16 人さらい
ラッシュさんとイリスさんを二人っきりにした翌日の昼。俺たち金獅子はロットルの東門に居た。俺はいつものパワードスーツ姿ではない。軽鎧にローブの旅の装いである。
「良い旅を」と言って門衛さんが見送ってくれる。いつも通りの旅の始まりだが、いつもと違うことが一つ。イリスさんの笑顔がまぶしい。朝からそれはもうにっこにこだった。その様子をラッシュさんが側で見守っている。
「ラッシュさん」
「どうした」
「今日出て良かったんですか? もうちょっとゆっくりしたかったんじゃ……」
「いや、いい。適度に離れる口実が無いと俺がダメになる」
「……? どういうことですか?」
「…………冒険者を辞めたくなった。皆まで言わせないでくれ」
堅物っぽいのに溺れていらっしゃる。これはイリスさんがにっこにこなのも頷けるわ。
そんな様子のラッシュさんとイリスさんを生暖かい目で見守りながら道を進んで行く。そんな様子を見てミアが「いいなぁ」とぼやいた。
「どうしたんですか、急に」
「いやだってさ、あの雰囲気はあたしたちには出せないよ。長年連れ添った夫婦みたいじゃん。特にラッシュが」
確かに言われてみれば、長年連れ添った熟年夫婦のような貫禄がある。俺たちのように浮ついた感じではなく、落ち着いた感じ。確かにあの雰囲気は俺とミアには無理。
「いつか俺たちもああなりますよ。ミアが俺に飽きない限りは」
「じゃあ大丈夫だね。シグルドがあたしに飽きない限り」
俺の腕に自分の腕を絡めながら言うミアに「どっちもどっち」と呆れたようにリューグは言う。先日の話を聞くに別にこの環境でも寂しいとか肩身が狭いとかいうことは無いのだろう。リューグもリューグで冷めている。
だが、リューグにもできれば素敵な出会いがありますように。
俺は心の中で密かに願う。リューグのアレも一種のトラウマだ。それを解きほぐしてくれる人物が現れることを願わずにはいられない。きっとそれは寂しいことだと思うから。だが別に恋愛しろとか言うつもりはない。それは人それぞれだ。
向かうは帝都リリーゼ。その間にいくつか街を通る。
しばらく歩いていると、十数人の人の反応があった。乗合馬車だろうと思ってのんびりしていると、前方から思った通り馬車がやってきた。
だがなんか違う。荷台が……檻?
「ミア、あの馬車って……」
「んー? あぁ、奴隷商の馬車だね」
「帝国旗が立ってるから国営の奴隷商だな」とラッシュさんが補足を入れてくれる。
なんでも国営の奴隷商で売られる奴隷は皆借金奴隷で奴隷商の下にいる間に働かされるらしく、曲がりなりにも商人なので簡単な読み書き計算ができるようになるらしい。この世界では読み書き計算は親が教えるもので、そもそも借金奴隷に堕ちる人たちはそういう教育が受けられなかった人が多いので奴隷商は一種の再教育機関でもあることをラッシュさんは教えてくれた。ちなみに非合法のものでのない限り借金奴隷には最低限の衣食住と命の保証がされており、犯罪奴隷でもない限り炭鉱のカナリア役や死ぬまで働かされるといったことは無いらしい。性暴力に関しては取り締まりはあるが何とも言えないのが実情。だが合法な奴隷商から奴隷を買うと定期的に商業ギルドからの監査が入るため肉体的に痛めつけたりは出来ないし、魅了の魔術であったことを正直に喋らされてしまうので実質奴隷を買える人は善人になる。なお、奴隷への性暴力は取り締まられているが性奴隷はいる。これは娼館に売られるより開放までの期間が安定することによる。またこの世界に性行為の年齢制限は無いので普通に五、六歳児の娼婦や性奴隷が居たりする。それ以下は流石に物心がつかないとされているため特殊な店で母親が働いていいない限り見ることは無い。
「リューグ?」
「何?」
何とはなしにすれ違う馬車を眺めていた俺は、最後尾にいたリューグがその馬車を見つめているのに気が付いて声をかける。
「どうかしましたか?」
「……何でもない」
そう言ってリューグは前を向き、歩みを進める。そんなリューグの姿が、俺は少しばかり気になった。
「人さらいの被害? 冒険者が?」
帝都リリーゼまでの途中。立ち寄った中規模都市ゼルの冒険者ギルドでそんな話を受付嬢から聞く。
「ええ。警邏隊がずっと追ってるんですが、どうも尻尾が捕まえられなくて。冒険者ギルドも有志の冒険者を中心に巡回してくれたりしているんですが、一向に」
そちらのお二人は特に気を付けて下さいね、とミアとイリスさんに視線を向ける受付嬢。贔屓目を抜いてもミアは可愛いし、イリスさんは美人だ。髪と身体の手入れもしっかりしている。それに外様なので狙われやすいのも頷ける。
「ミスリルランクがお二人もいるチームが協力して頂けると嬉しいんですけど」
「悪いが先を急ぐ旅なんでな。すまない」
「いえいえ、お気になさらず。なにか情報があれば警邏隊か冒険者ギルドまでお願いします」
