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11 ダンジョンアタック

 誰かに起こされたのは、何日ぶりだっただろうか。朝食の黒パンと干し肉を胃に入れながらそんなことを考える。

 早朝に近い時間の見張りの順番。俺の前の番であったリューグに俺は肩を揺さぶられて起きるという久々な体験をした。その時の格好は寝た時のまま。つまりはミアの胸元に抱かれたままだった。

 こういう時、リューグは何も言わないかつ無表情だから助かる。ラッシュさんならニヤつくくらいはしそうだ。いや、最近の俺の心情を一番心配してるのはラッシュさんだから逆に安心させそうか。……ついでに余計なお世話も焼かれそうだが。

 ともかく腹ごしらえをして昨日見つけた下階へ下る階段前に集合する。先頭は昨日と同じくパワードスーツを着込んだ俺だ。装甲は硬いし状態異常は無効化するし、敵は一瞬で行動不能にするしで盾役としてもクラウドコントロール要員としても重宝されている。あとは直感を使った罠発見装置としても。

 とりあえず階段を下る。ダンジョンの階層を跨ぐ部分に魔物が沸いたり罠があったりすることは無いらしい。だが階段を出た瞬間襲われることはあるそうなので、注意はしておく。

 階段の出口にさしかかると俺の直感に反応があった。出口は小部屋のようになっていて、部屋の床全体に違和感がある。とりあえず部屋に入ると危なそうなことを伝えて俺はホバリングしながらその部屋に踏み入った。感圧式なのか接触式なのかは分からないが、浮いている限り大丈夫そうだ。とりあえず俺は部屋の出口までいくと、土塊をアイテムボックスから出して固めてから部屋の真ん中あたりにポイッと投げる。

「何も起きないということは転移系か?」とラッシュさんは顎に手をやって思案顔だ。

 罠にはもちろん転移系もある。だがこれは人や魔物が乗らないと効果を発揮しないので、俺が投げた土塊が反応しないということは転移系の可能性が高い。

「シグルド、先はどうなってる?」

「ちょっと待ってください。……行き止まりですね。なんか人工的な壁みたいです」

 ちょっと先に進んだ俺の目の前には垂直な土壁があった。ここだけ削ったように他の壁と毛色が違う。

「この罠で移動するんですかね?」

「おそらくな。とりあえず全員で一気に行こう。一端こっちに戻ってくれ」

 そう言われて俺はまたホバリングしながら部屋の中を通る。だが俺が中央付近まで来たその時、部屋の中いっぱいに魔法陣が浮かび上がった。

 不味い。そう思って全速力で後方に退避しようとするが俺の視界は光に塗りつぶされる。

「シグルド!」と叫び、駆けだそうとしたところをラッシュさんに羽交い絞めにされたミアの姿が最後に見えた。

 視界が開けると、俺は遺跡の中にいた。遺跡と称したのは明らかに人工的な大きな石を積んで作った壁とアーチ状の天井が見えたからだ。俺は衰弱弾をパワードスーツ用のアイテムポーチから取り出した通常弾に変更する。銃剣は転移で左腕に移し替え、近接格闘戦準備を整えた。こんなことをした理由はただ一つ。頭が痛くなるほどのおびただしい敵性反応がサーチにあったからである。しかも全方向を囲まれている。幸い伝わってくるイメージはそれほど大きくない。俺の緊張が張り詰める中、四方の壁の一部がゴゴゴッと音を立ててせり上がる。

 その一面三つ、計十二か所開いた扉の奥からは、カサカサキイキイと耳障りな音を立てながらそいつ等が姿を現した。

 見た目は一メートルくらいの大きな蜘蛛。サイズは違うが軍曹とか言われているやつだ。そんなのが床に天井に壁にわらわらと這い出て俺を飲み込もうとする。

 とても不快な光景だが俺はパワードスーツ状態。地球に居た頃も靴さえ履いていればゴキブリすら平気だったので、特に思うところは無い。問題はただ一つ。数が多すぎて脳がオーバーヒートしかけていることだけ。

 メモリの使用率は加速度的に上がり限界すれすれ。俺は炸裂弾を早々に作っておけばよかったと後悔しつつ連射モードの小銃を自重なしで無遠慮にぶっ放した。とりあえずは床から這い寄るってくる蜘蛛に向けて。

 キイキイ声を上げながら蜘蛛が潰れてその青と茶色の体液が飛び散る。茶色の体液の方は俺のパワードスーツに飛び散るとシュウと音を立ててその鋼の装甲に煙を上げさせた。

「酸か」

 俺は数体を一気に撃ち殺すと同時に、着弾した部位を確認する。どうやら酸の毒腺は頭の辺りにあるらしい。俺は意識を深くする。狙いをより正確に。頭に射線を向けないように。

 知覚領域の強化をもう一段、いや、二段引き上げる。無数の動く的に限定的な射線を通すにはこれくらいしないと対応できない。

 そこで俺は気が付いた。限界が、遠い。

 同時に使える魔術の数が増えている感覚がある。今まで限界値を考えていたが、いざそのマージンを超えてみるとまだまだ余裕がありそうだ。

 俺は思い切って前頂葉の部分をフルに強化する。一瞬頭がひりつく感覚があったが、すぐに慣れた。続いて後頭葉、前頭葉と脳の機能を徐々に上げていく。

 見える。思考加速が何段階か上がったような感覚だ。思考加速はもともとパワードスーツに付加していた機能なので生身と二重に使っている状態なのでそうなるのは必然なのだが。

 床や壁の蜘蛛を撃ち続けながら上から降ってくる奴を左腕の銃剣で捌く。時には銃本体で殴り、蹴り飛ばしながら。

 型などあったもんじゃない。体捌きも滅茶苦茶だった。だが正確に、必要なところに一撃を入れ続ける作業を続ける。俺には世界がゆっくりに見えているのだ。判断力も上がっている。だからそれを続けるのは容易い。だが、俺は忘れていた。自分の体がただの一般人であることを。身体強化を施したところでただの人間に過ぎないということを。

 全身の筋肉が、軋みを上げている。

 魔術での強化に身体が追い付いていない。反応に対して動きが遅れていた。

 その遅れと、それを無理やり詰めようとする俺の体が俺の体を蝕んでいく。敵は強くない。今俺を追い詰めているのは、俺自身だった。

 銃の弾幕が止まる。俺は素早くリロードすると、また迎撃を始める。そうして弾を三百発ほど撃った頃、ようやく敵の攻勢がやんだ。

俺は夥しい虫の死骸の山の間で銃を杖に立っていた。その山を越えて残った最後の蜘蛛がその牙を向ける。俺はそれを避け、頭と腹を泣き別れにした。

俺はあたりに敵の気配がないことを確認すると、パワードスーツのままその場に倒れこんだ。

 ヤバい。無茶しすぎた。強化していた分を元に戻すと体の疲労感が一気に押し寄せる。

ヒールで回復を試みるが効果が薄い。俺はまた銃を杖にしながら立ち上がる。が、力が入らずその場にまた崩れ落ちた。

仕方がないので床の素材を引っぺがして考えていた新装備の開発に着手する。魔術さえ使えれば俺の装備は作れるのでこんな状態でも問題ない。

「ん? この床材……」

 クリエイトで砕いて分離の魔術でより分ける。

「土の他に半分ぐらいがよくある金属系。微妙にあるこれは、金に銀と、蒼い輝きからするにミスリルか? あとこのさらに少ないのは金に似てるけど……オリハルコン? それにこの黒いのは……」

 気になった俺はとりあえずパワードスーツを脱いで一分ほどで完全修復される床を何度も引っぺがして精製し、インゴットを製作できるくらいまで溜める。取れたのは土砂を除くと鉄や銅などのよく利用される金属、少量の金などの貴金属、ミスリル。残りのさらに少ない金に似た虹色の光沢をもつやつは特徴を見る限りオリハルコン。さらに小さい黒い塊は非常に重く、硬い。

