18 シグルドの休日
季節は春。といってもロアは地中海性気候のような感じなので日中はすでに暖かく、中には袖を捲っている人もいるくらいである。そんなロアの街の自宅の和室。俺とミアは揃ってコタツに入っていた。和室にはもう一人、畳の感触が好きなラッシュさんがコタツに下半身を突っ込んでごろ寝をしている。
「炬燵布団そろそろ片づけていいですか?」
「ダメ」と天板に頬を付けたミアが強い口調で言う。
「いや、だってそろそろ熱いでしょう?」
「熱いけど、無いとなんかヤダ」
猫か。……いや、猫人族か。
俺は炬燵から出る。
「どこ行くの?」
「台所ですよ。スープの仕込みをするんです。もう残り少ないですし」
「お前、すっかり料理人が板についたよなぁ」とラッシュさんが体を起こして炬燵の上に置いておいたナッツ入りの南部煎餅のようなものを口にする。横には俺特製の湯呑と急須とポット。入っているのは乾燥ハーブ店で普通にハーブとして売っていた緑茶。今までは塩の販売店でミックスハーブ塩を買っていたから知らなかったが、なんでも普通の高木として自生しているらしい。チャノキと言えば低木のイメージなので分からなかった。
パリパリと煎餅を食べたラッシュさんは湯呑の緑茶を吹いて冷ましてから飲んでいる。彫の深い金髪碧眼のイケメンだからイメージが合わないのはご愛敬。この国では液体や麵状のものを啜る文化があまり無いので飲み方も流し込む感じだ。決しておじいちゃんが縁側で茶をしばいている時の飲み方ではない。見た目はまんまそんな感じだが。
煎餅も残り少ない。作り足しておくか。
俺はだらけにだらけているミアとラッシュさんを置いて台所へ。かまどに火をかけて弱火になるようにして鍋を二つ置く。かまどは火加減の調整がしにくいが仕方ない。そのうち魔術式に改造してやろうかと思うが、薪でも金がかかるだけで問題ないから未だそのままである。
かまどは一旦放っておいてテーブルの上に魔術コンロを並べて設置。煎餅の型に小麦粉を水に溶いて少量の塩と砕いたナッツ類を入れたタネを入れて焼く。一度に焼けるのは子供の手のひらサイズが十枚くらい。それを十回ほど繰り返す。煎餅は二十枚ほど皿に入れて炬燵の上にジュロモドキの実やナッツ類と共に置いておくと三日に一回くらいのペースでなくなる。食べるのは主にラッシュさんとイリスさん。ラッシュさんは素朴な味が気に入ったようで、イリスさんは薄い味付けのお菓子が好みだったようだ。ちなみにリューグはジュロモドキの実や甘ラモンをよく食べる。ミアは特に気にせずなんでも食べる。
スープの灰汁を取りつつ片手間に煎餅を焼く。煎餅はタネが無くなったが、スープはまだ灰汁取りや煮込みが必要。俺は「ふむ」とひとつ頷くと、昨日暇つぶしに作っておいたパイ生地を保管庫から取り出した。
トマトペーストといつものつくねが残ってるから牛系の肉でも混ぜてミートパイでも作るか。
パイの作り方は跳び兎亭で修業済み。意気揚々とパイ生地を伸ばしていると、その視線に気づく。リューグがダイニングの入り口でこちらを眺めていた。
「パイ?」
「そうですよ」
「おやつ?」
リューグの鼻息が少し荒い。そういえば甘いもの好きだったな、リューグは。ミートパイにすると言ったら悲しむだろうか。
「ラフスのコンポート作りますね」
俺はリューグの滅多に見ないキラキラした目に負けた。
調理用のラフスを取り出して小さく切り、かまどを少し空けてフライパンを取り出し、甘口過ぎたとイリスさんから寄贈された白ワインで煮込む。コンポートを冷ましている間にパイ生地を折りたたんでは広げるを繰り返す。冷めたところでパイ生地を型に入れてフォークでぷすぷすと穴を開け、コンポートを敷き詰めて上から短冊状のパイ生地をかぶせて圧着。溶き卵を塗って熱しておいたオーブンに突っ込む。温度は蛇の目でばっちりだ。
しばらく待っているとコンソメスープの匂いを差し置いて甘い匂いが漂ってくる。
焼き上がったラフスパイを取り出して粗熱を取るべくテーブルに置くために振り向くと、もう待ってる奴がいた。
「早いですよ、リューグ」
「焼きたてが一番」
「粗熱取るんでみんな呼んできてください」
リューグに皆を呼びに行かせてる間にミント系のハーブティーを入れる。生地にバターたっぷりなのでさっぱり系がいいと思ったのでこのチョイスである。カップとソーサー、ティーポットは俺の趣味で買い求めたものだ。全部で金貨六枚と銀貨八枚したが満足している。焼き締めの湯呑は作れても綺麗な陶器は作れなかった。ちなみに金属製の茶漉しはこの世界にはないが、金属をクリエイトで弄ればすぐできるので作ってある。
リューグがみんなを連れて戻って来た。ティーポットの中を見れば球状に固められた茶葉が開いてミントの香りもしていい感じ。茶漉しで茶殻を受けながらカップにハーブティーを注ぎ、皆に切り分けたラフスパイを差し出す。もちろんリューグのは少し大きめだ。
「ホントに料理人が板についたなぁ」と言いながらラッシュさんがパイにフォークを伸ばす。俺も一口。まだ熟れ切っていない果実を使っているので仄かな酸味があってくどくない。だが生地のバターは強いのでミントティーが口の中をさっぱりさせてくれる。
「私たち、引退後大丈夫でしょうか」とイリスさんが不安げな声を漏らす。
「どういうことだ?」
「私たちにも老いは来ます。ミアはシグルドと結婚するでしょうし、私も……その……ラッシュと一緒になりたいですし。私はそろそろ子どもも考えないといけない年齢ですし、妊娠したらパーティーからは抜けるでしょう? 家庭として独立もしないといけませんもの。そうなったらシグルドによって上がりに上がった料理の質が果たして落とせるのかと不安に」
「あー、そうか。俺たちは出て行かなきゃか」
「別に共同生活でもいいんじゃないですか? 子守りも協力してやれば楽でしょうし」
俺はお茶を啜りながらそう言う。
「そう言ってくれるなら有難いが……。いやぁ、俺もワシツの居心地が良すぎてなぁ」
ラッシュさんは恥ずかしそうに頭を掻く。
そんなラッシュさんの様子を見ながらラフスパイをごくんと飲み込んだリューグは俺の方に視線を向ける。
「俺はついていく」
「それはお菓子にですよね?」
「飯も美味い」
知らない間に餌付けしてたか。
最初の頃は料理の質で負けてると危機感を抱いていたミアは、もう気にしていないのか元気にラフスパイをパクついている。
「ミアはもうあんま俺の料理に何も言わなくなりましたよね」
「ん? 言っても無駄かなって。勝手に質は上がってくし、あたしは一番その恩恵を受けれるし。意地張るよりいいかなって」
素直な子である。
「そう言えばミアはシグルドの秘密基地で食事を取ることも多いですよね。その時もシグルドが?」
「そうだよー。こないだはバナンナのクレープ? ってのを作ってくれたよ。甘くて冷たくて美味しかったー」
確かに作った。牛乳アイスとバナナ、もといバナンナを入れて小麦と卵の薄焼き生地で包んだものに、薬として扱われているカカオらしき粉と蜂蜜を混ぜた簡易チョコレートソースをかけたものを。
「何それ俺知らない」
真っ先に反応したのはリューグ。
そりゃ知らないでしょうよ。ミア以外に出してないもの。
「食べたいんですか?」
リューグは首を縦に振る。ラッシュさんとイリスさんも興味ありと見た。
「夕飯に響きますよ。意外とボリュームあるんで」
「……晩飯、何?」
「ラロクソースの冷製パスタです。ちょっと暑くなってきたので」
ラロクとはバジルの事である。つまり今夜作るのはジェノベーゼの冷製パスタ。ちなみにこの国ではパスタと言えば麺状のものが一般的。冷製パスタという概念はそもそもないが、トマトソースの冷製パスタは以前に出している。あのつるしこっとした食感は他に無く、その旨さはみんな知っていた。だから三人は悩む。俺にクレープを頼むか否か。
「ちなみにクレープは結構カロリー高いですからね?」
「かろりー……ってなんですか?」
「太りやすいってことです」
「私は止めておきます」
素直で宜しい。
「俺も止めとこう。晩飯の方が期待値が高い。最近コタツにおいてあるセンベイとかいうのも食ってるしな」
「俺は…………食う。やはり甘いものは外せない」
その言葉に俺はアイテムボックスから既に包んであるクレープが乗った大皿とチョコソースの小瓶を取り出す。皿に一つ盛ってチョコソースをかけてリューグとミアに差し出した。
なぜミアに差し出したかって? 自分も食う気でいたし俺が出すことを疑わなかったからだよ。あとミアはパーティーの残飯処理してても相変わらずくびれてるし普通に腹筋割れてるし。いや、胸と尻が最近キツイと言ってたような? ……それはまた別の要因か。
