13 猟犬
祭りの喧騒も過ぎ、高難度依頼もこなしてランクを担保しつつ俺たち金獅子は平和な日常を過ごしていた。俺が来た時のような忙しさは無い。貯金を崩さずに生活できるくらいの、そんな生活。そんな日常の中で、俺は珍しく単独行動をしていた。
もちろんラッシュさんとキール支部長の許可は取ってある。キール支部長の推薦でミスリルが確定していることが分かったため、俺の最終目標を達成するための拠点候補地を探しに出ているのだ。現在位置としては海上。ライクロイック王国の北端に位置するムーベル山脈の西端にあたる半島から北西にあるという小さな諸島群を目指して飛んでいる。この諸島群は外回りの海路を探っていた時代に偶然発見されたもので、魔物のせいで上陸はしなかったものの人の気配は無かったらしい。また立地も悪いので陸地として存在していてもライクロイック王国とリフリス帝国が利権を争ったりはしていないようだ。つまりはどこにも属さないただの無人島である。また現在ライクロイックとリフリスを跨ぐ外海の航路は無いため、間違っても人が寄り付くことは無い。
「お、あれかな?」
遠見の魔術を応用した鷹の目という魔術で中央だけ一部拡大された視界の中に島が見え始める。近づいて鷹の目を切ると、本当に小さな島々が点々としていた。そして空中をホバリングする俺の足元に忍び寄る影。
ざばぁっと音を立ててそれは姿を現した。いや、正確にはその全貌は分からない。だが、そのうねうねと動く表が赤く吸盤の面が白い触手は確実にヤツだ。
「クラーケン、だよなぁ。見た目完全にダイオウイカだけど」
これは人も寄り付かんわ。
下手に狩って人が来でもしたら厄介なので触手攻撃や水圧砲を避けつつ一番大きな島に上陸する。
拠点確保と行きたいが、なんか嫌な反応が多数ある。その場所に飛んで見に行くと、魔物の群れが複数存在した。だが幸いなことにゴブリンやオーク、オーガなどの人型種はいない。これなら持ってきた動物除けの魔道具が使える。そう思った矢先、俺は面白いものを見つける。それは地面にぽっかりと開いた穴。洞窟の中に意識を向けてみるが、反応は無い。俺はたいまつを使って酸素があることを確認しつつ、洞窟の中に足を踏み入れる。すると体全部が入った瞬間夥しい数の魔物の反応が頭の中を侵食した。ダンジョンだ。
「えー、こんなとこにもダンジョンってできんの?」と独り言ちながら俺は壁の土を採取して製錬する。するとやはり現れる蒼と虹色の金と重い黒の輝き。削った壁はやはり一分くらいで完全修復されるようだ。
俺は水源を探し、近くに泉があることを確認すると野生の魔物の動きを阻害しない程度に動物除けの魔道具を設置して水源と拠点を確保する。一帯の木を切り倒して今日の所はおしまいだ。家はそのうち作る。家と言っても建築技術は無いから地下を掘って固めるだけだが。
その後、二ヶ月をかけて俺の地下基地は完成した。もちろん、トイレ風呂完備である。ダンジョンが近くに合って助かった。アダマンタイトが取り放題なので地下の壁は全部アダマンタイトで固めたのだ。もちろん雨が降った時の排水や換気もばっちりである。なお二ヶ月も時間がかかったのは依頼をこなしながらだったのもあるが、地下基地のメインである大型兵器開発所と格納デッキに時間を取ったためだ。ここももちろん総アダマンタイトで固めてあるため地震が来ても怖くない。
だができればカタパルトを作りたかった……。
余った土塊で七メートルほどの試作機も作った。もちろんデザインはアレである。胴は短く、手足は長い。その手足には動きに合わせて稼働するシリンダーが見え隠れしているが、ただの飾りだ。コックピットは胸部が開くようにした。操縦桿はあっても操作できないので魔石を置いて魔力での直接操作ができるようにする。元はゴーレムだ。ただ核となる魔術が自分自身に置き換わるだけである。飛行システムはパワードスーツと同じだ。出力は比べ物にならないが。見た目は中量二脚。武装はまだない。
本当なら飛び回りたいところだが、それはまたの機会にするとして若干の無念を残しながら俺はゲートで家へと帰る。帰った自室には、何故かミアがベッドに寝転んでいた。
