15 恋模様はそれぞれ
ギルドカードを見せてロロホルへと入る。マルク君は数日前に比べて自信に満ちた精悍な顔つきになっていた。
結果から言えばマルク君の成長率は異常だった。彼は魔術の使い方が拙いだけでその体捌きはもともとジャイアントボアと一対一ができるほど。身体強化の応用、知覚強化を教えてやれば動体視力が向上し、イノシシやジャイアントボアで訓練を積んだ後に出会ったブッシュサーペントと様子を見ながら戦わせてみたところ圧勝していた。また闇系統と付与魔術にも適性があるらしく、俺が銃でやっていることを拳でやってのけた。ちなみにそれは拳に状態異常魔術を乗せるのは生体に付与が出来ないため普通はできないが、それを石礫を握ることでクリアするという荒業だった。これは完全にマルク君のオリジナル。げに子供の柔軟な発想は恐ろしい。
「とりあえずお金が入ったら籠手かグローブを買いましょうか」
「そうします」
返事をするマルク君は今にも「押忍!」とか言いそう。
道着でもプレゼントしようかしら。この世界にあれば、だけど。
それに対してミーナさんは思案顔。この街で別れる予定なので、俺にあまり有用性をアピールできなかったことを悔いているらしい。
とりあえずギルドに向かい、狩った魔物や動物を換金しようということになっている。あと俺は不良冒険者の報告も。その辺はきっちりやる。
受付で不良冒険者がマルク君をいじめてたこととその内容が下手をすれば死にかねなかったこと、街での素行などを言ってその場で開放はしたが意識が改善されなければそれなりの処分を下すようにミスリルのギルドカードを見せながら受付嬢に報告する。
「ではこの件に関してはギルドマスターに報告しておきますね。ミスリルとしての責務、お疲れ様です」
「あと解体と買取お願いできますか?」
「分かりました。では解体所の方にご案内しますね」
「いや、アタシが案内するよ」とミーナさんが口を挟む。
「あ、ミーナさん。え、ミスリルの方が新メンバーなんですか⁉」
「ちがいます。たまたま同行しただけです」
受付嬢の勘違いを俺は速攻で否定する。ミーナさんはしょんぼり顔だ。
「とりあえず解体所はこっち。……強情っ張り」
「どっちがですか」
そんなことを言い合いつつ俺たちは解体所へ向かう。
「ミーナ! お帰り! 仲間は見つかった?」
「ヘレナ! ただいま。いやー、それが……」
「お知合いですか?」
俺が声をかけるとミーナさんの向こうからヘレナさんと思わしき解体職の猫人族の女性が顔を覗かせる。年のころはミーナさんより少し上だろうか。それよりなによりミーナさんによく似ている。
「何、ミーナ。あんた冒険者の仲間探しに行って男引っかけてきたの?」
プププー、とニヤニヤした笑いを向けるヘレナさんにミーナさんの拳が飛ぶが、それはひらりと避けられた。
「俺はチームメンバーでもなければ彼氏でもありませんよ。第一、俺、好きな娘いますし」
しれっと暴露をかます俺にミーナさんは「そうなの⁉」と驚いた顔をする。一方でヘレナさんは俺の側まで寄ってきて頭のてっぺんから足のつま先まで眺めると「旦那が居なけりゃ喰ってたね」とのたまった。
ヘレナさんは文字通りというか見た目通りの肉食系のようだ。この世界の女性が想いを告げるのはふしだらにみられるというのはこの人には関係ないらしい。
「ヘレナ、やめなって! その人そんな感じだけどミスリルランクだから!」
ミーナさんがそう叫ぶと今度は解体所全体がザワッとなった。
「マジで?」と聞いてくるヘレナさんに蒼く輝くギルドカードを見せてやる。するとヘレナさんはムンクの叫びのような顔になった。
「こ、これは失礼しましたぁ~……」
そう言ってフェードアウトしようとしたヘレナさんの首根っこをミーナさんが掴んで捕まえる。
「仕事してってば。あと、シグルドさん。一応紹介しとくね、コレ、アタシの姉貴」
「あ、お姉さんだったんですね。ミーナさんにはここ数日お世話になってます」
「それはアレな意味で?」
「ヘレナ!」
顔を真っ赤にしたミーナさんがヘレナさんの耳元で叫ぶ。
「わかったわかった。悪かったって。ミスリルランク相手にもう冗談言ったりしないから許して」
「じゃあちゃんと仕事して」
苦笑いというか引きつった笑いを浮かべる俺にヘレナさんは居住まいを正すと俺に向き直る。
「では改めて。ロロホルの冒険者ギルド、その解体所へようこそ。本日はどのようなご用件ですか?」
「あ、いつも通りでいいですよ」
「そうかい? ここまで来たってことはどうせ解体だろ? とっとと出しなよ」
変わり身早っ。
その姿にミーナさんは「あちゃー」という顔をして額に手を当てている。こんな破天荒な姉が居たら妹のミーナさんが結構しっかりしてるのも頷ける。なぜこれで仲間が出来ないのか不思議だ。
とりあえず獲物をリストアップして伝えると、やはり置き場所を指定された。普通のイノシシ、ジャイアントボア、コカトリス、ブッシュサーペントを言われたところに出す。
ちなみに今回は全てマルク君に運んでもらった。これにはある理由があってのことだ。
「血抜きは全部済んでるから査定は一時間もあれば終わるよ。清算どうする? 三等分かい?」
「いえ、ジャイアントボア一頭分は全てミーナさんに。他のは二等分して二人に渡してください」
「えっ、シグルドさんの分は?」
「俺はこの旅路で一切戦ってませんからね。受け取れませんよ」
「でも三等分して貰った黒パンの代金も払うって約束じゃないですか!」
そう言うマルク君に、俺は唇に指を当てて静かにのジェスチャーをする。
「マルク君、知ってますか? この世界には荷運び専門のポーターって仕事があるんです。荷物を運ぶだけでお金になるんですよ。今回、あの獲物を運んだのは誰でしたっけ?」
「で、でも!」
「あと、覚えておくといいです。大人はみんな嘘つきなんですよ。君を騙していじめた彼らのようにね」
「あんなのと自分を一緒にしないでください!」
顔をくしゃくしゃにしてマルク君は言う。その肩に、ミーナさんの手が置かれる。
「こういう人だよ、この人は。諦めな。あんたじゃ勝てやしないよ」
優しい目をして言うミーナさん。実はこの振り分けは事前にミーナさんに伝えてあった。そんな彼女にヘレナさんがすすすと寄っていく。
「こんな気風のいい男はなかなかいないよ、ミーナ。意地でも捕まえときな。好きな相手がいるとか言ってたが今隣にいるのはお前だ。とっとと喰って奪っちまえ」
「ホント台無しだよ、ヘレナ」
一時間ほどしてから買取り分の金額を受け取って街に繰り出す。時刻は昼を過ぎた頃。昼食は黒パンを齧りながら査定を待ったので済ませている。この一件でマルク君が得た金額は金貨十三枚と銀貨二枚、銅貨五枚。鉄貨七枚。闇魔法を付与しながら戦うために注文したブラックホーンブルの革製グローブは採寸など含めて銀貨二枚程度だった。革の在庫はあるそうなので出来上がるまで三か月くらい。成長することも見込んで少し大きめに作ってもらうことになっている。節制せずとも出来上がるまで十分この街の安宿なら暮らせるだろう。マルク君はもともと十分強い。アイテムボックス持ちなので盗難とも無縁だろうとの判断である。
革製品の店で注文を済ませて注文票を貰ったマルク君はそれをアイテムボックスに入れる。店を出ると夕暮れ時。そろそろ晩御飯の時間だ。
俺はギルドで聞いておいた一人用の宿を取る。値段も安いのでミーナさんもマルク君も同じところを取るようだ。そして三人で食事処に向かう。今日はミーナさんの奢りだ。俺が獲物の取り分を放棄した分奢るくらいはさせろと提案した時にごり押しされた。
「じゃあアタシ達の出会いとマルクの新たな門出を祝して、カンパーイ!」
酒が好きらしく若干テンション高めなミーナさんの音頭でエールのジョッキをぶつける。マルク君はもちろん果実水だ。
「いいんですか、僕も奢ってもらって」
「いいんだよ。たまには先輩風吹かせてみたいんだ」
そう言ってミーナさんはエールのジョッキを一息で空ける。すぐにおかわりを頼むと、料理に手を伸ばした。テーブルの上にはローストポーク、もといローストボア。野菜とコカトリスの炒めもの。そして揚げ芋。それぞれの手元には黒パンとスープ。
「遠慮せずに食べましょう。その方がミーナさんも嬉しいでしょうし」
「そういうものですか?」
「そういうものです」
そう言って俺はローストボアをつまむ。いい塩梅でローストされており、ソースとも合っていて美味い。
俺もエールのジョッキを空ける。体調的に今日はこの一杯でやめておこう。そんな俺や恐縮しっぱなしのマルク君を余所にミーナさんはどんどんジョッキを空けていく。そして終いには……。
「ふぇ~ん。なんでみんな仲間になっでくでないんだよ~!」
大泣きであった。ソロ活動の寂しさや不満や愚痴が出るわ出るわ。俺もマルク君も引き気味である。しかも泣き上戸の上に聞き流していると絡んで反応を求めてくる対話を求めるタイプの絡み酒。これで酒好きなのだから質が悪い。
「ミーナさんの仲間ができない理由って……」
「多分これですね」
今被害に遭っているのは俺である。ずっと仲間になってくれと懇願されている。
正直面倒くさい。たまに飛んでくる拳を受け流すのも面倒くさい。マルク君も最初は被害に遭っていたが、拳が飛び出したあたりで俺の側に避難させている。だがこの人、どれだけ酔っていても酒代の清算と金勘定は間違えない。一度ウエイターがお釣りを持ってこないことがあったが暴力的に解決していた。手を出したのはミーナさんだがお釣りをちょろまかしてネコババしようとしたのはウエイターなので慈悲は無い。こんなことで使いたくは無かったが、ミスリルランクのギルド証にかけてミーナさんの正当性を訴えると店主がすっ飛んできて謝罪してきた。基本的に宿屋や食事処は冒険者ギルドの斡旋を受けているので冒険者の、それもミスリルの心証が悪くなるのは避けたかったらしい。そのおかげで店主と俺で頭を下げ合うことになった。
「ちょっと~、聞げよぉ~」
誰のために謝ってんだと殴りたくなったが、じっと我慢の子である。もう三分間どころか三時間以上待っている。
これ以上は店に迷惑が掛かると判断したので料理を片付けミーナさんを強制退店。宿屋に担いで連れて行く。部屋に放り込もうとしたが、敢え無く捕まる。そのまま個室でミーナさんが寝るまで宥めること数時間。結局俺が久々に風呂に入れるタイミングを逃して寝たのは、日が昇る前だった。
翌日の昼前。ベッドに腰かける俺に向かって、ミーナさんが土下座していた。
というかこの世界に土下座の文化あったんだ、などと思いつつミーナさんの後ろに控えるマルク君と顔を見合わせる。
「見捨てないでください」
それはミーナさんの敬語であった。
「仲間にはならないって言ったでしょう。あと仲間が出来ない理由も自分で分かってますよね?」
「重々承知しております。かすかにしか覚えていませんが昨日はご迷惑を……」
「分かってるならお酒控えましょうよ」
「それでも飲むのを止められないんだよ~!」
言ってることがアルコール依存症の人のそれであった。
この人も風呂に沈めたらイリスさんみたいに禁酒するだろうか?
