14 リフリスにて
先の人型兵器の戦闘から二か月ほどたった頃。俺はリフリスのライクロイック王国側の国境付近の街、エディルにいた。もちろん関所は通らずムーベル山脈を超えた密入国である。この街の規模はロアと大差ないが、国防の要所ということもあって砦や防壁があり、アラン砦の周りの町を大きくしたような印象を受けた。
そんな街で、俺は冒険者をやっている。ソロ冒険者ということもあってギルドからはパーティー募集の話を良く振られるが、俺は今のところその全てを蹴っている。
「シグルドさん、いい加減パーティーを組みませんか? 結構声かかってるんですよ?」
「一人でも依頼を失敗したことないでしょう? 必要ないですよ」
「シグルドさんに必要かどうかじゃなくて、他の方々がシグルドさんを必要としてるって話なんですが……」
はぁ、とため息をついて依頼完了のハンコを押す受付嬢はこの街に来てギルドを利用するうちに仲良くなったメルシーさんである。仲良くなったと言っても友達付き合い程度だが。受付で不良冒険者に絡まれていたのを後ろで列待ちしていた俺が面倒くさくなって声をかけ、絡まれたところ正当防衛で軽く捻り上げたのがきっかけだ。思考加速も入れたので生身での格闘戦も楽にできた。
「ちなみにメルシーさんは俺に入って欲しいパーティーとかあるんですか?」
「そうですね、若手が集まったストームブリンガ―とかですかね。年も近いと思いますし、皆銀ランクなのでシグルドさんがサポートしてあげられたらもっと活躍できると思うんですよねー」
それをきいてストームブリンガーの面々を思い出す。気のいいやんちゃが集まったチームだった記憶があるが、あまり戦力的にはぱっとしない印象だ。「入ってくれるんですか」と聞くメルシーさんに俺は笑顔で断りを入れる。
「そういえばここ最近街が騒がしいですよね。何かあったんですか?」
「あれ、シグルドさん知らないんですか? 何でも国がライクロイック王国と和平交渉に向かう使節団が今日この街を通るんですよ」
「和平交渉? 戦争が終わるんですか?」
俺がそう聞くと、メルシーさんはちょいちょいと手招きする。顔を寄せると、俺の耳元にメルシーさんは口を寄せた。
「なんでも今年の戦争期に国の新兵器を一蹴した人物がいるらしくて。それに国が怯えたのとライクロイックから和平の申し出があったことで動いたらしいですよ。ムーベル半島を回るように動いていた部隊もその誰かに壊滅させられたとか。巷じゃウォーハウンドって言われて有名ですよ。誰も公言しませんけど」
その話に俺は適当に「そうなんですね」と相槌を打っておく。ムーベル半島、つまるところムーベル山脈の北西の端を迂回して来た部隊を壊滅させたのももちろん俺である。気晴らしにグレイハウンドで空中散歩をしていたら悠々と半島を行軍していたので歩兵を除いて蹴散らした。面白かったのは人型兵器に人が乗っていたことだ。搭乗という意味ではない。随伴歩兵が居たのである。どうやら帝国は人型兵器を野砲や戦車のように考えているらしい。耐久力はあの時戦ったものと同じだったようで、貫通を目的としないほうの速射ライフルであっさりと胴体に穴が開いた。さらにおライクロイック側にはライクロイック王国製の人型兵器が控えていたことも見ていたが、俺がカスパル卿に伝えた通り専守防衛に努めていたので放っておいた。
なお性能はライクロイック製の方が高そうであった。この辺は研究材料の違いだろう。
「パレードなんかは無いですけどもうそろそろなんで見物人が集まってるみたいですね。私もこれで上がりですし、このあと一緒に見に行きませんか?」
「別にいいですよ」
どうせ暇なのでそのお誘いを了承する。
しばらく待合で待っていると、ぱたぱたとメルシーさんがやってくる。
「お待たせしました」
「いえ、全然待ってませんよ」
そう言ってメルシーさんと連れだってギルドを出る。途中、男どもの嫉妬の視線が突き刺さったがまるっと無視である。俺には好きな女が居るのだ。別の娘とそういう風に見られてもうれしくない。
じゃあ断れよという話だが、せっかく仲良くなった友人ポジションからのお誘いを断るのは気が引けた。
街を東西に抜けるメインストリ―トは使節団を見ようとする人でごった返していた。そろそろ来るのかもう東門を通ったのか、いつもは動いている馬車は見かけない。
「あ、来ましたよ」と遠見の魔術が使えるメルシーさんが言う。
俺も遠見の魔術を使ってみると、先頭を馬に乗った軍服の青年が進み、その後ろを馬車、騎士、兵士と続いている。
「あれは……ヘイル皇太子⁉」
「先頭の方ですか?」
「ええ。これはいよいよ本気らしいですね……」
そんなことを呟きながら俺の腕に自分の手を触れさせるメルシーさん。人が多いので仕方がないが、ちょっと密着しすぎではなかろうかと思う。俺はそっと距離を取った。
皇太子ともなる人物が和平に赴くなら本当に戦争は終わるだろう。今までも恨みつらみはあるが、表立って戦闘行為に発展することは無くなるはずだ。
使節団を見送り、昼飯時になったので近くの宿屋の食事処に入る。なぜかメルシーさんもついてきた。
「帰って寝なくていいんですか? 夜勤だったんでしょう?」
「ええ。でもせっかくの機会ですから」
運ばれてきたエールを片手に俺はチーズを齧りながら小さめの黒パンを頬張る。メルシーさんはスープだけだ。
「足りなくありませんか?」
「基本大食いの冒険者さんと一緒にしないでくださいよ。そんなこと言うシグルドさんだってそれだけじゃないですか」
「いや。俺の作った飯とか、屋台の串焼きとかを食べまくってた奴を思い出しまして」
俺は席の空いたところに彼女を、かつての仲間たちを幻視する。最近思い出すことが多くなったそれは、奥の方で俺の心をちりちりと灼いている。
「そういえばシグルドさん、ソロだから料理もできるんですよね。どんな料理ですか?」
「んー説明が難しいですね。基本作り置きなので出すことはできるんですが……」
ここは宿屋の食事処だし、と言葉を濁す。するとメルシーさんは厨房の方につかつか歩いて行って、何やら店主と話をした上で皿を持ってやってきた。
「店主のミハエルさんです。知り合いなので相談したら俺にも食わせろってついてきました」