「あ」と俺たちの声が重なる。部屋を間違えたかと思ったが、どこからどう見てもここは俺の部屋。俺の私物もあるし、扉を出て位置を確認してもやっぱり俺の部屋。
「何でいるんですか」
「いやー、最近シグルドの部屋の方が落ち着くんだよね」
「鍵閉めとくべきだったか」
「あたしの憩いの場がなくなるからヤメテ。というか今日は早かったね?」
「一応すべての作業が終わったので」
「おー。じゃあできたんだ、秘密基地。お披露目?」
「しませんよ。そういう話だったでしょ? 俺の極秘研究所も兼ねてるんですから」
「ちぇー」と言うミアを無視して俺は部屋を出る。後で物音がしたところを見るにミアも動くらしい。時刻は昼どき。昼食はこの世界では食べない人も多いが、俺はしっかり食べる派だ。ミアにスープの残りがあるといわれたのでそれを頂くことにする。ミアが保存庫から取り出した鍋はまだ暖かかった。
朝の残りの黒パン半分とスープを食べていると、「金獅子の皆さまは居られませんかー」と扉を叩く音。食事を中断して出ようとするが、それより先に和室からラッシュさんが出てきて扉を開ける。
というかそこに居たんかい。
ラッシュさんとミアは和室でごろ寝をするのを気に入っている。前など炬燵に入ったまま寝落ちていたから炬燵布団強制撤去の刑に処した。
それはともかく客人の方である。ラッシュさんの脇から覗くボブカットと垂れ犬耳はギルド職員のメロさんだろうか。二三話すと客人は頭を下げてその場を去る。振り返ったラッシュさんの手には手紙が握られていた。
「お? シグルド、帰ってたのか」
「ええ、ついさっき。討伐依頼ですか」
「ああ、似たようなもんだ」
そう言われて俺の肩が跳ねる。俺の首には、もう精神安定の魔道具は下がっていない。この二ヶ月受け続けた依頼は、すべて盗賊や懸賞首の討伐依頼だった。ジャックさんに精神の脆弱性を指摘された俺は、キール支部長や金獅子の皆との相談の上、荒療治に出ることにしたのである。それは殺しの場数を踏むこと。そしてそれを仕事と割り切ること。なにより、殺しの狂気に呑まれないこと。そうして俺は多くの人を殺した。冒険者崩れが居た。他国の間者がいた。食うに困って盗賊に実を窶したもとは善良な人もいた。皆等しく殺した。重犯罪者の処刑もキール支部長の伝手で見せてもらった。それは縛られた犯罪者に対して被害者が何をしても良いというものだった。そこで俺は人の残虐性を垣間見た。一思いに殺した人がいた。一日一日皮を剥いでいった人がいた。その身を裂いて蛆が沸くまで食事を与えた人がいた。そのほかにも色々と。この手で五人も殺せばその身はだんだんと慣れて行った。ただ殺しへの忌避感が募る毎日だった。
そして日常では精神防護を必要としなくなった俺は、次の依頼で精神防護なしでやってみようということになっていた。その知らせが、届いたのである。
「気が進まないか?」
「そりゃ、やりたくないですよ。でも、慣れないと」
アルカフィルはそういう世界なのだから。
「そりゃよかった。俺たちのは指名依頼だからな」
「誰からですか?」
俺の質問に、ラッシュさんは手紙を俺に渡す。その封蝋の家紋には見覚えがあった。
「カーマンベルグ伯。カスパル・アルベーヌ卿だ」
待ち合わせに指定されたアラン砦にそれと分からないように日を置いてちょっと早めに到着する。送られてきた手紙をラッシュさんが見せると、衛兵の人はすぐに人を寄こしてくれた。
「久しぶりだな、諸君」と客間の下座に座ったのはカスパル卿だ。
「伯爵、俺たちを呼びつけるなんて一体何事ですか」
ラッシュさんが問う。その問いに、カスパル卿は眉間の皺を深くした。
「国境のムーベル山脈の関所、通称竜の爪痕でリフリスと小競り合いが続いている。ずっと小康状態にあったのだが、前線に出ていた兵士が変な武器を鹵獲して来た。君たちに手紙を送った頃だ」
これだとカスパル卿が言って兵士さんがテーブルの上に置き、包んでいた布を取り外したものは見覚えのある形だった。
「これは……」
それは地球でモシンナガンと呼ばれる銃の形をしていた。だがそれよりも長大で、全て金属でできていた。
皆の視線が俺の方へと向く。俺はそれを手に取ると、鑑定の魔術をかけた。
