた拳。シンと静まりかえる会議場。

「戯けが! フェイスレス卿の機嫌を損ねることが国益を損ねると何故分らん!」

「陛下、どうかお静まり下さい。……シグルド君。戦場には出てくれるのだね?」

「まぁ、俺の家族や身近な人を人質に取るような発言は無かったので、今回はちゃんと契約通りにしますよ」

 その言葉にビクつく人が数名。直接関係したことのない人も体温を下げている。逆に体温が上がっている人もいるみたいだ。

 ……俺、もしかしなくても腫物扱いされてる?

「あの、所かまわず戦場にしたりしませんからね? 一定のラインを越えた人には容赦しないだけで」

 やるなら他の人に迷惑かけないように夜襲する。

あ、また数人の心拍数が上がった。最近は注意して押さえないと心音すら聞き分けられるようになってきたんだよね。

「フェイスレス卿。過去に臣下が失礼したこともあったと聞いている。必要なら後日改めて謝罪の場を設けさせてもらう故、今は卿の納得できる範囲で国防に力を貸してほしい」

 そう言って国王が立ち上がる。貴族たちの後ろを通って俺の横までやってくる。

 手を、差し出された。

 俺はこの手を取るべきなのだろうか。未だに迷ってしまう。俺の守りたいものを守るためには手を取るべきはずだが。

 迷った挙句に俺は立ち上がり、その手を取った。

 今はただ、守るべきもののために。

 御前会議が終わり、俺は自宅に戻ってくる。ラッシュさんには心配されていたが特に今回は何もしていないので手早く報告を済ませる。

「出るんだな?」

「はい」

 短く告げて、俺はミアを伴いゲートで秘密基地へ。行うのはグレイハウンドの換装。そして新武器の開発だ。

 造るのは構想だけあったレールガン。とりあえず砲身の摩耗が怖いのでアダマンタイト製の砲身を作って四角い弾丸を詰めて外で試射。飛翔体の速度と飛距離は凄まじいが思った以上に真っすぐ飛ばない。そこで試しに四角い飛翔体と空気抵抗を受けないようなダーツのような飛翔体を作ってぶん投げてみる。当たり前のようにダーツ型の方が真っすぐ飛ぶ。試しにダーツ型の弾体を四角い箱で覆う、というかダーツ型の弾体とそれを覆う覆いが一個の四角い弾体を形成するようにクリエイトで創造し、バレルから出た瞬間風魔術を受けて周りの覆いが外れるようにしたものを撃ってみる。

「ふむ」

 思いのほか真っすぐ飛ぶ。同じものを使って見える限界の距離を狙う。

 大砲よりも軽いようなちょっと高い音を立てて弾体が射出される。魔術の作用で弾体が開き、飛翔体が超音速でカッ飛んでいく。

 狙い通りの所に着弾し、的にした大木が木っ端微塵になる。

 これでいこう。

 基本構造は問題なさそうなので俺はアダマンタイトで四角く長い砲身を作り、銃としての体裁を整える。ダーツ型の飛翔体はアダマンタイトの芯に余りに余ったオリハルコンで形を造り、さらにアダマンタイトで覆ったもの。カバーは軽いミスリルで作る。砲身のレールは横向きに配置し、上側に電磁石を設置。コイルは太いオリハルコンでできた導線を使った。見た目は四角い砲身のスナイパーライフル。スコープもどきをつけて完成。弾体は百発ほど造るのが限界だった。また、レーダーのような装備を作ってサーチを付与する。これは実験。それは俺が確固たるイメージを持って、ディティールに凝って作れば付与された魔術の威力が上がるのでないかという推察に基づくもの。取り付けてみた結果は上々。パワードスーツと同じように懸架パーツを作り、炸裂弾を搭載した近距離迎撃用のマシンガンを作る。左腕は若干改造して腕部に盾を装着できるようにする。結果完成したのが、左腕に小さな盾を装備し、レールガンを右手に構え、背中に小型のマシンガンを懸架してレーダーを装備したグレイハウンド遠距離狙撃仕様。ヘッドパーツの側頭部にはレールガンと連動して遠見と鷹の目を発動できるカメラアイをアタッチメントで増設してある。