「やっぱアダマンタイトか? これ」

 ヒールを連発しつつ一時間も作業をしていたらだいぶ回復してきたので体を起こす。希少金属などを集めるのも興味があるが、今必要なのは土塊の方。大量に準備できたそれを押し固めてその形を造る。造るのはサブマシンガン。装甲貫通力よりストッピングパワー重視のソフトターゲット用装備だ。弾だけ作っても良かったがやはりモデルが長めの小銃だと取り回しが悪かったので作ることを決意した。モデルはP90。もちろん構造なんて知らないのでガワだけだ。人気のロボゲーシリーズの評価が芳しくなかった作品のパッケージでボスに当たるキャラが片手で構えていたのが印象に残っている。あれがかっこよく見えたので仕方がない。ブルパップ嫌いの俺にしては例外になる。とりあえずマガジンも含めて造り、弾を流し込んでセットする。あとP90は貫通力高いだろとか言ってはいけない。この世界において魔術は自由なのだ。

 片手で狙いをつけて引き金を引く。ダダダダダダダダダッと音を立てて弾丸が壁に穴を開けていく。銃槍と変わったのは全長だけなので取り回しが良くなっただけだ。連射力はほぼ変わらない。むしろ銃身が短くなった分精度が悪化している。だが、近距離での取り回しとばら撒きを念頭に置いて作っているので問題ないし、さっき開けた壁の穴も撃った数に対して一つだけだ。さらにマガジンを幾つか造り、そちらには弾頭への衝撃で発動するようにした爆裂魔術、エクスプロージョンを組み込んだ炸裂弾を用意する。通常弾と炸裂弾、各二千発。前は一発づつ作っていたが、範囲魔術の応用で一気に作れることが分かったのは結構前の事である。

「さて、性能試験ついでにそろそろ行くか」

 俺は独り言ちるとパワードスーツを装着して正面右側の通路に進む。サーチの反応を見るに、皆とはそこまで離れてはいなさそうだ。

 部屋を出て通路にでる。さっきの蜘蛛と目が合った。とりあえず通常弾を乱射する。たむろっていた蜘蛛が一瞬で掃討された。腹の部分を見れば先ほどの奴らとは異なり甲殻を貫通するのではなく砕いている。

 とりあえず目に入った敵を片っ端から撃ち殺しながら道を進んで行く。しばらく行くと、ひとつの部屋に入っていくようにたむろする蜘蛛の集団が見えた。皆の反応はその部屋の中だ。俺は片手で狙いをつけ、そのトリガーを引く。バラバラと撒かれる石礫。その全ては寸分たがわず狙ったところに直撃し、その肉と体液をその場にまき散らした。その瞬間、二、三体を巻き込んで見覚えのある鉄杭が蜘蛛を貫いて目の前を飛んでいき、壁に突き刺さる。蜘蛛串を作ったそれはどこからどう見てもチェスターさんの特大クロスボウのボルトだった。よく見れば壁に溶けかかった何本かが突き刺さっている。死骸を、特に地面に飛び散った酸を避けながら部屋に踏み込むと、皆はラッシュさんとジャックさんを先頭にじりじりと押し出す様な陣形を取っていた。

 後でいつでもスイッチできるように控えていたミアが俺に気づく。

「シグルド!」

 そのまま飛びついてきそうだったので酸が少しばかり付着しているパワードスーツを格納してダイブして来たミアをくるりと遠心力を使って抱きとめる。

「どこ行ったかと思った~‼」

 えぐえぐと涙目になっているが、あきれ顔のリューグを見るに近くにいることは分かっていたはず。勝手に取り乱しているだけらしい。それでも俺の姿が見えるまで戦闘に集中していたのだから大したものだ。

 そんなミアを首にぶら下げながら辺りを見回すと今いる部屋の隣が俺が罠にひっかっかった部屋らしい。

 え、ってことは、皆一時間半くらい立ち往生してたの?

 ともかくせっかく合流できたので、細かいことは置いておいて俺は気になっていたものをアイテムボックスから取り出して皆に見せた。

「これ、何に見えます?」

 それは俺が床材から精製したミスリル、オリハルコン、アダマンタイトと予想されるもの。ラッシュさんとジャックさんは顔を見合わせている。話を聞くとやはり俺の予想は当たっていたらしい。その辺の床材から作ったことを話すとラッシュさんには「そういえばコイツ、錬金術も使うんだった」と遠い目をされ、ジャックさんにはたいそう驚かれた。

「分離の魔術が使えるのか?」

「ええ。選り分けるのに便利ですよね」

「シグルド君、分離の魔術を使える者はそう多くない。それにこのことはあまり口外しないほうがいい」

 分離の魔術は錬金術の初歩にして奥義のため、面倒事に巻き込まれたくなければ積極的に使うなと言われた。やはり錬金術師の評判はどこでもよくないらしい。

 とりあえず来た道を戻りながら俺に起きたことを説明する。最初に飛ばされた部屋に戻ると、夥しい数の蜘蛛の死骸が出迎えてくれた。

「お前……、これを全部殺ったのか……? 一人で?」

 ラッシュさんが唖然として言う。それも仕方がないことだった。なぜなら、ここにある死骸の数はラッシュさんたちが戦っていた部屋のゆうに数十倍の数はあるのだから。

「さすがに命の危険を感じたので自重なしでやりました。衰弱弾とか言っている場合じゃなかったです」

「それは……、そうだろうな。…………ん? ちょっとまて。自重なしって言ったか?」

「ええ。本気でやりました。結構辛かったです」

「ミア、イリス」

 ラッシュさんの命により、俺はずっと纏わりついていたミアに羽交い絞めにされイリスさんに魔術による診断をかけられる。前みたいに寝かされないのは床が蜘蛛の体液で汚れているからだ。

「ひどい筋肉疲労の痕が見られます。頭も相当酷使したみたいです」

 その言葉にラッシュさんはあからさまに「あちゃ~」と言う顔をした。

「シグルド、お前しばらく戦闘禁止な。ヤバくなったら出てもらうけど。それまで探査魔術も全部切れ。リューグと、今はジャックとチェスターもいるからなんとかなる」

 そういうラッシュさんの顔には「とりあえず生きててくれたから良しとしよう」と書いてあった。

「そういえばシグルド、その手に持ってるのは何だ?」

「これも銃です。数で押される近距離戦は長銃身の小銃タイプだと取り回しが悪いので急遽造りました」

「何言ってるのか分からんが、今作ったのか?」

「はい」

 その過程でさっきのインゴットができたわけかとラッシュさんは一人納得する。そんな様子の彼に俺はもう一つ疑問に思っていたことを打ち明けた。

「そういえばこの蜘蛛、エグくありませんか? 数でくるわ酸で溶かしてくるわ大変だったんですけど」

「あー、シグルド。こいつらはアーマースパイダーっていう毒をもった蜘蛛だ。……元は」

「元は、ってことは、やっぱり変異体な訳ですか」

「ふつうは酸なんて使わない。ただの毒だ。しかも遅効毒。十分ポーションで対応できるレベルだし、そもそもこいつらは群れない」

「それにしたって数がおかしいと思うんですけど。完全にデストラップでしょ、これ」

「異常発生」とリューグが俺に賛同する。

 やはりダンジョン全体が異常な状態にあるようだ。

 アーマースパイダーは毒腺と牙が素材になるそうだが、換金率が悪くそもそも数が多すぎるのでとりあえず報告用に一匹だけアイテムボックスに放り込んでその場を後にする。

 この後二日ほどかけてダンジョン二階層を回ったが、その日になってようやくヘッジホッグボアというハリネズミのよな針を全身から生やし、なおかつそれを飛ばしてくるという魔物に出会った。だがそれは話を聞く限り通常個体のようだった。また普通のアーマースパイダーもちらほら見かけた。ラッシュさんとジャックさんの見解では、新たにダンジョンからリポップした個体ではないかとのこと。ちなみに何度も変異体アーマースパイダ―の共食いを目にしている。

 ここで一つの仮説が俺の中に湧き上がる。

そもそもダンジョンの魔物には二種類ある。ダンジョンが生成する魔物と、繁殖してできる魔物だ。なお魔物が繁殖しすぎるとダンジョンは魔物の異常発生を防ぐために魔物の生成を止めるらしい。そんなダンジョンの入り口が、どれだけの期間か分からないが今まで閉じていた。となると、ここは魔物同士が食う喰われるの争いを続ける狭い空間となる。

似たような話を聞いたことがある。数多くの毒虫を壷の中に入れて放置し、生き残った虫に怨念や毒を凝縮させて呪いに使うという呪術。つまりは蟲毒だ。このダンジョンは蟲毒の中の毒虫とおなじように強く、進化して来たのではないかと俺は推察する。二階層と一階層はトラップで閉じられていたため階層間の移動はなかったと考えられるが、一階層で発生した魔物が新鮮な餌を求めて外へ流れ出したと考えれば各地での変異体の発生も理解ができた。

