21 意外と暇な皇帝業
俺が皇帝になって五日が経った。帝国貴族は全員が恭順の意を示したらしい。武力行使せずに済んでよかったと素直に思う。王国への併合については少々荒れたらしいが、ラッシュさんと宰相さんが上手く収めてくれたらしい。またラッシュさんが懸念していた粛清が必要なほどの不正貴族は居なかった。多少オイタが過ぎる者は居たが、合法の範囲なので取り締まることはできない。なので俺が突撃お宅訪問を敢行して注意してきた。お話はちゃんと聞いてもらえたので問題は無いだろう。
わざと奴隷に落として人の嫁さんや娘さんを奪うのはイカンよ。俺ならブチギレて灰も残さず消してる。
仕事はしているし圧政を引いている訳ではないので宰相さんから聞いた信頼できる武力に訴えられるタイプのメイドさんを派遣して監視に当たらせている。ちなみにそのメイドさんも見目麗しいので彼女の意にそぐわない何かがあったらビーコン付きのお守りを壊し、反応が消えたら脳内アラートが鳴って分かるようになってるので俺がすっ飛んでくる算段になっている。派手に私兵を投げ飛ばしながら夜襲したから二度目の夜襲の必要は無いと思いたい。
あとお守りを渡した時に戦闘メイドさんに熱い視線を送られた気がするが、きっと気のせいだろう。
そんなこんなで今、俺はまだ皇帝をやっている。と言っても特にやることは無い。政務室で内政官の人が持ってくる書類に宰相さんの確認を取りながらサインをしていくだけだ。基本は俺が皇帝をやることによる引継ぎの書類。無くすこともできるが、その場合は作り直しになるだけなので二度手間になる。
ラッシュさんは内政官と帝都に居た貴族の方々とギルド経由で王国との協議にむけて調整中。とりあえず今日の朝の内に要望をまとめた書類は王国に送っているらしい。あと王国とは反対側の隣国に当たるアイネ王国にも新皇帝、つまり俺の名で親書を送っている。ちなみにサインをするにあたって俺は家名を名乗ることを要求された。いろいろ面倒になった俺が名乗った家名はフェイスレス。俺の二つ名になっているらしい無貌をもじったものだ。つまり先日から俺はシグルド・フェイスレスとなる。ミアや皆にも相談したが自分で決めろと言われた。ミアに至ってはそのうち自分の名前になるんだぞと脅したが、考えた末に頭から煙を出したのであきらめた。フェイスレスの家名を名乗ると言い、その由来も話したが家名なんてそんなもんだとラッシュさんに言われた。そもそもほとんどのの家名の由来自体がどこどこを治めているという意味らしい。
「本日書いていただく書類はこれで最後になります、陛下」
「今日はこれで終わりですか。一昨日とかが一日中だったのに比べると、お昼前に終わるなんてだいぶ減りましたね」
「今日の書類は陛下が即位した際に新たに発生したものですので。そんなに数はありません。この後はお好きにお過ごしください。ミア様も待ちかねていらっしゃるご様子ですし」
そう言ってエルゼリック宰相は政務室のソファで三角座りして俺の方を見ているミアを見る。
「シグルドー。お腹空いた」
「少し早いですが、お食事になさいますか? 準備はさせていますが」
「シグルドのご飯が食べたーい」
「……陛下が料理をなさるのですか?」
「向こうでは俺が食事当番でしたから」
というか役割を掻っ攫った。
「今どれくらいお腹減ってます?」
「割と結構。ここのご飯、量が少ないんだよね。おかわり、っていえる雰囲気じゃないし」
まぁ、俺でちょうどいい分量だからな。ミアには辛いか。
あんまりよくないと思いながら、俺はアイテムボックスから作り置きのクレープを取り出す。米が手に入ってから作ったロコモコ風のおかず系クレープだ。皿に移し替えてケチャップとマヨネーズをソースポットからたらりとかける。なおマヨネーズは自作した。菜種油が高かったのが地味に痛かったが満足している。ちなみに米は白米。玄米の糠を分離の魔術で取るだけなので楽だった。料理本の玄米の炊き方の項目に白米の場合の炊き方があって助かった。
「とりあえずこれ食べてください。……エルゼリックさんも食べます?」
「ですから陛下、臣下に敬称は不要と……」
「なんとなく言いにくいんですよ」
「分かりました。ですが公式の場や他の者が居る場ではよろしくお願いいたします。して、私も頂いて宜しいのですか?」
「ええ。たくさん作り置きがありますから」
俺はエルゼリック宰相に器とナイフとフォークを渡す。俺はミアの隣に座り、エルゼリック宰相をソファの対面に勧める。
「失礼します」と席に着き、緊張した面持ちでおかずクレープにナイフを入れるエルゼリック宰相に対してミアは「これだよこれ」と言いながらクレープをぺろりと平らげる。ちなみにちゃんとしたロコモコはグレイビーソースかデミグラスソースらしいが俺のはお手軽にケチャップとマヨネーズだ。家の味でもある。ちなみにもう作った分は仕方ないが、追加で作る分はソースも中に入れようと思う。
「美味しいですな。陛下は料理の才もおありとは。見た目も美しいですし、レシピを教えて頂ければ城の厨房で作らせますが」
「いやー、無理じゃないですかね。材料的に。イスラの輸入とか無理でしょう?」
「イスラ? 南方トメーキアの辺りで食されている穀物ですな。……陛下、まさかこの白い粒がイスラなのですか⁉」
「そうですよ。俺は自前で買い付けに行ってますから」
「シグルドー、おかわり」
「何か別の作るんで待っててください」
エルゼリック宰相が食べ終えた食器を回収する。彼は俺が皿洗いすると聞いて恐れ多いと慌てたが、食器は私物なので遠慮なく回収させてもらった。
エルゼリック宰相に自宅に帰っていいか聞いたがどんな不測の事態があるか分からないので所在が知れなくなるのは不味いと却下された。仕方なく俺はミアを引き連れて城の厨房に向かう。
風呂もだいぶごねた結果にOKもらったようなもんだしな。しょうがないか。
厨房に入ると、時間が止まった。
「そこの人ー、何作ってるか知りませんけど見てないと焼き加減間違えますよ」
「あっ、はい! 申し訳ありません!」
空いているかまどを探していると料理長がすっ飛んでくる。
「こ、これは陛下。このような所に何用でしょうか。お食事でしたらもうしばらくお待ちを。大至急準備させますので」
「あー、そんなに畏まらないでください。ただ厨房を借りに来ただけなんで」
「厨房を……? 陛下は料理をなさるのですか?」
「いい加減自分で飯が作りたくなったんで」