造りは精巧で、使用されている魔術もほぼ同じ。ライフリングもあり、連射もできるようだが、ブラストの威力が俺のものより弱い。
「金属の礫を飛ばしてきたらしい。その威力は硬化付与したプレートメイルを凹ませるほどの威力があったそうだ。シグルド君、これを君は何だと思う」
「俺の銃と同じです。でも作りが違います。俺のは土塊を圧縮して作ってるのでこんなに軽くありません」
「そうか」とカスパル卿は呟いた。
「シグルド君がアラン砦近くのダンジョンで鎧と銃を紛失したことは聞いている。それを責めるつもりはない。だが銃がリフリスの手にあったことを考えると、鎧の方も手にしていると考えた方がいいだろう。シグルド君。私が知りたいのは対策だ。どうすればこの武器や君の鎧に立ち向かえる?」
「銃に関しては、金属製の分厚い盾でなるべく角度を付けるように弾いてください」
俺は手を使って傾斜装甲の話をする。
「鎧に関しては、同じものを作るしか……」
「君の鎧は、供出できないのかね?」
「……………………」
俺は答えられない。俺がパワードスーツを供出して、果たしてそれが吉と出るか凶と出るか分からない。
「伯爵、それに関しては」
「分かっているよ、ラッシュ君。以前シグルド君の鎧に隠れて鑑定をかけさせたが、術師が発狂したからな。すまん、席を外してくれ」
カスパル卿がそう言うと部屋の中に居た兵士さんが部屋を出ていく。
「正直に話すが、我が国が亡びるくらいならまだいい。一番問題なのは、プロイツェン侯爵が君の存在を知っていることだ。もちろん、国王陛下も」
「ガイウス・プロイツェン侯爵ですか? タカ派の?」
「いや、代替わりして今は息子のガルムークが当主だ。タカ派には変わりないがね。何より問題なのは、奴の血の気が多いことだ。ガイウス候はまだ思慮深かったが、息子の方は今にでも戦争がしたいらしい」
カスパル卿はため息をつく。
「君の全てが明らかになれば、それを強請ってくるのが目に見えるよ。おそらく、どんなことをしてでも。だがそんなことをすれば、我が国は君を失うことになる」
そうだろう? とカスパル卿の目は言っていた。確かに俺は自分や金獅子の皆に被害が及ぶようならすべてを顧みず行動するだろう。それに今は精神防護の魔道具さえあれば躊躇もなくなっている。最悪、今なら国を相手取って戦争することも可能だ。
「一端に戦士の顔になっているな。前にあった時とは別人だ」
「そうですか?」
「ああ。覚悟を決め、殺しを覚えてそれをちゃんと自制している顔だ。新兵のそれではもうないな」
そう言ってカスパル卿は立ち上がる。
「もう一つ見せたいものがある。ついてきてくれ」
戦闘を歩くカスパル卿の後を歩く。曲がりくねった砦の中を進んで行くが、どうやら地下に向かっているらしい。暗く埃っぽい通路の先。大きな扉の前に立つ兵士さんにカスパル卿は「開けてくれ」という。
「我が伯爵家はもともとこの辺りに住んでいたらしくてね。この砦はその名残でもあるのだよ」
様々な宝石や装飾品、美術品が並ぶ小部屋を進むカスパル卿がそんなことを言う。その手には、いつぞやの依頼で届けたブローチが握られていた。
「大伯父上は知っておくだけでいいと書いていたが、これはいよいよ君たちの、いや、シグルド君の判断を仰がなければいけないと思って呼んだのだよ」
そう言ってぽつんと壁際に設置された台座にカスパル卿はブローチを嵌め込む。するとゴゴゴゴゴと音がして壁がせり上がった。その中に入るとまた階段。暗いのでライトを灯しながら進む。家で言えば三階分くらい下った先に、大きな扉があった。カスパル卿はその鍵のかかっていない扉を力を入れて開く。最近開いたようで、通路の埃っぽさに比べて扉からゴミが落ちて来たりなどはしなかった。その先には、広い空間。その奥に、鎧が鎮座していた。全高七メートルほどの、俺が作った巨大兵器によく似た黒い鎧が。
「なんっ……」
俺は二の句が継げなくなる。カスパル卿に断って鑑定の魔術をかけると、所々破損しているが俺が作ったものの完成系の一つがそこにあった。
なぜこんなものがここにある? 誰が作った? どうしてこの世界の人が知り得ないデザインをしている?