何はともあれチョコバナナクレープを口にしたリューグは満足そう。晩飯が入らなくとも一片の悔いなしという顔だ。
ミアは……。うん。いつも通り満足気に食べてる。
作った甲斐があるというものだ。だがあの調子で晩飯も普通に食べるものだからお前の胃袋はどうなってるんだと言いたい。
「アイスミルクの濃厚な甘みとバナンナのねっとりとした甘みと食感、独特の風味。この黒いソースのコクと蜂蜜の甘さに隠れた仄かな苦味がベストマッチ。美味い」
アイスミルクとはこの世界のアイスクリームの事である。なまじ魔法が発達しているせいで氷菓は地球の中世と違い大衆的なものだ。なお、ソルベに似た、というかまんまのシャルバという氷菓も存在する。
「リューグ! お前が甘味を語ると美味そうに聞こえるからやめろ!」
「……事実美味い」
「そうだろうよ! くそー。食っても食っても食えるミアが羨ましい」
「あたし?」
クレープもぺろりと平らげたミアが俺が入れ直してやったハーブティーに口を付けながらきょとんとした顔をする。
「あとお前はシグルドが甘やかしてくれてる事をもっと実感しろ」
甘やかしているつもりはない。料理は趣味が高じただけだ。経験はなくとも知識だけはあったから。ただ期待に満ちた目と美味そうに食ってくれる姿に俺のやる気が満ちているだけだ。
「本音は?」とミアが問う。
「ぶっちゃけシグルドの新作を一番に食ってるお前が羨ましい」
ラッシュさんのその言葉に三人がうんうんと頷く。ミアは勝ち誇った顔をした。
「というか、ラッシュさんはイリスさんの手料理に期待しましょうよ」
「シグルド、いいんです。料理に関しては諦めてます。私には時間停止のアイテムボックスはありませんし、何より半日以上も鍋をかき回す根気がない……!」
一度コンソメスープの作り方をイリスさんに教えたことがあった。灰汁取りを永遠とやっている姿を見せたら失意と共に去っていったが、諦めた上にそのことをラッシュさんにも言ったようである。でなければラッシュさんはここまで言わないし、言ったとしてもフォローするはずだ。
「そんな俺が異常みたいな言い方やめて下さいよ」
「異常だろうが。冒険者にしちゃ極まってるんだよ。料理の腕が食材探しのために冒険者になった料理人みたいになってきてるのを自覚しろ」
「いくら何でも言い過ぎですよ。跳び兎亭の料理には敵いませんって」
「おう、あそこロアでは一二を争うくらい飯のレベル高いからな? あそこの料理長、その筋じゃ有名だからな?」
あ、料理長有名人だったんだ。よく弟子にしてくれたな。そう言えば厨房にもお弟子さん多かった気がする。
確かに俺の料理は自分で言うのもなんだが美味い。だがそれは出汁をしっかり取るようにしているからだ。ベースとなる出汁さえしっかりしていれば薄味でも満足感ある料理になる。
コンソメの他に最近は昆布出汁とか乾燥キノコの出汁とか混ぜてるからね。その分手間はかかるけど。
最悪うま味成分……といってもグルタミン酸とイノシン酸くらいしか知らないが、それらを分離抽出して添加することも可能である。魔術は本当に便利だ。出涸らしがもったいないからやらないが。
出汁を取った昆布なんかも醤油もどきがあるおかげでちゃんと佃煮にして食べている。米問題は大麦を炊くことでなんとかしている状態だが。イメージだけで土鍋を作って試行錯誤して炊いた。なにせ数少ない参加できた学校行事の思い出の、小学校の遠足で経験した飯盒炊爨の経験をだけを頼りにやったものだから二十回は失敗している。だがその甲斐あって米っぽいものは食えるようになった。これは皆には公開していない。俺とミアだけのささやかな楽しみの一つだ。基本はエールの材料になるので大麦は市場に出回りにくいのである。家畜の餌として量り売りされているものを買い、分離の魔術で可食部以外を取り除いてからやっと食べれる状態だ。要するに五人分用意するのが面倒くさい。
麦飯が完成して、ミアに魚の味噌煮定食を作ってやったのが懐かしい。ちなみにその時俺が箸を作って使ったことでそれを見たミアが現在頑張って練習中。可愛らしい限りである。
思い出したら青魚の味噌煮食べたくなってきた。というか魚介。
「俺、明日エリエルに行ってきます」
「どうした急に」
「新鮮な魚介が食いたくなったので仕入れに」
俺がそう言うと、すかさずラッシュさんが「そういうとこだぞ、そういうとこ!」と言う。
「飯の仕入れに街越えて買いに行く冒険者がいるか! そんなんするのは王都の高級料理店くらいだ!」
「いやだって十日もかかるといくら冷蔵冷凍技術があっても鮮度が違いますよ」
「普通の冒険者は食材の鮮度とか言わないんだよ、普通の冒険者は」
そりゃ基本乾物で済ませますからね。酷いときは黒パンと干し肉だけ。
「美味いもん食いたいじゃないですか」
「それは分かるし否定もしないがズレてるのを自覚してくれ。端から見れば異常者だ」
そう言われて俺は考える。本州の人間が美味いもん食いたいからって北海道や沖縄に気軽に行くようなものかと。そう考えたら確かに異常か。いや、金と暇があったらやるか。
残念ながら異世界に来て金も暇もあるのである。あるどころか金に関しては有り余ってる。俺を止める理由にはならない。
「まぁ、とりあえず明日は俺朝からいないんで。飯は作り置きしておきますか? それともミアかイリスさんが作りますか?」
「えっ、なんであたし?」とミアが驚いた顔をする。
「え? いやだって飯作れるのは俺かミアかイリスさんだけでしょう?」
「あたしは連れてってくれないの?」
付いてくる気だったんかい。
「朝市巡るだけですよ? あと昆布は自分で取りますけど」
沿岸部に行った時は必ず海に潜って昆布を収穫する。この辺の国には昆布を食べる習慣が無いのだ。ちなみに食べる習慣が無いので名前もない。単にゴミとかクズ藻とか言われてワカメなどと一緒くたにされている。ちなみに板海苔も無い。材料が売っていれば自作するのだが、アオサに似たヌラナでは種類が違うのかうまくできなかった。一応リフリス内で別種の岩ノリのような海藻の群生地は見つけているのだが、単に収穫が面倒でやっていない。
「私が適当に作ります。シグルドに頼ってばかりではいられませんからね。修行しないと」
「じゃあ任せます。じゃあ晩飯まで空をぶらついてきますね」
そう言って俺はゲートを開く。目的地は秘密基地。俺が空と言ったのでミアはついて来ない。残念そうではあるが。
格納庫に向かいグレイハウンドに搭乗。ゲートを開いて基地直上へ。王国帝国上空を飛ぶのは情勢的によろしくないので最近は専ら島付近の北側海上を飛んでいる。
モバイル版と携帯機版を除くと十二作目に当たる、ナンバリングでいうと4のエンディング曲を古王の如く口ずさみながら悠々と空を飛ぶ。ここは高度七〇〇〇メートルの上空でもないし、揺りかごも飛んではいないのだが。
何とはなしに水平線の向こうに見えている白い大地を目指して飛ぶ。北極大陸。地球と同じくただの巨大氷山かもしれないが。まだ北極大陸は発見されておらず、地図にも載っていない。
氷の上に降り立つ。雪煙を上げながら俺は氷の大地を滑走する。生き物も、魔物すら居ない、死の大地。そこを一人で俺は走る。空間固定と体温調節の機能が効いているので寒くはないが、外の世界に出れば一瞬で凍てつくだろう。
両の手を広げて回転しながら雪煙を上げる。イメージは4の続編のオープニングの白き閃光。どこぞの学校のCMにも使われたらしいやつだ。
くるりとターンを極め、飛翔。眼下には、どこまでも白い大地。装備している速射ライフルを構えると、視界にロックオンカーソルと弾道予測線が現れる。俺は敵を幻視する。それは俺と同じ姿をしていた。
どうしようもなく自分を嫌悪する。俺は人を殺すことの恐怖を知っている。失うことの辛さはまだ知らないが、命の灯の儚さは身をもって知っている。だがどうしようもなく求めている。心躍る闘争を。ゲームのような戦争を。
空しい。自分がもう一人いればいいのだが。そうすれば、引きこもって一人でずっと遊んでいられるのに。
その願いが神様にでも届いたのだろうか。幻視していた俺自身の影が、ぐにゃりと揺れてその影を濃くした。
直感が反応する。
ドパンッと炸裂音をさせてグレイハウンドが身を逸らす。その隣を、漆黒の弾丸が通り抜けていった。
敵か? いや、俺と同程度の機体が作れたとしても操作技術が伴わないはず。だが明らかに攻撃をしてきた。なら魔物の類か?
