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17 決断

 帝都リリーゼまであと一日と言った距離。俺たち金獅子はいつもの通り街道の脇で野営の準備をしていた。テントは三張。新しい三人用テントは片づけ、古い二人用テントが二張と俺が一人旅用に購入していた一人用テントが一張張られている。割り当ては言うまでも無いだろう。ちなみにテントの割り当て変更に際して反対一、賛成二、中立一、興味なし一だった。ラッシュさんは最後までごねていた。俺は諦めの境地だった。

 俺は夕食の鍋をかき回す。今日のメニューは作り置きのポトフっぽい具沢山スープ。温めるだけ、と言っても元々温かいのですぐできる。その前に焚火で焼いていたイノシシの串焼き肉もいい感じになって来た。

「夕飯ができましたよー」

 俺の声に応えてみんなが焚火の近くに寄ってくる。皆に串焼きとスープを配って俺も腰を落ち着ける。

「いたきます」とミアと二人で言って食事に口を付ける。前にミアに意味を尋ねられて命を頂くという意味であること、あと食後のごちそうさまも食事に関する感謝を伝える意味であることを説明したところ真似し始めた。

「シグルドの飯は今日もウマいなー」とラッシュさんが言う。だがそれは良くないことだ。

 隣を見て下さい。イリスさんが器とあなたの顔を見比べてしょんぼりしてるから。あ、気づいてフォローした。何か囁かれたイリスさんは何かを決意したような顔で俺のスープを飲んで元気に考え事をしているから問題なさそう。

 俺はスープを啜りつつ黒パンを齧る。

 そういえばそろそろ作り置きのコンソメスープが無くなりそうなので補充したい。あと野菜ペースト。ゼルでは忙しかったからそんな所ではなかった。

 俺はポトフもどきの鍋を片付けてコンソメスープの鍋を火に近づけてコトコト弱火で煮込む。ただコンソメスープを作っているとラッシュさんがそわそわするのが難点だ。ラッシュさんはコンソメの出涸らしでつくるつくねが好きだから。

「今日はつくねは出しませんよ」

「いや、分かってる。分かってるぞ」

「はぁ。他に食べたい人はいますか」と俺が訊ねると元気に手が上がる。誰かと問うまでも無くミアである。

 フライパンを出して作っておいたつくねハンバーグのタネを二つ焼く。ラッシュさんとミアは黒パンを出して意気揚々と横半分に切っているのでアイテムボックスからトマトペーストも出しておく。残り少ないので使い切ってもらおう。

 ミアとラッシュさんが即席ハンバーガーにかぶりつく。ラッシュさんはいつも通り上品に食べているが、ミアは欲張ってトマトペーストを入れすぎたのか口元にソースが付いている。

「あーもう。ミア、ちょっとこっち向いて下さい」

「ん?」と顔を向けたミアの頬についたソースを指で拭って自分の口に運ぶ。自分で言うのも何だがちゃんとソースになっていて美味い。それを見たイリスさんがラッシュさんの顔をじぃっと見るが、ラッシュさんが頬にソースを付けることは無いだろう。

 食事を終えて順番に自宅へ。風呂の時間だ。家の風呂はミアが乱入してこないのでゆっくりできる。そのため最近、俺が唯一一人きりでいられるオアシスと化している一面がある。

 俺は湯船で伸びをし、だらりと身体を弛緩させる。縁に頭を乗せてゆったり長風呂モードだが、野営中なのであまり時間はかけられない。十分に体を温め、湯船から上がる。がらりと引き戸を開けると、半裸のミアがいた。ついでに「チッ」と盛大な舌打ちを頂く。

「遅かった」

「何してんですか」

「エッチしてるのもバレてるし堂々とお風呂も一緒に入ってやろうかと」

「俺の数少ないプライベートタイムを犯すな!」

「裸で触りっこするの楽しいのに」

「……………………」

 否定をできないのが情けない。だがそれだけで済まなくなる時があるので共同で使ってる場所では却下だ。

「とにかく家では駄目です」と言うとミアは「ちぇ~」と言いながら俺と入れ替わりで風呂に入っていく。無理やり引きずり込もうとすればいくらでもできるのにしないので基本はいい子。その尋常でない膂力が発揮されたのはミアに触れまくった後に一回とかで逃げ出そうとしたときくらい。連発するにも休憩は挟むが、ミアがある程度満足しないうちに寝ようとするか風呂に逃げると襲われる。

 力負けして襲われた事実を思い出しながらテントに戻る。俺とミアが最後なのでゲートは自分のテント内に設置してあった。今日の見張りはミアと俺が最初なので俺はドライヤーを準備すると、待っててくれたラッシュさんと入れ替わり毛布を羽織ってミアが出てくるのを外で待った。

「上がったよー。大丈夫。お風呂の栓も抜いたから」

「ありがとうございます」という俺の胡坐の上にシームレスにミアが収まる。

 俺はミアの髪をいつも通り乾かしにかかる。温風で乾かし、ある程度乾いたら冷風でキューティクルを引き締める。櫛づけて手櫛で触ってみればいつもの艶髪。上出来である。

 二人で一つの毛布にくるまり、焚火を眺める。カランとミアが薪を投げ入れた。ミアは俺の肩に頭を乗せ、俺も折り重なるように頬を付ける。

「二人っきりだね」

「そこでみんな寝てますけどね」

「いいんだよ。こういうムードを楽しんでるんだから」

 いつもと違って会話は少ない。焚火を眺めてるときはいつもそうだ。二人で体を寄せ合って炎を見つめる。ただそれだけの時間。もちろん索敵は怠っていない。だが野盗や魔物の襲撃がそうそうあるわけでもなく、ただのんびりした見張りの時間が過ぎていく。

 二人分の見張りの時間が過ぎ、起きてきたリューグと交代。二人でテントに入って就寝準備。毛布をかぶり「ん」と腕を広げるミアに誘われるようにして二人で一つの毛布にくるまる。いつも通りはだけられた胸元に顔を埋めると、やはり何とも言えない安心感がある。

「シグルド、吸って?」

「ミアも好きですよね……」

 はだけた胸元のその右胸。その付け根の肉を口に含んで俺は思いっきり吸う。ちゅぱっと音を立てて口を離すと、吸った部分が赤く鬱血していた。

「だってシグルドが変なこと教え込むから」

 教え込んだ覚えはないが確かに原因は俺にある。調子に乗って普段見えないところにキスマークを付けまくったことがあった。何か感慨深げに見ているなと思ったが、気に入るとは思わなかった。

