表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
12/32

12 異世界の新年と祭

 俺がこの世界、アルカフィルに来てから、十一か月ほどが経っていた。ダンジョンから帰還し、冒険者ギルドとカスパル卿への報告を終え、ロアに帰ってキール支部長に帰還報告と俺の装備の紛失を報告して数日。俺は大きい方の倉庫を改造した部屋にいた。最近できたお気に入りの部屋である。何を隠そうこの部屋は畳敷き。材料を確保し、商業ギルドから畳に似た植物を編んだ敷物の設計図を取り寄せて参考にし、設計図を描いて職人に発注したものである。なお材料は自前で用意したので全部で金貨四枚ほどだった。取り寄せた敷物の設計図は現在廃れかけている技術であり、技術の失伝を懸念した職人が自由に使用できるようにしていたので助かった。ついでに部屋の中央には炬燵。地域的に亜熱帯に当たるロアでも夜は冷えるのでやはり作ってよかったと思う次第である。

 扉を外開きに変え、靴を脱ぐところを造り、障子のようなものを作って便宜上和室と名付けたその部屋で炬燵に入ってくつろぎながら俺はダンジョンから出てからの事を思い出す。

 まずはカスパル卿への報告。報告へ行った日が社交で王都へ向かう前日だったらしく屋敷全体が慌ただしかったが、カスパル卿は快く俺たちを迎え入れてくれた。報告はラッシュさんとジャックさんが行った。その間に俺はカスパル卿自身にも言われたので暇を持て余していたエミリーちゃんと遊んであげた。屋敷の庭を使ったかくれんぼはもうやりたくない。エミリーちゃんが強すぎた。あとメイドさんのロングスカートの中に隠れるのは流石に禁止させてもらった。メイドさんもさすがにあれは断って欲しい。あと別れ際にカスパル卿から俺たち全員に伯爵家の家紋付き封蝋がされた手紙を頂いた。カスパル卿曰く「私の協力が必要になったらそれを持って来るといい」とのこと。続いて冒険者ギルドへの報告。これは王都の冒険者ギルドで行った。理由は簡単で、確保した魔物の死骸の見分などはギルドから国に引き渡された後、王都の外れにある王立の魔物研究所と呼ばれる施設で行われるためである。王都の研究員らしき人に提出した魔物に追加で魔物素材の供出も命令されたが、それにタダ働きはしない主義のリューグが素材が欲しいなら買えとのを要求し、それをジャックさんが冒険者の権利を守るためだと後押したためその場で要らない素材に関しては粗方売り払うこととなった。だがこの辺でただでは済まさないのがリューグのすごいところ。素材は研究のために供出して当然という態度で来た研究員に対して腹に据えかねていたのか法外な値段を吹っ掛け、特殊個体と言うことを理由に交渉を重ねて相場の三倍の値段で買い取らせていた。だがあれは交渉ではなく脅しだ。付加価値が付くだのギルドを経由して市場に出た時の末端価格がどれくらいになるだのいろいろ吹き込んでぐうの音も出ないほどに叩きのめしていた。それでも普通の素材を買うのに対して少し高いくらいの値段だそうだが。なお、俺たちで使う予定のアーマーライノの鱗やロックアリゲーターの背中の鉱石、竜鱗は研究用の最低限を渡しただけで研究員には売っていない。アーマーライノなどはジャックさんが快く二体とも譲ってくれたとはいえ、素材として使える部分は限られる。だから鱗の大半は使うからと引っぺがしたものを渡した。リューグに言わせれば一部でもくれてやったんだから感謝しろとのこと。そのほかの売れ残りは王都のギルドで全部換金してもらった。その結果、なにしろ四階層の魔物の数が数だった上に高値が付いたので俺たちの懐には金貨二〇〇〇枚以上が入ることになった。一人分にして約五百枚である。生涯一人なら仕事をしなくても問題ない額だ。流石に俺がアイテムボックスを付与した財布にも入りきらない額になってきたのでみんなで商業ギルドのギルドカードを作って俺と同じように口座を作って九割方そこに入れていた。そして最後にキール支部長への報告。依頼に関してはギルド経由で事の次第を知っていたそうだが、問題は俺のパワードスーツが行方不明になったこと。ことの顛末を伝えるとキール支部長は顔を真っ赤にして口を開こうとしたが、それを押しとどめて俺の肩に手を置き「よく無事で戻って来た」と言ってくれた。その後は冷静に、失くしたパワードスーツの捜索をするように厳命された。同じ規格の八号機をすぐさま作ってムーベル山脈にとんぼ返りして探したが見つからなかった。リフリス側に落ちていたら問題だが、流石に緊張状態にある国に国境を越えて探し物は出来ない。なお、ドラゴンが居たエリアがムーベル山脈の山頂であることは調査の過程でわかった。最も高い山の頂にはずっと雲がかかっており、その性質があのドームの吹雪と同じだったからだ。パワードスーツを着ていれば突破は出来たが、あのエリアにたどり着くことは出来ずに素通りする結果となった。おそらく魔術的な隠蔽が施されているものと思われる。

 時刻は昼過ぎ。そんなことを思い出しながら、俺は炬燵の上に置いた熟れたミカン、もとい、甘ラモンを手で剥く。甘ラモンはラモンの近縁種として知られるが、俺から見れば日本でよく見たミカンだった。炬燵にはミカンだろうという思いで置いたが、干し芋やデーツもどきも置いておいてもいいかもしれない。そんなことを考えてながらオレンジに近い味わいの甘ラモンを食べていると、ガチャリと外扉の開く音がしてスパンと勢いよく障子が開かれた。入り口に背を向けているので見えないが、そんな豪快な開け方をするのはミアしかいない。

「あ、シグルド発見~」と言ったミアはブーツを脱いで俺の斜め向かいに腰を下ろす。

「いやー、別に寒くは無いんだけどこのコタツのぬくぬく感は得難いものがあるねぇ~」

 そんなことを言いながらミアはひな鳥のように口を開けた。俺は自分のために剥いていた甘ラモンをひと房ミアの口に放り込む。

「種はここに入れてください」と俺はごみ捨て用の陶器の深皿を差し出す。炬燵の天板に頭をのせていたミアは口をもごもごさせると「ぺっ」と種をその口から飛ばした。カランと音を立てて器に入る種。

「よし」

「よし、じゃありません。お行儀の悪い」

 俺はミアの額にデコピンをかます。

「いたっ。いいじゃん別に~」

「そんなことしてると嫁の貰い手が居なくなりますよ」

 その言葉にぴしっと固まるミア。泳いだ目がいろんなところを彷徨った挙句に俺の方を見る。

「シグルドも、気にする感じ?」

「それ以前にいい大人としてどうかと思います。もう十八ですよ、俺たち」

 そう。もう十八歳なのである。この世界には暦がまだなく、一年の訪れを鳥の求愛の周期で測っている。一応研究者が数えた結果、一年は三六〇から三七〇日であるらしい。それで百何十年やってきて季節のずれも無いことから信頼性は高い。その一年の終わりを告げる求愛の声が昨日上がったらしい。そして今朝、新年の訪れを示す鐘の音が町中に響き渡った。暦がないので誕生日と言う概念もない。なので、この世界では新年を迎えると年が一つ繰り上がるという方式をとっているようだ。と言うことで俺とミアは十八歳、リューグは十七歳、ラッシュさんは二十六歳、イリスさんは二十二歳となる。