「シグルドさ~ん。仲間になってよ~。飯屋に放置されなかったのなんてヘレナがいるとき以外じゃ初めてだったんだよ~」
そう言ってミーナさんが俺の足元に追いすがる。
「シグルドさん。僕からもお願いできませんか?」
「えっ? マルク君そっち側⁉」
予想外の援護射撃に俺は面食らう。
「ミーナさんは、まぁ、酒癖はアレですけど、冒険者として学べることも多いですし、なにより僕もシグルドさんに御供したいです」
「マルクもこう言ってるし、ヘレナじゃないけどいっそのこと旦那になってよ~。あんなアタシを見て放置しない奴なんてそう居ないんだよ~!」
そりゃそうでしょうよ。こちとらイリスさんで酔っ払いは慣れてるんだよ。慣れてるというかラッシュさんの対応を見て覚えたというか。あとさらっと要求のグレードが上がった⁉
俺がどうしようか悩んでいると、俺の部屋の扉を強く叩く音。
「シグルド! いるんでしょ! 開けてっ!」
その声に、俺の身体は勝手に歓喜した。もう聞けないと諦め、それでも求めてやまなかったその声音。名前の呼び方。
俺は慌てて地図を開いてビーコンを確認する。だが反応はアラン砦に五つあるまま。もしやと思ってそのうちの一つを起点にサーチを使うと感じられる魔力はラッシュさん、イリスさん、リューグの三人だけ。
常時発動しているサーチの意識を深くすると、扉の向こうの反応は彼女のもので。
俺は二人を押しのけ扉の前に立つ。鍵を開けようとして、逡巡する。このまま見られてでもゲートで逃げるべきか否か。
「シグルド! 開けてよ……ねぇ!」
その涙声に、俺の手は鍵を開けて扉を開けてしまう。
目の前には、茶髪のウルフカットから生える猫耳。涙を浮かべた薄い金の瞳。引き絞った右腕。
「告白して逃げんな! バカ!」
身体強化の乗っていない、それでも渾身の右ストレート。それを左頬に食らい、俺はたたらを踏む。態勢を崩した俺は足払いをかけられ転倒し、床にゴンッと後頭部をぶつける。そんな俺の胸に、彼女は飛び込んできた。
「あたしも好き。大好き。シグルド。あなたが誰だっていい。もういなくならないで」
俺の胸で大泣きするミアを見て、俺の腕が上がる。一瞬止まって、その身体を思いっきり抱きしめる。
「俺も好きです。この数か月、忘れたことはありませんでした」
ミアが泣き止むのを待って昼食時なこともあり近くの食事処へ。もちろんミアの鼻を頼りに。移動したのは単純に一人用の宿だと四人は入れないからだ。
移動の間ミアはずっと俺の側を離れなかった。いや、側というレベルではない。腕を抱きしめて「もう離さないぞ」という強い意志を感じるしがみ付き。安定の身体強化と物理障壁の併用で腕は保護している。だが涙を浮かべながらも嬉しそうなミアの顔をみていると俺も嬉しくなってくるから困ったものである。
適当にスープと黒パン、果実水を頼んで席に着く。ミアは俺の隣でまだ腕を組んで俺の肩に頬擦りしている。その光景を見て面食らいっぱなしのミーナさんとマルク君。
「あの……シグルドさん、そちらの猫人族の女性は?」
「元パーティーメンバーの……」
「元じゃないよ」
「……パーティーメンバーのミアです」
「えっ、シグルドさんソロじゃなかったの?」
「故あって放浪してました。戻るつもりは無かったんですけど……」
「シグルドの帰る場所はあたし達のところにちゃんとあるからね? みんな待ってるからね? ギルマスとかは青筋立ててたけど」
「それは……怖いですね。しばらく帰りたくないです」
「もー、そんな家出した子供みたいなこと言ってー」
みたいじゃなくてまんまそうなのだが。
「でさ、シグルド」
何ですか、とミアの目を見た俺は固まる。ミアの目からハイライトが消えている。
「メルシーを筆頭としたエディルのギルド職員の次はその猫人族の女? さっき旦那になってとか聞こえたけど」
「怖い怖い。ミア目から光が消えてます。あと腕痛い。物理障壁貫通してる!」
キリキリと軋みを上げる腕。
「おっと」
へし折られる前に緩められた腕に俺は安堵する。
「彼らはエディルからの道すがら同行することになったミーナさんとマルク君です。ミーナさんは仲間探しの途中で、マルク君にはちょっと魔術の使い方や戦い方をレクチャーしました」
「ふーん。じゃあミーナは敵ってことでいいね? シグルドはうちの一員だから。渡さないから」
ミアが俺を勧誘しようとしていたミーナさんを敵視して威嚇する。
「ちょっと。シグルドさんはアタシの仲間になってもらうんだから!」
「あ?」
「こらミア。メンチ切るんじゃありません」
ミアの頭を撫でて落ち着かせる。懐かしい感触だが、だいぶ髪がべた付いている。よく見ればだいぶ痛み、パサついていた。
好きな風呂にも入らず追っかけて来たのか。
俺はミアの頭を抱き寄せ、その匂いをたっぷりと吸い込む。ちょっと臭い。でも、安心する匂いだ。
「お風呂も入らないといけませんね」
「やっぱり臭う?」
「多少。でも落ち着きます」
「シグルドもちょっと臭うね。二人と一緒だったから秘密基地には帰れなかった?」
「ええ。見せる訳にはいきませんから」
匂いを嗅ぎ合っている俺とミアにマルク君の生暖かい視線とミーナさんの何とも言えない視線が突き刺さる。
いかん。久しぶりだったからつい二人を放って堪能してしまった。想いが溢れて程よく壊れてるな。
「すいません、放ってしまって」
「いや、別にいいんですけど。シグルドさん、ミアさんの前だと人が変わりますね」
「そうですか?」
「自覚無いのかい? アタシと態度全然違うよ」
「それは……、まぁ。好きな人とそれ以外だと流石に……」
「それ以外…………。ぐすん」
めそめそしだしたミーナさんに多少面倒くささを感じる。酒は入ってないはずだが。
「そう言えば、ミア。いつからですか?」
「何が?」
「いや、エミールさんと俺の事重ねてたでしょう? いつからちゃんと一人の男として見てくれるようになったんですか?」
「えー。気づいてなかったの? だいぶ前だよ。ほら、ゴブリン討伐の時にシグルドが変になった時あったでしょ。あの時にイリスに怒られたんだ。ちゃんとシグルドを見てあげなさいって。その時からだよ。そのときも、まぁエミィと重ねてたのは否定しないけど、シグルドが他の人の事見るのは嫌だなって思ってたよ。それとなくアピールしてたでしょ。一緒にいる時間増やしたり、部屋に居座ったり。それなのに全然シグルドは告白してくれないし、告白してくれたと思ったら逃げちゃうし」
「……じゃあ、俺たち両片思いだったんですか」
「りょう……? 何?」
「両片思いです。互いに片思いだと思い込んでやきもきしてる、まぁ他人が見たらはよくっつけと思われる状態ですね」
「え。じゃあシグルドはいつから?」
「もう思い出せません。からかわれてるうちにいつの間にか。男なんて女の子にちょっかいかけられたらコロッといっちゃう生き物ですからね。ミアが言ってた俺が変になったのだって、好きになりかけてた状態でミアとイリスさんの会話聞いたことが原因ですし」
「私がエミィと重ねてたって話?」
「そうです。それでずっと俺はエミールさんの代わりだと思ってましたからね」
あの苦い思いは忘れない。あれがあって、ラッシュさんに諭されたおかげで今、ミアをちゃんと好きでいられるのだから。
「あ~。シグルドが煮え切らなかったのはあたしのせいだったか~。でもいいや。今こうしてられるし」
俺とミアは身を寄せ合ったまま。マルク君とミーナさんは今にも砂糖を吐きそう。
そうこうしていると食事が運ばれてくる。この店ではパンも自分で焼いているらしく、香ばしい匂いが店内を漂っている。
あっさりめのポトフのようなスープを口にする。起きるのが遅くて朝飯を抜いたからくたくたになった野菜類が有難い。まだ暖かい黒パンも外側がカリッと香ばしくて美味しかった。
普通に食事を楽しんでいた俺の横からトマト色のスープが入った匙が差し出される。誰かと確認するまでもなくミアである。
「ほら、シグルド。こっちも美味しいよ」
俺は差し出された匙を何の躊躇いもなく口に含む。
「酸味がいい感じですね。ほら、ミア。どうせこっちのも食べさせろって言うんでしょ?」
そう言って俺は自分のスープを匙にとってミアの口へと運ぶ。
「えへへ。あたりー」
ミアは嬉しそうに俺の手からスープを食べる。
「いいなぁ……」と俺とミアを見てぼやいたのはミーナさんだ。
「ああいうのにあこがれるんですか? 僕は恥ずかしくて無理ですけど」
「それもあるけど、シグルドさんの立ち居振る舞いとか、ミスリルっていう実力とか憧れとかもろもろひっくるめて隣にいるミアが羨ましいし妬ましい……」
あ、目から光が消えかかってる。このままミアとの絡みを見せ続けたら暗黒面に堕ちそう。
「ミア。一応人前ですし、少し控えましょうか」
「んー。牽制のつもりもあったけどまぁいいか」
そう言ってミアは俺から少し離れる。
「なぁー、シグルドさーん。アタシの旦那にもなってくれよー」
その瞬間ミアが俺の腕を抱いて猫人族にしては小さな犬歯を剥く。
「どうどう。俺にはミアが居ますから……って、にも? え、一夫多妻って認められるんですか?」
「王族なら当たり前だし、妻や夫を一人しか持っちゃいけないなんて法律はないよ。そもそも子供ができることも考えると相当の経済力がないと無理だけどさ。シグルドさんならミスリルだし甲斐性もあるだろ? なぁー、頼むよー。アタシの酒癖の悪さ見ても逃げ出さない奴なんて今逃したら二度と会えないんだよぉ~」
「ミーナさん、冒険者の仲間を探してたんじゃなかったんですか……」
「あわよくばとか思ったり、思わなかったり?」
「あなたの酒癖見ても逃げなかったのがもう一人いるじゃないですか」
そう言って俺はマルク君に水を向ける。
「いや、さすがに成人前に手を出すのは……。いくら何でもマズイ」
「僕もあれは流石に無理です。昨日はシグルドさんが防波堤になってくれたので直接被害にはほぼあってませんし」
子供は対象外と言っておきながらマルク君の言葉に地味にショックを受けている様子のミーナさん。それに苦笑いを浮かべる俺の袖をくいくいと引っ張るミア。
「ミーナってそんなに酒癖悪いの?」
かくかくしかじか。昨日の惨事を語って聞かせる。それを聞いたミアは「うわぁ……」とドン引きしていた。
「そんなのニールに押し付けちゃえば? あいつ、酒は弱いけどこっちから潰しにかからない限り素面で絡んでくるから丁度いいんじゃない?」
「こんなの押し付けたらガルムさんが困るでしょう」
「じゃあ月光蝶は? エイミとか酒癖かなり悪いし手慣れてるよ?」
「あれ、月光蝶の皆さんとそんな交流ありましたっけ?」
「もともとあそこ、エリエルとベルヌの間を往復してたよ? シグルドが着た頃はずっとベルヌにいたけど。エミィが居た頃、あたしも何回か一緒に飲んでるし」
それは知らなかった。だが実際、泣き上戸の絡み酒とナンパ男の組み合わせはアリか?