そんなこんなで俺はミアに定期的に痕を付けさせられている。基本は胸元。あとはお尻とか、たまに腿の内側付け根付近とかも。

キスマークを付けられるのは所有権を主張されてるみたいで嬉しいとのことだが、俺に付けさせている時は妙に嗜虐的な悦に入った笑みを浮かべているためSなのかMなのかはっきりしてほしいところではある。

いや、いろんなところを強めに抓ったり噛んだりした方が喜ぶからMか。

俺はゾクゾクと身体を震わせるミアの身体を強めに抱き寄せて目を閉じる。俺自身も強く抱きしめられながら、いつもの眠りに落ちて行った。


 帝都リリーゼの西門。その入場待機列に並びながら俺は空を見上げる。腕にはミアを抱き着かせたまま。太陽が南中にさしかかるにはちょっと早いくらいの時間だが、ロアと比べるとだいぶ北なので体温調節の魔道具があっても寒い。俺とミアは寒いからという大義名分を得てくっついているが、鎧が冷たいラッシュさんに寄り掛かる言い訳が立たないイリスさんはしょんぼり顔。だが手は繋いでいる。ラッシュさんもこの程度ならだいぶ慣れた、というかイリスさんが頑張って慣らした。その過程には紆余曲折あったが割愛する。

「大きい街ですね……」

「そりゃ、帝都だからな。中央には城と、城の中には研究施設があるらしい」

「魔術のですか?」

「基本はそうだが、リフリスは理術、錬金術の研究も盛んだからそれ関係もあるんじゃないか?」

 そんな会話をしながら列を進む。ギルドカードを提示して街に入るが、俺とラッシュさんの蒼い輝きを放つカードは門衛をしている警邏隊の人をざわつかせた。

 無事に街に入って門衛の人から聞いた冒険者ギルドへ。ライクロイックの王都ハロルドと同じく街の規模が大きいため南の本部とは別に東西と北に出張所があるようだ。

「ミスリルってどこ行ってもざわつかれますよね」

「ん? うーん……」

 俺の言葉にラッシュさんは何やら思案顔。

「どうしたんですか?」

「いや、俺たちがギルド証を見せた後に街中に走っていった警邏がいたもんでな。杞憂だと思うんだが、面倒事でなければいいなと」

 そう言われて思い出す。サーチで詰め所を出て行った警邏の人がいたことはこちらでも確認している。聞き耳でも「例の件だ」との言葉を拾っていた。何かわからずその場では気にしなかったが、ラッシュさんが気にしていると一気に気になってくる。

 冒険者ギルドに行って受付に並ぶ。いつも通り旅の途中で狩った魔物や動物の解体と買取依頼だ。

「解体と買取を頼みたい」とラッシュさんが言う。受付嬢は何やら手元の書面と俺たちを見比べると「金獅子の方々ですか?」と聞いてきた。

 俺たちは顔を見合わせる。代表してラッシュさんが「そうだが?」と答えた。

「手紙を預かっております」

「手紙?」

 奥から持ってこられ、差し出されたそれをラッシュさんが受け取る。そして封蝋の紋を見て、顔を顰めた。

「これは見なかったことにしてもいいか?」

「止めて下さい! 手紙をお渡ししたことは報告しますし、それが渡ってないと言われると我々がこの街に居られらくなります!」

「分かっている。言ってみただけだ」とラッシュさんは手紙をアイテムポーチに仕舞い込む。

 差出人が気になるところだがおススメの宿を聞いた後はとりあえず解体所へ。イノシシやらウサギやら、コカトリスやらを預けてその場を後にする。ゼルではバタついていて依頼を受ける余裕はなかったので適当に依頼掲示板を覗いておく。他国での依頼達成だと家の減税査定に影響しないので今年からおそらく税金が上がってしまうのが悩みどころ。と言っても年間金貨一枚程度のものが倍になるだけなので今の資産があれば何ら問題ない。払いは商業ギルド経由でできるので有難いと言えば有難いのだが。

 皆で依頼掲示板を見ていると、ある依頼が目に留まった。キマイラ討伐の依頼だった。

「ラッシュさん」と声をかける。

「どうした?」

「キマイラってどんな生き物ですか」

 ラッシュさんが教えてくれた話では、双頭のライオンをイメージして、その片方の頭をヤギに、尻尾を蛇にした魔物だそうだ。まんま神話の、よく知られているキマイラ像。あとサイズはかなりデカいらしい。口から火を吐くことで恐れられているが、基本は手出しをしなければ野生動物を狩るだけの存在。だがその巨躯による食べる量が問題で、キマイラの出現はそのまま食肉の不足に直結する。なお、何故か人間は食わない。不味いのだろうか。

「受けたいのか?」

「いや。気になっただけですけど、ランクの担保には丁度いい依頼ではありますよね?」

「それはそうなんだが……」とラッシュさんは渋い顔。聞いてみると自分から襲ってくることは無いが戦闘状態に入ると自分の耐熱性にかこつけて直下ブレスを吐くわ尻尾が蛇の頭だから死角はないわ単純に素早くて遠距離攻撃は避けるわで面倒くさいらしい。基本は狩場を変えるのを待つのが普通だそうだ。唯一の死角は上空らしいが、自由に空を飛べる人員がそれほど多いわけでもなく、死角をとっても近づくのは危険。だが。

「これ、俺がいれば楽勝なのでは?」

「…………あっ。そうか、お前そもそも後方職な上に飛べるんだった。飛んでるとこ見ないから忘れてた」

 俺の一言によりラッシュさんは依頼書を引っぺがしてさっき手紙を受け取ったとは別の受付に持っていく。

「これを受けたい」

「えっ、キマイラ討伐受けるんですか⁉」と受付嬢が驚いた顔をする。

「あぁ。勝てる算段があるんでな。これでもミスリルだ。安心してくれ」

「ミスリル? 五人パーティーで一人だけ重装備……。もしかして金獅子ですか⁉」

「そうだが……」

「手紙を預かっています!」と奥に行こうとする受付嬢をラッシュさんが止める。

「もう受け取っている」

「そうですか。失礼しました。では依頼の受注をさせて頂きます」

 滞りなく依頼の受注がなされる。注意事項や違約金の話がいつものようにされて依頼書を受け取る。

 お勧めされた宿はミスリルということもあり高価格帯の宿。行ってはみたがやはり価格がネックなのとミアの鼻が反応しなかったので退散。キマイラは街の北側の森に出没するらしいので北町方面に向かって歩いていく。ランクは高くなったが、どうにも皆貧乏性が抜けきらない。若干一名酒絡みになると富豪の感覚になる人物もいるが、最近はストッパーが付いたので安心である。