加速された思考が一瞬で様々な可能性を想定するが、答えは出ない。事実は目の前に。ただ明確な敵がいるということだけ。
敵のミサイルランチャーが放たれる。俺はそれを引き付けて避けようとするが、敵機から飛んでくるライフル弾がそれを許してくれない。俺は一度緊急加速で銃口から逃げつつミサイルランチャーを引き離すと、ミサイルに向かって右手の速射ライフルを放つ。
爆発。その爆炎を浴びて装甲が煌めく。辺りに黒煙が立ち込めて、その向こう側からそれが飛んでくる。
弾頭が装甲に接触する。そして起こる大爆発。派手さに対して装甲にダメージは無いが、その衝撃で機体が空中で固まる。
「クソッ!」
俺はゲームと同じく癖で後方に緊急回避のブースターを二回吹かす。その一瞬で相対速度が落ちた弾丸は俺の装甲で火花を散らした。
索敵を密にする。それは感知範囲にいる。いつ現れたかも分からないそれに俺は狙いをつける。速射ライフルと貫通ライフルを乱射しながらミサイルを撃ち込む。ミサイルは弧を描いて飛んでいき、それは相手の軌道により回避される。だがライフル弾は着弾し、その装甲にダメージを与えていく。上下移動の着地を狙って着弾地点にグレネードキャノンを撃ち込む。
戦闘は空中戦から地上戦へ。雪煙を撒きながら互いに最高速で前進。ミサイルは互いに避けながら、ライフルを撃ち合う攻撃の応酬が始まる。背部武装は当たるものではないと割り切って使用をやめる。様相は近距離格闘戦になる。銃口を向け、それを弾かれ、同じことをされてし返す。着実にダメージは与えている。だがこちらにもダメージは蓄積している。
一度離れ、また近づきターンを極めながらその背を合わせる。
一瞬五作目のオープニングの最後のシーンのようだと思いながら、俺は振り返って俺は相手の胸部コックピットに貫通ライフルの銃口を向けた。そのはずだった。
「…………?」
目の前には、なにも居なかった。索敵にも反応はない。ただ氷の大地に、俺一人が火器をぶっぱなしただけのような痕が残っているだけ。
軽い頭痛を覚えながら俺は構えを解く。そこでは、どこまでも白い大地に凍てつくような風がひゅるりと吹きすさぶだけだった。
「……ということがあったんですよ」
夕食を皆で取り終えて再び秘密基地。その風呂場。ミアと湯船に浸かりながら、俺は北極の大地であったことを語って聞かせていた。
いつも通り背中を預けてくるミアを抱きながら、さっきの不思議体験を思い出す。あれはいったい何だったのか。幻覚でも見ていたのかとも思う。あの後秘密基地に帰って調べたグレイハウンドの損耗率は弾薬を除きゼロパーセントだったのだから。だが、あの向けられた殺意と内から沸き上がった高揚感は本物だった。ちりちりと肌を焼く感覚がまだ残っている。そう、あれはまるで、ゲームが現実になったかのような。
「シグルド、それ、自分と戦ってるみたいだったんだよね?」
肯定する。ちらりと見えた姿は、色こそ漆黒だったが俺のグレイハウンドと瓜二つだった。
「それと出会う前に自分と戦ってみたいとか思わなかった?」
「それは……。考えたような気がします」
「じゃあそれは妖精さんの仕業だね」
「妖精さん?」
ミアが言うには、俺が出会ったのはおとぎ話の妖精さんだということだ。能力はあるが人に認められなかった魔術師が、自分を求めてくれる人を求め、出会い、少しの時間を共にした後その出会い自体が夢のように消えてしまうというお話。だが魔術師にはその出会いの記憶があり、だが誰に話してもその魔術師はずっと独りだったという。この話が面白いのは、ただのおとぎ話ではなく実話であるらしいこと。似たような事例が報告されているということ。それは魔術師の願いを聞き入れ、泡沫の夢の中だけ叶えるという。それでついた名前が、魔術師の妖精。
地球なら精神疾患の類だが、ここは魔法のある世界。そういうのもあるのだろう。
「妖精か……」
その言葉を俺は口の中で転がす。
あれはそんな可愛らしいものではなかった。もっと根本的な何かだったような気がする。それにあれが願いを叶える存在だというのなら。俺は、心の奥底で殺し合いを望んでいることに他ならない。そうならば、俺は。いろいろ考えたことも、初めて殺した時の葛藤も、全て戯言だったことになる。
動悸がする。俺は腕の中に居るミアを抱きしめた。湯に付けないようにアップにした髪の下、いつもは陰になっていて日焼けしていない白いうなじに顔を埋める。
「ミア。妖精は願いを叶えてくれるんですか」
「そう言われてるね」
「なら殺し合いをした俺は、俺の望みは……」
「シグルド、ストップ」
ミアは自分の腹に強く巻かれていた俺の腕を取って導く。俺の手には、濡れてしっとりとしたもっちりした慣れ親しんだ感触。
なぜ胸を触らせる?
「何してるんですか」
「え? 好きでしょ?」
「いや、好きですけど、意味が分かりません」
「いつも意味なく触るくせに」
そう言ってミアは自分で俺に自分の胸を弄ばさせる。たぷたぷと肉と水面が波打った。徐々にミアの手の動きが止まり、だが波打つ水面は止まらない。俺は自分の意思でそれを弄ぶ。
「余計なこと考えなくなったでしょ?」
にしし、とミアは笑う。
確かにちょっと夢中になっていたし、なんかどうでもよくなったけど。
ミアは俺と対面すると、器用に俺と前後を入れ替えてしまう。谷間と水面に半分顔を沈め、背中と頭には手を回される。
落ち着く。
「ミアは俺の扱い巧いですよね」
「ずっと見てるからね」
「若干子ども扱いされてる気がしないでもありませんけど」
「じゃあ、子供じゃできないような気の逸らし方、する? 昨日も大丈夫だったし」
「ん? 大丈夫って何がです?」
「血」
「ち?」
ち……、ち……。血か。うん? 血?
別に血が出るほど俺がデカいわけでもミアが小さいわけでもない。最近はさらにピッタリしてきた相性抜群である。となると、結論は一つしかない。
「生理中ですか⁉」
「そだよー」
「もー。昨日しちゃったじゃないですか。分かってたら我慢したのに」
「いや、あたしのほうも我慢できなかったし」
あっけらかんとミアは言う。ミアは相当に軽い方だと公言してるし、それで体調悪そうにしてることも無いので本当なのだろうが、それはそれ。これはこれ。流石に気を遣う。
というかしたいがためにまた黙ってたなコノヤロー。
「ちゃんと言ってください」
そう言って俺はミアの胸を改めて揉む。微妙にいつもよりちょっと張っているような気がしないでもない。が、正直あんまり違いは分からない。
「これ痛くありませんか?」
「全然? でもあんまりその揉み方されると我慢できなくなるから、今日してくれないならやめてね? するなら続けて?」
「止めます」
俺はミアの胸から慌てて手を離す。いくら本人が大丈夫と言っているとはいえ負担がかかるのは事実。この世界ではできるなら生理中にはしないという意識は別に無いらしいが、俺は地球人なのでそうもいかない。どうしても前世の常識がちらつくのだ。
あと普通に大事にしたい。無理やりとか論外。まぁ無理やりされてるのは主に俺だが、それはそれとして置いておく。
「上がりますよ。後はベッドでゆっくりしましょう」
立ち上がって湯船に浸かったミアの手を取って引き上げる。裸体のミアを纏わりつかせたまま脱衣所へ出て、保湿液を塗るミアを横目に自分の髪を乾かす。そのあと下着だけ履いたミアの髪を乾かすまでがセットだ。その後は並んで歯磨きをする。鏡が無いので二人で見せ合い、確認。ちなみに歯ブラシはミアも俺もイノシシ毛派。歯磨き粉には細かい砂が入っているのでしっかり口をゆすがないとじゃりじゃりするのはご愛敬だ。コップ一杯の水を飲み、ベッドへ。さきにコロリと寝転んだミアが俺を誘う。
「あーあ、しばらくお預けかぁ。我慢できるかな?」
「我慢してください。この淫乱猫娘。……で、いつ終わりそうなんですか?」
「んー。今日で多分三日目だから、いつも通りなら多分あと二、三日?」
「終わるまでは出来るだけ安静にしておいてくださいよ?」
「冒険者だから今更だって」
「今更だからこそ言ってるんですっ」
「シグルドの愛を感じるー」とミアは俺の頭を強く掻き抱く。しっとりもっちりの胸に顔が埋まって息ができないので背中をタップ。緩めてもらった隙間からぷはっと息をつく。
「シグルド、しばらくしてくれないんでしょ?」
「とりあえず生理が終わるまでは」
「じゃあ痕つけて」
「はいはい。今日はどこですか? いつも通り胸ですか?」
「んーと……、今日はお腹ー。痕残ったら恥ずかしいから軽めにね」
ミアがそういうので俺は体を起こす。するとミアは寝間着にしているシャツの裾をまくり上げてそのくびれたお腹……というか綺麗なシックスパックを見せつける。
「相変わらずすごい筋肉してますよね」
「獣人族はこんなもんだよ。体質的に贅肉が付きにくいからね」
ミアはイリスさんが聞いたら泣きそうなことを言う。
俺は片手でミアの腿を押さえ、もう片方の手をミアの手に絡めるとその脇腹に口づけて強く吸う。ちゅぱっと音を立てて口を離せば、白い肌に残る痕。
「シグルド、ここにも」
そう言ってミアは少し下着の紐を緩めてずらし、下腹部の下の方、肉付きが良くなってきている部分を指す。
「それ我慢できますか?」
「我慢するから」
嗜虐的な目をしよってからに。
俺はため息をつくと、恥骨の上の肉を口に含んで吸う。もう何度も嗅いでいる濃い雌のフェロモンが鼻腔をくすぐった。
際どい所にキスマークを付けて俺はミアの引き締まったお腹をなんとなく撫でる。そう言えばお腹を撫でるのは初めてだと思いながら。
「ふひゃっ⁉」
「ん?」
撫でる。
「ひゅふぁ!」
もしかしてお腹撫でられるの弱い?
