19 米を求めて
燦燦と輝く太陽の日差しがほぼ真上から降ってくる。ここは常に海風が吹いてくる常夏の環境だ。場所はイズラント王国。この国は内海側にへその緒のように細く大陸がつながった土地といくつもの島からなる海洋国家だ。俺たちは今、そのへその緒の真ん中、一番細いところにある街、通称、関所街と呼ばれているナラフにいた。海路は国家が牛耳っており、国民と許可を得た商人や冒険者以外は各島間の移動は制限されているため陸路の移動や俺たちのような旅行者はこの関所街を通るしかない。また島の通行許可を取るのもこの関所街の役人にお願いしなければならないのだ。簡単に言えば関税で潤っている国であると言える。
街は西の海岸線から東の海岸線まで続いている。と言っても、ここの陸の幅は二キロあるかないかくらいだ。街の入り口にはどでかい荘厳な門。出るのは自由だが通行許可証かこの国の国民証がない場合、入るのにそこそこ金がかかる。ちなみにこのどでかい門は観光スポットでもある。
もうあと一つ国を越えれば目的地のメレシア公国に着くので少しのんびりしようかとミアを誘う。街は外海側も内海側も港になっているそうなので海に行くのは断念。門の外に出れば子供たちが男女の隔てなくすっぽんぽんで遊んでいたが、そもそもこの世界には水着は無いので大人は釣りをするくらいでしか遊べない。南国らしく露店でヤシの実のジュースが売っていたのでそれを購入する。なおこの世界にストローがあったことに俺は驚愕した。切ったヤシの実に何かの植物の茎が突っ込んであったのである。どこかスポーツドリンク味のあるそれを飲みながら街を散策する。朝市はもう撤収しているが、海に囲まれているだけあって魚介が豊富らしい。飲み終えたヤシの実をゴミ捨て場に捨ててミアが腹が減ったと言うので食事処へ。正直総資産で言えば富豪なので金は気にすることなくミアはお勧めの魚料理を、俺は日替わりメニューがあるそうなのでそれを頼む。しばらくして運ばれてきたのは、緑色のチャーハンみたいなものに魚が乗った料理だった。
「これ……」
「ご注文の日替わり、魚とイスラのスパイス炊きです」
そう言われて俺はそれを匙で掬ってまじまじと見る。
このふっくら加減、艶、色は緑に染まっているがまさしく米!
俺はそれを口に入れる。魚介のうま味とすっとするタイプのスパイスやハーブの香りと独特の味。だがほんのり感じる甘みがある。パエリアみたいなものだろうか。緑色に染まった米をほじくれば貝らしきものが出てきた。
ミアの方を見て見れば、運ばれてきたのは普通の焼き魚。だがこの匂いはバター焼きだ。横に小さなラモンのような果実……というかライムのようなものが添えられている。ミアはライムらしき果実を絞って魚のバター焼きをぱくり。
「あ、意外とさっぱりしてる」
「やっぱ暑いからそういう料理になるんですかね?」
「そういうって?」
「酸味のある果実でさっぱりとか、香辛料とハーブたっぷりとか」
「あー、確かにシグルドのそれはすごい匂いしてる。絶対癖強いでしょ、それ」
「ええ、それなりに。そんなことより米の実物を見て感動してますけどね」
「あ、それがコメだったんだ」
「食べます?」と俺は料理を匙に乗せてミアの口元へ運ぶ。ぱくりと匙がミアの口に消えた。
「んー。不味くはないんだけど、あたしは苦手かな。ちょっと青臭いっていうか」
どうやらミアはパクチー系はお気に召さないらしい。かくいう俺も得意ではないが、獣人の鼻にはより堪えるのだろう。
ミアは口の中のものを飲み込むと、当たり前のように自分の分を俺に差し出す。口に入れると、強いバターの香りと共に魚のうま味が口にあふれ、それを柑橘系のさっぱりとした果汁が洗い流してくれる。
「ほんとだ。バター焼きなのにさっぱりしてる」
というかこの果実やっぱりライムだな。カクテル用に後で市で買っておこう。後は砂糖か蜂蜜がもっと安値で手に入ればいいのだが、贅沢は言うまい。だって魔術や魔道具の分、産業革命以前の地球よりは安いだろうから。その辺は高値だが庶民にまで一応流通していることからも分かる。
食事処を出てギルドに向かう。とりあえず解体して持って来た小物を買い取ってもらうためだ。後は旅の途中で受けれる依頼がないかどうかの確認。
「シグルド」
「何ですか」
「メレシア公国まであとどれくらいだっけ?」
「春くらいには着くんじゃないですか?」と答えながら俺は素材を買取の受付に並べていく。
「春? 秋じゃなくて?」
「この辺を境に北と南で季節が逆転するんですよ」
地球の常識で考えれば、だけど。だいたい当てはまってるから合ってるだろう、多分。
「メレシア公国まで行かれるんですか?」と俺たちの会話を聞いていた受付嬢が聞いてくる。
「ええ。そのつもりです」
「でしたら、船に乗っていかれてはどうですか? 普通に定期船に乗っていかれてもいいですし、一応そっち方面の護衛依頼もありますしね」
「船に護衛っているんですか? 海路は海生の魔物を避けるルートでしょう?」
「海賊がいることはいますから」
「なるほど」
俺たちは解体所に獲物を預ける。受け取りは明日だ。その足でギルドの掲示板へ。乗合馬車などの案内はだいたいここにある。
「定期船は一人銀貨八枚か。意外と高いな……」
「普通の乗合馬車でも銀貨五、六枚とかだからね。そんなもんじゃない?」
ちなみに国によって貨幣の違いはない。どこの国でも同じ貨幣を利用している。これには大規模な国家間貿易が始まった頃に共通価値の貨幣を利用しましょうと今は亡きとある国が貨幣価値の均一化を推し進めた歴史があることによる。なおその国は現在のライクロイック王国とリフリス帝国に当たる。
