20 三度目の新年と波乱の幕開
街に新年を告げる鐘の音が鳴った。俺はもう三年近くこの世界に居ることになる。
「あたしとシグルドももう二十歳だねぇ」
晩飯を済ませ、炬燵に入りながら隣でだらけたミアが言う。正面には窮屈そうに身を寄せ合うラッシュさんとイリスさん。左隣には水飴を舐めるリューグ。右隣には、レヴァーガ翁が緑茶を勝手に淹れて飲んでいる。
「シグルドよ。儂、お主の事成人したてだと思っておったぞ」
「よく言われます。というか、なんでうちで茶をしばいてるんですか。要件は済んだでしょう要件は」
要件とは俺の作るお菓子のレシピの事だ。お菓子とはクレープのこと。メーヴェちゃんがいい加減うるさいらしい。
「コタツは魔窟じゃ。一度入ったら抜け出せん」
「冗談言ってないではやく帰ってください。またメーヴェリン様が仁王立ちしてるんじゃありませんか?」
「そうじゃのう。ならば帰るとするか。お主も気が向いたら来い。メーヴェも会いたがっとるしの」
「こないだも一回お邪魔したじゃないですか。というか時差が面倒なんですよ、反対側だから。レヴァーガ翁もポータル使うなら分かるでしょう」
「それとこれとはまた別の話よ。ではまたの」
そういってポータルを開いて帰るレヴァーガ翁。ポータルの向こうで「ひいおじい様!」と聞こえたが気にしない。ポータルが閉じると、妙に緊張していた様子の正面が弛緩した。
「随分固くなってましたね、ラッシュさん」
「そりゃ緊張もするわ。世界で唯一のアダマンタイトだぞ? 緊張しないお前らの方がおかしい」そう言いながら窮屈なイリスさんの横から定位置に戻るラッシュさん。イリスさんはちょっとしょんぼり顔。
「ただのカディイスラ好きのおじいちゃんだよ?」
「あー、でも実力は本物ですね。勝てる気がしません。俺ら一瞬で殺されますよ。余波で護衛の人が使い物にならなくなるので単独行動してるくらいですし」
「やっぱりヤバい人じゃないかあの御仁! ちょっとまて、お前が対人戦で勝てないのか⁉」
「……あの爺様、ゴム弾を掴みやがりました」
状態異常は魔道具で固めているらしく効かなかったが、掴めると言いうことは躱せるということに他ならない。俺でも銃弾は思考加速で見えるが体は平均的な男子なので動きが追い付かないのだ。事実、二発目は当たらなかった。
「アダマンタイトが名誉職って嘘だろ、絶対」
「ええ。身体を鍛えた達人が魔術を極めるとどうなるかって嫌ほど思い知らされました」
もうあの人が最終決戦兵器でいいんじゃなかろうか。下手したらグレイハウンド持ち出しても負けそう。
「そんなことよりこれどうする?」とリューグが昨日届けられてそのままこの部屋に放置されていた手紙を舐め切った水飴の割り箸で指す。
「シグルド宛に、商業ギルドも毎年律儀ですよね」
「あー、おととしのリピーターがずっと騒いでるらしいよ。あたしたちの屋台にはまだ跳び兎亭も及ばないって」
「違いって油を綺麗にしてるだけなんですけどね」
「多分それじゃない? みんな重いって言ってるらしいし。というか、油を綺麗にとかそんなことできるのシグルドくらいだし」
「んじゃ新作でも食べますか?」と俺は密かに開発していたポテチだししょうゆ味を炬燵の上に置く。乾燥昆布、鰹節、干しキノコ、干し小魚を風魔術で粉砕してまぶし、トメーキアで見つけた薄口しょうゆを水系統の霧を発生させる魔術と風魔術を応用してスプレーしたものだ。
ミアとリューグは案の定貪るように食っている。ラッシュさんとイリスさんも手が止まらない。
「シグルド、これは、罪の味、だよ!」
「美味い」
「反則的に美味いな」
「出汁のうま味は相変わらずすごいですね……」
「で、原価は?」とリューグが聞いてくる。
「うすしおのりしおと大して変わりませんよ」
出汁粉の分若干高いくらいか。
「まぁ、うちで独占してるのもいいかぁ~」などとミアが言うと、玄関の方からノックの音が聞こえた。そして俺の在宅を確認する声。
「商業ギルドに鉄貨一枚」
炬燵から出るラッシュさんを見ながらリューグが言う。うちではだれが呼ばれてもよっぽどのことがない限りラッシュさんが対応する。一応安全のためだ。
というか賭けるな。
「シグルドー、客だ。リューグは当たりだな」
リューグが当りということは商業ギルドの職員か。
和室はよっぽど親しくないと通したくないのでダイニングの方へ客人を通す。一緒に席に着いたのはミアとラッシュさん。ミアはもう放っておくとして、ラッシュさんが一緒なのは俺たち金獅子の責任者だからだ。
「お初にお目にかかります。私、このロアの商業ギルドでギルドマスターをしているラペッドと言います」
えー……。商業ギルドのギルマスが一体何の用ですか。
「シグルドさんは……、えっと……」
「俺です」
「すいません。実は昨年もお願いしていたポタタの薄揚げの屋台のお願いに来たのです」
「嫌です」
面倒くさい。
「そこを何とか!」
「ポタタの薄揚げは今や街中で出してるでしょうに」
「あなた方への出店依頼の陳情がずっとあるんですよ。おととしの新年祭以来、他の祭にも出店して頂けてませんし」
そりゃタイミングが合いませんでしたから。あと面倒。
「それに今朝からあなた方の出店があるかどうかの確認が、しかも出してほしいというものが既に五十件以上も来てるんですよ⁉」
「この街の人たちは暇なんですか?」
「それだけあなたたちの屋台を望む声が多いんです!」
はぁ、とため息をついたラペッド支部長はハンカチを取り出して額の脂汗を拭う。
「同じレベルが出せるなら普通こうはならないんですよ。一番と言われる跳び兎亭でも満足できない人が多いんです」
「祭り補正では?」
事実として差はあるが、一応言っておく。
「そうならばどれだけいいことか。舌の肥えた両ギルド職員のうちあなた方の屋台を食べることができた幸運な数人に忖度のない聞き取りをした結果、明らかにあなた方の屋台の方が上だという意見が出ていますので。なんでも食感の軽さが違うとか」
やはり油の質は重要か。他の店は、跳び兎亭にしても普通に質の悪い油を使い回しているから仕方ない。対して俺は徹底的に汚れや不純物を取り除き、二、三回で分離の魔術を使ってきれいにし続けている。前に屋台で使ったものはもちろんさらの新しい油だった。
「何とか出して頂けませんか?」
「材料とか無いですよ。前も足りませんでしたし」
「あなた方が流行らせてくれたおかげでポタタはかき集めればありますよ? もちろん当ギルドも協力いたします」
「いや、器のサラバの方が集めるの面倒です。アレを皆に作ってもらうのも忍びないので」
そう言う俺の袖を引くミア。何だろうか。
「トメーキアとメレシアで持ち帰り用の木の使い捨ての器あったよね? 一般的に利用されてるってことは流通してるんじゃない?」
「…………やりたいんですか?」
「いや別に? 今年はまだ煽られてないから。というかニールはミーナといるのに忙しいみたいだし、ちょっかいかけられなくなって万々歳」
そういえば忘れていた。ミーナさんがあの後蒼烏に編入したことは知っていたが、ニールさんと上手くいっているようで何よりである。ちなみに姉のヘレナさんも後日竜の爪痕を通って陸路で越してきたと聞いている。旦那さんは元冒険者の解体職なので今は一緒にロアの冒険者ギルドで働いている。初対面の印象は無口な人だった。だが仕事は恐ろしく丁寧。
何はともあれ今年はやる理由がない。
「やはりお断りします。俺は別に料理人ではないので」
両隣から「えぇ?」という視線が突き刺さる。
なんだよ。俺は料理人じゃないぞ。あくまで冒険者だ。料理してるのは栄養があって美味いもんを食いたいだけだ。米探して半分行き当たりばったりで半年近く旅したけど。
「そこをなんとか」
額をテーブルにこすり付ける勢いで頭を下げるラペッド支部長。了承を取れるまで帰りませんという不退転の意思が見え隠れしている。流石商業ギルドの支部長。しぶとい。
「どうか、どうかお願いします!」
「……シグルド。この手の人間はしつこいぞ?」とラッシュさんが小声で言ってくる。
「じゃあどうしろって言うんですか」
「また一日だけやればいいだろう」
「またあの準備という名の苦行をやるんですか?」と、言いつつも実はポテチ用のポタタの薄切りは大量にあるのだが。
微妙な時間で暇なときにスライスしているといい暇つぶしになる。感覚的には硯で墨を摺っている時に近い。習字の時間を思い出す。
というかポテチは秘密基地でのおやつの定番。ストックはあるに越したことは無いのだ。スライスしたての状態で置いておけばポテトグラタンにもできるし。
習ったのは、もっと厚みのあるポタタを使ったやり方だが。……グラタン食べたくなってきたな。ポテトじゃなくてマカロニの方。マカロニの在庫あったかしら。
「シグルド、おい、シグルド」
「え? 何ですか?」
「お前、なんか別の事考えてたろう」
「あー、グラタン作ろうかと考えてました」
「……何でそうなった?」
「いや、ポタタの薄切りでグラタン作ったなーって。そしたらグラタン食いたくなりました。管パスタ入りの普通の方ですけど」
「いや、現実逃避するなよ。主導は基本お前なんだからお前が決めろ?」
「やりたくありません。面倒くさい」
あの時もミアの願いに応えただけだし。
「と、うちの料理長は言ってますが?」
「どうか。どうか、この通り!」
「だからやりませんって」
「…………。では、私も最終手段を取らざるを得ません」
何する気だ、この人?
「アーデルハイド侯爵から来ているシグルドさんへの面通しを我が商業ギルドはもう止めませんよ!」
「……どういうことですか?」
「ポタタの薄揚げに味噌煮。侯爵様は料理人としてのシグルドさんへ面会を望まれています。冒険者ギルドのキール支部長から聞いていたので貴族関連の接触はある程度ギルドとしてギルド会員保護の名目で阻んでおりましたが、今後一切やめます! 積極的に面会のセッティングもします!」
「ひでぇ⁉」
この人、なんて脅しをしやがる! 俺が一番嫌なことを的確に!