旅の途中で取った獲物の解体を頼んでギルドを後にする。
「にしても人さらいか……。リューグ、どう思う?」
「外様の冒険者を狙ってるからまだ中規模。でも完全に潰すつもりでやらないと手を出すだけ無駄」
「だろうな」
そう言ってラッシュさんは宿で紹介してもらった宿へと向かう。道に迷ったように街を一周するように迂回して、宿へ。今は死角になるような狭い裏通りにいる。
「ラッシュさん」
「もう食いついたか」
「害意が無いので普通は気づかないと思いますけど、付けているのが三人。前方に待ち構えるように先回りしたのが六人」
「シグルド。任せていいか? 捕縛するなら一番楽だからな」
「了解」
俺は一人別れるように追手の死角となる裏路地へ消え、パワードスーツを装着する。そしてステルスを起動させると、追跡者のさらに後ろから皆の後を追っていく。
飛び出そうとしていた一人と何かあった時の連絡員らしき逃亡の構えを見せている二人に無音の麻酔弾を撃ち込む。金獅子の皆を見ると、遊んでいた。
ミアとイリスさんは怯えて腰が抜けている演技をしているし、リューグはラッシュさんと微妙に射線が重なる位置で狙いが付けられないフリ。ラッシュさんはいつも通り耐えるだけ。いくら相手を油断させるためだとは言えこれは酷い。
俺は上空を飛んでラッシュさんとラッシュさんを襲っている暴漢を挟むように位置取ると、麻酔弾を無音で放つ。汗一つかいていないラッシュさんは盾を背負うと、きょろきょろと俺を探す。ステルスを切るのを忘れていた。
「お、そこにいたか」
「目撃者ナシですよ。寝てる間に縛り上げて情報吐かせましょう。あ、後ろに三人いるんで連れてきます」
俺たちを付けていた三人を連れてきて、九人まとめて縛り上げる。
「イリス。魅了の魔術を」
「はい」
魅了の魔術は睡眠状態にある方がかかりやすい。その後ウェイクアップで起こす手間はあるが。全員に魅了がかかったところでウェイクアップで全員を叩き起こす。襲撃者は皆一様にとろんとした目をしており、焦点は合っていない。
「お前らがこの街で暗躍している人さらいか」
「……そうだ」
「なぜ冒険者を狙う?」
「ボスの……命令」
聞きたいことをラッシュさんが聞いていく。襲撃者の目的はミアやイリスさんだけではなくラッシュさんや、見た目的には貧弱な俺やリューグも捕らえる予定だったらしい。なおラッシュさんを襲っていた暴漢は囮。俺が初手で仕留めた一人が遮音結界を張って煙幕を撒き、ライフスティールで動きを封じる予定だったらしい。順番を間違えなくて良かった。
基本的には下っ端の構成員らしくほぼすべての答えがボスの命令だった。あと金のため。
「俺たちがミスリルだって知らなかったのか?」
「知っている。だから、ライフスティールを連続詠唱、できる奴を、つれてきた」
確かにみんなだけだったらライフスティールで動きを止められていた可能性は高い。やっぱり光学迷彩も併用した完全ステルスはチートだな。流石禁止パーツ。
ちなみにライフスティールを防ぐ手立てはかけられないように立ち回る以外にない。
というか下っ端と思って悪かった。君ら、実働部隊でもトップなのね。
「はぁ、もういい。お前らのボスは誰だ」
「ボスは…………」
襲撃者の答えに、俺たちは頭を抱えた。とりあえず襲撃者を引きずっていき、警邏隊に突き出す。一つの試金石だった。組織がどう動くかの。
「裏通りで襲われた。例の人さらいだろう」
ラッシュさんの言葉に目を丸くしていた警邏隊の人が再起動する。
「よく無事でしたね。ご協力、感謝します」
礼を取る警邏隊の人に俺とラッシュさんは蒼く輝くカードを見せる。
「ミスリル級冒険者⁉ はー。この人数で手が出ないのも納得です」
「いや、恐縮してほしいわけじゃないんだ。しばらく滞在するから、情報が聞けたら教えてほしい」
「はっ。上に伝えておきます。非公式ですが冒険者ギルドとも協力体制を取っているので問題ないかと」
「協力、ね。まぁ、頼んだ」
そう言い残して俺たちは警邏隊の詰め所を後にする。
「どうなりますかね、あの人たち」
「そんなの決まってる」とリューグは自分の首筋を親指の爪ですっと薙ぐ。
「ですよねー」
「でも俺たちはもう安全なはず。報復に来るほど馬鹿だったら分からないけど。賢い頭なら放って次の得物を狙うはず」
そう言ったリューグの予想は正しかった。俺が一番探知に向いているため三日ほど自分を囮にミアを連れて街を回ってみたが、これと言って動きはない。監視はされているようだが宿の中までは見張られてないらしい。ちなみに捕らえた襲撃者は情報を聞く前に死んだと報告を受けた。死因は毒物。遅効性の毒物を飲んでいて時間内に解毒薬を飲まないと死ぬようになっていたとのこと。もちろん嘘であることは分かっている。こちらで自白させたときに、毒物を飲んでいないことは確認済みだ。また魅了の魔術は記憶に残らない。俺たちが勝手に自白させたことは警邏隊にも冒険者ギルドにも伝えていないので、相手は罠にかかったことになる。