疑問が俺の中を駆け巡る。動きは魔術ですべて制御している癖に、間接にシリンダーを仕込んでる無駄な凝り具合は明らかにこの世界の人間の発想ではない。むしろそれは俺の考えで。
過去にも俺と同じ思考を持った誰かがこの世界に来たことがあるのか?
「やはりシグルド君に見せたのは正解だったか。これは君の鎧に近い。そうだね?」
俺は頷く。
「そしてこれは核のないゴーレムだ。というのがうちの魔術師の見解だが、どうだ?」
その答えに俺は首を横に振る。俺の予想が正しければ、おそらく。
俺は胸部ユニットに魔力波を当てる。軋みを上げ、ぼろぼろと積み重なった埃や砂を落としながらそれは口を開いた。
そこにあったのは、俺が思い描いたコックピット。操縦桿なんか付けても操作できないしと割り切った、魔力制御式のもの。そのシートに座り、操縦桿に当たる魔石にその手を置いて魔力を流す。そうすると、思った通り開いたコックピットが閉じて暗闇に閉ざされる。しかし俺の視界は開けていた。脳内に投影される錆びついたこの兵器の目を通して。
「何故……知っている? だれも動かし方は分からなかったのに。君は一体……」
やはり外の音をウィスパーが拾って俺に伝える。同じく俺の言葉もウィスパーで届くのだろう。
「これは、俺が思い描いていたものです。武装があるはずですが、何かありませんか?」
「中に会話が届くのか! いや、その鎧以外には何もこの部屋にはないよ」
「動かしても構いませんか?」
「好きにしてくれ。全責任は私が持つ」
そう言ったカスパル卿を信じて俺はその動きを念じる。すると鎧の右足があがり、一歩踏み出した。部屋の中を歩く。蛇の目や夜目の魔術で強化された視界はざらついているが、歩くのに問題はない。魔術は正常に機能しているようだが、飛ぶことはできないようだ。俺は左腕に意識を集中する。きっとそれがあると信じて。それはかすかに感じた攻撃系光魔術の残滓。腕は上がらなかったが、その腕の突起から微かに光魔術が噴き出てそれを形作ろうとする。
エネルギーブレードだ。
俺は確信する。これを作ったのは俺の同郷だ。だが俺じゃない。俺なら絶対にバイザー型の頭部にはしないから。
「私はこれの存在を国王に報告しなければならない。大伯父上の手紙には我が一族がこの鎧の存在を代々隠していたことと、時代の変革ともいえる国の危機にはこれを国に献上するように書いてあった。リフリスの銃は時代の変革だ。大伯父上が私にあのブローチ、いや、鍵を託したのは、今日の日のためだったと思うよ」
そう言うカスパル卿の横に、俺はコックピットから出て降り立つ。その巨人の姿を改めて見れば、俺が先日完成させた中量二脚とどこか似ている気がした。だがなんというか、実践的というか。各所がやはり違う。大元の骨格は同じに見えるのだが。
「シグルド君。君は一体何者なんだ?」
鎧を見上げてカスパル卿は言う。そんな彼に、俺は聞く。
「伯爵は、俺がコイツの正体を知ってるとして、王国に突き出しますか?」
「………………………………。そうか。知っているんだな。信用できないなら、私を殺して国外逃亡するといい。それだけの力が君にはあるだろう? 我が友、シグルドよ」
その言葉に、俺は腹を括った。
カスパル卿が差し出した剣を左手で取り、俺は、右手で握手を返した。そして剣をかえすと、その口で自分を語る。
「俺はこの世界の人間ではありません。シグルドという名も偽名です」
何かを言おうとしたラッシュさんに口に指をあてて静かにのジェスチャーを送る。
「本名は、いえ、これは意味がありませんね。とりあえず、この世界での俺はシグルドなので。俺はこのような兵器を、武器をたくさん見てきました。現実ではありません。すべて創作物の中で、ですが。この世界では忌み嫌われている理術や錬金術。その先にある科学という学問が発展してました。戦争も何度もありました。俺たちの世界には魔術はありませんでしたが、そうですね、このライクロイック王国から大陸の反対側の国を一瞬で滅ぼせるような武器がありました。それと似た兵器を使った戦争もありました。俺の知ってる戦争は鉄の鳥で空を飛び、鉄の船が海を駆け、鉛の礫が人を穿つものでした。そんな戦争があった世界で、一時的に平和になって、そんな時代に俺が生まれました。そこにはそんな戦争や科学を題材にした創作物がたくさんありました。わけあって俺は十七で死にましたが、その知識と記憶の全てと魔術の才を持ってこの世界に来ました」