 俺の言葉に居住まいを正すミア。だがすぐにくたっとなったので、仕方なしにその口に甘ラモンの最後のひと房を放り込んでやる。むぐむぐと口を動かした後、ミアは今度はちゃんと種を手で受け止めてから器に入れた。

「そういえば外はどうでした?」

「お祭りの準備でみんな忙しそう。あ、そうそう。ニールと会ったけど今年も蒼烏で屋台やるんだって」

「へーぇ。なんの屋台ですか?」

「ロブが趣味で作ってる木工細工。毎年結構売れてるよ?」

 あの人そんな趣味持ってたのか。

「商品として売れるレベルなのがすごいですね」

「そんなこと言ったらシグルドのご飯だって店で出せるレベルじゃん。ご飯の感想なんか言わないリューグがおいしいって言うレベルだし」

 そこまで言ったミアの頭にピコンと豆電球が灯る。

「そうじゃん! シグルドも屋台出せるじゃん!」

「何ですか、急に」

「屋台だそうよー。楽しいよー?」

「なんだ、お前たち屋台出すのか?」

 ミアが俺の肩を揺さぶっているところに入って来たのはラッシュさんだ。いつもの鎧姿ではないが、その巨体は炬燵に入ると少し窮屈そう。だがそんなことを気にした様子もなくラッシュさんは炬燵の上の甘ラモンを手に取って剥くと、ある程度白い部分も取った上で一房ずつ分けて口に運ぶ。ミアと違って種を出すときも口元を隠すようにしていた。体格に見合わずところどころ上品さが出ている。

「ミア、これが目指すべき大人の姿だと思います」

「ラッシュのはまた別だと思うなぁ……」

「一体何の話だ」

 ミアの対面に落ち着いたラッシュさんに話の経緯を説明する。

「確かに俺のは若干貴族教育が入ってるから一般的にはやりすぎの部類だな。で、屋台の件だが、出すのは構わんし協力もするが、何を出すんだ? 出来るのって串焼きくらいしかないだろ?」

 あと食品関係は各所がしのぎを削り合っているから新規参入は厳しいと言われる。

「まー、そうだよねぇ」

「普通に新年の祭りを楽しみましょうよ。とりあえずこれでもたべて下さい」

 俺はそう言いながら器に入れたポテチをアイテムボックスから取り出す。暇だったのとジャンクフードが食べたくなったので、ジャガイモに似たポタタという芋から作ったものだ。

「なんだこれ?」

「ポタタの薄揚げです」

「よくこんなに薄く切れるね……」

「ああ、それは」と俺はアイテムボックスからとあるものを取り出す。俺が出したのはスライサーだ。蓋の取り換えで一ミリから五ミリまで対応している。もちろんこの世界にスライサーに準ずる調理器具は存在しないので、超絶技巧をもつ調理師でもいない限りポテチを安定して作れるのは俺だけである。

「これで切ったんですよ。あとは分離の魔術で余分なでんぷん質と水分飛ばして揚げたものがこれになります」

 俺は器から一枚とって口に含む。パリッとした食感が懐かしいのと、塩味がいい感じできいていて美味い。安い獣脂を分離の魔術で精製したもので揚げたから少ししつこいが、酒には合うだろう。

最初の方はでんぷんを抜くのを忘れて食感が悪かったり揚げすぎで焦がしたが、今出しているのは三回ほどの試行の末完成させたもの。自信はある。

「ほーん」

「ふむ」

 二人がポテチを手に取る。同時に口に運び、パリッといい音が鳴った。

「美味いな、これ」とラッシュさんはもう一枚取り、しげしげとポテチを眺める。ミアはポテチを食べる手が止まらない。それを見た俺はため息をつくと、アイテムボックスから冷たい炭酸水と熟していないほうのラモンの果汁を取り出してレモン炭酸水を作って二人に渡す。もちろん自分の分も作って飲む。炭酸水は空気中の二酸化炭素を圧縮の魔術をかけて集め、水と混ぜて作っておいたものである。もちろんこんなジャンクフード的なものを作った時のためにだ。

 さすがに塩辛くなってきたのか飲み物を求めだしたミアの目にレモン炭酸水がとまる。彼女は迷わずそれを口にすると、その刺激に尻尾と耳の毛を逆立てて面白い顔をした。

 ミアはコップから口を話すとそれを眺め、改めて口を付ける。一気に飲み切ってエールを煽った時のような、会社帰りにビールを入れたオヤジのような反応をすると、コップをどんと強めに炬燵に叩きつけて「おかわり!」と叫んだ。ラッシュさんはラッシュさんでポテチを一枚ずつ食べ、合間合間にレモン炭酸水をちびちびやっている。俺は無くなりそうなポテチうすしお味をアイテムボックスから補充し、ミアにレモン炭酸水のおかわりを作ってやる。

「シグルド、これ、原価はいくらくらいだ?」

「ポタタが四つで鉄貨一枚なんで、えーと……一山がだいたいポタタ半分だから……これ七皿で鉄貨一枚ですね。ああ、でも使えない端の部分もあるからだいたい六、七皿で鉄貨一枚くらいです。多分」

 その言葉を聞いたミアとラッシュさんの顔に衝撃が走る。

「シグルド、ポタタと油の在庫あったよね?」

「結構ありますね。芋は結構使うんで。……え、何ですか。これ屋台で出すんですか? いやまぁ、簡単にできますけど……。皿はそうするんですか、皿は」

「サラバを使えばいいじゃないか。街の近くにも生えてたはずだから、すぐ取って来れるぞ?」

 さらば? さよなら? いや、音に漢字を当てはめるなら皿葉か。

聞くところによると昔に器として利用されていた大きな常緑の葉らしい。

「ねー、やろーよー」

 ミア、再び俺の肩を掴んで揺さぶる。そんなことをしていると再び扉を開ける微かな音。音もなく障子を開けたのはリューグだ。

「何事」と目を細めるリューグにミアはポテチを勧める。俺は一応レモン炭酸水を作って渡す。俺の対面に座ったリューグはポテチを一枚食べ、レモン炭酸水を飲み、クワッと目を見開いてポテチを貪る。

「あー⁉ あたしの分‼」

「いや、皆の分ですから」

 俺は追加のポテチのりしお味をアイテムボックスから取り出す。のりしおの青のりはヌラナと呼ばれるアオサのような海藻を乾燥させて粉末状にしたものである。ヌラナ自体は隣街のエリエルでは味噌系スープの具材としてよく使われているが、沿岸地域以外ではあまり食卓には上がらない。

「味が違う!」

「美味い」

 ミアとリューグはぱりぱりとポテチを貪る。ラッシュさんはラッシュさんで残りのポテチうすしお味を確保していた。だが食べる様子が無いところを見るに、ここにいないイリスさんのために残りを確保したようである。

「あ、やっぱりここに集まってたんですね。……何食べてるんですか?」

 そう言って障子を開けたのはイリスさんである。彼女はちょっと迷った果てにミアの横に腰を落ち着けると、ミアとリューグが競うようにしてむさぼっているポテチのりしお味を器用に奪取して口に運ぶ。ちゃんとラッシュさんが確保していたうすしお味も渡ったようである。俺は一人だけ出さない訳にもいかないのでレモン炭酸水をイリスさんに渡す。ポテチを肴にレモン炭酸水を煽ったイリスさんはさっきのミアのような、紛うことなき酒飲みが最初の一杯にありついたような行動をとった。そして再び勢いよく炬燵に叩きつけられるコップ。