一応依頼の方も見る。これは数が少ない上に長期の依頼となるようだ。さらに依頼はだいぶ先んじて出されているようで、出航には結構時間がかかる。それに対して定期船は六十日ごとに出ているようだ。予定では次の出航日は三日後。
「大人しく客として行きますか」
「お財布係はシグルドだから任せる」
ミアがそう言ったので輸送船団がやっている定期便に乗せてもらうことにする。乗りたい場合は出発までに港の船員に言って船で待機していればいいらしい。ということで俺とミアは港へ。出航作業中のいかつい船乗りたちに話を聞き、集金している船団の船長に二人分の料金を払って船に乗せてもらう。
「おぉう、揺れてる揺れてる」
「そうですか? あんまり感じませんけど」
そう言いながら船倉を改装したスペースの一角に陣取る。他にも十数人の客がいるらしい。皆思い思いの場所でくつろいでいる。
「到着まで暇だね」
「そうですね。この世界ではボードゲームなんかも発展してませんし」
「ぼーどげーむ、って何?」
「こういう室内で遊べるものです」
トランプなら色々知ってるのだが。生憎とカードを作る素材がない。後は将棋とチェスなんかが挙がるが、生憎と駒の種類もルールも知らない。オセロくらいなら作れるが、先に製品登録をしろというリューグの顔がちらつくのでこの場で作るのは宜しくないと思われる。多分、暇を持て余した他の客が寄ってくる。
結果どうなるかというと、船倉の壁を背にもたれかかり、背中を預けてくるミアの頭を弄るくらいしかやることがない。
なんとなく三つ編みにしてみる。似合わない。指でつまんでポニテ。これは似合う。
「あたしの髪弄ってたのしい?」
「楽しいですよ。レパートリーが無いのでもうおしまいですけど」
髪型とか知らん。三つ編みもどう留めるのか分かんないし。
「やっぱいつものが落ち着きますね」
俺はミアの頭の匂いを嗅ぐ。まだクエン酸リンスのラモンの香りがしているが、船旅中は人目もありゲートが使えないのでそのうち香ばしくなってくるだろう。
しばらくして夕食の時間になる。他の乗客が黒パンや干し肉などの保存食を齧っているのに対して俺は素知らぬ顔でアイテムボックスから鍋を取り出す。中身はチキントマトスープ。器に盛ってミアと黒パンを齧りながら食べる。飲み物は昔の船旅はビタミンC不足で壊血病になると聞いたことがあるので炭酸オレンジ。甘ラモンはだいたいどこでも流通しているのでちまちま作り続けてストックは十分にある。
食事を終えて食器を水洗い。水分を魔術で飛ばして桶一杯になった水を捨てに行く。
戻ってきてやることも無いのでミアと寄り添いながら就寝。寝てる間もサーチなどの索敵魔術は起動しているので寝静まった頃に物取りに襲われたが難なくライフスティールの連続詠唱で迎撃。手足を石材で固めてこういう場合どうしたらいいか船員さんに聞くと笑いながら「海に沈めちまえ」と言うので甲板から首根っこを掴んで海の上でプラプラさせてやる。泣きながら許しを乞うてきたので許してやった。殺す気も元々ないし。ちなみに騒ぎを聞きつけた野次馬根性丸出しの船員や乗客も現場をばっちり見ていたので全員に睨みを利かせて「次は無い」と言い放って寝床に戻る。これで襲われることも無いだろう。襲われてもどうとでもできるが。そんなことを二日続けて三日目の朝。元気のよい船員の声に合わせて船が帆を張り出航となる。この辺は赤道無風帯に当たるが船一隻に一人は風魔術の使い手がいるらしく帆が風を受けてぐんぐん進んで行く。
「結構早いんだねー」と俺と並んで甲板に出ていたミアが言う。
「そうですね。風も魔術で自由自在だから意外と便利なんですね、船って。ただ病気がやっぱり怖いですけど」
「病気?」
「壊血病って言って内出血が起きたりするんですよ。最悪死にます。船乗りに多い病気ですね。呪いと言われることもあるとか」
「え、それヤバくない?」
「十五日くらいの予定なんで多分大丈夫でしょう。それに予防もしてますし」
「予防?」
「何のためにジュースを大放出してると思ってるんですか。あと野菜もしっかり取ってるでしょう、俺たちは」
「それで予防になるの?」
「ただのビタミンC欠乏症ですからね。ちゃんと栄養取ってれば問題ありません」
「びたみんしぃ?」
「健康に生きていくために絶対に必要なものとでも思っておいてください」
そんな会話をしながら二人で海を眺める。初めての船旅ということもあるのか、時間が経つのは意外と早かった。
ミアが腹が減ったと言うので昼食の準備。今日は毎度おなじみつくねハンバーグを焼き、半分に切った黒パンに葉野菜と一緒に乗せてトマトペーストをかけて挟む。今日はみじん切りにした生タマネギも挟んだ。そんなことを甲板でやったものだから船員たちの視線が痛い。
そんなことを続けながら、俺たちはしばらく船旅を楽しむ。そして到着まであと五日と言った頃。警鐘の音が船団に鳴り響いた。
「海賊だー!」
物見やぐらで見張りをしていた船員が叫ぶ。
陸側には入り江がいくつか見えるが、岩礁地帯だという。そのうちの安全なところを根城にしているのだろう。そして海賊はその岩礁地帯に押し付けるようにして俺たちの動きを止める腹積もりのようだと言うことが船員の会話で分かった。遠見で見れば、五隻の帆船がこちらに向かっている。
船の陣形が変わっていく。荷を積んだ船を守るように。俺たちの船は、前衛へ。
何で?