「そんなことしたら俺の製品で商業ギルドが一切利益をあげられないように契約変えますよ⁉」
「そもそも売れ筋のリンスは販売権を頂けていませんし、大商いだった魔装機兵もすべての国が購入済みなのでもう何の痛痒もありません!」
失うものが無い人は強い。
いっそ祭りの時期だけ逃げるか? いや、貴族のコンタクトは時期関係ないな。意味がない。やめよう。
ぐぬぬと歯噛みする俺の袖を引くミア。
「なんですか?」
「あたしはやってもいいよ?」
「別にやりたい訳じゃないんでしょう?」
「そうだけど、人から求められるって言うのは悪い気はしないよね」
その言葉に俺ははっとする。初めてロアに来た日の夜、仲間として役割を求められて涙したあの日の事を思い出して。人に必要とされることの嬉しさを思い出して。
いつの間にか驕っていたようだ。
「……やりますか」
「おぉ! では!」
「ただし! ちょっと待っててください。容器の在庫確認してくるんで」
頭に疑問符を浮かべるラペッド支部長を放って二階へ。ゲートを開いてトメーキアのサカオの商店街に向かう。
「いつ来ても活気があるなー、ここは」
朝早くでも賑わっている。
適当に持ち帰り用容器を使っている店に聞いて木工の販売所を紹介してもらった。
「すいませーん」
「らっしゃい。要件はなんだい? つってもどうせあんたも木折箱だろ? いくつだ?」
「話が早いですね……」
「この時期は祭りで入用だからな。作り溜めてんだ。余れば余るで平時でも需要はあるし、無駄にはなんねぇ。追加で買いに来る店もあるからな。アンタもそのクチだろ? 今なら二千くらいならいけるぞ?」
「にせっ⁉」
日常的に使ってるとこうなるのか。流石日用品。というか無くなったらこの辺の商店が立ち行かないのか。
「まぁ、いいや。出せるだけ下さい」
「まいどー」
料金を払ってコンビニ弁当サイズの半分くらいの、深さ五センチほどの薄い木でできた箱を二千と五十個買う。実際あって困るものでもない。余ったら弁当でも作ってみよう。蓋は無いけど、葉っぱで蓋をして蔓で縛るのが一般的だそうだ。ちなみに端材を利用しているらしくすごく安い。あと、咄嗟の思い付きで割り箸と飴屋で水飴を大量購入しておく。ついでにこれも売ろうと思う。たっぷりつけても鉄貨一枚で利益でるし、余っても料理に使える。あとは困ったら水飴は和室に置いておけば勝手に無くなる。
要件を済ませて自宅へ。
「待たせましたか?」
「一時間くらいだな」
「シグルドさんは一体何をしていたので……?」
「いや、容器の在庫を確認するって言いましたよね? なんとかなりそうですよ」
「ほんとですか!」
よかったと胸を撫でおろすラペッド支部長はそれはもうにこやかな顔でアイテムボックスから屋台の申請用紙とインク壷とペンを取り出して俺の前に置く。
「書く前に一つ。ポタタの在庫集めには協力してもらえるんでしょうね?」
「商業ギルドは街の流通にも関わっています。飢饉が起きた際への備えとして主食となりうる麦やポタタは街をひと冬賄えるだけの備えをしているのですよ。一般には知られていませんが、領主様向けのサービスですな。そこから出します。いくらほどご入用で?」
そう言われてもいまいちピンとこない。器の数だけで言えば前回の三倍強。ポタタは四百個近くあって余ったから今回は……千個分くらいあれば足りるだろうか。で、俺のアイテムボックスには十キロ分くらい薄切りと五十キロくらいのそのままのポタタがあるので。
「あと四十キロくらいあれば? 余裕をもって六十あれば有難いです」
「お安い御用です」
俺はさらさらと書類を書いてラペッド支部長に渡す。
「ありがとうございます。ありがとうございます。これで業務が圧迫されずに済む……。……おや? この水飴というのは何ですか?」
「トメーキアのお菓子です。あー、食べてもらった方が早いか」
俺はアイテムボックスから料理用に保管している水飴と割り箸を取り出してすくい、説明がてら練ってラペッド支部長に渡す。
「練る……。ほうほう。で、白くなったら食べると。……あむ。ん⁉」
目を剥くラペッド支部長。だが口から出したりはしない。その甘さや味わいを確認しているようだ。
「これは、砂糖とも蜂蜜とも違いますな。これほどの甘み、さぞ高いのでは……。屋台で出せるものですか?」
「あぁ、売値は鉄貨一枚ですよ」
何度も言うがそれで普通に元がとれる。
「なんですと⁉」
再び目を剥くラペッド支部長。そんなに驚かなくてもいいのだが。
「シグルドさん。あなたはこれをトメーキアのお菓子と言いましたね?」
「ええ。言いましたね」
「その値段は輸送や保存のコストを考慮した上でのものですか?」
「いいえ。俺には関係ないので。というか、輸入して儲けようとか考えてるならやめた方がいいですよ。多分こっちに流れてきてないっていうのはそういうことでしょうし」
糖分の塊だから保存は効くだろうが、輸送コストが馬鹿にならないと思う。その辺は米で学んだ。
「まぁ、そりゃそうですよね。知ってます。シグルドさんの輸送コストと保存コストを無視できる方法をぜひ教わりたいですが、絶対に冒険者の秘匿事項ですもんね」
「よくお分かりで」
「水飴の件はすっぱり諦めます。でもポタタの薄揚げはよろしくお願いしますね。ポタタはいつ取りに来られますか? 今からでも構いませんが」
「屋台の場所も確認したいので今から行きます」
嬉しいのだが残念といった複雑な顔をしたラペッド支部長の後をついてミアと共に商業ギルドへ向かう。商業ギルドに入ると、空気が止まっていた。
「支部長、……結果は⁉」
「出店だ!」
ラペッド支部長がそう言った瞬間、「ウオオォォ!」とギルド内で歓声が上がった。
というか奥の職員さん、書類放り投げてデカい紙吹雪みたいになってるけどいいのか?
「今年は二種類の商品を出してもらえるから、残ってるところで広めの場所を当ててくれ」
「じゃあこことかどうですか?」
「あー、うん。いいんじゃないか?」
職員の厳正なる忖度ありまくりの意見により決定した屋台の場所を確認する。
「なんか普通に二店舗分当てられてません?」
「気にしないでください。狭い店に行列ができるのも周りが迷惑しますから」とラペッド支部長は言う。
「迷惑かかるなら出さないほうが」いいんじゃないかと言い切る前にギルド中から「それだけはやめてくれ!」と声が上がった。
「シグルド、人気者だね」
「これはなんか違う気がします」
そう言いつつ保管庫に向かうラペッド支部長について商業ギルドの奥へ。必要量のポタタを受け取り、適正料金を払ってギルドを後にする。
またポタタスライスの量産かと、ため息を飲み込んで空を見上げる。
「今年は容器はもうあるんでしょ。みんなでやろうよ」
そう言ってミアはニシシと笑う。そんなミアに励まされながら、俺たちは手を繋いで家に帰った。
祭り当日一日目。ポタタの薄揚げは俺とミア、水飴はラッシュさんとイリスさんに任せて屋台をすることになった。リューグは列整理や緊急時の交代要員。なお今年の天幕は商業ギルドに借りた。
「のりしお一つ!」
「はいはーい」と元気に売り子をするミアはかんざしで髪を結った浴衣姿。もちろん俺も同じく浴衣である。前に祭の時に着るくらいだと言ったのを覚えていたようで、着ると言って聞かなかった。また俺もごねられて着させられた。季節感としては合っていないが、体温調節の魔道具のおかげで何の問題も無い。あと前にこの姿が注目の的になったこともあるので別の意味でもうちの屋台は話題になっている。なお水飴の屋台にはちょっとした遊び心でくじ引きを導入した。当たりが出たらもう一本。確率は五十分の一だ。列整理をしながらこれ見よがしにリューグが水飴を食べるものだからこっちもこっちで人気が出ている。主に子供と、甘いものが大好きな層に。
「あ、当たった!」
「おめでとうございます。二本ですよ~」
仲良く分け合うつもりだったらしい姉弟が当りをひいたようだ。一人一本貰って嬉しそうにしている。
「のりしおとだししょうゆをくれ!」
「はいはーい」
ちなみにポテチはだししょうゆ味を追加。これも飛ぶように売れる。
時刻は昼時。みんな俺が昼食用に作ったおにぎりを片手に商売をする。なおおにぎりにはちゃんと海苔が巻いてある。具は梅干しと佃煮。海苔はトメーキアでは普通に売っていた。
ポテチは既に六分の一を売り上げている。水飴の方も列ができているので好調なようだ。ただちょくちょくポテチを泣きながら食べている輩がいるのが気になる。全員見たことある顔だと言うのも。言うまでも無く一昨年のリピーター様だ。
「おう、やってんな?」と言ってやってきたのはキール支部長だ。
「今年も一日で撤収か?」
「シグルドは三日つづける気らしいよ?」
「そりゃよかった。今日の休みはお前らが店を出すって商業ギルドから連絡が来たもんだから、争奪戦だったからな。凄まじかったぞ。とりあえず一つづつくれ」
「はいはい。鉄貨三枚ねー」
うすしお味、のりしお味、だししょうゆ味を受け取ったキール支部長は「がんばれよ」と言い残して去っていく。しばらくして来たのは一昨年撤収の報告をした時に担当してくれた商業ギルドの職員さん。うすしお味を頼み、買ったそばで一枚食べてフレクサトーンの効果音をさせそうな顔をし、その場で全部食べつくして「私のポタタの薄揚げはどこに?」と呟いた後に列に並び直したのにはさすがに笑った。
「シグルドさん! ミア!」
「ミーナ!」
続いての客にミアがきゃっきゃしてる。ミーナさんの隣には腕を組まれて引きずられているニールさん。若干お疲れ気味なようだ。
「ニールさん、なんか疲れてます?」
「おう。女ってのはパワフルだよな」
お前も彼女持ちなら分かんだろ、と視線で訴えられる。
「それ噂になってた服かい? 可愛らしいじゃないか」
「へへー。いいでしょ。シグルドが買ってくれたんだー」