そういってカスパル卿に向けていた視線を金獅子の皆に向ける。
「ラッシュさん。おかしいと思いませんでしたか? 俺の作る武器や装備、魔術の使い方。料理もそうです。こないだの祭りで出したポタタの薄揚げ。あれ、俺の居た世界で人気のお菓子なんですよ?」
「シグルド、お前……」
「俺、この世界のあり方を変えるつもりなんてなかったんです。好きなメカに乗りたかっただけなんです。でも俺が失敗したから、この世界の戦争のあり方が変わろうとしている。俺がヘマ打ったから……」
俺はもう一度カスパル卿に向き直る。
「伯爵。友と言ってもらえてうれしかったです。この鎧を然るべきところで研究すればきっとリフリスに負けることは無いと思います」
俺はパワードスーツを召喚する。その背中の懸架パーツを取り外して、小銃をカスパル卿に、サブマシンガンをラッシュさんに渡す。
「餞別です。ヤバいと分かったら助けに来ます」
俺は一気に距離を取った。邪魔をされないように。ステルスパーツを召喚して装着する。そして彼女に、ウィスパーで最後の声を届ける。
「ミア。ずっと好きでした」
「シグルド! 待て‼」
俺は姿を消し、最大推力で飛び出した。階段を飛び上がり、ゲートを開く。目的地は俺の秘密基地。金獅子の誰も、キール支部長でさえ知らない場所。
一度ステルスで姿を消したのはゲートに割り込まれないようにするためだ。ミアの足なら追い付かれる可能性があった。
俺は精神防護の魔装具を取り出して首から下げる。それでも頬を伝う涙は止まってくれなかった。俺は泣いた。涙は三日止まってくれなかった。一人で寝るのはこんなにも寒いものだと思い出した。それでも戻らなかったのは、みんなに迷惑が掛かるから。今でも十分に迷惑はかけているが、俺が居れば命を賭しても守ろうとしてくれるだろうから。ラッシュさんも、ミアも、イリスさんも、リューグも、キール支部長も。もちろん、カスパル卿も。もしかしたら、蒼烏の人たちやジャックさんも。
泣き止んだ俺が行ったのはアイテムボックスの中身を選別することだった。チームの持ち物やお金、その他返さなければいけないものを分けて収納袋に入れる。そして手紙を二通書く。一通は金獅子の皆に当てたもので、内容はこれまでの礼と、非礼を詫びる文。あと喫緊で必要ないものはキール支部長に預けておくというもの。もう一通はキール支部長当てだ。
皆はまだアラン砦に居るらしい。俺はビーコンを目印に砦の外にゲートを開くと、ミアの背負子にまとめたそれを門に立っていた兵士に託す。末端の兵士にまで俺の話は伝わっていないのか特別な反応はされなかったので、ギルドカードを見せて信用してもらった。続いて向かったのはキール支部長のところ。受付でキール支部長が居るかどうか聞くと居ないとのことなので、荷物と手紙を預けて去る。
俺の手元に残ったのは、自分の金と装備品だけ。俺の持っていた知識や知りうること、必要なことは俺の付けていたビーコンと一緒に皆に送った。
俺は一旦秘密基地に返ってパワードスーツ用の装備を整え、旅支度を終える。
いつかはこんな日が来るとは思っていた。俺はこの世界では異物だ。受け入れられたとしても、やはりどこかに問題が出る。
俺はやはり群れるべきではなかった。俺が一人でいれば、金獅子の皆と会いさえしなければ。この世界の有様を変えることは無かった。だがもう遅い。技術は既に流れてしまった。これを皮切りに、技術革新は続くだろう。そして戦争は変わるだろう。剣と魔法のファンタジーから、泥臭いSFに。
俺の望んだ世界になる。だが、無性に悲しかった。