「お? この匂いは……」

 中価格帯の宿に差し掛かったところでミアの鼻が反応する。高価格帯ではよく反応していたが、やはり値段的に手が出なかった。食事なしで一泊銀貨五枚とか、基本家に帰るのに無駄でしかない。

 宿を取って部屋へ。いつも通りの大部屋だ。各々の定位置に腰を落ち着けると、ラッシュさんはアイテムポーチから先ほどの手紙を取り出して弄ぶ。

「あ、そうだ。ラッシュさん。その手紙、誰からですか?」

「俺たちが一番会いたくない相手」

 そう言ってラッシュさんは手紙の封蝋の紋を見せる。描かれているのは剣とドラゴン。盾形の紋様の上にはクラウンがあしらわれている。

「随分格式高い感じの紋章ですね」

 だがどこかで見た覚えがある。どこだったか。印象が薄いのか脳内検索にヒットしない。基本一度見たら忘れないはずなのだが。

 首を傾げる俺に対して皆は顔を強張らせている。

「どうしたんですか、皆。そんな顔して」

「シグルド。特に興味がないあたしでも知ってる。王冠をあしらった紋様は王家にしか許されないんだよ……」

「え゛っ⁉」と声を上げた俺の脳内でそれがやっとヒットする。この紋様はロロホルを発った翌日にすれ違った奴隷商の馬車が掲げていた旗にあったものだ。

「これ、帝国皇家からの手紙ですか⁉」

「そうだ」と言いながらラッシュさんは手紙の封を切った。

 手紙を読むラッシュさんを一同で見守る。手紙を読み終えたラッシュさんは「はぁ」とため息をつくと、目頭を揉み解した。

「ラッシュ。手紙にはなんと?」

「シグルド。お前宛だ。面倒なことにな」

 差し出された手紙を俺は受け取る。内容は堅苦しい貴族様式の文面だったが、要約するとこれは城への召喚状だった。しかも皇帝直々の。

「これ、無視したりは……」

「可能だが、いろんな意味でできると思うか? 相手は皇帝だぞ?」

 俺は首を横に強く振る。でも行きたくない。厄介ごとの予感しかしない。

だって俺の鎧と銃が見たいって書いてあったんだもの。

「とりあえず行くしかないわな。早急にとも書いてあったし」

 その言葉に俺はがっくりと肩を落とす。俺たちは、待たずとも勝手にやってくる明日に備えるしかなかった。

 翌日、俺たちは城にいた。謁見の間には武装を全て俺のアイテムボックスに片づけた俺たち五人と、リフリス帝国皇帝、フランツ・フォン・リフリス。横には皇太子ヘイル・フォン・リフリスと、高齢の宰相らしき人物や官僚らしき人物が控えている。あと近衛兵が三十人ほど。儀礼用の掘り込みがされた真鍮製らしき鎧と兜、赤いマントを身に着けハルバードを持って整列する姿はなかなかに威圧感があった。

 王座まで五メートルほどの所で先頭を歩いていたラッシュさんが礼をとる。作法がよくわかってない俺たちもそれに倣った。

「王国式か。貴公はなかなかに様になっている。私はフランツ・フォン・リフリス。リフリス帝国皇帝である」

 ラッシュさんはそれに応えない。礼をとり押し黙ったままだ。その様子を見た皇帝が「フッ」と笑みを零したのが雰囲気で分かった。

「宰相」

「はっ。……発言を許可する。名乗られるが宜しい」

「ありがとうございます、皇帝陛下。私どもは冒険者パーティー金獅子。私はリーダーのラッシュと申します」

そう言ったラッシュさんが俺たちの紹介も一緒にしてくれる。最後に俺の紹介がなされると、複数の視線が突き刺さる感覚がした。

「貴公は面白い男だ。まるで王国貴族を相手にしている気分になる。私は面倒を好まん。この場では私と直接言葉を交わす許可を与える。自由に話せ」

「はっ。承知いたしました。……手紙は拝見させていただきました。シグルドの装備をご覧になりたいとか」

「うむ。ここで頼めるか?」

「ここでですか? 謁見の間で我々が武装して宜しいので?」

「私が許可する。それに、待ちきれない者もおるでな」

 そう言って皇帝は横に並んでいた官僚らしき一人の女を視線で指す。ずっと俺にべっとりと粘っこい視線を向けていた人物だ。

「シグルド殿、頼めるか」

 ちらりとラッシュさんを見ると頷かれたので俺は少しみんなから距離を取り、アイテムボックスを展開してパワードスーツを呼び寄せる。

「ほう……」と言って皇帝が王座から腰を上げる。だがそれよりも早く動いた人物がいた。さっき皇帝から「待ちきれない」と言われた二十代半ばくらいの女だ。その女は誘蛾灯に誘われる虫のようにふらふらと、かつ素早いという訳の分からない動きで俺の側まで寄ってくる。

「これは!」と言って目を見開き息を荒くする女。はっきり言って気持ち悪い。見れば俺たちと近衛兵を除いた全員が呆れたような顔をしていた。

「その者はレベッカ・ウェレンスクという。帝国魔道具研究室の室長を任せている……まぁ……その…………見ての通りの変人だ」

 皇帝が変人とか言っちゃうんだ。

「レベッカ。レベッカ! ベッキー! いい加減にせぬか!」

 べたべたと俺のパワードスーツを触りまくる女、もといレベッカさんは息を荒くしたまま皇帝の方にぐるんと視線を向ける。

「フランツ! これ見て分からないの⁉ 壊れてない、完全なものがここにあるのよ⁉ この頭が痛くなるほどの魔術の組み方……はぁはぁ……涎が出そう」

 涎はもう出てます。

 皇帝を呼び捨てにしてるし、皇帝も愛称で呼んでいたから随分気安い関係のようである。というか嫌な言葉が聞こえた気がする。

「近衛兵」

「はっ」と返事をした近衛兵がレベッカさんを二人がかりで羽交い絞めにして引きずって端に連れて行く。

「離せー! 私はアレをじっくりねっとり観察するんだぁー!」

「家臣が失礼した。どうもアレはあるものを手に入れてからあの調子でな。見せたいものがある。皆、場所を変えるぞ。シグルド殿はもうそれを仕舞ってくれていい。話が進まん」

 そう言って皇帝は先頭を歩いていく。その後ろに皇太子と、羽交い絞めにされたままのレベッカさんが続く。唖然とした俺たちに宰相さんが「お見苦しいところを見せました。ついてきていただけますかな」と言って先導する。

 しばらく城内を進み、庭に建てられた別棟に入っていく。入り口には、魔道具研究室と書かれていた。中に入り、地下へ。大きなカギの付いた扉をレベッカさんが開いてみんなで中に入ると、そこには見覚えのあるものが鎮座していた。