「……出していいんですか?」
「おうよ」とミハエルさんはにかっと笑う。俺のお師匠様であるリリーさんの旦那さんとはタイプが違うようだ。
「代わりに俺にもちょっと味見させてくれ。冒険者のメシってのにも興味がある」
「別にいいですけど」と俺はアイテムボックスから鍋を取り出してテーブルの上に置く。中身は豚汁だ。野菜の甘みとイノシシの脂、味噌、和風だしが相まって自信作である。最近作るものはイノシシの脂身を少し多めに入れるようにしている。これも誰かさんの影響なのだろうか。それを小さめのスープ皿に盛って渡す。
「んお? 温めなくて……ってあったけぇ」
「アイテムボックスって人によっては保温の効果ありますよね」
驚いているミハエルさんにメルシーさんが注釈をつける。厳密には俺の場合保温でなくて時間停止なのだが、別にほじくり返す内容ではない。
「肉と野菜の味噌スープか。冒険者らしいっちゃらしいな」
そう言ってミハエルさんがスープに口をつける。メルシーさんも口を付けた
「あ、美味しいです」
「ふーん。だいたい分かった。あんがとな」
そう言ってミハエルさんは厨房へ帰っていく。
「何か気に障ることでもありましたかね?」
「おっちゃ……ミハエルさんは考えてる顔ですよ、アレ。自分の料理に活かせないか」
「そうですか。……それにしても、フフ。おっちゃんですか」
「うぅ……。私、この辺に住んでるんです。ミハエルさんは子供の時からお世話になってるので」
顔を赤くして豚汁を啜るメルシーさん。だがその顔は豚汁を飲んですぐにふにゃっと崩れる。
俺は、そんなメルシーさんの仕草に彼女の姿を重ねてしまう。女性に、どこか似ているところを探してしまう。それが失礼なことだとは思いつつ。
やめよう。
黒パンとチーズを食べきった俺は席を立つ。
「もう行かれるんですか?」
「ええ。午後からは暇ですし、狩りにでも出かけようかと」
「そうですか……」とメルシーさんはちょっとしょんぼり顔だ。そんな彼女を放って俺は食事処を出る。出るときにミハエルさんがメルシーさんに「振られたのか?」と聞いて殴られていたが気にしない。
街を西門から出て、森の中に入っていく。最近よっぽどの相手でない限りパワードスーツは着ていない。
使いやすいようにリサイズして新たに作った銃槍を手にサーチに反応があった地点に行く。そこにはブッシュサーペントがとぐろを巻いてい俺を睥睨していた。
「なんだ、ブッシュサーペントか」
迫ってくる顎を俺は身を逸らして避ける。ブッシュサーペント程度ではもう動じず、一人で倒せるほどに俺は成長している。もちろん武術に秀でているわけではない。身体強化と知覚強化、思考加速のおかげで落ち着いて処理ができるだけだ。そもそもパワードスーツは防御力があって高速機動できるだけなので、ちゃんと攻撃を避けれるようになれば特に戦闘に有利なものではない。防御力の低下はあるが、パワードスーツを着ていた頃もそもそも喰らわないように立ち回っていたのでもう慣れた。
俺はすれ違いざまに衰弱弾を数発叩き込む。俺に飛びついた格好のままでドスンと地に落ちたブッシュサーペントの首筋に刃を入れて殺し、アイテムボックスに突っ込む。
ついでに庶民の口に入る食肉であるイノシシやウサギも少し仕入れて森を後にする。
森の中はだいぶもう暗かったが、外に出るともう夕方だった。また西門を通って街に入り、ギルドへ向かう。
「解体と買取をお願いします」
「シグルドさん、今日もお疲れ様です。解体所の方へどうぞ」
話を通して解体所へ。解体職員にお願いし、ブッシュサーペントとウサギとイノシシを引き渡す。
「おー、シグルド。またなんか持ってきたのか?」
そう言って声をかけてきたのはこの解体所の総括をやっているボボさんだ。見た目結構高齢である。
「今日はブッシュサーペントです。あと一般の食肉も少し」
「お前が来てからここも賑わってるよ。取ってくる獲物の質も良いしな」
そう言ったボボさんが少し思案顔でちょいちょいと手招きする。
「西の山脈近くにデカいロックアリゲ―ターみたいな魔物が出たって話知ってるか?」
西の山脈とはムーベル山脈のことである。ライクロイック王国とリフリス帝国はドーナツのような大陸の北西を二分しているので、国境のムーベル山脈はライクロイック側から見れば北、リフリス側から見れば西になるのである。
「いえ、聞いてませんね」
「あいつら、背中に希少な鉱物をため込むだろ?」
その言葉に俺は頷く。前にダンジョンで見かけたロックアリゲ―ターはアダマンタイトやらオリハルコンやらをため込んでいた。野生でも質の悪いものから剥離していくので希少な鉱物が蓄積していることが多い。
「暇があったら取ってきてくんねぇか?」
「なんでです?」
「いや、鉱物系の魔物って持ち込みが少ないだろ? いっぺんそういう魔物を捌いてみたくてよ。シグルドだったら綺麗な状態で持ってきてくれるしな」
「なんか最期の一仕事に~みたいな話ですね」
俺がそう言うとボボさんはばつの悪そうな顔をして頭を掻く。
「え、辞めるんですか?」
「俺ももう歳だしな。年々体がキツくなってきてよ」
「分かりました。依頼の方も落ち着きましたし、明日にでも行ってみますよ」
「ホントか? すまんなぁ」
そんなやり取りをして俺はギルドを後にする。この街ももう二ヶ月と長い。知り合いというには付き合いの深いギルドの職員のお願いならば聞いてもいいと思えるくらいにはこの街に馴染んできている。
俺はこの街で利用している一人用の宿に明日の分の料金を支払うと、部屋の中でゲートを開いて秘密基地へと戻る。適当に夕食を取り、俺は格納庫に向かう。
俺は愛機に乗り込むと、ゲートを開いて空を飛ぶ。日課の国境哨戒だ。超高高度から鷹の目を使ってムーベル半島沿岸と竜の爪痕、つまりはリフリスとライクロイックを繋ぐ道を見守る。
「今日も異常なし、か。竜の爪痕のリフリス側で野営しているのはあの皇太子の使節団だな」
ゲートは使わずゆっくりと旋回し、秘密基地に帰っていく。内海側は見に行かない。崖になっていて通れるものではないからだ。
四時間程度の空中遊泳を楽しんだ後、俺は風呂に入ってベッドに入った。