腕組みして敵を見つめる船長さんを捕まえて話を聞く。するとこの船は戦艦運用している旗艦だからな、と言われた。つまりは状況的に俺たちの命は運んでいる積み荷よりも軽い。
船団は輸送船が四、戦艦が五。戦力的には拮抗しているが、正直信用はしていない。
俺はため息をつくと、パワードスーツを着て飛び立った。船長さんが何か叫んでるが気にしない。
俺は早く米にありつきたいんだ。邪魔されてたまるか。
怒りのままに海上を疾走する。水しぶきを上げながらものの数秒で敵戦艦へ。
ちなみにこの世界の船に戦艦や輸送艦と言った作りの違いはない。魔法をぶっ放す世界なのだ。銃も発展してないし、大砲はあるにはあるがやはりこれも発展していない。見た目には全て同じに見える。だが俺はそれが海賊船だと一発で分かった。分かりやすい海賊旗が掲げてあったから。髑髏に赤い蛇が巻き付いた海賊旗が。
この世界での海賊旗は髑髏が相場なんだと思いながら、姿を現した俺に対して魔法が飛んでくるのを全て避ける。
交渉の余地なしと。
俺は全力で回避機動を取りながら麻酔弾を乱射する。ものの二十秒で一隻が沈黙した。他の四隻も同じ目に合わせる。睡眠に対する防護を持っている奴はいなかったようで、全員が夢の中だ。とりあえず船に積んであったロープで全員を縛り上げ、船で見た船員の見よう見まねで帆をたたむ。後はロープを船首に結び、ゆっくりと引いていく。乗ってきた船に横並びになるように船を並べ、俺は甲板で待つミアの元へ戻った。パワードスーツを脱いでいつものようにふわりと降り立つ。
「お帰りー」
「戻りました。あ、船長さん。海賊は縄で縛って転がしてあるので後の処理は任せます。沈めるなら言ってください。協力しますから」
グレイハウンド持ってくるんで。
「いやいやいやまてまてまて」
「何ですか?」
「お前何モンだ⁉」
「何って、客ですけど。身分証でしたらこれを」
そう言って俺は蒼く輝くギルドカードを見せる。
「ミスリル冒険者だと⁉ どうりで無茶苦茶なことやってくる訳だ……」
「で、どうしますか。沈めますか?」
「いや、曳航して街で引き渡す。船はそのまま俺たちの持ち物にできるからな。あいつらはこの辺で有名な赤蛇っていう海賊団なんだが、引き際が鮮やかで俺らも何度かやり合ってるが逃げられてるんだ。それをこうもまぁ簡単に……」
「俺は早く安全に目的地に着きたいだけですよ。後は任せて構いませんか?」
「おうよ。今回は助かったぜ。ゆっくり休んでくれ」
作業を始めた船員たちを横目に俺は部屋へと戻る。板張りの床にそのまま寝転ぶと、ミアが上に乗って来た。
「で? 今回はどうしたの?」
「どうも何も、麻酔弾をしこたま打ち込んで終わりですよ」
「まぁ、そうだよねぇ。やっぱり対人戦でシグルドは反則だよ」
「俺というよりかは銃が問題なのでは?」
「普通の銃士が魔法撃ち込まれたり剣や槍で襲われながら正確に相手を狙える?」
「できる人はできるんじゃないですか?」
俺ができるということは他の人にもできる。……はず。
「知覚強化が出来ないと無理だよね、普通に」
いろいろと規格外なんだよと言うミアを抱きながらうつらうつらとしてくる俺。最近ちょっと昼間に眠くなることがある。
「眠い?」
「多少」
そう言うとミアはいつもの態勢を取った。俺はもぞもぞと動いて胸元に収まる。俺が起きたのは、晩飯の時間を過ぎたあとだった。
船を降りて関所でギルドカートを見せる。反対側には海と、島になって見えているのは隣国のトメーキア王国だ。関所を抜けると、大正浪漫あふれる街並みが広がっていた。この世界にきて初めて感じた和の気配に俺の心は否応なしに踊る。
「ここがメレシア公国? 随分変わった感じだね」
「まぁ、独特の文化ですよね。和洋折衷でわけわかんなくなってる感じが。まぁ、これが良いんですけど」
そう言いながら俺とミアは喫茶店としか言いようがない店に入る。時刻は昼食時には少し早いくらいの時間。ミアが選んだのがこの店だった。ミアはトマトソースのパスタを、俺はおすすめと書いてあったカディイスラという料理を和服メイドみたいな服を着た店員に注文する。カディとは今まで通って来た国で見たがカレーのことだ。ということはカディイスラはカレーライスだと予想できたので期待値は高い。料理を待っていると、店が混んでくる。
俺とミアが座っているのは四人席。店員に相席でも構わないかと問われたので了承する。席に通されてきたのは和服らしき服装にカンカン帽をかぶったいかにもと言った格好をした杖を持った老人。だが背筋はしゃんとしてどこか覇気がある。その老人は案内してきた店員に俺と同じカディイスラを頼んで料金を払うと、俺の横に座った。
「すまんの。邪魔したかのぅ?」
「いえいえ。大丈夫ですよ」
「そうだよ、おじいちゃん。気にしないで」
聞くところによると常連さんらしい。三日に一回くらいはカレーライスを食べに来るそうだ。
「そう言えば名乗っておらんかったのぅ。儂はレヴァーガという、まぁ、死にぞこないのジジイじゃな」
「シグルドです」
「ミアです」
雑談がてら互いに名乗り合って、俺と老人は互いに首を捻る。互いに同じ理由で。
「お主、以前にどこかで遭うたか? 名前に聞き覚えがあるんじゃが……」
「偶然ですね。俺もあなたの名前を聞いたことがあるような気がします。でも俺たち、大陸の反対側のライクロイック王国から来たんです。そうそう会うことは無いと思いますが……」
「ライクロイック? ライクロイック……。あっ、思いだしたわい。聞いたんじゃなくて手紙で見たんじゃ。馬鹿弟子からの手紙で」
「馬鹿弟子、ですか?」
「ジャック、という名に聞き覚えがあるじゃろう? 無貌のシグルドよ」
「ミスリルのジャックさんですか? ええ、知ってますけど……」
そこでやっと俺の脳内検索にその名がヒットする。レヴァーガ・ハイピスト。ジャックさんとチェスターさんの師匠だ。ということはこの国の先々代公王に他ならず。
「先々代こむぐ!」
「あまり騒ぐでないわ。店に迷惑がかかるであろうが」
「すいません。でも先々代の公王がなんで街の喫茶店でカレー……じゃなかった。カディイスラ食ってるんですか。というか護衛とかは?」
「護衛なんぞいらんいらん。下手にいると邪魔じゃわい。それに元公王とはいえ今は何の価値もないジジイじゃ。あと儂はここの料理がなかなか好みでの。あと貿易港だと他国の文化も良く馴染むからいろいろと面白いものがあるんじゃ。まぁ、儂の好きな編み草敷きの床が無くなってきているのは悲しいことじゃが……」
そう言っていると料理が運ばれてくる。レヴァーガ翁の分も一緒に来た。
「お、お主もカディイスラか。ここのは美味いぞ? では失礼して。あむ……」
美味そうにカレーライスを食うレヴァーガ翁。俺も匙で掬って一口。
まろやかな野菜の甘みとスパイスの風味。ルゥの染み込んだ具材。たとえるならまさしく家のカレー。それも二日目のやつ。日本の国民食の一つ、カレーライス。当たり前のように美味い。目からは勝手に涙が零れる。
「美味いが……、泣くほどかのぅ?」
「イスラを使った料理は故郷の味らしいよ? シグルドはコメって言ってたけど」
「随分古い言い方を知っておるのぅ。儂の子供時分に廃れた言い方じゃて。お主、もしや時の迷い人ではなかろうな?」
「時の迷い人、って何?」
「うむ。滅多にある話ではないのじゃがの。忽然と姿を消す者がおるのよ。その者は遥か未来に姿を表したり、あるいは過去に現れたりすることもあるらしい」
「ふーん。あ、このトマトソース濃厚で甘くておいしい。なんだろう?」
そりゃあ美味しいだろうよ。いつも通り食わせ合ったけど、だってそれナポリタンなんだもん。こうなったらケチャップも探さなければ気が済まない。
「探したいものが増えました。調味料関係も洗い直さないと」
「なんじゃ、調味料を探しておるのか?」
「ええ。基本はイスラ関連の製品を探しに来ました」
「なら儂の屋敷に来るか? 厨房にはこの辺で手に入る調味料や食材は一通り揃っておるぞ? 店も紹介してやるわい」
「それは有難いですけど、いいんですか? 俺たち初対面ですよ?」
「ほっほっほ。儂はな、待っておったのよ。馬鹿弟子の手紙に来るかもしれんとあったからの。できれば協力してやってほしいとも」
「どういうことです?」
「お主、ジャックに旅に出ると言わなかったか?」
確かに言った。マルク君を送り届けた時だ。あの時は逃げるために大陸を回る予定だった。その時にジャックさんはレヴァーガ翁に手紙を出していた? 俺の助けになるように?