「美味しい!」

 もう様相はノンアルで騒ぐ酒飲み一行である。

「ね~、やろ~よ~」

 いつの間にやら俺の隣に移動してきたミアが俺の肩を持ってまた揺さぶる。

「なんでミアはそんなに屋台をやりたいんですか……」

「屋台?」

「あら、屋台を出すんですか? 協力しますよ?」

 俺に質問にまだ屋台の事を話していなかったリューグとイリスさんが反応する。ミアは俺を揺さぶる手を止めると、その場でうつむいた。

「ムカつくから」

「は?」

「ニールが毎年自慢してくるの! 先輩だし、獣人の好もあって前から付き合いは合ったけど毎年毎年今年の売り上げはいくらだったとかおまえらなんかやんねーのかとか煽ってくるんだよ⁉ 今日だって何が今年もお前んとこはなんもなしか、だよ! あームカつく‼」

「どうどう」

 ぎりぎりと歯を食いしばるミアの頭を撫でる。

 なんとか宥めるが、撫でても撫でてもむっつり顔のミアの意思は固いようである。だがその計画には俺の協力が不可欠。

 まあ、文化祭に参加するようなものか、と俺はため息をついた。ただ俺の知っている文化祭は中学ではクラスでの発表だったし、高校ではついぞ参加できなかったが。頭の中にあるのはアニメの中のもろにお祭りといった風体の文化祭だ。

「やりましょうか」

「いいの⁉︎」

 パァッとミアの顔が輝く。

「いいですよ。やりたいんでしょう? その分ちゃんと働いて下さいよ?」

 わーいと小躍りを始めるミアを止めて現実的な話に入る。祭りの屋台は四日後から三日間続くらしい。その期間は多くの食事処が持ち込みOKになり、屋台で買った肴を手に酒を飲むのが定番だそうだ。屋台を出すには商業ギルドに登録するか出店料を払ってギルドに出店の申請をし、場所を割り振って貰えばいいらしい。サラバに関しては保存が効かないので自分で取ってくるしかないそうだ。あとは屋台だが、幌さえあればあとはクリエイトでどうとでもなるし、幌も昔使ってた今は予備のテントを使えば問題ない。最悪商業ギルドで貸してもらえるそうだ。

「とりあえずシグルドは商業ギルドで申請だな。誰が着いて行くか……」

「あたしが行くよ。昔エミィと出したことあるから」

「へぇ。その時は何を売ったんですか?」

「コカトリスの串焼き」

「……売れたんですか?」

「原価ゼロだったから最終的に赤字にはならなかったけど、十本も売れなかった」

 それはまた、なんとも。

 やはり競争が激しいところに新規参入は無理そうである。

 とりあえずリューグにサラバの確保を頼んで俺とミアは商業ギルドへ向かう。ラッシュさんとイリスさんはポタタの追加購入に行ってくれた。

 商業ギルドに行って受付で申請をする。申請用紙にいろいろ書き込んで受付嬢に渡し、割り振られた場所を見せられた街の地図で確認する。場所は飲食屋台エリアの端の方。いい場所は朝に鐘が鳴った時から競争らしい。

 商業ギルドを出ると、ラフスを丸齧りしながらぶらついていたニールさんと会う。ミアは今にも唾を吐きそうだ。

「お、ミア。シグルドと商業ギルドから出てきたってぇことは今年はやるのか?」

「やるよ! 悪い⁉」

「食いモンは止めとけ? あんなの料理人に勝てるわきゃないんだから」

「食べ物だよ!」

「それ大丈夫か? 前みたいにならないか? それよりも俺と一緒にロブの小物販売手伝わないか?」

「シグルドがいるから大丈夫だよ!」

 俺の後ろで「フシャー‼」と威嚇するミア。だがニールさんの言動にミアが言うような煽っているようなところは無い。

 これはあれだな。先輩風吹かされてミアが一方的にイラついてるパターンだな。構えば構うほどってやつだ。それにニールさんの反応はどちらかと言うと……。

「シグルドが? お前、料理なんかできんのか?」

 俺に対して若干高圧的になるニールさん。

 多分自覚無いだろうけど、気になった女の子前でイキるヤンキーみたいになってますよ。

 だが前のゴブリン討伐の打ち上げの時は絡んでこなかったなと思ったが、よくよく思い出してみれば最初の方に酔いつぶれていた記憶が蘇る。

 好いた女に粉をかけられてちょっとイラっと来た俺は、ミアの細く筋肉質な腰を抱き寄せて挑発的に言ってみた。

「自信はありますよ。よければ当日、どうぞ?」

「……ふん。お手並み拝見といこうか」

 俺とニールさんの間で火花が散る。ミアは何故俺たちの間で火花が散っているのかわかっていなさそうだが、抱き寄せた俺に身を預けるようにして挑発的な目をするものだから火に油を注ぐ結果となる。不機嫌そうに踵を返したニールさんにべーと舌を出したミアは俺を見ていつものニヤニヤ笑いをした。

「やけに乗り気になったじゃん」

「そんなことないですよ」

 少し照れくさくなった俺は視線を外す。そんな俺の頬を、ミアはその指で楽しそうにつつく。

 嬉しそうなミアを腕に纏わりつかせたまま屋台の設置予定地にいき、近くの屋台を参考にしながらクリエイトで土を加工して屋台の枠組みを作る。使ってないテントの布をかぶせて問題ないことを確認すると一旦テントを回収して家路についた。家に帰る頃には日も暮れ始めて気温が下がってくる。家に帰ると、既にラッシュさんとイリスさんが和室に帰っていた。和室はまだ作って間もないが、既に集会所扱いされている。

「シグルド、おつかいは終わったぞ。これ以上は無理だ」

 ラッシュさんは十リットルくらいの収納袋を俺に差し出す。手を突っ込んで中身を確認すると、中には一五〇個くらいのポタタが入っていた。俺のアイテムボックスには旬の時期に買いだめておいた残りがまだ二〇〇個くらい残っている。ポテチにするなら十分すぎる量だ。

「よくこれだけ集まりましたね」

「何件か回ったからな。買えるだけ全部貰って来た。いつも買い物を任せていたイリスの顔が効いて助かったよ」

 ラッシュさんの斜め向かいに座るイリスさんはデートっぽかったのか新婚気分だったのか少し夢の中に居るようである。しばらくはそっとしておこう。

「他の店に影響しませんか?」

「その辺は飲食店もストックしてるだろうし、売り手の方も考えてるだろう。それを考えずに全部売って損をしたならそいつの責任だ。俺たちが気にする事じゃあないさ」

 俺はそんな会話をしながら俺はイリスさんの対面に腰を下ろす。ミアはラッシュさんの対面だ。気候もあって部屋に冷暖房はあるが炬燵には付けていない。だが少し冷えてきたので、ポットと急須と緑茶が欲しい。紅茶っぽいものが流通しているから緑茶もどこかにあるとは思うのだが。

 炬燵で暖かい飲み物を頂けないことに俺が歯噛みしていると、静かに扉が開く音。そして音もなく開けられた障子の向こうには収納袋を背負ったリューグがいた。

「俺は、どこに座ればいい?」

 その言葉にミアが俺の隣に移動してきてラッシュさんの対面を空ける。

 炬燵の定位置はまだ決まってないが、どうにも奥側がラッシュさん、そこから左回りにイリスさん、リューグ、俺とミアで一辺と言う形に落ち着きそうである。元々一人で使う予定だったし、こんなにみんなが入り浸るとは思ってなかったので、こんなことなら四角じゃなくて円卓で作っておくべきだっただろうか。