 俺は改造したグレイハウンドに乗り込む。強化されたサーチの距離は三〇〇キロにも及ぶ。生身で使ったときのおよそ百倍。何で? とも思ったがそもそもグレイハウンドの時点で五十キロくらいに伸びているみたいなのでそういうもんかと自分を納得させる。おそらく搭載している魔石によって出力が上がっていると考察するが、詳細は不明だ。

 基地上空に跳び上がり、手ごろな獲物を探す。……ちょうどいい位置にクラーケンがいるな? 今まで防衛設備代わりに生かしておいたが、ちょっと考えていることがあるので討伐するかどうか悩む。あとちょっと食ってみたい気もする。いや、食うのは普通のイカでいいか。ダイオウイカみたいにアンモニア臭がしても嫌だし。飛び回っている時に探った感じ結構深くまで潜ってるようなのでその可能性は大いにありそうだ。

 食う気は失せたが、今まで勝手に利用してきたクラーケンを的にすることに俺は決める。レールガンを両手で腰だめに構える。そうすると盾は丁度腰当りを守るようになる。コックピットは胸部なのでこの時点では何の意味も無い。そもそも近接防御用装備なので気にしない。あとアダマンタイトとミスリルの複合装甲に盾が必要かと言われると首を捻らざるを得ないが気にしない。ただの趣味だから。ちなみに盾もアダマンタイトとミスリルの二重装甲。機体の装甲よりは相当分厚い。ついでに言うと盾を作った時点で手持ちのアダマンタイトをほぼ使い切った。

 そんなことを考えながら狙いをつける。彼我の距離はざっと一五〇キロ。普段の戦闘距離が弩至近距離から長くて一キロ前後。オートエイムが効く距離ではないので手動で狙いをつける。狙撃型はこの辺が難しい所だ。かなりの速度で泳ぐクラーケンの目玉の間を狙う。イカを締めるにはこことエリエルの漁師のおっちゃんから教わった。

 シューという変な音の後、弾体を留めている空間固定が切れてバスンッと馬鹿でかい音を立ててレールガンが発射される。

「うわ、この距離で当たるのか。流石レールガン。マッハ六越えは伊達じゃないな……」

 とりあえずクラーケンを回収しに飛ぶ。一応完成はしたが、まだまだ問題点もある。一番の問題は電圧をかけることによる砲身の発熱だった。一度秘密基地に戻り、レールガンを確認。温度を変化させる魔術を利用して全体の温度をマイナス二〇〇度の極低温に保つように設定する。これで電気抵抗も減るはずだし砲身の冷却問題は解決。砲身の中は若干削れてしまっているのでクリエイトで修復。

やはり摩擦がネックか。確か馬車の軸に使われている魔術が摩擦を抑えるものだったはず。だが生憎と俺は知らない。だが、知らないなら作ればいい。イメージするだけでいいのだ。摩擦係数をゼロにする。ただそれだけの名も無い魔術を砲身に込める。

再び外に出て北極方面に向けて試射。二発ほど撃ってみたが連射にも問題はない。

秘密基地に戻り、ダイニングの椅子にどかりと腰を下ろす。

「終わったの? なんかすごい音してたけど」

「ええ。ひとまずは」

 兵器開発は構想さえあればだいたいすぐ終わる。今回はレールガン弾体の作成に若干手間取ったが。

 あとはちょっとダンジョンに籠ってアダマンタイトを補給したい。不眠で一日も採掘作業をすればグレイハウンドの表面装甲を作るぐらいには回復する。呼ばれるまではそうするつもりだ。

 ちなみに最近ビーコンに少し手を加えた。魔力を込めるとその位置が俺に知らされるようになっているのである。あのメイドさんに渡した警報装置と要は同じだ。なお、ビーコンとともに使っていた地図は俺の脳内マップに早い段階で置き換えている。そのビーコンと同じものを、国王には渡してある。総指揮官として出陣されるそうなので渡しておいたのである。出航の時には呼ばれる手はずになっている。ついでに言うとビーコンの反応はこちらで任意に無視できる。脳内でチャネルを切り替えるだけだから紙の地図のときより楽だ。