翌日、俺はムーベル山脈のリフリス側にいた。昨日の空中遊泳でなんとなく当たりは付けてある。その場所に向かうと、ロックアリゲーターの背中の鉱石を取ったような見た目の大トカゲが居た。
俺はそのトカゲの側に行こうとする。するとその瞬間、そのトカゲはものすごい勢いで地面に潜っていった。
俺はパワードスーツを素早く装着すると、その穴に飛び込んだ。
その穴は深いところでまるで迷路のようになっており、縦に横にと繋がっている。
「モールリザードの巣か!」
俺はサーチの意識を深くし、蛇の目とライトを頼りにしながらそこそこの広さがある穴倉の中を飛翔する。しばらく行くと、光が見えて外に出た。空に上がれば、そこはどうにも見覚えある景色。
「ここは……ライクロイック側に出たのか」
俺は穴倉に戻る。反応はもっと下のほうだ。どこかで道を間違えたらしい。縦に横に。狭い穴倉を再び飛び回り、俺はやっとそいつを見つける。俺は地面を掘って先を急ごうとするモールリザードの前で急ブレーキをかけると、衰弱弾をばらまく。沈黙するモールリザード。俺は前に回り込もうとするが、モールリザードの大きさで首元に回り込めないので尻尾をひっつかんで地上に戻る。
リフリス側に戻ってその姿を確認すると、確かにデカいロックアリゲーターと言われても不思議ではない。その鱗はロックアリゲーターの鉱物のように盛り上がっているし、金属質のロックアリゲーターと言われればそう見える。
まぁ、前足が大きかったりちょっと胴回りが太かったりするが。
俺の予想が正しければこのモールリザードは特殊個体のはず。モールリザードも鉱物系の魔物なので、ボボさんの満足する仕事にはなるだろう。俺はモールリザードの柔らかい首筋に刃を入れて絶命させると、アイテムボックスに入れて街に戻る。
昼食を取ってギルドに行って受付で解体と買取をお願いする。ついでにボボさんが居るかどうか確認すると解体所にいるということなので向かわせてもらう。
「あ、シグルドさん、解体の話が終わってからでいいので声をかけて下さい。ギルドマスターが見かけたら来るようにと」
その言葉に俺は首を傾げながら解体所へ向かう。
「ボボさーん。約束のもの取ってきましたよ」
「おう、シグルド。すまねぇな。で、ロックアリゲーターだったか?」
「ま、とりあえず見て下さい」と俺はモールリザードをアイテムボックスから取り出す。
「やけにデカいロックアリゲーターだ……いや、この前足……。まさか、モールリザードか⁉」
「そうですよ。査定はどれくらいかかりますか? ……ボボさん?」
「……はっ。二日、いや、一日でやる。あぁ、おい。割符持ってきてくれ」
俺は割符を受け取る。
「シグルド」
去ろうとした俺にボボさんが声をかける。
「ありがとう」
「仕事をしただけですよ。獲物がたまたまそれだっただけです」
俺は解体所を去り、先に言われた通り受付に顔を出す。話をすると上階のギルド長室へ通され、中では目尻に皺を刻んではいるが背筋はしゃんと伸びた女性が待っていた。
「どうぞ、かけて」
「失礼します」
俺はロアのギルド長室とほぼ同じ作りのその部屋のソファに浅く腰かける。俺の対面に同じく浅く腰かけた年配の女性は、俺ににこやかな笑みを向けた。
「はじめまして。会うのは初めてですね、シグルド。私はこのエディルの冒険者ギルドのマスター、エリエットです」
「シグルドです。お初にお目にかかります」
「堅苦しいのはナシにしましょう。私は、貴方にこれを渡すのが今日の仕事ですから」
そう言ってエリエット支部長は蒼いカードを俺に差し出した。
俺はそのカードに手を伸ばす。だが、エリエット支部長はそのカードをひっこめた。
「それ、ミスリルのカードですよね?」
「そうです。ギルド本部の決定により、貴方はミスリルランクに昇格しました。推薦をしたのはパルメット、キール、そしてミスリルのジャック」
パルメットという人物に聞き覚えはないが、おそらくカーマンベルグのギルド支部長の名だろう。
「皆、ライクロイックの人間ですね」
「そうなんですか?」
俺はすっとぼける。エリエット支部長は微笑みをたたえたままだ。
「私は貴方がどこの人だろうがいいのです。シグルド、貴方は罪を犯してこの国に流れて来たのですか?」
「それは違います。罪を犯した訳ではありません。決して」
俺とエリエット支部長の視線が絡む。しばらくして、エリエット支部長が視線を逸らした。
「そうでしょうね。犯罪者がどんな目をするかよく知っている。私も、夫の願いを聞いてくれた人を悪人とは思いたくはないから」
「……夫?」
「ボボです。彼の無茶を聞いてくれたのでしょう? 聞いてますよ」
この人、ボボさんの奥さんだったのか。
「お目当ての魔物じゃなかったですけどね」
「おや。では何だったの?」
「モールリザードでした」
そう言うとエリエット支部長は目を丸くして、しばらく俯いたと思ったら呵呵大笑した。
「モールリザード! あの人の最後の仕事にはもったいないレアな魔物ではないですか。あぁ、シグルド。あの人にそんなプレゼントをくれていたなんて」
笑いながら涙を拭うエリエット支部長は嬉しそうだった。そしてその手にあったミスリルのギルド証が俺の前に差し出される。今度はちゃんと受け取ったそれを、俺はしげしげと見つめた。
「あなたが来てからこのギルドは活気づきました。このままここにいてほしいくらいです」
そんな風に言うエリエット支部長に俺は首を傾げる。それではまるで俺がこの街を出るような言い方だ。
「ですが貴方は何かから逃げてきた。そうしてこの街にたどり着いた。違う?」
「どうして、そのようなことを? 俺はただの流れ者ですよ?」
「リフリスとライクロイックの国境は閉鎖されています。冒険者と言えど通してもらえるものではありません。やってくるには海路だけ。それならこの街に来ることはありません」
俺は言葉に詰まる。ひた隠しにしているいたずらを一部始終見られていて、それを諭されている気分だった。
「でもあなたは西から来た。いえ、それよりももっと南。日焼けのあとを見るにエリエルやロアのあたりに居たのではなくて?」
「………………」