思案する俺の向かいで「シグルドさんがいいんだけどな……」と呟くミーナさんは無視する。そもそも仲間にする気はないし、嫁にする気はもっとない。
とりあえず紹介してみるか、と俺は腹をくくった。問題は距離だが、とりあえず会わせるだけならゲートでどうとでもなる。ただ今、俺はロア、というか、ライクロイック王国に戻りたくはない。最低でも国交の復活を待つつもりだ。
「そう言えばミア、今ライクロイックで俺の扱いってどうなってます?」
「ん? どうも何も、何も変わらないよ。ギルドと、あと伯爵が守ってくれてるはず」
やはり迷惑をかけていたか。今度菓子折り代わりにポテチでも持っていくか。それか何か借り一つにしておくか? でもカスパル卿にゲート要求されたら困るな。やめとこう。
そんなことを考えていると、仲間にしてくれ嫁にしてくれコールが激しいミーナさんにミアがついにキレた。
「ミーナ。その口、あたしとシグルドの関係に何も言えなくしてやるから勝負して」
「……アタシが勝ったら嫁に貰ってもらうからね?」
「ホントにその口閉じさせてやる」
「なんで俺を無視して話が進むんですか……」
「シグルド、大丈夫。絶対勝つから。伊達にミスリルを擁するパーティーのメンバーじゃないことを教えてあげる。それに忘れてない?」
何が? と俺は首を傾げる。
「あたしはシグルドのお師匠様だよ?」
その笑顔に俺は安堵する。何にも考えさせず、ただ安心感を与えてくれるその顔に負ける可能性を考える必要を探さなくなる。
そうだった。ミアは強いのだ。銃を使わなければ俺がパワードスーツを着てても敵わないくらいには。
ところは変わりギルドの訓練所。冒険者同士の戦闘は御法度だが、何事にも抜け道はある。ギルドを通して戦闘訓練ということにしてしまえばいいのだ。なおギルドがかむ為にこれを利用したリンチなどが許されることはない。
見物人は多数。二人の手には木剣。奇しくも二人は同じ双剣使い。ミアはいつぞや見た左手の剣は眼前に、右手の剣は少し後ろ目に下げる独特の構え。対してミーナさんは二振りの剣を片方は刺突するように前方に向け、もう片方は切り払うように脇の下に通している。ミアが「シグルドは絶対渡さないから」と言い、ミーナさんは「絶対嫁に貰ってもらう」というものだからギャラリーは「修羅場か?」とわくわくしてみている。一方の俺はいたたまれなくなってマルク君に慰められていた。
「シグルドー。合図をお願いー」
俺は無言でアイテムボックスから銃槍を抜き、マガジンを取り外して空に向けた。
争いの種になっているシグルドなる人物が俺であることを認識したギャラリーの視線が向くが気にしない。
引き金を引く。ダンッと空砲が鳴った瞬間、ミーナさんの足元が爆ぜた。いや、爆ぜたと見紛うほどの水平跳躍。その刺突は蒼烏のガルムさんを思い出させる。その刺突と薙ぎがミアに振るわれる。だがミアは動かない。いや、その下がった右手だけが跳ねあがる。
カカンッと音を立ててミーナさんの木剣が払われる。俺の時の再演を見ているかのようだった。だがその左手は動かない。代わりに足が動いた。
「なっ」とミーナさんが足払いをかけられて前につんのめる。
「獣人同士で瞬発力勝負なんてやったって意味ないでしょー」
ミアはまるで欠伸でもしそうな軽さで言う。これは完全に知覚強化の習熟度の問題だ。しかも今のミアの動きは完全に後の先を取っており、その練度は思考加速まで及んでいる可能性がある。それにミアの対人戦闘はもともとパリィを主体としたカウンター型。数的不利を想定していつも見せている戦法は流れるような連撃だが、それはメインではない。それに対してミーナさんはソロ冒険者ということもあり、盗賊との遭遇戦も逃げてきたらしく対人戦を意識しない急所への一撃必殺型。ミアにその踏み込みや間合い、攻撃を見られてしまえば、勝率は悪いとしか言えなかった。そこでミーナさんは戦法を変える。何度もいなされた突進をフェイントに一撃を入れ、弾かれる前提でその攻撃を組み立て直す。その連撃をミアは確実に避け、いなし、だが反撃は入れない。完全に遊んでいる。それにミーナさんの剣は悪い意味で綺麗だった。その動きの端々にアレンジは入っているものの型が見えている。それに対してミアの剣は泥臭い。完全に我流の、おそらくはエミールさんとの共闘を意識した守りの剣。しかも隙あらば脚や拳、剣の柄が飛んでくる
「えげつねぇ……」
俺は想わず呟いた。一本は取らず、転倒させたりしてミーナさんが自滅するように仕向けており、心をへし折ろうとする魂胆が透けて見えた。
ギャラリーも同じ感想なようで、囃していた歓声は徐々になくなり悪い意味で名物冒険者で知り合いのミーナさんに同情したのか完全にお通夜モードだった。
ちなみにこの形式の決闘には伝統的にジャッジはいない。負けを認めるか、木剣でなければ致命傷に相当する一撃を与えるまで続く。
「ミア」
もうやめてあげなさいとその名を呼ぶ。一瞬こちらをちらりと見たミアはその意味を正確に受け取ったようで、バックステップで距離を取ったミーナさんの着地の瞬間に剣を捨ててその胸倉をつかむと軸足を払って引き倒し、ミーナさんの首筋に手に残った木剣をとんと当てた。
「シグルドー。勝ったよー」
「いい笑顔で来るんじゃありません。全く、年長者の面目も考えてあげて下さい。しかもここ、彼女のホームですよ?」
寄って来たミアと連れだって倒れたままのミーナさんの元へ歩み寄る。
「大丈夫ですか」
仕方がないので抱き起してヒールをかける。その顔は砂埃にまみれて、最後ので強く打ったのか鼻血が出ていた。またその目尻には涙が溜まっており、その顔は今にも哀しさや悔しさで歪みそう。だがそこは大人の女。ぐっと飲みこんだらしい。
「ほらミア、やりすぎですって。というかあんなに強かったんですか?」
「あたし、一対一の対人戦なら金獅子の中で一番強いよ? ラッシュの盾も崩せるし」
「マジか。いや、今までそんな素振り無かったですよね?」
「まぁ、シグルドが来てからは盗賊とかシグルドが対応してたもんね。それまでどうしてたと思う? 伊達に北まで名前が売れてる訳じゃないんだよ、あたしたち」
「え、でも盗賊の手に堕ちそうになってましたよね⁉ ほら、俺が吐き散らかした時!」
「あぁ、あれ? シグルドが居たから。無手でもなんとかなるよ、あたし。獣人の膂力は伊達じゃないからね。あとイリスのほうもタリスマンも構えもナシで魔法打てるし。しかも連続詠唱使って。生死を問わなきゃあれくらいの人数で手こずるわけないじゃん。というか、あたしらと一緒に居て気づかなかった?」
はい。気づきませんでした。というか、よく考えたらパワードスーツ状態の俺と合わせて動ける時点でこの世界基準でも異常なのか。強さの基準にした速度も、元にしたガルムさんは人類最高峰らしいし。
「そういえば、そうでなければ俺、もっと苦戦してましたね、多分」
今までらくらく戦闘していたのがおかしいと気づくべきだった。
というか、金ランクもピンキリだな。いや、ラッシュさん以外はもともと銀ランクだったから金獅子や蒼烏の戦闘力がおかしいのか。あと月光蝶。
「ちなみにミアはいつからそんなに強いんですか?」
「ん? 金獅子に入ってからだね。エミィといた時はもっと弱かったよ」
やはり金獅子のメンバーとかが変に強いだけか。
「さ、ミーナさん。約束通り俺のことは諸々諦めて下さい」
「……わかったよ。あーくそっ。あんな強いなんて聞いてないよ」
「あたしは強いんじゃないよ。命よりも大事なものがかかってたからね。本気度が違うのさ」
「ちょっとくらい分けてくれたっていいじゃんかー」
「本気で、シグルドも乗り気なら考えなくもないけどね。でもミーナにシグルドに会うために関係各所に頭下げて国境の通行証もぎ取って他国までノンストップで追っかけてくる気概ある? それもミスリルの冒険者だからいる街が分かるってだけで」
「くっ……あっははは。アタシが勝てないわけだ」
「ミア、ここに来るまで一体何したんですか」
「キール支部長と伯爵に土下座して閉鎖中の国境を超える大義名分と通行証貰った」
「すいません」
俺はミアをふんわりと後ろから抱きしめる。
「あんまフラれた奴の前でイチャ付かないでほしいなぁ」
「その辺は許してください。それで、ミア。大義名分って何ですか?」
「手紙。重要機密扱いの。ギルマスから。後で渡すね」
手紙の内容をいろいろ想像して「怖いなぁ」とぼやく俺に、ミーナさんが今からヤケ酒するから付き合えという。その言葉に、俺と、いつの間にか隣に来ていたマルク君が「え゛ッ」と思わず声を上げた。
「どうせ最後なんだから後の面倒みてくれたっていいじゃん。ミア、アンタも逃げれると思わないことだね」
「えー! あたしも⁉」
当たり前のように飛び火したミアが嫌そうな顔をする。
「シグルド! ゲート開いてニール呼んで押し付けよう! アタシが責任もって呼んでくるから!」