「でも、ラッシュはどうする気だろうね」
「潰すんじゃないですか? ただの闇組織なら放っておきますけど、これはおそらく俺とラッシュさんの領分なので」
「そりゃそうかもしんないけどさぁ。相手が悪くない?」
「否定はしませんけど、どのみち感情的には放っては置けないんですよねぇ。何よりミアを狙ったのが腹立つ」
俺からミアを奪おうというなら徹底的に叩きのめす。そんな気分。
昔に比べてだいぶ攻撃的になった。この手を放すくらいなら何でもしてやるというくらいの気概が今はある。
「あ、リューグだ」街中でリューグの姿を見かける。誰かと話をしているようだ。
「おーい、リューむぐ」
「ミア、ストップ」
俺は声をかけようとしたミアを止める。そして「見て下さい」と物陰に隠れながらリューグの方を指さす。
「女の子?」
驚いた様子のミアに俺は頷く。年のころはリューグと同じくらいか少し下。小柄だが冒険者風の格好で、顔立ちは可愛らしく愛嬌がある感じだ。だが子供には出せない妖艶さがあるように見える。
女性、というか、リューグが俺たち以外と話しているのを初めて見た。ミアに聞いてみると同じ意見を貰う。俺はいけないと思いつつも興味本位で聞き耳の魔術の感度を上げた。
「へー。今は冒険者やってるんだ。ウチもそうだよ。これでも銀ランクなんだ。リューグは?」
「金」
「すごいじゃん。ソロ? パーティー?」
「仲間がいる。世話になってる」
「そっか。仲間がいるんだ。ねぇ、抜けて一緒に来ない? 歓迎するよ?」
「…………」
「まぁ、いいや。しばらくいるんでしょ? ウチは火鼠の宿ってとこを拠点にしてるから。気が変わったら来て」
その少女はリューグの頬に口づけると、そのまま影のように雑踏の中に消えて行った。
「ミア、シグルド」
リューグの顔がぐるりとこちらを向く。俺とミアは揃って「ひぃっ」と声を上げた。つかつかと寄って来たリューグはいつも以上に感情を消した目で俺とミアを見据える。
「盗み聞きとは感心しない」
「いやー、ゴメン。でもあたしはほとんど聞こえてないから」
「すいません。途中から聞き耳で聞いてました。お知合いですか?」
「娼館に居た頃の知り合い。いや……」
リューグは視線を逸らす。
「俺が自分の意思で抱いてた女」
「えっ?」
とりあえず往来でできる話ではないので宿へと戻る。ラッシュさんとイリスさんはいない。おそらく調査という名のデート中。
「自分の意思で抱いたって、いつの時ですか」
「最初は七歳だったと思う。あいつ、メイは一つ下で、母親と一緒に借金奴隷として娼館に流れてきた。娼婦にするのの練習台に俺が処女を奪った。何度もしてるうちに他の襲ってくる女どもとは違って受け身だから情が移って、俺が娼館を離れるまで何度も抱いた。それだけ」
それだけって、それ、歪だけど子供心に好きだったのでは? あとミア。わくわくしない。
「それでそれで? 再会してどうだった?」
「どうも何も。既に他人」
「えー。キスされてた癖にぃ~。あれ絶対リューグのこと好きだって」
「娼婦が客を送る時にもやる。……リフリスにいるとは知らなかった」
「勧誘されてたようですけど……」
「えっ。リューグ! それ受けたの⁉」
「俺には、金獅子がある」
その言葉にミアはほっとする。だがリューグはどうにも歯切れが悪い。
「会いに行くくらいならいいんじゃないですか。実際、彼女が去り際に言った通りしばらくいるんですから。何か心残りがあるんじゃないんですか?」
リューグは何か言おうと口を開いた形で留まる。そのままパクパクと口を開いたり閉じたりして、最終的にその口をつぐんだ。
「リューグ?」
「考える」
そう言ったリューグは、その日一日ずっと思案顔だった。
翌日、一年ぶりの鐘の音を俺はロアの街で聞いた。安全のために鍵はしっかりかけて遮音結界の魔道具を起動した上で宿番は無し。ちなみに昨日の夜には自宅に商業ギルドから手紙が放り込まれていた。内容はポタタの薄揚げの店の出店依頼。それを俺たちは揃って無視した。俺たちは今リフリス帝国にいるのだ。自宅にはいるはずもないのだから手紙も受け取りようがない。それにポタタの薄揚げは既に跳び兎亭が引き継ぎ今や人気メニューだ。そこに行けば食えるのをみんな知っている。ただ油の質だけはどうにもならないので味は俺の屋台より少し劣るそうだが。料理長に期待である。
全員揃って一階の食事処へ。女将さんが「新年だからね。サービスするよ」と言って小鉢に入ったカブのようなダイコンのような野菜の煮込みをくれる。
美味いが、煮物なのにシャキシャキしてる。あとなんかめっちゃ甘い。サトウダイコンみたいなもんか?