事情を説明してキッチンの一部を貸してもらう。かまどの一つは勝手にアタッチメントを作って羽釜をセット。今日は白米を炊く。白米は浸水させてなくても差し水をしなくていいから楽だ。米として食べるなら玄米派だが今日作ろうと思うのは丼もの。丼にはやっぱり白い米が一番だ。もう一つのかまどには鍋を置き、酒を入れて砂抜きしたアサリっぽい貝を入れて煮立たせ酒蒸しにした後、作り置きの昆布出汁を加えて味噌を加えて赤だしに仕立てる。メインで作るのはイノシシのカツ。叩いて柔らかくしたイノシシ肉に小麦粉をはたき、卵液にくぐらせてパン粉をつける。それを精製しておいた獣脂で揚げていく。揚がったものを油切りの上に乗せていく。とりあえず米が炊けるまで揚げ続ける。あって困るものではない。米が炊け、蒸らしまで終わったので次の工程へ。俺は丼ものと言った。カツがあって丼ものと言えばもうお分かりだろう。作るのはカツ丼だ。俺がブレンドした和風だしに酒を加えて、切ったタマネギと揚げたての切ったカツを入れてくたくたに煮る。その上から溶き卵を回し入れ、蓋をして卵が固まるまで待つ。ほんとは半熟が良いが、異世界の卵だ。信用できない。
そうしてカツ丼定食を五つ作り、俺はそれと使った鍋やら釜やらをアイテムボックスに片づける。器はもちろん蓋つきの丼ぶり。トメーキアで買い求めたものだ。
「食べないの?」
「みんな揃って食べましょうよ。五食作ったの見てたでしょう?」
そう言って厨房の入り口を見ると、リューグが覗いていた。
「何でいるんですか……」
「シグルドの飯の匂いがした」
そう言えば犬人族とのハーフだっけ、リューグは。
とても何か言いたげな料理長にお礼を言ってその場を後にする。サーチによるとラッシュさんとイリスさんは一緒に居るようだ。というか、ラッシュさんには俺のせいでずっと仕事をさせている状態。このカツ丼定食はそのねぎらいでもある。
ラッシュさんがいる部屋に到着。扉を開けると、ラッシュさんとイリスさん以外また時間が止まった。
「おう、シグルド。どうした」
「俺のせいですいません。おつかれさまです。飯作ったんで食べましょう。もう昼ですよ」
「お前の飯か⁉」
ラッシュさんとイリスさんが目を輝かせる。
「少し休憩にするか。ラッシュ殿、そう言うことで昼食後にまた」とバルトフェルト侯爵が嬉しさを隠しきれていないラッシュさんとイリスさんに苦笑いを向ける。
俺たちは五人で城の中を移動する。目的地はいつもの食堂。本当は使用人や兵士が使っている食堂の方を利用したいのだが、一度行ってみて気を遣わせたので辞めた。
適当、と言っても初日の晩餐で定位置はもう決まってしまったのだが、各々席に着いて俺の方を見る。俺はカツ丼定食を皆に配り、忘れていた漬物を小鉢に盛ってリューグ以外に渡す。リューグには代わりに箸休めになる作り置きのニンジンの胡麻和えを渡した。俺が配膳をしているのを見てメイドさんがおろおろしているが気にしない。
好きでやっているのだ。邪魔されてたまるか。
「これはなんだ? 初めて見るな」
「カツ丼と貝の赤だしです。カツ丼のおかわりはありませんけど米だけは前の残りも含めてまだあるんで足りなければ漬物で出汁茶漬けにでもして食べて下さい」
俺はそう言って箸を手に取る。ちなみにおかわりの件はほぼミアに言った。
「いただきます」
まずは貝の赤だしを一口。やはり出汁は偉大だ。続いてカツ丼。出汁がきいており、味付けもちょっと濃いかと思うが許容範囲内。美味い。
あ、やっべ。三つ葉忘れてた。まぁ、今回はしょうがないか。
皆を見ればラッシュさんとイリスさんは普通に、ミアとリューグは掻き込むようにして食べている。気に入ったようだ。この五日間で慣れてきたのもあり食事の席で会話もあったが、今は皆無心で食べている。
「シグルド、出汁茶漬けつくって。梅干し乗せてね」
ミアに言われて俺は器に残りご飯を入れ、適当な漬物を乗せてミアご注文の梅干しも乗せ、温めた出汁茶漬け用の出汁を回しかける。なお梅干しは暇なときに種をほじくり出しているものを用意している。俺自身が種を吐きだすのが面倒くさいと感じたからだ。
ミアはずるずると出汁茶漬けを飲む。あれは食べてない。飲んでいる。
「そんな食べ方してるとおなか壊しますよ」
「大丈夫だよ。前も言ったけど今まで何をどれだけ食べてもお腹壊したことないから。それよりまたしばらく食べれないと思うと今食べとかないと不安」
「くっ。俺も食いたいが、このカツ丼とやら、見た以上にボリュームがあってこれ以上入らん……」
「俺も」
「あら? 私はちょうど良かったのですが……。まさか食べる量が増えてる……⁉」
「イリスさんの分は少し少なめにしてます」
その言葉にイリスさんはほっとした様子を見せた。
ミアは出汁茶漬けを米が無くなるまで食べ尽くして満足気。一体、その細身のどこに入っているのか。
食器を片付けて解散。ラッシュさんはまた仕事に戻るようだ。イリスさんは壁の花になっているらしいが、本人はラッシュさんと居れるだけでいいらしい。リューグは庭で昼寝したり練兵場で兵士や騎士と模擬戦をしたりしているらしい。結構自由にしているようだ。ミアは基本おはようからおやすみまで俺にくっついている。俺が書類にサインしている時は暇そうにしているが。
「この後どうするの?」
「とりあえず厨房で皿洗いですかねー」
「皇帝が皿洗いってどうなのさ」
「好きでやってるんだからいいじゃないですか」
その足で厨房へ。また料理長がすっ飛んできたが事情を説明。俺に皿洗いをさせるなどと猛反発したが私物だからと押し通した。皿洗いを終え、また厨房の一角を借りて出汁を取る作業を開始する。
このコンソメはそろそろいいか。
空の鍋を用意し、鍋の中身を布で漉す。漉した搾りかすは肉団子にするのでアイテムボックスにイン。そろそろ捨ててもいいとは思うのだが、やはり貧乏性が抜けない。
そこで俺ははたと気づく。日系の調味料が揃っている今なら照り焼きバーガーが作れるのではと。
気になったのだから仕方がない。食えるか食えないかではないのだ。味見したいから作る。幸い際限なく食える奴はいるし。
俺は肉団子用の鶏肉を混ぜたコンソメの搾りかすを形成する。それをレシピ本の魚の照り焼きの欄を参考に照り焼き味に焼いていく、パティを焼き、酒とみりんと醤油。あと水飴を加えて煮立たせる。黒パンを切り、葉野菜とパティを乗せてフライパンに残ったソースをさらに煮詰めてかける。マヨネーズをかけ、黒パンで蓋をして完成。
流石に一個は食べきれないので四つにカットする。そのひとかけを食べる。俺の搾りかすハンバーグは肉の味が薄いのが欠点だが、照り焼きソースのコクがそれを補ってくれる。つまりは美味い。
残りをミアに譲ろうとするが、そう言えば作業の様子を料理長がじっと見ていたことを思い出す。
「料理長も味見します?」
「えッ⁉ よろしいのですか?」
「ええ。仕事場を荒らしてご迷惑をおかけしましたし」
そう言って勧めると料理長は遠慮がちに照り焼きハンバーガーのひとかけを食べる。ミアもひとかけ食べる。
「シグルド、足りない」
「まだ食うんですか?」
そう言いつつも俺は再びテリヤキバーガーを作る。ミアは残ったひとかけに手を伸ばそうとするが、他の料理人さんが興味深げに眺めていたのを見てしまったのでミアには我慢させて料理長に預ける。そのひとかけは副料理長に渡ったようだ。
できあがったハンバーガーを満足気にもきゅもきゅと頬張るミアを眺めながら俺は調理器具を洗う。黒パンだからだいぶ重いと思うのだが、ミアには関係ないようだ。
ホントに胃袋にブラックホールでも飼ってるんじゃなかろうな?