「まあ、旅の目的はちーとばかし変わっておるようじゃがの」
レヴァーガ翁の申し出を受け入れて俺たちは店の外に出る。裏路地に入り、人気が無くなったところでレヴァーガ翁はゲート、いや、彼からすればポータルと呼ばれる魔術を展開する。観察してみるが俺のゲートと相違はない。
「そう言えばお主も使えるんじゃったな。行くぞい」
ポータルをくぐると、武家屋敷のような家の門の内側に出た。場所はメレシア公国の主都の中らしい。玄関入り口は大きい方と小さい方の二種類あるが、大きい方から案内される。中に入ると、十歳くらいのロリータ服に身を包んだ女の子が仁王立ちしていた。
「ひいおじい様! かわいいひ孫を放ってどこに行ってらしたんですの⁉」
「め、メーヴェ……。来ておったのか?」
「今から行くと文を出したじゃありませんか!」
「いつ?」
「三時間ほど前です!」
「そのころ儂は港町で日課の散歩をしてたのじゃが……」
「またカディイスラを食べに行ってらしたんですの⁉ 私も行きたかったのに!」
地団太を踏むロリータファッションの女の子。結構、いや、かなりお転婆な感じがする。
「すまんの、あれはメーヴェリン。儂のひ孫じゃ。現公王の娘になるの。これ、メーヴェ。客人がおるのじゃ。少しは弁えんか」
その言葉にメーヴェちゃんが俺とミアを認識する。すると「失礼いたしました。私はメーヴェリン・ハイピスト。メレシア公国公女です」と綺麗なカーテシーを決めた。武家屋敷にロリータファッションとカーテシー。恐ろしく合っていない。
「ご丁寧にありがとうございます。私はミスリルランク冒険者のシグルドと申します。こちらの猫人族はミア。金ランク冒険者です」
「ミアです」
「あら、あなたミスリルランクですの? ご活躍なさっているのですね。ぜひお話を伺いたいですわ」
「恐縮です。あれ? そういえばレヴァーガ翁はどちらに?」
「え? ああー⁉ また認識阻害使って逃げやがりましたわね⁉ ちょっと失礼いたします。……ひいおじい様! まだ話は終わってませんよ!」
メーヴェちゃんは叫びながら奥に消えて行く。気配が遠ざかったところで、俺は隣に声をかけた。
「ひ孫に認識阻害と幻術使って何してるんですか」
「おや、お主にはバレておったか」
さっきまでいた場所に再び姿を現すレヴァーガ翁に俺は呆れた視線を向ける。
「それ生身で使うの結構しんどいでしょう?」
「お主も使えるのか。将来有望じゃの。では約束のものを見せるとするか」
そう言ってレヴァーガ翁は下駄を脱いで板張りの床に上がる。しばらく後をついていくと、台所に出た。
「食材は全て隣の氷室じゃ。調味料は好きに味見してくれい。儂はメーヴェのために何か作るとしよう」
台所は土間なので俺は草履を借りる。
「そう言えば人を見ませんけど、一人で住んでいるんですか?」
「そう見えるかの。まぁ、冒険者生活のおかげでだいたい一人でなんとかなるしの。ボケ防止にもなるし。掃除だけは週に一回頼んでおるがの。さすがに腰にくるんじゃ」
そんな会話をしているとドタバタと足音がやってくる。
「やっと見つけましたわ、ひいおじい様! 逃げるなんて酷いじゃありませんか!」
「今回は逃げとらんよ。客人をほうって置くわけにはいかんじゃろて」
確かに逃げてない。逃げてないが、それは屁理屈というものだ。
「今日は醤油餅じゃ許しませんわよ」
「儂、おやつはそれとかき餅しか作れないんじゃが。あとイスラを炊けば煎餅は出来るが時間がかかるし……」
「こうやって放っておかれるの何回目だと思ってますの⁉」
「お前が急に来るからじゃろが……」
やいのやいのと言い合うジジイと子供。微笑ましいが、レヴァーガ翁が本気で困ってそうなので助け舟を出す。
「俺が何か出しましょうか?」
「異国の菓子か?」
「私、甘いものがいいですわ」
「無理を言ってはいかん」とたしなめるレヴァーガ翁をまぁまぁと抑えて俺はアイテムボックスに手を突っ込む。
「さっぱりしたのと濃厚なのどっちがいいですか」
「濃厚な方でお願いいたします」
そう言われて俺は作り置きのバナナクレープを皿に盛って出す。チョコレートソースをかけて完成だ。それを三皿、お膳を借りて出す。別室に持っていくかと思ったがその場で食べるようだ。あまり礼儀作法的なものは気にしないらしい。ちなみにミアは当たり前のようにお膳を一つ確保している。三つ出したのは俺だが。
「レヴァーガ翁もどうぞ」
「そうか? では頂くとするかの」
ミアとメーヴェちゃんはフォークとナイフで、レヴァーガ翁はどこからか持って来た箸でクレープを口にする。
「おいしいですわ!」
「これは……。美味いもんじゃのう」
メーヴェちゃんが満足気にしているから問題ないだろう。そう判断して俺は台所から繋がった氷室を見せてもらう。中には俺のお目当ての米と、それの関連商品である清酒や米味噌、みりんに、これは水飴だろうか。気になるものがたくさんある。スパイスはだいたい見てきたものが多いが、調味料という観点で言えばやはりケチャップの存在に興味を惹かれる。あと醤油とワサビ。ワサビはアルベーヌ領にあった白い西洋わさびではない。ちゃんと緑色のやつだ。
戻って話を聞くと漬物もあるらしい。ぬか床を見せてもらえた。
「いいものが見れました……」
「うん。めっちゃいい笑顔してる」
クレープをおかわりしたミアが言う。
「ひいおじい様、今度からこれを作ってくださいまし」
こちらもクレープをおかわりしたメーヴェちゃんが言う。
「無茶言うでないわ。女子なら自分で作れ、自分で」
「私、料理は作るのではなく食べる派です」
「これで花嫁修業はうまくいっとるんじゃろか。夫になるものが苦労しそうじゃわい。このお転婆を御せそうな者は…………そういえばおるの、ここに。餌付けできそうな奴が」
その言葉にミアがしゅぱっと俺の腕を掻き抱く。その様子を見て目が点になったレヴァーガ翁は、しばらくして呵呵大笑した。