「お腹、駄目なんですか?」
「い、いや。分かんない。なんかこう、くすぐったさと羞恥心と幸福感がない交ぜになってすごい」
ただくすぐったい訳ではないのか。羞恥心ということは、お腹を撫でられるという行動が羞恥を煽っている? それに幸福感を感じるということはその状況を喜んでいる?
「ミア、お腹出して寝ちゃダメとか言われませんでした? その、はしたない的な意味で」
「あー、昔お母さんに言われた気がする。お腹を上にして見せるのは旦那様だけにしなさいって」
「ちょっと座ってみて下さい」
俺に言われるままにミアは座る。そのお腹を撫でるが、くすぐったいだけで羞恥心は無いらしい。腹を上にするのがダメだそうだ。
確かに軽戦士と言われて納得のノースリーブホットパンツの腹だしファッションが常のミアだが仰向けに寝ているところを俺以外の誰かがいるところでしているところを見たことは無い。
どうしたものかと逡巡する俺の前でミアはベッドにコロンと転がった。そしてまたシャツの裾を持ち上げて口元を隠すようにして見てくる。
「撫でて」
「嫌ではないんですね……」
「なんかこう、挿れてもらうのとは違う良さがある」
俺はミアの腹に手を置く。ぴくぴくと震えるミアを横目にさわさわと撫でる。自分では絶対に味わえないしっかり主張した腹筋の感触が面白い。
「んっ、んっ……、んっ」
「大丈夫ですか?」
「続……け、てぇ」
あれ、コレ感じてない? 羞恥心って言ってたし、Mっ気に火がついたか?
だいたいやられっぱなしなので珍しく嗜虐心をそそられた俺はミアの腹を撫で続けながら、耳元に口を寄せる。
「どうしてほしいですか?」
「……もっと、掌で、ぐってして」
「ここですか?」
「ん……んっ!」
「ここですか?」
俺は強めに腹筋をぐりっとする。軽くなぞる程度に爪も立てて。
「そ、う……あっ」
「ミア」
「な……に……?」
「好きですよ」
その瞬間、ミアが目を見開いて次の瞬間にはぎゅっと瞑った。ビクビクと強く震える体。腰を浮かしてのけぞり、ぼすんとベッドにその身体が落ちる。
やっべ、やりすぎた。
浅く荒く息をつくミアを見下ろす。ミアの身体からは雌のフェロモンが立ち上っているような気がした。
口から涎を零し、視線を腕で隠したミアがその腕をずらして俺を見る。恨むような、だが期待に満ちたその目は実に蠱惑的だ。
「なに……コレ。なにこれなにこれなにこれ! すっごい恥ずかしい! でも、すっごい満足感ある……。え、一回でこれ? 連続でやったらヤバい? ヤバいよね⁉」
ミアは大の字で力を抜く。俺を見て、顔を真っ赤にした。
「とりあえず、抱っこさせて。早く」
顔を背けて腕を伸ばすミアの胸元に収まる。いつもよりも格段に濃い匂いに包まれながら、俺はミアの背をさする。挟みこまれた腿がちょっと冷たい。
「すいません。もうしませんから」
「それはヤダ」
「えー。結構きつそうでしたけどまたやるんですか?」
「毎日……はたぶん壊れちゃうからたまにして。もう生理中なの隠さないから期間中は代わりにして」
きっと俺は困ったような顔をしていたと思う。
この日から、俺たちのやり方が増えたのは言うまでもない。
翌日の早朝。眠い目をこするミアを連れて港町エリエルの北門をくぐる。俺は普段の装備から軽鎧を外した普段着。ミアは王都でみた鍔広帽子に薄手のノースリーブワンピース姿だ。門をくぐるときにギルドカードでギョッとされるのはもう慣れた。
エリエルはロアを含む領地を治める領主の居城がある都市でもあり、また渓谷海を挟んで隣国に当たるダルニシア王国との貿易港、有事の際の軍港としても機能するためその規模は王国の辺境に在りながら王都並みに大きい。
俺とミアは腕を組んだままメインストリートを港の方へと向かう。すでに準備が整っている朝市の露店からの呼び込みが激しいが、それは全スルーする。エリエルに来た目的は魚介だ。野菜を買っても仕方がない。
「奥さん! ウチの新鮮野菜買ってってくれよ!」
「ごめんなさい。今日は旦那の付き添いなの。ね、あなた」
「付き合わせてすいませんね。一人で行くのも今思えば寂しいので、いてくれて良かったです」
目が覚めてきたミアが露店の主人から奥さんと言われたのを拾って俺に振る。前は違和感があったが、今は貫禄がでてきたのかあなた呼びされてもなぜかしっくりくる。
「あなた、魚を買ったら食事処か食べ物の露店に行かない?」
「あ、今日はそのままいくんですね」
「やっぱり違和感ある? 個人的にはなんかしっくりきてるんだけど」
「俺も今は違和感感じてませんよ。前はまだ付き合ってませんでしたからね。違和感はミアがこなれてなかったからかと」
「ふふっ。そう言われると嬉しいね。今はそうあることが自然体ってことだから」
「じゃあ俺もミアを嫁扱いしますか」
「何か変わるの?」
「……特には変わりませんね。気分的なものです」
「そか」
にししと笑ってミアは俺の肩に頬を乗せる。帽子の鍔がくすぐったい。その帽子の陰に隠れるようにして、俺はミアの頬に手を添えてその唇を奪う。
「これがシグルドの嫁扱い?」
ミアはその笑みを深くする。俺は「どうでしょうね?」と誤魔化した。
少しゆっくり目に歩みを進める。先の俺の行動でミアはとてもご機嫌。尻尾は上に上がってゆらゆらとくねっている。
エリエルはロアと違って潮の匂いが強い。だが磯臭さのようなものはあまり感じず、爽やかな感じだ。しばらく歩くと港に出た。貿易港のようで出航していく船や荷物の積み下ろしをしている船を見かける。船は木造の帆船。横にはオールを出す穴が付いている。隣は漁港のようだ。そちらの方から魚介系の店がある朝市が続いているらしい。
ミアと並んで漁港の朝市の方に行く。
「そう言えば何買うの?」
「メインは青魚ですね。ほら、前に味噌煮作ったでしょう? また食べたくなったんで。あとは貝とか、タイニークラーケンもあれば」
タイニークラーケンは普通のイカである。長らく海の巨大な魔物クラーケンの子供と考えられていたが、別種と判明して久しい。魚は捌いてもらい、ぶつ切りにされたものや三枚におろされたものを買う。またタイニークラーケンも捌いてもらう。また小樽一杯に入れられた二枚貝やヌラナを買い込んで行く俺の目にそれが止まる。
「失礼」
「らっしゃい。なんにする?」
「そこの貝みたいのって……」
「ああ、コンクラードシか。ほれ」
そういって店主が見せてくれたのはデカいアオイガイ。日本では馴染みが無いが、アオイガイは一応食用だったはず。なんでもタコと同じ味がするとか。
「食べられるんですか?」
「おうよ。味は見た目通りラードシに似てるぜ。ちょっと柔らかくて水っぽいけどな」
ちなみにラードシはタコのこの世界での相称。魔物はとりあえず食ってみる歴史があるのでタイニークラーケン同様普通に受け入れられている。
「普通のラードシはありますか?」
「わりぃな。今日はあがってねぇんだわ」
「じゃあコンクラードシをください。あ、処理してもらえると助かります」
「え゛っ⁉ シグルドそれ食べるの? それ貝だけど貝じゃないんだよ⁉ 貝なのにラードシみたいなんだよ⁉ キマイラ食べるようなもんだって!」
ちなみにキマイラは不味いことで有名。キマイラをはじめとするキメラタイプの魔物は不味いのがこの世界での相場だ。あとゴブリンやオークなどの人型も忌避される傾向にある。
「はっはっは! 嫁さんはダメみたいだな!」
「貝もラードシもクラーケンも元は同じ生き物ですよ。生きるために姿かたちが変わったんです。タイニークラーケンを捌いてもらったときに骨があったでしょう? あれ、じつは骨じゃなくて貝殻なんです。ラードシは貝殻が完全になくなった生き物で、コンクラードシはその貝殻を残した状態で生きてきたものですね」
地球の進化の話が適応できれば、だけど。だがドラゴンのような精霊種を除けばだいたい似たような生き物が多いので間違いではないはず。
解体所で見た脊椎動物系は相同器官あったし。コカトリスの手羽とジャイアントボアの前足とか。デカいから解体所で捌いてもらわないとキッチンで調理できるサイズにならないんだよね。
俺の言葉に、ミアと店主が「へーぇ」という顔をする。
「兄さん、学者さんかなにかかい? 全ての生き物は神が作りたもうた~みたいな話は全知全能の神様がこんな不完全なもの造るかって否定されて久しいが、そんな話初めて聞いたぜ」
俺もそんな宗教観初めて聞いた。あの神様なら不完全なもの造りそうだけどな。自分で杜撰な管理とか言ってたし。
「ただの冒険者ですよ。ちょっと人より変なことを知ってるだけです」
「そうなのか? じゃあよ、なんか異国のメシとか知らねぇか?」
「異国の料理、ですか?」
なんか急に話が変わったな?