「これはあまり作りませんからね。あとロコモコクレープも」
「何で⁉ 美味しいのに‼」
「マヨネーズが油を飲んでるようなものなので、あまり食べさせたくないんですよ」
「マヨ~」
ぐぬぬと歯噛みするミア。若干マヨ好きになりつつあるミアだが早めに矯正しなければなるまい。
でもそのうちタルタルソースで魚のフライとかいきたいんだよなぁ。そういえばタルタルソースってマヨネーズにゆで卵とタマネギのみじん切りで良かったっけ? あとピクルス入れると美味いらしいっていうのは知っている。
迷惑をかけた料理長と料理人たちに礼を言い厨房を後にする。続いて向かいたいところがあるのだが、場所が分からないので宰相さんを探す。サーチの反応によるとラッシュさんたちといるようだ。
会議室に入るとまた空気が凍る。
「いい加減慣れて下さいよ」
「シグルド。国家のトップはそんな気軽に会議室に入ってきたりしない。で、今度はなんだ」
「エルゼリック…………を探していて」
あぶない。貴族の前でさんを付けかけた。
「私はこちらに。どうされましたか、陛下」
「魔装機兵の格納庫……、というかドックってどこにあります?」
「実験場、及び訓練場を含めて街の郊外にありますが……」
「そこに行きたいんですけど」
「馬車を用意させます」
「いや、場所さえ教えてもらえれば一人で行きますけど」
「国営の施設とはいえ城外へ出るのです。供を連れて頂かなければ。あと城内では陛下の顔ももう知れておりますが、それ以外では余計な混乱を招くかと」
あー、確かに皇帝が変わったことは発布したが、顔出しはしてないから俺が訪ねて行っても誰か分からんか。皇帝を示す徽章みたいなものも無いし。というかそれを持っていたヘイルごと俺が消し飛ばしたらしい。
何も気にせず吹っ飛ばしたからなぁ。戦場跡を探せばあるかもしれんが、探す気にならない。探し出したとしても、きっと肉と血に塗れているだろうから。
俺は馬車に乗って郊外へ。エルゼリック宰相は会議で離れられないので俺の身分証明としてレベッカさんも同行することになった。
「なんであなたが来るんですか」
「あたしあそこの最高責任者よー? 私がいた方が話早いわよー?」
「さいですか。で、本音は?」
「ウォーハウンドと名高いシグルドちゃんの最初期型魔装機兵が見たい!」
最初期型って……。まぁ、世界初なのは認めるけど。いや、旧式と考えればいい響きだ。アリーナに乱入してきそう。
……アリーナいいな。暇が出来たらいつか主催しよう。この世界にもコロシアムとか剣闘士とかあるし。機体は自分で作れるし。安値で貸し出して。
話を戻してとりあえず今は馬車の中。目的は既に伝えてある。俺のグレイハウンドの修理だ。前回の戦闘で装甲の損耗率は十パーセントほど。その他にもメンテナンスは必要だ。あと帝国がどんなもの造ったのか見ておきたい。これはただの興味本位。
馬車が目的地に到着したので若干お眠のミアを起こして馬車を降りる。
「王立魔装機兵研究所へようこそ、陛下」
レベッカさんが俺の前に立って一礼する。
「とりあえず空きドックに案内してください。二十一機も潰したから空いてるでしょ?」
「はいはい。じゃあ皇帝一名様……じゃなかった。ミアちゃんもいたわね。皇帝と皇后二名様ごあんなーい」
急造されたらしい簡素な作りの研究棟を進むと研究員たちが道を開けてくれる。と言ってもそんなに人数がいる訳ではないが。聞けばドックの方で建造に携わっている人員の方が多いらしい。
ドックに入るとこちらに気づいた男性が駆けよってくる。
「所長、こっちまで来るなんて珍しいですね。いつもは研究成果だけ寄こすのに」
「今日は客がいるからねー」
「お客様ですか? 後ろの方々ですよね? まさか」
「そうよー。新皇帝とそのお后様」
「この方が⁉」
男性はびっくりした様子だがこの反応は俺が皇帝だというものに対するものではない。この人もレベッカさんと同じ穴の貉だ。
「所長! 原初の機体が見れるんですよね⁉」
「そうよー。楽しみよねー」
「あなた方に見せるために来たわけではないのですが」
とりあえずアイテムボックスからグレイハウンドを案内された空ドックに入れる。俺のグレイハウンドは帝国製の規格より若干横幅が広いらしい。ドックに対してちょっと手狭だ。
脚に手を当て、ソナーを発動。大まかにだが機体上部前面に凹みが目立つ。だが流石アダマンタイトとミスリルの二重装甲。凹みは合っても傷はないのが素晴らしい。塗装はそもそも光の反射と吸収を利用しているので剥げないのが何とも味気ないが。と言っても魔道具としての力を失えば元のアダマンタイトの漆黒に戻る。ちなみにオリハルコンは装甲には適さない。魔力の通りは随一だが、金並みに柔らかいため、硬化付与込みだとミスリルの方が固い。武器の心鉄にするにはもってこいなのだが。それでも何もしていないアダマンタイトの方が固いと言うのだから恐ろしい。その分ひどく重く、俺のようにミスリルやオリハルコンと合わせないと魔力の通りが悪いと言う欠点はあるが。その点で見ればいつぞやダンジョンで手に入れたロックアリゲーターの岩石片やエディルで解体統括のボボさんに引き渡した変異体モールリザードの皮なんかはやはりいい。固く、重量はそこそこで、魔力の通りが頗るいいからだ。もちろん魔力を流せば最も固くなる。ただお値段がとんでもない額になるのでおいそれと使えたものじゃない。グレイハウンドやパワードスーツの装甲に使っても良かったが、一般から逸脱しすぎるからやめた。地球基準で言うならば個人で核シェルターを持つようなものだからだ。アダマンタイトとミスリルの合板も一般からは外れているが、ミスリルランクならそんな防具を持っていても不思議ではない。
レヴァーガ翁も装備しているところは見ていないがアダマンタイト製の武者鎧を持っているらしいし。あ、いや。面頬だけは見た。付けてメーヴェちゃん脅かして遊んでた。天井に立って重力を無視して走りながら。天井付近は薄暗いから意外と怖いんよ、アレ。俺とミアもやられたし。
兎にも角にも修理だ。クリエイトを使って凹みを修復していく。幸い魔術的な機構を破壊するほどの損傷ではないのですぐ終わる。問題は中身の方。もとは土塊なので金属のような柔軟性がなくところどころ砕けている。それを直すのが少々手間だ。凹みを直しつつ隙間を埋めるように土塊を形成しなおさなければいけないから。
というか魔術機構は二層目のミスリルに仕込んでおいて良かった。パワードスーツと同じく土塊の方に仕込んでいたらパァだったから。
機体が直ったので武装の方もチェック。普通の銃のように燃焼カスが溜まるということは無いが、やはりライフリングが摩耗してきている。といってもまだまだ問題はない。普通に溜まっている埃やゴミだけ分離の魔術で取り除く。
「所長、これ……」
「あ、鑑定使った? えっぐいわよねー。おんなじ魔術組んでるはずなのにこうまで違うと笑えてくるわー。それに所々無駄にしか思えない魔術あるし、腕とか脚とかの機構も無駄にしか思えないし」
「何の話ですか」と寄ってたかって俺の愛機に群がる研究者共にジト目を送る。
「シグルドちゃん、あっちがうち謹製の魔装機兵なんだけどさ?」
「ええ。戦場で見ました」
ドックには前衛機と後衛機が一機ずつ鎮座している。
「鑑定使ってみー?」