「うちのはそういう甲斐性ないからねー。そういうところは羨ましいよ。でもそれ、どうやって着てるんだい?」
「あたしもシグルドに着せてもらってるからわかんない。それよりお客さんが一杯だから注文はやく」
「じゃあ一種類ずつお願い。ニール」
「へいへい」とニールさんが財布から鉄貨三枚を取り出してミアに渡す。
ミーナさんの声は甘いが素面だと完全に尻に敷かれてるらしい。酒が入るとまた関係性は変わるのだろうが。その証拠にポテチを片手にミーナさんが「飲むぞー!」と言った瞬間ニールさんの顔が輝いた。あれは酔っている時の彼女が可愛くて仕方がないという顔だ。あとミーナさんにポテチを口に放り込まれてちょっとデレデレしている。
余所でやってくれないかな。人の事言えないけど。
その後も途切れることのない行列を捌き切り、何とか一日目を終えた。二日目はまだ出店していることに涙された。おそらく一日目に休みが取れなかったギルド職員たちだろう。なお昼で水飴の方は売り切れた。結構仕入れたはずだが。三日目は、昼前にポタタが売り切れた。
「ポタタの薄揚げは売り切れでーす」
ミアがそう言うと、拍手と慟哭が聞こえた。
手早く撤収準備をし、物陰で油跳ねなどの汚れを分離の魔術で落として商業ギルドへ。撤収の報告をし、ミアとともに三日目の祭りに赴く。
売り上げは結構な額になった。収支はもう気にしてない。どうせ元は取れている。
祭りの喧騒は、安寧の内に過ぎて行く。その数日後、ライクロイック王国に激震が走った。
ギルド経由でもたらされた報告は、リフリス帝国の帝位簒奪と皇帝フランツ・フォン・リフリスの崩御。クーデターを起こしたのはリフリス帝国皇太子、ヘイル・フォン・リフリス。軍部を掌握し、魔装機兵を使用したクーデターは成功。ヘイル皇太子、いや、ヘイル皇帝を旗印とした魔装騎兵隊は竜の爪痕へと進軍中とのこと。
「ヘイル皇太子は軍拡の急進派のようでした。アラン砦での調印式でも終始不機嫌だった記憶があります」
ロアの冒険者ギルド、そのギルドマスターの執務室でキール支部長にラッシュさんが言う。
「山脈に隔たれているとはいえ元は一つの国だと言うのにな。いや、元は一つだったからこそ、見捨てられた土地として恨みつらみがあるのかもしれないが。……うちもタカ派が息巻いてる。リフリスは鉱物資源が豊富だからな。そこにきてこれだ」
そう言ってキール支部長は一枚の依頼書を俺に差し出す。滅多に見ない指名依頼書だ。
内容は、魔装機兵の開発者としての俺への協力依頼。いや、ウォーハウンドとしての俺へ、前線で魔装機兵を操る部隊の小隊長として指揮を執ることを期待されている。依頼主は、カスパル卿。添えられていた手紙の文面から察するに、以前の簡易型魔装機兵を使われた戦闘への恐怖は癒えていないらしい。
「シグルド、俺個人としては受けてほしい」
「ラッシュさん?」
「以前のお前の家出の件で伯爵には大恩がある」
「そういえばそうですね。分かりました。とりあえず伯爵に会いに行きます。依頼を受けるかどうかはそれから」
俺はテーブルの上の指名依頼書と手紙を取り上げる。
「すぐ行くのか?」とキール支部長が聞く。
「そうします」
「なら今は王都に行け。冬場は社交シーズンで貴族は皆、王都に集まっている。手紙も王都のギルド経由で来たものだ。今朝な」
「分かりました」
そう言って俺は立ちあがると王都のゲートスポットにゲートを展開した。
「ちょっと待った、シグルド。また置いていく気?」とミアが膨れる。
「これは俺個人への依頼ですよ? それに今回は国家間戦争です。皆を危険に晒したくはありませんし」
「だからって置いてく理由にはならないよね?」
駄目だ。言っても聞かないやつだ、これ。
俺は自宅にゲートを開き直す。
「早く背嚢と装備取ってきてください」
そう言うが早いか皆ゲートに駆け込んでいく。
え、ミアだけじゃなくてみんなで行くの?
「お前んとこはお前が来てから慌ただしいな」
「俺のせいじゃないと思いたいんですけど」
「確実にお前のせいだろう」
そういうキール支部長に別れを告げて俺もゲートで自宅に戻る。軽鎧を装備し、ダイニングで皆を待った。一番早いのはイリスさん。旅用のローブを羽織るだけだからだ。時点でミアとリューグ。そして一番遅いのはラッシュさん。流石に兜ナシとはいえフルプレートアーマーに近いものを着るとなるとそれなりに時間がかかる。胸甲に肩当、腕甲、足甲をそれぞれベルトで付けなければならないのだ。時間もかかる。それでも五分くらいで着てきたのは慣れがなせる業か。俺が作ったものなので構造も分かっている。基にした前の鎧を見て、冒険者が一人で着れるように良く工夫されていると思ったものだ。
ゲートを再び王都に開く。南門近くの森の中だ。
ギルドカードを見せて王都内へ。今回は前回行く必要のなかった場所、王都の中央街、貴族街とも言われる場所に向かう。
カスパル卿の反応は……あったあった。中央街の北側か。
「ぐるっと回って王城の反対側ですね」
「お前のサーチはホントに便利だな」
そんな会話をしながら中央街を突っ切る。本来ならば許されることではないが、俺とラッシュさんのミスリルと言う身分と依頼書を見せて火急のの要件であることを伝えてこのエリアを横断している。普通なら中央街への門の前で止められている行動だ。
ちなみにこの国の貴族は領地を持たない者も多いとラッシュさんから聞いた。領地を任されているのはよほど優秀な家か、大きな功績を上げた家に限られるらしい。その他の貴族は王都住みで内政に関わっているそうだ。もちろん領地持ちの貴族の方が発言力は高い。
しばらくして着いたのは大きな屋敷。と言ってもアルベーヌ領で見た伯爵家よりは小さいが、豪邸と呼べる代物。俺は門衛さんに依頼書とカスパル卿からの手紙を見せて、取り次いでもらう。
「皆さま、お久しぶりにございます。随分と早いお着きで」
そう言って出迎えてくれたのはアンドレさんだった。前と同じく案内され、客間に通される。お茶の準備がされ「では旦那様に伝えてきますので少々お待ちください」と言われて待つこと数分。バタバタと足音を立てて誰かが走ってくるのが分かった。そしてその誰かはバンッと勢いよく扉を開ける。
「シグルド君! あぁ、よかった。来てくれたのだね⁉」
カスパル卿が、俺の顔を見て安堵の表情を見せた。
「父上。廊下を走るのは貴族のする行為ではないと教えてくれたのは父上ではないですか」とカスパル卿に続いて俺よりちょっと上くらいのエリザ夫人に顔立ちが良く似た男性が入って来た。そしてカスパル卿が手を取って涙を浮かべて見ている俺を見て、俺に対するその視線を強くする。
なんだろう。俺何か不興を買うようなことしたかな?
「ようこそ、金獅子の皆さま。少し心労で使い物にならない父に代わりましてごあいさつを述べさせていただきます。私はビフォワード・アルベーヌ。アルベーヌ家の嫡男です」
すっと背筋を伸ばし、優雅に一礼するビフォワード氏。頭を上げ、つかつかと俺に寄ってくるとその手を差し出して来た。
「あなたがシグルド殿ですね。お初にお目にかかります」
「初めまして、ビフォワード卿。なにぶん慣れていないもので、ご無礼をお許しください」
俺は差し出されたビフォワード氏の手を握る。
「そうかい? 私も父同様、堅苦しいのは苦手でね。楽にしてくれると嬉しいよ」
握られた手に込められた力が強くなる。例えるなら体は子供頭脳は大人なアニメにでてくる探偵のおっちゃんと青森県警の警部の握手を思い浮かべてくれればいい。俺の方は力を入れていないが。あと顔がめっちゃ怖い。美形特有の凄味がある。
そしてサーチにまた反応あり。奥方とご令嬢たちだ。
「お兄ちゃん、お久しぶりです」
扉の向こうから現れたのは九歳になったエミリーちゃん。身長も伸びて、だんだん大人のレディの仲間入りをしてきている。そしてビフォワード氏の手にこもる力が強くなる。
「お兄様、お手紙に書いた通りお兄ちゃんはいい人でしょう?」
「ああ。とってもいい青年だ」
ああ、よくわかった。これは妹はやらん的なアレだ。というかエミリーちゃん。お手紙になんて書いたのかなー? お兄ちゃん気になるなー。
ギリギリと軋みを上げる手と怒りを顕にしたビフォワード氏の顔を交互に見てエミリーちゃんはため息をつく。
「お兄様。お兄ちゃんと仲良くしないとしばらく口ききませんよ? 今は我が国の有事でしょう?」
「分かったよエミリー。ちゃんと弁えるさ。だが一発、一発殴らせてくれ!」
「そう言うところですよお兄様。私もあと六年かそこらでどこかへ嫁ぐ身です。今ぐらい叶わぬ恋に身を馳せたっていいじゃありませんか」
すごい。エミリーちゃんが淑女に見える。言ってることはアレだが。というかなんか聞き逃しちゃマズいこといってなかったか、オイ。
「エミリーお嬢様? 叶わぬ恋って、何のことですか?」
「恥ずかしいです。皆まで言わせないでください。あと私の事はエミリーと呼び捨てに。ね、お兄ちゃん?」
頬を染めて口元を隠しながらエミリーちゃんは言う。ミアは言うまでも無く臨戦態勢。
うーん。エミリーちゃん、淑女かと思ったら思いっきり女の顔してる。エリザ夫人は扇で口元を隠して笑ってるし、エミリエお嬢様はなんかいいなぁみたいな顔してるし。
「ミア様。今日はお兄ちゃんを譲ってくださいな。どうせいつもべったりなんでしょう?」
「譲れるわけないでしょ!」
「たまには違うオンナの味を知るのも男として必要だと思います。私ももう子供が産める身体になりましたし、できればそのまま貰っていただいて構いません」
エミリーちゃんのその発言にミアは牙を剥くし、ビフォワード氏は「一発じゃ済まさん!」と叫んでアンドレさんに止められてるし、ラッシュさんとイリスさんは口を開けてるし、リューグは無関心だし、エリザ夫人とエミリエお嬢様は「あらあら」と微笑みをたたえてるし。
助けてパパ!