「いや、ここのところどこの飯屋もマンネリらしくてよ。俺たち漁師にまでなんかいいメシ知らねぇかって聞いてくるんだ。冒険者なら何か知ってるかと思ってな。ギルドに依頼が出てるはずだから見て見な。ほれ、コンクラードシ。内蔵はどうする?」
「えっ、内臓って食えるんですか?」
「一般的じゃないが食えるぞ。茹でて食うのが美味い。まぁ、ゲテモノの域を出ないがな。臆さないから慣れてるのかと思ったが、初心者ならやめとくか?」
ちらりと横のミアを見る。手でバッテンを作っていた。
「やめときます」
「ははは。嫁さんには勝てんか。じゃあ俺がつまみに頂くとするよ。これだけじゃ売れねぇからな」
殻から外されたコンクラードシを受け取ってアイテムボックスに突っ込む。タコの唐揚げでも作ろうと思いながら。ワサビらしい植物も確保しているのでタコワサでもいいが、異世界なので食中毒が怖いので却下。ちなみにアニサキスなどの寄生虫はなんとサーチで確認できる。だがどのみち食中毒が怖いので生食はしない。だが刺身への情熱は消しきれなかったのでリフリスに居た頃から実験中。刺身は鮮度さえしっかりしておけば寄生虫だけが怖いと聞いたことがあり、また凍らせれば寄生虫は死滅するらしいので現在マイナス十度から五十度で魔術で急速冷凍してから寄生虫の生存状況を確認中。今のところ二十度以下で丸一日凍らせておけばだいたい死滅するという結果が出ている。実験に使ったのはシルバートラットと呼ばれる川魚。大きくなったものはキングトラットと呼ばれて大物狙いの川釣りの人気者らしい。ちなみに解凍すればもう食える状態ではある。
ちなみになぜか寄生虫や菌はアイテムボックスの生体を入れることができないという制約をすり抜ける。解せぬ。まぁ、菌はすり抜けてもらわないとキノコ類が入れられないのだが。ついでに言うと寄生虫だけを取り出してアイテムボックスに入れようとすると拒否される。おそらく寄生虫も含めて食材とイメージしていることが原因だと考えられるが、サーチで寄生虫を確認しながらシルバートラットの切り身を入れて見ても無駄だった。やはり解せぬ。
買い物を終えてミアと朝市を冷やかす。しばらく歩いていると浜焼きの屋台を見つけた。
「あなた、ここにしよう?」
あ、さっき崩れたけど続けるんだ。
「分かりました。どれにします?」
「もちろん魚だねー。焼きキャスを二つお願い」
ミアが頼んだのはアジの塩焼き。二十センチくらいのものが串に刺されて炭火で焼かれていく。しばらくするとぱちぱちと脂が炭に落ちる音といい匂いが漂う。鉄貨四枚を支払い、アジの塩焼きを受け取る。ミアが言うには旬らしく、乗りに乗った脂の甘みが塩味とふっくらした身の食感と相まって美味い。
「やはり港町で食べる魚は美味しいですね」
「はぐはぐはぐ……」
聞いちゃいねぇ……。
「ほんとにミアは魚が好きですねぇ」
「はぐはぐ、ごくん。……ん? 何?」
「あーもう。口元べたべたにして」
俺は口の周りについた魚の身を指で取って口に含み、腰のアイテムポーチからハンカチを取り出して口元の脂を拭ってやる。ミアは口元を差し出してされるがままだ。拭き終わったハンカチをアイテムポーチに仕舞う。ミアを見るとさっきのまま。一瞬考えたが、多分これだろうと当りをつけて顔を近づける。
唇を離すと、正解とばかりにミアがニヤニヤ笑いをしていた。俺はミアの帽子を上から押さえつけて視線を遮り、魚の残りを食べる。
「店の前でやんねぇでくれねぇかなぁ。他の客が寄りづらくなるだろうが」
浜焼き屋台の店主にお小言を言われたのでゴミを所定の場所に捨ててそそくさと退散する。
「怒られちゃった」
「ミアが強請るからですよ、全く」
「次どの店にしよっか?」
「……まだ食べるんですか? 俺もう腹いっぱいですよ?」
朝は物足りないくらいでちょうどいいのである。
「んー。じゃあ、あたしもやめとく。食べたいから食べてるだけで、量は足りてるしね」
「じゃあ最後の目的地に行きますか」
そう言って俺はミアを連れて街の外へ。人気のないところに行きゲートを展開する。ゲートの先には、岩場と海。ここはエリエルと違って強い磯の香りがする。やって来たのはリフリス帝国のとある漁村の近く。潮の流れは北から来るので海水温は年中低い。
「ミアはその辺で待っててください」
そう言って俺はパワードスーツを装着する。施した空間固定で水が入ってこないので潜水服がわりだ。あと何故か息苦しくなることはない。不思議である。
俺はざぶざぶと海に入っていく。そこは海藻の森だった。少し深いところまで行くと十メートルほどの昆布が密集して岩場に生えていた。それを十本ほど刈り取り、担いで海上に戻る。
「うわびっくりした」
昆布を纏わりつかせた俺の姿を見てミアがドン引く。俺は昆布を海水でざぶざぶと洗い、飛んで吊り下げながら分離の魔術でゴミと汚れと水分を取り除く。そうすればお手軽に乾燥昆布の出来上がりだ。
昆布をアイテムボックスに片づけ、俺は魔術で作った精製水を大量に浴びてからパワードスーツを格納する。
「というかあのツクダニ? ってやつ、もとはあんななんだ」
「そうですよ。こっちで見つかって助かりました。エリエルの方では見つからなかったので」
「コンブの出汁はおいしいよねぇ。あっさりだけど、あれはおいしい」
そりゃあ、うま味成分のかたまりだからな。
あと鰹節か鯖節も欲しいところだが、鯖っぽい魚を魔術で乾燥させただけではうまくいかなかった。まぁ普通に炙って食べると美味しいのでそのまま食べたが。発酵食品だったはずなのでやはりなにかしら発酵の過程を踏まないといけないのか、それとも何か必要な工程が足りないのか。知識が無いので分からない。まぁそのまま食べる用の煮干しはあるのでそれで出汁を取ればだいたい事足りるが。俺はいつも砕いてから入れている。理由は出涸らしがもったいないから。
「じゃあ自宅に戻りましょうか」
「エリエルのギルド覗かなくていいの? 漁師のおっちゃんが言ってたやつ」
「俺の領分じゃないでしょう。興味もありませんし」
「料理に凝りだした冒険者とかいううってつけの人材が何か言ってる」
「まぁ、いいじゃないですか。帰りますよ」
そう言って俺は自宅へのゲートを開く。炬燵にでも入ろうと思って和室に入ると、ラッシュさんがコタツに下半身を突っ込んで気持ちよさそうに寝ていた。
炬燵で寝たら撤去すると言っていたが今回は許す。だってイリスさんが膝枕してたから。
「二人で同じ顔しないでくださいっ」とイリスさんが小声で言いながら腰から下を一切動かさずに暴れるという器用なことをする。俺とミアは揃って自室に退散した。ミアは普段着に着替えてから俺の部屋にやってくる。
俺のベッドに腰かけて、ミアはさっきの光景を思い出したのかふふっと笑う。
「ラッシュ、安心しきってたね」
「なかなか見ませんね、あの姿は。基本物音で起きる人ですし。ラッシュさんがあの状態で寝たとも考えられないので。イリスさんに免じて炬燵撤去はナシです」
「シグルドが膝枕してくれたらあたしも寝ていい?」
「膝枕くらいいくらでもしますけど、炬燵で寝るのは許しません。風邪ひくから」
「じゃあして?」というミアに負けて俺はベッドの上で正座する。その腿の上にミアが頭を乗せた。
「硬い」
「そりゃ男ですから」
あとなんかしっくりこない。互いにそう思って役割を変えてみるが、これもしっくりこない。
「なんだろう、違う気がする」
「俺もそう思います」
俺がそう言うと、ミアは俺の頭をベッドに落として俺の横に寝そべる。そして俺の腕を頭で人質にとると、俺の足に自分の足を絡める。俺はミア猫耳の間に顔を埋めて背中に手を回した。
「あー、なんかすごいしっくりくる」
「俺たちはやっぱりこのスタイルですか」
「それかこうじゃない?」とミアに仰向けにさせられた上に身体を重ねられる。
ミアは俺の首筋に口をつけてもぐもぐしている。俺は俺でミアの背中をまさぐる。胸に巻かれたさらしの奥。縁は盛り上がり中央は凹んだ三本の傷跡をなぞる。
「ぷぁ……。シグルドってよくあたしの背中の傷撫でるよね?」
「嫌でしたか?」
「嫌じゃないけど、なんかむず痒い。すごい撫で方が優しいから」
「ここ触るときはなんかそうなるんですよ。特に意識はしてません」
そんな会話をしていると、下階でノックの音が響き俺たちの在宅を確認する声。和室の方で「どぅわっ⁉」というラッシュさんの驚愕の声が聞こえる。あと何かをぶつけたような音も。
多分わたわたするだろうなぁと思いながら俺はミアを退けて玄関に向かう。ちなみにリューグは居ても居なくても関係ない。居留守常習犯だからだ。必要最低限以外の会話を避けているともいう。
「はいはい、いますよっと」
扉を開けると、冒険者ギルド職員のメロさんが立っていた。
「シグルドさん、こんにちは ……ラッシュさんはじゃないのは珍しいですね?」
「こんにちは。いえ、いますよ。いまちょっと出られないだけで」
「そうですか。まぁ、こちらとしてはシグルドさんが居てくれた方が都合が良いのですが」
ん? 俺?