「かっかっか! 嫁御に愛されとるのぅ。良きかな良きかな。婆様を思い出すわ」
「奥様もこんな感じだったんですか」と俺はミアを指す。
「うむ。女の尻を追っかけてたら全体重を乗せた重い拳が飛んできたの。遊郭に行った時はよく正座で折檻されたわい」
それは全然違うと思う。ミアはミアで「こんな風にならないでね」と言ってくるし。
「こんなこと言ってますけど、ひいおばあ様が亡くなられた後は一切女遊びしてないんですのよ、ひいおじい様は。きっとひいおばあ様の気を引きたかっただけですわ。不貞もされていなかったようですし」
「あまり言わんでくれるかの。この歳でも恥ずかしいものは恥ずかしいんじゃ」
そう言ってレヴァーガ翁はポリポリと頬を掻く。奥さんとはとても仲が良かったようだ。
そう言えば全く関係のない話だが、気になっていたことがある。
「メーヴェリン様は公女様ですよね?」
「そうですわ」
「護衛の方とか居ないんですか?」
「そんなもの、まいてきましたわ!」
このお転婆娘ェ。
「大丈夫じゃ。護衛は外で待機しておるし、屋敷には隠密がおるわ。ほれ、出てこい」
「お呼びですか、閣下」
揺らぎを伴って現れる隠密、というか忍者。若干冒険者風だが。俺のソナーににもかかっていたものの害意が無かったので気にしてなかったが、護衛の人だったか。
「そろそろメーヴェを引き取ってくれ。客人と大事な話もしたいでの」
「は。畏まりました。……メーヴェリン様。そろそろお暇致しましょう」
「はぁ。仕方ないですわね。ひいおじい様、次までにあの異国のお菓子を作れるようになっておいてくださいまし」
「無茶言うでない。はよ行け」
護衛の人を引き連れて去っていくメーヴェちゃん。
「ホントに嫁の貰い手いるんじゃろか?」
「公女様なんですから相手はいるでしょうよ」
「もともとトメーキアの一領主じゃからの。どうなることやら」
そう言って立ち上がったレヴァーガ翁はぱんぱんと膝を叩いて俺を手招きする。さっき言ってた話とやらだろうか。
「紹介状を書くのも面倒なんで店には儂が連れてってやるわい。じゃがその前に、ひとつ頼んでいいかの?」
「何ですか?」
「ちょいと試合ってくれんか」
そう言うレヴァーガ翁について玄関へ。裏に回って庭に出る。
レヴァーガ翁はアイテムボックスから少し反った棒状のものを取り出した。
「見たことないか? あまり国外では流通しておらんからの。これは……」
「刀、ですよね?」
「知っておったか」
レヴァーガ翁はその刀身を抜いて見せてくれる。その反りが入った、薄く蒼い光を反射する刀身の内に虹色の輝きを持つ波紋の入った刃は見惚れるほど美しい。おそらくオリハルコンを心金に使ったミスリル合金製。
流石元公王でアダマンタイトランク。いいもの持ってる。
「で、何をすればいいんですか?」
「言ったじゃろう、試合ってくれんかと。何、刃を交えることはせんよ。儂が気を飛ばす。お主はそれを受けるだけじゃ」
「気?」
「魔力波じゃよ。まあ、難しく考えるでない」
そう言ってレヴァーガ翁はその刀身を鞘に納める。彼はただ立っている。何もしていない。否、もう始まっている。
俺は威圧感に負けて銃槍を取った。構えた俺に対してレヴァーガ翁は自然体。
庭の池の魚が水音を立てた。
「っ⁉」
俺は咄嗟に銃槍を盾にした。だがそれを取り落す。首が泣き別れになった感覚がして首をぺたぺたと触る。大丈夫だ、繋がってる。その事実に安堵する。レヴァーガ翁は何もしていない。ただ、さっき言った通り魔力波を放っただけだ。余波を受けたミアは屋根の上に逃げ、俺と同じように首をぺたぺたと触っている。
「何、を?」
「魔術はイメージじゃ」
「は?」
「儂はの、お主らの首を切るというイメージを乗せて魔力を放った。その様子だと二人とも防げんかったようじゃの。もうこの体は剣を振るえぬが、まだ儂はお主らを殺すことはできるらしい」
その言葉に、俺は冷汗を流す。
「心殺。儂はそう呼んでおる。系統的には闇系統の魔術じゃな。己が思念を飛ばし、相手に死んだと勘違いさせる術じゃ。心と体は繋がっておる。心が死んだと思えば、体も死んでしまうのじゃ。魔術師の妖精とか言われとるやつの発展形じゃの」
「え、魔術師の妖精って魔術なの?」
屋根から降りてきたミアが問う。
「うむ。知らなんだか。あれも闇系統じゃ。自己暗示の一種じゃな。己が望みを自らにかけた魔術で実現させるという、な。激しい思い込みと妄想が成せる技じゃが、使いこなせると自己鍛錬にうってつけじゃぞ。それに……」
レヴァーガ翁は誰も居ない縁側を見る。とても優しい目で。
「悲しみを紛らわすのにはちょうど良い」
「二人で住んでいたんですね」
「ああ。ずっと側にいてくれておるよ。使いたいなら強く思え。願え。さすれば己が身はきっと応えてくれるはずじゃ。もちろん、魔力の制御技術あってこそじゃが」
さて、とレヴァーガ翁はアイテムボックスに刀を片付ける。一方で俺はまだ首の違和感が取れない。繋がっているのだが、切れているような何とも言えない気持ち悪さ。動くとずるっと滑りそうで怖い。ミアの方もおなじようだ。そんな俺たちの様子を見てレヴァーガ翁はヒールをかけてくれる。すると首の違和感がきれいさっぱり無くなった。
「すまんすまん。少し強くやりすぎたようじゃ」
「いや、なんでヒールで治るんですか」
「その辺も面白いところじゃな。お主らの心は切られたと思っておるのじゃ。そこにヒールをかけることで傷が治るというイメージを持たせる。すると心の方も傷が直されたと思って、現実との齟齬がなくなるわけじゃな。魔術はイメージと言ったが、かける側だけでなくかけられる側もその影響をうける。医者のヒールで流行り病が治る、なんてことがあるくらいだしの」
なんというプラシーボ効果。ヒールは怪我に効くが病気には意味が無いので思い込みの力はどこの世界でもすごいらしい。ちなみに炎症は外傷扱いなので盲腸や胃潰瘍はヒールで治ったりするらしい。