 そんなことを考えていると、リューグがサラバが入っているらしい袋を炬燵の上に置く。取り出して見せてくれた葉は、大きな笹の葉の様な細長いものだった。

 バナナの葉のようなものを想像していたが、これでどう器にするのだろうか。それを訊ねると、ラッシュさんが「ああ、それは、」と葉を一枚取って切り目を入れ、五角形に折っていく。一辺を重ねて葉の切れ端で作った留め具で留めると、あれよあれよという間に四角形の箱が出来上がった。

「便利そうですけど、今は使われてないんでしたっけ?」

「持って帰っても、基本的には家に酒がないからな。エールは樽が基本だし、ワインは少し高いし。あとどうしても汁気が漏れるから、揚げ芋くらいにしか使えない。ただ揚げ芋にはエールが必須だからな。結局使われなくなったんだ」

 揚げ芋とはフライドポテトのことだ。隣でイリスさんがうんうんと頷いているが、賛同している部分はサラバの事ではなく揚げ芋とエールの組み合わせの方だろう。

「じゃあとりあえずサラバの器を量産してもらえますか? 俺はポタタの薄切りを量産するんで」

「そっち手伝わなくていいの? 大変じゃない?」

「スライサーが一個しかないんですよ。すぐ作れますけど、金属類は節約したくて」

 と言うか鋼の在庫がない。ロックアリゲーターのミスリル、オリハルコン、アダマンタイト合金ならあるが、それでスライサーとかの日用品を作る気は起きない。

 俺は食事を用意するためにキッチンに向かうと、作り置きの料理を温めつつポタタの薄切りを量産するのであった。


 正月の鐘がなって五日目の昼。俺たちは割り当てられた場所の屋台のテントに居た。俺の前には魔術コンロに設置され、精製して綺麗にした獣脂が満たされた鍋。その油の中ではポテチになる予定のポタタの薄切りがカラカラと音を立てている。味はうすしお味とのりしお味を用意した。揚げ時間は二分ほど。夜明後すぐに揚げ始めていたが、既に揚げ続けないと足りていない。

「ポタタの薄揚げ、のりしお一つくださーい」

「はーい。ちょっと待ってねー」

 作り置いて山になっているところからミアが特製の特大スプーンでポタタの薄揚げのりしお味を掬い、サラバの器に山盛りに盛って注文して来た子供に鉄貨一枚と引き換えに渡す。

 当初は獣脂の重さもあって酒飲みのつまみだと考えていたが、思いのほか子供の客が多い。最初の客はミアと同じ猫人族の男の子だった。その子がその場でおいしそうに音を立てて食べるものだから周りにいる大人も興味を持って買いだした。子供の素直な反応は何よりの宣伝効果になったのである。

「うすしおとのりしお、ひとつずつ頼む」

「はーい」と売り子のミアが元気よく答える。

「あれ? おっちゃん、さっきも来てなかった?」

「……エールに合うのが悪い。あと安いしな」

「分かるー。はい、うすしおとのりしお一つずつね」

 既にリピーターも居るようである。今買いに来たおっちゃんが言うように、俺のポテチの屋台は他でやっている串焼きなどに比べると安い。ちなみに揚げ物は油の値段がそこそこするのでこの価格で売っていることはまずない。その辺もあって子供もお小遣いを持って来やすいのだろうと思う。串焼きに比べれば満腹感は低いはずだが、物珍しさもあって客が途絶えない。

 ラッシュさんとリューグには長くなり始めた列の整理を頼んでいる。イリスさんはミアと交代で売り子をしてもらっている。客が途切れないのはこの二人の接客効果もあると思う。見た目は良いし、ミアは元気印、イリスさんはほんわかだ。男が寄ってくるのも無理はない。若干イラっとする輩も居たが、彼女ら自身で対処しているのでやはりナンパには慣れているらしい。

 ポテチを揚げながらミアとイリスさんに列を捌いてもらっていると、見知った顔が現れた。

「よう、繁盛しているようだな」

「ギルマス⁉ なんでいるのさ?」

「俺だって新年の祭りくらい休んで参加するわ! ……とりあえずのりしおってやつをくれ。なんか既に噂になってるぞ? 変わった揚げ芋を売ってる店があるって」

「そうなんですか?」と俺は揚がったポテチを油切りの上に積みながら聞く。

「ああ。安値で揚げ物が食えるってな」

 ポテチのりしお味をミアから受け取ったキール支部長がその場で一つつまむ。パリッといい音を立ててそれはキール支部長の口の中に消えた。

「美味いじゃないか。とりあえずミア、前みたいにならなくて良かったな」

「はいはい、次のお客さんの邪魔になるから退いてねー」

「おお、すまん。じゃあ頑張ってな」

 嫌なことを思い出さされたと言った顔をしたミアがキール支部長を強制退店させる。だがその実繁盛してると暗に言われたのは嬉しそうなので多分照れ隠しだろう。

 ミアは売り子をイリスさんと交代すると、奥に引っ込んで果実水の保冷機能が付いた水差しを傾けコップに注ぐ。

「シグルドも飲む?」

「置いといてください。油使っているところに水は駄目なので」

「分かった。ところで、シグルド?」

 上目遣いにミアが迫る。飲み干して空になったコップを片手に。

 俺は鍋の中を揚げきって一旦手を止めると、アイテムボックスから熟れたラモン果汁と炭酸を混ぜて作った炭酸オレンジのボトルを取り出して手渡す。もちろんキンキンに冷えている。ミアはそのボトルを嬉しそうに受け取ると、栓に付けてある針金をねじって外し、使いまわしの出来るゴム栓を抜いて中身をコップに注ぐ。客がそのしゅわしゅわとした音に興味を示したが全員で無視である。「ぷはぁ」と豪快にコップの中身を飲み切ったミアに鍋を見ていてもらい、俺も水分を取る。水は冷たいがコップが木製なのが残念だ。熱伝導率の高い金属製でコーティングするか、自重なしでガラス製でも作ってやろうかと画策する。

「全然落ち着かないねぇ」

「ここまで人気が出るとは思いませんでした」

「食材はあっても容器が足りませんものね」

 女性客にうすしお味を渡したイリスさんが口を挟む。実際皆が作ってくれた容器は六百個程度。その三分の二ほどを既に売り上げている。

「今日一日で売り切るかな?」

「さぁ。まぁ、それはそれでいいんじゃないですか?もう既に元は取れてますし」

 単純計算、鉄貨四〇〇枚の売り上げである。ポタタ一五〇個の仕入れに鉄貨五十枚ほどだったらしい上に、ストックしている分はもうちょっと安く買っているので、現在の時点で収支は銀貨三枚ちょっとくらいになる。売り切ったらさらに銀貨二枚が上乗せされる。

 そんなことを考えながらせっせとポテチを揚げ続ける。すると。

「シグルド! あとサラバが二十個くらいしかないよ⁉」

「えぇ⁉ もうですか? イリスさん、ラッシュさんとリューグに列を切るように言ってきてください」

「わかりました」

 そうして最後のポテチを揚げきり、サラバで作った容器も使い切って在庫がなくなったことをミアが宣言する。

「ポタタの薄揚げは売り切れでーす! ありがとうございましたぁー!」

 そう言うと残念そうに去っていく並んでいた客。一部は打ちひしがれているが、その全ては一度来店していたリピーターだった。

 そんなに気に入ったのだろうか。いやまぁ、軽い食感でつまみとしてはいくらでもいける部類だろうけど。

「明日どうする?」

「どうするも何も、器がないとどうしようもないでしょう。店じまいですよ」

「じゃあ商業ギルドに店じまいの報告をしに行かないとね」

 出店の申告をした時にも聞いたことだが、売り切れなどで三日間店が出し続けられない場合は商業ギルドに報告しなければならないらしい。俺は鍋を油ごとアイテムボックスに収納し、難しい火力調整に役立ってくれた魔術コンロも片づける。これのおかげで薪代が浮いたのも大きい。屋台は幌を除けば土塊なので素材として再利用すべく全部回収する。あとに残ったのは元の石畳の地面だ。