「あー、コタツに入ってのんびりしたい」
「ミア、分かるが言うな。戻りたくなる」
和室入り浸り勢のミアとラッシュさんがそんなことを言う。ちなみに炬燵布団は律儀に俺の帰還を待っていた二人の再三の要求により寒さもあったので戻したが、また炬燵で寝たら炬燵自体撤去の刑に処すと言い渡してある。そもそも最近のミアは俺の側にべったりだし、ラッシュさんはイリスさんに張り付かれているのでそんなことは無いだろうが。
ちなみに昨日のリューグの話はラッシュさんにはしていない。必要な話なら自分で言うだろう。あんな感じでもリューグは報連相はしっかりしている。
「今日はギルドへ行くぞ。昨日支部長に繋ぎを作っておいた」
「あ、デートしてた訳じゃないんですね」
「ん……。むぅ」
ラッシュさんの歯切れが悪い。
横でミアが「どうだったの」とイリスさんに聞き、イリスさんは「腕を組みました」とはしゃいでいた。
デートもしっかりしてたんですね。あとミア。腕を組むぐらいで満足しちゃいけないとかそそのかさない。ラッシュさんが困るでしょうが。
朝食を終えてしばらくしてから冒険者ギルドへ。受付で話をすると、すぐに上階へ通された。
部屋の中では、カイゼル髭に片眼鏡をかけた人物が書類仕事をしていた。
「適当にかけてくれたまえ。もうすぐ終わる」
「失礼します」とラッシュさんが言い、ソファに腰かける。ソファは三人掛けなので横に椅子が二つ追加で置かれていた。入室した順に適当に座ったので追加の椅子には俺とミアが座る。
「よし。終わった。待たせたね」
片眼鏡を置き、ゼルのギルド支部長が俺たちに対面するソファに浅く腰かける。糸目で分かりづらいが、片眼鏡をしていた方の目は閉じているようだ。
「ようこそ、ゼルへ。私はこの街の冒険者ギルドで支部長をやっているムジカという者だ。よろしく」
「よろしくお願いします。ムジカ支部長。私たちは金獅子。私はリーダーのラッシュです」
「聞いているよ。不沈のラッシュに無貌のシグルド。ミスリルを二人も擁するパーティーは国を越えて有名だ」
「無謀……ですか?」と俺は首を捻る。
「多分、思っている字が違うね。貌が無いと書いて無貌。君は強いらしいという以外に情報が少ないから。若干一年半ほどでミスリルにまで上り詰めた期待のニュービー。前例がないわけではないが、その注目度は非常に高い。銃と槍を組み合わせた独自の武器を使い、鎧も着て前線も張るがメインは後衛の支援要員という。だが古株のメンバーを差し置いてミスリルに推された。さて、君の本質は一体なんなんだろうね?」
なんとなく嫌な感じの人だ。嫌悪感とはまた違う。本質的なところで怖い。なにかすべてを見透かされているような、そんな感じ。
「支部長、今日お邪魔させていただいたのは街を騒がせている人さらいの件です」
「それも聞いている。君たちも襲われたそうだね。無事でよかった。良ければどう対処したのか参考までに聞いておきたいが……」
「私が盾として六人を抑えている間に後ろをシグルドに。その後は抑えていた六人を順に」
「ほう……? それは他の冒険者でも実行可能なことかね?」
「残念ながら。私のように耐えるだけなら人数を揃えれば問題ないでしょう。ですが我々はシグルドの存在が大きいのです。銃の持つ弱体能力か、それに準ずる何かがない限りは難しいかと」
「なるほど。して、シグルド君。君はが使うその弾には何の魔術が込められているのかな?」
「スリープです」
「ふむ。一般に流通しているものだね。分かった。ありがとう」
「支部長。捕まえた構成員からは情報が得られなかったと聞きましたが」
「あぁ。毒を飲んでいたようでね。尋問をしようとした矢先に呼吸困難に陥り、その後死んだらしい」
「他に構成員が捕まったことは?」
「無い。君たちが捕まえたのが初めてだ。彼らは竜の住処を荒らしたのかな?」
「いえ。我々は所詮外様。街の問題は街で解決して頂くのが筋かと。依頼とあらば別ですが、協力いたしましょうか?」
「いや、構わない。警邏隊の方も頑なでね。現場はそうでもないのだが上が領分を荒らされるのを嫌がって依頼としては出してくれないのだよ。我々も有志の見回りをしているところだが、人自体は十分足りている。それでも尻尾がつかめないのだ」
「ギルドとして由々しき事態なのでは? ギルドとして依頼を交付して頂ければ我々も動けますが」
「既に交付し、赤槍というこの街ではトップのチームが受け持ってくれている。ギルドのルールは知っているだろう。依頼は魔物の緊急討伐などの例外を除いては一つの依頼につき一つのチームしか受けられない。ダブルブッキングによる諍いを防ぐためだ。これは私でも変えられん」
「そうですか。では、赤槍を紹介して頂けますか?」
「構わないよ。彼らも構成員を捕縛した君たちの話を聞きたいだろうしね。ちょっと待ってくれたまえ。紹介状を書こう」
そう言ってムジカ支部長は執務机に戻り、ペンでサラサラと紹介状らしいものを書いた後、それを丸めて紐で閉じ、ギルドの印で封蝋をしたものをラッシュさんに寄こした。
「赤槍は普段、火鼠の宿という酒場に逗留している。街の北側だ。詳しい位置は……地図はどこへやったかな? ……あぁ、あったあった。これを見てくれたまえ。ここらへんだ。ファイヤーラットをあしらった看板が出ているからすぐわかるはずだ」
ギルドを出てその足で火鼠の宿に向かう。ギルドは街の中心にあるのでそこまで不便な場所ではないが、街一番の冒険者が使うには少し外側に近すぎる気もする。
「リューグ、火鼠の宿って……」