「では買い付けに行くとするかの」
そう言ってレヴァーガ翁はポータルを開く。開かれた光の門をくぐると、がやがやとにぎやかな喧騒が聞こえてきた。
「こっちじゃこっち」
「ちょっと待ってください。ここ、どこですか?」
「ん? トメーキアのサカオの街の商店街じゃな。大概の食材が揃うから国の台所とも言われておるの。とりあえずお主の目的はイスラじゃろう。問屋に行くぞ」
そう言うレヴァーガ翁の後をついていく。街を行く人の姿はやはり和服。江戸時代の町人の絵のイメージまんまだ。髷を結っている人はいないが。
「邪魔するぞ」
「へい、らっしゃ……って御老候! もうイスラが切れたんですかい? いつもの入ってますよ」
「いや、今日は客の紹介じゃ。馬鹿弟子の知り合いでの。イスラを求めてはるばる大陸の反対側から来たそうじゃ」
「大陸の反対ってぇと、ライクロイック王国かリフリス帝国ですかい⁉ へぇ。お客さん、随分熱心だね」
「どうも。どうしても食いたくなりまして。あんまり勝手が分かんないんでおすすめありますか?」
「どう食べるかにもよるけど、普通に炊いて食うならイチバンボシってやつだな。御老候も贔屓にしてくださってる。ちと値は張るがな」
「どれくらい変わります?」
「他のと比べて二割増しってとこか。その分味は保証するよ。国王にも献上してる奴だからな」
「じゃあそれを五人家族で三十日分ください」
「お前さんの家族は食う方かい?」
「ええ。食べますね。しかも三食しっかり」と俺はミアの方を向く。首を傾げてるがうちで一番食うのは確実にミアだ。時点でラッシュさん。
「じゃあ三斗くらいか。保存がきく環境があってまた買いに来るつもりなら一俵買っちまったほうが安いな。一俵なら銀貨二枚だ。あ、そうだ。御老候の紹介ってことはメレシアから来たんだろ? あっちのハイカラな店で出てるような白イスラにするには精製が必要だからな? 事前に言ってくれればこっちでやるんだが、今回必要なら自分でついて糠を取ってくれ」
そう言って店の店主は一番デカい米俵をぺしぺしと叩く。
ということは、コレ、全部玄米か‼
「いえ、そのまま食べます。そっちの方が香ばしくて好きなんで」
「そ、そうか。じゃあ買うってことでいいんだな? 結局一俵でいいのか?」
店主の言葉に了承して銀貨二枚を渡す。店主は帳簿をつけると、米俵を転がしてくる。
「あ、すいません。俵は初めて見るので開け方と閉め方を教えてもらえませんか?」
俺のその言葉に店主は見本らしき小さめの米俵を開けてくれる。どうにも順番に縄を解き、外側に這うようにある縄を緩めると蓋になってる藁が取れるらしい。蓋を取って折りたたまれた藁を開けば中身が現れるという寸法。閉めるときは逆順だ。
「覚えたか?」
「やってみてもいいですか?」
店主に了承をとって見本の米俵を開いて閉じる。記憶力が強化されているだけなのだが、覚えがいいと褒められた。
俺は六十キロちょっとある米俵をアイテムボックスに入れて店を後にする。続いて向かうのは酒屋。清酒とみりんを買い求める。あとお土産に焼酎。米焼酎と芋焼酎があった。その他にも別の店で味噌や醤油などを買い求める。その中で一番驚いたのは飴屋さんだった。水飴を売っていたのだが、子供がおやつに買いに来ていた。お祭りの屋台で見るような水飴が鉄貨一枚。この世界で砂糖や蜂蜜などの甘味が高級品というイメージがあった俺としては軽いカルチャーショックだった。もちろん迷惑にならない程度に大量購入する。後はいろいろな店を回って必要と思ったものを買い求めた。
「随分買ったのぅ。鮮度を気にするものまで買っていた所を見るにお主のアイテムボックス、やはり時間停止系じゃろ?」
「見れば分かりますか。そうですよ。重宝してます」
「旅に便利よな。他に何か買うものはあったかの?」
「いえ、多分これで終わりですね。想定外のケチャップに粉物用ソースも手に入りましたし。……あれ、あの店は?」
「ん? 本屋じゃの」
「見ていくか?」とレヴァーガ翁が言ってくれたので本屋に寄る。置いてあるのはライクロイックなどで見るような分厚い装丁が施されたものではなく和綴じの本。店主に話を聞いてみるとこの店は古本屋のようなものらしい。店主が細かいのかジャンル分けされているので分かりやすく、俺は料理本を手に取るとぱらぱらとめくる。どうやらこの国の一般的な料理全般が載っているらしい。有難いことに玄米の炊き方が書いてあったので購入を即決。値段は銀貨六枚だった。あと地味にモロに和食のトメーキア料理の調味料の分量が書かれているのが有難い。
買い物を終えて一端レヴァーガ翁の屋敷へ。店の場所は全て確認済みだ。レヴァーガ翁から穴場のゲートスポットも教えてもらえたのでいつでも買い付けに来られる状態。ちなみに同じ位置にゲートを開こうとした場合、後から開いた方が干渉を受けて開けないということがレヴァーガ翁の協力で分かった。転移時の事故確率が無くなって一安心である。
「もう行くか?」
「ええ。今回の旅の目的は果たせました」
「そうか。……シグルドよ」
レヴァーガ翁が俺を手招きする。
「儂は人より魔術に長けていると自負しておる」
「そうですね。俺もそう思います」
「お主も儂と同じじゃ。魔装機兵。儂もこの目でトメーキア製の試作品とお主の設計図を見た。ジャックの手紙にもあったがお主は魔術に深く依存しておる。魔術師の妖精の話をした時には少々促したが、魔術は使い過ぎてはならん。頭痛がしたら危険信号じゃ」
その言葉に俺は思い出す。初めて妖精と遭遇、いや、妖精を発現させたとき、頭痛を覚えたことを。
「早死にしたくないのであれば控えよ。我が弟子の幾人かは既にこの世を去った。残された者の悲しみは、深いぞ」
そう言ってレヴァーガ翁は自嘲気味に笑う。きっと自分が奥さんを幻視していることを指して。
「肝に銘じます」
「また気軽に訪ねとくれ。何も無いがの」
「あなたに会いに来ますよ」