「何か俺に用事ですか?」
なんかやらかしただだろうか。魔装機兵のことならもっと前に怒られているはずだし、それ以外になんかやらかした覚えはない。趣味の散歩も場所を選んでるから情勢に影響を与えることも無いはずだし。
「あの、ミスリルの方にこんなことを頼むのはたいへん恐縮なのですが……」と言ったメロさんのお腹がくきゅ~と可愛らしく鳴った。
真っ赤になるメロさん。俺は苦笑いを向けると「何か食べていきますか? 俺の作り置きですけど」と少し早めの昼食に誘う。
「え、いいんですか? こちらとしては確認ができるので都合がいいですけど」
「都合がいい?」
奥のダイニングに案内しながら俺は聞き返す。そして俺がキッチンに入ったことを目ざとく察知してわらわらと湧き出てくる我が家族たち。
あの、客人がいるんですけど。
「あ、メロじゃん」
「お邪魔してます」
適当に席に着いたのを確認し、俺は鍋を取り出す。中身は味噌チャウダー。なんかそういう味噌の使い方あったなと思って作った奴だ。あと牛乳ものなのでなんとなく早めに消費したい。俺のアイテムボックスに入れている限り腐ることは無いが、気分的な問題。
アイテムボックスから出した時点で湯気が立っていたのでそのまま出しても大丈夫だと判断。火を入れていないかまどに鍋を置いて器によそう。
「お、味噌牛乳鍋か」とラッシュさんが食べやすいように切っておいた黒パンを入れたバスケットを保管庫から取り出してテーブルの上に置く。イリスさんは保管庫から炭酸の瓶を取り出している。テーブルの上にはウシュベの酒瓶。意気揚々と俺が趣味で作ったアルミ製のコップに氷を入れているのはもう見なかったことにする。ラッシュさんがなんとかするだろう。
ちなみにこのコップ、アルミが耐腐食性の高い酸化被膜を作ることを知っていた俺が試しに作ってみたところ酸化皮膜は酸化していないアルミに対して硬いことが分かったので耐久性も十分と判断し作った次第である。
でも展性延性は失われているだろうから熱変化には弱そう。
金属製のゴブレットとかあるみたいだし、あっても問題あるまい。一般家庭にあるものではないが。
「メロも飲みますか?」
「いえ……。私は一応勤務中ですので」
「昼飯にエールをいくやつもいるだろうと言いたいが、イリスのそれを勧めるのは駄目だろう。流石にきつ過ぎる」
「八対一くらいなら大丈夫じゃないですか? 私は一対一ですけど」
「あ、そっか。割るのか。なら大丈夫か。俺は、これにはワインだな。白のボトルは……あったあった」
そう言ってラッシュさんはこれまた俺特製の石英製ワイングラスを持ち出す。
この酒飲み共め。
ちなみにミアとリューグはこれまた勝手に炭酸オレンジのボトルを開けてグラスに注いでいる。メロさんにも勧めるようだ。
「あの、わたし今お酒は……」
「これはお酒じゃないよ。濃い果実水みたいなもんだから大丈夫」
「はぁ……」
我が家の食卓に困惑気味のメロさん。とりあえず準備が整ったので俺とミアはいただきますをしてみんなで食事をとる。
「相変わらず美味いよなー、シグルドの飯は」
ラッシュさんはスープを飲み、ワインを口に含む。イリスさんは一対一のハイボールを一気に煽った。
「シグルド、揚げ物ありません?」
もー、昼間っからハイボールとか飲むから!
「揚げれば野菜の天ぷらがまだありますけど」
「つくってください」
「えー、面倒な。自分で作ってくださいよ」
「私がやるとサクッとならないんですよ!」
「シグルド、あたしもほしい」
その言葉に俺はキッチンに立つ。
「ミアのお願いはすぐ聞くんですね……」とのつぶやきが聞こえたが無視だ。
俺は五分ほどでニンジンの天ぷらの残りを揚げきり、テーブルに置く。
「シグルド、あたし天つゆがいい」
「……塩じゃ駄目ですか?」
天つゆを巡る攻防をしているとラッシュさんが「天つゆってなんだ?」と聞いてくる。
ミアにしか出してなかったから隠しておきたかったのだが。
ちなみに日本酒やみりんがないのでその辺はいつも超辛口の白ワインと蜂蜜で代用している。そのため原価が地味に高い。
あ、リューグが期待した目で見ている。これはもう逃げられんわ。
意外と食事に関する圧はリューグが一番強い。実際は圧というか、雨に濡れた犬のようなしょんぼりした目で見てくるだけなのだが意外とあれが堪える。
俺は器に天つゆを注いで皆に配る。大根おろしも添えて。
イリスさんは酒が止まらない。ラッシュさんは大根おろしを追加でお願いしてきた。リューグは無言だが満足気に食っている。ミアはいつも通り食いつくす勢い。メロさんは、どういう表情か分からない。
そういえばずっと静かだな。
メロさんはフォークを置くと、俺に強い目線を向けた。
「なんですか?」
「私は確信しました。やはりこの件はシグルドさんにお願いするべきだと」
「そう言えば何か俺に用があるような話でしたね……。面倒事は嫌ですよ?」
「面倒事と言えば面倒事なのですが……、とりあえずこちらを」
そう言ってメロさんは腰のポーチから折りたたまれた紙を取り出して俺に渡す。
「エリエルの名物となる料理の募集。依頼主は……ベルゼ・アーデルハイド……ってことは貴族絡みですか?」
「その依頼って今朝漁師ののおっちゃんが言ってたやつじゃないの? それこの辺の領主様の名前だし」
ミアが最後の天ぷらを口に入れながら言う。
「たまにあるんですよ、こういう依頼。何か目新しいものないかっていう……」
はぁ、とメロさんはため息をつく。
「元はエリエルの依頼でしょう? なんでロアで受け手探してるんですか……」
「先ほどのミアさんの発言といい、エリエルでその現場を見て来たみたいな言い方が気になりますが……。この手の依頼は受け手が居ないんですよ。そもそも本職が匙を投げた問題ですからね。それにロアとエリエルは同じ領主を頂く都市です。ほかの都市よりも強い協力関係があるので」
「で、なんで俺に?」
「ポタタの薄揚げの件でその筋では有名ですよ? シグルドさんがすらいさー? っていうのを製品登録してくれたおかげで出す店も増えましたし。でもシグルドさんが直接教えたらしいっていう跳び兎亭のパリッと感がないんですよねぇ、他の店」
多分乾燥が足りてないな。
「……なんか詳しいですね、メロさん」
「誰が斡旋する食事処の情報を仕入れてると思ってるんですか」
おかげでお腹周りのお肉が気になるという副音声が聞こえた気がする。
「あとそれのせいでもあるんですよ、この依頼」
「と、言うと?」
「ロアでポタタの薄揚げが流行ったもんで、エリエルでも何かーって領主様が。一応、あっちがお膝元ですし。というわけで、なにかみんなが知らない魚料理のレシピありませんか?」
「ありますけど……」
刺身が。
「ほんとですか? 材料が高いとか、調理に技術がいるとかじゃないですよね?」
「美しく見せるには技術と切れ味のいいナイフが必要ですけど、特には。あ、でもアルベーヌ領で見たわさび……じゃなくてバラッフが欲しいです」
ワサビの殺菌作用は馬鹿にできない。
「食べます?」
「すぐできるんですか?」
「一応」
「ご迷惑でなければ」
そういうメロさんに俺はテーブルの上にまな板を持ってきてシルバートラットの凍った短冊を取り出す。それを一部切り取り、魔術で解凍。ただ対象の温度を変えるだけの魔術だ。系統は火または水及び氷のいずれかのものとなる。訳が分からないが、温度を上げるときは火属性に該当し、冷やす場合は水、零度以下なら氷となるややこしい魔術だ。同じ魔術なのか別の魔術なのか議論がされているが、現在では別の魔術とするのが一般的見解である。だがイメージは全て同じなので俺は一つの魔術として扱っている。
そういえば肉や魚の解凍の際は汁が出るものだと思っていたが、あまり出なかったな。何故だろう?