「メイがいる宿」
「何の話だ?」と先頭を行くラッシュさんが訊ねる。
「昔の、娼館時代の知り合いがいる」
「裏か」
「そう」
それ以降の会話は無かった。火鼠の宿に入り、様子を確認。賑わってはいないが、いい雰囲気の店だった。
「いらっしゃい。宿泊かい?」
「いや、ここに逗留しているという赤槍に用があって来た。ギルドマスターの紹介状もある。取り次いでもらえると有難い。あと時間的に昼食も」
「なら呼んでやるから酒場の方で適当に注文して待ってな」
受付に来た店主らしき男はラッシュさんの紹介状をひょいと取り上げて二階へ向かう。酒場の方で黒パンとスープを注文するとすぐ出てきた。それを食べて待っていると、数分もしないうちに二階から四人組が降りてくる。先頭はスキンヘッドの体格のいい男。いかつい岩のような顔が印象的。その後ろは細身の男、凹凸の少ない兎人族の女、そして先日リューグと話していたメイと思われる少女が続く。
「あんたらが金獅子か? 俺は赤槍のバング。一応チームリーダーだ。こっちの優男はホープ。兎人族の女はユキ。ちっこいのはメイだ」
「ちっこいって言うな。リューグ、また合ったね。仲間ってミスリルの人だったんだ」
「ん」とリューグは黒パンを齧りながら短く答える。
「知合いか、メイ」
「ほらこないだ言ったじゃん。ウチの昔馴染み」
「ああ。……だがあの話は無理そうだ」
「もうちょっと試させてよ、お願い」
「……構わんが、期待はしないほうがいいぞ」
メイさんと話していたバングさんが俺たちに向き直る。
「俺たちも昼飯にしようと思ってたところだ。話もその席でしよう。場所を開けちゃくれねぇか?」
その言葉に簡単に自己紹介したラッシュさんと、それを見たイリスさんが席を立つ。入れ替わるようにメイさんとユキさんが座り、残りの二人はラッシュさんと共に別の席に着いた。ちなみにリューグの隣にはメイさんが座っている。
「初めまして。ユキです。人さらいの構成員を倒されたとか。シグルドさんはあなたですよね。どうやって倒したんですか? 金ランクが太刀打ちできないほど強いって話なんですけど」
「俺には銃がありますから。それに槍も少々」
「なるほど今は武装しておられないようですが、アイテムボックスですか?」
「いえ、整備中で宿に置きっぱなしです」
俺がそう言った途端、隠れていた気配がいくつか消える。宿には実際銃が置いてある。この世界の銃に限りなく似せて作った、無駄に部品だけが多いガワだけの鋼の塊が。
「不用心じゃないですか?」
「徒手格闘も我流ながら少々。その辺の冒険者にも負けませんよ?」
これは事実である。金獅子の皆と模擬戦をしたが、思考加速まで及んでいるっぽいミアと不沈艦のラッシュさんはもう論外としてリューグとイリスさんには勝った。ロロホルで知り合いになった有志の冒険者相手に俺に勝ったら金貨十枚ということで賭けをさせたが、俺が無手で全勝したという記録もある。メカを作るために開発や組み合わせの工夫をしてきた俺の知覚能力はそれだけで他人を圧倒できるほど。前にダンジョンで体が付いてこなかったことを危惧して訓練したので今は体も良く動く。というか、冗談で襲ってくるミアを迎撃するついでに組手をしていれば必然的にそうなる。イチャついているばかりのようで、訓練も兼ねているのだ。だいたい押し切られて人間マタタビの刑にさせられるが。ちなみにこの世界にも普通の猫はいて、マタタビのような植物もあるが、猫人族には効果はない。ミアのは単に甘えているだけである。鍛える気もあるようではあるが。
「そうなんですね」そう言ってユキさんは運ばれてきた食事に手を付け始める。その横ではリューグがメイさんに絡まれていた。
「リューグ」
「何」
「立場とか置いといてまたしない? ウチ、巧くなったよ? リューグが居なくなってからもだいぶ客に仕込まれたから」
なにやら食事の席に相応しくない会話がされている。
「ウチ、やっぱりリューグがいい。忘れたこと、無かったよ?」
「メイは変わった。前はそんな積極的じゃなかった」
「……変わるよ。これでも娼婦だったんだから」
確かに言動や雰囲気は娼婦のそれだった。だがその熱っぽい視線の奥には冷たい何かが見え隠れしている。その冷たさはリューグの放つ暗殺者のようなそれに近い。先ほどラッシュさんが確認した通り、ただの娼婦ではなく裏にどっぷり浸かった人間なのだろう。
しばらく当たり障りのない会話をしながら食事をしていると、ラッシュさんの方も話が終わったようだった。
赤槍と別れて帰路に就く。
「ラッシュ、どう思う」と分かりきったことをリューグが問う。
「真っ黒だな。シグルド、どうだった?」
「俺のダミーの銃の話をしたら二人動きました。ビーコン仕込んどかなくて良かったんですか?」
「鑑定を使われたら不味いだろう。こちらの狙いがバレる」
「……それもそうですね」と考えが至っていなかった自分を俺は恥じる。
宿に帰ると、ダミーの銃はベッドの上にそのままあった。だがほんのわずかに動かした跡があるのを俺の直感が教えてくれる。脳強化の記憶力向上が無ければ見落としてしまうくらいの小さな違和感。
「やはり誰か来たようです」
「ピッキングの跡がある」と外の鍵を見分したリューグが言う。
「これは早めに動いた方がいいか?」
そう言って顎に手を当てるラッシュさんに、リューグが「話がある」という。そうしてリューグは、先日のメイさんの会話、その俺が聞き逃していた部分を含めた話と、リューグの考えとやらを俺たちに語った。