レベッカさんに言われるがまま鑑定を使う。その瞬間理解した。これは劣化コピーに過ぎない。特にスラスター関連が。具体的に言うと効率が悪い。ブラストのイメージが違うのだ。帝国製の魔装機兵はただ爆風を噴き出すもの。それに対して俺はジェットエンジンやロケットエンジンの作用反作用をちゃんと理解して魔術を組んでいる。つまりは吹き出す爆風にしっかり質量があるのだ。そのイメージの違いが、如実に出力の差に表れている。使用魔力量は俺より多いので、それで出力を補っている感じだ。これでは全力稼働時間は大幅に短くなるだろう。その他にも索敵はサーチしかないから暗所での戦闘には向かないし、思考加速や知覚強化も無いので姿勢制御が甘い。
デルメル……。よく制御できたな、この欠陥機。魔術的強化が無かったら俺は乗れる気がせんよ。他の機体が飛ばなかった訳だ。
「俺のグレイハウンド見て反映は出来そうですか?」
「無理ねー。イメージは分かっても理解が出来ない。多分理術研究所の奴らも呼んでこないと、いや、それでも多分再現は不可能ね。共通言語でよろしく、って感じ」
その言葉に俺は一安心。俺のグレイハウンドの観察イコール技術の向上にはなり得ないことが分かったからだ。
それを考えると俺のパワードスーツの残骸から人型兵器を生み出したこの人はやはり天才だな。俺が個人的に嫌ってなくて、この世界における潜在的な脅威になり得ないのであれば魔装機兵の構想について語り合いたいところだ。もっとも、潜在的脅威筆頭は俺だろうが。いや、レヴァーガ翁なら止められるか? うん。普通に止められそう。あの心殺、装甲とか関係なさそうだし。というかあの刀、多分俺のグレイハウンドの装甲断ち切れる。
「ね、ね、シグルドちゃん」
「何ですか?」
「シグルドちゃんの魔装機兵に施されてる無駄な装飾って何? あの腕とか脚の棒と筒みたいなやつ。なんか動くだけの魔術もかかってるし。ヘイルちゃんにもゴテゴテの装飾付けてたけど、あれとは多分意味合いが違うでしょ、コレ」
「ああ、シリンダーですか。趣味です。俺の美的センスとしてはあれがあった方がカッコイイので」
「あ、そう。何か性能に関係するものじゃないんだ。じゃあいっかー」
そう言ってまたグレイハウンドの見分を始めるレベッカさん。だが俺は重要な示唆を得ていた。
何度も言っているし言われているが、この世界の魔術は術者のイメージ次第なところがある。魔道具作りもそれに準ずる。俺が大型の機械にはそういう機構があって動いているものだと知っていて、それが機体に組み込まれているとなれば、それが魔道具としての魔装機兵の性能に何かしらの影響を与えていないとも限らないのではなかろうか。
これは後々実験しておくべきだな。
極論、元はゴーレムなので芯となる部分は針金のような細さでも成り立つ。というか、魔装機兵の脊椎に当たる部分にそれはあるが、コクピット付近は当然のように細い。ディティールを細かくすればするほど性能が上がるとしたら、装甲の内部は極端な話、高価なパーフェクトグレードのプラモのように造りを凝ってしまい、それを装甲で覆うのが正解になる。
やばい。超やりたい。もうこれは二号機作るしかないわ。
ともあれ必要な作業は終わったのでグレイハウンドをアイテムボックスに片づける。研究員共が嘆きの声を上げたがまるっと無視だ。
「ミア、待たせました」
「待たされたー。でもあれだよね」
「何です?」
「シグルドってやっぱり根っからの冒険者じゃないんだなって。ここの人たちと喋ってる時の方が楽しそう」
「そりゃ戦いとは無縁の環境に居ましたからね。でも俺の居場所はみんなの所で、ミアの隣ですよ。確かに魔術や魔道具の研究は趣味と言ってもいいくらい楽しいですけど、それはみんなが落ち着ける場所を提供してくれるから楽しめるんです。今だってラッシュさんが外交面で頑張ってくれたり、ミアが側にいてくれているでしょう? そういうことですよ」
「そっか。うん、そうだね。シグルドはあたしが側に居なきゃだめだもんね」
そう言ってミアはニシシと笑う。だがその瞳は若干熱を帯びていて、いつもの頻度から言えば最近ご無沙汰だったこともあり顔が吸い寄せられ……。
「はいはいそれ以上は寝室でやってねー? 研究職は独り身も多いんだから。というか侍従長からある程度聞いてるけどその感じ、もしかしなくても我慢してる?」
「いえ、どっちかって言うと平常運転です。こっちに来てからしてないのは確かですけど」
「しちゃえばいいじゃないのよー。掃除も全部やってくれるから楽よー? 私も客室に泊って一人で慰めちゃった後は任せちゃってるし。まぁ、多分堕胎薬は飲ませてもらえないだろうけど」
あんたのオナニー後の処理の話は聞いてない。というか堕胎薬NG? なんで?
「俺、まだ子供作る予定はないんですが……」
「いい? 今のシグルドちゃんは不本意かもしれないけどウチの皇帝なの。皇帝の仕事には世継ぎを作ることも含まれるのよー。ヘイルちゃんは結婚する前に戦死しだけどね。あとお相手はミアちゃんしかいないでしょー? これが正妃やら側妃やら大量にいるんだったら順番ってのがあるから話は変わってくるけど、今の状態で避妊とかないわー。デキ婚しちゃえくらいの感じだし。帝位簒奪の件で皇室はガタガタだしねー」
帝位簒奪の件は正直帝国に対してすまんかったと思っている。
でもラッシュさんが一番確実に戦争回避できるって言うんだもん。ちょうどよくヘイル皇帝も殺してたし。あと聞いた話、俺の暴れっぷりを聞いた王国側も矛を収める方向に向かっているらしいし。
続きは寝室でと言われたので城の自室へとゲートを開く。
「ふおお⁉ これは敬愛するレヴァーガ老師が使うと言われる転移魔術では⁉」
研究員の数人がなんかうるさい。
「あ、シグルドちゃんそれで帰るの? 私も便乗させてよー。魔道具化した馬車とはいえ長時間座ってると腰に来るのよねー」
「あなたホントに動じませんね。というかこれにはあんまり興味なさそうですね」
「私はホラ、魔道具が好きだから。魔術自体はあんまり。ほら、大型の魔道具って魔術の組み合わせが面白いでしょ? だから単体の魔術だけ見てもそこまでなのよー。それと何組み合わせたらとんでもないことが起きるか想像する方が好きなの」
さいですか。
ともかく三人でゲートをくぐる。馬車は城に戻るように伝えてもらった。
レベッカさんはレヴァーガ翁のポータルのことは話には聞いているっぽいが俺のゲートは初見のはず。それを臆することなく通るとは、やはり馬鹿と天才は……これ以上はよそう。
「じゃあ私は退散するのよー。それともするなら交ざる? 一応生き残ってるリフリスの血族で私が一番血が濃いからシグルドちゃんの子供産めって言うなら産むけど」
その言葉にミアはいつも通りの反応をする。
「どうどう」
「熱いわねー。じゃあ引っ掻かれないうちに宣言通り退散するのよー」
そう言ってレベッカさんは風のように去っていった。
残されたのは俺とミア。そして背後には毎日いつのまにやらふかふかに整えられているベッド。
「……する?」
「しません」
事後の処理を人に任せるのはなんかヤダ。それに……。
サーチで反応があるので分かっているが、俺はステルス技術を駆使して扉まで行き、そっと扉を開ける。
「御用ですか、陛下」
メイドさんがステルスを解いた俺に気づいてお辞儀をする。
「いえ、なんでもないです」
「左様ですか。何かあればお声をかけて頂ければすぐに参ります。必ずお部屋の前には控えさせて頂いておりますので」