俺は最低限の生活をし、人が恋しくなったら街へ出る生活をつづけた。そしてその生活の大半は、巨大人型兵器の研究開発に充てた。試作機は開発に行き詰ったのでアイテムボックスに格納し、新たに作り直す。シャープな単眼のヘッドパーツ。無骨な胸部コアパーツ。四角く少し前後に張り出した肩部アーマーと太すぎない腕、角ばった太い脚。その姿はまさしくクレストの系譜。エムロードでもいいが。ベイラムでもいい。まさしく重量二脚と呼べる、いや、どちらかというと機動重二とよべるそれは俺の目指すそれだった。
だが機械ではなくゴーレムに近い魔道具。俺は操縦桿も何もない、魔石を埋め込んだ球体が肘置きの先にセットされたコックピットに座って魔力を通す。編まれた魔術回路がその土塊の身体に命を吹き込み、俺と一体化する。感覚器官を埋め込んだ各種センサーは俺の視覚、聴覚と直結し、サーチをはじめとする探査魔術はレーダーとして脳内に反映される。視界の中にはロックオンサイト。標的にしたものにオートエイムがかかり、自動的に狙いをつける。武装は速射ライフルと貫通ライフル砲。背部には折り畳み式グレネードキャノンと六連装ミサイルポッドを装備しているが、ミサイルは弾頭一発一発に誘導のための魔術を組み込むため魔道具化しなければならず、魔石が組み込んであるため使うことは少ないだろう。それでもポッド一つ一つに取り付けた弾倉には各百発ずつ、計六百発のミサイルが装填されているが。もちろんグレネードキャノンもエクスプロージョンを多重に付与した上で圧縮錬成した弾頭を三百発近く弾倉内に入れてあるし、ライフル砲は千発程度入れてある。
「やっとこの世に呼び起せたよ、グレイハウンド」
俺はその銘を呼ぶ。俺がいつも愛機に付けるその銘を。猟犬の名を冠した、殺戮兵器を。
俺は前方に特大のゲートを開く。歩いて外に出て見ると、案外スムーズに動く。やはりゴーレムが動く仕組みを利用したのは正解だったらしい。ズシンと地響きをさせて俺の愛機、グレイハウンドは大地を踏みしめた。そして背中と、機体各所に設置されたスラスターに火を入れる。レヴィテイションとフライを意識すると、スラスターがいっとう火を噴き上げ機体が浮き上がる。想像すればイメージ通りに機体が動く。一つの標的に両手の両背中の武器で狙いをつけることも、逆にそれぞれバラバラの所を狙うことも可能だった。
歩行、ジャンプ、飛行、回避運動、緊急回避、急速旋回と一通りの動きを試す。次は武器の試射。右手の速射ライフルは連射力とストッピングパワ―重視の弾を吐き、左手の貫通ライフルはその名の通り貫通力を重視した高速弾が木々を貫き。ミサイルはロックオンだけ確認する。グレネードキャノンは、着弾点に連鎖爆発を起こし、巨大な一つの爆炎を起こした。
表面に施したアダマンタイトの黒い装甲が爆炎を受けて煌めく。この機体は土塊のボディの上にミスリルとアダマンタイトの二重装甲が施してある。アダマンタイトはその硬さで攻撃を弾き、その下のミスリルは装甲に施された硬化術式の効果を爆発的に上げる。この世界にこれ以上のものは無いはず。あとはこの力を、守るために使うと俺は誓う。この世界のパワーバランスが均衡を保つまで、出る杭を打ち続ける。
孤独な戦いになる。世界中を敵に回す。俺は敵も味方も居ない、死を振りまく虐殺者になる。理解してくれる人はいない。これは俺が勝手にやること。時計の針を勝手に進めてしまった、いや、歪に進めてしまった自分への罪滅ぼしのために。
だが、彼女なら。笑い飛ばしてくれるだろうか。
いや、よそう。もう会うことは無いのだから。
俺はまたゲートを開いてグレイハウンドを格納庫に入れると、パワードスーツを装着してアラン砦の近くにあったあのダンジョンの近くにゲートを開く。藪の中から出ると、辺りには誰も居ない。だが金獅子の皆が付けてるビーコンを頼りにサーチをかけると、竜の爪痕で戦闘行為が行われていることが分かった。俺はそこに向かって飛ぶ。そして俺は、信じられないものを見ることになる。
「あれは……⁉」
そこでは、戦争が行われていた。兵士と兵士の殺し合い。だが異様なのは、リフリス陣営の後方にそれが居たこと。全高十メートルはある巨大な鎧。そのデザインは近未来的で、俺の落としたパワードスーツによく似ていた。どうやらリフリスは俺のパワードスーツを元に大型化させ、乗れる人型巨大兵器を完成させたらしい。おそらく元から構想があったのだろう。ゴーレムは力は強いが戦闘につかえる魔道具ではない。術者が側に居なければ動けず、また殴ったところで動きが遅く戦闘に耐えうるものではないのだ。だがそれを兵器として運用するプランが軍事国家に無かったとは思えない。その耐久性は高いのだから。