赤槍と接触してから一ヶ月。その後しばらく俺たちはリューグの姿を見ていない。サーチで場所は分かっている。火鼠の宿だ。監視目的でビーコンだよりに聞き耳を使ったが、その途端にリューグの荒い息遣いとメイさんの嬌声が聞こえたのでやめた。リューグは案外よろしくやっているようである。
「シグルド、リューグの様子を探ってくれ」
「聞き耳は使わなくていいですよね?」
「二人っきりじゃなかったら大丈夫だろう?」
ラッシュさんには聞き耳を使った時の事情を話してある。行為自体は慣れたが人のを覗く趣味は無い。
俺はサーチの意識を深くする。ビーコンを付けたリューグの周りには十数人の気配。俺は聞き耳を発動させて様子を探る。
側にいるのは人さらいの組織の構成員のようだ。バングさん、いや、バングがリューグを新たな仲間としてボスと呼ばれる人物に紹介している。その人物が本当に仲間になったのかを確認していたが、メイがとりなしリューグ自身も「俺は元々裏の住人。表には行けないと分かった」と言っていた。
下準備は整った。
俺たちはすぐに冒険者ギルドへと向かう。リューグたちはまださっきの場所、かすかな水音が聞こえていたことから下水道から繋がっていると思わしき地下空間にいる。ボスと思わしき人物はまだリューグを疑っているようだ。ちなみに行く道順はリューグのビーコンを何度も追っている中で判明している。
ギルドに到着し、ムジカ支部長に会いたい旨を伝えるとしばらく待たされた後に執務室に通された。
「どうしたのかね、急に。おや、リューグ君の姿が見えないようだが」
「そのことで話があってきました」
「……聞こう」
「ここ二十日ほどリューグが姿を消しています。独自で調査を進めたところ、赤槍と接触していることを確認しました。またその過程で、赤槍が人さらい組織と関係していると推定できる情報を確認しました。リューグも元々裏の人間です。表には居づらくなったのかもしれません。赤槍には裏にいた時の知り合いもいたようですし」
「なんと……」
ムジカ支部長はその糸目を見開く。
「地図をお貸し願えますか?」
ラッシュさんの言葉にムジカ支部長は席を立ち、地図を広げてテーブルに置く。
「おそらくアジトは地下。下水道のどこかと思われます。侵入口は街の北側。赤槍が逗留している火鼠の宿とも近い」
ラッシュさんは地図に落としていた視線をムジカ支部長に向ける。
「私とシグルドは、ミスリルの責務によって赤槍、及び元メンバーの金ランク冒険者リューグを捕縛します」
「……話は分かった。だが赤槍が関係している証拠は?」
「ありません。しかし、地下道に消えて行くのを確認しています。同じ地下道にガラの悪い連中が入っていくのも」
「……分った。君たちはミスリルの責務と言った。止めても行くのだろう。いつだ」
「これからでも」
「待ちたまえ。相手は規模は分からないが確実に組織だ。四人では心もとないだろう。警邏隊と協力するといい。あっちは嫌がるかもしれないが。私が連絡を付けよう。あまり悠長にはしていられないが、決行が決まったら連絡する。どうかね?」
「戦力不足は懸念事項でした。そうして頂ければありがたいです」
「事件解決を願うよ」
そう言って手を差し出したムジカ支部長の手をラッシュさんがとる。
「はい。必ず」
その後連絡が来たのは翌日の昼。決行は三日後ということだった。
そして手紙を受け取った三日後。見張りの警邏隊の人から赤槍が動いたとの連絡を受け取って地下道への入り口へと向かう。そこは裏路地の先。袋小路になっているところの地面に、扉が付いていた。
「俺たちが先に行かせてもらう。探索などは冒険者の領分だろう」
ラッシュさんがそう言って俺を先頭に扉を開け、梯子を下りて行った。降りた先はやはり下水道。ライトの光と微かに残る足跡を頼りに進んで行く。しばらく進んで行くと、さらに地下に降りる階段があった。そこを俺たちは躊躇なく進んで行く。俺たちの後ろでは敵を逃がさないためか警邏隊がみっちりと隊列を組んでいた。
階段を降りるとホールのような場所に出た。壁には人が一人横たわれるくらいの穴が開いており、古い布で包まれた何かが横たわっている。どうやらここは相当に古い墓所らしい。
というか墓所への通路を下水道にしたのかこの街は。いや、確かに便利だったろうけども。
死者への冒涜という概念がないのか、それとも奪った土地で先住民への敬意がないのか。だが今はそんなことを気にしている場合ではない。
正面には赤槍とリューグ。そしてガラの悪そうなのが二十人ほど。
「よう。数十日ぶりだな、ラッシュ」
「バング、逃げなくていいのか? こちらには警邏隊もいるんだぞ」
「そうだな、いるな。俺たちの味方の警邏隊が」
後ろの警邏隊の人は、出口を守るように展開している。そしてその剣を俺たちに向ける。
「お前らのお仲間の一人も既にこちら側だ。気づかなかったのか? 嵌められたんだよ、お前らは!」
ゲヒャヒャと下種な笑いをするバング。リューグを除いた他の三人も俺たちを嗤っていた。
「さあ、跪け。……リューグ。お前を仲間にする最後の試験だ。お前が殺せ」
「分かった」
膝立ちになった俺たちにリューグが一歩歩み寄る。
「シグルド」
「何ですか」
「俺はお前が気に食わなかった。立て。射貫いてやる」
その言葉に俺は立つ。リューグは弓で俺を狙う。キリキリと引き絞られる弓。リューグは間違っても外さないだろう。
俺は覚悟を決めた。その矢じりをじっと見つめる。ヒュンと音が鳴って、俺の耳を掠めた弓は後ろの壁に突き刺さる。
ほんといいエイムだよ、リューグ!