ちなみにダンジョンにももちろん生態系がある。二階層で最低位にいると思われるヘッジホッグボアはダンジョン内に自生するダンジョン茸と呼ばれるキノコ類を食べていた。そして足を踏み入れた三階層では、蜘蛛がぼりぼりと食べられていた。一つ目の巨人に。

サイクロプス。身長は四メートルから五メートルで、本来ならば鍛冶などを行えるほど高い知能を持ち、温厚な魔物だ。人間の鍛冶技術は野生のサイクロプスから学んだとも言われているほど。そんな魔物が、素手で蜘蛛を掴んではむさぼっている。あの蜘蛛を食べていることを考えると、高い耐毒性と耐酸性を持っていると考えられる。サイクロプスが耐毒性や耐酸性を持っているはずはないのでやはり異常個体なのだろう。とりあえず一発ぶち込んで終わらせようとするが、ジャックさんから待ったがかかる。

「我々の受けた依頼はあくまで調査だ。シグルド君では一瞬で片が付いてしまう。どうだろう。ここは控えてもらって我々で普通のサイクロプスと比較するというのは」

 明らかに危険な場合は俺が出るが、今回は高い耐酸性をもっているだけだと考えられるのでこの提案であるらしい。俺は構えていたサブマシンガンを銃槍の隣に懸架して取り換えると、一歩下がった。危ないときには援護するのでお好きにどうぞという構えである。

 ちなみに懸架パーツはこれ以上増やすつもりはない。武器入れ替えは片手につき一個までと言うのが俺の信条だ。片側三つ以上だと見た目的にも悪い。

 ともかく戦闘が始まる。ここのサイクロプスはやはり外の一般的なものより好戦的なようだ。その目がこちらに向くと、口にしていた蜘蛛をごくりと飲み込みその太い右手が振り被られる。ラッシュさんが出ようとするが、それを止めたのはジャックさん。ここいらでミスリルとしての実力を見せておきたいらしい。

 サイクロプスの右手にジャックさんのバスターソードの腹が触れる。するりと受け流された拳は地面を穿つ。その隙に、流れるような動きで右の足と手首の筋を切断した。

 流石ミスリルというだけはあった。動きに型と呼べるほどのものは無いが、その流れがしっかりと見える。振り切った剣の残心は次の一撃への構え。バスターソードを扱っているというのにその一つ一つの技のつなぎはショートソードを振っているかのように軽く、速い。その姿はまさに踊っていると表現するのが正しいとさえ思えた。

 手足の筋を切られ、身動きが取れなくなったサイクロプスがその身体をドウと床に横たえる。サイクロプスは温厚ではあるが決して弱い魔物ではない。怪力、巨体に加えて知恵も回る魔物なのだ。それが思考加速を施さなくても見える程度の動きで翻弄され膝をつかされた。見事と言う他なかった。

「ふむ。強さは普通のサイクロプスと変わらない、か。いや、最初の手ごたえから見るに筋力は高いか? だがやはり基本は耐酸性が変異体の証のようだ」

 最後に首を斬り、血振いしたバスターソードを背中に仕舞ったジャックさんが戻ってくる。

「お見事でした」とラッシュさんは惜しみない賛辞を送った。

「ちゃんと見えるようにゆっくりやったから時間がかかったよ。ラッシュ君とミア君は剣を使うようだし、参考になれば幸いだ」

 そういうジャックさんと先頭をかわりまたダンジョン内を進んで行く。サイクロプスは基本的には上層から下って来たとみられるアーマースパイダ―を食べていたが、ここでもところどころ共食いの痕があった。そのうち進んで行くと、特徴が異なる個体がいることに気が付いた。

「ちょいちょい一つ目じゃないのがいますね」

「ギガンテスだ。知能はサイクロプスに劣るが力と耐久力で勝る。混同されやすいが別の魔物だよ。厄介度ではギガンテスの方が上なのだが……」

 俺の小銃の一撃を受けてサイクロプス同様脳天を吹っ飛ばされたギガンテスが倒れる。

「……シグルド君の前では関係ないようだな」

 ジャックさんは俺の様子を見て苦笑いを浮かべていた。

 三日ほどかけて二階層を探索し、俺たちは大きな部屋の前にいた。ちなみに野営の時はミアとずっと一緒だった。言葉通りの意味である。すべては自分がいると俺が寝坊するレベルで寝るという事実を確信をもって暴露したミアとミア自身が構わないならと許可したラッシュさんのせいである。ちなみに俺の意思は考慮されていない。未だ病人扱いされているためだ。ミアは処方箋か何かかと言いたくなるが事実安眠の効き目があるから困る。

 話を戻そう。

 俺たちは大きな部屋の前にいる。その中ではギガンテス、サイクロプスが合計十体ほどいた。両端には異常に発達した個体。身長が一.五倍くらいある。それが両陣営のボスらしい。その手には互いに巨大な武器。ギガンテスは巨大な棍棒、サイクロプスは巨大な剣を握っている。俺にはそれが、どこか阿吽像のようにも見えた。

「これ入ったら狙われるやつかな?」

「だろうな」

 そんな風にミアとラッシュさんが会話を交わす。だが下階への階段はこの部屋の奥に見えている。突破するより道は無い。

相談の結果、初手は俺とチェスターさんになった。遠距離火力で大物を狙う。一撃死させられれば御の字だが、そこまで甘くはないだろうからそのままヘイトを引き続けるのがお仕事だ。

 部屋に入る。まだ襲ってはこない。俺は言われた通り六メートルほどのサイクロプスの方に狙いをつけて小銃の引き金を引く。ダンッと発砲音が鳴り響き、隣ではチェスターさんのクロスボウがバゴンッと音を立てた。

「防ぐか」と呟いたのはジャックさんだった。

 俺の放った弾丸は頭に突き刺さったが皮が厚いのか致命傷を負わせるには至らず、チェスターさんのクロスボウは振り上げられた左腕によって防がれていた。

 巨人たちは互いを見やる。そして同時に俺たちの方を向くと、地響きを伴うような咆哮を上げた。

「では諸君、予定通りに」

 ジャックさんがそう言い残して群れる巨人の中に飛び込んでいく。ラッシュさんもこの数相手では守りの剣は妥当ではないと判断したのか攻め気がいつもより強い。それにミア、リューグが続き、イリスさんは守られながらサポートに回る。

相変わらずいい連携をしている。

俺はと言うと小銃を懸架し、サブマシンガンを取り出す。そしてマガジンを炸裂弾用のものに変更すると、飛翔して巨大サイクロプスの眼前に突きつけた。

「耐えれるか?」

 トリガーを引く。クロスされた腕に防がれたが、その弾丸は炸裂弾。着弾点でエクスプロージョンを発生させるものであり、その規模は小さいながらもしっかりとダメージは入るはず。それが証拠に爆炎と煙の中から現れた巨大サイクロプスの腕は表面のそこかしこに傷がつき、赤い血を流していた。

尋常ではない膂力で振り抜かれる大剣を身を翻して躱す。やはりあれぐらいでは大したダメージにはなってないらしい。だから俺は、剣を持つ腕の関節や肩を執拗に狙い続けた。狙うはダメージの蓄積とそれによる武器の放棄。武器さえ無くせばあとはただ殴ってくるだけの木偶だ。その目論見は功を奏し、数十発ほど打ち込んだところで腕全体にダメージがいったのか、両腕がだらりと下がった。それをチャンスと見た俺は憎々しげに俺を見つめるその単眼に至近距離でサブマシンガンを突きつける。

「チェックメイト……ってのはガラじゃないか」

そうして引き金を引こうとしたその時。

「ガアアアアアアアアアアァァァァァァァアアアアアアッ‼」

サイクロプスが、吠えた。もろにその咆哮を浴びた俺は硬直する。だが問題なのは、そんなことでは無かった。

「えっ」

 勝手にパワードスーツが解除される。それは咄嗟にレヴィテイションを発動させた俺を置き去りにして床に落下していく。サブマシンガンも同じだ。籠手と同じ判定になるので一緒に転移して手から取り落してしまう。俺は自前で思考加速を発動させるとアイテムボックスを落下地点に開き、パワードスーツとサブマシンガンを飲み込む。そんな俺の目の前で、サイクロプスがその頭を振り被るのが見えた。