後方の人型兵器が手に持った砲を構えた。それは弾丸を連続して吐きだし、着弾点では爆発が起こった。
あれは確実に俺のサブマシンガンの炸裂弾を応用している。流石は軍事国家と言ったところで戦法は確立しているらしく、人型兵器の榴弾で前線を掃討し、空いた空白地帯を歩兵で埋めるという手法を取っているようだ。しかも歩兵は銃を装備しているらしい。ライクロイック軍は榴弾が直撃しなければ死ぬことは無いらしいが、死傷者も出てだいぶ苦戦を強いられている。
俺は上空でゲートを開くと秘密基地へ戻った。すぐさまパワードスーツをアイテムボックスに格納してグレイハウンドに飛び乗ると、その魔術回路に火を入れる。ゲートを開き、先ほどの場所へ。
「さぁ、初陣といこうか」
俺は機体を宙に浮かし、戦場の上空へ飛び出した。ライクロイック軍の上空へ飛び出たためライクロイック側には気づかれていないが、リフリスの中には俺に気づいた者もおり何やら怒号が飛び交っている。そしてなによりの気づかれた証拠に、相手方の人型兵器の銃口がご丁寧に俺の方を向いていた。榴弾の雨が俺に殺到する。
俺のパワードスーツをパクったにしては随分と精度が甘いようだ。いや、オートエイムの魔術は自前だったから再現不可能だったのか。
俺はその全てを装甲で受ける。前線の兵士の「やったか⁉」という声が聞こえた。
俺の装備ならアダマンタイト装甲でもダメージを与えられるように設計しているが、機体損耗率はゼロパーセント。なんの痛痒も感じない。爆炎が晴れ、その姿を現した俺に次弾が発射される。だが俺はその全てを避けた。今まで使ったことのない緊急回避のブースト、その目にも止まらぬ速さの動きで。
リフリスの兵に動揺が走るのが見えた。ライクロイック軍はいきなり現れた俺と、その俺がリフリスに敵対していることに呆然としている。
俺は右肩のグレネードキャノンを展開すると、後方に鎮座する移動固定砲台たちを睥睨する。
「榴弾ってのはこうやって作るんだよ!」
ドバンッと大きな炸裂音をさせて機体が軽くノックバックし、その砲弾が寸分たがわず目標に到達する。
避けるという意識すらなかったのかもしれない。その爆発は最大出力のエクスプロージョン百発分。この特製の榴弾は百個のエクスプロージョンをかけた小片を集めて固めたものだ。それが着弾と同時に飛び散り、爆発する。ちなみに最大出力のエクスプロージョン一発は手榴弾くらいのものである。
絶大な爆炎と共に隣にいた機体や周りにたむろしていた歩兵ごと巻き込んで死をまき散らす。直撃した機体は跡形も残らず、巻き込まれた機体は倒れて半壊していた。
「ラッシュさん。殺しには完全に慣れたみたいです」
俺は腰のアイテムポーチに忍ばせていた精神防護の魔道具を取り出してぎゅっと握った。それをアイテムボックスに入れ、改めて目の前の惨状を確認する。自分が、自分の意思で、誰の命令でもなくやったことだと認識する。だがもう何も思わない。いや、目の前の戦闘でどうするかに集中できている。罪悪感で泣き叫ぶことは後でもできると割り切って。
それにしても脆い。俺のパワードスーツでも直撃一発くらいなら耐えるはずなのだが。
そもそも俺の作った榴弾は手榴弾を束ねて打ち出しているようなもの。エクスプロージョンという魔術の特性上ダメージは入るが、ハードターゲットにそう効くものではない。良くて行動不能を想像していたが、まさか木っ端微塵に吹っ飛ぶとは思っても見なかった。
硬化付与されていないか、または素材の圧縮をしていないか。そのどちらか、あるいは両方だと思われるが、今のところは分からない。
残り敵機は六機。俺のグレネードランチャーの威力を見て恐怖したのか恐慌状態に陥っており、逃げ出そうとしているがその歩行速度は遅く、また飛ぶ様子も見られない。
ガワだけ作った張りぼてなのだろうか? これならパワードスーツでも勝てたか?