俺は思考加速を施しておいた頭で耳に痛みが走った瞬間その手を銃槍に伸ばしていた。瞬時に構え、発砲。薙ぐように銃口を動かし、一周。連射された衰弱弾は各員に二発づつ命中し、金獅子以外の全員に膝を付かせる。
「シグルド、奥!」
リューグの声に俺は走る。降りてきた階段と対面にある扉を蹴り開け、中に居た奥に逃げようとしていたそいつらを衰弱弾で足止めする。
「なッ! スリープではない⁉ これは、ライフスティール⁉」
「そうですよ、ムジカ支部長。あとお初にお目にかかります。警邏隊統括、ロンドル」
俺は糸目のカイゼル髭と小太りの中年を睥睨し、縄で縛って連れていく。
「リューグ」
「シグルド」
俺とリューグは拳を突き合わせた。
「リューグ! テメェ、裏切るのか」と俺とリューグの様子を見ていたバングが吠える。
「裏切るも何も、寝返った奴を信用する方がおかしい。そういうやつは風見鶏だから。裏の人間にしては甘ちゃん」
やれやれと言った様子で残りのごろつきを縛り上げるリューグ。俺も手伝いに走る。
「にしても耳掠めるのは怖いですって」
「シグルドなら当てる気でも避ける。なんの問題もない」
「そうですか……。あと気に食わなかったってのはもちろん嘘ですよね? なんか真に迫ってましたけど」
「…………………………………………………………」
「ちょっと、リューグ⁉」
「……ミアとの絡みは、ちょっと鬱陶しい」
「もー! ミアのせいでリューグに怒られたじゃないですかぁ!」
「えー⁉ あたしのせい⁉」
離れてこの場にいる人間を縛り上げながらやいのやいのと言い合う俺とミア。それを聞いたリューグは「そういうとこ」と口元に笑みを浮かべながらぼやく。
というか気にしないんじゃなかったのか。我慢してくれてたのか。ゴメン、リューグ。
「クソッ。ウェイクアップを付与した魔道具も用意した! お前の銃も調べさせた! こんなの聞いてない。聞いてないぞ! 何なんだよ! お前らは⁉」
縛り上げられたバングが俺に向かって唾を飛ばしながら怒鳴った。
「ミスリルを舐めすぎたんじゃないですか?」
「いや、シグルド。俺でもこの人数は止め……いや、囲まれたとしても実質六、七人だから行けるな。ミアとシグルドの方がキツイわ」
俺に突っ込みを入れようとしたラッシュさんがセルフツッコミを入れている。その様子を見て、ムジカ支部長、もとい、人さらい組織のボスの一人、ムジカは渋い顔をした。
「さすがはミスリル級。いや、恐ろしきは無貌のシグルドか。まさかこれほどとは」
「最初に俺たちを狙った奴らが捕縛されてきた時点で吐いていることを想定しておくべきでしたね」
「想定していたさ。だがその後正直に君たちが来るものだから、油断したよ」
ムジカはそう言って押し黙る。もう一人のボス、警邏隊統括ロンドルは歯ぎしりをして身をよじるだけだ。
全員を縛り終えたところで俺はそれに気づく。喚く赤槍のメンバーの中で、一人地に額を付けて伏していたメイが、呪詛のように何かを呟いていることに。
俺は側によって耳を近づける
「………………グ……ーグ……ューグリューグリューグリューグリューグリューグリュ―グリューグリューグリューグリューグリューグリューグリュ―グリューグリューグリューグリューグリューグリュ―グリューグリューグリューグリューグリューグリューグッ‼」
「メイ」
「ウチと一緒に来てくれるんじゃなかったのかよ! お前はそういうやつだ! あの時も! 今回も! ウチを置いていった! 会いに来てくれなかった!」
その目に宿る強い光は、憎悪。いや、愛憎とも言うべき強い感情。呪詛を垂れ流すメイをリューグは見下ろす。その横で俺はムジカとロンドルの首から下がっていたタリスマンを引きちぎり、ぽいっと捨てる。これがウェイクアップが付与された魔道具らしい。
二人を眠らせ、イリスさんに魅了をかけてもらって構成員を全て吐かせる。冒険者は有志として見回りをしていたものが多くまだ街に潜伏しているが、警邏隊はここにいるので全員のようだ。
「シグルド」とリューグに声をかけられる。
「何ですか?」
「ちょっと手伝ってほしい」
そう言われて先ほどムジカとロンドルがいた部屋に行くと、いつの間にやら引きずってこられたのかメイが転がされていた。
「ライフスティールかけてほしい。意識ははっきりする程度に。銃は使わないで」
面倒な注文だと思いながらライフスティールをかける。それを確認したリューグはメイの縄を解く。
何をする気だろうと思ったが、俺はその行動を見守った。
「メイ。ごめん」
リューグは、そう言って力の入らないメイの身体を抱きしめる。一瞬びっくりした表情をしたメイだが、すぐにその顔をくしゃくしゃにして涙を流した。
俺はライフスティールの効果が薄くならないように適宜かけ直してやる。
「俺、メイを傷つけた。娼館に居た時もそう。最初、嫌がるメイを無理やり抱いた」
「リューグ。ウチ、あんたが憎い。でも、仕事が始まってからはリューグと肌を合わせてるときが一番幸せだった。リューグが一番優しかった。だからキモイオヤジが来ても、ケツに入れたがる変態がきてもやってられた。裏の仕事もしたんだよ。ヤった相手に毒を盛ったりとか、そんなんばっかだったけど。ウチ、リューグが好き。殺したいほど憎い」