「シグルド君! エミリーでもなんでも好きにしていいから我が国を助けてくれぇ!」
あ、だめだこのおっさん。今日は使いものになんないや。
「エミリーお嬢様」
「呼び捨てで」
「エミリー……ちゃん」
「まぁそれでいいです。それで? なんですか、お兄ちゃん」
「みだりに男を誘うのは淑女としてどうかとお兄ちゃんは思います。あと俺の彼女はミアですし、嫁の席ももう彼女の名前で予約済みです」
「あら、私は第二夫人でも構いませんよ? お兄ちゃんもミスリルですし、それくらいの甲斐性はあるでしょう?」
実際、資金力だけならあるんだよなぁ。その気がないだけで。ハーレム願望があったらメルシーさんの時もミーナさんの時も違った結果になっていたのだろうけど。生憎と俺は一途なのだ。愛が重いとも言うが。
「それにアーデルハイド侯爵閣下から聞いてますよ。料理人としても名声を上げてるとか。ポタタの薄揚げや味噌煮。今年の新年祭では異国の甘いお菓子も出されたとか」
「なんでそんなに詳しいんですか」
「好きな殿方の事ですもの。権力の限りで調べ尽くしてます。去年はメレシア公国まで旅をなさってましたよね? あとリバーシ。すぐに設計図を買って我が家の傘下にある商会で作らせました。ええ、リンスを販売しているところです。多分リバーシを販売したのはギルド直営の次に早いですよ? 売り上げも伸びているそうなのでそれなりの金額がお兄ちゃんの口座に振り込まれてると思います。私も持ってますよ。うちのメイドを捕まえてよくやっています」
暇なんか? この幼女は。あとちょっと怖い。曇りのない澄んだ目をしている。
「俺なんか惚れられるようなことしました?」
「優しく撫でて頂きながら眠りに着いたのが忘れられなくて。あの頃はお兄様がいなくて寂しかった時期でもありましたし。初恋なんてそんなものだってお母様も言ってました」
「他にいい人いなかったんですか……?」
「貴族に市井の方々のような素敵な出会いがそうそうあるとお思いですか? あるのは政略が絡んだドロドロの舞台劇ですよ? あの歳になっても愛し合っているお父様とお母様は例外です」
あんま聞きたくない話だなぁ。助けてほしそうだけど、俺は白馬の王子様じゃないんだよ、残念ながら。
「エミリーちゃん、いえ、お嬢様。俺はミアが好きです。ミアだけが好きなんです。受け入れる余裕があったとしても、ミアにも、他の誰にも不義理なことはしたくないんです」
俺は諭すように言う。その言葉にエミリーちゃんは俯く。そして服の裾をきゅっと握ると、俺の方に向き直る。
「それでこそ私が恋慕したシグルド様です。あの時からそう。ずっとミア様だけを見ていらっしゃる、その一途さに私は恋をしたのですから」
俺たちの呼び方の変化は、明確に、互いに距離を取る証だった。そして「だから」とエミリーちゃんは続ける。
「だからせめて、妹のように扱ってくださいな? もう一人のお兄様」
エミリーちゃんは年相応の笑顔を見せる。だがそれは作られたもので、自分ができるロールを精いっぱい全うしようとする意思で。俺は、その艶やかな細い髪を優しく撫でた。
「母上、そろそろ父上の発作を治して頂けますか?」
俺たちの様子を見ていたビフォワード氏はエリザ夫人にそう言う。深いため息をついたエリザ夫人は扇をぱちんと閉じると、それをテーブルに置いてカスパル卿の胸倉をつかみ、容赦ない連続平手打ちをかました。
「アナタ! せっかくシグルドさんが昨日の今日で来て下さったのにいつまでみっともない姿をさらすおつもりですか!」
「む? おお、すまない。国家の有事で気が動転していた」
俺たちは改めて席に着く。
「して、シグルド君。来てくれたということは依頼を受けてくれるのかね?」
いつもの調子に戻ったカスパル卿が居住まいを正して俺に問う。威厳もへったくれも無いが、やはり貴族然としていた。
「その件については検討中です。今の俺は積極的に国家間戦争に介入するつもりはないんですよ。俺が必要な理由をお教え願えますか?」
「うむ。まず一つは、今国で正式採用されているのは以前我が領にあった鎧を解析したものをベースに君の提示した魔装機兵の設計を組み込んだものだ、ということになっている。だが実情はほぼ君の設計と同じと言っていい。それを十全に扱えるのは君しかいないだろう? なので魔装機兵部隊の育成をしてほしいのだ。時間があれば指南役として赴任してもらうのも手だが、今は時間がない。もう一つは、我が国は帝国性の魔装機兵への恐怖がまだ拭えていない。恐れているのだ。帝国製の兵器に蹂躙されることを。だから竜の爪痕での勝利の旗印として君にこちら側にいてほしい。それが諸刃の剣であったとしても」
俺は考える。何がこの世界にとって、いや、俺にとって最善か。
ここでカスパル卿への義理を果たしておくのは簡単だ。しかいそれはライクロイック王国への加担となってしまう。俺が魔装機兵を公表した理由を考えれば果たしてそれが良いものかどうか。一方で、技術が流れた結果として俺一人の戦力が絶対的でなくなっている可能性も考えると、そう難しく考えることではないように思える。
結果、俺はどっちつかずな答えを出した。
「依頼としてはお引き受けしかねます」
「そうか……。ん? 依頼としては?」
「俺個人の意思として、王国ではなく伯爵に協力します」
そうして俺は依頼書をカスパル卿に返す。
「それは有難い。シグルド君、すまないがすぐに王城へ来てくれないか。此度の国土防衛作戦の作戦本部までお越し願いたい」
そう言うカスパル卿に連れられて皆でこの街の王城へと足を踏み入れる。絢爛豪華な王城内を進み、皆を客室に置いてカスパル卿と二人でとある部屋に入ると、書類を山積みにした机といくつものメールボックス、幾人もの貴族らしき人と兵士が動き回っていた。
「プロイツェン侯爵閣下。お待たせしました」
「アルベーヌ伯爵。結果はどうでしたか? む? そちらの方はもしや?」
「こちらはミスリスランク冒険者シグルド殿。二つ名は無貌。そして我々が恐れたウォーハウンドです」
「このような若造が……?」
プロイツェン侯爵が俺に訝しげな目を向ける。年は三十いってないくらいだろうか。いかにも軍閥ですってイメージの軍服を着た鋭い目つきの男だった。
「失礼。あまり強そうに見えないのでね。そう言えば君の強さは魔道具や魔装機兵によったものか。私はライネル候、ガルムーク・プロイツェン。お初にお目にかかる」
「ミスリルランク冒険者シグルドです。それとも魔装機兵の開発者、及び世界初の搭乗者と名乗った方がよろしいでしょうか。あと無作法についてはご容赦ください。なにぶん慣れていませんので」
「構わない。冒険者に礼儀を求めようとは思わん。君が来たということは、伯爵の願いは聞き届けられたのだろうか」
「是であり否です」
「と、言うと?」
「私は伯爵への恩義により参上しました。依頼としては受けていません」
その言葉にガルムーク侯爵は眉を顰める。ついでに「どういうことだ?」とカスパル卿に目線で促した。
「以前にも申しました通り、彼自身は争いごとを望んでいません。この場に姿を現してくれたこと自体異常なのです。彼と話しましたところ、専守防衛に努めると」
その言葉に、ガルムーク侯爵は眉尻をピクリと上げた。
「あの件は。話したのか」
「いえ。それ以前にあの件に関しては私としても賛同いたしかねます」
「またその話か。御前会議で既に決定したことだ。決定は覆らん。卿の言いたいことは分かるが、……いや、その話か!」
「はい」
一体何の話だろうか。
「シグルド殿」とガルムーク侯爵から声がかかる。
「我々は国境線を防衛したのち、帝国に向けて逆侵攻をかける。貴公は以前に魔装機兵による侵攻を認めないと言ったそうだな。今回の我々の行動も実力行使で止めるかね?」
確かに言った。だがそれは技術が片側に流出してアンバランスになっていたからだ。現状なら止める理由はない。だがそうならば、俺が王国の防衛線を維持しては道理が通らない。
「我々は、君に王国軍部隊に編入し我々の指揮の元帝国落としに協力してほしいと思っている。聞けば君はロアに住居を持っているそうじゃないか。王国民として協力してはくれないか?」
なるほど。不安定な帝国を一気に制圧したい訳か。
俺を知っているカスパル卿が黙っていた訳だ。
「俺が協力するとでも?」
「そのために此処にいるのではないのかね?」
「お断りします。伯爵。申し訳ありませんが、個人的な協力の件も無かったことに。埋め合わせは必ず」
「そんな気はしていた。私は構わないよ」
踵を返そうとした俺に、ガルムーク侯爵は腰から下げていたものを抜き放つ。部屋の空気が凍った。
それは極端に短いライフル銃、いや、取り回しを極限まで求めたそれは、前にマガジンを配置した、例えるならモーゼルミリタリーのような、拳銃というべきもの。
「待ちたまえ」
「待ってほしい人物に向けるものではありませんよ、それは」
「勝手は知っているということか。無理にでも協力してもらうよ。言うことを聞かなければ、控室にいる君のお仲間が無事で済むとは思わないことだ」
その言葉は俺の逆鱗に触れる。
「ガルムーク!」
カスパル卿が声を荒げて注意する。だがもう遅い。
「撃てよ」
「何だと?」
「撃てっつってんだよ。その銃は飾りか? 腰抜け」
「貴様……、私に向かって!」
「止めないか!」
カスパル卿が俺とガルムーク侯爵の間に入る。
「カスパル卿! こ奴は私を侮辱したのだぞ!」
「私は君の事を子供の時から知っている! 父君にも良くしてもらった! だから止めているのだ! その言葉はシグルド君を王国の敵にする言葉だと何故分らん! そのすぐ頭に血が上る癖と強硬策に訴えすぎるのは身を亡ぼすと言っただろう!」