 ダンジョンではミアを連れて採掘作業を行う。呼び出されたのは、一ヶ月を過ぎた頃だった。

 国王のビーコンからの呼び出しを受けて数日後。俺は金獅子の皆を伴って渓谷海東の洋上にいた。現代の強襲揚陸艦のような船、というか、空母に揚陸艦の機能をくっつけた様な見た目の船に乗って。

 いや、最初は普通にグレイハウンドを一機搭載できる船か航空機を作るだけのつもりだったんだ。暇だったのと思いのほかファンタジー希少金属が採掘出来たので興が乗った。ミアが暇つぶしに踏破していったダンジョン内でアダマンタイトのインゴットが積んである部屋が出てきたのもある。ともかく材料は潤沢にあるし、邪魔になるクラーケンも討伐したし、やりたかったのもあってやるしかないよね、と悪乗りが過ぎた。ちなみに模型を作りながらやったので構造的には問題ない。船の構造は知らないが、船底の形は知ってるし強度問題はアダマンタイトが解決してくれた。なお一番驚いたのは船自体ではなくこの船がアイテムボックスに入った事実だった。

 平坦な飛行甲板にグレイハウンドが一機だけ佇んでいる。俺は前方に見える王国艦隊を眺めながら、耳に引っかけた骨伝導イヤホンのような形をした魔道具を起動させる

「リューグ、操舵は問題ありませんか?」

「問題も何も、ずっと言ってる通り手漕ぎ船漕ぐより簡単。フライで飛ぶのに感覚は近いから。強いて言うならやっぱり速度が出過ぎて困る」

 帰ってくるのはリューグの声。作ったのは無線機だ。この世界での声を伝える技術はウィスパーのような拡声器方向に発展したので長距離間で通信する手段は無かった。そこで俺がトランシーバーや携帯電話の事を思い出し、音の波形を電波に代えて相手側で再構築するイメージを持った魔術を開発したところ成功したのである。ただし一方通行なので魔道具化して皆に配ってある。対象を思い浮かべて話しかければ会話が成り立つのだ。一応構想ではよくある念話をイメージして話さなくても会話が成り立つようにしたかったのだが、声を届けるイメージが音の波形を電波に変換するところからきているので一応発声する必要がある。なので精度を上げるために魔道具の形もインカムを模した。骨伝導タイプをモデルにしたのは別に耳に当てる必要があるわけではないからと、ヘッドホンタイプだとミアの猫耳に干渉するためである。あとイリスさんの長い耳にも合わない。

「ならお願いしますね、キャプテン」

「キャプテン。やはりいい響き」

 むふーと満足げな顔が浮かぶリューグの声に通話のチャネルを閉じる。俺はグレイハウンドで出なければいけないのでその間の船の管理をリューグとイリスさんにお願いしたのだ。人選の理由は単に適正。水圧推進なので制御が風魔術のフライに近く、風魔法に適性のあるリューグとイリスさんにお願いした次第。なお移動系風魔術の扱いについてはリューグが抜きんでているためメインの総舵手はリューグにお願いした。イリスさんはバックアップ要員。ミアとラッシュさんは一応迎撃用の艦砲を積んでいるのでその砲手だ。高角砲と機銃が全部で四十門ほどあるので最初は目を回していたが、多重認識を付与したヘルメットを与えたら慣れたようである。

 とまぁ、金獅子の皆に協力はしてもらっているが竜鱗を十個ほど使用しているのでオート設定もできる。つまりは俺一人でも運用可能なのである。自分でも馬鹿な玩具をつくったと思っている。規模で言えば魔装機兵を五機、それを輸送する企画止まりのヘリを五機搭載できるのだから。反省も後悔もしていないが。

 遠見を発動して前方の帆船を見る。ライクロイックの軍艦は横っ腹を見せて帆の隙間から魔装機兵で狙い撃つつもりらしい。

 自分で発案しといて何だけど、撃った反動で船が横転しないか心配。魔装機兵用の兵装は無反動砲ではないから。まぁその辺はレベッカさん当たりが何か考えているだろう。出航前に聞いたら実験して大丈夫だったって言ってたし。

……ホントに大丈夫だよね?