支離滅裂な感情をリューグはじっと受け止めた。しばらくしてメイがすすり泣くだけになった頃、リューグは少し体を離してアイテムポーチから取り出した小さな丸薬のようなものをメイに見せる。
「マンイーターの丸薬……」
「そう。痙攣の後に呼吸困難で死ぬ」
「わかった」
そう言って口を開いたメイの目の前で、リューグはそれを口に含んだ。そしてそのままメイに口づける。開いた口に舌を入れ、絡ませてそれを送り込む。メイの喉がごくりと動いた。
「あは。ここでお願い聞いてくれるんだ。初めてキスしてくれたね。嬉しい」
「これ以上メイのそんな姿を見たくない。シグルド、スリープを」
呆然としていた俺が再起動してスリープをかけようとするが、それはメイ自身に止められた。
「いいよ。死ぬまで十分もかからないから。だからリューグ、お願い。最期まで抱きしめてて」
リューグは痙攣が始まったメイの、その身体を力の限り抱きしめた。
俺はその場を後にする。二人だけにしてやろうと思った。
「シグルド、リューグは?」
「今は、二人にしてあげてください。最期の別れを惜しんでいるところです」
ミアの質問に、俺はそう返す。ラッシュさんとイリスさんにも伝える。奥の部屋には、行かないであげてほしいと。
十分もしないうちにリューグが奥の部屋から姿を現す。その腕の中には、眠るように弛緩したメイの姿。メイを横たえ、リューグはその頬を撫でながら俺に頷く。俺はアイテムボックスからロアで購入した木札を取り出すと、叩き割って善良な警邏隊に居場所を知らせた。
その後は忙しかった。警邏隊はその三分の一が汚職に手を染めていた。幹部クラスはほぼ全員。閑職に回されていた人に警邏隊のトップを一時引き継いでもらい、犯罪者の一斉摘発をしてもらった。冒険者ギルドの方はもっと面倒で、ギルド職員はシロだったものの犯罪に手を貸していた冒険者の一部は街の外に逃亡。ミスリルの権威をフルに使って全国指名手配にしてもらう必要があった。幸い名前は割れている。そのうちお縄になるだろう。それに単独で何ができるというものでもない。
ちなみにリューグがメイに毒薬を飲ませたのは罪には問われなかった。一応リューグにも魅了がかけられメイ殺しの委細がその口から語られたが、メイが毒を自分で飲む意思があったことから属託殺人扱いになったためだ。ちなみにこの世界では属託殺人や自殺幇助は認められている。
冒険者が減ったギルドの立て直しに少し手を貸すべく俺たちは未だしばらくゼルに滞在している。依頼は特にないのでラッシュさんが御用聞きみたいなことをしながら金獅子としては暇を持て余しているが、リューグは空を見上げることが多くなったように思う。
「よかったんですか」
「何が?」
リューグはこちらを見ず、窓の外の蒼天を見上げながら言う。
「メイさんの事です。ラッシュさんが言うには殺さず俺たちの監視下に置くこともできたんでしょう?」
「ああ。犯罪奴隷になるはずだから手を回して買うこともできた」
「だったら!」
「メイは昔言ってた。こんな生活から抜け出してやるって。俺は表に出た。裏に居続けたのはメイ自身の責任。それに……」
リューグは俺の目を驚くほど澄んだ瞳で見る。
「これ以上メイに堕ちてほしくなかった。あいつはもう戻れないところまで行ってたから。一度裏に行ったら、戻れない。俺もそれを実感した」
「リューグはちゃんとこっち側で生きてるじゃないですか!」
「裏の世界は、メイの側は思ったより居心地がよかった」
リューグはまた空を見上げる。それは裏から戻れないのとは違うと言いたかったが、俺は止めた。リューグは自分がメイさんの事を愛していたことを、最低でも他の女性に向ける感情とは違う、好意を抱いていたことを自覚していない。だがそれを指摘するのは野暮だというのは分かった。
きっとこの一件はリューグの心に残り続けるだろう。傷となるかもしれない。だが彼の鋭く澄んだ目はきっと曇ることは無いのだろう。
この世界にも輪廻転生の概念がある。実際に体験した俺はそれを信じている。俺は静かに瞑目すると、いつかどこかで二人の魂が共に歩めることを願った。
三日後、ある程度ゼルも落ち着いてきたので俺たち金獅子は街を発つことにした。街の東門に揃っているが、リューグは寄るところがあると言って少し遅れている。昨日埋められたメイさんのお墓参りだ。
「待たせた」とリューグが街の共同墓地のある方からやってくる。
「行こうか」
ラッシュさんが言い、俺たちは歩き出す。その前を何か横切り、リューグの肩に止まった。その青いオオルリのような小鳥はリューグの頬に頭をこすり付けて南の方へ飛び立っていく。
「一体何?」
「メイさんだったんじゃないですか?」
俺は何とはなしにそう言った。
「この世界では人は人に生まれ変わるっていうのが一般的ですけど、俺の故郷では悪いことをすると動物に生まれ変わるって言い伝えがあるんです。だから、きっと」
「メイ……」
リューグは小鳥が飛び去った方を見上げる。その青く澄んだ空を。
「いつか俺もそっちに行く。……行こう」
俺たちは進む。帝都リリーゼに向かって。急ぐ旅ではない。こみ上げる切なさを抑えながら、歩みを進めていく。だがちらりと最後尾のリューグを見やると、見たこともない優しい顔で何かを思い出しているようだった。