 それは各所に傷がつき、ヒビが入っていた。左腕は取れていた。だがそれは、その足が長く人型を取った異形の鎧は。確実に俺がムーベル山脈で失くしたパワードスーツだった。

 ここに居たのか。ごめんな、探してやれなくて。

 俺は歯噛みする。俺がこの世界を狂わせた最初の一歩の証を見せつけられて。

「知っての通り我が国は魔術大国であり、軍事国家だ。長年ライクロイック王国と戦争状態にもあった」

 皇帝は語りだす。ことの経緯を。

 パワードスーツが帝都に持ち込まれたのは一年以上も前のこと。発見者はただの鎧と思ったらしいが、それが魔道具の類と分かってここに持ち込まれたらしい。俺のパワードスーツと懸架されていた小銃、右手に引っかかっていたサブマシンガンは研究され、帝国はその緻密な魔術に恐れを抱いたという。銃の方はやっとこ量産体制を整えたところ。パワードスーツの方は破損が酷く実践に耐えうるものを作ることはできなかったが、元々構想があった武装ゴーレムと大型化させた銃を組み合わせることであの劣化コピーを生み出したらしい。

「帝国と王国は休戦協定を結んだが未だ戦火の灯火は燻っている。先の話にあった大型ゴーレム兵器だが、王国側は我々よりはるかに優れたものを開発しているらしい。休戦協定を飲んだのもその武力をちらつかされての事だ。それに、独立勢力の件もある」

「独立勢力ですか?」とラッシュさんが問う。

「ウォーハウンド。始めはあれが王国製のものかと恐怖したが、どうも違うらしい。ウォーハウンドの特徴はサイクロプスのような単眼。胴に比べて長い手足。そして驚異的な飛行能力と銃の存在。そして各所の意匠はこの鎧に似ている。シグルド殿。君の見せてくれた鎧にもだ」

 ヤバい。

皇帝は俺の噂とパワードスーツの存在から俺が彼らの言うウォーハウンドであるとほぼほぼ確信している。

俺はいつでも逃げれるようにアイテムボックスから小銃を抜き撃ちする心構えをした。

「レベッカ。シグルド殿の鎧は飛べるのか?」

「鑑定ではレヴィテイションとフライの同時併用が確認できたわ。その他にも色々ね。あれはかっ飛ぶわよー? どうやって制御してるのか不思議なくらい」

「やはり、か」

 皇帝は壊れたパワードスーツに向けていた視線を俺に向けた。

「貴公がウォーハウンドだ。最低でも、かなり深い関係にある人物であることは明白」

「俺を罰するのですか」

「肯定するのだな。罰しはしない。だが君自身の引き渡しか、鎧の供出。最低でもこの壊れた鎧の修理を帝国は貴公に求める」

「理由は?」

「王国に負けない軍事力が欲しい」

 この戦争屋が。

「断ると言ったら?」

「貴公の大切な仲間が無事で済むと思わないことだ」

 その言葉に俺は小銃ではなくパワードスーツ用のサブマシンガンを皇帝に向けた。近衛兵が反応するが、それを皇帝は手で制す。

「そんなことしてみろ。塵一つ残さず地図から消してやる」

「ウォーハウンド。戦争の匂いを嗅ぎつけてやってくる犬ということでついた名だが、貴公には相応しくない様だ。戦火を求めるだけの狂人ではないらしい」

 俺は多重認識で打ち抜く順番を付けていく。どうすれば効率的に殺せるか。無事に逃げ出せるか。それを思考加速を施した脳で考える。

「絶対に手を出すな。全員が死ぬぞ」と皇帝が言う。俺を狙っていた気配が下がった。

「貴公自身が火種だな。……止めだ、止め。王国との戦争も当分は止めだ」

「父上、宜しいのですか? 温かで肥沃な大地を得ることはは我らの悲願。それを簡単に。それにその男、それほど強そうに見えませんが」

「止めんかバカ息子。今私に向けられているのが何か分からんのか。この形状、おそらくエクスプロージョンが仕込まれた銃だぞ? 兵が取り押さえる前に顔が吹っ飛ぶわ。それにこ奴らに危害を加えればその後で帝都が灰燼に帰すことが分からんのか、この戯け」

「戯言です!」

「それだから貴様は戯けだと言うのだ。物事の真偽が見分けられずに次期皇帝としてどうする」

「父上はその男が例のウォーハウンドだと本気で信じておられるのですか」

「本気だとも。状況証拠は十分だ。こ奴の口からも先ほど塵一つ残さず地図から消すとの言葉が出たしな」

 向けられた銃口に臆することなく皇帝は言葉を紡ぐ。

全くやりにくいおっさんだ。煽られてつい口が滑った。しかも国家反逆のオマケつきで。

俺の行動に面食らっていたラッシュさんが俺の銃を抑えて下げさせる。

「申し訳ございません!」

「よい。許す。私が煽ったことだ。だがシグルド殿。王国が我が国に侵攻してきた場合はどうする?」

「帝国と同じ目に。その警告は一度目に既に」

「それをずっと続けると? 貴公一人で可能か?」

 痛いところを突かれて俺は沈黙する。確かに一人でできることには限界がある。両国が力を持つのを危惧していたが、片方に力が寄るのも問題だ。力に対する抵抗力が無いのも問題だという皇帝の主張も納得はしたくないが理解はできた。

「それでも俺は拒否します。これ以上時計の針を歪に進めるつもりはありません」

「では全面戦争の際には我らに亡べと?」

 痛いところを突いてくる。ホントにやりにくい。

「私には国を守る義務がある。そのためには軍拡が必須なのだ。よもや戦争をしている片方が善で片方が悪などと思っているのではなかろうな?」

 そう言われて俺は目が覚めるような感覚がした。俺は今まで色眼鏡で帝国を見ていなかったか? 王国に贔屓していなかったか?