ゲートの話が出て俺は一瞬ヒヤッとするが、ギャラリーはいつの間にかもういない。多分飲む気配を察知して逃げたらしい。流石ホームである。
「まぁ、案外納まるかもしれませんしね……。でも流石に準備が要るんで時間をください」
不思議そうな顔をする三人を連れて宿へと戻る。俺の部屋は立ち入り禁止にし、部屋の中には俺と、事情を知っても問題ないミアだけだ。俺はアイテムボックスから大量にある土塊を取り出すと、せっせとゲートの魔道具を造る。
「魔道具作る必要ある? シグルドがゲート開けばいいじゃん」
「魔術で開いたら誤魔化しが利かないでしょうが。ニールさんになんて言ってゲートを見せるつもりですか」
「あそっか、ゴメン」というミアに俺は魔道具を起動させてゲートを開く。
「早めにお願いしますね」
そう言ってゲートを開いたまま待ってると、三十分もしないうちに件の人がやってくる。
「うお、ホントに涼しい。ダンジョンってのは面白いモンが出るよな」
「言ってないでさっさと行って」
「へいへいっと……。なんでぇ。お前が居んのかよ」
ゲートをくぐった瞬間に俺の姿を見てガン垂れるニールさん。相変わらずである。ゲートにビビらなかったところを見るにミアが説明を省いたか、ダンジョン産という嘘で納得したか。どちらにせよ転移魔法を初見で平然と通過するのはこの世界ではバカの行動である。
ゴブリン討伐の時はカッコよかったのにな……。いまやただのイキリヤンキー。残念な人だ。
「シグルドー、帰ったよー」
ニールさんの大きな背中からミアが顔を出す。そしてぱたぱたと俺の方に寄ってくると、その腕を俺の腕に絡めた。察するに、ミアに誘われたニールさんの反応が鬱陶しかったと見える。
「お前らくっつきすぎじゃねぇの?」
イライラが募るニールさん。その尻尾が上がって小刻みに揺れている。
そんな様子を見て、ミアは行動に出た。
「そりゃあたしら好き合ってるからね。相思相愛だよ」
「なにー⁉ しょ、証拠は! 証拠でもあんのか!」
その言葉にミアは思案する。そして頭に電球をピコンと灯らせると、俺の頬にその柔らかな唇で口づけた。
俺とニールさんは同時に硬直する。
「ファーストキスは夜になってからね」
わざとニールさんに聞こえる声量で俺に囁くミア。真っ赤になったであろう俺を見てミアはその笑みを深くする。
あぁ。久しぶりに見たな、このニヤニヤ顔。
「ほら、シグルドもして? ほっぺでいいから。それとも唇にする? 見せつけとく?」
「もう勘弁してください」
俺は恥ずかしさに思わず顔を背けた。そしてニールさんは再起動したらしく、分かりやすく絶望顔。
「もうなんなんだよお前ら! 見せたいモンがそれだっていうなら俺はもう帰るぞ!」
「すいませんすいません。ミアの悪ふざけです。好き合っているのは本当ですけど、本題は別ですから帰らないで」
「じゃぁ何なんだよ」
「いや、馬の合いそうな人がいるもので。その人がヤケ酒するから付き合えって言うんで応援を呼んだ次第です。ニールさんの分は払いますから」
「えー、シグルド。こんなむぐ」
「ミア、しっ!」
金かかるから帰るとか言われたら押し付けられなくなるでしょうが。
だがそんなことは杞憂なのかニールさんは何やら思案顔。そして意を決したように俺に聞く。
「女か?」
そういうとこだぞ、ニールさん。
ミーナさんとマルク君を呼び、ニールさんを加えて五人で酒場へと向かう。
「アルベーヌ辺境伯領ってこんな感じなのか」と呟くニールさんに「何言ってんのさ。ここはリフリスのロロホルだよ? それ、ライクロイックの辺境伯の名前じゃないか」とミーナさんがツッコミを入れている。出会った瞬間から何か感じるものがあったのか二人とも随分気安い感じだ。
「は? リフリス? リフリス⁉ ミア! どういうことだ⁉」
ミアは面倒くさそうにして俺の陰へ隠れる。
俺に丸投げする気だなコノヤロー。
「国境を越えてるんですよ、俺たち。方法については、秘密ってことで。納得できないのは分かりますけど抑えて下さい」
「はぁー。魔道具ってすげぇな」
勝手に納得している。やっぱりこの人バカだ。
「シグルドさん、今の話じゃニールはライクロイックの人間だろ? どうやって一瞬で連れて来たんだい?」
「安全な転移の魔道具があるんですよ。ダンジョン産なので渡すことはできませんけど。秘密ですよ?」
「へーぇ、ミスリルともなるとそういうのも持ってるんだね」
「は? ミスリル? シグルドが?」
訝しげな眼を向けてくるニールさんに俺は無言で蒼く輝くギルド証を見せる。
「マジか。いや、マジか」
そうこうしているうちに酒場へと着く。そして流れるように始まる酒宴。ミーナさんの隣にはニールさんを置いてある。反対側には安全確保のため俺だ。
しばらく陽気に飲んでいたが、やはり唐突にそれは始まった。
「なんで誰も仲間になっでくれないんだよぉ~」
「そうかそうか。それは辛かったな」
「やっと見つけたシグルドはミアの男だし、あいつらアタシの前でイチャ付くし~」
「気持ちはよくわかるぞ、ミーナ。もっと人目を気にしろってんだよな」
「そうなんだよ。せめて見えないところでやれってんだよ。アタシはこんなだし、仲間も作れないし、嫁の貰い手もいないし…………。ふえぇ~ん!」
「実力はあるんだろ? 見た目もいい女だしな。ならいい奴が見つかるって。ほら、飲め飲め」
「ニール……。アンタいい奴だよぉ~」
ぐずるミーナさんの話を聞きながらニールさんは果実水を飲む。
俺の時とは違い拳は飛んでいない。これではミーナさんはただの泣き上戸の飲んだくれだ。そこまで酷いというものではないように見える。
「ねぇシグルド」
「何ですか」
「ミーナの酔い方そんなにヒドイ? 結構な方だけど、あれくらいならたまにいるよ?」
「昨日は酷かったです。ですよね、マルク君」
「はい。それはもう」
「ナンパ男の成せる業か……」
ミアは「けっ」と唾を吐きそうな顔をしながらエールを煽る。
「ミーナさんはニールさんに任せて大丈夫そうですし、こっちはこっちで楽しみましょうか」
「それもそうだね。んー! シグルドと飲むの久しぶり!」
ミアは俺にもたれかかりながら楽しそうに注文した蜂蜜酒を飲む。口を雛鳥のように開いたところを見るに俺に食べさせる気らしい。俺も別に嫌ではないので適当に料理を見繕ってミアの口へ運びながら自分でも食べて、ミアに勧められた蜂蜜酒を口にする。
蜂蜜酒は濁りがあって、甘くコクが強い。値段的にはやたらと高かった。料理にはエールの方が合う気がするのだが、ミアがやたら勧めてきたから飲んでみたものの正直微妙。
「シグルド」
「はい?」
「帰る気はないの? みんな待ってるよ?」
「帰れませんよ。今更どの面下げて帰れって言うんですか」
「あたしはまたみんなで飲みたい。足りないって、思わない?」
俺は言葉に詰まる。だが、どうにもならないこともある。
別に帰っても、きっと何の問題も無いだろう。だが俺が帰れないと思ってしまっている。ミアも送り返すべきではないかと。そんなことはしないし、させてはくれないだろうけども。
そんなことを考えながら俺はちぎってスープに浸した黒パンを食べる。考えはまとまらないまま、宴会はミーナさんが酔いつぶれるまで続いた。なお、ニールさんが勧めまくったせいでミーナさんが潰れるまでは昨日と比べてだいぶ早かった。
宿への帰り道、ミーナさんを背負ったニールさんに俺は聞く。
「彼女、自分でも言ってましたけど、チームメンバーを探しているんです。今日はニールさんのおかげで穏やかに飲んでましたけど、酒癖のせいで人が離れていくみたいで。蒼烏で面倒みられませんか?」
「俺は構わねぇけどよ、それを判断すんのはリーダーのガルムだ。それにコイツがこの街を離れるかどうかもわからねぇだろ? なんか姉さんいるみたいだし」
「まぁ、その辺は明日ミーナさん本人に聞いてからですね。送るくらいはしますんで、今日泊っていってくれませんか」
それくらいは構わないとニールさんは俺の提案を了承する。端から見ている分にはいい感じだった。見方を変えればナンパ男に引っかかるダメ女の図だったが。
一人用の宿に俺と入れ替わるようにニールさんが宿泊し、俺とミアは二人部屋の宿を探す。宿を取ってしっかり鍵を閉めると、ミアはその身をベッドに横たえた。
「ふー。久しぶりに飲んだよ。シグルド追っかけるのにずっと野宿だったから」
「それは……、すいません。でもそれにしては控えめでしたよね?」
「だって秘密基地にお風呂あるでしょ?」
「なんで知ってるんですか」
「シグルドの事だろうから、籠った時用に生活空間は作ると思って」
完全に思考を読まれている。早く早くとせがむミアに俺はゲートを開いて酔い覚ましがてら秘密基地を案内した。
「ここが格納庫です」
「へーぇ。側で見ると結構おっきいんだね、コレ」