「俺はギルドに報告に行ってくるので皆さんは先に家に戻るか祭りを楽しむかしててください。俺も今日の晩飯は適当に食べます」

 そう言って俺とミアは三人と別れる。ナチュラルにミアが俺の側にいることは気にしてはいけない。お目付け役のローテーションはまだ解任されていないのだ。

 商業ギルドについて受付の列に並ぶ。聞こえてくる話を聞くに両替目的で訪れている人が多いようである。

 しばらく待っているとすぐに順番が来た。

「おや、シグルドさん。あなたも両替ですか? 噂に聞いてますよ。ポタタの薄揚げ。明日私も行こうと思ってるんです。いやぁ、初日が休みの奴が羨ましいですよ」

 出迎えてくれたのは出店の申請をした時も担当してくれた男性職員だった。だが何を勘違いしてるのか俺たちが明日も屋台をやると思っているようである。

「いえ、店仕舞いの報告を。用意してた分が全部売り切れたんで」

「……………………なんと?」

「ですから売り切れで店仕舞いです」

「私の分は……?」

「いや、もともと取り置きの予約なんて聞いてませんし、あっても対応しませんし」

「いや、ちょっと待ってください。五百食って申請出してましたよね? 売り切れた? うそでしょ?」

「事実です。あと余裕をもってあと百食用意してましたが、それも全部捌けました」

 そう言うとギルド職員は項垂れる。誰からどんな噂を聞いたのか、結構楽しみにしていたようである。

「なんかすいません」

「いえ、お気になさらず。ともかく完売おめでとうございます。これから撤収ですか?」

「いや、もう片付けて元に戻してます。明日から普通に祭りを楽しませてもらいますよ。今日はそれどころじゃなかったので」

「そりゃあ五百食も売れば……、いや、六百食ですか。それだけ売れば暇なしでしょうよ。どうしますか。売り上げは鉄貨でしょう。大きい貨幣に変えておきますか?」

「いえ、何だかんだ使うのでこのままにしておきます」

 唇を噛んで血涙を流しそうなギルド職員に見送られて商業ギルドを後にする。

 落ち着いて改めて街の空気を吸ってみると、そこかしこからいい匂いが漂っていた。何とはなしに来た道を戻り、食品屋台エリアをぶらつく。一番多いというか、それしかない串焼きの屋台はやはり屋台ごとにタレの違いがあったりハーブ塩のハーブの割合が違ったりしているらしい。普段から串焼きの屋台を出しているところはやはり鉄板なのか客が多く、それ以外にも人気のある所はあるようである。値段はやはり鉄貨二枚の所が多い。鉄貨一枚で頑張っているところもあるが、そういうところは何の肉を使ってるか分からないからただ安いからと買うのはやめた方がいいとミアに言われてゾッとする。また見てきた屋台の中には少々強気の値段設定の所もあるようだ。

「何か探していきますか?」

「んー、あっちかな」

 ミアは俺の手を引いていく。たどり着いたのは、普通の串焼き屋台。ミアが選ぶのだから味は保証されているようなものだが、この世界の一般的な串焼きにしてはだいぶ小ぶり。地球のスーパーで売ってる焼き鳥と同サイズだ。その分値段は鉄貨一枚。薄利多売の方針らしい。

「シグルド、どっちにする?」

「グローン入り串と鶏ももの二択ですか。……うん?」

 炭火で焼かれる串焼きを見る俺の視界にそれが映る。

「ご主人、その端で焼いているのはもしや鶏皮では?」

「ん? 確かにコカトリスの皮だが、なんだ兄ちゃん、知ってんのか」

 俺と店主の視線が絡み、互いの口角がにやりと上がる。

「これは自分用に焼いてんだが、欲しいなら売ってやってもいいぞ」

「是非」

「味付けと焼き加減は?」

 これは試練だ。店主から俺に向けられた。ここで外せば心証が悪い。だが自分の欲求は隠せない。

「塩で。焦げない程度にパリパリに焼いてください」

 その言葉に、店主は満足そうに頷いた。この店主とは仲良くなれそうである。

「なに、今のやり取り……」

「同好の士を見つけただけですよ。ミアは注文しなくていいんですか?」

「おっとそうだった。おっちゃん、もも串一つ。タレでねー」

「あいよ。一緒に渡した方がいいだろ? ちょっと待ってな」

 そう言われて屋台の前を空けてしばらく待つ。合間にもちらほら客が来て買っていく。

繁盛しているようだ。

五分ほど待って鉄貨二枚を払い、俺とミアは焼き立ての串焼きを受け取る。

俺は外聞もなく鶏皮にかぶりつく。歯で嚙み潰した瞬間に広がる香ばしさと脂。パリパリの外側に弾力を残した食感がたまらない。

「コカトリスの皮っておいしいもんなの?」

 訝しげにミアが聞いてくる。この世界では一般的に皮と内臓は捨てる傾向にあるらしい。内蔵はともかく、皮は食べにくいとのこと。コカトリスの皮でいえばは地球の鶏皮よりも強靭なため、最初に叩いたり揉んだりして柔らかくしておかないと食べられないのだ。何せ地球の鶏の倍ほどの厚さがあるのだから。

「美味しいですよ。パリパリとジューシーさが同居してて。あとコカトリスの脂のうま味が最高ですね」

 俺がそう言うとミアがその可愛らしい口を雛鳥のようにカパリと開く。

 まぁ、俺が何食べたってそうするよね、君は。

 俺は諦めてミアに鶏皮を差し出す。咥えられて串から引き抜かれる鶏皮。それがミアの口に消える。そのほにゃっとした顔を見ればどうやら気に入ったようである。

「美味しい!」

「それは、んぐ。……よかった」

 お返しに突っ込まれたタレもも串を咀嚼しながら俺は答える。

「で、どうしますか。ミアにしては量の少ない店を選びましたけど、このまま食べ歩きでもしますか?」

 俺がそう問いかけるとミアは頭を振る。そしてとびっきりの笑顔で言う。

「あたし達には行くところがあるでしょ?」

 そう言われて俺は笑みをこぼした。サーチで感じられるみんなの反応もそこにあったから。

「じゃあ、行きましょうか。跳び兎亭に」

 跳び兎亭は屋台が立ち並ぶメインストリートからは少し外れている。だが中に入れば大盛況だった。俺とミアは目当ての人物を探し出してその席に断りもなく座る。おそらくは俺たちのために開けてあったであろうその席に。