「ほっほ。そう言ってくれるとジジイ冥利に尽きるの。嫁御も連れてくるがええ。また皆であのクレープとかいうのも食べたいしのう」
ゲートを開き、朝日が隙間から差し込んでいるロアの自宅の二階へ行く。「またな」と縁側に座り手を上げるレヴァーガ翁に手を振り返す。俺はその隣に女性の姿を見た。気丈で利発そうな老婆を。
俺は思わず一礼する。ミアは不思議がったが、顔を上げればレヴァーガ翁がいたずらが成功した子供みたいな表情をしていた。その顔が言っている。「儂の嫁は別嬪じゃろう?」と。俺はミアの肩を抱く。俺の彼女も負けてないと。互いに不敵な笑みを浮かべた状態で、俺はゲートを閉じた。
「なんだったの、今の?」
「嫁自慢されたんで彼女自慢し返してました」
「ふーん?」と首を傾げるミア。多分あれは男にしか分かるまい。しばらく閉じたゲートの後をミアの肩を抱きながら見つめていると、物音がしてラッシュさんがイリスさんの部屋から欠伸をしながら出てきた。
「お、帰ってきたのか」
「あ、はい」と答えながらミアを見る。首を横に振ったので致してはいないらしい。
なんだ、添い寝してただけか。今日はしてないにしてもお付き合いは順調なようで何よりである。
「コメは手に入ったのか?」
「ええ。その他にも色々と」
「で、食えるのか?」
早い。早いよラッシュさん。
俺はアイテムボックスに手を突っ込んで買った料理本を取り出す。ぱらぱらとページをめくって米の炊き方のページを見つけると、その内容を確認する。
「あー、やっぱり水に浸さなきゃいけないんですぐは無理ですね」
「どれくらいかかる?」
「最低でも六時間です」
「は?」
「六時間です」
だって料理本にそう書いてある。炊飯ジャーじゃないから浸さなくても炊けたりはしない。……いや?
よく見れば時短の方法が書いてある。途中で冷水を入れればいいらしい。
「すぐ炊く方法もありました。とりあえずそっちで試しますか。食いたいんでしょう?」
「当たり前だ。お前が半年かけて探してきた食い物だ。美味いに決まってる」
決まってるとまで言いますか。
俺はキッチンに降りてかまどを改造する。この家のかまどはレンガでできた炉に鉄板が載っているだけの簡易な作りだ。その鉄板を除け、土塊で買って来た羽釜に合うような穴を開けた専用のアタッチメントを作る。金物屋で買った羽釜は五合炊きのもの。どうせ保管庫に入れるので一升炊きでもよかったが、なんとなくこっちにした。いくら入れた時の状態が維持されるとしても炊き立てで食いたい。
ちゃんと茶碗と箸も向こうで人数分買ったぞ。あとしゃもじも。
とりあえず玄米を軽く濡らして、磨く。本によるとしっかり研いだ方がいいらしい。しっかり磨いた後、水にさらしながら再び研ぐ。水を数回入れ替えて汚れや剥がれた糠を落とす。水を適量入れ、より美味しくなるらしいので塩を少々。木の蓋をして強火にしたかまどにセット。ちなみにこの蓋、結構重い。しばらくして蓋に薪を当てて沸騰したことを確認したら弱火にして二十分ほど。水気が無くなってきたところでキンキンに冷やしておいた水をコップ一杯入れて強火に。パチパチと音がしてきたところで火を止める。
「できたのか?」
「まだ蒸らしが必要です」
十分から十五分ぐらい放置する必要があるらしいのでその間におかずを出す。簡単にタマネギの味噌汁を作り、漬物屋で買った沢庵と柴漬けを平皿に盛って出す。あとは俺が作っていた出涸らし昆布の佃煮も。味噌汁の味噌はトメーキアで買った淡色味噌。もちろん昆布出汁と干し小魚の出汁を加えてある。トメーキアで鰹節も見つけてはいたが今回は時間が無いので保留。残念極まりない。
しかし。ああ、懐かしき和の朝食の香り。
蒸らしが終わったと思われるので木製のしゃもじを水で濡らし、釜の中の米をさっくりと混ぜる。買ってきた茶碗によそい、味噌汁は今までのスープ皿ではなくトメーキアで買い求めた漆塗りの椀によそう。
朝食を並べ終えると、家族全員が席に着いていた。
「いつの間に……」
「美味しそうな匂いがしたものですから」
「もう食べていいか?」
「はぁ」とため息をつきながら俺は席に着く。
「食べましょうか」
俺とミアは「いただきます」と言って箸を手に取る。他の皆はスプーンとフォークだ。ちなみにミアはだいぶ箸の使い方が上手くなった。ちょっと不格好ではあるが、食事をするのに支障はないレベル。焼き魚はまだぐしゃぐしゃにしてたが。
玄米を口へ運ぶ。すこし固めの食感。固すぎる気がしないでもないが許容範囲内。香ばしさが鼻に抜け、噛めば米のうま味と甘みが感じられる。沢庵をひと切れ。ポリポリと小気味良い食感と甘じょっぱい味が懐かしい。続いて柴漬け。これもパリパリとしており、甘酸っぱい味が美味い。味噌汁も一口。味噌も家で飲んでいた味噌汁の味に近いし、出汁もきいててばっちりだ。タマネギの甘みもいい感じ。個人的にはトロトロになっている方が好きだが、若干シャキシャキとした食感が残っているのもいいものだ。
しかしだ。みんなの口に合うかどうか怪しいので出さなかったが、あれが猛烈に食いたい。ご飯のお供の代表格、梅干し。
欲に負けて俺は壷を取り出す。菜箸でしっかり赤く染まった梅干しを取り出すと、米の上に置く。
玄米と共に一口。このすっぱしょっぱいのがたまらない。
「シグルド、その赤いのあたしにもちょーだい」
「いいですけど、結構すっぱいですよ? 気を付けてくださいね」
そう言って俺はミア既に米が無くなりかけている茶碗に米をよそい、その上に梅干しを乗せてやる。
あ、一口でいきやがった。
「~~~~~~~~~~!」
「だから気を付けてって言ったのに。種は飲み込んじゃ駄目ですよ」
口をアスタリスクにしたミアが何とか種を吐きだし、米をかき込む。
「あ~、びっくりした。シグルド、おかわり」
「まだ食べるんですか?」
あるからいいけど。
俺はミアの茶碗にまた米を盛る。
「赤いのもちょうだい」