「しかし!」
「伯爵。もういいです。あなたへの恩義もありますし、この人への報復はナシにしておきます。正直仲間を人質に取られてすげー腹立ってますけど。あと侯爵。人質にとっても無駄ですよ」
「何故そんなことが言える?」
俺は腕をすっと上げると、芝居がかった動きでフィンガースナップを鳴らす。その瞬間、ビーコンを頼りにゲートが開き、客室に居たはずの皆が天井付近から降って来た。
「なっ⁉」
「こういうことです」
獣人らしい身体能力で苦も無く立ち上がったきょとん顔のミアの側に立ち、皆に事情を説明する。すると帝国でのことを思い出したらしい皆が「あー」という顔をした。
「シグルド」
「何ですか、ラッシュさん」
「お前は、どうしたい?」
「と、いうと?」
「足手まといって言うのは性に合わん。自分の身は自分で守れるが、俺たちがお前の足枷になるのは帝国の件も含めて良く分かった。……侯爵様、ひとつお伺いしたいのですが。宜しいでしょうか」
「あ、あぁ。いいとも。何だね?」
「先ほどのシグルドの話。彼の協力を強制的に取り付けるというのは御前会議で決まったことなのですか?」
「あぁ、そうだ。国王陛下も認めている」
ガルムーク侯爵のその言葉に、ラッシュさんは頭を振った。
「伯爵、貴方もですか?」
ラッシュさんの目は鋭い。だがカスパル卿は毅然として立つ。
「私は一応反対したよ。だが私一人の意見では止められん。依頼を出したのも私だしな。賛成したと言われても否定はしない」
カスパル卿は自嘲気味だ。止められなかったことを悔いてもいるようだった。
「もっと中央の情勢に機微になっておくべきだった。こんなことなら依頼を受けるよう勧めるんじゃなかった……っ」
それは珍しく聞くラッシュさんの後悔の言葉。そしてそれは先ほどのどうしたいかという問いに繋がる。つまりは「好きにしろ。ケツは拭いてやる」との意。
「伯爵、王国のリフリスへの侵攻はもう止められないのですか?」と俺は問う。
「止まらんよ。帝国が侵攻してくる事実がある限りな」
そこで俺ははたと気づく。帝国はまだ国境線を越えていないし、王国と衝突もしていない。カスパル卿の言う事実は、まだない。
「俺が帝国を止めれば、王国は逆侵攻する大義名分を失う?」
その言葉に、カスパル卿は口の端に笑みを浮かべた。どうやら正解を引いたらしい。だが水を差す輩はどこにもいる訳で。
「それは不可能だ。既に帝国は進軍を開始している。その事実がある限り、王国は帝国を敵とみなす」と、ガルムーク侯爵が言った。
「だが日和見派が様子見に回るのは想像に難くあるまい?」
「それは……、そうだが…………」
「どのみち帝国の侵攻が止まれば再び御前会議が開かれることになる。シグルド君が動くなら、彼の行動次第で意見は割れるだろう」
これはカスパル卿の願いであり、後押しだ。俺はそう思った。
「ラッシュさん」
「ああ。好きにやってこい」
「ここから逃げ出す手筈だけはよろしく」とちゃっかりしているリューグが言う。俺は秘密基地までのゲートを開くと、勝手がわかっているミアを先頭に皆を押し込む。小声で「よろしく頼む」と言ったカスパル卿の言葉を背に、俺はゲートを閉じた。
「ここは……、シグルドの秘密基地か」
「狭いですけどゆっくりしててください。ここなら絶対安全なんで」
「そうか。というかここはどこなんだ?」と地図を広げたラッシュさんにミアが「この辺のどっか」と指を指して教えている。
俺は格納庫に向かうと、グレイハウンドに搭乗する。視覚と聴覚がリンクされて周りの様子が分かるようになると、格納庫の入り口で皆が俺の事を見上げていた。
「何ですか」
「いや、改めて見てデカいなと」
そういえばミア以外にまじまじと見せるのは初めてだったことを思い出す。
「行ってらっしゃい」と手を振るミアに左腕を上げて応えると、俺は竜の爪痕あたりにゲートを開き、街沿いに軽く流していく。ちらりと見た参謀本部の机上の駒の位置ではおそらくリフリス帝国軍はゼルの辺りを通過中か、そこを越えて平原を進行中と推定。ゲートを連続使用して短距離ワープを繰り返しながらサーチ圏外を目視で探す。
発見。ゼル西方面の平野を進行中の部隊を確認。数は魔装機兵が二十一。あとは補給部隊だろうか。歩兵が数十人と馬車が数台。魔装機兵はライフルとシールドを装備した前衛タイプが十一に、長銃身のライフルと短機関銃をアセンブリし、背中にキャノン砲らしき筒を背負った後衛タイプが十。行進中の動きを見るに前後衛でのツーマンセルを基本としているらしい。期待はどれも俺のパワードスーツを彷彿とさせる単眼の中量型。俺のグレイハウンドよりスマートかつ無骨なな印象を受ける。機能を求めるとこうなるというあり様だ。だがしかし、その中で一機浮いている機体があった。黒地に金の装飾とエングレーブが施された絢爛豪華な機体が一つ。明らかに指揮官機、というか、高貴な人が乗ってますっていうデザイン。肩にはしっかりと、剣とドラゴンの盾エンブレムにクラウンをあしらった紋章。
ヘイル皇帝も乗ってんのか。というか乗れるのか。ミアとか俺のグレイハウンドに乗せたら酔ってたのに。
なお黒い装甲の正体はおそらくアダマンタイト。俺のと同じように下にミスリルが仕込まれているかは不明だが、そこそこの防御力があると想定した方がいいだろう。
俺は遠見の魔術を切る。あちらからも発見されたからだ。
ホバリング状態から飛ぶことを意識し、背部スラスターに強く火を入れる。ゴウと音を立てて噴き出す炎が前方への推力を生み、爆発的な加速を伴って接敵する。
人家も何もない平野なので、俺は地面すれすれを滑空するように飛んだ。敵の仕様も分からない状態で弾幕による対空砲火は御免だった。
「ウォーハウンド!」
その叫びを俺の耳が拾った瞬間、俺は敵機とのすれ違いざまに左手の貫通ライフルを撃ち込む。
ドパンッと派手な音を立てて急停止、および急旋回を行った俺はその目に映った光景に唖然とした。的にした前衛機が倒れている。左手に装備された盾をライフル弾が貫通し、そのコックピットを大きくひしゃげさせていた。あれでは中の人間は助かるまい。ミンチで済めば御の字だろう。なお魔装機兵は機械ではないので爆発はしない。装填されている炸裂弾が暴発する可能性はあるが。
俺の抱いた感情は困惑だった。もしちゃんと俺が商業ギルド経由で発表したスペック通りのものならば盾は相当に硬いはず。魔道具として物理障壁が展開されるし、己が体の一部として硬化付与の対象になるからだ。現に俺のグレイハウンドの装甲も鎧と同じ扱いで硬化付与が施されているためライフル弾程度ならある程度弾く。これを突破するには、ダメージ蓄積で装甲を凹ませて魔道具としての機能を停止させるか、アダマンタイト製の弾丸に貫通付与して最大出力のブラストと電磁加速で加速した弾丸を用いるしかない。なおその高火力レールガンは構想だけ存在する。貫通力に特化させるなら硬くて重いアダマンタイト製の弾丸を作りたいのだが、さすがに希少なアダマンタイトを弾丸にする気は起きなかった。またアダマンタイトもオリハルコンもミスリルも金属のくくりらしくローレンツ力が発生することは実験で確認済みである。
とにもかくにも相手さんの装甲が脆い。俺はまさかと思って右手の速射ライフルを未だ背を向けているキャノンタイプに打ち込むと、キャノンタイプはその背中をベコベコに凹ませて機能停止した。ついでに装填されていたキャノン砲の弾頭に何かが触れたのか背部が大爆発を起こした。ちなみにこの時点で随伴していた部隊は俺の起こした風圧に巻き込まれたり倒れた前衛機の下敷きになったり後衛機の爆発に巻き込まれたりして既に壊滅状態。
なんとなくそうじゃないかとは思っていたが、歩兵との同時運用は難しい兵器だな、魔装機兵は。遭遇戦だと随伴部隊が邪魔になる。やるなら後方に補給拠点を確保しつつ動くべきだ。決して随伴部隊と一緒に居させてはいけない。帝国からすれば自領のど真ん中で襲撃を受けると言うのがイレギュラー中のイレギュラーなのだろうが。
ゆっくりと一秒くらいかけて振り返る敵部隊。飛んではいないのでその脚の動きに巻き込まれる歩兵も多少いる。やはり部隊運用の練度は低い。
「ウォーハウンド……。いや、シグルド!」
「リフリス帝国皇太子、いや、皇帝、ヘイル・フォン・リフリス。一身上の都合によりあなた方を殲滅します」
ヘイル皇帝に向けられたライフルを俺はあえてその装甲で受ける。案の定、その弾丸はグレイハウンドの装甲に軽い凹みをつけて弾かれていく。
やはり武装は付与魔術を付与しているためその火力は俺のものと遜色ない。あれは俺のグレイハウンドを殺せる武器だ。
だがこれで分かった。敵は魔装機兵を自分の手足のように使えていない。そう思えていない。だから付与魔術がその装甲や盾に乗らないのだ。
ばらばらと飛んでくる弾丸を緊急回避の連発で避けながら俺は相手を観察する。前衛機は特に言うことは無いが、後衛期は以前のものと同様対歩兵用の野砲運用を想定しているらしい。その証拠に背中にマウントされたキャノン砲は一発も飛んでこなかった。俺はライフルを上空からばらまきつつ、敵機を掃討していく。飛び上がるものはいない。いや。一機。
「シグルドォ‼」
俺の名を叫びながらそいつは真っすぐに突っ込んでくる。その声には聞き覚えがあった。
俺は一層の回避軌道をとる。速射ライフルを避けながら、その他の敵機を正確に射貫いていく。
「デルメル……。なぜあなたがこんなところに?」
カーマンベルグで俺に因縁をつけてきた商業ギルドの職員。ほんとうに何故帝国製魔装機兵なんかに乗っている?