 ぼーっと眺めていると、ミアがすーっと寄って来た。

「あのさ、シグルド」

「何ですか?」

「シグルドを信じてるのと、今まで怖くて聞けなかったんだけどさ?」

「はい?」

「なんで超重量のアダマンタイトが水に浮いてるの……?」

 浮力の概念も無いかー。

「水は押しのけられた重さの分だけ押し返してくるんです。アダマンタイトと言っても中身をくりぬいているので押しのけた水の力はアダマンタイトが沈もうとする力よりも大きいわけですね。だから浮くんです」

 あ、駄目だ。ミアの頭から煙が上がってる。

「まぁ、理術方面の話なんでとりあえず俺を信じて下さい。もちろん、船体に穴が開いて浸水すれば他の船同様に沈みますからね」と言いつつも装甲が突破されることは無いだろう。船体は例に漏れずアダマンタイトとミスリルの二重装甲で硬化付与を施してある。多少凹むのが関の山だ。いや、グレイハウンドの盾よりも装甲は厚いし凹むかどうかも怪しい。新開発のレールガンなら突破できるかもしれないが、あんなものがこの世に二丁もあってたまるかという話である。

「というか最近元気が無かったのそれが原因ですか?」

「だって金属が浮くとか意味不明だし怖い!」

 俺は甲板に作っておいたものの使いどころが無かったキャンプ用品でよくある寝そべれるタイプの椅子を出すと、その身を横たえてミアを誘う。もともとミアとのんびりするために作ったので二人で乗っても余裕がある。

 ミアは俺の横に体を横たえる。

「俺の世界ではこれが普通なんですよ。浮力って概念があるので、鉄だろうがアダマンタイトだろうが沈まない船を作ることが可能なんですよ」

 一応重力魔術で普通の鋼鉄並みに重量軽減してるし。

 だが俺の言葉にミアはきょとん顔をする。

「シグルドの……世界?」

「ええ。俺が元居た世界です」

「何の話?」

「え? 俺暴露しましたよね? ほら、アラン砦で逃げ出した時」

「あー、そんなこと言ってたような? え、っていうかシグルドがこの世界の人間じゃないって本当のことなの?」

「え、信じてなかったんですか。というかその感じだと今まで話の存在自体忘れてた?」

「誰もそんな話信じてないよー。荒唐無稽すぎるもん」

「じゃあ俺の異常性にどうやって説明づけるんですか」

「だってシグルドだし」

 それで片づけないでほしいんだけどなぁ。

「俺は正真正銘異世界人ですよ。向こうの世界で死んで、こっちで生まれ変わったんです。生まれ変わったと言っても四年前、ほら、覚えてるか分かりませんけど俺たちが初めて会ったとき。あの時にこっちに来たんです。この姿で」

「まぁ、その話を信じるとして」

 これは信じてないやつだ。

「シグルドのいた世界ではこれが普通なの?」

「ええ。魔法なんてありませんでしたから。単純に技術の結晶ですね。魔術無しでも鉄の箱が空を飛んでましたよ。出航前に渡した通信の魔道具も前の世界の技術を模したものです」

 そう言って俺はミアの右耳に掛かっているインカムをコンコンと叩く。

「ねぇ、シグルド。死ぬのってどんな感じなの?」

「俺は病気でしたからね。医療技術も発達してましたし、苦しくはなかったです。死んだ意識も無いので多分寝てる間にひっそりと。なのであんまり分かりません」

「前の人生は辛かった?」

「いいえ。自分としては満足してますよ」

「幸せだった?」

「ええ」

「今は?」

「え?」

「この世界は、辛い?」

「辛いですね。特に人の死が身近にあるのが」

 その言葉にミアは表情を暗くする。

「前の方がよかった?」

「いいえ。それだけは断言します」

「どうして? 向こうは平和なんでしょ?」

「だって、向こうにはミアがいませんから」

 その言葉にミアは鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。

「あっははは! なにそれ。じゃあ、あたしがいなくなったらどうするのさ?」

「地の果てでも探しに行きます」

「そうじゃなくて。あたしが死んだらってこと」

「その時は……時を超える魔術でも開発してその過去を無かったことにでもしますよ」

 その時は本気でタイムマシンを作ってやる。

「シグルドならやりそう」

 そう言ってミアはニシシと笑う。そんなミアの額に俺はそっと口づけ、ピコピコと動く猫耳の間に顔を埋めた。俺とミアは互いに抱き合いながらしばし強い日差しと潮風を楽しむ。