「あ、はい。おつかれさまです」
俺は扉をそっと閉じた。
これだもんなぁ。したくても扉の前に張り込まれてるから絶対無理。
「あ、あはは。あたしも人に聞かせる趣味は無いかなぁ……」
流石にミアもこれには苦笑いを浮かべる。俺たちは顔を見合わせて、がっくりと肩を落としたのであった。
さらに二十日後、俺は昼食の席でとある報告を聞いていた。今日のメニューはピザ。照り焼きチキンとトマトバジルである。酵母は厨房から拝借し、ピザペールは自作した。焼くときは重力魔術でずるした。ちなみにピザ生地の作り方は米を求める旅路の途中で聞いている。あと飯は極力自分で作るようにしている。もはや厨房の常連。料理長とはレシピを教え合う仲である。
それはどうでもいいとして、ラッシュさんが持って来た報告の方なのだが……。
「併合が認められない? 鉱山の利権欲しがってたでしょう、確か」
俺は思わずナイフとフォークを置く。
「そうなんだがな、誤算が一つあった。奴さん、相当にお前を怖がってるらしい」
「俺を? 何でですか。人畜無害なのに」
「お前が人畜無害かはこの際置いておくとして、まずお前の戦力は強大だ。それは自覚しているな?」
俺は首肯する。
「ならいい。次に俺たちは王国民である……いや、だったか。で、併合したらまた王国民になるわけだが、冒険者という立場もあり国に恭順する意思はない。そうだな?」
それにも俺は首肯する。
いかに国だろうが俺の家族に手を出したらただじゃ置かん。
「となるとだ。王国はお前という危険分子をその腹のうちに抱え込むことになる。向こうに言わせりゃ手綱の切れたケルベロスだそうだ」
「酷い言われようですね」
ちなみにこの世界にケルベロスはいる。肉の味は普通らしい。それよりも牙や骨が素材になるようだ。またさっきラッシュさんが手綱と言ったように幼体の頃から育てればある程度懐く。世界にはケルベロスを連れた旅芸人がいるとか。ちなみに成体はジャイアントボアの二倍くらいのサイズ。玉乗りとかするのだろうか。
「じゃあどうなるんですか」
「王国は王国のまま、帝国は帝国のままだ。友好国として手を携えましょうと。むしろ王国側がお前の力に依存したがっているな。お前に国という鎖を付けたいらしい」
「え、じゃあ俺が皇帝を辞めるって話は……?」
「すまん。無理だ。諦めろ」
「そんなぁ⁉」
俺、一国を率いるカリスマ性も根性もやる気も無いよ⁉ あとそこで「大変だねぇ」みたいな顔してるミア! お前も無関係じゃないんだからな⁉ それと照り焼きチキン食いつくすな! 俺まだ食ってない!
ちなみにどうでもいい話、俺が配膳するのは頑なに止めようとするメイドさんたちだが俺がピザを切り分けるのには何も言わなかった。その辺をメイドさんに聞くと「立場が上の者が料理を切り分けて与えるのは古からの伝統ですから」とのこと。それを聞いたので今度からできるだけ大皿にしようと思う。残ったら……いつもの感じだと厨房の賄いにされるな。俺の料理は物珍しさのせいで競争率高いし。その前にミアが粗方食いつくすけど。
現実逃避している場合じゃなかった。
「どうにかならないんですか⁉」
「もういっそ軍事大国として突き抜けちまえよ。んで、各地の戦争紛争に介入したらどうだ。争いが無くなるぞ。争いの火種があるところにウォーハウンド在りってな。そしたら恐怖の帝国の出来上がりだ」
俺にアメリカになれと? いやまぁ確かに絶対的なアドバンテージがあるから完全に鎮圧はできるけども。それはちょっと違うんでない?
「冗談でしょ?」
「もちろん冗談だ。お前が一番嫌がるだろうからな。いっそ永世中立でも謳うか?」
今度はスイスか。
「でもそれ王国は絶対認めないですよね。中立ってことは絶対に王国の戦争には関与しませんから」
「そもそもの王国の敵は帝国なんだがなぁ。侵攻される心配はもう無いっちゃ無いんだが、確かに武力を笠に着たがっている王国は認めんか」
「専守防衛なら協力するんでそれ条件に併合できませんか?」
「それは俺も考えてた。お前の口からも出たことだし、そっちでもう一度王国と協議してみよう」
「でもあれですよね。ラッシュさん、やってることが完全に外交官ですよね」
「…………」
あれ。ラッシュさんが黙った。何か気に障ること言っただろうか。
「シグルド。ラッシュは……その……頑張りすぎたんです」とイリスさんが苦笑いを浮かべながら答える。
「何したんですか」
「貴族や宰相殿を言いくるめていたら王国との交渉役に抜擢された」
あー。血は争えなかったか。
「いや、俺もお前らを守ろうと必死だったんだ。それがいつの間にか俺の主導で王国との協議が始まるし、貴族連中も宰相殿も俺に色々任せてくるし。なんか俺、市井の人間が知ってちゃいけないことも知ってる気がする」
帝国は実力主義なところがあるから下手すればとりこまれそうと遠い目でぼやくラッシュさんに俺は憐れみの視線を向ける。
「ラッシュさん。何か食べたい料理ありませんか。作りますから」
「……イリスの手料理。旅の途中で食ってたようなやつがいい」
その言葉にイリスさんの顔がパァッと輝く。
家では俺に任せてサボってたもんなぁ。質で負けてるからとか言って。大方ラッシュさんに不味いと思われるのが嫌だったのだろうが、それは杞憂だったようだ。ということは今日の食事当番はお休みか。何しようかな? 最近は書類仕事もほぼ無いし。というか帝国の皇帝ってエルゼリック宰相が言ってた通りほとんどやることがない。情報のすり合わせはあるが上がって来た報告は忘れないし、本来ならばある武芸の稽古も俺には必要ないし。
そこでふと満足気に頬についたマヨネーズを拭って口に運んでいるミアと目が合う。俺はハンカチを取り出して口元をぐしぐしと拭いてやると「模擬戦でもしましょうか」と提案してみた。
「模擬戦? また珍しいこと言いだすね」
「暇なんですよ。料理長とは仲良くなりましたけど、厨房行くのもまだ若干気を遣いますし、部屋でゴロゴロしてるのも飽きますし」
「まー、イチャイチャしながらそのままって流れが封じられてるもんねぇ……」
「ミア、食事の席でそういう話をするんじゃない」
「ゴメンゴメン。でもラッシュとイリスはどうなのさ? 欲求不満にならない?」
「俺は今、そんな暇ないから……」
「私もあの状態のラッシュを流石に誘えません。……労いはしてますけど」
そこでポッと頬を染めるイリスさん。ミアが欲求不満度を聞いているということは直接的なことはしていないのだろう。
「まぁ、とりあえず運動でもして発散しようって話です」
「発散、発散ねぇ。逆に高ぶりそうな気がしてるのはあたしだけ?」
「それは獣人族特有のアレですか」
実際戦闘した日の野営の時、ミアの匂いは若干濃い。
「まぁ、伝統的な手順だと夫婦の取っ組み合いから始まるからね。で、勝った方が負けた方を組み伏せるの」
「それ百年単位で昔の作法だろう。今日日聞かんぞ」
「そう? 獣人同士だとわりとポピュラーな方らしいけど」
「で、その感じだと模擬戦はナシですか?」
「やってもいいけど、その場合あたしが勝ったら今日は恥も外聞もなく襲うね? 聞かれてても見られてても、もう何も気にしないから」
「止めときましょう」
こういう時のミアはアカン。そのうち腹撫でしまくって一回発散させねば。でもほんとに今日どうしようかしら?