「そこで詰まったのが何よりの証拠。東という線もあったというのに。貴方はまだ駆け引きに慣れていない。でも、三人がミスリルに押すだけの実力がある。貴方の弱みを補ってくれる仲間が居たのではないかしら」
その言葉に、皆を思い出す。いつでも頼りになるラッシュさん。場を和ませてくれるイリスさん。冷静で、どこまでも現実的なリューグ。そしてなにより、愛しいミア。
「シグルド、ミスリルになるとどの国でも貴族相当の扱いを受け、冒険者が非道な行いをした場合にはその場で処罰する権限が与えられますが、その分ギルドからは常に居場所を監視されます。私たちはそれを知ることが出来る。言っている意味が分かりますか?」
「俺を追ってくると?」
その言葉に、エリエット支部長は強く頷いた。
「あなたを責めたいのか、取り戻したいのかは分かりませんが、確実にそうなります。現にロアのキールはそれとなく貴方の居場所を探っているようでした」
「教えたんですか?」
「いいえ」とエリエット支部長は首を横に振った。
「何故」
「だれだって一人になりたいときはあるでしょう?」
それに直接聞かれたわけではないからとエリエット支部長は笑う。
「ミスリルになった以上、貴方の存在を隠してはおけない。噂が本当であれば、二ヶ月もあれば国境は解放されるはず。会いたくないのなら、お逃げなさい」
「何故」と俺は先ほどと同じ言葉を吐いた。そこまでの機微を察して、なぜ俺を逃がそうとするのか。それを問う。
「意思」
「え?」
「貴方からは強い意志を感じたの。何かを成し遂げようとする強い意志。でもその目には愁いを帯びている。まるで戦争を始めて苦悩する王のような顔」
「見たことがあるような言い方ですね」と笑う俺にエリエット支部長は「実際に見たことがあるから」と言った。リフリスとライクロイックの戦端が開かれたその時王であった先王とは顔見知りだったらしい。
「急がなくてもいい。でもあまりゆっくりしている時間は無いわ」
「ありがとうございます、ギルドマスター。明日、報酬を受け取ったら早めに発ちます」
「シグルド」と、席を立ち、ドアノブに手をかけた俺に声がかかる。
「貴方が何から逃げようとしているのかは分からない。だけど、これだけは知っておいて」
俺はエリエット支部長の方を向く。
「もし、貴方を追ってきたのがあなたを利用する人でなくて必要とする人なら。その時はちゃんと迎えてあげなさい」
「……分かりました」
そう一言告げて俺は部屋を出た。この時俺の脳裏に誰の顔が浮かんだかは言うまでもないだろう。
俺は宿を経由して秘密基地へ帰る。日課の国境監視を行い、風呂と夕食もそこそこにベッドへと潜り込む。朝起きて、身支度を整えて、朝食に黒パンを齧りながら宿を引き払う。そこからはあいさつ回りと買い物だ。よく利用していた食事処や商店に顔を出し、旅路に必要なものを買っていく。その途中で非番らしきメルシーさんに出会った。
「シグルドさん」と声をかけられる。
「メルシーさん、おはようございます」
「おはようございざす。街中で会うのは初めてですね。買い物ですか?」
「ええ。今日中にこの街を発つことにしたので」
そう言うとメルシーさんは硬直し、手にした買い物袋を取り落した。嫌な音はしなかったが、慌てて俺はその袋を持ち上げる。
よかった。中身は空だ。
「落としましたよ」と買い物袋を差し出す俺の襟首をメルシーさんは掴む。
「ぐぇっ」
「き、きききき今日発つんですか⁉ なんで⁉ どうして⁉ 私聞いてない!」
そりゃ言ってませんから。あと決めたの昨日の夕方だし。
「一緒に居て下さいよ! お別れなんて寂しいじゃないですか!」
「そんなこと言われても。もう決めたので」
「ううぅ」と唸るメルシーさん。うつむいた顔ががばっと上がる。
「じゃあ私もついていきます!」
「ギルドの仕事どうするんですか……」
「止めます!」
その足で冒険者ギルドへ走ろうとするメルシーさんを俺はなんとか引きとどめる。
「なんでそこまでするんですか。一人の冒険者が流れていく。よくあることでしょう?」
「…………です」
「はい?」
「好きなんです! シグルドさんの事が!」
時が止まった。俺も、周りの人も皆。
最近知ったことだが、この世界では色恋沙汰で女性が想いを直接告げるのははしたないことだと思われる節があるらしい。その上でメルシーさんのこの行動。買い物中の奥様方は「んまっ」という顔をしている。一方の俺はどうしてこうなった? という顔だ。そんなフラグを立てた覚えはない。
注目されるのもアレなので俺は「言っちゃった!」という顔をして顔を覆っているメルシーさんを引っ張って裏路地に消える。
「どういうことか説明してもらえませんか?」
「うう……。だってシグルドさん優しいじゃないですか。物腰も柔らかで、丁寧で、それに金ランクで強いし、前に受付で絡まれてたのを助けてくれましたし。なにより下種な目で見てこないし。あんなガサツな人ばかりの職場でシグルドさんみたいな人見たら好きになっちゃいますよ! 受付の女の子の中で競争率トップなんですからね⁉」
その言葉に俺は遠い目をする。この街のギルド職員の女の子は普段ちょっとナヨッとしている方が好みだったようだ。俺の言動そのものがフラグを立てていたらしい。
「はぁ」と俺はため息をつくと、メルシーさんに向かってはっきりと告げる。
「俺、好きな子がいるんですよ。だからメルシーさんの想いには、いえ、他の誰の想いにも応えるつもりはないんです」
「それは……、知ってました。シグルドさん、いつもどこか寂しそうな、誰かを思い出す様な顔してましたから。でもその人とは会えないんですよね?」
「何故それを知っているので?」
「女の勘と情報網を舐めちゃだめですよ。遠距離にしたって普通は手紙くらい出すものです。でもシグルドさん、手紙用の紙なんて買わないじゃないですか」
「その情報は一体どこから……」
「商業ギルドの受付の子です。基本的に手紙用の紙は商業ギルドでしか扱ってませんから」
女の子の情報網怖っ。個人情報も何もあったもんじゃないな。そもそも個人情報保護法自体この世界にはないが。
「それでも俺は想い続けてるんです。その想いをメルシーさんは否定しますか?」