 空間魔法で足場を作って離脱……。間に合わない。覚悟を決めた俺は身体強化をフルでかけ、物理障壁を展開して衝撃に備える。

 喰らったのは何の変哲もないヘッドバットだった。だが巨人のそれはただの頭突きにあらず。「がっ‼」と声を上げて俺は地面にたたきつけられた。

 他の巨人たちもいるので何とか立ち上がる。左のあばらの辺りがズキズキと痛む。折れてはいないだろうが、ひどく痛い。それは、俺がこの世界にきて初めて負った戦闘での傷だった。その痛みに、怪我をしたという事実に、死の可能性に、俺は恐怖する。

 殺人の一件から精神安定の魔道具を付け続けているのが幸いした。そうでなければ、俺の心は恐慌状態に陥っていただろうから。

「スチールハート。ヒール」

 冷静な頭が魔術を唱えさせる。恐怖は薄れ、痛みは引いた。俺は再度パワードスーツを着込むと、飛び上がり、距離を取って同じ構えを取る。

「よくもやってくれたなクソ野郎」

 俺は問答無用でトリガーを引いた。炸裂弾はサイクロプスの顔面に容赦なく殺到し、その皮膚を、目玉を蹂躙する。ドウと仰向けに倒れたそれは、首から上に半ば砕けた頭蓋骨を晒していた。

 振り返る。先頭自体はまだ続いていた。通常のサイクロプスとギガンテスは合計十体。五体ずつを既にジャックさんと、金獅子の皆がそれぞれ倒している。残るはチェスターさんがヘイトを引いている巨大なギガンテスのみ。それをチェスターさんは巨大なクロスボウをメインに投げナイフと蹴りを織り交ぜて「よくない、よくないなあ! そういうのはよくないぞお!」と何やらテンションを上げながらじつにいやらしく戦っている。

 というかやっぱり蹴りと投げナイフ使うんだ、この人。投げナイフが薔薇じゃないのが残念。いや、薔薇を投げてなんのダメージになるんだって話だが。

 俺はサブマシンガンを小銃に切り替えると、衰弱弾にマガジンを切り替えて十分に距離をとりながら地上に降りて狙撃態勢を取る。そのうち小銃の飛距離も伸ばして遠見の魔術も組み込もうとか考えながら。

 俺の放ったゴム弾はビスビスとその分厚い皮膚に当たって跳ね返される。だがそれでいい。当たれば魔術の効果は乗るのだから。だが予想以上に効き目が悪い。十数発撃ち込んで、ようやくギガンテスの動きが鈍くなる。その間にチェスターさんが肩を貫き、他の皆が足の健を断ち切った。崩れ落ちるように倒れた、それでもまだ生きているギガンテスの頭部にチェスターさんのクロスボウがあてがわれる。貫通強化の乗ったそれは、頭蓋骨をも砕き、その脳髄を貫いた。

「終わったか」とラッシュさんが額の汗を拭う。

「こっちの方が変異体だったか?」

 ジャックさんが巨大なサイクロプスとギガンテスを見分する。たしかにこの二体は異常発達していると言えた。

「まぁともあれここでやることは終わった。次へ進もうじゃないか。多分、半分は超えただろうし」

 ダンジョンとは平均的に四、五階層までしかない。それが人間が到達できる限界だからだ。正確に言えばそれ以上の階層にまで潜ると帰るのが大変なので旨味が少ないのである。ダンジョンンの方もそれを理解しているのか、過去には長大なダンジョンもあったそうだが、人の出入りを学習して今の平均値におちついたようである。これは全世界のダンジョンで起こった現象であり、ダンジョンを生き物とするならばそれが集合精神を持つものではないかと言う話もある。

 それにしたってこのダンジョンはキツイ。本来ダンジョンにとって人その中で息絶えてほしい存在だ。だが来なくなっては元も子もないので生きるか死ぬかの丁度良いバランスを取る。具体的に言えば金銀ランクの混合パーティが最奥まで到達できるかどうかというレベルだ。だがこのダンジョンは金ランクにミスリルを加えて少し苦戦するレベル。難易度設定が狂っているとしか思えなかった。

 道中で銃器を使って無双してなければ数で押しつぶされていただろう。まぁ、ジャックさんはミスリルだけあって何とかしそうだが。

 そんなことを考えながら階段を下っていく。階段を抜けた先にあったのは、思いもよらない光景だった。


 俺たちは鬱蒼とした森の中にいた。そう、森である。ダンジョンの中から出たわけではない。ダンジョンの中に森があるのである。だがよく見ればそれがダンジョン内であることがよくわかる。この場所は巨大なドームになっているのだ。その中に、植生があるのである。天井には燦燦と輝く太陽。正確には太陽を模した魔術、サンライトが輝いている。だが俺が見るに、あれは一般に知られているサンライトとは少し異なる。完全に太陽光を再現している感じだ。魔術のサンライトには無い肌をちりちりと灼く感覚がある。しかもこの疑似太陽、一定時間で点いたり消えたりする。その間隔はラッシュさんの時計によると十二時間ごと。昼と夜を再現しているのだろう。あとこの森には上層よりもしっかりした生態系がある。キャパシティーが多いのか今まで見たヘッジホッグボアやアーマースパイダーを始めとし、このダンジョンで見た魔物のほとんどがいるほか、初見の魔物では植物系の魔物であるトレントが居た。トレント材は硬くて重く、丈夫なため、三階層の巨大ギガンテスが持っていた棍棒はこのトレントを加工したものと予測される。また本来の温厚さを持つサイクロプスが鍛冶を行っているところも発見した。ジャックさんの言葉によりコンタクトをとって制作物と食料を交換してもらったところ、打たれた片手剣はなんとミスリルを心鉄に使ったもの。食料を提供したのは俺なので一端俺が貰ったが、後でラッシュさんにでもあげるとしよう。ちなみにサイクロプスが人間サイズの武器や防具を作るのには諸説あるが、手先の器用さをあげる為に練習で作っているというのが一般的な見解だ。

 途中でいろいろと補給しながら強い魔物の反応があるところを目指してもう二日ほど進んでいる。補給したいろいろの中には俺の弾薬も含まれていた。ゴム弾の素材が自生していて助かった。またこの階層の魔物は上層にいたものと、新たに見かけたものがいる。新たに見かけたものはサーペント系やオーガなど、程よく強くて金になる魔物。どうやら三階層までの実入りが少なかったことからもこのダンジョンの狩場はこのエリアのようだ。なお攻撃的な魔物はやはりどれも強力で変異体のようであった。また非好戦的な魔物については恐ろしく逃げ足が速いかダンジョン入り口前で遭遇したホワイトサラマンダーと同じく隠密に長けていたので手を出していない。それが藪蛇になるとも限らないからだ。なおすべての魔物はその特徴を通常は持ち合わせていない魔物たちである。研究用に一匹は確保しようとしたが、危険性は無いとのことなのでジャックさんに止められた。

 ああいう逃げに特化したものは自然淘汰されるかそのままそういう生き物として生きていくらしい。外に出たとしても被害が出れば討伐依頼が出る。攻撃的な魔物は総じて彼我の戦闘力を図ることに乏しいものが多く、ジャックさんによれば攻撃的なモノであれば既に襲ってきているだろうとのこと。例外的なのはサル系の魔物だけだそうだ。

 そんな話をしつつ俺は麻酔弾をしこたま打ち込んで沈黙させたグレートホーンブルの群れを積み上げる。グレートホーンブルはブラックホーンブルの上位種に当たり、気性が荒くその立派な角で一突きにする凶悪な牛だ。そんなグレートホーンブルでもこの階層の生態系では下の方。グレートホーンブルの山の横には漁夫の利を狙ってきたロックアリゲ―ターが積み上がっている。

 ロックアリゲーターは肉食のワニの魔物だが土を食べることでその中にある硬い鉱物を鱗に析出させて身を守る習性がある。その辺にいるロックアリゲーターは文字通り岩を纏うのだが、ここは成長したダンジョン内。ミスリルやオリハルコン、アダマンタイトを少量ながらも含んだ土を食べ続ければどうなるかと言うと、ここのロックアリゲーター一匹で安い家が買えるレベルである。その分もちろん硬いが、俺の衰弱弾の前では意味を成さない。全部動きを止めた上でひっくり返して弱点の腹を攻めた。