とりあえずアイテムボックスに手を突っ込む。まずは料理系。ポテチはまだある。出汁類も十分。クレープは減ってるけど基本ミアにしか出さないから問題なし。たまにリューグがひょっこり湧いてくるけど。調理済みの料理もなんだかんだある。材料にしたってまだまだ買いだめがある。次に素材系。たっぷり。ただアダマンタイトとミスリルがちょっと枯渇気味。グレイハウンド二号機を作ってちょっと余るくらいか。魔石も大量にある。いつぞやの竜鱗も。魔物素材は変異体ロックアリゲーターの岩石片がこれまた大量に死蔵されている状態。他の素材はだいたい換金しているからお金もたっぷり。
必要なもの、ナシ! 強いて言うなら秘密基地近くのダンジョンでファンタジー希少金属の精製を行いたいくらいか。
いつもならミアとその辺の屋台を食べ歩くんだけどなぁ。前に行こうとしたらエルゼリック宰相に「いけません」と止められたし。デートに仰々しい護衛がつくって何よ。しかも俺とミアより弱いし。意味ないじゃんと抗議したが儀礼的なものらしい。ちなみに服装も勝手に決められる。とりあえず外出用にと体格が近いらしいヘイル皇帝の軍服を並べられたときは頬が引きつった。あとで聞いたらミアの方はドレスを並べられたらしい。しかも腰が折れるような細さの奴。それを聞いて俺はとりあえず、あばらを折るレベルでのコルセットの使用を禁止した。たしか地球では歴史上健康被害があったはず。補正下着レベルなら問題ないのだろうが。
うーん……。買い物にでも行くか。強いて言えば若干魚介が少なくなってるし。そうだ。アジフライ作ろうとしてたんだ。この世界のアジ、確かキャスと呼ばれる魚は在庫が無かったはず。
実は買い物の場合は護衛の数が極端に少なくなる。それも戦闘メイドさん二人という少なさ。これにはちょっとしたからくりがあるのだが、それは俺の買い付け先に問題がある。俺の買い付け先は基本的に国外。国外で仰々しい団体さんを引き連れる訳にはいかないからお忍びという形になるのだ。ゲート使うと言い方を恐れず言えば密入国になるのもある。
「ミア、買い物に行きましょう」
「どこ行くの?」
「エリエルへ。キャスを買いに」
「キャスかぁ。あれの塩焼き美味しいんだよねぇ……」
ああ、もう。よだれよだれ。
「そういうことなんでアリシアさんとメイヴィスさんに伝えてもらえますか? あと料理長にイリスさんが行くことも」
「畏まりました」
後ろで控えていたメイドさんに言伝をお願いして俺とミアは各々の自室へ。
ミアは鍔広帽子姿に、俺は普段着の旅装束に。ミアと待っていると、ドアをノックする音。誰何すると「陛下、アリシアとメイヴィスが到着しました」との声が帰って来たので部屋に招き入れる。そこには冒険者風の女性が二人。
長い髪をゆるい三つ編みにしているのがアリシアさん。ボブカットの兎人族がメイヴィスさんだ。二人は買い物の時の護衛役。冒険者ギルドにも加入しており、ランクは二人とも金だ。一応、城でメイドとして働きながら冒険者の籍を残すにあたり、二人は国からの指名依頼を受けているという形になっているらしい。ちなみにアリシアさんがロングソード使いでメイヴィスさんがリューグと同じで弓をメインに短剣をサブで使う。聞いたところ兎人族は獣人の中でもパワーよりスピード型のためこのチョイスだそうだ。それでも決して非力ではないのだが。
一応ミアが良い感じの格好をしているので端から見れば旅人二人とその護衛に雇われた冒険者二人組に見える。俺の扱いが微妙なところだが、ぱっと見弱そうなので護衛対象に見られる方がほとんど。そしてだいたい街の入り口でギルド証を見せると二度見される。なので最近デート服の時は商業ギルドの方のギルド証を見せるようにしている。ミアも同様だ。
とりあえずエリエル付近のゲートスポットにゲートを展開して移動。街に入る列に並ぶ。各々ギルド証をみせて街に入る。朝市は終わっているのでその残りを売ってる鮮魚店へ。
「いらっしゃい。何か買い忘れかい?」
「ええ。キャスは残ってますか?」
「今日残ったのは十匹だな。いくついる?」
「じゃあ残りを全部下さい。あ、開きにしてもらえますか?」
「手間賃で鉄貨二枚もらうけどいいかい?」
「構いません」
「じゃあ銅貨一枚と鉄貨二枚だ」
俺は財布から丁度の金額を渡す。
「まいどあり。今開きにするからちょっと待ってな」
店の奥の加工場で店主が包丁を入れるのを眺める。
「今度は何作るの?」と俺と腕を組んだミアが問う。
「アジ……キャスのフライですよ。作るのはまた今度ですけど」
「何で?」
「今日はイリスさんのご飯でしょ」
「あ、そっか」とミアは頬を掻く。
開きにしてもらったアジをアイテムボックスに突っ込んで店を後にする。この後は買い食いタイムだ。と言っても専らミアが食うだけだが。と思ったらミアが普通の食事処に入っていく。
がっつり食う気かよ。
「あたしエール。あとおすすめ五品くらい持って来て」
ミアがウエイトレスにそう言いつつ席に着いたので俺も自分の分のエールとアリシアさんたちの果実水を注文して金貨を一枚渡す。金貨を渡したのは金はあるからその辺気にせずなんでも持ってきてくれとの意思表示だ。
「というかアリシアさんもメイヴィスさんも飲んでいいんですよ? ずっと果実水ですけど」
「いえ、私たちは一応仕事中ですので」
「そう言って最近は食べないし飲み物だって受け取らないじゃないですか」
「それは……」
そうこう言ってる間に料理が運ばれてくる。一品目は魚介のスープ。ブイヤベースみたいなかんじだ。二品目はこの街でおすすめと言ったらこれになってしまった味噌煮。この店は俺のレシピにある程度忠実にマローカ、つまりサバを使っているらしい。続いてきたのはスルメ。ちょっと炙ってある。ちょっと遅れて四品目はエールに合う揚げ芋が山盛り。最後に来たのはイカフライ。ウエイトレスがお釣りを持ってやって来たのでメニューと照らし合わせて確認。自前の調味料を出していいか聞いてみるとちょっと渋い顔をされたので銅貨一枚握らせるとにこやかに頷いてくれた。
「ミア、俺も貰いますよ」
「いいよー」とミアが言う前に俺はスルメに手を伸ばす。ゲソをちぎり、取り出した小皿にマヨネーズ、トメーキアで買い求めた醤油と七味を入れて混ぜる。それをゲソにつけてぱくり。
どうしてこうおつまみ系って美味しいんだろうね。
俺を涎を流しながらミアが眺めていたので醤油七味マヨネーズの小皿を押して寄こす。それをつけてスルメを食べるミアは満足そうなので良しとする。
「ほら、お二人も食べて下さい。いかに護衛と言えど席に着いて果実水だけってのも変でしょう?」
「それは……」「そうなんですけど……」と言いながら二人はミアを見る。
「ん? あたしがどうかした?」
「いえ、ミア様が頼んだ量って基本一人分ですよね?」
「ミアはこんなもんじゃありませんよ。多分制限しなけりゃ一日中食べてます」
「それは言い過ぎだよ。流石に半日も食べ続けたらお腹いっぱいになるって」
その言葉に二人はため息をついた。
え、なに? どういうこと?