「お前のせいだ! すべてお前のせいだ! あのあと私は商業ギルドをクビになった! 乞食に身を窶し、リフリスへ流れ、力を求めた! お前や、私を裏切ったライクロイックの者どもに膝をつかせるだけの力を! さあ泣け! 叫べ! 許しを請え!」
高笑いをしながらデルメルは俺に襲い掛かる。だがしかし、まるで狂戦士かのような言動は一体どうしたというのだろうか。
「デルメル! 控えよ! 貴様は唯一生き残った重要な検体であることを忘れるな!」
検体、ね。大方魔装機兵の初期実験に俺やライクロイック憎しで参加でもしたというところか。そしてお約束の薬物漬け及び強化魔術漬けという流れだろう。廃人一歩手前の言動も頷ける。それでも正気を失っていないのは俺への怨みの成せる業か。
なんにせよ、可哀想な人だ。いっそ憐れみを覚える。
俺は肩のキャノンを構えると、自爆覚悟で肉薄していたデルメル機に榴弾をぶっ放した。絶大な衝撃が機体を襲うが、俺は後方への緊急回避をタイミングよく重ねて硬直を回避。デルメル機のコックピットへ貫通ライフルを向けて、撃つ。
ガキンと音を立てて敵機体の胸部が凹んだが、デルメル機は未だその突撃の意思を衰えさせてはいない。
貴重な検体といった理由が分かった。多分こいつは、帝国側で唯一完全に魔装機兵を扱える人材なのだろう。
俺は連続で両手のライフルを胸部コックピットへ叩き込む。ベコベコに凹んだ前部装甲を確認すると、デルメル機はその頭部のカメラアイに似せたパーツから光を失わせる。それは魔装機兵が魔道具としての機能を失った証。ビルの十階相当の高さでの空中戦の終わり。デルメル機は重力に引かれて背中から落下していく。俺は、その機体から漏れ出る微かな叫びと怨嗟を聞いた。
ぐしゃりと様々な部位をひしゃげさせて沈黙するデルメル機。かすかに開いたコックピットの隙間からは赤い液体と物体が飛び出たのが見えた。
俺は一機だけ残った豪奢な機体の前にふわりと降り立つ。
「なんなんだ……! 何なんだよお前は!」
「ミスリルランク冒険者です」
「ライクロイックからの依頼を受けたのか⁉」
「いいえ」
「なら何故我が正義を阻む⁉」
「一身上の都合により」
前皇帝はムカつくおっさんだったが悪い人ではなかった。少なくともコイツに殺されなければ今の状況は起き得なかったのだ。あの人は、俺の危険性をちゃんとわかってくれていたから。だから、多少の恨みが俺の中にはあるのだ。
「私を殺すのか⁉」
「一身上の都合により。ですが抵抗は認めます。精々運命に抗ってみて下さい」
三秒かけて俺はゆっくり両手のライフルの銃口を向ける。ヘイル皇帝は動かない。
「たすけて」
俺は、引き金を引いた。強化されてない装甲が一瞬で凹み、めくれ上がり、背中の向こうの景色が見えた。
豪奢な装飾が施された帝国製魔装機兵が背中から倒れる。だが俺の仕事はまだ終わっていない。サーチには数人の生き残りが確認できる。
そもそもはライクロイックに侵攻の意思を無くさせるため。ここでの戦果が凄惨であればあるほどその効果は出る。だから、俺は。
ただ立ち尽くして生き残ったことに安堵している者を撃った。
逃げ出した者を撃った。
恐怖に怯える者を撃った。
許しを請う者を撃った。
最愛の人にその場で愛を語った者を撃った。
生きている者は、皆等しく撃ち殺した。
「メインシステム、通常モードに移行します。……なんてな」
俺は自分を嗤う。冗談でも言わなければ気が狂いそうだった。
俺はゲートを開いて秘密基地へと帰る。格納庫に入ると、格納庫の端の方でリバーシをしていたらしいミアとラッシュさん、そしてそれを見守っていたイリスさんがそろって顔を上げた。
俺はグレイハウンドを所定の位置に停めると、コックピットを開いて三人の元へ降り立つ。
「おかえりー」
「何してんですか、こんなところで。向こうにテーブルあったでしょう」
「シグルド、お前、ミアと立場が逆だったとしたらどうする?」
そう言われて俺は考える。つまりはミアだけが仕事に出て俺が待ってる状態。
今回の状況ならどうせ時間はかからないのが分かってるから、一番におかえりを言うために待ってるな。……そういうことか。
「何が言いたいかはわかりました。ミア、お待たせしました」
「うん」
俺はアダマンタイト製の床に胡坐をかいたミアの頭を撫でる。リバーシの盤面を見ると、八割方白で詰んでいた。
「ちなみにどっちが白ですか」
「俺だ」
納得。頭を使ったゲームでミアがラッシュさんに勝てるとは思えない。ちなみに俺とミアはほぼ同レベル。俺の方がちょっと勝ち越しているくらいか。
「あぁ、そうそう。一応戦果報告です」
俺は事の顛末をラッシュさんに伝えてお伺いを立てる。皆殺しの結果にラッシュさんが俺らしくもないと驚いていたが、王国への牽制だと説明すると納得してくれた。
「伯爵や王国への報告は要らないだろう。帝国各地に潜伏している間者から勝手に報告が行くはずだ。だが……いや…………、いや……しかし……むぅ」
「どうしたんですか?」
ラッシュさんらしくもなく歯切れが悪い。まるで思いついた案を出しかねているようだ。
「シグルド、王国が絶対動けなくなる策があるが……、聞くか?」
「絶対とはまた大きく出ましたね。どうするんです?」
「いや、お前ヘイル皇太子、いや、皇帝か。彼を殺したんだろう? ということは今皇帝の席は空席だ。ヘイル皇帝に子供がいればじき即位するだろうが、居なくてもおそらく血族のだれか、例えばあのレベッカ女史が皇帝の座に就くことになるだろう」
「まぁ、そうでしょうね」
「そこでだ。この混乱期に、お前、帝国を乗っ取れ」
「は?」
「帝国の帝位を簒奪しろ。そうすればお前個人の武力を背景に王国は絶対手出しできない」
俺はおそらく宇宙猫みたいな顔になっているだろう。その自覚がある。
何言ってんだこの人。俺が皇帝の座に就く? 冗談でしょ?
「シグルド、お前が戦争回避したい理由はなんだ?」
ラッシュさんのその言葉に俺の脳裏を今まで出会って来た人たちの顔が駆け巡っていく。もう俺の技術がどうとか言うつもりはない。ただ、言葉を交わした人々が戦渦に巻き込まれることが、何方かに組してその誰かと刃を交えることになる可能性が嫌だった。
「だったらお前が帝位を簒奪して、そのあとライクロイックにそっくりそのまま併合させちまえ。そしたらお前が危惧してることは起きない」
俺は思考加速を施した頭で考える。そしてたっぷり十秒ぐらい考えた後、腹を括った。
「帝都に行ってきます。王国が動く前に」
「分かった。グレイハウンドはアイテムボックスに入れられるか?」
「入れられますよ?」
試作機も入れっぱなしだし。
「ならグレイハウンドで行け。帝都の上空を占拠して城に降伏勧告しろ。それが一番手っ取り早い。ダメならグレイハウンドを格納してパワードスーツで城内を制圧して来い。お前なら楽にできるはずだ。その後俺たちを呼べ。準備はしておく」
そのラッシュさんの案に俺は乗る。再びグレイハウンドに乗り込み、帝都へ。城の上空に陣取り、ゆっくりと城の中庭に降り立つ。その間、攻撃は無かった。だが降り立った途端、城の衛兵がグレイハウンドを取り囲む。
「皇帝ヘイル・フォン・リフリスはゼルの西で俺が討った!」
その言葉に取り囲んでいた衛兵に動揺が走る。
「ヘイルと同じく俺は武力による帝位簒奪を行う! 降伏せよ! 武器を捨てれば命は取らない!」
俺は叫ぶが、その願いは聞き届けられない。俺は中庭ごとすべてを吹き飛ばそうとスラスターに火を入れる。だが、そこに現れた人物がいた。
「お待ちくだされ、シグルド殿」
「宰相さん。生きてたんですね」
「私がいなければ国が回らなくなると自負しておりますからな。……皆、武器を下げよ。今は従え」
宰相さんの言葉に取り囲んでいた衛兵は武器を投げ捨てる。俺はグレイハウンドから降りると、アイテムボックスに格納して宰相さんの前に降り立つ。
「お久しぶりです」
「このような形での再開はできれば避けたかったですな。帝位簒奪。ヘイル殿下は数か月にも及ぶ根回しの末に成し遂げられましたが、シグルド殿はそれも無しにどうされるおつもりですかな?」
「言った通り。武力に訴えます。王国に進攻しようとしていたヘイル皇帝の部隊を蹴散らした力を持って」
「……報告は既に届いております。それに、陛下はずっと言っておられました。あなたが次に来た時、敵対的ならその時は帝国の終わりだと」
「それは、亡くなられた方の?」
「ええ。では玉座の間に案内いたしましょう。帝国では世襲以外では皇帝をその手にかけ、玉座に座り、自らが皇帝であると宣言をしたものが皇帝と認められる法があります故。未だ皇帝が蛮勇であることを求められた頃の古の法ですな」
俺は一つ頷くと、了承を取って皆を呼び寄せる。宰相さんは茫然自失している衛兵の一人に何やら人を呼びに行くように指示を出し、俺を先頭にして口頭で先導しながら歩き出す。
着いたのは以前の謁見の時に使った部屋ではなく、もっと豪奢な部屋だった。その奥には、大理石っぽい石でできた玉座が鎮座している。俺は定位置についた宰相さんにその玉座に座るように促される。
俺は言われるがままひんやりとした玉座に深く腰かける。
「宣言って、どうすればいいんですかね?」
「お好きな口上を述べて頂ければ。ですがしばしお待ちを。役者が揃っておりませんので」
宰相さんがそう言うと、玉座の間の扉が開き、複数人が入って来た。先頭はあのレベッカ・ウェレンスク。その後ろを貴族らしい人と騎士が続く。レベッカさんは宰相さんの横に。貴族らしき人たちと騎士はラッシュさんたちの後ろに整列する。
「口上をどうぞ」
「あ、はい。……俺、いや、私はシグルド! たった今より、リフリス帝国の皇帝となる!」
「法に則り新皇帝シグルドが即位された。恭順を示すものは礼を示せ。意義があるものは立ってその意を示せ」
その言葉と共に、宰相さんが床に片膝をつく。視線で促されたラッシュさんたちも同じようにした。他の人は、立ったまま。進行のために立ち上がった宰相さんが、同じように立ち上がろうとしたミアやリューグをそのままでというジェスチャーで止める。