「取り分どうします?」と言う俺の問いに「任せるよ」とジャックさんは言うので、相談の上に適当に分けてアイテムボックスに突っ込む。ちなみにジャックさんもチェスターさんもアイテムボックス持ちだった。しかも俺と同じ時間停止型らしい。

「高級食材と素材のオンパレードだな」

「いや、やはりこのダンジョンは普通ではないのだろう。おそらく人の出入りがあればここまでの数はいないはずだ」

 どういう表情をしていいかわからなそうなラッシュさんにジャックさんが答える。

 そんなことを話していると、天井の光がオレンジ色に変わり始めた。ラッシュさんが時計を見るとそろそろこのドーム内が夜に切り替わる頃らしい。ロックアリゲーターが居たことから水辺が近いはずなので急いで場所を探す。ちょうど開けた場所があったので、野営の準備に取り掛かった。

 サーチで魔物の反応を探ってみるが近くにはそう多くない。近づいてくる気配もないので問題なさそうである。

 アイテムボックスから薪を取り出して焚火をする。ダンジョン内だが、これだけの広さがあり、またサイクロプスも火を使った鍛冶をしていたことから問題ないとの判断だ。また近くに発見した泉の近くにも焚火を設置し、いい加減俺が発狂しそうなのでドラム缶風呂を併設した。なおこの世界にドラム缶は無いのでその場で作ったデカい水瓶みたいなものだが。

「上がったよー」とミアとイリスさんが帰ってくる。流石にこの場では長風呂のミアも短時間で済ませたようだ。交代で俺も風呂へ。風呂は三つ造ったのでミアとイリスさん、俺とラッシュさん、リューグ、入るかどうかは分からないがジャックさんとチェスターさんの三回に分けて入ることになっている。

 体と頭を洗い、風呂に身体を沈める。天井を見ると、天井全体がぼんやりと光っていた。

「ラッシュさん」

「なんだー」

「あの天井で光ってるのって何ですか?」

「うん? ああ、ありゃ、ヒカリゴケだな」

 地球にもヒカリゴケはあったがあれは光を反射するものだったはず。だから違う生き物なのだろう。

「生態はよくわからん。ダンジョンや洞窟に居て、何故か暗いところで光る。それだけだ」

 そんな会話をしていると横からザバッと水音が。リューグはもう上がるようである。相変わらずの烏の行水。あまり熱いのは得意ではないのかもしれない。それでも毎日入りたがるのはやはり風呂自体は好きになったのだろうと思う。

「シグルド」

「何ですか」

「調子はどうだ」

 なんだその久しぶりに会った息子にどう接していいか分からない親父のようなセリフはと思ったがそうではない。ラッシュさんが聞いているのは俺の心の方だ。

「大丈夫ですよ」

「お前、隠してるつもりだろうが、デカいサイクロプスにやられた時に動揺してたろ?」

 やはりこの人に隠し事は無理か。

「バレてますか」

「まあな。イリスがまた魔術を使ってる気配があるっていうもんだから、なんかあったとしたらあの時だろうなと。悩みがあるなら聞くぞ」

 そう言われて俺は観念する。この人には知っておいてもらった方が気持ち的に楽だった。

「俺、戦闘で怪我したの初めてだったんですよ。それで死を実感して。戦うのって怖いなーって」

 そういえばパワードスーツが強制解除された件もあった。強い純粋な魔力を浴びるとオンオフ式の魔道具が誤作動を起こすらしいが、これと言って対策が思いつかない。

 そんなことを考えながら天井に向けていた視線をラッシュさんに向けると、驚いたような顔をしていた。

「そうか、お前、今まで無傷だったのか。……お前のそれはある程度のランクになった冒険者が上を目指そうとすると必ず通る道だ。まぁ、シグルドの場合ちょっと遅かったが。そういうのは慣れるしかない。手っ取り早く忘れる方法はここじゃ無理だし、なにより後が怖い」

 酒と女ですね。分かります。

「でも魔術に頼りすぎるのも良くないんだよなぁ。切ったらまずい感じか?」

「駄目ですね。足がすくみました。精神安定の魔術を切っても問題ないのは夜寝るときくらいですかね」

「ミアに抱き枕にされてる時か?」

「はい」

「そりゃ、お前。ミアの事が好きだからだろう。心を許してる奴の側にいると安心するもんだ。それが普通だ」

 そう言われてその内に秘めた想いを改めて実感する。だが、それはどこか遠くのもののようにも感じられた。確かに手の中にある。だけども、ふとした拍子に忘れてしまいそうな、そんな感覚。

「いかん、少しのぼせてきた。俺は上がる」

「あ、俺も上がります」

 ラッシュさんのギブアップを皮切りに、と言っても我慢比べをしていたわけではないが、俺たちは湯から上がって体を拭き、皆の所に戻る。そこでは今日の料理当番であるミアが鍋を掻きまわしているところだった。

 俺が味噌を仕入れだしてからはミアの作る鍋は味噌味が多い。今日も茶色をしたスープからは味噌の香りが漂ってくる。具を見るとスープ自体は豚汁に近いようだ。

「シグルド、洞窟豆出して」

 洞窟豆とは豆もやしのことである。俺は言われた通り洞窟豆をアイテムボックスから取り出すとミアに渡した。ミアはそれを躊躇なく全部鍋にぶち込む。水洗いしてから保管しているので問題は無いが、ミアの料理は少々豪快なところがある。

「入れすぎじゃないですか?」

「え? 食べれるでしょ、このくらい。残ったら明日の朝食べればいいし」

 そうは言うがミア作の料理は夜にはいいが朝には重い。既にスープにはだいぶ脂が浮いている。

「というか肉は何を入れました? いろいろ置いときましたけど」

「イノシシの脂身。皆使わないから」

 確かに俺もイリスさんも積極的に使わないけども。豚の脂と味噌は合うけども。ちょっと脂が多すぎやしませんかね?

「大丈夫だって。ほら、あーん」

 そう言ってミアは匙にスープを掬って俺の口へ流し込む。美味い。美味いが、やはり濃い。水っぽいよりはよっぽどいいのだが、味噌味と脂のせいで俺の日本人魂が猛烈に米を欲しがるからほんと止めてほしい。

 そうこうしてる間にジャックさんたちも風呂から戻ってきて、夕食となった。豚汁もどきを米への渇望を抑えながら黒パンで食べていく。そこでふと「そういえば」と思い出した俺はあるものをアイテムボックスから取り出してラッシュさんに渡す。

「これ、サイクロプスの鍛冶師から貰ったミスリルソードじゃないか。これがどうかしたか?」

「あげます。俺は使わないんで」

 そう言うとラッシュさんは一瞬固まったがすぐに再起動した。

「いいのか?」

「ええ。ミアだと二振り必要ですし、他のだれも片手剣使いはいませんし。それに今使ってるのと長さも太さもあんまり変わらないでしょう?」

 俺がそう言うとラッシュさんは立ち上がって少し離れ、その振りを確かめる。しばらく素振りをしていたラッシュさんはおもむろに藪の中に入っていくと、その姿を消し、しばらくしてメキメキと嫌な音をさせてから地響きをさせて戻って来た。

「強化魔術のかかりが頗るいいな。大切にさせてもらおう」

 そう言って渡した剣をラッシュさんは元あった剣と交換した。

「というか何したんですか、さっきの音」

「前の剣じゃ切れないような大木を切った。スパッといったよ」

 その言葉に、俺たち一同は苦笑いを浮かべるほかなかった。

サーチの反応が一個消えたから多分デカいトレントですよ、切ったの。

その場で一夜を明かし、またダンジョン攻略を再開する。ここ数日で寄ってくる攻撃性の高い魔物は粗方倒したのか、襲われることはそこまで多くなかった。

強い反応を持つ魔物まであとちょっと。数時間も歩けば着くと思われる。

「今日は平和だねー」とミアが言う。襲ってきたブラックサラマンダーの首を泣き別れにしながら。

「言動が一致してないんですが」

「トレントの群れに突っ込んだりグレートホーンブルの群れが襲ってきたり、それを狙ってきたロックアリゲーターをひっくり返したりしてた昨日よりは平和じゃない?」

「それはそうなんですけど」

 何か釈然としないものがある。

 実のところ今日の俺は全く活躍していない。ラッシュさんを除く金獅子のメンバーが変異体を相手に腕試しがしたいと言い出したためだ。本気で危ないときは俺やジャックさんの参戦が求められるが、今のところそんな様子は微塵もない。ミアが平和とのたまうのも無理なかった。変異体でも個々人でなんとかなる上に、少し強い敵が出てきても連携でなんとかしてしまうのだ。ジャックさんに言わせれば戦闘能力だけでいえば十分ミスリルに推薦できるレベルだという。だが実際に推薦するとなるとラッシュさんと俺になるらしい。ラッシュさんはその状況判断能力と指揮能力を買われて。俺は、その強さを危険視されて。俺に対しては、要はキール支部長と同じ評価だった。