ミアが俺のグレイハウンドを見上げて言う。ちなみにカラーリングはタンを差し色にしたオリーブグリーンを基調としたものに塗り直している。この世界ではあるのかどうか分からないが、迷彩色というやつだ。迷彩柄にはしていないが。塗料が無かったので闇系統の相手を暗闇に包む魔術を応用し、特定の色だけを反射するようにして色付けした。またヘッドパーツもモノアイにはガラス質のレンズと赤色に発光するライトを仕込んでいる。視覚とのリンクは魔術的なモノなのでそんなことをしても何ら問題はない。
「これすぐ動くの?」
「魔道具なんですぐ動きますけど。え、乗りたいんですか?」
「ちょっとだけ?」
乗るための足場やタラップは無いので、ミアを抱えてコックピットの中に入る。座席に座らせると、基本的には感覚でなんとかなると説明してその場を離れる。
「とりあえず前進して、そのあと後ろ歩きで元の位置に戻ってみて下さい」
ミアがグレイハウンドを動かす。いつもは自分が乗っていたが、自分の作った作品が動いているのを外から見るのは壮観だった。
「シグルドー」
「何ですか?」
「酔いそう」
「制御球から手を放してください!」
すぐにコックピットが開いてミアが顔を覗かせる。抱き上げて床に下ろすと、ミアは「たはは」とこめかみを抑えながら笑みを浮かべた。
「なんか魔物の反応? が一気に頭の中に流れ込んできて。だんだん気持ち悪くなってきた」
「あー多分内蔵しているレーダー……サーチの魔術の感覚ですね、それ」
「へーぇ。サーチってあんな感じなんだ」
俺はミアの代わりにグレイハウンドを所定の位置に戻すと、ミアと連れだってキッチンへと向かう。食料保存庫から手製の濃縮甘ラモンジュースを取り出すと、氷を入れたグラスに炭酸と共に注いでミアへと渡してやる。
「わー。これ飲むのも久しぶりだー」
そう言ってミアは炭酸オレンジをゆっくり飲み干す。
「さ、ちゃっちゃとお風呂に入っちゃいましょう。どうせまたいつものでしょう? 先に入りますね」
俺は奥の風呂場へと向かう。その後をついてくるミア。
「なんでついてくるんですか?」
「お風呂どんなの作ったのかと思って」
「……なるほど」
俺は何やらニヤニヤ笑いを浮かべたミアを警戒しつつ風呂場に案内する。風呂場は一人用だが、ゆったりしたサイズなのでそこそこ大きい。それを見たミアが「ふーん?」と言ったがすぐに「待ってるね」と言い残し去ったので俺は服を脱いで洗体用の布を片手に風呂に入る。床はロアの自宅とは違って土を固めた石材なので最初は冷たい。お湯を流して、体と頭をしっかり洗ってから湯船に浸かる。
「あ~。久々の風呂だ。身体がほぐれる」
肩や首を回し、揉みながら俺は湯に深く体を沈めた。その時だ。スパンと勢いよく浴室の引き戸が開かれたのは。
びっくりして俺は音のした方を向く。その拍子に俺の頭から乗せていた布が垂れ、俺の視界を覆い隠したが俺はそれを取ることはせずに一旦ゆっくりと前を向くと、サーチの意識を深くする。隣にいる人物は、サーチで確認するまでもないがミアだった。
「何してるんですか!」
「いや、このサイズだったら二人で入れると思って」
「ここの風呂は一人用です!」
「まーまー。固いこと言わないで」
シャーッとシャワーの音がしてミアの鼻歌が風呂場に反響する。俺はそっと眼前に垂れ下がった布を取った。
視界の端でミアは頭を洗っていた。バスチェアに座り、石鹸を泡立てて撫でるように洗っている。その動きに合わせて揺れるものが一瞬見えて俺は壁を向いた。
たっぷりと時間をかけて頭を洗い、体を洗ったミアはシャワーを止めるととぷんと湯にその足をつける。そして俺の眼前にその小ぶりなお尻を向けると、俺にもたれかかるようにして湯に全身を沈めた。
「逃げるタイミングを失った……」
「逃げようと思えば逃げれたでしょうが。ここに居たのはシグルドの意思だもんね。まぁ、コレのこともあるだろうけど」
そう言ってミアはお尻で俺の一部をぐりぐりとする。
「止めて下さい……。お願いだから」
「じゃあ手かして」
俺が了承する前にその手がミアの腹に巻きつけられる。何度も経験あることだが、水に濡れた肌のスベスベした感触が生々しい。代わりにミアの片手は俺の頭を捉え、ミアの肩に顎を乗せるようにさせられてしまう。状態で言えば俺がミアの後ろから抱き着いて頬擦りしている感じ。
「襲われるとか考えないんですか?」
「むしろ誘ってるんだけど?」
俺は二の句が継げなくなる。
これは据え膳か? 据え膳なのか? 喰わぬは男の恥か⁉
「初めてはベッドがいいです」
俺はヘタレた。だが後でというニュアンスを残すことでミアへの誠意を示す。
「じゃあ、もうちょっと待つね。ところでさ、シグルド」
「……何ですか」
「獣人は子供ができやすいって迷信があるんだけど、由来知ってる?」
「いえ、知りません」
「獣人ってね、夜の方はとっても情熱的なんだ。噂でしか聞いたことないけど。あたしはどうも噂通りみたい」
ミアは俺を見てぺろりと舌なめずりする。その目は酷く蠱惑的で、しっとりと濡れた肌が艶めかしかった。
俺は目を覚ます。安心する匂いと、むせかえるような濃い雄と雌の残り香が俺を包んでいる。もっちりと頬に吸い付くような肌の感触と体温が心地よい。きゅっと頭を掻き抱かれ、抱きしめられた。胸の谷間に顔が埋まって息ができない。俺はミアの尻尾を探り当てると、その付け根をぐりぐりと揉む。
「んあっ」
艶のある声がミアの口から漏れて拘束が緩む。その一瞬の隙をついて俺はベッドから抜け出す。
「もー、なんで逃げるのさ。元気なのは腿に当たってた感触で知ってるんだからね?」
「これは生理現象です! 男は朝はこうなるの!」
「じゃあしないの?」
「ちょっと元気すぎやしませんか?」
昨日のミアは情熱的だった。それはもう情熱的だった。どちらかと言えば俺が喰われた側だ。男の尊厳とか、リードするとか、そんなややこしいことをすっ飛ばした本能のままの行為は変なところの筋肉痛と共にまだ余韻が残っている。
ミアはベッドから体を起こす。シーツがはだけ、さっきまで俺の顔が埋まっていた胸がプルンと揺れた。
「……なんだかんだ着やせしますよね、ミアは」
「あり? もう慣れた? 最初は見るのにもひと悶着あったのに」
そう言ってミアは自分の乳房を持ち上げる。
「そりゃあんなけ弄らされれば慣れますよ」
詳しくは省くがいろんなところを吸ったり揉んだり撫でたり抓ったりさせられた。とりあえずミアは触られるのが好きなようである。
「とりあえずおはようございます」
「うん、おはよう」
ミアは目を閉じて顎を少し上げる。俺は苦笑いを向けると、その唇に自分の唇を重ねた。行為中の絡み合うようなそれではない。想いを改めて伝えた後の最初の一回のような、触れ合うだけの軽いキス。
ミアの笑顔がまぶしかった。
会話をしながら既に着替え始めていた俺は上半身裸で何とはなしにミアが服を着るのを眺める。素っ裸の状態から脱ぎ捨てられていた下着を履き、さらしが巻かれるのを見守る。その背中には、いつかにチラッと見た三本の袈裟切りの爪痕。行為中も気にはなっていたが、その時はそれどころではなかった。
「どしたの? じっと見て」
「いや、前から気にはなってたんですけど、その背中の傷、何ですか?」
「あぁ、これ? スプリントベアって魔物にやられたんだ。エミィとの、最期の思い出。そんなに強い魔物じゃないよ。ただあたしたちが弱かっただけ。エミィが気を引いてくれたからアタシは背中の傷だけで済んだ。けどエミィはそのせいで死んじゃった」
ぜんぶあたしのせい、とミアは一瞬寂しそうな顔をする。さらしを巻き終えたミアを、俺は後ろからそっと抱きしめた。
「エミールさんには感謝しないといけませんね。彼が居なけりゃ、俺はミアと出会えなかった」
「そうだよー? 感謝してよ? 顔も知らないだろうけど」
「お墓とかあるんですか?」
「遺体は魔物の腹の中。遺品をロアの共同墓地に入れてある」
「帰らなきゃいけない理由が一つ増えましたね……」
「はやく覚悟決めてね?」
くすくすと笑うミアは困った顔をする俺を見て嬉しそうだ。
着替えを済ませ、朝食をとる。その席で忘れてたと言わんばかりに堕胎薬を飲むミアはあっと何かを思い出したような顔をした。
「どうしたんですか?」
「いや、昨日の飲み会で蜂蜜酒を見つけてからシグルドをどう襲うかしか考えてなかったから、ギルマスの手紙のことすっかり忘れてた」
「そういえばそんな話ありましたね。……ってか蜂蜜酒? 何か関係あるんですか?」
「あぁ、やっぱり知らなかったんだ。新婚が子作り前に飲むお酒だよ。精力剤みたいなものだね」
「一服盛ったんですか⁉」
「失礼な。ちゃんとした飲み物だよ。高いから食事処に置いてあるとは思わなかったけど。とりあえず、これ。はい」
そう言ってギルドの紋で封蝋された手紙を渡された。封を開け、中身を確認する。一枚だけ入っていた手紙には一言、「家出に飽きたら顔を出せ」と書いてあった。
「え、これだけ?」
「もともとあたしに国境越えの大義名分を与えるための手紙だしね。内容は関係ないんじゃない? それでも心配してなきゃこんなこと書かないだろうけど」