「ではまずレベッカ・ウェレンスク女公爵。恭順の意を示さない理由を述べよ」
「あたしは皇帝が誰とかどーでもいいの。シグルドちゃんは大嫌いな私にまだ研究させてくれるのかしら?」
「俺はあなたの血族を殺した。それについてはいいんですか?」
「んー? 喧嘩吹っ掛けたのはヘイルちゃんの方だしね。死ぬ覚悟はしてたでしょ」
あの男はそんな玉ではなかった。最後の「たすけて」は全てを間違えた子供のような呟きだったのだから。
「それにあたしからしたらフランツの仇だったしね。そんなことより研究はさせてくれるの? くれないの?」
「それに関しては自由にしてください。素材は商業ギルド経由で提供したでしょう?」
「分かったわ。……私、レベッカ・ウェレンスクは新皇帝シグルドに恭順の意を示します」
そう言ってレベッカさんは片膝をついた。
「では続いてトラヴィス・バルトフェルト侯爵。恭順の意を示さない理由を述べよ」
「私の意見はここにいる貴族、騎士の総意である」
「今の発言において意見のあるものは発言を許す」
その言葉に誰も答えない。ただじっと俺の事を見ている。
「バルトフェルト侯爵の発言をこの場の貴族、騎士の総意とみなす。続きを」
「我々はそのような小僧に恭順する気はない。皇帝の血を引く身ならまだしも、そうでない者に恭順の意を示す気はない。我々に恭順せよと言うのならば、それだけの力を見せよ」
「力とは? したくはないけど、この帝都を灰燼に帰すことも可能ですが?」
「ここにいる騎士との試合を。我々が満足できる結果が得られれば、認めよう」
その言葉に、後ろに控えていた騎士が一糸乱れぬ動きで剣を抜き、目の前に掲げた。貴族連中が横にはけ、騎士のうち一人が歩み出てくる。
「我が名はバルネス・ネフォーレス。帝国騎士団の団長を任されている者だ。貴公が君主として相応しいか見定めさせて頂く」
「そう言うことね……」と俺は立ちあがる。
要するに弱い奴に帝位簒奪する権利は無いと言いたい訳だ。この人たちは。
場所を変え、城内にある練兵場へ。パワードスーツを着た俺とネフォーレスさんは互いに歩み寄り、模擬戦でよくやる間合いで止まる。
「一人でいいんですか?」
「なんだと?」
「騎士さん全員が相手でもいいですよ。というかそっちの方が手っ取り早いのでそうしてください」
その言葉にネフォーレスさんはバルトフェルト侯爵の方を見、バルトフェルト侯爵はその視線を受けて顎をしゃくった。その途端、控えていた騎士が剣を構える。
「五秒です」
「何?」とバルトフェルト侯爵が方眉を吊り上げる。
「五秒耐えられたらあなた方の勝ちでいいですよ」
「若造が、舐めおって……。宰相殿!」額に青筋を浮かべたバルトフェルト侯爵が叫ぶ。
「……三秒耐えられればいいと思いますが。では、始め!」
その瞬間、ネフォーレスさんが獣人のような瞬発力で刺突を放ってきた。俺は、いつも通り。まずはネフォーレスさんに衰弱弾を二発叩き込み、跳び上がって周りの騎士たちの身体に二発づつ衰弱弾を正確に、フルオートで打ち込む。二秒もかからなかった。
俺が着地すると、ネフォーレスさんは俺とすれ違うようにゴロゴロと転がった。残りの騎士もばたばたと倒れ込み、立っている者は居なかった。
「体が……⁉」
「さて。これで全員戦闘不能ですね。どうしますか? ここを血の海にするまでやった方がいいですか?」
「バルトフェルト侯爵、如何ですかな? シグルド陛下は騎士団の精鋭が束になっても勝てない相手。またウォーハウンドとしても知られる身」
「なっ、ウォーハウンドだと⁉」
「はい。三日もあれば帝国全土が焦土と化しましょうな」
「焦土って、ナパーム弾は流石に作ってませんよ?」
炎系の防御魔術、フレイムウォールを改良すれば作れると思うが。あれは線状に炎の壁を作るのでそれを面にすればいいだけだ。意外と元から効果時間は長いし
あ、やっべ。作ってないという単語にレベッカさんがはぁはぁしてる。余計なこと言うんじゃなかった。
「き、恭順の意を示します」
貴族連中が青ざめた顔で片膝をつく。
そうこうしていると、騎士さんたちが起き上がってくる。
「私は認めない」
そう言ったのはネフォーレスさんだ。
「貴殿のそれは銃だろう。それは兵士の力量の差を無くすと聞く。剣か槍で改めて勝負をしたい」
「ネフォーレス騎士団長! よさないか!」とバルトフェルト侯爵が叫ぶ。
「閣下、申し訳ありません。ですが騎士の矜持に触れたのです。彼は銃士。弾が無くなれば何もできないでしょう」
「いいですよ」と俺はパワードスーツを脱ぎ、生身用の銃槍を、マガジンを抜いて槍として手に持つ。
「鎧さえも脱いで勝てると?」
「戦い方はいろいろあるんですよ。宰相さん。合図をお願いします」
「よろしいのですか?」
「算段はあるんで。でも流石に一対一でお願いします。複数戦もできなくはないと思いますけど自信無いんで」
そう言って俺たちは互いに構える。
「畏まりました。では、始め!」
先ほどと同じようにネフォーレスさんが距離を詰めてくる。だが剣筋は刺突ではなく斬撃。確実に殺しに来ている。だが俺にははっきり見えている。あとは体に無理をさせるだけ。俺は銃槍を投げ捨てると、横薙ぎにせまってくる剣の腹をアッパーカットでかち上げる。そしてガラ空きになった脇腹に、寸勁を放った。もちろんだいぶ手加減して。だがネフォーレスさんは面白いように吹っ飛び、バウンドした先で血反吐を吐いた。
やりすぎたか⁉
俺は慌てて駆け寄る。血反吐を吐いたところを見るに内臓が損傷している。俺はすぐさまヒールをかけると容体を確認する。だがまだ苦しそうだ。
「イリスさん!」
俺はイリスさんを呼んで俺も何回かかけられたCTとMRIとレントゲンを合わせた様な魔術をかけてもらい、どこが悪くなっているか確認してもらう。
俺も使えないことは無いが、イメージが悪いのかあまり得意ではないのだ。
「あばらが折れて肺に突き刺さっています!」
「そっちか!」
俺はあばら骨を正常な位置に戻すイメージと骨を繋げるイメージ、肺の穴を塞ぐイメージを明確に持って治療に当たる。だがまだ苦しそうに喘いでいるのでイリスさんに同じように診断をしてもらう。
「肺が詰まってます!」
「血が溜まったか⁉」
俺は苦肉の策で分離の魔術を使う。肺の中、その血管ではなく気管支と肺胞に詰まっている異物を取り除くイメージで。それを口の方へ導く。
ネフォーレスさんは大きくせき込み血を吐きだすと、穏やかな呼吸を取り戻して目を瞬かせた。
「大丈夫ですか? 痛いとか、苦しいとかありませんか?」
「……ない」
「よかった。もう少しで殺すところでした」
口元を血まみれにしたネフォーレスさんの手をとって引き起こす。
やっぱり寸勁は対人使用禁止にしよう。手加減してこれでは危なすぎる。
「まさか槍どころか無手で負けるとは……」
ネフォーレスさんは俺の前に片膝をつく。
「このバルネス・ネフォーレス、陛下に恭順の意を示します。我が忠義を捧げましょう」
「認めてもらえて何よりです」
宰相さんに言われて再び玉座の間へ。ネフォーレスさんは一応皇室付きの医者に預けてきた。
「陛下、ここにいる全ての者が恭順の意を示しました。これよりこの国は陛下を主と仰ぎます」
「そういえばここに居ない帝国貴族たちはどう言いくるめるんですか?」
「ヘイル様のような根回しが無かったので今回のような流れがしばらく続きますな。認めぬものは力でねじ伏せて下さい。騎士団長を軽く捻った陛下ならば簡単でございましょう」
「他に今俺がやらなきゃいけないことはありますか?」
「貴族たちへの通達と、今現在は王国との戦時下になりますのでその当たりの協議が必要ですが、指針さえ決めて頂ければこちらでなんとか致します。そのための内政官ですから」
「じゃあ王国とは協調路線をとってください。あとは……ラッシュさん、無理が出ないようにお願いしてもいいですか」
「ああ。任せておけ。……あー、そういえば宰相殿の名前を聞きそびれていましたね」
「そういえばそうですな。私はエルゼリック・ホムロルと申します。ところで陛下にお伺いしたいのですが、金獅子の皆さまはどういう扱いをさせて頂けば宜しいでしょうか?」
「パーティーは家族だと思ってるんでそう考えておいてください。特にラッシュさんは保護者と思ってもらって結構です」
「保護者って、お前……」
「畏まりました。ではラッシュ様、話を詰めに参りましょうか」
宰相さんが解散の号令を出して人が退出していく。残ったのは、ラッシュさんを除く金獅子の皆と、レベッカさん。入れ替わりで小間使いらしきメイドさんが二人ほど入ってくる。
「シグルドちゃーん」
来た。
「さっき言ってたナパームってなぁに? ねぇ、なぁに?」
「絶対実践使用しないって約束できますか」
「私は研究ができればあとは関係ないのよー。その辺は軍部の判断ね。つまり今はシグルドちゃん次第。封印しろって言うなら成果は封印しとくわよー」
なら大丈夫か。けど、ほんとこの人嫌いだわー。
「広範囲を焼き続ける魔術を付与した弾ですよ。あと研究成果は永久封印です」
「確かに広範囲を焼く魔術はあるけど焼き続ける魔術は無いわねー。もうちょっとヒント頂戴よー」
「防御魔術がカギです。これ以上は自分で。考えるのも研究者の楽しみでしょう?」
「それもそうねー。じゃあちょっと研究棟に籠るわね。何か用事があったら呼んでちょーだいな」
そう言いながらレベッカさんはルンルンスキップで王座の間を出ていく。
親族を殺されたというのに、相変わらずなところを見ると本当の研究馬鹿か、それともあえてあの姿を取り繕っているのか。そう言えば別の一面はもっと荒っぽい人だったことを思い出す。どのみち俺が気にすることではないし、口を出せる問題でもない。
俺は玉座に座り、ずるりとお尻を前にずらしてだらける。とりあえずひと段落のはずだ。
ラッシュさんの推測が当たっていれば王国は帝国に侵攻する理由を無くすはず。仮想敵国ではあり続けるのだろうが。だが俺が協調路線を取っている限り戦争は起きない。
………………ん? 俺が協調路線を取っている限り?