 しばらく進むと藪の向こうに草地が見えた。そこには、一匹の巨大な魔物がもう原型をとどめていない何かをむさぼっていた。それは大きなサイのようであり、竜のような鱗が全身を覆っていた。

「アーマーライノか。また厄介な」

 ラッシュさんによると気性が荒い肉食の魔物で、寝るとき以外は他の魔物や動物を襲って食べることを繰り返すらしい。あと伝承にあるベヒモスの子孫だとも言われている。つまりは、強い。

「どうする? やっとく?」

「やれない訳じゃない」

「今の私たちならやれると思いますが、リーダーの指示に従います」

「お前らのそれはシグルドの援護なしでって意味だよな?」

 にやりと笑うラッシュさんに三人は揃って頷く。

「そういうことなんで、アイツは俺たちの試金石に使わせてもらう。構わないか?」

 ジャックさんは腕を組み、チェスターさんはいつものニヒルな笑いをしながら後ろを向き、俺は向けていた銃槍の銃口を上に向けることで答えた。

「ありがとう。……いくぞ!」

 その言葉に、四人が藪から飛び出していく。なんだかよく分からないものを骨ごと咀嚼していたアーマーライノがそれに気づかない訳もなく「グオオオォォォォォオオオ!」と雄たけびを上げてその角のある鼻先を皆の方に向けた。その巨体が、身を屈める。体の大きさに見合わない速さで突進してきたアーマーライノを受け止めたのは、やはりチームの盾であるラッシュさんだ。挑発を発動し、注意を引き付ける。

「散開! リューグとミアは関節を狙え! イリスは二人が狙いやすいように足止めだ!」

 ラッシュさんの言葉にミアとリューグが脇に飛び出す。イリスさんはラッシュさんの後ろから全員の武器に魔法付与しながら土魔法でアーマーライノの足を止めにかかる。

 ラッシュさんがバックステップで距離をとり、その隙にアーマーライノの顔面にイリスさんのファイアーボ―ルの連射が突き刺さる。その間にミアが右の関節を切り裂き、左の関節にリューグの弓が突き刺さった。

 徐々に動きが鈍くなっていくアーマーライノ。ミアとリューグの方にヘイトが向きそうなところを前に出ていたイリスさんが光属性を帯びた魔力で槍のようになった貫手を放って前を向かせる。そこをすかさずラッシュさんがスイッチ。再びヘイトを取り、顎の下に滑り込ませた盾から衝撃波を放った。一瞬上半身が浮くアーマーライノ。その落ちてくる顎目掛けて、ラッシュさんが剣を突き出す。アーマーライノの自重も乗ったその刺突は容易く柔らかい顎下の鱗の隙間を食い破り、脳天からその切っ先を覗かせた。

 俺は構えていた銃槍を上に向け、背中に懸架した。サーチの反応は消えている。四人の完全勝利だった。そもそもの話、アーマーライノはその装甲に任せた突進が唯一にして最強の武器。なのでラッシュさんがその突進を止められたことと、足止めが成功していた時点で勝ちは決まっていたようなものだった。逆に言えばそれができるかどうかが攻略の鍵。初手でそれを指示したラッシュさんと、彼を信じて迷わず正確にそれを実行した三人の信頼と連携力こそが端倪すべからざる彼らの実力だった。

 俺は藪の中から出て四人を迎える。

「イリスさん、格闘戦できたんですね!」

「開口一番それですか⁉ もうちょっとかけてくれる言葉というのがあるでしょう⁉ おめでとうとか、やっぱり強いですねとか!」

 いや、あの貫手は見事だった。特にあの魔術、エネルギーブレード的な格闘装備を作るときに使えそうなので是非覚えたい。

 勝った興奮が強いのかぷんすこ怒るイリスさんをどうどうと宥めながら俺は横にすすすっと寄って来たミアに視線を向ける。

「何か期待してます?」

「えへへ。ちょっとだけ?」

「ずっと見てましたよ。かっこよかったです」

 そう言って俺はミアの頭を撫でる。それだけで彼女は嬉しそうだ。

改めて俺は四人に賛辞を贈る。ラッシュさんは「シグルドに頼ってたら腕がなまるからな」と言って笑った。リューグはいつも通りの無表情だが若干満足気。自分で満足のいく仕事ができたのだろう。実際に鱗の無い膝裏や鱗の隙間を正確に射貫くその姿は見事だった。

とりあえずアーマーライノを回収する。アーマーライノの鱗は軽く硬いため鎧の素材としては最高級品となる。ミアとリューグはその軽鎧をアーマーライノの素材で新調する腹積もりのようだ。

「ラッシュさんはこれで鎧を新調しないんですか?」

「うん? ああ。俺はこの鎧の重さも含めて武器だからな。アーマーライノのスケイルメイルは魅力的だが、俺の戦い方には軽すぎるんだ」

「じゃあ、ロックアリゲーターの金属塊から作りますか?」と俺が聞くと「アダマンタイトを含んだ希少金属の合金なんて扱える職人を探す方が難しいぞ」と笑われてしまった。

 こう言っちゃなんだが鍛造には劣るがクリエイトの魔術で形を造るだけなら俺にもできる。

 そういえばクリエイトで素材の混ざり具合も均一にできるんだよな。確か鍛造って叩いて金属の密度を上げることで金属を強靭にしていたはずだから、今まで気づかなかったけど圧縮の魔術を併用すればいけるか?

 とりあえずロックアリゲ―ターの背中に析出した金属類は俺たちの取り分については俺の好きに使っていいとお達しを頂いているので素材が余りそうなら作ってもいいかもしれない。

 あんなもの、おいそれと市場に流せないのである。ラッシュさんに言わせれば戦争が起こるらしい。

 この場所に下階に繋がる階段は無かったので改めてサーチで反応を探る。同じような大きな反応は無いが、適当に当たりを付けて歩みを進める。

 探索率は今のところ半分と言ったところ。途中でまたいくつもの魔物を屠りながら未踏査地区を進んで行く。今は入口から円状のドームの中に正三角形を描くように動いていた。魔物はやはり特殊個体らしきものが多い。だが三日目ともなると、通常個体のようなものも増えだしてきた。それでも一般的に言えば強力な魔物であることに変わりはないのだが、俺たちの前ではなんの問題も無かった。

「なんか普通の魔物だと拍子抜けするよね」とはミアの談。気を抜きすぎるのは良くないが、事実強めの魔物が数を伴ってこなければ各員一対一でも後れを取ることは無い。それに数で来る魔物は弱いのが相場なので本当に問題がなかった。

 それを考えるとやはり俺の装備は過剰戦力なのだろう。正確には俺の構想にある兵器群が。それでもそのうち絶対作るが。

 いつか小さな島でも買って演習場にでもしよう。そしたらばれないし誰にも迷惑はかからないはず。

 そんなことを考えながら道なき道を進み、また二日ほど経ったある日、俺たちのサーチに反応がかかる。先日のアーマーライノと同じくらいの反応。次の階層を目指して俺たちは少し早足になる。

 反応の先に居たのは、やはりアーマーライノだった。だが先日の個体よりも倍ほど大きい。その先はドームの壁があり。階段へと続く通路が顔を覗かせている。

 さすがに今度は全員でと思ったが、それにジャックさんの待ったがかかった。

「すまない。シグルド君の全力を見せてはくれないだろうか。いや、十分君の異常性と強さは分かっているつもりだが、丁度同じ獲物がいるので他の皆との比較がしたい」

「異常性って……まぁ自覚はありますけど。でもなんでそんなことを?」

「ミスリルの一人として、君たちを推薦しておこうと思ってね。ラッシュ君たち四人の実力は見えたが、君の実力は未知数だ。戦闘跡と支援射撃をしているところしか見ていないから」

 ラッシュさんの方を見ると頷かれた。なんでもミスリルランク以上の推薦状はギルド支部長一人と同等の効力を持つらしい。それとカスパル卿とギルドへの報告でカーマンベルグ支部長の推薦が得られれば、後はキール支部長に話を通せば当初の一番の目的であるミスリル入りが確定する。