「キール支部長……」
「戻る理由、もう一個増えたね」
「はい」
朝食を食べ終えてゲートで宿へと戻る。とりあえずニールさん、ミーナさん、マルク君の元へ向かった。サーチを頼りに探すと、宿の近くの店に居るらしい。店に入ると、三人そろって食事をしているところだった。
「おはようございます」
「おはよー」
「おはようございます」とあいさつを返してくれたのはマルク君だけ。ニールさんとミーナさんは鼻をひくつかせて怪訝な顔。
「ニール、どう思う?」
「蜂蜜酒も頼んでたし確定だろ」
二人してため息をついた。どうしたのかと声をかけようとするが、ミアが俺の肩を抑えてそれをとめる。
「なんなんですか、もう」
「シグルド、あたしら獣人は鼻がいいって前にも言ったよね?」
「ええ。それが?」
「分かるんだよ。匂いで。なんとなく」
「分かるって何が……。えっ、まさか」
俺の言葉にミアは顔を赤くして頷く。油の切れたロボットのような動きで二人の方を向くと、菩薩のような顔をしていた。
「いや、シグルド。気にしてないぞ。気にしてないからな」
「ニール。アンタ一言多いってよく言われないかい?」
そんな席に俺とミアは座る。マルク君が話の流れを察して赤くなっているのがいたたまれない。
「んんっ。で、ミーナさん、ニールさんはどうですか?」
「昨日優しくしてもらったのはなんとなく覚えてる。アタシを背負って帰ってくれたのも聞いた」
「驚いたぜ。朝顔を合わせておぶって帰ったことを話したら嫁にしてくれだもんな。流石にいきなり所帯を持つ気にはなれねぇからとりあえず付き合うことにした」
やはりこの組み合わせは落ち着いたか。後はミーナさんの冒険者活動がどうなるかだが、こればっかりはやってみるほかないだろう。
「じゃあミーナさんはロアに行くんですか?」
「その辺も話したぜ。ヘレナさんに話してからになるだろうが、こっちに来るとよ。こっちはこっちでガルムに何とか頼んでみらぁ」
そう言ってニールさんはミーナさんの肩を抱く。ミーナさんはちょっと嬉しそうだ。
これで面倒事は一つ片付いた。残るは……。
「? 何ですか?」
視線の先では、俺についていきたいといったマルク君が黒パンを頬張りながら首を傾けていた。
ニールさんとミーナさんをロアへ送り届けて三か月。俺は未だロロホルに滞在していた。理由は一つ。マルク君である。彼を誰かに任せるにしても、彼の装備ができるまでは面倒を見ようと思った次第である。実はマルク君を預ける先はもう決まっている。ライクロイック王国の王都ハロルドをホームとするミスリルランク冒険者、ジャックさんの所だ。その案を出し、ジャックさんにギルド経由でつなぎを取ってくれたのはラッシュさんである。そう、ラッシュさんなのである。
間が悪かったとしか言いようがない。ニールさんとミーナさんをロアへ送り届けた際、ばったり鉢合わせてしまった挙句にロロホルへのゲートへの侵入を許してしまった。
俺も詰めが甘かった。ビーコンで確認しておけばいいもののそれを怠った。いや、深層心理で皆に会いたい気持ちが怠らせたのかもしれないが。
もうここまで来たら変わらないのでキール支部長にも詫びを入れに行った。依頼を途中で放棄したことについては冒険者としての責務がどうとかミスリルランクとしての自覚がどうとかクドクドお小言を言われたが、逃げ出してリフリスに居たこと自体は怒られなかった。藪蛇とも思ったがその辺を聞いてみるとたまにある話だそうで、最後に「まぁ、その、なんだ。元気そうでよかった」と言われた。
アンタは俺の父親かとツッコミを入れたくなったが我慢した。俺も父親のように感じているところはあったから。俺の父さんはあんな感じではなかったが。
俺が恐れていたキール支部長はそんな感じで終わったが、一番怖かったのはイリスさんだった。いつもの笑顔で詰められた。「心配しました」と一言だけ言われたのがものすごく怖かった。ラッシュさんとリューグが距離を取るくらいには。
そんなこんなで俺はロロホルに滞在している。拠点はロアの家に戻した。今後は宿を取って家で休むといういつものスタイルで大陸を回る予定。この辺はキール支部長も賛成してくれたことだ。今のライクロイック王国は俺がグレイハウンドで暴れまわったせいでリフリスとの友好路線に進んでおり、タカ派がどうにも荒れているらしい。そこに火種になる俺がいるのは不味いという判断だ。しかも俺のパワードスーツの存在は既に国に割れている。今はギルドが盾になってくれているが、安心はできない。
「ラッシュが帰ってくるのって今日だっけ?」
「そのはず」
ミアとリューグが昼前の宿の六人部屋でそんな会話をしている。ラッシュさんは今不在。マルク君を連れて街の外である。必要はないと思うが、マルク君が金を稼ぎに行くのに護衛に出たのである。マルク君が冒険者として独り立ちするにはもう少し金が必要だったのだ。
暇を持て余したのか銃槍の銃剣を取り外して磨いていた俺にミアがすり寄ってくる。
「シグルドー」
「何ですか」
「暇」
そう言って胡坐をかいた俺の股座に陣取るミア。俺は銃剣を磨く手は止めずにミアの猫耳の根元を口に含んで甘噛みする。ミアの身体がピクッと震えた。
「そういうのは夜にしようよ……」と俺にだけ聞こえる声でミアは囁く。
もう既にミアが俺の部屋で寝るのは日常化している。ちょくちょく、いや、結構な頻度で夜中に秘密基地へのゲートを開いているが、それに関してはバレてはいないはず。
「夜だけにしてほしかったらあまり昼に誘わないでください」
俺はミアの耳に囁き返す。リューグはもう慣れたものと言うか、もともと俺たちの事情に興味なしなのでこうやってイチャついてても特に何も言わないのが有難い。他の二人も何も言わないが、目線が生暖かいのがちょっと嫌。その前に人前でイチャつくなという話だが。
「帰ったぞ」
俺が結局手を止めてミアの猫耳をもにもにしていると、ラッシュさんが帰ってくる。
「ん? イリスはどこ行った?」
「え、下で飲んでませんか?」
「いや、見かけなかったが」
そんな会話をしていると「帰りました~」と赤ら顔をしたイリスさんが扉を開ける。その手には、ウィスキー、もとい、ウシュベの酒瓶。俺たち四人は揃ってため息をついた。
ちなみに個人資産の話をしておくと、イリスさんが一番少ない。主に酒代で消えるからだ。依頼の無い日は朝から度数も値段も高い酒を飲むため貯金が少しづつだが減っている。次点はミア。減ってはいないが、増えている量は男衆に比べると少ない。これは主に俺のせいでもあるが、ミアが自腹を切っていた薬代が馬鹿にならなかったのである。最近それに気づいて俺が買うようにしたから今後はもっと溜まるだろう。だが美容のケア用品が高いので溜まる速度はやはり遅いはず。次に多いのはリューグ。リューグは毒を使う関係上、人より装備の維持管理費がかかるので仕方がない。二番手はラッシュさん。酒代が他の人より多いだけで必要経費とするとき以外は倹約家なので結構溜まっているらしい。そして俺はというと、人生を二、三回やりなおせるほどの貯金が商業ギルドの口座に溜まっていた。ミアに言われてこの間預金通帳代わりの札を更新しに行ってみれば口座の中身は金貨三千枚強。半年前から石鹸の材料となる植物性油脂の増産体制が整ったおかげで石鹸の値段が低下。それに伴いクエン酸リンスの売り上げが伸びたそうだ。また今年頭の社交シーズンでカスパル卿が風呂を宣伝したのかライクロイック王国では風呂が流行。公衆衛生にも良いということで銭湯らしき施設ができ始め、石鹸やクエン酸リンスは裕福な商人を中心に庶民にも出回り始めているという。それを商人ギルドの職員から聞いた俺は乾いた笑いが止まらなかった。
ちなみにラッシュさんの装備の維持費は一般的な近接職よりも少なくなった。以前に計画してたアダマンタイト、オリハルコン、ミスリルの合金でできた鎧と盾を俺が作ってプレゼントしたからだ。重量は前の鎧と同じ。盾の分少し重くなったが、ラッシュさん曰く問題ないそうだ。ちなみにラッシュさんもミスリルに昇格している。その祝いと、ミスリルならそんなものを持っていても不思議がられないということで贈った次第だ。鎧の色は少し暗く、虹色の光沢が出るようになったが、傍目にはあまり変わらないのであまりぱっとしない。その分盾の意匠には凝った。ぱっと見ただの金属製ラウンドシールドだが、この世界の神話の絵を彫り込んである。巨人が荒ぶる竜を鎮めたという神話だ。俺に芸術のセンスは無いが、魔術を使えば模写は簡単にできた。ついでに言うと俺、ミア、リューグの軽鎧もアーマーライノの外皮を使ったスケイルアーマーにグレードアップしてある。今の金属鎧の上に張り付けるだけだから案外すぐに加工してもらえた。
「イリス、もう昼前だぞ? そんなに飲んで飯はどうするんだ、飯は」
「食べますよ? だから買って来たんです」
そう言ってウシュベの酒瓶を俺に差し出すイリスさん。
予想は出来るが……、アレを作れと?