王国軍と連合軍との接触まではまだしばらくかかるはず。それまでしばし、船旅を楽しむとしよう。


 三日後。

「大船団だなぁ」

 遠見と鷹の目を併用して王国艦隊越しに見た敵船団は、ざっと四十隻ほど。

一体何ヶ国くらいの連合なんだろうか。

 俺の協力を絶対に得たい王国は先制攻撃を必ず譲ると俺に宣言している。聞いたところ既にベルベスト神竜連邦とは戦争状態にあるらしく、戦闘開始前の何だかんだはされないそうだ。代わりに互いにシグナルボムを撃ち合い、開戦の狼煙とするらしい。

 連合軍側でシグナルボムが打ち上がる。それの呼応するように王国側でもシグナルボムが打ち上げられた。これでもう発砲許可は出されたようなものだが、王国は全く動かない。対して連合軍側はその帆に風を受けてぐんぐんとこちらへと近づいてくる。

 このままでは長距離狙撃のアドバンテージが無くなると思った俺は空中で待機しているグレイハウンドの中で遠見と鷹の目を発動させた狙撃態勢でレールガンを構えると、その敵帆船の甲板をみやる。そこに乗っている魔装機兵の一機が飛び立った。そいつは真っすぐに突っ込んでくると、射程圏外からライフル弾を撃つ。それを合図として、予定通り王国軍の魔装機兵はその突出した一機を狙い打った。ライフルとスナイパーライフルでは射程が違うので一方的に滅多打ちにされる敵機。魔道具としての力を失ったそれは重力に引かれて落下し、海上に水柱を上げた。

 敵艦隊はまだ味方艦隊に搭載されている魔装機兵の射程よりもまだ遠い。だが他の魔装機兵も出撃準備を整えているのを見た俺は、レールガンで敵艦隊を狙う。

 シュー、バスン! と音を立ててレールガンが発射される。カバーは海上に落下し、飛翔体は真っすぐ敵の船体へ。俺の放ったレールガンは、敵帆船の竜骨を木端微塵に砕いた。

 飛翔体自体がそこそこ大きいので船底には大穴が開いているだろう。それ以前に竜骨を貫くようにというか抉るように弾を撃ち込んだので船底前部に大穴が空いたらしく、その帆船は前のめりに沈んでいく。なんとなくゲームのイメージでチャージタイムを作ったので連射速度は秒間一発程度だが、それでも驚異的な速度で敵帆船に穴が開いていく。ついでにテッポウウオに撃ち落される虫の如くコックピットに穴を開けた敵魔装機兵が海に落ちていく。

「神よ……」

 そう呟いたのは、味方艦隊に乗っている誰かだった。

 戦争してるのはあんたらでしょうがという感想を思い浮かべつつ俺はレールガンを撃ち続ける。一分経つ頃には、敵の九割は壊滅していた。

 レールガンの弾はまだ残っているが、回頭して逃げ出そうとしている敵艦隊に対して有効打を与えられる位置取りではないと判断したのでレールガンを懸架し、マシンガンを取り出して味方魔装機兵が榴弾やら貫通弾やらを撃ちまくっている直上を飛んでいく。

 飛び越した時に分かったことだが、船上での反動はスラスターをバックブラスト代わりに噴かすことで抑えているらしい。あと底が抜けないように甲板に鉄板が張ってあった。それでも船はだいぶ揺れているので乗っている人は船酔い必至だろう。

 というか反動軽減ついでというか、発射直前にスラスターを噴かす行為、所謂加速撃ちをするのは引き撃ち前提でない限り鉄則だと俺は思っている。運動エネルギーは速度の二乗に比例する。発射した弾頭と目標の相対速度を少しでも上げればそれだけ破壊力、貫通力は指数関数的に上がるのだ。やらない理由がない。