「あと実力を見るのに条件を付けたい。弾切れを想定して戦ってはくれないだろうか。銃士である君にこんなことを言うのはお門違いなのはわかっているが、その状態での戦闘力を見ないと私としては推薦しかねる」

 その言葉を俺は了承した。元々アーマーライノに現状の通常弾や炸裂弾は効きそうにないし、衰弱弾が効かない相手に対する練習にもなる。まぁ、上位魔法の中でも高位にあるライフスティールが施された衰弱弾を弾く敵などはたしているのかと言う話もあるが、俺はそれを想定する。

魔法がある世界だ。全状態異常無効の超耐久超火力のエンシェントドラゴンとかいても不思議じゃないし。……そんなバケモノとはできれば戦いたくないが。

小銃とサブマシンガンを両方とも懸架してから藪を出てアーマーライノと相対する。先日の個体と同じように何かをむさぼっていたそれは俺に気づくと、足を踏み鳴らして一気に俺に突進してくる。俺はそれをラッシュさんのように受けることはせず、身を引いて回避する。その瞬間、ドンッと重い音がした。歩みを止めたアーマーライノはこちらを振り返ることもせず、その場に倒れて大量の血を吐く。

俺がやったのは武道でいうところの寸勁だ。ラッシュさんの十八番である盾から衝撃を伝える技を見て思いついた、対装甲目標用の打撃攻撃。要するに振動魔術を最大出力で乗せたただけのただの腹パンである。フルプレートアーマー相手にやったら中身がミンチになる勢いでやったのに未だ苦しそうにもがいている様はさすが強いと言われる魔物と言ったところか。俺は早く楽にしてやるべく、その首元に狙いをつける。左腕には、装着された銃剣。既に振動を発しており、鱗に触れるとびぃんと音が鳴った。俺はその鱗の隙間に銃剣を突き刺し、その命の灯を奪う。

 アーマーライノを回収して戻って来た俺に、ジャックさんは難しい顔をした。

「シグルド君。君の強さはその鎧と魔術の使い方に頼ったものだ。……そうだね?」

 その言葉に俺は首肯する。

「それにその鎧、すまないが鑑定をかけさせてもらった。頭が割れそうなほど膨大な魔術が組まれている。それに残った魔術痕とそしてその小さな銃を自分で作ったという先日の君の言葉から察するに、その鎧も君が作ったものだ。それは常識を、いや、常軌を逸している。そして先ほどの動き。君自身は、銃と鎧が無ければ弱い。よくて銀ランク止まりだ。いや、それにも劣るかもしれない」

 ラッシュさんが口を挟む隙も無かった。ジャックさんの言葉は耳に痛かったが、全て事実だ。そして彼はこう続ける。

「だから私は君をミスリルに推薦したくはない。だが、推薦せざるを得ない」

 その言葉に、俺たちは顔を見合わせて首を傾げる。ラッシュさんだけが「まぁ、そうなるわな」と苦虫を噛み潰したような顔をしていた。

「いいかい。シグルド君の技術はこの世界にあってはならないものだ。師匠のポータルがかわいく見えるほどにな。だからそれを持っていることを納得させるだけの身分が必要だ。何にも干渉されないように」

 諭すように、いつぞやのキール支部長と同じようなことを言われる。

「ジャック、シグルドのことは他言無用だぞ。チェスターも」

「わかっているさ。だが私からも君たちに一つ頼みたい」

「何だ」

「シグルド君を、必ずランクに相応しい冒険者に育ててくれ。特に精神的に。彼は、まだ幼い。私が預かってもいいが、それは君たちの望むところではないだろう?」

「……分かった。約束しよう」

 ラッシュさんとジャックさんががっちりと固い握手をする。

 この俺を置いてけぼりにして俺の話が進んで行く感じは既視感があるが、まあ、気にしないでおこう。

 俺の危険性が再認識されたところで改めてダンジョン攻略を再開する。通路を進み、階段を少し降りた先には三十人ほどが入れそうな、魔法陣が描かれた小部屋があった。

「ちょっと待ってください。地面の魔力に乱れがあります。罠です」

俺がそう言うとラッシュさんが「いや、違うな」と口を挟んだ。

「既に魔法陣が描かれているし、魔力の流れも多分あからさまだろう? これはただの転移陣だ。こういうのは陣に魔力を通すと部屋の中の生き物をどこかへ転移させるんだ。外に繋がっている場合もあるが、その多くはダンジョンボスと呼ばれる強力な魔物の元に繋がっている」

「ボスですか。ん? ちょっと待ってください。ボスって言っても魔物ですよね? 隔離されてどうやって生きてるんです?」

「転移陣の先のボスは基本的に精霊に近い魔物だ。ダンジョンの魔力自体を餌にする魔物だな。代表的な魔物はドラゴン種だ。だが魔力を餌にすると言っても何も食べない訳じゃない。栄養は足りているが食欲を抑えられずに凶暴になっている」

 要するに点滴で生かされ続けているようなものか。それに本能的な食欲はあるから襲ってくると。なにそれエグイ。魔物に対する仕打ちが。点滴生活も経験済みだからあの腹は減らないけど無性に食事がしたくなる感覚は耐え難いものがあることを俺は知っている。

「つまりはこの先にドラゴンがいる可能性があると」

 ドラゴンには野生種も存在する。この世界のドラゴンは人が戦って勝てないような人智を超えた存在ではない。そもそも年を重ねたドラゴンは賢いし、人と争いになることもない。だが人がドラゴンの領域を犯したり年若いドラゴンが増長したりすると戦いになる。領域侵犯の場合は相手が成熟している上にある程度の数で来るのでまず勝てないが、増長した若いドラゴン一体くらいなら小国が軍を率いる程度でなんとかなる。

 まぁ、なんとかなると言ってもちゃんと翼を狙って地面に落としたり、攻城兵器を使ったりしないと辛い相手には変わりないそうだが。

「このダンジョンの危険性から考えたらここで引いてもいいんだが、どうする?」とラッシュさんは皆に問う。チェスターさんは微笑を張り付けたままなのでおいておくが、ジャックさんは難しい顔。対して金獅子の皆はよくわかってない俺を除いてやる気に満ちている。

「ラッシュ君、君の考えはどうなんだ?」

「七割だ。シグルドの強さを考慮に入れた上で。撤退も考えるなら身の安全は確保できるはずだ。そうじゃなかったら問答御無用で帰っているさ」

「え、ボスエリアに入った後に戻れるんですか?」

「そりゃそうだろう。これはただの転移門だからな。仮に一方通行でも、戻るための転移門が無けりゃ閉じ込められてしまう。そんな罠は聞いたことがないし、このダンジョンが如何に特殊と言ってもその辺のセオリーから外れている訳じゃないしな」

「そういや聞き忘れてましたけど、ダンジョンの転移ってなんで大丈夫なんでしょう?」

「それは分からん。ダンジョンからは俺たちの理解を超えた魔道具が出ることもあるし、ダンジョンだからだとしか……。確かになんで大丈夫なんだ?」

 俺の何気ない質問に皆が首を傾げる。

 しまった。話でいえば最終決戦目前と言うところで水を差してしまった。

「すいません、いまはダンジョン攻略が優先ですよね。先に進みましょう。さぁ」

 皆を促して小部屋の中に入る。ラッシュさんの言った通り誰かが魔法陣に魔力を通さない限り発動しないようだ。俺が引っかかった罠みたいに遅効性か一回目は発動しない罠という可能性も捨てきれないが。ちなみに俺が引っかかった罠は俺が転移して以降は発動せず、発動をトリガーに隣の部屋への入り口が空いたらしい。

「イリス」

「はい。……行きますよ」

 イリスさんが魔法陣の中心に手を翳す。すると地面から光が満ち、辺りを覆った。

 光が消えると、俺たちは洞窟の中にいた。洞窟の出口はすぐそこにあり、外は白く染まっている。

「寒っ⁉」とこの中では一番薄着なミアが両の二の腕をさすった。

 確かに体温調節機能があるパワードスーツを着ていても冷気を感じる。

「これは……、山頂にでも出たというのか……?」

 ラッシュさんが驚いたような顔をしている。イリスさんは足元の魔法陣を調べ、戻れるかどうかを確認していた。ラッシュさんと顔を見合わせて頷いたところを見るにここから戻れるらしい。