「ウシュベの炭酸割り作ってください。一対一でお願いします。店主には話を通してあるので大丈夫です。というか飲み過ぎたので自分でお酒を持ってくると言ったら喜ばれました」
俺たち四人はまた揃ってため息をついた。
「イリス。お前、シグルドに炭酸やら甘ラモンジュースやら頼むの多くないか?」
「だってその辺は作り方を紙に書かれても再現できなかったんですもの」
そういうイリスさんを先頭に昼食を食べに食事処に降りる。そこでは、ラッシュさんとともに帰って来たマルク君が席に着いていた。
「待たせたな、マルク」
「いえいえ。待ってませんよ。それよりも僕はイリスさんが既に出来上がってることの方が気になります」
「朝から飲んでましたからね~」とイリスさんはマルク君の頭を撫でる。
「うわ、お酒臭い」
そんな会話がなされている横で俺は一応自前で酒を出してもいいか店に聞く。イリスさんの言っていたことは間違いではなかった。間違いではなかったが、もっと酷かった。なんでもここ数日で仕入れた高めの酒が飲み干される勢いだったらしい。
席に戻ってスープと黒パンを注文。イリスさんは揚げ物を頼んでいた。俺はその様子をジト目で見つつハイボールを作って渡す。
「あー、この飲んだ時の刺激がたまりません。おかわり!」
そう言ってジョッキを俺に突き出すイリスさん。
まぁ、自分の金で買った酒だから文句はありませんけどね。でも炭酸代はそのうち取ってやろうかしら。
そんなことを考えながらしばらくハイボールを作り続けていると、料理が運ばれてくる。イリスさんは少しの揚げ物を食べながら濃いハイボールをどんどん開け、俺とミアは周りそっちのけで食べさせ合うという昼食が続いた。
「毎度のことですけど、金獅子の皆さんはカオスですね」
「マルク。これを一般にしてはいけない」
「シグルドとミアが人目を憚らなさすぎるだけだ。こんなあけすけなのは普通いないぞ。あとイリスほど飲むやつ……はたまに居るな。とりあえず、ジャックの下でしっかり普通を学んでくるといい」
ラッシュさんがそういうとマルク君の顔が曇る。
「そういえば、もうお別れなんですよね……。さっき宿に寄ったらグローブができたって連絡が来てました」
その言葉に一同匙とフォークを置いた。
「またいつか会えますよ」
「そうだよ。あたしとシグルドみたいにね」
「お前らは隙あらばイチャ付こうとするんじゃない」
ラッシュさんのお小言にマルク君は吹き出す。
「あはは、皆さんの前では暗い雰囲気になりようがありませんね」
「そうれすよ。明るくいきましょう、明るく」
すかさずラッシュさんが「お前のは系統が違う」とツッコミを入れる。その後で「そろそろ本気で俺が何とかしないと不味いか?」などとぼやいていた。
昼食を終えてマルク君のグローブを注文した店に向かう。ラッシュさんとイリスさんはこの場にいない。ラッシュさんが「ちょっと大事な話をする」と言い残してイリスさんを引っ張っていったからだ。
さすがに酒代だけで貯金が減って言っているのに苦言を呈する気になったのだろうか。他人に迷惑が掛からない限りラッシュさんは放任するタイプのはずだが。
「グローブの調子はどうですか」
「やっぱりちょっと大きいですけど、大丈夫です」
マルク君は手を握ったり閉じたりして具合を確かめ、ファイティングポーズを取るとシッと右ストレートを放った。
うん。格好を道着に脳内保管すれば様になっている。
宿に戻るとラッシュさんが食事処で待っていた。イリスさんはいない。
「じゃあ、行くか」
「え、イリスさんはどうしたんです?」
「あいつは……。飲み過ぎてダウンしてる。今部屋にいるからそっとしといてやってくれ」
そう言われてそういうものかと納得する。イリスさんが飲んで完全にダウンするところなんて見たこともないが、最近は強い酒ばかり飲んでいたからそういうこともあるのだろう。
ニールさんを呼ぶときにも使った開く場所をイメージで指定できるほうのゲートの魔道具を使って王都ハロルドのゲート候補地にゲートを開く。ハロルドの南門に向かうと、ジャックさんが待っていた。
「久しぶりだな」
「ジャック、しばらく。……チェスターは一緒じゃないのか」
「あいつはソロ冒険者だからな。あの時は協力を取り付けただけだよ。で、その子がマルク君か?」
「は、はじめまして!」
少し緊張気味のマルク君が挨拶をする。ジャックさんは彼の目をじっと見つめると「うん」と一つ頷いた。
「まだひよっこの匂いがするね。育てるのは精神の方かな。この子、既に十分強いだろう?」
「俺が出会った時にはジャイアントボアと殴り合ってどっこいでした」
「やっぱり。シグルド君と同じ感じなんだよ。強さと心が見合ってないというか。あの時のシグルド君よりは酷くないがね。今は……」
ジャックさんの目が俺を射貫く。
「ふむ、まだ荒いが育ったようだ。あと、ミスリル昇格おめでとう。ラッシュ君もな」
「ありがとう」
そういえばミスリルクラスの冒険者が三人固まってるのか、今。
「お世話になりました」
ジャックさんの隣で、俺たちに頭を下げたマルク君に俺たちは思い思いの別れの言葉を告げる。
「ラッシュさん。イリスさんにもよろしくお伝えください」
「必ず伝えよう」
俺たちは別れを告げ、ハロルドを後にする。
これでまた五人旅。前とはちょっと変わった日常が始まる。
一抹の寂しさを胸に宿へと帰る。部屋に入ろうとした俺をラッシュさんが制し、部屋の扉をノックした。
「イリス」
「ひゃい⁉」
ん? 今変な叫びが聞こえなかったか?
「入って大丈夫か?」
「だ、大丈夫です」
部屋に入ると、イリスさんがベッドに腰かけていた。だがその目は泣きはらしたかのように真っ赤である。
「ちょっと、イリス! どうしたの⁉」
ミアはイリスさんの元へと駆け寄った。
「一体イリスさんに何をしたんですか」
「ん? んー…………」
ラッシュさんは言葉を濁す。腕を組んで、首を捻り、天を仰いでまた俺たちの方を向く。
「イリスな、俺の事好きだろ?」
「あ、知ってて今まで放置してたんですね」
「受け入れた」
「…………は?」
「受け入れたんだ。これ以上酒におぼれると貯金が尽きた時に身が破滅しそうだったからな。嫁になるなら一人で飲むなと言った。俺が居りゃ酔ったふりして絡んでくるから本気で酔うまで飲まないしな」
「そこまで分かってて放置したんですか⁉」
この人、告白逃げした俺より酷いんではなかろうか。今まで生殺しだったイリスさんの苦労が偲ばれる。
というか、そんな状態だったのが念願叶ったらああもなるわ。
「冒険者辞めるときまで待とうと思ったんだよ。職業柄、どっちが死ぬかも分らんしな」
「だからって……。いや、いいです。俺が言えた義理じゃありませんし。というかラッシュさん、ちゃんとイリスさんの事好きだったんですね……」
「あの酒の飲み方を見てほっとけないくらいにはな」
そう言ってラッシュさんは困ったような笑みを見せた。
ミアとイリスさんの方を見れば、二人は手を取り合って喜んでいた。
「よかったね、イリス」
「はい。……はい!」
イリスさんはぽろぽろと涙をこぼす。積もり積もった想いは如何ほどだろうか。
リューグがラッシュさんの腹を肘で突く。ラッシュさんは頭をガリガリかいてイリスさんの側に寄っていくと、少し乱暴にその頭を撫でた。
なんでもそつなくこなすラッシュさんだが、愛情表現は少し苦手なようである。
「ラッシュ。あたしとイリスはやりたいことしてほしいことだいたい一緒だからシグルドを参考にするといいよ」
「アレをか⁉」
ラッシュさんがゾッとした顔をする。
そんな顔でアレとか言わないでほしい。俺だって最初は恥ずかしかった。でもミアは言っても聞かないし、やってるうちにそのうち慣れた。あれ、俺調教されてる?
「シグルド。お手本」
「お手本って……。ミアが勝手にそうさせてるだけでしょうが」
ミアは俺の前までくるとくるりと背を向ける。俺は流れるように優しくその背を抱きしめると、ミアの肩に顎を乗せた。
「これだよ、これ」
ふふん、とミアがどや顔をした。
「できるか! え、ちょっと待て。イリスはこれがしたいのか⁉」
ぐるんとイリスさんの方を向くラッシュさん。水を向けられたイリスさんは顔を真っ赤にしてこくんと頷いた。
「マジかー」
ラッシュさんが若干キャラ崩壊気味である。それにじっと期待を乗せた視線を向けるイリスさん。ラッシュさんはとても渋い顔をして五分ほど逡巡すると、俺たちに向かって「少し席を外してくれ」と言った。
それを了承して俺はミアとリューグを伴って食事処に降りる。まだ午後の仕込みの時間中。食事は無いが簡単なつまみと酒は出しているそうなのでエールとナッツ類を頼んで席に着く。
「ラッシュ、今頃どんな顔してるかな?」
「すごく渋い顔してそうですけどね。イリスさんがミアみたいにぐいぐい行くタイプなら俺みたいに慣れるんでしょうけど」
「イリスは酒のせいにしないと行動できないヘタレだよ? 無理無理」
ナッツを自分と俺の口に放り込みつつミアは笑う。
「イリスももっと好き勝手すればいいのにね」
「ミアは好き勝手し過ぎ。もうちょっと自重すべき」
「これでも自重してるよー」
「自重無くすとどうなるんですか……」
「……試す?」
ミアの目が妖しく光る。あの日以降、天真爛漫な少女のような一面に妖艶さが混じるようになってしまった。
「そのまま自重しといてください」
俺はそう言ってエールに口を付けた。ミアの人には見せたくない艶やかな姿を思い出したせいで若干頬が熱い。
「なに想像した? ねぇ、なに想像した?」
「言えるわけないでしょう」
「どうせミアとヤってる時の事でも思い出してた」
リューグの言葉に俺とミアは揃ってエールを噴く。
「いきなり何言ってんの、リューグ」
「そうですよ。俺たち、別にそんなこと……」
「三日に一回くらいのペースでヤってるのに?」
「なぜ分かる……」
「ミア。それを言ったら肯定してるのと同じです。でもほんとに何で知ってるんですか」
「俺、犬人族のハーフ。鼻は弱いけど、三日に一回くらい母親と同じ臭いがするから、分かる。大丈夫。ラッシュとイリスは気づいてない。後、俺のことは気にしなくていい。そういうことに興味ないから」
リューグにしては珍しい長文の会話が帰って来た。いやそんなことはどうでもいい。リューグの私的な話を初めて聞いた俺はミアを見る。びっくりした表情を見るに、ミアも初めて知ったらしい。
「それ、興味あるんだけど。聞いてもいい話なの?」
「今まで聞かれなかったから話さなかっただけ。二人なら別にいい」
「リューグが裏の人間なのは知ってるけど、家族ってどんな人?」
興味津々のミアがいきなりぶっこむ。こういう時ミアの無遠慮さが羨ましい。
「母親は狼系の犬人族の娼婦。父親は知らない。客だって言ってた。堕胎薬が買えなかったらしい」
「どうやって暮らしてたのさ?」
「娼館で手伝いしながら面倒見てもらってた。あと客で満足できなかった従業員の玩具にされてた。だからあんまり女にいい思い出ない。下手したら子供がいる。知らないけど。十歳超えてからは裏のまとめ役の所で裏切り者の摘発してた。弓はそこで。……大丈夫。一応合法の範囲だから、俺は犯罪者じゃない。でも頭が変わって組織がクリーンになったからしばらくして捕縛の仕事は首になった。行くところが無くなって冒険者になったところをラッシュに拾われた。こんな感じ。ラッシュとイリスは知ってる」
重い。重いよリューグ。
本人がドライに語るものだからどんな顔すればいいのか分からない。
「へーぇ。お母さんどんな人? どこにいるの?」
さらにぶっこむミア。流石である。
「母親は……優しかった……と思う。あまり覚えてない。五歳の夏に流行り病で死んだから。でも臭いは覚えてる。仕事をした後の独特の臭い。それが何の臭いか分かったのは、自分が体験した後の事だったけど」
「リューグが妙にすれた感じなのはそういうことかぁ」
「会話がこんな感じなのも、母親が死んだあと心を閉ざして喋らなかったから。ギルドの登録でうまくしゃべれなくて苦労した。若いから組織の女どもの餌食になるし、会話よりも喘ぎ声聞いてる方が多かったから。ラッシュとイリスには感謝」
「あら、私とラッシュがどうかしたんですか?」
いつの間にかイリスさんとラッシュさんが後ろに立っていた。イリスさんはにっこにこのいい笑顔で、ラッシュさんは耳を真っ赤にして顔を覆っている。
「二人に感謝してるって話。二人のおかげで会話できるようになったから」
「あぁ、その話……。っていうかリューグ、その話して良かったんですか? あまり自分の事話したがらないのに」
「この二人ならいい」
「そうですか」
イリスさんは着た時の満面の笑みから優しげな微笑みに表情を変えた。だが、そんなことより気になることがある。
「イリスさん」
「何ですか?」
「ラッシュさんに何させたんですか?」
「あなたたちがいつもやっているようなことですよ」
うふふと笑うイリスさん。その笑顔はいつものお姉さん然としたものではなく、恋する一人の女性のものだった。
良かったですねと苦笑いを向けると、俯いたままのラッシュさんが俺の側までやってきてその肩を掴む。
「シグルド」
「……何ですか?」
「俺はお前を尊敬する」
ホントにイリスさんは何をやらせたんだ?