そこで俺ははたと気づく。
これ、俺が皇帝の座に収まり続けなきゃダメなパターンか? そんなのは御免だ。
側に控えていたメイドさんに火急の要件であることを伝えて宰相さんとラッシュさんの元へ急ぐ。急ぐと言ってもメイドさんが走ってくれないので歩きだ。皇帝が城内で走るのはよろしくないらしい。
「こちらでございます」
メイドさんが扉を開けてくれると、視線が一気にこちらに向いた。宰相さんが内政官と言っていた人たちやさっきのバルトフェルト侯爵をはじめとする貴族連中の視線が突き刺さる。
「陛下、どうなさいましたか?」
「エルゼリックさん」
「陛下、臣下に敬称をつけるのはおやめ下さい。呼び捨てか役職名でお願いします」
「……エルゼリック」
「こちらに」
「今後の方針として追加してほしいことがあります」
「何でございましょう?」
俺自身は戦争を止めるために帝位簒奪を行っただけで、皇帝を継ぐ、というか、一国の主でいる意思はないことを伝える。
「安心しろ。もともとそう言う話だっただろうが。もしかして忘れてたか? しばらくは皇帝でいてもらわなければならんが、しばらくしたら王国に併合してもらう計画だ。エルゼリック殿や貴族様方にはあまりいい顔をされなかったが……」
ラッシュさん。あんた流石や。
「とにかくラッシュさんの提案した併合プランでお願いしますね。あーでも貴族の利権とかその辺が絡むのか……」
「安心しろ。山脈を挟んで行き来はしにくいからリフリス自治領として各貴族に今まで通り分割統治してもらうよう交渉すればいい。幸い、法は王国も帝国もそんなに変わらん。大きな混乱もなく併合は可能なはずだ。まぁ、明らかな悪徳貴族はこの際粛清してしまった方がいいだろうがな」
「陛下が統治される場合にしてもご安心ください。幸いこの場に居ない貴族は皆開戦反対派。陛下が王国との協調路線と取られるなら恭順するものと思われます。……まぁ、謀反を起こしたところで陛下自身に制圧されるのがオチですが。大きく改革を行われるわけではないのでしょう?」
その言葉に俺は首肯する。
「それにこう言っては何ですが、帝国の皇帝はあまり政務を行いません。武勇が根本にある国ですからな。強いことが美徳とされるので、冒険者であらせられる陛下でもなんの問題もないのです。ただ年に数度貴族との顔合わせや、法案や政策の承認というお仕事が増えるだけで。不定期に対外的なものも発生しますが、陛下は元々が謙った言い方をされるので最低限のテーブルマナーとしてはいけないことを覚えて頂ければ問題ないかと」
「覚えなきゃいけませんか?」
「一応。といってもそんなに多くありませんのでご安心を」
その多くは無いは安心できない。テーブルマナーとかも地球ではフランス式とかイギリス式とかあるし。あんなの覚えられる気がしない。いや、今なら覚えるだけならできるか。取ってつけたような感じになるだろうけど。
忘れていただけとも言うが、とりあえず最大の懸念事項はラッシュさんが策を練ってなんとかしてくれるみたいなので俺はメイドさんに言って休める部屋へ。
連れてこられたのは豪奢な天蓋付きのベッドがある広い部屋だった。
「ここは?」
「陛下の私室にございます。ヘイル様が片付けだけ命じられてご出陣なされたので、ベッド以外何もない状態ですが」
「俺がここ使うんですか?」
あのベッドで寝るの、俺?
「手入れは欠かしておりませんのでいつでも新品同様ですよ」
そう言う問題じゃないんですが。
「ここ以外の部屋ってないんですか?」
「客室と皇家の方々の寝室がございますが、陛下の私室はここになりますので。必要ならば城の改築を命じますが?」
「あっ、いいです。ここでいいです」
俺は部屋に入っていく。メイドさんが一旦他の皆を別の部屋に案内しようとするが、ミアだけ動く気配がない。それに戸惑うメイドさんに放っておくように指示すると、すべて分かりましたといった顔でイリスさんとリューグを連れて出て行った。
「完全に誤解され……いや、誤解じゃないな。合ってるわ」
「何の話?」
「何でもありません」と俺は欠伸をしながら答える。ひどく眠いが、既に晩飯時。そう言えば昼飯も食べていない。
今日の晩飯どうするかなと考えていると、ノックの音。誰何するとさっきのメイドさんだった。
「お食事の用意が整っております」
「タイミング良すぎません?」
「君主の意を汲むのも我々の仕事の内ですので」
「初対面で普通出来ます?」
「メイドですから」
これは何を言っても「メイドですから」で済ますタイプだ。とりあえず全員に声をかけてもらうように言って食堂の方へ案内してもらう。食堂にあったのは長いテーブル。
多分、あの一番奥の背もたれが長い椅子に座るんだろうなぁ。
思った通りの状況になり、俺の左隣にミアが座る。リューグとイリスさんもやってきて、ミアの隣にリューグが、俺の右隣を一席空けてイリスさんが座る。少し遅れてラッシュさんがやって来た。席順を見て、納得したような顔で俺の右隣に座る。
「ミアがその位置ってことは、皇后として認識されてるわけだ」
「こうごっ⁉」とミアが目を剥く。俺の帝位簒奪騒ぎは自分には無関係だと思っていたのだろう。メイドさんの反応と席で俺もなんとなくミアの扱いは察していたが。というかこのままだと君、皇帝の嫁なんだよ?
口からエクトプラズムを出しそうなミアに声をかけ、正気を取り戻させる。しばらくすると料理が運ばれ、見知らぬメイドさんが俺の傍らに立つ。皆の後ろにもメイドさんが控えている。
「本日のメニューはトゥルマとスピャネットのサラダ、メイズィルのポタージュ。メインはグレートホーンブルのステーキになります」
トマトとほうれん草のサラダ、コーンポタージュ、ビフテキが並べられ、テーブルクロスの上に直にパンが置かれる。おそらく白パンだろう。頂きますをした俺はまず白パンに手を伸ばす。手でちぎり、コーンポタージュに浸して食べる。コーンの甘みが良い感じだ。続いてホウレンソウのサラダを一口。カットトマトと一緒にワインビネガーで和えただけのものだ。添えられているフレッシュチーズも相まって、これも美味しい。続いてビフテキを一口。流石に高い肉使っているだけあって美味い。全部美味い。確かに美味いのだが、全体的にしつこい。最近はトメーキアに行ったこともあり和風出汁と酒やみりんを大量に使った料理を提供しているのでなんとなく口に合わないのだ。皆の方を見るとだいたい似たような表情。ミアだけは美味しそうに食べているが。
というか味付けが濃いのと出汁がきいているのは違うのだ。この料理は単純に味が濃い。飲み物として提供されているワインとは合っているが。
あー、自分で作った飯が食いたい。というか和食が食いたい。まだレシピ本で作ってないやつがあるんだよ。
特に唐揚げとか。片栗粉は見つけてる、というかポテチづくりの副産物でできるので溜まっているし、俺の好きな竜田揚げもできる。だが脂が獣脂だから躊躇っている。ごま油も米油も旅の中で見つけているが、だいぶ高額で普段使いするのはちょっと無理。金はあるのだが貧乏性が抜けないのでその辺は仕方がない。揚げ物にするとちょっともったいない感がすごいのだ。
食事を食べ終え、俺とミアはごちそうさまをする。皿が下げられ、俺の側で控えていたメイドさんが一礼した。
「陛下のお食事の姿、拝見させていただきました。食事の礼儀作法は特に問題ないようですね」
「え? 特に何もしてませんけど?」
聞くと地球の一般的に言われる行儀が悪い行動をしなければいいらしい。俺の思っていたようなテーブルマナ―はあまり発展してないらしく、心配して損した気分。ちなみにミアとリューグは少し落ち着いて食べる様に言われていた。特にミアは未来の皇后として教育され始めているようである。あと俺の側に控えていたメイドさんはメイド長らしい。
そう言えば酒場でも痰を床に吐いたりナイフを爪楊枝みたいに使ってる奴がいたな。あれがダメなのは流石に分かる。
案内されてさっきの部屋へ。火急の要件があれば遠慮なく呼んでもらうように指示を出して、俺は豪奢なベッドに身を投げる。
お、ふかふかだ。
「おー、ふかふかだぁ」
当たり前のようにいるミアが俺の隣で寝転ぶ。というかこのベッド、二人で大の字で寝てもまだ余る。ミアはよじよじと俺の方へにじり寄ると、俺の腕を人質に取った。俺はミアを抱きしめる。
あ、風呂……は明日でいいか。
俺は、いや、俺たちは互いに一番落ち着く格好で眠りについた。この一日が、波乱の幕開けとは知らずに。