 戦争に負けないようにとカスパル卿に小銃を預けた思い出が蘇る。あれはカスパル卿なら悪いようにはしないとの信頼あっての行動だったが、今思えば王国に組したのと同義だ。

 分からない。何も、分からない。何が正しいのか。何が良くて何がダメなのか。何も、分からなかった。

「ラッシュさん」

「どうした?」

「俺は俺の兵器を公表するべきなのでしょうか」

「何⁉」

 俺の言葉にラッシュさんが目を剥く。それはそうだ。キール支部長にも、ラッシュさんにも、散々隠せだの自重しろだの制限しろだの言われてきたのだから。だがそれは元々が世界のバランスを崩さないため。既に崩れてしまった今、果たして隠す必要があるのか。秘匿することで不利益を被る国がないか。その懸念を伝える。

「それは……、むぅ……」

 ラッシュさんは俺の懸念を正しく理解してくれる。そして頭を悩ませ、その口をつぐんだ。

「貴公は素直だな」と皇帝は俺に言う。もう少し隠すことを覚えた方がいいとまで言われた。

「技術供与の件は期待しておこう。今日はもう帰るが良い。宰相、城門まで送ってやれ。あとレベッカ。そういう訳だから研究はお預けだ」

「えー! 我慢して大人しくしてたのに⁉ その坊やだけでも置いてってよ! 皇帝の権限とかなんかで!」

「できんわ! 全く、お前の今までの研究成果と私のはとこという身分が無ければ無礼千万すぎて城から追い出すところだぞ……」

 あ、気やすいと思ったらはとこなのか。納得。

 レベッカさんに皇族に連なるの淑女たるものどういう者であるべきかを説く皇帝に対し耳を塞いで聞こえないふりをするレベッカさん。この軽さ、カスパル卿を思い出して憎めなくなる。それでも身内に手を出されたら容赦しないが。

 宰相さんに連れられて門へと向かう。

「皆さま。本日は御足労ありがとうございました」

「こちらこそ、うちのものが皇帝陛下に大変ご無礼を」

「良いのですよ。陛下が煽ったのは事実ですし、陛下自身が許されております。あれで表裏のないお方ですからな。あれ以上のことは何もないでしょう。ただ……」

「どうかされましたか?」

「いえ、レベッカ様があれで引き下がるかなと……」

 宰相さんはそう言って頭を振る。去り際にまた喚いていた姿を見ていた俺たちは揃って「あー……」と声を漏らした。

「レベッカ様案件専用の苦情窓口が警邏隊の詰め所にあるので、何かあった際にはそちらをご利用下さい。すぐに城のものが来ます故」

 そんなものまで用意されてるのかあの人。馬鹿と天才は紙一重というが、何とも言えない。

 宿に帰って昼食を取り終えた俺はベッドにダイブした。さっきの事を考えると頭が痛い。ラッシュさんはキール支部長に相談すると言って筆を執っている。俺のベッドには、ミアが腰かけ寄り添った。

「ありがとね、守ろうとしてくれて」

 そう言ってミアは俺の頭を優しく撫でた。皇帝にいろいろ言われて疲れていた俺はミアを引き倒してその胸に顔を埋めさせてもらう。

「ありゃま。今日は積極的」

「疲れました」

「そか」

 それだけ言葉を交わしてミアは全部分かったとばかりに俺の頭を抱きかかえて撫でる。さらしの分いつもの柔らかさはないが、安心する匂いが俺を包んだ。

 ミアに甘えること数十分。いきなり鍵をかけたドアのノブをガチャガチャと回す音がした。そしてトントンとノックの音。順番が逆でなかろうかと俺が思っていると、ラッシュさんが誰何する。

「レベッカよー。シグルドちゃんに会わせてー。鎧見せてー」

 俺は新たに買い求めた通報用木札をへし折って告げる。

「お帰り下さい。警邏隊に通報しました」

「そんな冗談言ってないで開けてよー。強硬手段取るわよー?」

 そんなことを言うレベッカさんだが、既に警邏隊が宿の前まで走ってきている。そしてドタバタと階段を上がってくる音。

「え? ちょっとホントに通報したの⁉ ちょっとまって! まだ何もしてなぁぁぁー」

 そして一瞬静かになる宿の二階。すぐさまノックの音が響く。

「すみません、警邏隊のものです。通報があり駆けつけました。何となく察してますが事情をお聞かせ願えますか?」

 俺はミアの胸から抜け出して扉を開ける。警邏隊の人に割った木札を回収してもらいつつ、事の経緯を説明すると警邏隊の人は額を押さえていた。

「分かりました。報告は上げておきます。新たな木札は購入されますか?」

 俺は鉄貨一枚と木札を交換してもらう。備えあれば憂いなし。やはり変態相手に防犯ブザーは持っていて損はない。

 俺は撤収する警邏隊を見送ってミアの胸に戻る。

「あの人また来そうでヤダ」

「よしよし」

「もうこの街嫌です。早く出ましょう」

 ミアに慰められつつ俺はラッシュさんに進言する。だが俺が最初に警邏隊を呼ぶ札を折ったことで成り行きを見守るに徹していたラッシュさんはきょとんとした顔をした。

「キマイラはどうするんだ、キマイラは」

 そうだった。それがあった。

「今すぐ出ましょう」

「言いたいことは分かるが変な時間になるから駄目だぞ。あとお前のさっき言ってた件、キール支部長に相談しておいたから返事をこの街で待つ。どうせ商業ギルド経由で広げることになるから街にいた方が都合がいい。動くなら早い方がいいからな。兵器開発には時間がかかる」

 その言葉に俺は再びミアに泣きつく。だがラッシュさんが俺の考えを肯定してくれたことで少し気は楽になった。しかしそのせいで街に逗留する羽目になるとは思わなかったが。

「じゃあ俺、提出用の設計図描いてきますね」

 ラッシュさんが頷いたのを確認してゲートを開く。ゲートをくぐろうとして、その歩みを止める。後を振り返るとぴったりとくっついてくるミアと目があった。

「今回は通しませんよ」

「何で⁉」

「二人っきりで向こうには風呂もベッドもある。ついでに時間もある。後は言わなくても分かりますね?」

「確実にするよね。あたしたち。というか旅の途中は出来ないからいろいろ溜まってるし昨日も宿番の関係でできてないし」

「そうですよ。仕事にならないんですっ。というかはっきり言うな! 恥ずかしい!」

 あとイリスさん。恥ずかしいという感情あったんだって顔しないでください。確かに臆面無く公言してるしイチャついてるけども。

「今日の宿番誰だっけ?」と問うミアに対して「俺」とリューグが答える。

「じゃあ頑張って夜まで待つから! 一緒に居させて!」

 頑張らなきゃいけないのか。腹を空かせた猛獣と一緒に居ろと言うのか。だがミアのお願いやおねだりに弱い俺はそれを承諾するしかない訳で。

「邪魔しないでくださいよ」

「シグルドの方が来るくせに」

 そんなことを言い合いながら「遅くなったら飯は先に食うぞ」と言うラッシュさんたちを残してゲートに二人で消えた。

 秘密基地に来てテーブルの上に紙束を用意する。隣ではミアが尻尾を揺らしながら俺の様子を見ている。

「えーっと、簡単な外観とサイズと仕様だけか。あと名前つけなきゃいけないんだよな……」とぼやきつつ必要なことを書き出していく。簡単に絵を描き、仕込む魔術をずらずらと書き連ねる。機体のゴーレム化とそれの操作魔術にコックピットの空間固定、外部に感覚器官を作って自分の感覚と直結させる魔術。これを基本としてオプションとしてサーチを始めとする探査魔術系統と知覚強化を始めとしたFCS関連技術。続いて武器群。既に作ってある速射ライフル、貫通ライフル、グレネードキャノン、ミサイルランチャーの他にシールドやまだ構想止まりの格闘兵装、以前に作るだけ作って放置してある両手持ちな上に弾倉を背負うガトリング砲や無誘導ロケットランチャ―。スナイパーキャノンなど。それらに使用する各種弾薬の作り方を書いていくと、ホントに紙束になった。