少し出た汁気を布で拭き取って短冊に特製の刃の薄いナイフを入れる。これは俺が市販のナイフで肉が切りにくかったことにキレて作ったものだ。分厚いナイフは料理に向かない。
それを造っておいた焼き締めの刺身用の醤油入れがついた角皿に盛り付け、横に西洋わさびっぽいバラッフのおろしを盛り、所定の位置に醤油もどきを入れる。
見た目は発色の悪いサーモンの刺身。地球の刺身はそもそも養殖だったりで発色を良くさせているので天然ものならこんなもんだろう。
「できました」
全員の目が点になる。何言ってんだコイツという目だ。
「し、シグルド、さん? これは一体……」
「刺身です」
ぎこちない動きで尋ねるメロさんに俺は答える。
「煮るとか焼くとか揚げるとかは?」
「刺身ですから。そんなことしませんよ」
「これで、完成?」
「ツマもありませんし多分味は若干違いますけど。まぁ、一応」
「生、です……よ?」
「刺身ですから」
メロさんが皆の方を向く。皆は勢いよく首を横に振った。
「あ、そうだ、忘れてた」と俺はアイテムボックスから日本酒代わりに使っている超辛口の度数高めのワインを取り出す。それを焼き物の練習で作ったぐい呑みに注ぎ、添える。
「よし」
日本酒ではないが気分的な問題だ。
俺は席に着く。刺身は厚さ不揃いのものが十切れほど。サーチで寄生虫が居ないのは確認済み。病原性の菌や細菌による食中毒は怖いが、それはこんな中世チックな異世界では今更の話。
俺はアイテムボックスからマイ箸を取り出して、刺身にワサビを乗せてから醤油もどきに付けていざ実食。
「まてまてまて⁉」
俺の手を取ってとめたのはラッシュさん。
「生はだめだろう、生は!」
「激安屋台の謎肉よりは安全ですって」
「生の魚や肉には腹下す虫がいるんだよ! 常識だぞ⁉」
「知ってますよそのくらい。だから新鮮なのをすぐ冷凍してわざわざ殺したんですから」
「何言ってるか分からんがそんなもの食わせられるかぁ‼」
「実験に実験を重ねてやっとここまでこぎつけたんです! 食わせろぉ!」
食うタイミングを計ってたのもあるが、この機を逃したらまたしばらく踏ん切りがつかない気がする。
ギリギリと俺の手に握られた箸につままれた異世界刺身が俺の口へと近づく。膂力ではラッシュさんに完全に負けているが、身体強化を使えばその差は覆る。徐々に俺の口へと近づく刺身。
ぱく。もぐもぐ。
「あぁ! 食っちまった!」
ラッシュさんがおろおろしている。他の皆は俺の行動にドン引きしている。だが俺はぐい呑みに入れたワインをきゅっと煽った。
味は悪い。ワサビの風味も違う。だが、刺身だ。このとろけるような生の魚の口当たりは忘れもしない。
「う」
「どうした⁉ 腹が痛いか⁉」
「うまい」
もう一切れつまみ、今度はバラッフを醤油もどきに溶いてつける。再び口へ。こちらの方がワサビの風味がちょうどいい感じだ。俺はまたワインを一口。
刺身、ワイン、刺身、ワイン。五切れ目を行こうとしたところでそーっ手が伸びてきた。
「ミアも食べますか」
「シグルドの食べてるものをあたしが食べないわけにはいかないよね?」
別にそんな覚悟完了しましたみたいな顔してまで食べなくていいのだが。
「無理してませんか」
「してる」
「なら」
「でもシグルドがそれ食べてる時に食べさせてもらえないのはヤダ!」
恐るべきは食い意地か。流石に俺もずっこけそうになる。
「ミアは肉にバラッフ結構付けましたよね」
ちょっとバラッフを多めに刺身に乗せ、醤油もどきにたっぷりめにつけてミアの口元へ。ミアは少し逡巡した後、勢いよくぱくっといった。ちなみにラッシュさんはもう何も言ってこない。食あたりの治療や症状、潜伏期間、死亡率についてイリスさんと話している。
当たる前提で話されるのも気分がいいものではないな。
ミアはもぐもぐと刺身を咀嚼し、ごくりと飲み込む。
「お」
当たったか? とラッシュさんが身構える。
「美味しい!」
ミアの顔がパアァッと輝く。
「トロッとしてて魚の甘みもしっかりあって焼き魚とも煮魚とも全然違う! 美味しい! 生魚ってこんな美味しいの⁉」
「だからって川や海で取った魚をそのまま食べたりしないでくださいね。ぜったいお腹壊しますから」
ミアならやりかねない。そんなことが出来るのはダンボールをこよなく愛する潜入工作員の裸の蛇の人だけだ。アロワナを生で食って寄生虫の事を指摘されも「よく噛めば死ぬ」と言い切ってたし。というか作戦中ずっとキノコとか魚とか肉とか生で食ってたし。
「シグルド、次。あー」
「はいはい」
先ほどと同じようにしてミアの口元に刺身を運ぶ。ミアは俺のぐい呑みを奪いつつ刺身を食べ続ける。残りの六切れは、全てミアの腹に収まった。
「……ミアさんとシグルドさんはいつもあんな感じですか?」
「概ねそうだ。だいたい飯は食わせ合ってる」
「噂はほんとなんですね……。シグルドさん、ギルド職員内でも競争率高いんですけど、付け入る隙ないですねこれは。本気になってる職員がいっそ可哀そうです」
「あー、ギルドにはあんまり一緒に行かないからな。まだ狙ってる奴いるのか。普段からベッタベタだぞ、こいつら」
「残念ながら、シグルドさんは誰に対しても甘いので奪おうと燃えてる子が数人いますね」
「メロ、それ後で教えてね。危険人物として覚えとくから」
ミアがいい笑顔でメロさんの方を向く。メロさんの顔が「ヒィッ」と強張った。
「俺、ギルドで惚れられるようなこと何かしましたっけ?」
「ミスリルに上がったのが最たる要因ですね。後は物腰柔らかいですし、言葉遣いも丁寧ですし。ちゃんとお礼とかも言ってくださいますしね。当然かと。それで言うとラッシュさんも競争率高いんですけどね……」
「俺もか⁉」
「ええ。ただイリスさんの酒場での行動が相当の牽制になってますので、本命にしてる子は少ないですね」
「いることはいるんですね?」と今度はイリスさんが良い笑顔をする。背後からそのオーラを浴びたメロさんはその身を硬直させた。
俺とラッシュさんはそれぞれの相方に委縮させるなと脳天にチョップを入れた。
「あだっ」
「あいたっ」
だがミスリルに上がっただけでモテるのか。まさにハイスぺ男に寄ってくる女の図。
だがミスリルランクってハイスペックなのか? 自分を鑑みるとどうにも変人の集まりのイメージが強い。ラッシさんは人格者だが正直一般からは逸脱してるし、ジャックさんにいたっては実力はあっても初心者冒険者の匂いを嗅ぎ分ける変態だ。いや、基本人格者ではあるから人気なのか。……俺も人格者なのか? 疑問だ。
「で、刺身で依頼を引き受けていいんですか?」
「え? いや、流石にそれは……」
「んじゃ、たたきとかどうですか?」
朝市でカツオに似たヴァニトゥーラという魚を見つけて切り身を買っている。これも刺身にしようかと思ったが、たたきでもいいな。確か最初に塩振って置いとくんだっけ。肉と似たような処理だと思った記憶がある。
「たたき、とはどんな料理ですか? また生じゃないですよね」
たたきの概要を説明する。
刺身と同じ処理をして寄生虫を殺したヴァニトゥーラの切り身に塩を振ってしばらく置き、強火で焼いて表面がしっかり焼けたところで取り出して冷水で締める。後は切り分けてお好みの薬味を乗せて醤油もどきにラモン汁を混ぜたポン酢みたいなものを添えれば完成だ。まだ構想の中だが、一年以上料理はしてきたのでだいたい味は想像できる。ミョウガは無いがショウガは市にあったし。
「なんで焼いたのを冷水に入れるんですか?」
「中まで火が通りすぎないようにです。焼き魚とは違うんで」
「火が通らないって、やっぱり生じゃないですかぁ!」
「肉も血が滴るようなレアステーキとかあるじゃないですか! 何が違うんですか!」
その言葉にメロさんはぐっと詰まる。ああは言ったものの中心温度に差があることを俺は知っている。だがそれは言わぬが花だ。
というかレアステーキが良くてたたきがダメな感性が俺には分からない。中心温度とか殺菌とかの概念も無いし。肉切った包丁とまな板でサラダを作ったら腹下すぐらいの認識はあるそうだが。あと煮沸消毒の概念はある。湯冷ましの水、というものがあるくらいだし。この世界に来て初期の頃、普通に井戸水を飲んで腹を下した思い出が蘇える。あれは異世界ギャップの一つだった。生水を飲んではいけない。絶対。