「シグルド様、私たち、その、言いにくいんですが、お二人の護衛についてから……その……」
「太りました」
言いよどむアリシアさんに対してメイヴィスさんがすっぱりと言う。
「お二人、というかミア様のペースに合わせて頂いていると普通太ります。特にお屋敷でもお菓子を頂いたりしてしまってますし」
「え、ミアの食いっぷりって獣人族の方から見ても異常なんですか?」
「はい。獣人だろうが何だろうが胃袋の大きさは人それぞれです」とメイヴィスさんが答える。その言葉に俺はミアを目を眇めて見る。
「……何さ」
「腹は……腹筋割れてますよね」
「バッキバキだね。毎晩見ての通りくびれもあるよ」
「胸と尻がキツイって言ってましたっけ?」
「確かに言ったけど、お尻はまだそんなでも。でも胸がヤバい。さらしでぎゅうぎゅうにしてもそろそろ軽鎧のベルトが限界。穴一つ緩くしたし」
俺はミアの胸を見る。今は何も締め付けたりしてないから、改めて見ると明らかにサイズ感が上がってる気がする。脳内で比較するとイリスさんに匹敵するレベル。
胸に栄養が行くタイプか。護衛の二人が、特にすとーんとした体形のメイヴィスさんが自分の身体と見比べて顔から表情を消している。
「あれ? 獣人って種族特性として贅肉付きにくいんじゃありませんでしたっけ?」
「シグルド様。付きにくいだけで付くものは付くんです。あんなに食べても体型が変わらないどころか胸だけ膨らむミア様のお身体がおかしいんです」
メイヴィスさんの目が怖い。女性に体型の話を突っ込んだ俺が間違いだった。
「メイヴィス」
「はっ。……失礼しました」
アリシアさんに窘められて上げていた腰を下ろすメイヴィスさん。そんな会話をしている間にミアは頼んだ料理を食べ終えていた。
「エールおかわりー」
ジョッキと交換で料金を払う。つまみも無しにぐびぐびと何杯目か分からないジョッキを開けたミアは満足気に一息ついた。
「はー。美味しかった。でも味噌煮はシグルドの味付けの方が好みかなー。どこもそうだけどハーブケチってるね。魚の臭みが残ってるし」
ならショウガが少ないのか。俺はたっぷり入れるからな。あとショウガはこの辺だと産地ではないのでちょっと高い。多分その辺もあると思う。
「シグルドー。今度味噌煮作って。ごはんと味噌汁のセットがいい」
「竜田揚げ作ろうと思って取っておいたマローカがまだあるんで全然作れますけど、物足りなかったんですか?」
「うん」
「まぁ、そのうち作ります。とりあえず今日は帰りますよ」
そう言って腕を組んで店を出る。メインストリートに出て、北にある門へ。門を出て人目が無いことを確認しつつゲートスポットへ。ゲートを開いて城へと戻る。
「お二人もお疲れさまでした。これ、今日のお礼です」と俺はレーズン入りのパウンドケーキをアリシアさんとメイヴィスさんに手渡す。
パウンドケーキはこの間作ったものだ。小麦粉、バター、砂糖、卵が一対一対一対一と何かで見たのを覚えている。そうして何度かの試行錯誤の上焼き上げたものに甘口の白ワインをスプレーしたものだ。ふんわりとアルコールの香りがしっとりと香っている。
「ありがとう……ございます……」と二人は苦笑いを浮かべる。
「あれ、別のものが良かったですか? んー、あと渡せそうなものは……」とアイテムボックスに手を突っ込む俺をミアが止める。
「シグルド、あたしの感覚で食べ物渡してると相手がぷくぷくになっちゃうよ」
あっ、微妙な顔をしたのはそういうことか。
「すいません、気が利かなくて。回収した方がいいですかね?」
「いいえ、いいえ!」
「食べます!」
慌てて自前のアイテムボックスにパウンドケーキを突っ込む二人。
食べることは食べるんだ。よかった。
二人を退出させてミアとも別れる。普段着に着替えてくるらしい。俺もコートを脱いでベッドに転がる。しばらくするとミアがやってくる。しかしドアの前に侍っているメイドさんが誰誰が来たと伝令してくれるのでミアとしてはもどかしいらしい。
普段着に着替えたミアが寝転んだ俺の上に覆いかぶさる。
「あたしの分は?」
パウンドケーキのことか。
「一切れだけですよ、晩飯も近いんですから」と俺はアイテムボックスからパウンドケーキを一切れ取り出してミアの口に入れる。もぐもぐと咀嚼するミア。ホールドアップ状態の俺の手にミアの手が絡められる。ミアは口の中のモノをごくりと飲み込むと、そのまま俺に唇を重ねてきた。吐息に交じって白ワインとレーズンの香りがふんわりと香る。
「我慢できなくなりますよ。最近溜まってるんだから」
かく言う俺もちょっと元気になりかけ。
「ごめん。もうそろそろ我慢できそうにない」
そのまま貪るように口内を蹂躙される。ちゅるちゅると舌を吸われ、ミアの手が俺の下腹部にのびそうになったところで尻尾の付け根あたりを揉んでその動きを封じる。
「あん。なんでぇ?」
「逃げましょう」
潤んだ目をしたミアを抱き上げて秘密基地へゲートを開く。
おっと、そうだ。書置きだけはしておかねば。
俺は備え付けられたテーブルに「明日には戻ります」とだけ書置きを残して、ゲートの奥へと消えた。
そうして数時間後、俺は秘密基地の風呂の湯船で欠伸を噛み殺していた。時刻は深夜の三時を過ぎた頃だろう。いままでずっとやってたから下半身の感覚がない。
どこから入手したのか高い精力剤ポーションまで用意しやがって、と隣で髪を流すミアを睨む。おかげでだいぶハッスルする羽目になった。
髪を流し終えたミアがその長い髪をまとめて、前と比べて若干大きくなったらしいお尻をこちらに向けて湯船に腰を下ろす。いつも通り、俺の足の間に収まる形だ。
「ふー。すっきりした」
「俺はもう腰とか脚とかガクガクですよ」
そう言いながら俺はミアの胸を掬いあげる。確かに重くなってるような気がする。しかし手を下に下げて腹を触れば安心安定のゴリゴリした筋肉の感触。
やっぱりおかしいって。
「こりゃ納得いかんわなぁ」
「何が?」
「いや、あんだけ食ってなんでこのプロポーションなのかと」
「そんなのあたしだって知らないよ。シグルドはあたしの身体、嫌い?」
その問いに俺はミアをきゅっと抱きしめることで答えに代える。ついでに首筋も甘噛みしておく。
「ふふ。だよね。どこが弱いかもよく知ってるし」
そう言ってミアはその弱いところに俺の手を導く。
「まだ物足りないんですか? 俺もう無理ですよ?」
俺がそう言うと、ミアは湯船で腰を浮かせ、そのお腹を水面に出した。下腹部にあてがわれていた手がするするとお腹に上っていく。俺の掌が腹筋に触れると、湯船の水面がぱしゃりと波打った。
「ダメ?」
「……場所を変えましょう」
まだまだ夜は長い。
あのあとミアが満足するまでいろいろして、汗やらなにやらでまたびしょびしょになった体をもう一度流して、眠りに着いたのがとうに日が昇ってから。そこから裸のミアに抱かれて寝て、起きたのがついさっきのこと。軽く作り置きのスープと黒パンだけ腹に入れてゲートで城に戻ると、部屋の中に控えていたメイドさんが「お帰りなさいませ」と声をかけてきた。
「た、ただいま戻りました……」
「お昼の時間はとうに過ぎていますが、必要であればお申し付けください。では、私は報告がありますのでこれで失礼させていただきます」
「あ、はい。お疲れ様です……」
退出するメイドさんを見送る。ドアの外には相変わらず一人いるので俺たちを待つためだけにあそこにいたらしい。というか何を報告するのだろうか。