「お、やっと来たか。……二十五分。クソー。負けたかぁ」

「ん。鉄貨一枚づつ」

 差し出したリューグの手にラッシュさんとイリスさんの手から鉄貨が一枚づつ渡る。

「何してんのさ……」

「賭けてた。俺は二十分、ラッシュは十分、イリスは来ないに。俺が一番近かったから俺の勝ち」

「人をダシに賭けないでくださいよ。あ、エールお願いします」

「あたしもー」

 酒だけ注文を済ませて俺はアイテムボックスを開く。

「祭りのときは持ち込みOKなんですよね?」

「そうだ。逆にそれ以外は仕込みの時間でない限り持ち込まないのが暗黙のルールだ」

 それを聞いて俺は軽いつまみしか置かれていない卓にポテチの大皿と小皿を置く。大皿は人気があったのりしお味。小皿は趣味で作ったコンソメ味だ。コンソメ味はコンソメスープの水分を飛ばして粉状にしたものを振りかけているので原価が高いのと労力が半端じゃないので店で出せる代物ではない。

「エールお待たせしました……?」

 俺とミアの前にエールのジョッキを置いて怪訝な声を上げたのはウェイトレス、もとい、この宿の一人娘であり看板娘のリーナちゃんである。若いころのリリーさんの美貌を思わせる容姿はよく酔っ払いのセクハラ被害に遭っているが、その先にあるのは無口な料理長パパの擂粉木での一撃である。

「どうかしましたか?」

「いえ、祭で人気のポタタの薄揚げは売り切れたって聞いたので、まだあったんだと思って」

「まだあるも何も、作ったの俺ですからね」

 その言葉にリーナちゃんの頭の上にピコンと感嘆符が立つ。

「ちょっとお父さんとお母さん呼んできていいですか?」

 その言葉に疑問を抱きながらも俺はそのお願いを了承する。エールに口をつけてポテチをつまみながら待っていると、すぐにリリーさんと旦那さんがやって来た。

「ラッシュ、ポタタの薄揚げを売ってたのはあんたのとこだったのかい?」

「俺らっていうか、シグルドだな。これだよ」

 そう言ってラッシュさんはテーブルの上の大皿を指す。ちなみに小皿のコンソメ味は一瞬で消えている。

「シグルド、一枚食わせてくれないか」

 旦那さんが俺に頼む。俺と旦那さんはコンソメスープの事もあり料理で言えば師弟関係にあたる。そんな師匠のお願いを断れないし、断る気もない。

「どうぞ。リリーさんも」

 二人がポテチのりしお味を口に含む。パリッといい音がして咀嚼音が続く。

 旦那さんはごくりと口の中のものを飲み込むと、俺にサムズアップして厨房へ戻っていった。あれはあの人なりのお褒めの言葉だ。

「ったく、うちの旦那はあれだから」

「ははは。料理長はいつも通りですね」

「にしてもウマいね。軽い食感で塩味もエールに合う。シグルド、あんたどこでこんな料理習ったんだい?」

「故郷でですね。母が作ってくれました」

 これは事実である。料理好きだった母さんは手作りのポテチやサツマイモチップス、ゴボウチップスなどをおやつによく作ってくれた。一緒に作った思い出もある。

「へーぇ。で、作り方なんだけどさ?」

「普通の揚げ芋と変わりませんよ。ただポタタを薄く切るのとしっかり乾燥させるのが手間なだけで。丸一日くらい天日でカラッカラに干すといいですよ」

「随分気前よく教えてくれるんだね」

「お世話になってますから」

「うちで出してもいいかい?」

「お好きにどうぞ。ああ、出すならコレあげます」

 そう言って俺はスライサーを懐から取り出す。

「何だいこれ?」

「食品を薄切りにするための道具ですね。こんなでも刃物なんで指切らないようにしてくださいよ?」

俺がそう言って蓋の取り換え式スライサー一式をリリーさんに渡すと「シグルド」とリューグが目線を向けてくる。

「製品登録でしょ。もうしてありますって」

「ならいい」

 仕様書を描くに当たっては鉋を参考にしてクリエイトに頼らなくても作れるようにした。あとは勝手に商業ギルドが販路を広げてくれるだろう。

「ありがとう。ちょっと待ってな」と言ってリリーさんが立ち去る。そして戻ってくると、その手には一本の酒瓶。

「ウシュベっていう酒なんだけどね。エールを煮て作るんだって。試しに仕入れたけど、店で出すと値が張りすぎるからあんたらにあげるよ。イリスなんかはこういう強い酒の方が好きだろう?」

 そう言ってウシュベの酒瓶を俺に手渡すリリーさん。

今の製法を聞くに、これ、ウィスキーでは? 確かベルヌの食事処にだいぶ高値で置いてあった記憶がある。

「いいんですか?」

「いいんだよ。と言うか、旦那がシグルドに渡してくれって。弟子に超えられて悔しかったんだろ。どうせ祝い酒のつもりさね」

 そう言ってリリーさんは手をひらひら振りながら再び去っていく。

「どうしましょう?」

「飲むしかないだろう。飲まないと全部イリスが飲むぞ?」

 ラッシュさんの言葉に若干前のめりなイリスさんが居住まいを正した。

 頂いたものを拒否するわけにはいかないので俺はちょっと考える。ベルヌの食事処で飲んだが、あまり得意ではなかった。風味がキツ過ぎるのだ。そこで俺はあることを思い出す。地球にはハイボールなるものがあったことを。

 俺は空になったエールのジョッキにウシュベを六分の一ほど注ぎ、一口。やはりキツイ。そこに取り出したるは氷魔法で作った氷と最近のミアのお気に入り、炭酸オレンジ。ジョッキを氷で満たし、炭酸オレンジをとくとくと一杯まで注いでフォークで軽くステア。そして煽る。

「うめぇ」

 これはポテチが止まらない。他の料理も止まらない。だがそれを物理的に止める手。

「あたしのもー!」

 我に返った俺はミアに同じものを作ってやる。ミアはオレンジハイボールを一口。その目が輝き、ポテチを食べる手が止まらない。料理を食べる手が止まらない。

 口に料理を詰め込みぐびぐびとオレンジハイボールを煽ったミアはジョッキをテーブルに叩きつけて「美味しい!」と叫ぶ。

 俺も人の事を言えないが、周りの卓からだいぶ注目されている。

 他の皆にも聞いてみてラッシュさんとリューグは欲しいと言ったので作る。甘いもの好きなリューグは気に入ったようだが、ラッシュさんはそのままの方が好みなようだ。そして、うち一番の酒好きはずっと悩んでいる。

「くうぅ……。飲みたい。飲みたいけど、この後にはお風呂が……」

「一杯で済ませればいいじゃないですか」

「この私が一杯で済むと思いますか?」

 思いません。

「じゃあ、風呂は明日の朝にでも入ればいいじゃないですか。どうせしばらくゆっくりする予定でしょう?」

 その手があったかとイリスさんは満面の笑みでジョッキを差し出してきた。そこに俺はオレンジハイボールを注いで渡す。まずはそれだけでぐびぐびといったイリスさんは顔を赤らめて俺にジョッキを再び差し出した。俺は再度オレンジハイボールを作り、イリスさんに渡す。今度は料理と一緒に飲むようで、ぐびぐびいきながらポテチやその他の料理をイリスさんはつまむ。

「くぅ~っ。このために生きてます!」

 聞いたところイリスさんは割っても割らなくてもどっちでもおいしく頂けるようだ。ただ料理と飲むならハイボール、ナッツなどのつまみで飲むならロックかストレートでいきたいらしい。