 俺はうーんと一つ伸びをする。そんな俺の横から、水の入ったガラス製のコップが置かれた。

「お疲れ様」

「ミア。……そういえば邪魔しませんでしたね。失礼なこと言ってすいません」

「旦那の仕事の邪魔をするような嫁にはなりたくないからね。でも、これくらいは良いよね」

 そう言ってミアは俺の唇に自分の唇を重ねる。

「で、終わった?」

「一通りは。後は名前を決めるだけですね。武器の名前は適当に決められるんですが……。速射ライフルとか貫通ライフル砲とか。肝心の本体の方が決まらなくて」

「あれ? グレイハウンドって言ってなかったっけ?」

「それは固有名詞です。例えば俺の名前は決まっているけど人間という種族を表す名前が決まってないと言いますか……」

「ふーん。そういえば兵科で分類すれば乗り物に乗ってるから騎兵になるよね、アレ」

「? ……そうなんですかね? じゃあ魔道具で全身覆ってるから魔装騎兵? いやイメージ的に機の字を当てたいから魔装機兵?」

 とあるセガサターン用ゲームの敵メカと名前が全く同じ響きだが不思議としっくりきた。字は違うし問題あるまい。

「うん。魔装機兵にしよう。ミア、ありがとうございます」

 書類をまとめて宿へ戻るとリューグがベッドに座って弓の手入れをしていた。聞くと食事はとっくに取ってラッシュさんとイリスさんは預けておいたゲートの魔道具で自宅に引っ込んだとのこと。俺とミアは宿の食事処に行くのも面倒だったのでリューグにお休みを言って秘密基地に引っ込んだ。言われてみれば結構空きっ腹。ミアが肉というのでイノシシ肉をステーキにして出してやる。付け合わせはサラダと作り置きの肉団子入りポトフもどき。二人で並んで食事を取る。食事を終えたら二人で並んで食器を洗い、その間に風呂を沸かす。チリンとベルが鳴って風呂が沸いたので皿洗いを終え次第風呂へ。もちろんミアも付いてくる。今日はそういう日だ。拒否する意味がない。

「久しぶりに一緒にお風呂だぁ~」

「別に一緒に入らなくてもいいと思うんですけどねぇ」

「あたしは好きだよ? 一緒にぬくぬくするの」

 湯船で待っていた俺に正面を向くようにミアが湯船に入る。そのまま体を沈めると、俺の胸板にその胸を押し付けてきた。今日は対面で入りたい気分か。

「そういえばミアって毛が薄いというか無いですよね」

 挟みこまれたつるつるの感触を感じながら何とはなしに言う。

「あー、お母さんもそうなんだ。母方の方はみんなそう。エミィも薄かったらしいよ? よく成人越えたのに薄いって嘆いてた。獣人は濃い方が好きな人多いから。というかちょっと気にしてるんだけど。大人になっても生えないのって何気にグサッと来るんだよ」

「すいません。気にしてるとは思いませんでした」

「というかシグルドも薄い方だよね?」

「俺は普通じゃないですか? 獣人の普通に比べたら薄いのかもしれませんけど」

 というか異世界の下の毛の事情なんて知らん。確かに髭は薄いが、これでも毎日ナイフで剃ってる。

「というかその辺ってどうなんですかね、種族の違いみたいなの」

「ん? 人間族は分かると思うけど、森人族はめっちゃ薄い。というか無い方が多いらしいよ。だからあたしの母方もどっかで森人族の血が入ってるんじゃないかって言われてる。イリスとかムダ毛無いでしょ。あたしも無いけど。逆に獣人は濃い。これはさっき言った通りだね。で、それよりももっと濃いのが土人族。これはもうイメージで分かるでしょ。女の人でもうっすら口ひげ生えてるもん。あと小巨人族はこっちに居ないから分かんない」

 確かに鍛冶屋の土人族連中は濃そう。男性ホルモンが有り余ってる顔してるから。

「でもまぁそっちの方に好みが寄るってだけで異種族間恋愛にはなんの影響もないんだけどね。普通に土人族と結婚してる森人族とかいるし。あーでも男の人は自分より濃い女の子は嫌がる傾向はあるかな。だから土人族の女の子は苦労するって聞いたことある。シグルドはあたしが濃かったら嫌だった?」

 そう言われて想像する。なんか普通にムダ毛の処理を手伝わされてる未来しか見えない。あと生えてたらそれはそれでいいと思う。

「多分変わらないんじゃないですか? あー、でも今以上に襲われそう」

「なんでさ?」

「毛が濃い女性はそういう欲求が強いってイメージがあるんですよ。迷信ですけど」

「ふーん」

 しょうもない会話をしながら湯船に浸かる。いつの間にか俺は顔をミアの胸に挟まれ、俺の手は勝手にミアの尻たぶを揉んでいた。

「シグルド」とミアののぼせたわけではない熱っぽい吐息が降りかかる。

「ベッドに行きましょうか」

 今日の夜は格段に長くなりそうだった。


 翌日の昼前。帝都リリーゼの北門に金獅子が集合していた。イリスさんはまだちょっと眠そう。顔はつやつやなので、人のことを言えた立場ではないが昨夜はラッシュさんとよろしくしていたようである。

「じゃあキマイラ討伐に出発するぞ」

 ラッシュさんの号令で俺たちは歩き出す。夜には街道端で一泊。その後前方遠くに見えている東側の森に分け入ってキマイラを探す予定だ。

 俺の腕をとって隣を歩くミアは超ご機嫌。昨日ので元気いっぱいになったようである。ちなみに服の下には大量の痕があるのはご愛敬。俺の暴走の結果だ。

「シグルド、鎧着るんだよね? 久しぶりじゃない?」

「そうなんですよ。個人的にも着たいんですけど、情勢が。それに今回着るのもちょっと悩んでます」

 俺の言葉に全員が俺の方を向いて「何言ってんだコイツ?」という顔をした。

「あんなに鎧や魔装機兵に乗るのが好きなシグルドが渋るなんて珍しい」

 ミアが魔装機兵の名を出す。朝、というか宿で全員合流した時に俺のグレイハウンドの話をしてなかったので改めて話したのと、アレの呼称を魔装機兵とすることを話してある。

「いや、着たいんですよ? 着たいんですけど……」

 俺は後方を見る。後ろの方で人影が動いた。サーチでその動きは確認できているし、個人も特定している。遠見でその人物を確認したイリスさんは「あー……」と言ってこめかみを抑えた。