しばらくするとノックの音。予想通りエルゼリック宰相と、何故かラッシュさんも来たらしい。
「よう陛下。昨日はお楽しみだったようだな。会議やら何やらで疲れてる俺たちをほったらかして」
あ、ラッシュさんが怒ってる。
「陛下。無断外出は止めて頂きたいとあれ程申したでしょう。ラッシュ殿が取りなしてくださらなければ帝国中を探すところでしたぞ」
その言葉にラッシュさんの方を見てみると、いい笑顔で額に青筋を浮かべて頷いた。あれは余計な仕事増やしやがってという顔だ。
「どうせ秘密基地に行ってたんだろ? だから帝国を探しても無駄だって言ったんだ。それに追いかけっこでお前に勝てるのはミアしかいないしな。というか本気で逃げられたら誰も見つけられん。お前の置手紙を信じろと貴族連中を宥めすかすのがどれだけ大変だったか」
「……すいません」
「脱走した理由は昨日の会話とツヤツヤのミアを見れば察せるが、我慢できないならあきらめてもうこの部屋でしろ! 誰も迷惑はせん!」
「落ち着けないんですよ! 外にずっと見張りのメイドさんがいるから!」
「気にするな! 俺はもう気にせず抱いた!」
「イリスさんが聞いたら真っ赤になりそうな報告してんじゃねーですよ! 俺には無理です!」
ホントこの人は変な所でも漢らしいんだから困る。
というか昨日、多分俺のせいで会議どころじゃなかったんだろうな。
「んんっ。お二人とも、夜の営みに関しての話はその辺にしておいて頂きたい。して陛下、今お食事は必要ですか?」
「いえ、食べてきました」
「でしたら陛下が望まれる併合に向けて早急に署名や判を押して頂きたい書類がございます。執務室へお越しいただけますか?」
「はい。すぐ行きます」
俺はミアを引き連れて執務室へ。執務室の机には小さいが書類の山ができていた。基本は書いてあることが俺の意思であることを示す書類。ほとんどはサインが必要になるので面倒だ。ハンコで済むならハンコで済ませたい。だがそうもいかない。書類もちゃんと読まなきゃいけないし。思考加速のおかげでさっと見るだけでもしっかりと確認はできるが。
書類をささっと見てサインを書いていく。元々字は綺麗な方ではないが、それがこっちの世界でも反映されている。なのでサインだけは丁寧に書く。と言っても、これも思考加速のおかげで素早くできるが。
ちゃっちゃと書類仕事を片付けて俺は一つ伸びをした。
「陛下の書類仕事は風のように早うございますな。私どももこれだけの能力があれば……」
「訓練次第でできると思いますよ」
ただの身体強化の応用だから。
「一応確認をさせて頂きますが、国内のものと国外宛のもの、それぞれいくつあったか把握されてますか?」
「国内の書類が六八、ライクロイック宛が三、アイネ宛が一、ダルニシア宛が一、冒険者、商業各ギルドに一通づつです」
「毎度の如くちゃんと読まれているようですね。失礼いたしました。確認しておかねば不都合が起きる場合がありますので」
「わかってますよ」
そう言って俺は椅子に体を深く預けた。そして視線の先に暇そうにソファの上で三角座りしているミアを見つけると、おいでおいでと手招きする。俺は膝の上にミアを横抱きにして座らせると、背中を支えてその髪を撫でた。
「私はお邪魔ですかな?」
「すいません、完全に意識の外でした。でも今日の書類仕事はもう終わりですよね?」
「はい。書類仕事は、終わりにございます」
なんか含みのある言い方。
「まだなんかあるんですか」
「前々からお願いしていたお召し物の仕立てを、そろそろ」
「あー、調印式で要りますもんねぇ。というか、それこそお古でいいんですけど」
「まぁ、伝統的な服を仕立て直すのも一つ手ではありますな。では代々伝わっている礼服を出しましょう。陛下の背格好ならばそんなに直しは要らないはずです」
「それでお願いします」
代々伝わってるって所が気になるけど。まぁ、気にするだけ無駄だろう。
部屋に戻って待機していてほしいと言われたのでその通りにする。しばらくミアとまったりしていると、メイド隊がやってきた。その手には黒を基調とした軍服っぽい見た目の礼服らしきものとマント。装飾は華美ではなく質実剛健な感じだ。城の装いとは正反対である。メイドさんにそれとなく聞いてみると、城の方は時代の変遷とともに豪華になっていったらしい。対して俺のために持ってこられた礼服はかなり初期のものだそうだ。一瞬頭に歴史的遺物という単語がちらつくが、気にしたら負けとメイド隊の採寸に身を任せる。
ちなみにの話、服の直しは要らなかった。若干肩幅が合っていないくらいなのでパッドを入れれば問題ないらしい。あと本来ならば左胸に皇帝であることを示す徽章が下げられるのだが、それは取り払われている。というか、もともとこの服についていた徽章を代々皇帝の証として受け継いできたらしい。そのため代わりになるものを用意した。オリハルコンの上からごく薄くアダマンタイトをかぶせた新たな徽章を。モチーフは銃剣付きの小銃と仮面。普段のエンブレム制作なら猫をモチーフにしたものを作るところだが、世界観に合わせることを重視する俺は自分の家名と持ち武器の銃槍をモデルにしたエンブレムにした。そのエンブレムが、アダマンタイトの黒地にオリハルコンの虹を帯びた金で象られている。それを片手間で作り、メイド隊に渡しておく。他のバッジなどを参考に糸で止める部分も作ったのでメイドさんがうまいことしてくれるだろう。彼女らが言うには前のものより豪華になったらしいが気にしない。
だってオリハルコンは使い道がなくてたまる一方だから。市場に流してもいいけど産地なんかの手続きが面倒くさいし。というか産地登録すると秘密基地の所在がバレる。魔道具作るには魔力の通りが頗るいいから最高の素材なんだけどね。如何せん柔らかすぎる。あとミスリルほど軽くも無い。というか意外と重い。
なにはともあれ仕事は全部終わったので俺はずっとベッドで俺の事を眺めていたミアの横に横たわる。
「疲れた?」
「ええ。服選び……って選んでないか。服の合わせって意外と疲れるんですよ。ミアも分かるでしょう?」
「いやー、あたしら庶民の女は基本自分で縫うから」
その言葉に俺の目は点になる。
「裁縫できるんですか?」
「できるよ? 女には必須のスキルだからね。自分の服とか自分で直してるし。買うと大変だからねー」
そういわれればそうと言う他ない。この世界に衣料品の量販店はないからだ。服は一着一着オーダーメイドだし、肌着はそもそも売ってるところを見たことがない。たまに普通にミアとイリスさんが持ってくるからどうしてるのかと思っていたが、縫ってくれていたのか。
「なんかすみません」
「いいよ。針仕事は女の仕事だからね。今着てるやつも多分あたしが作ったやつだよ。……そう言えばシグルドもボタン付けるの出来るよね?」
「まぁ、ボタン付けくらいは」
小学校や中学校の家庭科でやるからなぁ。あんまり上手ではないけど。
「今更だけど、男の人でできるのって珍しいよね」
「そうなんですか?」
「ラッシュとリューグは取れたら普通に頼んでくるよ?」
そう言えば俺も何度か頼まれて直した覚えがある。
「まぁ、できる人はできるってことで」
俺はごろりと寝返りを打つと隣のミアを抱き寄せる。
「さらし外す?」
「このままでいいです」
俺はミアの胸元に顔を埋めると目を閉じた。
いつまでこの生活が続くのか。できれば早く終わって欲しいなぁと、そんなことを考えながら。