そんなことを考えつつ俺は多重認識の意識を深くする。残存敵機の全てにロックオンカーソルが浮かび上がり、一から六までの数字がカーソルの右上に浮かびあがった。
「これなら耐えられるか?」
俺は六連装ミサイルポッドから誘導ミサイルを発射する。噴射炎を吐き、噴煙もたなびかせているがどちらもその機動に関係するものではなくただの演出だ。その実は魔石を核とした小型ゴーレムで、従魔術にあるチェイサーという追跡用魔術の応用だ。それによってロックオンした相手を無限に追い続け、着弾により爆発を起こす。爆発の威力はエクスプロージョン二十発分だ。
ロックオンミサイルが飛来する。速度と誘導性の両立のため俺の機体なら引き付けてからの切り返しで簡単に避けられるが、相手にそんな機能は無いらしい。全機が強かにそれを食らうと、ミサイルは爆発を起こしそのがらんどうのコックピットを中のパイロットごと焼き尽くした。
今の今までずっと空中に居た俺は両軍の間にふわりと音もなく着地する。リフリスには銃を、ライクロイックには背を向けて。
対人用小火器を作っておくんだったと思いながら、俺はリフリスの兵士にウィスパーを使って告げる。
「リフリス帝国の兵士に告ぐ。俺はライクロイック王国とは無関係だが、君たちの開発した人型兵器による侵攻を認めない。あれはこの世に在るべきものではない。諸君らがあの兵器を以て侵攻を続ける限り俺は何度でも立ちふさがり、それを挫く。今回は撤退しろ。そして伝えろ。あれを以てする殺戮行為を俺は否定する。それがかなわない場合……」
俺は右手のライフルを撃ち、リフリスの兵士の眼前にある地面を抉る。
「俺はこの機体を以て諸君らを殲滅する」
俺の言動に、固まっていたリフリス軍は脱兎のごとく逃げ出した。その後ろでは、歓喜に沸くライクロイック軍の兵士。それもそうだ。圧倒的に不利に思えた戦況に、救世主が現れたのだから。だが俺は救世主ではない。目標に断罪の刃を振り下ろす、ただの処刑人なのだから。だから、これが見せしめであることを伝えなければならない。
「ライクロイック軍の諸君。歓喜に沸いているところ悪いがアルベーヌ伯爵に会いたい。近くにいるのは分かってるんだが……」
「ここにいるよ。シグルド君」
「伯爵」
人混みの中から甲冑を着たカスパル卿が現れる。伯爵は見上げ、俺は見下ろす。
「高いところから失礼します。伯爵、今の出来事は見ておられましたね?」
「ああ」
「戦争はああなります。俺がそう歪めてしまった。だから俺はそれを止めようと思います」
「できるのかね?」
「今ご覧になった通りに。先ほどのリフリスへの言葉は、あなたたちにも向けられています。あの鎧をもし自国の発展や防衛以外に、ましてや他国への侵攻に使うことがあれば俺は俺の責任としてあなた方を殺します」
「待て、あの鎧はもともと我が家が保管していたのだぞ⁉」
「でも俺の一件でリフリスが銃を持ち出さなきゃ日の目を浴びることは無かった。そうでしょう?」
俺の言葉にカスパル卿は言葉を詰まらせる。
後ろの陣から兵士の垣根をかき分けるようにして四つの人影が向かってくるのが見える。そろそろ潮時だ。
俺は機体をふわりと浮かせると、最後に言う。
「あれを使った戦争は止めて下さい。それが俺の願いです」
俺は頭上に展開した特大のゲートに消える。ゲートを消す寸前、俺の名を呼ぶ彼女の声が聞こえた気がした。
出てきたのは秘密基地の格納庫。所定の位置に機体を留めると、俺はコックピットを開いて外に飛び降りた。ゆっくりとした足取りで仮眠室として作った生活空間に入り、ベッドに身体を横たえる。腹は減っているが食欲がない。なんだかいろいろと疲れた。
俺は部屋の入り口を何とはなしに見て、無遠慮に入ってくる彼女を幻視する。その声を、匂いを、温もりを。
いつの間にか眠っていたらしい俺は体を起こして一つ伸びをした。食糧庫から黒パンと作り置きのスープを出して腹に入れる。
昔ラッシュさんから聞いた話では、そろそろリフリス帝国とライクロイック王国は休戦期に入るはずだ。そうしたら、俺はリフリスに行く。国境を越えて、その先へ。しばらく滞在して、情勢を監視して。落ち着いたら、世界を回ってみよう。俺の事を誰も知らない街で、一人の冒険者としてゆっくり余生を過ごそう。そんなことを考えつつ俺は再び格納庫へ向かう。機体はゲームと違って組み換え不可だが、武装のアセンブリくらいはできる。
先の戦闘で消費した弾丸を補充しながら、俺は新たな武装の構想を一人静かに練るのであった。