気に入ったのか。まぁ、旅の疲れとかもあるから体が欲しているのかもしれないが。
俺はミアの茶碗に梅干しを乗せる。今度はちまちま齧りながら食べていた。
「シグルド、俺にもくれないか?」
ラッシュさんが遠慮がちに言う。
これ、すぐなくなるのでは? 誰も食べないと思って小さめの壷で買った俺のとっておきなのだが。
イリスさんとリューグも欲しそうにしていたので三人の茶碗に入れてやる。
ラッシュさんとイリスさんは気に入りそう。リューグは口をさっきのミアみたいにしていた、というか漬物全般微妙そうなので佃煮を勧める。だが米自体は美味いみたいだ。間に佃煮を挟んで米と味噌汁でエンドレスループしている。
「シグルド、おかわり」
「もうないですよ」
五合の米が一瞬で無くなった。これは一升炊きの釜を買っても良かったかもしれない。
あと俺は皆の茶碗をチラ見する。米粒が残ってたらどうしてくれようかと思ったが、基本は食い意地の張っている冒険者だし、ラッシュさんは綺麗に食べるしでお残しはない。
だがミア。何故君は狙ったかのように頬にお弁当をつけているのか。
いつものようにとって口に運ぼうとする。しかし、最近超反応するようになってきたミアにその米粒を指ごと咥えられた。
あとイリスさんは米粒を探そうとしないで下さい。なんかこの人、ラッシュさんと付き合いだしてからポンコツ具合が増してる気がするが気のせいだろうか。
ごちそうさまを言い食器を片付ける。
「しかしコメってのは美味いもんだなー。これと比べたら前に食ったムギメシは微妙だな。代替品って言ってたのが良く分かった。」
「さすがにちゃんと食べる用に品種改良されてきた米ですから。わざわざ高いやつ買ってますし」
この玄米と比べると飼料用の大麦は好んで食べたいものではない。食えないことは無いのだが。
「あ、そうだ。ラッシュさん、イリスさん」
「何だ?」
「何ですか?」
「お土産です」と俺は焼酎の酒瓶を差し出す。
「これは……お酒ですか?」
「こっちで言うウシュベみたいなもんです。現地ではオラカラと呼ばれてました。二人で晩酌でもしてください」と徳利と夫婦猪口も渡す。簡単に聞いてきた使い方と様々な飲み方を伝えて今度はリューグを呼ぶ。
「リューグはこれです」
俺が取り出したのは水飴の小壷と割り箸。それを渡す。
「なにこれ?」
「リューグの好きそうなものですよ」と俺は自分用の水飴の大壷を取り出して割り箸を突っ込み、練ってリューグの口に突っ込む。
「むぐ。ん⁉」
目が輝いたので当たりだったようだ。
「甘い。高いんじゃ?」
「その壷一つで壷代含めて鉄貨五枚ですよ」
その言葉にリューグは嘘だろ? という顔をする。
「蜂蜜だったらもっと高い」
「子供が飴屋で鉄貨一枚で買ってましたよ。完全におやつですね」
「大壷と交換してくれ」
「こっちは料理用なんで駄目です。それにアイテムポーチに入らないでしょう」
「むぅ。また頼む。金は払う」
「分かりました。買い付けの時にはまた買ってきますよ。あ、割り箸は一回一回変えてくださいよ? 口に入れたものを突っ込まないように」
速攻で水飴を舐め切ったリューグに俺は流石に苦笑いを浮かべる。
全く、リューグの甘いもの好きは筋金入りだね。あとミア。なぜ君はそわそわしているのかな?
「ミアには何もありませんよ?」
「何で⁉」
「今渡したのは旅のお土産なんです。俺と一緒に旅したミアにあるわけないでしょう」
しゅんとするミア。俺は仕方なしにアイテムボックスに手を突っ込む。取り出したのは飴玉のような飾りのついたかんざし。簡単な付け方は売り子のお姉さんに実演してもらったので覚えている。ミアの髪をくるくるとねじり、かんざしに巻き付けて差す。
うん。服のせいで恐ろしく似合わない。あっちも出すか。
俺はミアを自室に連れて行き、下着姿に剥く。そして古着屋で買い求めた肌襦袢と裾避け、金魚柄の浴衣を着せ、帯を教えてもらったコンパクトな結び方で結んでやる。ついでに俺も藍染の浴衣を着て揃いの和服コーデにする。和服は多少体格が違ってもなんとかなりやすいので買い求めていたのだ。
「なんかシグルドの顔だちだと、その服すごくしっくりくるね?」
「まぁ、そうでしょうね」
俺は完全に生粋の日本人だからな。対してミアは旅行で浴衣を着てみた外国人感が半端ない。あとネコミミと合わせて人の耳もあるせいでコスプレ感もする。
浴衣も裾避けも獣人用の尻尾穴つきのものを購入したので窮屈そうではない。あとは黒塗りの赤い鼻緒の下駄を履かせれば完成。俺も二本歯の下駄を履く。
「どう?」
「んー、まぁいいんじゃないですか?」
「なんか歯切れ悪くない?」
「いや、やっぱり顔立ちで似合う似合わないがあるので。買ってみたもののいつもの格好か、あの鍔広帽子の姿の方が好きですね」
「でもシグルドが買ったってことは、これ好きなんだよね?」
「好き、というか、俺の故郷の伝統的な服ですね。俺が住んでた頃は既に廃れてましたけど。祭りのときに着るくらいですかね」
古着屋の店主に着付けの仕方を聞いておかなければ着れないくらいには知らない。店にマネキンがあって助かった。教えてもらえなければ、いや、教えてもらっても覚えられなければ買うのは断念していた所である。
実は浴衣を普段着にするのはちょっと憧れがあったりする。この国でやったら奇異の目で見られる可能性が高いが。
「ねぇ、このまま街に出てみようか?」
「絶対変な目で見られますよ?」
「あのリバーシとかいうのも商業ギルドに持っていくんでしょ? 船で仕様書書いてたし」
「そりゃそうですけど……」
「ねぇー、いいじゃん。行こうよぉー」
「わかったわかったわかりましたっ。このまま行きましょう」
そう言って俺たちはその姿のまま一階に降りる。あらあらと笑みをたたえるイリスさんに見送られながら商業ギルドへ。その後しばらく俺たちの格好は話題となり、ミアの付けていたかんざしに似た髪飾りがロアの街で流行ることになった。