 俺は小銃のマガジンを取り外すと、中に指を突っ込んで残弾を確認する。残りは二十六発。心もとないので満タンまで入ったマガジンに取り換える。ついでにサブマシンガンのほうも満タンの炸裂弾用マガジンに取り換えた。サポートをメインにするべくサブマシンガンの方を懸架し、銃剣は電磁加速刺突を使うことも考慮に入れた上で左腕に装備したままだ。

 全員で出口に向かっていく。外は白銀の世界。だが空や景色は見えない。吹雪いているのではない。吹雪のような膜がドーム状にそのエリアを覆っていた。その奥に塊が一つ。俺たちは気を引き締め、足跡の無い雪に足跡を付けた。


 その戦いは、奴の咆哮から始まった。

 俺たちが足を踏み入れた途端、十メートルはあるそいつ、フロストドラゴンは鎌首をもたげて俺たちを一瞥し、吠えた。

 それは常人の身を竦ませるには十分な威圧。だがここにいるのは常人にあらず。いくつもの死線を超えてきた強者と、魔術で精神防護を固めた俺だ。

 俺とチェスターさんが得物を構え、皆が駆けた。俺は衰弱弾を乱射する。それがしっかりとヒットしたことを確認し、チェスターさんがクロスボウを放った。その槍のような一撃は竜の額に当たったが、角度が悪かったのか弾かれてしまう。

 フロストドラゴンの動きは緩慢だ。それが衰弱弾のおかげなのか、もともとなのかは分からない。だが俺は追加で三十発ほど衰弱弾を撃ち込み、効果が見られなかったことを確認してその手に持つ小銃をサブマシンガンと交換する。

 ばさりとフロストドラゴンが翼をはためかせる。俺はすぐさま上空を取るように動くと、その被膜に向けて炸裂弾を放つ。破れた被膜にフロストドラゴンは悲鳴を上げると、浮かせていたその巨体を地に落とした。

 ヘイトはずっとラッシュさんとジャックさんが交互に取っている。その動きは剛と柔。ラッシュさんはその顎を盾で防ぎ、ジャックさんは剣でいなす様にしている。

 他の皆はセオリー通り翼を狙い、足を狙い、鱗の薄い顎下から腹を狙う。

 その前に物は試しと左腕の電磁加速刺突を竜の鼻先にぶち当てる。だが。

「チッ」

 超音速に加速されて刺突されたその銃剣は超速振動したとてただの薄い鋼。ドンと切っ先が空気中に衝撃波を放つが、竜の鼻先に傷をつけただけで根元からへし折れた。

 俺は銃剣を諦めて直下に潜り込むと、首筋から腹に向けて炸裂弾をありったけ叩き込む。

 俺の炸裂弾はそこまで強烈な威力があるわけではない。だが衝撃を叩き込んでいるのと同義であるため着実にそのダメージは蓄積する。

 竜がその首を下に向けて胸を膨らませた。それを見たラッシュさんが「散れ!」と叫ぶ。その瞬間、直下ブレスが竜の口から放たれた。それは放射状に広がり、空気をさらに凍てつかせる。俺は許された最大の速度で回避し、そのブレスを間一髪で避けた。

 どうにも俺の炸裂弾を嫌がっている節がある。ミアやリューグの攻撃は鱗で受けているのに対し、イリスさんの炎系魔術は避けようとしている。後ろ側に回り込んだ俺に竜は視線を向ける。何だと思ったその矢先、鞭のようにしなったその長い尾が俺に向かって飛んできた。既に回避行動をとっていた俺は避けることが出来ない。その尾の一撃を強かに食らい、ドームの端まで弾き飛ばされる。

 空中で急ブレーキをかける俺に振り返った竜がその口を開くのが見えた。一瞬ブレスかとも思ったが、氷の息吹は飛んでこなかった。

「ゴガアアアアァァァァァァアアアアア‼」

 それは指向性の魔力を伴った咆哮だった。そして俺は二の轍を踏むことになる。

 パワードスーツは俺の制御を離れ、吹雪の中に消える。急いでアイテムボックスを開こうとするが、うまく開けない。

「クソッ。この吹雪が外と中を隔てる壁ってわけか!」

 俺の頭に数日前のジャックっさんのセリフがリフレインする。

 遠く下の方でガシャンとパワードスーツが地面にぶつかった音がした。吹雪に飲まれた俺は、その身体に走った痛みに慌ててその場から離れる。

 体を見れば、ところどころが凍てついて血が噴き出していた。ヒールをかけて応急処置。何かないかとアイテムボックスを探り、懐かしいそれを見つけて手に取る。それは俺がこの世界にきて最初に作った武器。最初の相棒。通常弾が装填されたままの、カービンライフル。そいつを手に、俺は駆けだす。

「シグルド!」

 吹き飛ばされたのを見ていたらしいミアが俺に並走する。

「鎧は⁉」

「失くした! 衰弱弾の効果があったかどうかは分からないが、これ以上の援護射撃は無理だ!」

「それ、どうするのさ!」

「自前でなんとかしてやるさ! だが前衛にはもうなれない! だから、頼んだぞ!」

 突き出した拳をミアと突き合わせて別れる。ミアは竜の腹下に。俺は竜の正面に。俺は竜と対峙すると、アイアンサイトで狙いをつける。オートエイムを強く意識。精密射撃には必要だからだ。俺はふっと息を詰めると、その引き金を引いた。

 懐かしい、強い反動。その弾丸はぶれることなく真っすぐ、竜の眼へ!

「グガアアアアアァァァァァァァァアアアアアアア⁉」

 竜が痛みに咆哮を上げる。俺が狙った左目からは血がどろりと流れ出し、その身を暴れさせる。

「左側から側面攻撃! 足にダメージを与えて転倒させるんだ!」

 ラッシュさんから指示が飛ぶ。その言葉に全員が動く。

 ミアとリューグの攻撃はあまり効果を発揮していない。だがラッシュさんとジャックさんの剣はミスリルを使った業物。その攻撃は竜の鱗を切り裂き、その肉にダメージを与える。またチェスターさんのクロスボウはもはや攻城兵器と呼べる代物。入射角さえ間違わなければ、容易く竜の鱗を貫いていく。

 竜は悲鳴を上げて体制を崩す。転倒したところを腹側に回り込み、特に柔らかい首筋を狙っていく。だが、首からだくだくと血を流しながらもその竜は立ち上がった。

「グルルルル」と低い唸り声を血と共に吐き出す竜は俺たちを見据える。俺はもう一度カービンライフルを構えると、荒く息をつくその軽く開いた口に狙いをつける。

 引き金を引く。その弾丸は真っすぐに竜の口の中へ。口腔内を蹂躙した弾丸は頭蓋骨を砕いたか重要な血管を傷つけたか。竜は最後までその残った右目に宿していた光を失わせると、ドウと倒れて光の粒となって消えた。

「竜って死体が残らないんですね……」

「精霊みたいなものだからな。だが……」

 ラッシュさんがフロストドラゴンが消えたあたりから何かを拾いあげる。

「こいつが残る」

 それは水晶のような、少し濁りのある透明な鱗の形をしたもの。

「これは?」

「一般には竜鱗って言われてる。厳密に言えば超高密度の魔力が内包された魔石だ。同じサイズの魔石と比べて十倍から二十倍の魔力を持つ。これだけの量だと……軽く豪邸が建つな」

 山のように積み重なった手のひらより大きい竜鱗を見てラッシュさんが言う。

転がっている竜鱗一個が大粒の魔石サイズだ。いったいどれだけ魔力をため込んでいたのやら。

「ふむ。ドラゴンぐらいなら一人で狩ったこともあるし大丈夫かと思ったが、やはりこれも特殊個体だったか。剣の通りが頗る悪かった」

「俺もシグルドからミスリルソードを貰ってなけりゃ、何もできなかったな。そういえばシグルド、お前、鎧は?」

 かくかくしかじか。戦闘中に起こったことを説明する。

「それは……マズイな。探せないのか?」

「失くすなんて思ってなかったんでビーコンなんて埋め込んでないですよ」

「……とりあえず帰って報告する他ないか」

 仕方ないという風にラッシュさんは言う。

 俺たちの心に一抹の不安を残し、俺たちはダンジョンを後にする。帰りの道程は、魔物の数にしても質にしても来た時よりはるかに楽なものだった。


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