「…………いいえ」
「分かってもらえて何よりです。じゃあ俺は行きますね」
「あ、ちょっと待ってください」
立ち去ろうとした俺の背中に声がかかる。メルシーさんはいつもの受付嬢の顔をしていた。
「今日が最後なんですよね。さよならまで一緒に居てもいいですか?」
まぁ、後はギルドでモールリザードの買取分を受け取るだけだから問題ないかと俺はその申し出を了承した。
二人で軽く昼食を食べ、連れだって冒険者ギルドへと向かう。メルシーさんは隣を歩いているが、前の時のように密着してきたりはしない。
冒険者ギルドに入り、受付に顔を出す。
「すいませんこれをお願いします」と俺は先日渡された割符を受付嬢に見せる。
「はい。少々……ってメルシー? あんた今日非番じゃなかった?」
俺の隣に立つメルシーさんに受付嬢の視線が向く。その視線が俺とメルシーさんを行ったり来たりして「はーん?」とニヤついた顔になった。
「抜け駆け~?」
「そんなんじゃないよ。そんなんじゃ……」
伏し目がちなメルシーさんを見て首を傾げる受付嬢だが、てきぱきとその手は動いて事務作業を進めていく。
「いま現金を取ってきますんで少々お待ちください」
そうして奥から袋を受付嬢は取ってくる。その袋は大きく、重そうだ。
「はい、買取り金額の金貨四百十二枚と銅貨七枚です。内訳はお聞きになりますか?」
「結構です」と平然とそれを受け取る俺の横でメルシーさんが目を丸くする。
「あ、いまボボさんはいますか?」
「解体総括ですか? ちょっとわからないので解体所の方覗いてみて下さい」
そう言われて固まったままのメルシーさんを促し、解体所に向かう。そこには、あくせくと働く解体職員と離れて解体道具を磨くボボさんの姿があった。
「ボボさん」
「おお、シグルド。お前にはいくら礼を言っても足りんよ。ありがとう。しかしあれを解体するには骨が折れたぞ。オリハルコンを心金に使ったナイフを出す羽目になった」
「でも楽しかったでしょう?」
「まあな」とボボさんはそのいっとう皺の深くなったように見える顔に笑みを浮かべた。
「シグルドさん、一体何を買取に出したんですか……」
「お? 気づかなかったがそこにいるのはメルシーの嬢ちゃんじゃねぇか。その様子だと今日は非番か? シグルドにくっついてきたのか?」
「ええ。そんな所です。解体総括、シグルドさんは一体何を持ち込んだんですか? 金貨百枚越えとか初めて聞いたんですけど」
「あ? そりゃ、アダマンタイト質の外皮を持ったモールリザードなんて出されりゃそれくらい行くだろ。デカさも半端じゃなかったし。しかもミスリルやオリハルコンの特徴もいいとこどりの鱗だ。武具の素材としちゃ最高級だな」
そう言われて少し興味が出た俺は家出に際して選り分けたとき五分の一をしっかりと確保しておいたアレをボボさんに見せる。
「これとどっちが高いですかね?」
「ん? お前これ、ロックアリゲーターの岩石片か?」
ボボさんはハンマーで叩いたり魔力を通したりしてそれを確かめる。そうして暫くしたのちにその手が震えだすと、そっとそれを俺に返した。
「その小片だけで買取価格は金貨二十枚。末端価格にして百から二百ってところか」
深呼吸を繰り替えすボボさん。渡したのは小さな欠片だが、その欠片が握り拳大であと百個単位であると言ったらどんな顔をするのだろうか。
心臓発作を起こしかねないな。言うのは良そう。
「お前、何モンだ?」
「しがない冒険者ですよ。昨日、ミスリルになっちゃいましたけど」
そう言って俺は蒼く光を反射するギルド証を見せた。
「そうか、ミスリルか! ミスリルなら何でもありだわな!」
呵呵大笑するボボさんに対してメルシーさんは蒼い顔だ。どうしたのかと聞いてみると、俺がミスリルに昇格したのを今初めて知って分不相応なことをいろいろ言ったと恐縮しているようだ。
「俺は俺ですし、何も変わりませんよ。いつも通りにしていてください。じゃないとちゃんとお別れできないじゃないですか」
「シグルド、もう発つのか」
奥さんのエリエット支部長から聞いていたのだろう。さして驚きもせずにその目を磨いていた仕事道具に向けた。
「ええ。今日はそのご挨拶に。ここが最後なので、もう出ます」
「そうか。じゃあ俺も見送りしてやるか」
膝をパンと叩いたボボさんは立ち上がる。そして解体職員の一人を捕まえて少し散歩してくると言い残して俺とメルシーさんについてきた。
「いいんですか、仕事場開けて」
「ああ。実のところもう昨日モールリザードの解体が終わった後で辞めててな。今は長年人生を共にしてきた仕事道具と語らってたところよ」
だから一人だけ仕事してなかっただろ、とボボさんは笑う。
俺が来て今日まであったいろいろな事を三人で話しながら東門までゆっくり歩く。
誰かと話しながら街を歩くのは久々な感覚だった。だが、それもすぐ終わる。
「お世話になりました」
「シグルド、達者でな」
「シグルドさん。いつでも帰ってきて下さい。エディルの冒険者ギルドは貴方を歓迎します」
街と外とを隔てる門の内と外。それが俺の立場をはっきりとさせる。俺は一人。それも追われる身だ。金獅子の皆が追ってくるくらいならまだいい。国が俺を追ってくる可能性も捨てきれなかった。俺は手を振る二人に背を向けると歩き出す。腰にアイテムポーチを下げ、背中に銃槍を背負って。俺を追ってくる影に怯えながら俺は一歩一歩歩いていく。この先に何が待ち構えているのかは、まだ何も想像できなかった。
エディルを出て二日。俺は順調に街道を進んでいる。このまま進めば次の町、ロロホルに十数日で着くはずである。太陽は南中を少し過ぎた頃。俺は半分に割った朝の黒パンの残りと干し肉を齧りつつ歩みを進める。
「ん?」
のんびりとしていた俺のサーチに、奇妙な反応があった。街道沿いの森の中に魔物の反応と、複数の人の反応。魔物の反応はジャイアントボアくらいで初心者でもなければ苦戦するはずもないが、どうにも苦戦している。いや、一人だけが戦闘を行っているような変な感じだ。