 ちまちま作り溜めている炭酸ジュースの在庫がなくなることを危惧した俺がハイボールの終了を宣言してひと悶着あったが、楽しい宴会はそのまましばらく続いた。

 宴会も終わり、帰宅して、風呂にも入ってあとは寝るだけである。だがこの睡眠をとるという行為が、最近の俺の悩みの種であった。

 俺のベッドの上にはミア。それはまだいい。風呂上がりの髪を乾かしてやってそのまま寝転びながら話し込むことはままあるからだ。だが、今ミアは完全に寝る態勢でその両の手を俺に向かって差し出している。それはまさしく抱っこのポーズ。せがむ方ではない。抱かれるのは俺の方だ。

「何回目か分かりませんけど、これやる必要ありますか? 魔術でなんとかなるからいいじゃないですか」

「これも何度目か分からないけど、ジャックさんも言ってたでしょ。シグルドは精神的に鍛えなきゃ。そのためにはまず傷を癒さないとね」

 抵抗する言葉を持たない俺は諦めて身に着けている精神防護の魔道具を外す。時間が経ったこともあり、あの時のように吐いたりはしないが、何とも言えない居心地の悪さと罪悪感、自己嫌悪感が俺を支配する。

「さー、おいでー」

「はい」

 ミアが言うには俺はいつも寝ながら泣いているらしい。その自覚はある。起きた後、涙の痕に気づくのだ。だがこれでもマシになったのだ。ミアが居なければ夜中に飛び起きることになるのだから。

 俺はシーツを被り、ミアの胸元に抱かれ、その頭を抱え込まれる。

 ロアは亜熱帯に位置すると言ってもある程度乾燥しているので夜は冷える。だが暖房はあえてつけていない。くっついている温もりだけで十分だからだ。

 精神防護を全て取り払っている俺には感情抑制もない。だから俺の顔が照れくさくて真っ赤になっていることもその頬の火照りで分かっている。だが緊張で眠れないなんてことは無い。数えるのも面倒な回数ミアと同衾しているのだ。その慣れが、ミアの胸の感触や匂いと相まって俺の精神を、心を安定させてくれる。

 ミアはエミールさんの駄目だったところを俺と重ねているのだろうか。顔を見るのも恥ずかしいが、きっと優しい顔をしているのだろう。

 俺はそんなミアの表情を夢想しながら、眠りの闇にその意識を落としていった。


 冷たい水で顔を洗う。まだ早朝だ。起きているのはラッシュさんくらい。精神防護の魔道具を外した状態で俺がミアより遅く起きたことは今のところない。

 俺が日課のコンソメスープの仕込みをやっていると、ラッシュさんがダイニングに入ってきた。ラッシュさんはダイニングに設置してある食料保存庫から黒パンとミルクを取り出すと、テーブルに着く。

 それを見ていた俺は残りのチキントマトスープを皿に移してラッシュさんに差し出す。火を入れてから仕舞ったのでまだ熱いくらいだ。

「すまんな」

「いえ、これで鍋が一つ空きました」

 俺は手早く鍋を洗う。食器洗いは分離の魔術で汚れを落として水で流すだけだからすぐ終わる。洗った鍋はそのままコンソメスープを漉して移し替えるのに使う。漉した布の中には大量の出汁を取った肉と野菜の細切れの塊。俺はそれにストックしてあるコカトリスの胸のミンチ肉を加えて肉団子にしていく。その作業をする俺の背に注がれる視線。

「焼いて食べますか?」

「いいか? すまん」

 見ればラッシュさんは黒パンに手を付けていない。上機嫌にナイフで上下半分にしているところを見るにハンバーガーにしたいようだ。前につくねハンバーグで作って以来気に入っているらしい。俺はそれを見てトマトペーストと薄切りのチーズを用意しておく。ラッシュさんが切った黒パンの上にレタスっぽい野菜を一枚のせ、つくねハンバーグを置き、チーズをのせて作り置きのトマトペーストをかけて黒パンで挟めばハンバーガーの出来上がりだ。惜しむらくはケチャップがこの世界には無いこと。マヨネーズは作ろうと思えば作れるが、香りの少ない植物油が高いので作っていない。まだ手に入る食用の植物油はオリーブオイルっぽいものだけだ。それでも獣脂に比べたら値段は雲泥の差である。

「屋台、このハンバーガーでも売れたかもな」

「冗談キツイですよ。売れたとしても、どんだけ手間かかると思ってるんですか」

 主にハンバーグを焼くのに。

鉄貨二、三枚でできる手間じゃないし、ポテチに比べて回転率が悪い。収益に関しては昨日の跳び兎亭での宴会中に伝えてあるが、あれほどの利益は出なかっただろう。そんな会話をしているとリューグが起きてくる。ラッシュさんと同じく食糧庫からミルクと黒パンを取り出し、黒パンをナイフで上下に分けているところを見るにリューグもハンバーガーを食べるつもりらしい。

仕方なく俺はハンバーガーのパティを焼く。どうせミアとイリスさんも食べるだろうから三つ。レタスもどきも皿において出す。俺は要らない。正直、朝は黒パン半分にスープがあれば十分だし、もう食べた。

パティが焼き上がった頃。丁度よくミアとイリスさんがダイニングに姿を現す。イリスさんは若干まだ寝ぼけているようだ。

「朝飯できてますよ。自分で勝手にハンバーガー作って食べて下さい。肉は一人一個ですからね、ミア」

「そりゃあたしは食い意地張ってるけどそれくらいわかってるよ!」

 言わなけりゃ平気で三段重ねするだろうが、君は。

「ところでおかわりの分は?」

「ありません。足りないなら屋台でも行って食べて下さい。もうそろそろ賑わってくるでしょう?」

「んー。分かった、そうする。シグルドも付き合ってね?」

「え? 俺もですか? 別にいいですけど」

 そう言った数十分後。俺とミアはメインストリートをぶらついていた。格好は俺もミアも、いつもの格好から軽鎧を外したものだ。目当てはてはミアの腹を満たす串焼き肉。できれば野菜も挟まっているものを選んでほしいところだが、ミアはそんなことお構いなしにおいしそうなところを食べていく。

「シグルドは食べないの?」

 口をムグムグと動かしながらミアは俺に聞く。

「朝からそんなに食べれませんよ。一体その身体のどこに入ってるんだか」

「んく。じゃあ、あたしもこれくらいでやめとく。小物売りエリア見に行こう?」

 ミアは抱えていた食べ終えた串を所定のゴミ捨て場に捨てて戻ってくると、俺の腕に自分の腕を絡めながらそんなことを言う。

「小物売りですか。そういえばロブさんが店出してるんでしたっけ」

「ニールがいたら売り上げマウントとってやる」

 くっくっくと黒い嗤いをするミアを引き戻して俺たちは小物売りエリアへと移動する。まず目に入ったのは職人街で働いているお弟子さんたちの作品。身に着ける小物からインテリア、絵などまで幅広く置いてある。中には親方衆が店を出しているところもあったが、あれは反則だと思う。

いろんな店を冷やかしながらしばらく行くと、目的の人を見つけた。

「ロブさん!」

「ん? やぁ、シグルド。僕の作品を見に来てくれたのかい?」

「えぇ、そんな所です」

 ミアがニールさんにマウント取りたがっているとは口が裂けても言えない。運よくニールさんも居ないようだし。

 ロブさんの作品は素朴な木彫りの置物。色付けこそされていないが、少し荒い彫り方が魔物や動物の彫刻に躍動感を与えているようにも見える。何よりすごいのはこれが俺みたいに魔術を使った品ではないということ。一つ一つ、丁寧にノミで削られ、彫られたそれは人気があるのも頷ける。