「ラッシュ。レベッカさんがいます」

「あー。シグルドが鎧を着たがらない理由がよくわかった。勝手についてこられて何かあっても面倒だ。声をかけてお帰り願うとしよう。ミア」

「おっけー。おはなし、だね?」

 にやりと笑うミアはクラウチングスタートの構えを取る。この世界にもその構えあるんだと思った矢先、ミアの足元が爆発した。遠見で確認しているとミアがすごい速さで走っていく。ガルムさんの突きには劣るが、それくらいの速さを維持して街道を疾走していく。一方でレベッカさんはミアの行動に驚いたのかしりもちをついている。あっちも遠見を使っていたのだろう。おそらく眼前にミアが飛び込んできたように見えたはずだ。

 あ、捕まった。

 レベッカさんを捕まえたミアが彼女を担いで帰ってくる。そしてそのまま俺たちの前で急ブレーキをかけると、目を回したレベッカさんを俺たちの眼前にぺいっと投げ捨てた。

「扱い雑じゃないですか?」

「シグルドの邪魔をする奴に慈悲は無い」

 サーチで確認すると複数の反応が急いでこっちに向かってくるのが分かった。レベッカさんは一人で行動していたつもりのようだが、一応は皇帝の親類。護衛が付いていたようである。

「あー、護衛の人が反応しましたね。少し待って引き取ってもらいましょう」

 護衛の人たちがやってくるが警戒態勢。俺たちに武器を向けるが、俺ちはどこ吹く風だ。理由は一つ。既に害意感知に引っかかったことを伝えてあるのと、十人程度なら既に小銃を構えている俺が後れを取ることは無い。

「はぁはぁ、レベッカ様を、どうする、気だ!」

 息も絶え絶えに護衛の兵士さんがやってきて言う。

「どうするも何も、迷惑してるのはこちらです。我々はこれからキマイラ討伐に向かいます。レベッカ様はシグルドの鎧にご執心のようですが、素人が側にいられると困ります。その件を御本人にお話しさせていただきたくこのミアにつれてきてもらいました。いささか乱暴だったのは認めますので、どうかご容赦を」

 ラッシュさんが流れるようにまくしたてる。いつもは噓八百か真実五割だが今回ばかりは全て真実だった。

 護衛の兵士は顔を見合わせる。

「貴殿らは金獅子か?」

「はい」

 ラッシュさんが答えると、兵士さんたちは剣を収めた。

「失礼しました。我々はレベッカ様の護衛の者です。レベッカ様は後方から見るだけと言っておられたので問題ないかと思いますが」

「ついて来られるのが面倒と言う話なのですが……。今回は鎧を使う予定です。謁見の間での行動を見るに飛び出してこられない保証が無いのですが、いかかですか?」

 ラッシュさんの言葉に護衛の人たちは目を逸らす。

 お前らも信用してねぇじゃねぇか。

「ラッシュさん。もういっそのこと護衛対象として扱った方が楽じゃありません?」

「それはそうだが、お前がしんどくないか?」

「それは戦闘面の心配ですか? 精神面の心配ですか?」

「俺がお前に戦闘面の心配をすると思うか?」

「ミアに癒してもらいながら何とかします」

「じゃあ私はもう隠れずについていくわね?」と復活していたレベッカさんが勝手に話をまとめる。その様子を見た双方は「はぁ」とため息をついた。

「ご迷惑をおかけします」

「そちらこそ、心中お察しします」

 面倒な来客を挟んでラッシュさんと護衛隊長さんが意気投合した。

「さー、シグルドちゃん。鎧を見せて頂戴な」

「やっぱこの人なんか嫌」

 俺はそそくさとミアの陰に隠れる。いつもはミアが俺の腕を抱いているが、今日ばかりは逆になるのを許してほしい。

「おお。これは本気で嫌がってる」

「ちょっとー。嫌がる要素がどこにあるのよー」

「その粘ついた視線がすごい嫌です」

「山脈に落ちてた銃を私が解析してウチでも高威力の銃が量産できるようになったのよー。シグルドちゃんの鎧を解析できればきっとイイモノができるはずなのよー」

 その言葉を聞いて俺は顔を顰める。

 ああ、そうか。この人が嫌いな理由がよくわかった。

この人は根っからの研究者だ。だから新兵器の開発に注力する。それは俺も同じだ。研究開発が楽しいのもよくわかる。だがこの人は殺しの苦悩をきっと知らない。無自覚に、大量の死体を作っている。俺が技術供与を渋る理由も、俺が今になって技術を流そうとした理由もきっと理解されない。理解してやっているならそれは狂人だ。どうやっても俺とは相容れない。だから、心底嫌うのだ。

「レベッカさん。人を殺したことは?」

「ん? あるわけないじゃないの、そんなこと」

「あんたが俺の銃を元に量産した銃で王国兵が何人死んだと思ってる」

「それを言うならシグルドちゃんだってウォーハウンドとしてウチの兵士殺したじゃない。死傷者数で言えばウチの方が酷いからね? それにもともと全部シグルドちゃんの持ち物でしょー? 作ったのはもしかしたら別の人かもしんないけどさぁー。使ってる本人が言ってもねぇ?」

 皇帝と同じ血が流れていることを俺はよく理解した。皇帝は意図的に、この女は無自覚に俺の神経を逆撫でる。

 俺の手は、いつの間にかサブマシンガンを握っていた。

「フランツも素直だって言ってたでしょー? 直しなよー。……あと舐めたことしてんじゃねぇぞガキ」

 レベッカさんの手には帝国性と思わしき金属製のサブマシンガン。一瞬でアイテムボックスから取り出されたそれは俺の眼前に突きつけられる。取り出す動きは遅く、阻止もできたが俺はしなかった。

「戦争はこうなる」

「あ?」

「より強力な兵器を互いに向け合い、死者が増える。お前の行動の先にあるのはそういう未来だ」

「知らないよ。私は求められたものを作るだけ。どこで何人死のうが関係ない」

「……狂人が」

「その元凶を使って悦に入ってたガキに言われてくないわね」

 睨みあう俺たち。不思議と護衛の人たちは動かなかった。風の音だけが聞こえる中、ラッシュさんと護衛隊長さんの会話が聞こえてくる。

「これは流石に罪に問われますかね?」

「いえ、陛下からどうせレベッカ様が悪いからすべて許せと賜っております。あとシグルド殿が武器らしきものを向けたら動くなとも。心優しいから一人として無駄に殺せはしないと言っておられました」