時間は少し経ち、少し早めの夕食を取る。だがラッシュさんとイリスさんが全然飲まない。一口も飲まない。イリスさんが風呂のために飲まないのはよくあることだが、ラッシュさんまで飲まないのは異常だった。だが困惑しているのは俺だけ。リューグもミアも気にした様子はない。
「ラッシュさんとイリスさんに食事の席で会話が全くないのも珍しいですね」
「そうか? いや、そういえばそうか。いつもはイリスが絡んでくるからな」
「いや、ラッシュさんもいつもなら会話を振るじゃないですか」
「そうか?」
ラッシュさんの態度はいつも通りだ。いつも通りなのだが、どことなくぎこちない。
「はぁ……。シグルド。娼館に行くときは酒を飲み過ぎないほうがいいらしい」
いきなりリューグがそんなことを言う。
娼館に行く理由は無いのだが……。いや待て。酒?
俺はラッシュさんとイリスさんを見比べる。二人ともいつも通りというか、いつも以上に大人しく食事をしている。いや、どちらかというと何かに気を取られているような感じだ。
あー……。だいたい察した。
「後で蜂蜜酒でも出しましょうか」
「気の使い方下手か! もういい! シグルド、お前は変な気を回すな! 頼むから!」
ラッシュさんが吠える。イリスさんは耐えきれずに真っ赤になった。
「いやちょっと待て。なんで蜂蜜酒なんて常飲するだけなら無駄に高い酒を持ってる?」
「シグルド……。それ全部言ってるようなもんだよ」
今度は俺が真っ赤になる番だった。
「なぜ赤くなる? 三日に一回はしてるのに」
「ちょ、リューグ! 頻度まで言わなくていいでしょうが!」
「ラッシュも。別に初めてでもないんだから緊張することない」
「娼館の女を抱くのとは違って気恥ずかしさがあるんだよ!」
「えっ。この中で経験無いのもしかして私だけですか……? 二番目に年上なのに?」
イリスさん……。自らタブーに触れるほど自分だけ未経験なのがショックだったのか。
「リューグ。わざとやってない?」とミアのジト目がリューグに突き刺さるが本人は素知らぬ顔でエールを飲んでいる。
カオスになった様相を正すかのようにラッシュさんが咳ばらいをする。ダメージが無いのはリューグとミアだけだ。
「とりあえず、今日は俺たちのことはほっといてくれ。長引くと面倒だし、ちゃんと今夜ケリをつけるから」
なんだかんだでラッシュさんはやはり毅然としている。既に腹はくくっているらしく、ここでヘタレたりはしないようだ。堂々たる宣言ともとれるその言葉にイリスさんはさらに顔を赤くして俯く。そしてラッシュさんの側に寄ると、ぽかぽかとその肩を叩いた。
「どうしたイリス」
「いくら何でもこの状況で今夜するのは恥ずかしすぎます!」
「だがみんな気は使ってくれるんだ。どのみち俺たちは、どうやったのかは分からんがシグルドとミアみたいにバレずになんて無理だぞ?」
「それは……そうですけど……。んんん~~~!」
またぽかぽかとラッシュさんを叩くイリスさん。どうもこういう面では若干子供っぽいところがあるらしい。
カオスな夕食を終えて宿の部屋に戻る。今日の宿番はリューグ。俺を含め他の四人は自宅に引っ込む。ちなみに今日の一番風呂はリューグ。イリスさんがミアに俺がする髪の手入れに憧れがあるそうなので一番最後まで我慢するらしい。一方で俺とミアはというと、秘密基地に引っ込むことを宣言する。これでラッシュさんとイリスさんは自宅で二人っきりだ。
「そうか。シグルドには秘密基地があったな。常にミアと一緒に寝てたし、バレないわけだ」とラッシュさんは納得した顔をする。俺は夕食時に言った通り蜂蜜酒の大瓶を一つプレゼントすると、ラッシュさんが何か言う前にミアと共にゲートに引っ込んだ。
「ラッシュとイリス、うまくいくといいね」
「そうですね。俺たちもとっとと風呂に入って寝ましょう」
そう言って俺は秘密基地の風呂場に向かう。その後ろをミアが付いてくる。
「何してるんですか」
「? お風呂入るんでしょ?」
「そうですけど、待っててくださいよ」
「えー、一緒に入ろうよー」
「ここの風呂は一人用だって言ってるでしょうが」
「初めての時から一度も一緒に入ってくれないじゃん!」
「そりゃあの翌日から合流してみんないる自宅の風呂使ってましたからねえ⁉」
そんなことを言い合いつつ二人分の入浴準備を整える俺も俺である。風呂を沸かして、脱衣所で服を脱ぐ。バスタオルのような大きな布はあるが、ミアはそんなものを体に巻くことはしない。俺もミアもモロ出しである。恥じらいの欠片もない。とりあえずシャワーをかけあって片方が湯船に浸かりつつもう片方が体を洗うのを眺める。先に身体を洗った俺が湯船で待っていると、体を洗い終えたミアが湯船に入りその背中を預けてきた。
「落ち着くね~」
「もう緊張の欠片もありませんね」
俺はミアの腹を抱くようにして答える。そして何とはなしに水面に揺蕩っている二つのふくらみを持ち上げた。
「シグルドってあたしのおっぱい好きだよね」
「男なんてだいたいそんなもんです」
「お風呂でする?」
「そのつもりならもっと別の触り方するか別のとこ触ってます」
「それもそっか。たんとおさわり~」
「……何だかんだミアも触られるの好きですよね」
「シグルドだけだよ?」
「それは知ってます。他の男が触ったら殺す」
「おー……。一人殺して吐き散らかしてたシグルドに殺意が芽生えてる……」
そんな会話をしながら二人で湯船でのんびりする。こっちの風呂はぬるめにしているので長風呂してもなかなかのぼせないからこういう時にいい。決してこういうことを想定して温度設定したわけではない。リラックス空間がほしかっただけだ。今は侵食された上で想定外にリラックスしているが。
身体がふやける前に風呂から上がる。風呂から上がったミアは全身に保湿液を塗っていた。その様子を俺は体を拭きながら眺める。
「シグルドも塗ったげようか?」
手をワキワキさせながらミアが言う。
「いや、いいです。というか、前はそんなことしてませんでしたよね?」
「前は……、ほら、それどころじゃなかったから」
「それもそうですね」
服を着るのもそこそこにベッドに連れ込まれた思い出がよみがえる。あれはたしかに服を着させてくれただけ温情だった。
脱水防止に水分を取り、二人で手を繋いでベッドへ。先にころんと寝転んだミアは手を伸ばし、俺はそのわざとはだけられた胸元に顔を埋める。
「んふふ。捕まえた」
「男女逆だと思うんですよね、コレ」
腕枕って男が女にするイメージ。
「あたしはこっちの方が好き。でも子供が欲しくなるのが難点だね。子供が出来たらあたしが抱っこしてー、あたしがシグルドに抱っこされて寝るの」
にししと頭の上から笑いが降ってくる。俺は子供が欲しいと言われた照れ隠しにミアの風呂上がりでしっとりもっちりした肌の感触を頬で弄ぶ。
「あらら、シグルドが子供みたいになっちゃった。どうする? 吸う?」
さらに胸をさらけ出そうとするミアを止める。
「それだけじゃ済まなくなるでしょうが。主にミアの方が」
「じゃあ縛る?」
「何故その発想になる……。アブノーマルなプレイになるだけだからやめなさい。あとミアが欲求不満になった後の方が怖いです」
一度触り合いだけしてしなかったことがあった。その翌日欲求不満に陥ったミアに搾り取られた。初めての時より激しかった。
あれは一方的な搾取だった。懇願しながら求めてくるミアはたいへん可愛かったが、俺の身が持たない。その翌日は何されても反応しなくなったほどだ。
「じゃああんまり欲求不満にはさせないでね、あなた」
俺はミアの胸に深く顔を埋めて目を閉じる。ミアのあなた呼びは前とは違ってとても自然で、なんだかとても気恥ずかしかった。