 価格は安いもので銅貨一枚。高いもので銅貨六枚。値段は要相談となっているものもある。見てきたインテリア類の相場としてはそう外れてはいない。

「このイノシシの置物とかいいですね。土台に彫られてる茸とか彫るの大変だったんじゃないですか?」

「分かるかい? それもお気に入りの一つだよ。これ、実は外れるようになっていてね……ほら」

 ロブさんがイノシシの置物を土台から外して見せてくれる。だからなんだという話だが、イノシシの腹の毛並みの表現などを語るロブさんはとても楽しそうだった。

「ロブ、今年も来たよ」

 俺がロブさんの話を聞いていると、ロブさんを呼ぶ声がした。いつの間にか隣に中年の男性が立っている。

「ああ、ヘイツさん。いらっしゃい」

「お知合いですか?」

「毎年僕の作品を買ってくれるヘイツさんだよ。王都で売ってくれてるらしいんだ」

「ロブ、こちらの少年とお嬢さんは?」

「冒険者の友達ですよ。シグルドとミアです」

「シグルドです」

「ミアです」

「こんにちは。私はヘイツ。王都でしがない美術商をやっている者だよ」

 美術商が毎年買い付けに来るとはすごいな、ロブさん。

「今回は、そうだな。これと、これと……あと、これも貰おうか」

 ヘイツさんが選んだものの中にはさっきロブさんが語ってくれていたイノシシの置物も含まれていた。

「全部で銀貨一枚ですね」

「もっと出してもいいんだぞ?」

「そんなことをしたら街の人が買ってくれなくなりますよ。僕は冒険者なので、これで稼ごうとは思ってませんし」

「欲のない奴だ。おかげで私は稼がせてもらっているが」

 買った三つの木彫りの置物をアイテムボックスに収納しながらヘイツさんは言う。

「ロブの作品って王都でどれだけの値が付くんだろう……」

「うん? 彼のものは低くて金貨一枚からだね」

 ミアの呟きを拾って答えたヘルツさんに俺とミアは思わず目を剥く。

 ロブさん、あんた冒険者やってる場合じゃないよ。

「最近はもう名前で売れ出してきてるから、こちらとしては表に出てきて欲しいのだが」

「僕のホームは冒険者ですよ。そうでなくなったら、この子たちは作れません」

「本人がこの調子だもんなぁ。まぁ、また来るよ」と残念そうに去っていくヘイツさん。

「これが金貨一枚……」とミアは小さなキーホルダーサイズのものを手に取ってうなっている。その気持ちはよくわかるが、そのサイズでも垣間見える躍動感は納得せざるを得ないものがあった。そこへロブさんに「飯買って来たぞー」と声がかかる。ニールさんである。

「お、ミア。……と、なんでぇ、シグルドも居るのかよ。お前ら店は良いのか? 後で行くからな。覚悟しとけよ」

 俺に対してちょっと挑発的なニールさんにミアが胸を張ってフンと鼻を鳴らす。

「もう来たって遅いもんね。とっくに売り切れたから」

「売り切れたぁ? あんま用意してなかったのか?」

「六百食が昨日で売り切れたよ。ポタタの薄揚げは美味しいからね!」

「ポタタの薄揚げ……って、昨日噂になってた奴か! あれ、シグルドが作ったのか⁉」

 ぐぬぬという顔を俺に向けるニールさん。そんな顔されても困る。

「売り上げ、いくらになった?」

「材料費を引いて銀貨五枚ちょっと」

「大儲けじゃねぇか」とニールさんは言うが、ミアとニールさんは二人で互いに渋い顔。 ニールさんは俺たちの屋台が成功してちょっかいをかける口実が無くなって。ミアはさっきのヘイツさんの話を聞いて。互いにちょっと想定外という感じだ。

「ミア、普通にロブさんのすごさを褒めましょうよ」

「それもそうだね。ロブってすごい才能持ってたんだね」

「せっかくだしどれか買わせてもらいましょうか。家も殺風景ですし」

「え、お前ら家持ってんのかよ」

「シグルドの家だよ。皆で住んでるけど」

 自分だけの家という気はしないが。書類上はそうなっているので嘘ではない。

 ニールさんは皆で住んでいるというところに変に反応したのか更に渋い顔になった。

「なんだよ。四六時中一緒にいんのかよ」

「そんなわけ……いや、ある? お風呂の時以外ずっとシグルドと一緒のような? 最近はずっと一緒に寝てるし、ゴロゴロするのもシグルドの側だし」

 ミアは改めてその事実を認識したのかそう呟く。だがその言葉をニールさんの前で言うのは俺にとっても彼にとってもオーバーキルである。

 まぁ、俺は精神安定の魔道具で感情抑制がかかっているので恥ずかしさとは無縁だが。あ、ニールさんが分かりやすく絶望顔してる。とりあえずミアが俺にエミールさんの影を重ねなくなるまで待ってもらわねばなるまい。そしたら正々堂々勝負しようと思う。

「ロブさん、このウィンドレオの置物ください」

「それ結構大変だったから銅貨五枚だけど、いいかい?」

「構いませんよ。王都で買ったらそれ以上の値になるんですから」

 そう言って俺は財布から銅貨五枚を取り出して渡す。

「ありがとう」

 ウィンドレオが雄々しく獲物を狩っている像を受け取って俺はアイテムボックスに仕舞う。完全に腐らせている宿時代のカウンターにでも飾るとしよう。

 意識を横にやると、ニールさんが性懲りもなくミアを口説いていて少々イラっとする。

「なぁ、ミア。この後一緒に祭り回らないか? 美味い串焼きの屋台があったんだ」

「シグルドと行くからいい」と、にべもなくミアは俺の腕を取って俺ごとその場でくるりと回ると、俺の背後に隠れるように頭だけを出した。

 ミア、流石にそれはニールさんがいたたまれない。スカッとしたのは事実だが、自分が向こうの立場なら心がそれはもう丁寧に砕かれている。

 手を差し出したままのニールさんを放置してミアは「行こ」と俺の腕を引っ張る。もちろんロブさんにはちゃんと「ロブ、お店頑張ってね」と挨拶をしてだ。そして挨拶を返した後に「固まってないで食事を早くください」とニールさんをせっつくロブさんもなかなか鬼畜である。恋敵なので擁護する気は微塵もないが、やはりいたたまれない。

「いいんですか、ニールさんあのまま放置しといて」しばらく小物売りエリアをぶらついた俺がミアに問う。

「悪い奴じゃないんだけど、なんか鬱陶しい。あ、鳥肌立ってる」

 そう言ってミアは自分の腕を見せてくる。確かに鳥肌が立っていた。

 というかそこまでか。あの微妙なチャラさが嫌悪感を助長させているのか?

 そんな会話をしつつ街をぶらつく。途中、青果店で甘ラモンの実を買えるだけ買ったりした。昨日の宴会で消えたジュース用である。ミアが期待したような目で見てくるが、あるだけ飲まれても困るのでストック用だと釘をさす。あのジュースは炭酸で割る用にある程度濃縮して作っているので原価が馬鹿にならないのである。その分、飲んだ時は甘みが強く、格別の美味さだが。

 その辺で言えばリューグも気に入ってるんだよな、あのジュース。

 昼飯時になったので飲食屋台エリアに戻る。数えるほどしかないが、昨日の俺たちと同じように撤収を始めている屋台もあるようだ。

「ミア、任せますよ」

「おっけー。……こっちかな?」

 手を引かれるがままに俺は人混みの中を移動する。祭が終わるまでは、まだ長かった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