メロさんがたたきは候補に入れると渋い顔で言ったので、後日改めて実食ということで一旦お帰り願った。依頼としては受けていない。この手の依頼は案を出しても受け入れられない場合が多いので完成品を持ち込んで認められ、そこで初めて受注、即完了となるためだ。俺は一旦秘密基地へと戻って専用の刺身用冷凍庫、確実を期すために一番強力なマイナス五十度設定のものにヴァニトゥーラの切り身を全部放り込む。その他刺身にしたいものを幾つか放り込んでおく。
ちなみに刺身はミア以外には受け入れられなかった。美味いのに。
「シグルド、たたきも美味しいの?」
当たり前のように秘密基地にいるミアが問う。
「薬味が得意かどうかに寄りますね。癖強めのハーブでも食べるミアなら美味しく頂けると思いますが」
「じゃあイリスが苦手なやつだ」
「どうでしょう? 味自体はさっぱりしてますから。でも個人的には米が食いたくなるんですよねぇ」
「あのシグルドがバリーネで代わりにしてる奴?」
バリーネとは大麦のことである。ちなみに小麦はウィートルという。
「そうです。米、というかイネ、どこかに生えてないかなぁ……」
そう言いながら俺は麦飯を炊く。基本的に俺は昼から自宅に居ない。主に自分がミアとイチャつくためと、ラッシュさんとイリスさんがのんびりする時間を作るため。リューグもその辺慮って出かけたりしているそうだ。
「シグルドよくそれ言うよね。商業ギルドでも見つからなかったの?」
「商業ギルド?」
「あり? まだ探してなかった?」
「どういうことですか⁉」
ミアが言うには、様々な物品の販路や流通を牛耳っている商業ギルドに聞けば情報ぐらいあるのではないかという話。
そういえばギルドは国を越えた組織。この国では取り扱っていない商品を知っていてもおかしくはない。
「盲点だった……‼」
俺は膝から崩れ落ちた。
「今から行ってきます」
「今から⁉」
「一刻も早く情報が欲しい」
麦飯を炊き終えた俺はゲートを開く。ミアはイチャつく時間を取られて若干しょんぼり顔でついてきた。一階に降りると、風呂上がりらしいラッシュさんと鉢合わせする。
「どっか出かけるのか?」
「シグルドがコメを探すって聞かなくて……」
「コメ?」
ふてくされてたミアが大麦のことも含めてことの経緯をすべてラッシュさんに話す。
「てことは何か? お前らだけで美味いもん食ってたと?」
「ラッシュさん。まず突っ込むのがそこですか。あとそんなに美味しくないですよ」
正直味は悪いとしか言いようがない。
「そんなことはどうでもいいんだよ。そのムギメシ? っての、今度食わせてくれ。で、そのコメ? イネ? ってどんなやつだ? もしかしたら知ってるかもしれんし」
イネの説明か。改めて言われると難しい。イネってどんな植物だっけ?
「ウィートルとかバリーネの仲間と言えば仲間なんですけど……。田んぼっていう泥が底にある浅い池で育てます。あ、いや、畑でも育つか? で、ウィートルと違ってあの毛のようなものが無かったと思います。あと穂が垂れます」
「それ、ウィートルと違ってそのまま殻を剥いたものを水が無くなるまで煮て食ったりしないか?」
「多分それです!」
というかやっぱり何でも知ってるな、この人は。始めから聞いときゃ良かったッ。
「確か……、南方の国のどこかでそんな食べ物を主食にしている国があるらしい。この辺はバリーネで味噌や酒を造ってるが、そっちではその植物で作ってると聞いたことがある」
それやっぱり絶対米だ。
「ありがとうございます。その情報を元に商業ギルドで探してもらってきます」
「今から行くのか?」
「一刻も早く欲しいので」
「商業ギルドに行くならついでに口座の更新はしとけよ? お前、多分とんでもないことになってるだろうから」
「とんでもないことって、どういうことですか?」
「お前なぁ。魔装機兵の登録したろ? あれ、武器も含めて設計図としては相当な金額設定になってるじゃないか」
魔装騎兵とその関連製品は込められた魔術の量がとんでもないので魔道具の質としては一級品どころの話ではない。その価値や危険性から商業ギルドの方から本体の方は最低でも金貨五十枚、武器の方は金貨百枚からにしてくれと商業ギルドのギルドマスター直々に言われたのでその最低価格で公開している。武器の方が高いのは人間用の兵器に転用可能であるからである。
思い出したら頭が痛くなってきた。金はあって困るものではないと言うが、使い道に困るのが現状である。前はクエン酸リンスなどの風呂関係で金貨三千枚強。はたして風呂も石鹸も普及しだした今、それだけでもどうなっていることやら。
「まぁ、とりあえず行ってきます」
「おーう」
俺はミアと連れだって家を出る。そのまま歩いて商業ギルドに向かう。
「口座の更新をお願いします」
「承知しました。確認いたしますので少々お待ち下さい」
口座の更新は一括管理している商業ギルド本部への問い合わせが必要になる。すぐに終わるが、ATMほど早くはないので本題も済ませることにする。
「あと商品の問い合わせをしたいのですが……」
「承知しました。……ねぇ、ちょっと。このギルド証の口座更新をお願い。お待たせしました。どのような商品をお探しですか?」
「食料品なんですけど……」
俺はラッシュさんから聞いた話と合わせて米の話を受付嬢にする。
「大陸南方の穀物ですか……。穀物として登録されているのはウィートル、バリーネ、メイズィル、イスラ、ヴィスウィートル、ソーヤ、ショウズ、カノラの種、セミサン、イユレソの種の十種になります」
この中で知ってるのは六種類。ウィートルは小麦、バリーネは大麦、メイズィルはトウモロコシ、ソーヤは大豆、カノラは菜の花、イユレソはヒマワリだ。セミサンはなんとなくゴマ感がするが、現状だと不明。となるとイスラ、ヴィスウィートル、ショウズ、セミサンのどれかが米に該当するはず。
「この中で南方のみで栽培されているのはイスラとショウズになりますね。私も不勉強でこの場ではこれくらいしか。申し訳ありません」
それだけ空で言えれば十分だと思う。
これでさらに絞れた。その二つのサンプルか絵か何かないか聞くと、受付嬢は待合でお待ちくださいと言って資料を探しに行ってくれる。俺は大人しく冒険者ギルドと同じ作りのオープンな待合席に着いた。
「ありそう?」
「希望はまだあります」
しばらく待つと、受付嬢は分厚い本のようなものを持って来た。本というか、紙を紐で閉じたもの。装丁はされておらす、ページの差し替えや追加が出来そうなつくりだ。
「それはなんですか?」
「各ギルドに置いてある商品カタログですね。これは食料のみを集めたものです」
そう言って受付嬢はページをめくる。中身をチラ見したところこの世界のアルファベット順になっているらしい。
「えーっと。まず……、あ、ありました。こちらがイスラになります」
そう言って差し出されたカタログに載っていた絵は、小粒な種が鈴なりになった、重く垂れた稲穂。加工品の欄には酒、味噌、酢、油など。
米だ。絶対に米だ!
「多分探してるのこれです! このイスラ、取り扱いは⁉」
「こちらの方には流れてきてませんね。ちょうどこのライクロイック王国の反対側に位置するトメーキア王国とその属国のメレシア公国で細々と栽培されているので、その二国と周辺国にしか流通はしてませんね」
「取りよせとかできませんか?」
「海上輸送ですから湿気でカビますよ?」
その言葉に俺はしゅんとなる。だが米への渇望はこの二年ほどでつもりに積もっている。俺は自前の世界地図を広げてトメーキア王国とメレシア公国の位置を確認して、商業ギルドを後にした。なお確認した口座の中には金貨八千枚。どこまで増えるのだろうか。
「どうするの?」
「旅に出ます」
「メロの持って来た魚料理の件はどうするのさ?」
そうだった忘れてた。
「それが終わり次第発ちます」
「今度は置いてかないでね」
帰り道。するりと腕を絡めるミアの頭を、俺はそっと撫でた。
翌々日。再び我が家へ招待したメロさんにヴァニトゥーラのたたきを見せたら案の定怒られた。その隣で昼飯時だとわらわらと集まって来た皆にサバの味噌煮とラッシュさんご注文の麦飯、ヌラナの味噌汁を出すとメロさんがそれに反応。サバの味噌煮定食をメロさんの分も用意して食べさせると「こんなのがあるならこれでいいじゃないですかぁ!」と怒られた。
そう言えば味噌はスープの調味料としてしか利用されてなかったな、この国。よく考えたら味噌煮込みとか見たことないわ。
サバ、もといマローカの味噌煮込みとマローカの味噌煮定食の概要をしたためて冒険者ギルドへ行き、その場で受注、完了。後日聞いた話によると、エリエルの食事処はこぞって味噌煮込みを作るようになり、味噌煮はエリエルの名物料理になったらしい。