 残った五隻の帆船に接敵する。敵の魔装機兵が止むを得ずといった感じで発進するのが見えた。俺は左腕部の盾を胸部を守るように構えマシンガンを持った腕を突き出す。

マシンガンには貫通力重視の弾頭がセットしてある。具体的には、俺のグレイハウンドの装甲に傷がつくレベルのもの。前世の記憶の中で資料を見たことがある、成形炸薬弾だ。構造は中の長さなど厳密にしなければならないがその辺は魔術を使っていることもあって脳内シミュレートが可能であり、なんとかなった。なおメタルジェットを発生させるライナーは余っているオリハルコンを使用している。ちなみに構想自体は脳の強化で記憶力が上がって自由に記憶を引っ張って来れるようになったときからあったが、ライフルとは相性が悪いためお蔵入りになっていたものを近距離用と割り切って精度を無視して採用したものが今回のものになる。なのでこのマシンガンはライフリングのない滑空砲。もちろんレールガン同様摩擦係数を減らす魔術を砲身に込めてある。

フラフラと飛ぶ先頭の敵機まで百メートルちょっと。マシンガンをばら撒く。接触。すれ違いざまに敵機を踏み台にし、上下逆さまになった機体を戻しながら反転する。

撃墜、確認。次。

ビスビスと飛んでくるライフルを盾で受けながし、接敵。撃墜。次。

ツーマンセル。動きの悪い方に機体を押し付け、もう一機をその機体の肩越しに撃破。後方に緊急回避しながら盾に利用した機体も撃墜。次。

敵機体の逃走を確認。逃走経路を陸路と推定。優先撃破目標に設定。

加速。背後から強襲。撃破。次。

同様の流れでもう一機を撃破。次。

残存敵機五。味方艦隊に特攻と推察。距離六百メートル。追撃は接敵までの時間を鑑み、味方へのリスクが大きいと判断。使用武器を変更。

狙撃態勢。撃破。撃破。撃破。撃破。撃破。次。

残存敵艦隊五隻。逃走を確認。現在の相対距離で有効的な武装無し。レールガンでの竜骨粉砕が最も効果的と推定。

艦隊前方へ移動。射撃体勢。撃沈。撃沈。次。

ポイント変更。撃沈。次。

ポイント変更。撃沈。次。

ポイント変更。撃沈。次。

残存敵機一。魔装機兵。所属不明。

「……ルド!」

うるさい。

発砲確認。交戦の意思アリと判断。武装変更。完了。

「シグルド!」

 その呼びかけに俺は我に返る。

「ミア、何ですか。まだ敵が」

「もういないから! 全部シグルドがやっちゃったから! よく見て!」

 その言葉に目の前の敵機体をよく見る。それは、漆黒のグレイハウンド。改修前のいつもの機体構成。

「妖精……」

 俺はひとつ深呼吸する。心の内に問いかけてみると、魔術を発動している痕跡があった。その編み上がった魔術を紐解き、崩していく。すると目の前の漆黒の機体は、陰に飲み込まれるようにふっと霧散した。

俺は真っすぐリューグが操舵する俺の船へと帰還する。甲板にグレイハウンドを降ろし、コックピットを開け、その身はいつも通りレヴィテイションで浮くことなく甲板に落ちた。

「シグルド⁉」

 ミアが真っ先に駆け寄ってくるのが見える。だが、俺はそれどころではなかった。

「あ……が……っ……」

 頭が割れるように痛い。それに酷い倦怠感と吐き気。意識を落として、痛みで起きるを繰り返す。落ちる瞬間に身体強化と物理障壁はなんとか維持したが、今は魔術の制御がままならない。口元のぬるりとした感触と血の味はおそらく無理して鼻の血管が切れた証拠。

 何故だ。そんな無茶はしていないはずなのに。それにこの魔力枯渇症。魔力を使ったというよりはごっそり持っていかれた感覚がする。それに先ほどの意識が乗っ取られていたような感覚といい、意味が分からない。

「ミア! すぐに船室に連れていけ! イリス! イリス! 聞こえているか⁉」と俺の様子を見たラッシュさんが通信機でイリスさんを呼んでいる。

「はい⁉ 何かあったんですか⁉」

「シグルドが変だ! ミアに運ばせるから、お前も行ってくれ! サーチで場所は分かるだろう! この際苦手とか言わせんぞ‼」

「分かりました! すぐ行きます!」

「シグルド、行くよ」とミアが俺を抱える。俺はその腕の中で、妙にグレイハウンドの方に意識を持っていかれながら意識を落とした。

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