気になった俺は、人影がないのを確認して藪の中に入ると、パワードスーツを着てステルス用装備を展開する。ちなみにパワードスーツは試作九号機にグレードアップした。ステルス装備は左肩一基だけに集約し、右には懸架パーツを付けたままにできるようにしてある。ステルス用装備も竜鱗を手に入れたおかげで見た目を損なわずに稼働時間の長期化に成功した。そのまま反応のある所に進んで行くと、三人の男が一人の少年がジャイアントボアにいように弄ばれているのを眺めて囃し立てていた。
まさしくいじめの現場にでくわして俺は胸糞悪くなる。だがもう一つ近づいてくる人の反応があるのでもう少し静観する。ジャイアントボアと徒手格闘で戦っている少年が死にそうなら手をだすつもりだが、まだ耐えられそうだから無事を願いつつ見守った。
近づいてきた反応の人物が姿を現し、行われていることの様子を確認したその瞬間、その人物は声を上げた。
「アンタ等、何やってるんだい!」
その人物はジャイアントボアの突進に合わせて回避し、木に激突させて止めてからその首筋に双刃を突き立てると、いじめられていた少年を庇うように男どもの前に立ちふさがった。
俺は、彼女の姿に目を瞠る。別人なのはわかっている。髪の色は金で後ろでまとめたそれはライオンの鬣のように広がっているし、瞳は翡翠のような薄緑。尻尾は獅子系だが、その猫耳はどうしても彼女の姿を幻視させた。
「! そこで隠れてる奴も出てきな!」
そう言われてビックリしたのは俺だけではない。三人の男がこちらの方を見てきょろきょろと俺の姿を探す。その顔には見覚えがあった。
俺は光学迷彩をはじめとするステルス機能の一切合切を切ると、藪を越えてその姿を見せる。
「隠れててもアタシら獣人には匂いで分かるんだよ! でもその様子、仲間じゃなさそうだね?」
「貴方の反応があったので姿を隠していました。敵なら諸共潰すつもりで。そっちの彼ももうちょっと耐えられたでしょうし」
俺は金髪の猫人族の女性から視線を外して、少年をいじめていた三人を睥睨する。やはりエディルでメルシーさんに絡んで俺に捻られた連中だ。たしかランクは全員が銀。
「久しぶりだな。不良ども」
「だ、誰だテメェ」
「声で分からないか? 洞窟豆と侮った奴に負けた屈辱はもう忘れたか?」
ちなみにこの世界にも俺のようなひょろっとした体型の奴をモヤシ、もとい洞窟豆と馬鹿にする言葉がある。この辺はどこの世界も同じらしい。
俺はパワードスーツを解除すると、レヴィテイションでふわりと降り立ってアイテムボックスから生身用の銃槍を取り出して構える。
「お前は……!」
「あの時は名乗ってなかったな。俺はシグルド。お前らみたいなクズとよろしくはしたくないが、よろしくと言っておこうか」
「冒険者同士の戦闘は御法度だぞ? お前に何ができる」
せせら笑う三人に俺は衰弱弾を二発ずつ腿に叩き込んで魔術的にも物理的にも膝を突かせると、銃槍で肩をトントンしながら三人の前にしゃがみ込んだ。
「お前、終わったな。このことを俺たちがギルドに報告すればお前はもう終わりだ」
「馬鹿だろ、お前ら。世の中には例外ってのが居るんだよ」
そう言って俺が蒼い輝きを放つギルド証を見せると三人の顔が青ざめた。
「ミ、ミスリルだと⁉ 馬鹿な! お前は金のはずだ」
「情報が古い。先日昇格したばかりなんでな」
衰弱弾の効果は人には意外と短いので、さくっと俺は三人を縛り上げて茶番劇に口を開けていた猫人族の女性に守られている少年に近づく。
「大丈夫ですか?」
「は、はい。……大丈夫、です」
「でも結構やられてたでしょう? ヒールをかけておきますね」
症状としては打撲。骨折まではしていないようなので、患部の炎症を抑えるイメージで回復をかける。
「猫人族の方」
「お、おう」
「この子を見ててあげてください。あのクズの処分は俺がやりますんで」
「……分った」
俺はもう一度三人の前に立つ。俺だと威圧感もへったくれもないが、あのミスリルのギルド証は御老公の印籠張りの効力があるらしい。泣いて許しを請う三人を俺は睥睨する。
「お前ら自分がやったことわかってんのか? 一歩間違えてたらあの子死んでたぞ?」
「せ、戦闘訓練をしてやってただけなんだ。ヤバくなったら助けるつもりだったんだよ!」
「ならまず普通のイノシシあたりから始めるべきだな。ジャイアントボアならお前ら程度でも連携で仕留めるのが妥当だ。それを一人でやらせて戦闘訓練だぁ? 冗談ならもうちょっとマシなもんつけよ」
俺は銃槍で近くの木を切りつけ、その鋭さを見せつけておく。
「俺は死に対する報復は死であるべきだと思うんだが、どうだ?」
「あいつはまだ死んでないだろ!」
「まだ、ね。殺すつもりだった訳だ」
「ち、ちがっ!」
俺は首筋に刃を当てる。
「動くと切れるぞー」
縛られたまま様々なものを垂れ流す三人を見て俺はこれくらい脅しておけばいいだろうと銃槍を肩にかける。俺が離れると安心したのか何やら騒ぎだしたので通常弾に換装してその威力を見せつけると静かになった。ちなみに撃った弾は三発。耳元を掠めるようにしてやった。
「さて」と俺はいじめられていた少年に歩み寄る。
「君は何であのクソ野郎どもと一緒にいたんですか?」
「あ、え、その……。僕、まだ銅ランクで、依頼に困ってたら、あの人たちが一緒に狩りにでてやるって。ジャイアントボアなら楽勝だから、イノシシを一人で狩れるなら一人で頑張ってみろって言われて、それで……」
「信じてやってみたわけですか」
これはこの子の知識不足も問題だ。俺には人間図書館みたいなできた人がいてくれたから分からないことは教えてもらえたし、危険も事前に回避できた。
今思えばすごい幸運だったな……。
「とりあえず俺は旅の途中なので、あの三人は解放します。連れていくのも面倒ですし。君はエディルから来たでしょう? 心機一転でやり直したいならロロホルまでの道すがら教えられることは教えますよ」
「いいんですか?」
「これも罪滅ぼしの一つですから、気にしないでください」
よろしくお願いしますと頭を下げる少年だが、俺は一つ失念していることに気が付いた。
「そう言えば荷物は? エディルに何か残しているものとかは?」
「僕、アイテムボックス持ちなので全部持ってます。生活も裏通りで路上生活してたので大丈夫です」
「それはよかった」
いや、良かったのか?