 図星だった。あの皇帝には見透かされているようである。俺の内面も、この現状も。

 ラッシュさんと護衛隊長さんは揃ってため息を付くと、一見一瞬触発な俺とレベッカさんのもとにやってくる。

「シグルド。お前がブチギレてるのはよく分かるからその辺にしとけ」

「レベッカ様もその辺に。お戯れが過ぎます」

 その言葉に、揃って銃口を外す。

「俺、あなたのこと嫌いです」

「私は好きよー? シグルドちゃんのこと」

 おちゃらけた雰囲気に戻ったレベッカさんが少し前かがみになって上目遣いにウィンクする。だが俺はそれをおぞましいものを見る目で見ていた。

「ラッシュさん、俺、一秒でも早くこの人と離れたいので一人でキマイラ狩ってきます」

「……わかった。ストレス発散して来い。ブレスだけは注意な。上には吐けないから飛んでたら問題ないが」

 俺は少し離れてパワードスーツを装着する。その瞬間レベッカさんが「ふおお!」と好きなものを目の前にしたオタクのような声を上げてとびかかろうとしてきたが、思考加速を使っている俺に躱せないはずもなく上空へ逃げる。そのまま最高速で前方の森まで突っ走ると、ものの三分ほどで森の入り口についた。サーチを使うと反応があったのでそこに向かう。

 というか何気に初めて本来の速度を出したな、今。

 反応のある場所に向かうと、ラッシュさんに聞いた通りの魔物がジャイアントボアを骨ごと貪っていた。確かに近づいても手を出さない限り問題はない様だ。俺は試しに正面から小銃を構えて発砲する。すると発砲を先読みしたかのように、キマイラはその身を翻した。

「あー、こりゃ駄目だわ」

 オートエイムの銃を避けるのは尋常じゃない。どうなっているのか分からないが、とにかく俺はブレスを吐かれる前に死角と言われる上空へと逃げる。跳んだ俺の足元を火炎のブレスが通り過ぎて行った。この辺の木々は水分をため込んでいるのか燃え移ることは無かったが、下草が綺麗に燃えた。

 上空に陣取って分かったことがある。キマイラは体の構造的に上を向けないのだ。尻尾の蛇頭があるにはあるのだが、これも上には向けないらしく俺を探してぐるぐるとその場を回っている。

 俺は小銃を構える。うろうろとしているキマイラに狙いを付けると、直上から衰弱弾を撃ち込む。今度は、避けられなかった。その場に倒れたキマイラを地面に立って見上げる。

 首が二つあるから、どこを狙えばいいんだろうか?

 俺は魔力の流れを探る。すると、双頭の首筋の付け根で魔力の流れが繋がっているところがある。「えい」と突くと、血しぶきが飛び散った。

「あちゃー。避け損ねた」

 思ったより大量の血だったためもろに血を被る。だがパワードスーツはあくまで鎧。水でも掛ければ血は落ちる。俺は水魔術で水球を作り出すと、頭から被った。頭から水を被っても中に居る俺が濡れないことは分かっている。身体保護のために付けた空間魔法のおかげだ。以前雨の中の戦闘で体が濡れないことが分かったのである。

 俺はアイテムボックスにキマイラを片付け、帰路につく。さっきよりはゆっくりと、空中を飛ぶ。十分ほどして元居た場所に戻ってくる。また飛びつかれても面倒なので上空でパワードスーツを格納してレヴィテイションでゆっくりと降りた。

「おかえり」とミアが寄ってくる。それを俺は受け入れた。「ちょっとなんで片づけるのさー」とぶーたくれる声が聞こえたがそんなものは無視だ。聞く義理は無い。

「さぁ、戻りましょう」

「シグルド、キマイラはどうなった?」とのラッシュさんの言葉に俺はその双頭をずるりとアイテムボックスから引き出す。

「わかった。戻ろう」

「あぁ、そうだ、ラッシュさん。帰ったら警邏隊の詰め所に寄ってください。どうせついてくるのは見えてるんで引き取ってもらいましょう」

 俺はレベッカさんを仕方なしに視界に入れて言う。彼女の顔が引きつったのが見えた。

 俺たちは街へ引き返す。レベッカさんが何か話したそうにこちらを見ているが俺が積極的にミアと話し、もといイチャついているためその隙を与えていない。

 街へ戻って、とある方向に足を向けた俺たちから逃げるように去るレベッカさんと別れて警邏隊の詰め所へ。依頼を邪魔されたことを伝えて金輪際関わり合いが無いようにお願いする。だが期待はしていない。あれはこちらの迷惑など考えないだろう。

 宿に戻った俺は、昨日と同じようにベッドにダイブした。ギルドによってキマイラ討伐の完了報告をしなければならいが、それどころではなかった。

 酷く眠い。俺は皆の了承を取って秘密基地へ引っ込む。もちろんミアも付いてくる。一刻も早く安心できる場所で休みたかった。

 翌日、俺は皆を伴って冒険者、商業両ギルドへと向かった。冒険者ギルドへはキマイラ討伐の報告をしに。商業ギルドへは魔装機兵の製品登録をしに。キール支部長からは俺の意思を尊重するとの答えを頂いた。

 商業ギルドでは俺の提出したものの異様さにひと悶着あったが、無事登録はなされた。既にライクロイック王国王立研究室名義であのアラン砦地下にあったものを参考にしたものが登録されていたらしいが、俺のものは文字通り込められている魔術の量が桁違いなので別物として受理された。俺は商業ギルドに全世界の国家にこの情報を伝えることをお願いしてその場を去る。

 使うも使わないも自由だ。これで一国が技術を独占することもないはず。フルスペックの機体を扱える人物がいるかどうかが疑問ではあるが。

 きっと多くの人が死ぬ。だがそれは変わらない。戦場の形が変わるだけの話だ。双方が同じ技術を持てば均衡は保たれる。一方的な蹂躙はされないはず。そう思って俺は技術を公開した。だがそれが正しかったのか、未だにわからない。

「帰りましょうか、我が家へ」

 俺はみんなにそう言った。技術は公開してしまったから、国が俺を必要とすることは無くなった。今なら、もうロアに帰っても言い訳は立つだろう。

 行脚は一旦終わり。旅は老後の楽しみにでも取っておこう。

 そう考えて俺はミアの手を取る。

 今はただ、みんなでゆっくりしたかった。


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