自分の返しに若干疑問を覚えつつ俺はもう一度クズどもの前に立ち、銃槍を肩に担いでその顔を見下ろす。
「とりあえずお前らは解放する。心を入れ替えて粉骨砕身働くなら今まで通りに冒険者ができるように口添えしてやる。いつでも監視されてると思え? また同じことがあったとわかったら、ミスリルの権限で一生冒険者を名乗れないようにしてやる」
そう言って俺は既に効果の切れていた衰弱弾を二発叩き込んで縄を解き、その場に転がす。周りに魔物の反応は無いので万一にも死ぬことは無いだろう。
最後に「確かお前ら名前は、ディック、ハリー、トムだったな?」と言ってやると目が泳いだ。間違うはずはない。脳強化で記憶力も上がっているのだ。一度見聞きしたものは忘れないし思い出せる。
「待たせました。改めて、俺はシグルド。一応、ミスリルランクの冒険者をやってます」
「僕はマルクです」
よろしく、と握手をする。マルク君は俺と握手した手をみて目をキラキラさせていたが、俺のランクは実力じゃなくて危険度のせいなのでなんともその羨望の目がむず痒い。
「では俺たちは行きますので。ご助力ありがとうございました。ほら、マルク君もお礼言っといたほうがいいですよ。最初に割って入ってくれたのはこの人なんですから」
「お姉さん、ありがとうございました」
「……はっ。いや、ちょっと待ってくれ、いや、待ってください!」
一連の流れにフリーズしていた猫人族の女性が俺とマルク君を引き留める。
「アタシも……。アタシも一緒に連れて行ってくれ! いや、ください!」
「別にいいですけど、あなたも冒険者ですか? あ、あと別に敬語じゃなくていいですよ。ミスリルって言ったってそんな偉いもんじゃないんで」
「そうかい? 助かるよ。アタシはミーナ。ロロホルをホームにしてる金ランク冒険者だよ」
「じゃあ帰路の途中ですか」
「いや……」とミーナさんは言葉を濁す。
「チームメンバーの募集にエディルに行こうとしてたんだけど、シグルドさんを見て気が変わったんだ」
あ、面倒ごとの予感。
「アタシのチームに、いや、シグルドさんのチームにアタシを入れてくれやしないかい?」
「……同行は許しますけど、俺ソロなんでチームは組みませんよ」
そう言うとミーナさんは興奮に上がっていたその尻尾をしゅんと萎れさせた。
「今はそれでいいよ。行動で示すから」
頑張られても困るんだけどなぁ、と思いながら、俺は先頭を進んでいく。ミーナさんもアイテムボックス持ちなので彼女が倒したジャイアントボアは彼女のアイテムボックスの中。後で血抜きをする予定だ。
街道を出る手前くらいの所で丁度よさそうな場所があったのでジャイアントボアを木に吊り上げて血抜きをする。久々の行為にもう一年以上前かと懐かしさを感じていると、マルク君のお腹がくうと鳴った。
「食べ物は持ってますか?」
「朝の黒パンの残りなら。でも、食べると晩御飯が無くなっちゃうから……」
そう言うマルク君に俺はさらの黒パンを取り出して差し出す。
「どうぞ」
「え、いや、受け取れませんよ!」
「タダでとは言ってませんよ。途中で適当に獲物を狩りましょう。それで倒した分ロロホルで清算して三分割。マルク君の黒パンの代金は少し金額を上乗せしてその後引かせてもらうということで」
それでも恐縮しっぱなしのマルク君になんとか首を縦に振らせて黒パンを受け取らせる。血の匂いが強いがこれも冒険者らしさと割り切って血抜きが終わるまで小休止だ。
ちなみに分かっているとは思うけど、と言いながらマルク君に血抜きの大切さを教える。血抜きする速さと街へ持っていく速さ。この二つを意識するだけで肉の美味しさが変わる。美味しさが変われば値段が変わると高説を垂れると、マルク君は初めて知りましたと言わんばかりの顔をした。
「知らなかったんですか?」
「はい。初耳です」
「解体所の職員さんと話したりしませんか? 気のいい人が多いので結構教えてくれますよ?」
「あの雰囲気が怖くて。お願いした後は逃げるように帰ってました」
「そりゃ、だめだよ」とミーナさんも口を出す。
「冒険者はコミュニケーションが大事なんだ。いろんな人と話して、情報を集めてかないとやっていけないよ? というか銅まで上がってんだろ? それまでどうしてたのさ」
「初めから銅でした。僕、お金がないから格闘家の職にしたんですけど、それで試験のイノシシを楽に倒しちゃって」
俺とミーナさんは揃って「あー……それは……」と声を上げる。
不良どもが絡んでたのも、多分この辺の妬みがあると見た。
「ランクの維持はどうしてたんですか?」
「肉の確保を主にやってました。サーチで簡単に見つかるので」
「ちょっと待って。サーチって魔物を見つけたり害意を持つ人間を見つけたりする魔術だろ? アタシも使えるけど、それでどうやって……」
「僕、魔物と動物の違いってあまり分からなくて。なんとなくで探したらいつの間にか普通のイノシシとかも引っかかるようになってました」
「魔術はイメージ次第って聞くけど、サーチってそんなこともできるんだね……」
うーん、デジャヴ。
そんな他愛もない会話をしながらしばらく。血抜きを終えたジャイアントボアをミーナさんのアイテムボックスに入れて俺は二人を連れて街道を東へ進んで行く。道すがらミーナさんと確認しながらマルク君に冒険者として知っておいた方がいいことを伝える。あとは格闘技を使うようなので俺の寸勁を教えておいた。振動の魔術をうまく扱えるかがカギだが、それはマルク君の成長率次第。だが肉の確保目的で使うと中身がぐちゃぐちゃになるのでおススメはしないとも言っておいた。あくまで食肉以外の目標用。それも装甲の堅い相手じゃないと使いどころはあまりない。だが知ってて損になることは無いだろう。
あとは身体強化を普段使いしていないそうなので意識せずに使えるように常に使う練習もさせる。最初は集中力が途切れていたが、数時間もすれば会話くらいはできるようになっていた。
「そういや、シグルドさんは何の職なんだい? あのバカ共を懲らしめてたので魔術系なのはわかるんだけど、何か槍みたいなの持ってたし、最初は変な鎧も着てたし」
「あぁ、俺は銃士ですよ」
「へーえ。珍しいね、フリーの銃士なんて」というミーナさんにマルク君が「銃士って何ですか」と聞いている。
「銃士ってのは銃っていう道具を使って戦う職のことさ。銃も弾も高いんで数は少ないね」
「ただのサポート特化の後衛職ですよ。弾に乗せた弱体化の魔術をかけるのが主な仕事です」
「それで一人で戦えるんですか?」
そう聞いてくるマルク君に俺は銃槍の先を見せてやる。
「先に剣が付いてるでしょう? これで槍としても使えるんです。おかげでギルドカードには槍術師の職も記載されてます。もちろんさっき教えた徒手格闘も使いますよ。これに関しては力任せの我流ですけど」
そんな会話をしているうちに日が暮れてくる。人がいる場合のいつも通りにテントを張り、野営の準備をし始めた俺に対して二人は「えっ?」という顔をした。
「料理するんですか?」
この聞き方は俺が料理をするのかどうかの話ではなく、野営で料理をしている暇などあるのかというところだろう。ミーナさんも同じ意見のようだ。
「逆にしないんですか? マルク君はともかくミーナさんまで。索敵は常に密にしているんで特に問題ないですよ。逆にダンジョンでもない限り数日間黒パンと干し肉、できれば酢漬けの野菜があればいいな、なんて食生活の方が俺からしたら論外です」
俺の言葉にミーナさんが「うっ」と呻く。俺の言葉の何かが心にクリーンヒットしたらしい。
その辺を突っ込んでみると「いいだろ、別に。女が料理できなくたって」とすねた様な口調でミーナさんは言った。
あぁ、料理が駄目なタイプの人か。だができない事を自覚しているだけマシというもの。下手に手を出して味を壊滅させる人よりマシだ。
「まぁ、男だから女だからと言うつもりはありませんよ。ただできると何かと便利ですよ。暖かいものを取れると違いますからね。哨戒用の焚火も有効利用できますし」
そう言いつつ俺はコンソメスープをもとにたっぷりの野菜を加えてスープを作る。
「串焼き肉も作りますけど、一緒に作りますか?」
俺はマルク君を誘う。ついでにミーナさんも。マルク君は微妙に遠慮がちに、ミーナさんは「無駄にしても文句言うなよ」といいつつ参加するようだ。
「まず好きな肉を一口大か少し大きいくらいに切ります。それを買っておいた串焼き肉用の串かその辺に落ちてる木の枝を削って熱湯をかけておいたものに刺します。あとは気持ち少なめに塩をかけて焼くだけです。食べてみて味が薄かったら塩を足してください」と簡単な串焼き肉の作り方をレクチャーする。滅多にしないが俺もイノシシくらいなら解体できる。そうやって自分で狩った獲物を使ってもいいんだよとマルク君には教えた。
「料理ってこんな簡単でいいのか⁉」
ミーナさんはなにやら斜め上の反応。
これは出来ないんじゃなくて難しく考えすぎて手が出なかっただけだな。
「冒険者の野外料理なんでこんなもんですよ。ああ、肉はできるだけしっかり焼くようにしてください。串の位置はこれくらい離して。火で焼くというよりは横から熱を伝えるイメージですね」
今日提供したのはコカトリスの肉。スープを作って飲んでるうちに焼き上がるだろう。
俺は器と匙を三つ用意して出来上がったスープを渡す。
「頂いていいんでしょうか……」
「貰っときな。この人は多分アタシらを無視して一人で食べれるようなタイプじゃないよ」
二人がスープに口を付ける。マルク君は「あ、美味しい」と零し、ミーナさんは猫舌なのか熱さに苦戦しながらもスープをかき込んでいる。
途中串焼きをひっくり返すように指示しながら自分でかじってみて「もう食べて大丈夫ですよ」と勧める。一応齧って生だったら吐きだすように言っておきながら。
二人は自分で作った串焼き肉を手に取りいざ実食。一口食べ、マルクくんはゆっくりと、ミーナさんは一口食べ、その後は豪快にいったところを見るにうまくできたようだ。
「俺はアイテムボックスがちょっと特殊なんで生鮮食品持ち運べますけど、干し肉と干し野菜を持っておいてそれで出汁とりながら味噌入れるだけでも違いますよ。まぁ、多少金はかかりますけど。あと海辺に行ったら出汁になる干し小魚はマストで購入です。おやつにもなりますし」
そう言って俺は自分の串焼き肉の残りを頬張る。
皆に合わせて大きめのサイズで作ったから、今日は黒パンは半分でいいや。
「シグルドさんはあんま食べないんだな」
食事を終えたミーナさんは俺を見てそういう。確かに俺の食事量は一般的に見ればそうでもないが冒険者基準だと少ない方だ。
「こんなもんですよ。別にケチってませんよ? 単純に食べられないだけです」
「ふーん。あ、そうだ。シグルドさんって歳いくつ? アタシ二十」
「十八です。そう言えばマルク君は?」
「僕は今年で十二です」
マルク君はやはり成人前だった。あとミーナさんは同年代だろうなとは思っていたけどイメージ通り年上だった。
だって完全に姉御肌だったし。
食事を終えてあとは寝るだけだが、今日は秘密基地には帰れない。だから風呂にも入れない。それが一番の悩みだった。だがそれは考えても仕方がないので見張りの順番を決めて就寝準備に入る。ちなみにマルク君は朝型、ミーナさんは夜型らしいので見張りの順番は俺を真ん中にしておのずと決まる。睡眠が二回に分かれるのはつらいが、そこは魔術のある世界。昔イリスさんに教えてもらったもので連続詠唱の応用である遅延詠唱というものがある。それを使って適当な魔術をかけた一定時間後にウェイクアップが発動するようにすればいい。ちなみに使うのは初めてだ。うまくいくかは分からないので時間になったら叩き起こすようにミーナさんにお願いしておく。
テントを持っていないマルク君と一緒に俺の一人用のテントに入る。少し狭いが、ゆったりサイズを買っているので入れないことは無い。
俺は寝る前に世界地図を広げてビーコンの位置を探ってみた。アラン砦に五つの反応。金獅子の皆は一度はロアに帰ってキール支部長と会っているらしい。だがまだアラン砦に詰めているということは、やはり情勢の変化を察知して国境が開かれ次第追ってくる気なのだろうか。
俺には合わせる顔が無いというのに。そう思った俺の頭の中に、エディルのエリエット支部長の言葉が反芻する。
もし、貴方を追ってきたのがあなたを利用する人でなくて必要とする人なら。その時はちゃんと迎えてあげなさい。
彼らは逃げ出した俺を必要としてくれるだろうか。
必要なくとも、迎え入れてくれるのだろうな、と自嘲する。
俺は地図を片付けると眠りについた。その後遅延詠唱で発動させたウェイクアップは問題なく発動し、俺は二回の睡眠を挟んで朝を迎えた。
朝起きて、俺がマルク君と朝食の黒パンと干し肉をもそもそかじっているとテントからミーナさんが出てくる。しかしその焦点は合っておらす、ぼーっとしていた。
「低血圧ですか」
「んあ……。てい……? なに?」
「朝しんどそうだなって言ったんです。あとおはようございます」
「あい……。おはよう…………」
俺は辛そうなのでウェイクアップの魔術をかける。魔術だが、効果は生理的なものにも作用するため楽にはなるだろう。
「お、しゃっきりした。闇系統のウェイクアップ? アタシも使えたらいいんだけどねー。とりあえずあんがと」
そう言ってミーナさんは「うーん」とひとつ伸びをする。
というか、この人よくこの調子でソロ冒険者やれるな。
「ミーナさんがチームを探す理由が分かりました」
「これだけが理由じゃないけどね。チームに入れてくれる?」
「それは却下で」
ぶーたくれながら黒パンと塩漬けの方の干し肉を齧りだしたミーナさんと元気なマルク君を伴ってまた東へと歩き出す。ロロホルまであと十日前後。それまでにマルク君が一人でもやっていけるように鍛えられたらなーと甘いことを思いながら俺は空を見上げた。




